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第 I 部 海外経済の動向・政策分析

第1章 拡大した経常収支不均衡と企業部門の貯蓄超過

第3節 企業部門の貯蓄超過(資金余剰)の現状とその要因

 前節でみたように、近年みられる企業部門の特徴として、アメリカ、ドイツ、日本、タイ等の国々で、企業部門が貯蓄超過となっているほか、韓国、オーストラリア等では投資超過が縮小している。
 企業の設備投資額が内部留保等自己資金を超える場合、外部からの調達(金融機関からの借入れや株式・債券の発行等)により資金が賄われ、企業部門の貯蓄・投資バランスは投資超過(=資金不足)となる。しかし、企業が外部から資金を調達せず内部資金の範囲内に投資をとどめ、投資よりも債務返済を優先したり、他の金融資産で運用すれば、企業は貯蓄超過(=資金余剰)となる(4)
 本節では、各国の得られるデータを用いて、アメリカ、ドイツ等主要国において、企業部門が貯蓄超過の傾向にあることについての現状及びその背景を、先進国については主として2000年のITバブル崩壊以降、アジアについては97年のアジア危機後の状況に着目してみていく。

1.企業の資金調達にみられる各国の特徴

(1)先進国の現状

 各国企業部門の資金調達の動向をみると、欧米主要国(ここでは、アメリカ、ドイツ、英国、フランス)では、90年代後半に投資が拡大する中で、外部からの資金調達が大幅に増加した(第1-3-1図)。2000年のITバブル崩壊後、調達は大幅に減少したが、その後の回復の動きには国により相違がみられ、アメリカでは調整が速く進んでいるのに比べ、ドイツでは遅れがみられる。日本では90年代初のバブル崩壊後、資金調達が抑制されている。

●調整を早期に終えるアメリカ企業
 アメリカは、もともと資金調達の手段として、社債等市場から直接資金を調達する直接金融の比率が高い国であるが、ITバブル崩壊後、01年には早くも借入れが返済超過となり、直接金融による調達も大幅に縮小した。その後、借入返済は03年まで続いたが、04年にはプラスとなり、社債による調達も03年には回復に転じ、資金調達は再び増加している。
 社債による調達が早期に回復に転じた背景の1つとして、企業の財務状況の悪化により、2000〜03年半ばにかけて債券のリスクスプレッドが拡大し、企業の社債調達額は一時的に減少したものの、その後の企業のバランスシート調整の進展に伴い03年半ば以降リスクスプレッドが急速に縮小したことが挙げられる(第1-3-2図)。すなわち、債券のリスクスプレッドの拡大が企業のバランスシート調整に対し圧力となる一方で、その後のスプレッドの縮小が、企業の低コストの資金調達を可能にし、アメリカ企業のさらなるバランスシートの改善を下支えしたと考えられる。また、借入れも、04年には調達がネットでプラスに転じた。

●借入返済が続くドイツ・日本企業
 ドイツは、90年代後半にはアメリカと同様、資金調達の大幅な拡大がみられ、ITバブル崩壊後、調達は減少した。ただし、アメリカの借入れが01年には返済超過となったのに対し、ドイツの借入れが返済超過となったのは03年であった。04年には借入返済がさらに拡大し、株式、社債による調達も低迷が続いたため資金調達全体でもマイナスとなっている。
 また、ドイツはもともと間接金融の比率が高い国であったが、90年代後半以降に政府の金融市場振興策もあって株式等直接金融へのシフトがみられた。しかし、2000年以降は設備投資の資金需要が冷え込み、株式市場も低迷したことから、外部資金調達全体の水準が低下し、相対的に間接金融への回帰がみられている。
 英国では、従来から金融市場が発達しており、企業の資金調達はアメリカと並び直接金融中心となっている。90年代後半には株式や借入れを中心に調達が大幅に増加した。2000年には大手通信企業がドイツの大手通信企業に対して史上最大規模の買収を行う(5)等、IT関連投資が膨んだことから、調達に顕著な増加がみられた。ITバブル崩壊後01年には、借入れには減少がみられなかった一方で、株式、社債による調達が株式を中心に大幅に減少した。その後、借入れも03年には減少したが、株式、社債と比べると安定した動きをしている。直接調達は依然低迷している。
 フランスでは、01年以降は株式、借入れともに減少した。しかし、03年以降借入れを中心に増加に転じている。
 日本は、90年代初以降資金調達は減少し、96年度以降借入れもネットで返済超過となり、98年度以降は資金調達全体の水準が低下していた。04年度は、資金調達全体としてはプラスとなったが、依然借入れは返済超過となっている。

(2)アジア諸国の現状

 本節では、アジア諸国としてデータの取れる国の中で、アジア危機の影響を受けた国として韓国及びタイ、アジア危機の影響は薄かったが、99年にバブルが崩壊し、その後の調整過程を経験した台湾、そして中国をみる。
 アジア危機国ではアジア危機後、資金調達が抑制された。その後の調整過程には時間を要している。

●アジア危機後資金調達を抑制する韓国、タイ
 前節でみたように、韓国、タイは97年のアジア危機の影響を大きく受けた国である。韓国の資金調達をみると、特に90年代以降、社債発行・CP発行の条件が緩和される中で、財閥が過剰な投資を行ったため投資超過が拡大し、資金調達も借入れ及び社債を中心に高水準が続いた(第1-3-3図)。しかし、危機後の98年には借入れはマイナスに転じ、また、企業が自己資金を増やすために株式発行を増やすとともに、金融機関の貸出の萎縮を背景に社債による調達が増加した。その後、借入れも再び増加したが、調達額全体としては、危機以前の規模と比べ低い水準となっている。
 タイでは、アジア危機後98年に債券がマイナスに転じ、99年以降は借入れも返済超過となり、調達全体でもマイナスとなった。タイでは、企業債務処理に必要な法制度整備が遅れており、98〜99年に制度や法整備が行われたが、99年以降03年に至るも借入れマイナスが続くなど、企業のバランスシート調整が長引く傾向にある。ただし、99年以降、資金調達全体がマイナスとなる中で、株式はプラス基調を続け、02年には債券もプラスになるなど、直接金融による調達は相対的に堅調である。

●台湾、中国
 台湾はアジアにおいてアジア危機の影響が小さかった国であり、資金調達も03年以降回復の兆しがみられている。台湾は、海外の短期資金への依存が低かったため、97年のアジア危機の際には、株価下落等の影響はあったものの、他国のような危機的状況には至らなかった。資金調達をみると、韓国と同様直接金融(特に株式)からの調達も多くなっている。しかし、98年後半に一部の金融機関の経営が行き詰まり、アジア経済危機の波及により景気が後退したためバブルがはじけ、企業の破綻と金融機関の不良債権問題が生じた。このため、99年以降、債券及び株式が減少し、企業部門の投資超過も縮小に向かった。しかし、01、02年は企業の借入れが返済超過となったものの、比較的調整が速く進み、03年には借入れもネットでプラスに転じている。
 中国は企業部門が外部資金に依存する比率が先進国と比べ高くなっているが、資金調達の状況をみると、家計部門の黒字が金融機関を通じて企業にファイナンスされており、調達全体に占める借入れの比率が高くなっている。02年以降資金不足がGDP比でみても増加しているが、その多くは借入れに依存している。

2.低下する負債残高GDP比

 90年代(先進国は主として90年代後半)に企業が外部資金により投資を拡大した結果、企業負債残高は増加した。しかし、ITバブル崩壊やアジア危機後、中国を除き、各国の企業部門では負債を圧縮する行動がみられている。

●ITバブル崩壊後、欧米主要国の負債残高GDP比は低下
 欧米主要国の負債残高のGDP比は、90年代後半に大幅に増加した(第1-3-4図)。2000年のITバブル崩壊後は、01年をピークに減少に転じ、05年1〜6月期には99年の水準まで戻っている。ドイツ、英国でも負債残高は減少している。

●アジア危機国では、危機後負債残高GDP比が低下
 韓国の負債残高GDP比は、97年のアジア危機後98年にピークとなり、以後緩やかに減少している。タイは、2000年以降についてみると、やはり減少している。
 台湾は、99年をピークに減少傾向がみられていたが、03年には再び上昇した。中国では負債残高は増加しているものの、高い名目GDP成長率を反映して負債残高GDP比はむしろわずかながら低下がみられている。

3.企業収益と設備投資

 ITバブル崩壊後、欧米主要国では設備投資は減少した。その後、アメリカ以外の国では設備投資の低迷が続いている。また、最近のアメリカや英国では、投資家を重視し、キャッシュフローの範囲内で設備投資を行う傾向がみられている。以下では、データが得られる限り企業収益やキャッシュフローとの関係に着目しつつ、各国の設備投資の動向及びその背景をみる。
 アメリカでは、ITバブル崩壊後の調整を終了し、設備投資が回復し、企業部門の貯蓄・投資がバランスしていく兆しもみられるのに対し、ヨーロッパやアジアでは調整が遅れ、弱い動きとなっている。

(1)先進国の現状

●アメリカでは設備投資は持ち直すも、キャッシュフローの範囲内に
 アメリカの企業部門は、既にみたように01年以降貯蓄超過(資金余剰)となっている。この背景をみるため、設備投資と、資金循環表から得られる企業のキャッシュフローの関係をみると、アメリカ企業は80年代半ば以降96年頃まで、キャッシュフローと設備投資の動きの相関が極めて高かったことが分かる(第1-3-5図)。また、設備投資はキャッシュフロー以下の水準となっており、これがアメリカの企業部門の貯蓄・投資バランスの変動幅が他国と比べ小さかった一因と考えられる。しかし、97年半ば以降、キャッシュフローが減少したにもかかわらず、IT関連投資を中心に設備投資が大幅に増加し、キャッシュフローを上回るようになり、企業部門は投資超過となった。
 2000年3月に株価は下落に転じ、いわゆるITバブルの崩壊により、景気は減速した。長期にわたる設備投資主導の経済成長の反動により、ストック調整色の強い減速となり、設備投資も01年1〜3月以降前期比減少に転じた。「過剰資本(capital overhang)」が懸念されるようになり (6)、ROAも大幅に低下し(第1-3-6図)、01年10月のいわゆる「エンロン事件」に象徴される、企業会計上の不正処理問題も表面化した。01年にはキャッシュフローが低迷する中で設備投資が大幅に減少したことにより、企業部門は貯蓄超過となった。
 その後、02〜05年にかけて、金融緩和に加え、減価償却の加速度償却・特別償却を認めたこと、及びキャッシュフローの回復もあって、設備投資は02年半ばに底を打ち、03年から前年比プラスに転じた。05年に入り設備投資はキャッシュフローの水準に近づいており、企業の貯蓄・投資はバランスする方向に向かっている。

●設備投資が相対的に低迷する英国、ドイツ
 ヨーロッパ各国の資金循環表では、残念ながらキャッシュフローのデータは公表されていない。そこで、まず英国について、英国統計局から公表されている資本収益率を用いて設備投資との関係をみる。英国でも、90年代後半に設備投資が大幅に増加した。資本収益率は、設備投資に先行する傾向がみられているが、97年以降資本収益率が低下する中で、01年以降設備投資が減少した。その後もユーロに対してポンドが増価したこと、ユーロ圏の成長鈍化等により輸出が鈍化し、設備投資も減少傾向が続いた。特に、03年後半以降は収益率が大幅に改善する中で、設備投資GDP比は持ち直しているものの、弱い動きとなっている(第1-3-7図)。この理由は必ずしも明確でない。
 ドイツは、01年に世界的な景気減速の影響を受け輸出が鈍化し、設備投資、建設投資ともに大幅に減少したことから、02年に貯蓄超過となった。ドイツの設備投資をGDP比でみると、2000年をピークに低下を続けている。ドイツでは02年以降も、株安、企業収益並びに景況感の悪化、消費マインドの低迷等により景気は減速した。その後も、04年には景況感は改善したにもかかわらず、建設投資の低迷等から設備投資は低迷している。
 フランスは、ほかの先進国に比べると、2000年のITバブル崩壊による影響は小さかったが、やはり01年には設備投資の伸びに鈍化がみられ、02年には減少に転じた。

●日本
 日本は、90年代初のバブル崩壊後、雇用、設備、債務のいわゆる3つの過剰問題もあって、企業部門は低迷していたが、企業のバランスシート調整が進展したこともあり、3つの過剰はほぼ解消したと考えられる。設備投資は製造業では93年頃以降、非製造業では98年度以降、キャッシュフローの範囲内にとどまっているが、内容としては古い設備をより生産性の高い新設備に置き換えるなど、生産性向上を重視した投資を行っている (7)

(2)アジア諸国の現状

●企業の投資超過縮小が続く韓国
 韓国では、97年のアジア危機後は、売上高経常利益率(製造業)も大幅に低下し、設備投資も減少した(第1-3-8図)。その後金融及び企業部門等における構造改革の進展により、企業の負債残高も減少し、99年には設備投資も増加に転じた。02年には売上高経常利益率も危機前の水準を上回るようになったが、企業の投資は抑制される傾向にあり、投資超過は縮小している。この背景として、通貨危機後に政府が進めた企業構造改革(負債比率200%、FLC基準(将来の償還能力を勘案した資産健全性分類基準)の導入等)により、企業の設備投資行動が成長重視から健全性・収益性重視に変化したことがある。

●タイ
 タイは、アジア危機後97、98年と大きくマイナス成長となったものの、2000年以降、設備投資は増加に転じている。企業のバランスシート調整が長引く傾向にあり、投資回復は遅れている。04年の総固定資本形成は、危機前(96年)の約6割の水準にとどまっている。ただし、一時はマイナスであった売上高経常利益率にも改善がみられる中、総固定資本形成も04年には前年比プラスに転じた。

●台湾、中国
 台湾はアジアにおいてアジア危機の影響が小さかった国である。01年の減速により、売上高経常利益率(製造業)の低下とともに総固定資本形成もマイナスに転じ、その後利益率の回復とともに総固定資本形成も改善したものの、前年比マイナスが続き投資超過は縮小していた。ただし、04年にはIT関連の需要拡大もあり、利益率も改善する中で設備投資はプラスに転じた。
 中国では、先にみたように企業部門は大幅な投資超過が続いているが、家計部門は大幅黒字であり、企業部門の投資超過をファイナンスしている。 しかし、90年代半ば以降、不良債権問題が表面化した(8)。これは貸付先である国有企業の経営悪化が原因であると指摘されている。中国では設備投資の外部資金への調達比率が高い上に、金融機関からの借入れへの依存が極めて高く、不良債権問題が企業の資金調達に与える影響も大きいと考えられる。もっとも、不良債権処理は政府の支援もありその後進んでいる(第1-3-9表)。この間、固定資産投資も90年代に比べれば01年以降利潤率に連動した動きを示すようになっている。

4.ITバブル崩壊後の各国企業のバランスシート調整−上場企業財務データによる分析を踏まえて

 上場企業財務データを用いて、キャッシュフロー(営業キャッシュフロー)と投資(投資キャッシュフロー)をデータの得られたアメリカ、ドイツ、英国、フランス及び韓国についてみると、欧米各国では、2000年のITバブル崩壊後、どの国も投資が大幅に減少し、キャッシュフローを下回っている(第1-3-10図)。しかし、このデータでみる限り、アメリカでは投資の減少が他国に比べ相対的に小さくなっている。

●ITバブル崩壊後、投資は減少するも、キャッシュフロー増加が持続したアメリカ
 アメリカは、ITバブル崩壊後ほかの先進国と比べ企業部門のバランスシート調整が相対的に速いテンポで進み、設備投資が持ち直していると考えられる。この背景として、下記の要因が寄与した可能性が考えられる。
 第一に、アメリカではITバブル崩壊後、減税等政策効果もあって消費が比較的堅調な動きとなり、国内の景気減速が相対的に小さくかつ短期にとどまった点である。上場企業のキャッシュフローをみても、このデータでみる限り、欧州企業では01年にはドイツ、フランス、英国すべての国において減少がみられたが、アメリカ企業では増加基調が続いている。こうした相対的に豊富なキャッシュフローが、企業の債務返済等バランスシート調整も容易にした可能性がある。
 第二に、アメリカにおける資金調達の手段として株式、債券等直接金融のウエイトが高いことがある。先にみたように、直接金融においては企業の信用力が調達コストに大きく影響するため、企業にバランスシート改善を促す力を持つと考えられる。
 第三に、欧州では情報通信産業を中心に巨額の過剰投資が行われていた可能性である。特に、99〜2000年にかけて、欧州の情報通信産業では、過剰な通信需要見通しの下に、企業買収・合併や、次世代携帯電話の免許入札等で巨額の投資を行った(第1-3-10図の破線部分)。この結果、資本過剰の度合いが相対的にアメリカよりも欧州の方が厳しかった可能性がある。

5.おわりに

 アジア危機やITバブルの崩壊は、それまで外部からの資金調達により加熱した投資を行っていた企業に調整を強いることになった。しかし、その調整は国により差がみられており、アメリカでは早期に調整を進めたのに対し、ほかの国では総じて調整が遅れている。このことが企業部門の貯蓄超過の持続、投資超過の縮小の要因となっていると考えられる。

●企業部門の資金余剰傾向は続くのか
 最後に、今回みられたような企業部門の資金余剰傾向の持続性について考えてみる。アメリカの設備投資はもともと内部資金への依存度が高い。90年代後半には借入れや社債による調達も拡大したものの、過剰といわれた資本ストックは、01年以降設備投資がマイナスに転じ、03年にはストック調整過程をほぼ終了しており、企業の期待成長率を3.5%と仮定した場合、既に次のストック循環(投資拡大)へと向かっている。特にIT部門において2000〜01年にかけて急速な調整が進められたことがうかがわれる(第1-3-11図)
 したがって、今後アメリカ企業の貯蓄超過は縮小していく可能性が高いと考えられる。ただし、アメリカはもともとキャッシュフローを重視した設備投資を行っていることを考えると、大幅な投資超過となることは考え難い。また、株価がさらに低下していくような場合には、投資が一時的に下振れし、貯蓄超過が拡大する可能性も考えられる。
 一方、ドイツは、90年代後半に直接金融のウエイトが高まったとはいえ、全体としては間接金融の比率が高く、設備投資が低調に推移する中で、アメリカに比べると01年以降のバランスシート調整も緩やかなものとなっている。既にみた上場企業の財務データによりROAをみると、ドイツでも01年以降大幅な悪化がみられたが、03年以降に限れば緩やかな回復がみられている(第1-3-12図)。ただし、ドイツでは、建設投資が低迷し、05年に行われた主要企業アナリストへのアンケートでは、設備投資先として海外のウェイトが高いという結果もあり(9) 、企業の収益が国内の投資に向かうとは限らない。企業部門は当面貯蓄超過傾向が続く可能性もあろう。
 英国は、企業部門が資金余剰となっているが、収益率には改善がみられていることから、設備投資の増加基調が強まれば黒字縮小の可能性が考えられる。
 途上国では、中国は企業部門は投資超過が続くと見込まれる。なお、第2節でみたように、中国は家計部門が貯蓄超過となっており、かつ人口要因等によりこの家計貯蓄動向は当面保たれると考えられる。韓国、タイ等投資超過が縮小していた国では、収益率の向上とともに、投資も活発化していくことが期待される。

●技術革新の速い時代に求められるキャッシュフロー重視の企業行動
 2000年のITバブル崩壊による景気減速は、欧米企業に強いインパクトを与えたが、アメリカ企業部門はストック調整を既に終え、新たな成長循環に入っている。国によってバブル崩壊の規模や政策対応の相違があることには留意する必要があるものの、今回みられたアメリカ企業の調整は、90年代初のバブル崩壊後の日本でみられたような、資本ストックが企業の期待成長率の低下に伴い調整を繰り返し、結果として02年まで設備投資の低迷を招いたという特徴や (10)、05年に入っても依然設備投資の力強さを欠く欧州諸国とは対照的な動きである。
 先進国では、大量生産でコストを安く生産する時代から、付加価値重視の時代に変わったといわれて久しい。かつ、技術革新が速く進むようになると、企業の設備投資決定もある程度リスクを見込んだ成功と失敗のプロセスがさらに求められるようになる。資本主義国における経済活動にリスクは避けられないが、重要なのは、その際にいかにリスクを処理し、リスクに備えリスクを吸収できる体質を事前に作っておくかというリスクマネジメントの問題である。
 その意味で、ITバブル崩壊も企業が直面したリスクの1つであり、ショックであったと解釈できるが、アメリカ企業はキャッシュフローを重視した経営を行い、また資金調達として社債等直接金融に依存する部分が比較的大きかったことから、ショックに対し実物面、金融面双方において早期に対応し、調整を進めることが容易になったと判断されよう。90年代後半にはキャッシュフローを上回る投資が行われる時期が一定期間続いていた。しかし、先にみたように、消費の下支え効果などもあってITバブル崩壊後のアメリカ経済はデフレを回避できたという点はあるが、企業部門でも、「過剰資本」となっていたストックの調整を集中して進め、負債についても、01年には借入れ返済超過に転ずるなど早期に返済が行われた。金融面での調整については、直接金融のウエイトが高いことから企業のバランスシートにおいて償却を進めやすいほか、債券のリスクスプレッドの拡大により投資家がプレミアム格企業以下の高いリスク水準を受容しなくなったことが企業のバランスシート調整を促す効果を持ち、03年半ばにはリスクスプレッドは低下した。
 グローバル化も進展する中で、企業のリスクもより多様化しており、リスクに柔軟に対応できる企業経営が求められている。また、企業がリスクに柔軟に対応することは、マクロ経済にも重要な意味を持つものであるといえよう。

コラム 海外直接投資と貯蓄・投資バランス

 先進国においては2000年頃から、企業部門の貯蓄・投資バランスが貯蓄超過になっているという状況をみてきました。ここでは、海外直接投資が貯蓄・投資バランスに影響している可能性について説明します。

●貯蓄・投資バランスと国際収支
 まず、貯蓄・投資バランスは、次の式で表すことができます。
     経常収支 = 国内総貯蓄(S) ― 国内総投資(I)
 これは、
 (1) 総国民可処分所得 = 内需(消費+投資)+経常対外収支(経常収支)
 (2) 総国民可処分所得 = 消費 + 貯蓄
の関係から導かれる恒等関係です。つまり、貯蓄・投資バランスは、事後的には経常収支と一致します。
 さらに、国内の部門(家計、企業、政府)を分けて考えると、
     民間部門の貯蓄超過 = 政府赤字+経常収支 が成り立ちます。

●海外直接投資と貯蓄・投資バランスの関係
 さて、ここで、A国の企業がB国に直接投資を行う場合に、貯蓄・投資バランスにどのような影響が生じるかみてみましょう。海外直接投資の資金を現地に送金する場合、現地で調達する場合、第三国で調達する場合に分けて考えます。

(1) 現地に送金する場合
 実物面では、企業の収益は投資に回らず、そのまま貯蓄になります。一方で、国内で投資する代わりに海外で投資すると考えると、国内に投資した場合に比べ、国内投資は減少することになります。したがって、A国の貯蓄・投資バランスは改善します。B国においては、貯蓄は変わりませんが、投資が増加し、したがって貯蓄・投資バランスは悪化します。結局、A国の貯蓄・投資バランスの改善とB国の悪化がバランスします。
 金融面では、B国に対する対外純資産が増加し、逆にB国においてはA国からの負債(直接投資)が増加、すなわち対外純資産が減少することになります。

(2) 現地で調達する場合
 実物面では、(1)の場合と同じです。
 金融面では、実物資産への投資を控えた分だけ金融資産が手元に残るため、A国の企業のネットの金融資産が増加します。B国においても、同様に、当該企業にとっては国内での調達であっても、国内全体でみれば追加的投資に向ける新規資金はないことから、投資資金は結局海外から調達することになり、対外純資産の減少になります。

(3) 第三国で調達する場合
 実物面では、A国、B国については(1)の場合と同じです。第三国については、実物面の影響はありません。
 金融面では、A国については(2)と同じです。B国においては、第三国からの負債が増加(対外純資産が減少)します。第三国については、B国に対する金融資産が増加しますが、ほかの項目を不変とすれば、資金は結局海外から調達することになるため、海外からの負債が増加し、したがって対外純資産は不変となります。

 結局、海外直接投資が行われると、いずれの場合においても、A国の企業部門において金融資産は増加しますが、貯蓄は不変で、投資が減少します。貯蓄・投資バランスについては、A国の改善とB国の悪化がバランスし、対外純資産についても、A国の増加とB国の減少がバランスするのです。
 国際収支統計で、直接投資収益受取(企業が直接投資資本を所有することから生じる所得。利子、配当金等。)の推移をみてみると、アメリカや日本、ドイツにおいては、増加傾向にあることが分かります。先進国において、海外直接投資が増加している、すなわち国内ではなく海外で投資を行っている状況下では、国民経済計算における企業部門の貯蓄・投資バランスを貯蓄超過傾向にする力が働くことになります。

アメリカ、日本、ドイツにおける対内直接投資と対外直接投資の推移

アメリカ、日本、ドイツにおける直接投資収益の受取

参考文献
日本銀行国際収支統計研究会[2000] 入門国際収支 東洋経済新報社


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