第I部 海外経済の政策分析 |
第1章 中国高成長の要因と今後の展望
第1節では、中国が90年代に(i)高成長の持続と「世界の工場」化を果たし、世界経済におけるプレゼンスを高めたこと、(ii)この間の直接投資は「世界の工場」化に大きな役割を果たしたばかりでなく、経済成長を高めた可能性があること、を指摘した。
中国は、世界の発展途上国向け直接投資のうち23%(2001年)を占め、2位のメキシコ(12%)を大きく引き離して、最も多額の直接投資を受け入れている。中国経済が直接投資を惹きつける魅力は何であろうか。
本節では、90年代の高成長と「世界の工場」化の実現に大きな役割を果たした直接投資の呼び込みに成功した政策的・経済的条件について検討する。
●安定的だった対内・対外の経済政策運営
中国は78年以来、政治的には社会主義の体制を堅持しつつ、経済面では改革開放政策を漸進的に進めてきた。
国内経済の改革は、農村部から部分的に始められ、次第に都市部・工業部門へと広がりをもって進められた。その過程で、生産請負制など生産活動に誘因を与える市場経済的な制度が徐々に導入されていった。このような漸進的な改革手法のもとで、経済的には市場経済に近い体制の確立に成功した(10)こと、またその結果、安定的な経済成長を維持できたことで、直接投資が流入するための良好な環境が整えられた。こうした中国の改革手法は、急進的な改革を行い、直後に大幅なマイナス成長となったロシアなどヨーロッパの旧社会主義国の手法と比較して評価されている(第I-1-7図)。
国内経済の開放も、国内産業を保護しつつ、経済特区から部分的かつ漸進的に進められた。対外経済政策については、86年のGATT加盟申請以来、2001年のWTO加盟実現まで開放路線が一貫していたことも、直接投資先としての魅力を高める要因の一つであったと考えられる。
●直接投資優遇政策
中国は79年以来、輸出促進策の一環として外資企業を受け入れており、特に経済特区を中心として輸出志向の外資製造業企業の誘致に積極的に努めてきた。外資企業に対しては、国内企業に比べ大幅に低い法人税・関税率を適用するなどの優遇措置がとられた。特に、輸出志向の企業や先端技術を使用する企業には一層の各種優遇措置を与えるなど、外資企業の誘致は政策的かつ限定的に進められた。また、輸出志向の企業の貿易については「加工貿易」と分類し、加工・組立に必要となる財への輸入関税免除等の優遇措置を与えた。こうした措置が、加工・組立に特化した外資企業の進出を促す主因となったと考えられる。
92年の「南巡講話」を機に改革開放政策が加速されたことから対中直接投資は急速に拡大した。特に、ハイテク企業などを中心に、省市レベルで国内販売制限が緩和されるケースもみられるようになり(11)、新たに、巨大な消費市場としての魅力が対中直接投資への大きな誘因となった。この結果、91年頃までは外資企業の生産額は輸出額にほぼ一致していたが、92年以降は生産額が輸出額を上回るようになったことが指摘されている(12)。
また、改革開放政策の進展は直接投資の産業面・立地面での広がりにも現れた。小売業・不動産業などへの外資参入が認められるようになったことから、第3次産業、特に、土地開発など不動産業への直接投資が拡大した(第I-1-8図)。さらに、東部沿海地区のみならず内陸部への投資奨励を図る政策がとられるようになると、それまで東部に集中していた直接投資が中西部にも拡大し、徐々に増加した(第I-1-9図)。
我が国製造業企業を対象とした国際協力銀行の調査(2002年7〜8月実施)(13)によると、中期的に有望な事業展開先国としては中国が約9割と最も多くなっており、その理由は「マーケットの今後の成長性」が9割弱、「安価な労働力」が約7割を占めた。
一般に、直接投資が輸出製品の生産拠点確保を志向する場合は受入国の生産コスト、受入国市場向け生産拠点確保を志向する場合はその消費市場規模が投資決定の要因となる。中国ではこれら2つの条件が充分な魅力をもっていたと考えられる。
●安い人件費
人件費が安く、生産コストを抑えられることは、直接投資によって生産拠点を築く際に最も重要となる点の一つである。
中国の製造業平均賃金をドルベースで比較すると、日本の約30分の1、韓国の約14分の1、タイの約5分の3と、極めて低く抑えられている。また、購買力平価で比較しても、日本の約5分の1、韓国の約6分の1、タイよりやや低い水準であり、投資受入国市場向け製品の生産を行う場合でも、賃金は低水準であると評価される。こうした安い人件費は、高成長が続く中国で今後も維持されるのだろうか。
平均所得を都市部と農村部とで比較すると、都市部では90年代に高まりをみせる一方、農村部では頭打ちとなっている(第I-1-10図)。企業形態別に賃金を比較すると、外資企業の賃金は90年代を通じて国有企業を上回っていた(1.34倍(93年)→1.30倍(2001年))ことから、外資企業が都市部を中心に雇用を伸ばしたことが、この時期の都市部と農村部の平均所得の動きの違いの一因となったと考えられる。一方、賃金の伸びを生産性の伸びと比較すると、国有企業では98年以降、人員削減を反映して生産性が大幅に上昇しているが、賃金の伸びは低く抑えられている。また、都市部で雇用を伸ばした外資企業でも、賃金の伸びは生産性の伸びを一貫して下回っており、かつその差は拡大している。
この背景には、都市部で直接投資受入れや非国有企業の発展により雇用機会が拡大するなか、過剰労働力を抱える農村部から都市部へ出稼ぎ労働者が大量に流入し、都市部の賃金上昇圧力を緩和していることがあると考えられる。90年から2000年の間に都市部では雇用者数が72.4%増加しているのに対し、農村部では25.8%の増加にとどまっている。
都市部日系企業の賃金を職制別にみると、管理職・専門職の賃金は急上昇する一方、単純労働者では伸びが抑えられている(第I-1-11図)。これは、高度な能力を要しない単純労働者については、都市部近隣からの人材調達が容易であり、賃金の上昇が抑えられるのに対し、一定の能力を要する管理職・専門職では、人材調達が容易ではなく、賃金の上昇圧力がかかるためと考えられる。農村部と都市部の教育水準の違いについて、便宜的に中西部と東部の統計を用いて比較してみると、中西部の中学レベルの就学率は東部の約8割であり、高校レベル(7割)、大学レベル(5割)と上位の教育になるほど格差は拡がっている。
農村部からの過剰労働力の供給は容易には失われないとみられ、中国の加工・組立業における比較優位も揺るがないと考えられる。一方、相対的に人材が不足しているとみられる管理職・専門職(14)においては賃金の上昇が見込まれるため、国際分業体制における中国の加工・組立への特化は当面は続くものと考えられる。
●巨大な消費市場となる可能性
中国の家計消費の規模は5,544億ドル(2001年)と、我が国家計消費の約4分の1に達し、すでにブラジルのGDP規模を超えている。しかも中国の人口は約13億人であることから、市場規模の潜在的な拡大余地は極めて大きいと考えられる。中国の一人当たり所得はいまだに極めて低い水準にとどまっているが、上海では既に1,557ドル(2001年)に達している。こうした一部の地域における所得の高まりが、消費市場拡大への期待となって直接投資を惹きつけている面があると考えられる。仮に、中国の一人当たり所得が上海並に高まったとすると、中国の消費規模は我が国の家計消費の約9割にまで匹敵する。
中国では、家計消費支出の対GDP比は90年代を通じて緩やかながら上昇傾向にあるが、2001年でも50%以下と低い水準にある。これを都市部と農村部とに分けてみると、都市部でははっきりとした上方トレンドが確認でき、しかも、その高まりは90年代になって加速している(対GDP比上昇幅:2.2%(80→90年)→4.7%(90→2000年)(第I-1-12図)。この背景には、前項でも指摘したような農村部から都市部への人口集中があると考えられる。
今後については、前述したように一部の職種を中心に都市部で所得の伸びが見込まれるため、都市部が牽引する形で消費市場が拡大する可能性がある。