第I部 海外経済の政策分析 |
第1章 中国高成長の要因と今後の展望
本節では、2000年後半から高まりをみせている中国経済脅威論について検討するとともに、その背景にある直接投資流入拡大の影響について明らかにする。
●90年代も持続した高成長
中国経済が「脅威」と受け止められている要因のひとつに、90年代も高成長を持続し、経済規模が拡大を続けていることがある。13億人の人口を抱える中国では、1人当たりGDP(2000年)の水準はいまだ824ドル(世界第120位)と、我が国の54分の1、韓国の16分の1に過ぎないが、GDP規模では2000年にイタリアを抜いて世界第6位の地位を占めるに至っている。
中国経済は、1978年に改革開放政策に転じて以来、高成長を続けている(実質GDP年平均成長率:6.7%(1952〜78年)→9.4%(1979年〜2001年)。1978年以降の中国の高成長を我が国や韓国の高度成長期と比較するために、それぞれの始期を合わせてみると、我が国や韓国では高度成長期に入ってから約20年前後でそれぞれ第1次、第2次のオイルショックを機に成長が鈍化したのに対し、中国は一貫して成長を続けており、2000年以降も引き続き高成長を持続する勢いである(第I-1-1図)。
高成長の持続が見込まれる背景には、90年代に非国有部門が順調に成長を遂げ、生産を増大させていることがある。中国では80年代に農村部を中心に郷鎮企業と呼ばれる集団所有制企業が発展をみせていたが、90年代に入ると外資企業の進出が活発化し、私営企業の成長もみられた。加えて、国有企業についても中小規模のものは非国有化が進むなど、企業形態は多様化した。企業形態別の生産額の推移をみると、90年代にはこれら非国有企業のシェアが大幅に上昇している(非国有企業(集団所有制企業を除く)の工業生産シェア(付加価値額ベース):10%(90年)→44%(99年))。
●「世界の工場」となった中国
中国経済が「脅威」と受け止められるようになったのは、中国経済が規模ばかりでなく、質の面でも向上がみられるとの認識によるところが大きい。
中国は、90年代に工業生産を急速に増大させ、工業製品輸出が急増したことから、「世界の工場」と呼ばれるようになった。世界の輸出に占める中国のシェアは、85年から2000年の間に4.5%拡大して6.1%(2000年)となっている。この時期のシェアの拡大幅は世界第1位であり、シェアそのものも我が国(7.7%)に次ぐ世界第4位の水準である。しかも、中国はほぼあらゆる技術レベルの製品で最もシェアを伸ばしている(第I-1-2表(i))。さらに、中国の輸出構造をみても、90年代に工業製品(天然資源加工製品を除く)の輸出が大幅に増大した結果、2000年には輸出のほぼ9割を占めるに至っており、特に、ハイテク製品については、世界の輸出に占めるシェアは6%に上っている(第I-1-2表(ii))。
このように中国が急速に工業製品、特に比較的高い技術を要する製品の輸出を伸ばしている背景には、90年代に急拡大した直接投資流入があると考えられる。中国の輸出における外資企業(1)の役割は年々高まっており、90年代後半以降、外資による輸出は全体の約5割を占めるに至っている。特に、ハイテク製品の輸出に関してはその8割が外資企業によるものである。
一方、中国の貿易構造を、我が国を含む他の東アジア諸国と比較してみると、消費財の比較優位と中間財・資本財の比較劣位が極めて著しく、中間財・資本財に比較優位がある我が国とは対照的なものとなっている(第I-1-2表(iii))。これは、中国の製造業が国際的な分業体制が広がる中で中間財・資本財を輸入し、加工・組立した消費財を輸出することに特化していることを示している。こうした貿易構造の背景には、中国の外資製造業企業に対する誘致政策もある(第2節を参照)。
このように、中国が高付加価値製品の輸出を伸ばしているとはいっても、(i)輸出の大半が外資企業に依存していること、また、(ii)比較的単純な加工・組立に特化しており、高度な技術を要する中間財・資本財については輸入に依存していること、などから、我が国にとっては必ずしも脅威ではない、との見方もある。
中国経済脅威論が日本のマスコミで取り上げられるようになったのは80年代半ばのことである。その後も、断続的に高まりをみせ、2000年後半以降は高付加価値産業を巻き込んだ新たな議論が展開されている。とりわけ、2001年末に中国のWTO加盟が実現したことから、貿易・投資の更なる拡大が見込まれる中で脅威論が浸透した。
日本が中国から行っている輸入(2001年)は、日本のGDPの1.4%を占めるに過ぎない。アメリカは中国から対GDP比で1.0%輸入している。つまり、その大きさは日米ではそれほど変わらず、日本市場が飛びぬけて中国製品に席巻されているわけではない。アメリカでは日本ほど脅威論が流布していないことを踏まえると、日本の中国経済に対する見方はやや過敏ではないかと考えられる。
●調査対象企業の半数が脅威を感じる
ジェトロの調査(2001年4月実施)(2)によると、脅威論には次のような特徴がある。
第一に、中国製品の流入に「現在、脅威を感じる」社は、2割に上っている。「近い将来、脅威を感じる」社が3割あり、合計すると回答企業の5割が脅威を感じていることになる(第I-1-3図(i))。
第二に、脅威を感じる企業を取り出すと、その7割が「(主力製品が中国製品と)競合している」と回答している。その主な業種は、非鉄金属、アパレル、家具・建材、電子部品、繊維・紡績などである。さらに、「競合によって国内市場での価格が下落し、自社の売上が低下している」との回答(複数回答)が7割強に達している。
第三に、また、脅威を感じる企業のうち5割の企業は生産・調達拠点を中国へシフトしたいと考えている。その最大の理由は、製造コストでかなわないからである(第I-1-3図(ii))。
このような調査結果は、(i)脅威論が日本企業に広く共有されており、(ii)中国製品の強い価格競争力に日本企業は太刀打ちできず、(iii)今後は国内が空洞化する懸念があると一般に受け止められている。
●中国で生産する日本企業が脅威を生み出す一原因
しかしながら、このような解釈には以下のような留意点がある。
第一の点に関しては、中国製品との棲み分けが出来ている場合には、脅威との回答は大きく減少する。具体的には、競合度が低い自動車、鉄鋼等では脅威との回答は3割台に低下する。
第二の点については、競合相手の実態は複雑であり、中国に立地する中国企業のみと競合しているわけではない。「競合相手の日本企業が中国で生産している製品と日本市場で競合している」との回答も7割弱に上る。つまり、日本市場で中国企業に押されていることのみが、脅威の現実ではないのである。
第三の点では、今後の対応(中国へシフトする51%、しない38%)は二分されており、脅威が必ずしも国内の空洞化につながるわけではないことが重要である。シフトする場合も、生産の一部をシフトするにとどまっており、国内で高付加価値製品の開発を行う企業が7割に上っている。つまり、企業の戦略は、中国製品と国内製品の棲み分けを図り、生産の補完関係を進めることが基本であることを示している。
●やや過敏な脅威論の背景
これらを総合すると、脅威論は感情的に流されやや過敏な反応が含まれていると考えられる。誇張された考え方が広がった背景としては、(i)2001年前半には日本の貿易黒字が急速に減少し、近い将来には赤字に転ずるのではないかとの見方が世の中で議論されていたこと、さらに(ii) 安価な輸入品の増加が日本のデフレ継続をもたらしている一因となっていることなどが、中国経済に対する脅威論を受け入れやすくしていたのではないかと推測できる。
前述したように、最近の高付加価値製品輸出の拡大には外資企業が大きな役割を果たしている。中国では、92年の小平氏によるいわゆる「南巡講話」を機に改革開放政策が加速され、当時の世界的な直接投資ブームもあり、直接投資流入が急激に拡大した。本項では、90年代の直接投資流入の拡大が、中国の経済成長に果たした役割を検討する。
●直接投資流入と経済成長
直接投資は、同時に経営資源の移転をともなうことから、受入国に投資資金を供給するばかりでなく、受入国の生産性の向上を通じても経済成長を高める効果があるといわれている。特に、東アジア諸国の経済成長に直接投資が果たした役割の大きさはこれまでにも多く指摘されている(3)。
実際、東アジア諸国における直接投資流入(対GDP比)と経済成長率との関係をみるために、各国の時系列データで回帰分析を行うと、説明力は必ずしも強くない(決定係数が低く、係数も小さい)ものの、緩やかな正の相関関係にあることがわかる(棄却確率は0.1%以下)(第I-1-4図(i))。
こうした相関関係を90年代の中国についてみると、東アジア諸国のデータによる場合よりも、より強い関係が示唆される(4)(決定係数が高く、係数も大きくなっている)(第I-1-4図(ii))。この分析は必ずしも直接投資が経済成長を高めたという因果関係を示したものではない(5)が、90年代の中国で両者に強い相関関係があったことが伺える。
●資本形成
直接投資が経済成長を高める具体的な経路としては、第一に、経済成長の要素である資本の形成を通じる影響が考えられる。
まず、規模の面からみると、外資企業による固定資本形成が全体の固定資本形成に占める割合は90年代後半を通じてほぼ11%であり、比較的高い水準であると評価される(6)。
資本の源泉となる国内貯蓄率をみると、1980年34.9%、90年37.9%、2000年39.9%と高い水準で推移している。家計預金残高も90年代初めに既に対GDP比で40%台に達しており、その後も順調に増加(2001年末:76.9%)している(参考 我が国家計預金残高の対GDP比(2001年末):61%)。
ただし、金融資産貯蓄が投資資金として効率的に供給されるかどうかは銀行の貸出行動に依存する。中国では、国有企業への融資には事実上の国家保証があるため、現在でも銀行融資は国有企業に偏る傾向があるといわれている。企業形態別に銀行融資の推移をみると、国有企業の生産額の減少を反映して、国有企業向け融資の比率は低下傾向にあるものの、私営・外資企業への融資比率はそれほど高まっていない(第I-1-5図(i))。企業形態別に経済活動と銀行融資との関係をみると、国有企業ではGDPで表される経済活動に比して多額の融資を受けているのに対し、私営・外資企業に対する融資は経済活動を大幅に下回っている(第I-1-5図(ii))。国際金融公社(IFC)調査(7)によると、8割の私営企業が資金制約を感じており、うち4割は深刻な資金制約に直面しているとされる。私営企業など非国有企業では資金調達が充分に行えず、成長が妨げられている可能性がある。こうした状況下においては、直接投資は非国有部門の資本形成としての大きな意味合いを持っていたと考えられる。
なお、外国からの資金供給としては、直接投資のほかに銀行融資や証券投資の形態もあるが、中国の場合、金融市場の発展が遅れていることもあり、大半が直接投資の形となっている。
●生産性の向上
直接投資が経済成長を高める経路としては、第二に、生産性の向上を通じる影響が考えられる。
進出した外資企業(現地子会社)は本国からの(企業内)技術移転を通じて比較的高い生産性を実現できると考えられる。生産性(工業)を企業種別にみると、外資企業の生産性は全体の生産性の約1.6倍(2000年)となっており、国内企業の生産性を大きく上回っていることがうかがえる。生産性が高い外資企業の進出は、そのこと自体が経済全体の生産性を高めるほか、外資企業の持つ技術が国内企業にスピルオーバーして技術の移転が生じ、国内企業の生産性を高めることも考えられる。さらに、中国においては、外資企業の進出が国内企業への競争圧力となって、国内企業の生産性を高めた可能性もある(8)。
技術の移転は、生産設備の高度化に必要となる資本財輸入の増加となって現れると考えられる。資本財輸入の動向をみると、直接投資流入が急拡大した時期に大幅な増加(資本財輸入対総輸入比:30.7%(91年)→44.6%(94年))がみられ、90年代を通じて比較的高い水準(同:28.6%(80年代平均)→38.6%(90年代平均))となっており、この時期に技術移転にともない、生産設備の高度化が進められたとみられる。
外資企業から国内企業への技術移転があった場合には、外資企業と国内企業の生産格差は縮小することが期待される。外資企業と国有企業の生産格差を試算(9)したところ、96年には外資企業の生産性は国有企業の3.4倍であったが、2001年には1.7倍となるなど90年代後半に縮小している。
外資企業の進出は国内企業にとっては競争圧力としても働いたと考えられる。競争圧力によって生産性の低い企業の退出が促されれば、その分全体の生産性は高まることが予想される。省市別のデータを用いて、90年代における国有企業の生産シェアと直接投資の対固定資本形成比の変化分の関係をみると、外資企業が進出した5つの省市で特に国有企業の生産シェアが低下したことがうかがえる(第I-1-6図)。