第3章 (1)各地で進む取組

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人口流出が進む地方では、これまでも様々な取組が行われてきた。本節では、特に、高校生の過半数が進学先として選ぶ大学の役割にも注目しつつ、地方に人を呼び込む、あるいは定着させる各種の取組についてみていきたい。

1.地方に立地する大学の取組

大学は、地域の人材育成や先端技術の実装の中核としても重要である。本項では、地域活性化に向け、地元企業とも連携した人材育成や、学生の地元定着に取り組む大学をみていきたい。

(産官学が連携して地域が求める人材育成を行う取組で県内就職率向上にも一助)

大学による地方創生人材教育プログラム構築事業24では、地域の大学が、複数の大学・高専等、地方公共団体、民間企業や経済団体等と協同し、地域が求める人材を養成するための指標とカリキュラムを構築し、就職先まで一体となった教育プログラムを実施している(図表3-1)。

本プログラムの幹事校である信州大学においては、卒業生の県内就職率から、入学時の県内高校からの進学率を引いた差25をみると、低下傾向にあったが、プログラムの実施後、就職活動がコロナ禍と重なり、域外移動が制限されたために大きく増加したと考えられる2021年卒を除くと、上昇傾向にある(図表3-2)。このように、県内就職率向上の一助となっている例もあり、大学と地域との連携は、今後とも重要となってくる。

(各地で大学と地域の産業の連携が進展)

大学が地域の産業と連携し、地域課題の解決能力の向上や、地域への人材の定着を目指すプログラムは他にも、各地の大学で展開されている。それらは、地域の団体と協同して地域課題の解決に取り組む事例、地域産業と連携した学部の新設など、地域の特色を生かす例が多い。

こうした活動は、若者を惹きつける魅力的な地方大学と地域産業・雇用を創出する目的で創設された、地方大学・地域産業創生交付金によって支援されている例もある26。また、地域の畜産業を対象とする獣医師の確保に向けた地域枠の設定を始め、地元企業とも連携したプログラムを構築し、入試における地元就職枠を確保した事例など、各大学の総合型選抜や学校推薦選抜においても、地域枠の設定が進められている(図表3-3)。

コラム3:地域とつながる大学の例

和歌山大学観光学部では、2008年度の学部設立時にカリキュラムの柱として開始した地域インターンシップ・プログラム(LIP;Local Internship Program)の成果と課題を踏まえ、2022年度より地域課題連携プログラム(LPP;Local Partnership Program)を実施している。LPPは、観光学部の学生が、和歌山県内や大阪府南部等の地方公共団体等の地域主体とともに、地域課題の解決に向けて取り組むことで、観光振興や地域再生に関する実践手法について現場で学ぶことを目的とし、2023年度には18プログラムで延べ182名の学生が参加した。LPPの担当教授によると、就職実績の体系的な追跡はしていないものの、毎年1~2名は本プログラムの受入先や活動地域団体に就職しているとのことであり、地域への人材の定着にもつながっている。

また、宮崎大学の工学部では、2025年度の学校推薦選型選抜において、宮崎県就職希望枠を工学部定員の約1割となる合計34名設けることを公表した(コラム3図表1)。希望枠は、工学部工学科の全6プログラムで設けられ、その中には、需要の高まる半導体関連人材の育成に向け新たに開設した「半導体サイエンスプログラム」も含まれる。希望枠で入学した学生は、宮崎県や地元企業の協力の下、地域の課題を解決する人材の育成を目的とした県内大学との共同事業であるSPARC(文部科学省が独立行政法人日本学術振興会に運営委託している「地域活性化人材育成事業(Supereminent Program for Activating Regional Collaboration)」)の教育プログラムを履修することや、企業との交流イベントやインターンシップといったキャリア教育イベントなど、地域で活躍するための様々な支援を受けることができる。こうした取組により、学生の地域への定着を目指している。

その他、佐賀大学は、2024年9月、化粧品分野を専門的に学ぶ学科相当のコスメティックサイエンス学環(仮称)を2026年4月に設置することを発表した。同大唐津キャンパスの所在する唐津市は、2013年11月に「唐津コスメティック構想」を推進する産学連携組織を設立するなど、美容・健康産業に力を入れている。佐賀大学は、2018年に唐津キャンパスをコスメ・ヘルス関連プロジェクトの拠点として体制を整備し、教育・研究を推進するとともに、化粧品科学共同研究講座を設置するなど、同構想とも連携していた。コスメティックサイエンス学環の新設により、こうした連携のさらなる深化を図ることとしている。

コラム4:広島大学とマツダの連携

地域の大学が、地元の製造業と共同研究、あるいはそれにとどまらない人材交流を通じた連携の具体例として、広島大学とマツダの提携をみていきたい。

広島大学と広島県に本社を構える大手グローバルメーカーであるマツダ株式会社は、2005年に同大工学部と同社の技術研究所で包括的研究協力の覚書が交わされるなど、かねてより緊密な関係にあった。2011年には、研究・技術開発にとどまらない包括的連携協定を取り交わし、2015年以降は共同研究講座を継続的に開設し、インターンシップも数十人規模で行われるようになるなど、交流を深めている(コラム4図表1)。

そうしたこともあり、現在、大学通信オンライン調べによる広島大学からマツダへの大学別就職者数は、2位の山口大学・九州大学の倍以上となっているなど、就職まで含めた強いつながりをもっている(コラム4図表2)。

(地方にあっても、国際関係の学部で都市圏から学生を集めている例も存在)

前章第2節では、国際関係の学科の7割以上が三大都市圏に集中している状況をみた。国際関係は、語学や世界情勢などに関心を持つ学生に人気のある分野の一つであり、地方大学の中でも、特色ある国際関係の学科で生徒の人気を集めている大学も多い。これらの大学は、地方にありながら、地元より関東出身の学生数の方が多い例もある。こうした大学が、地域と海外を直接結ぶ、グローカルな人材を育成することも、学生を惹きつけるのみならず、地域経済の発展のためにも重要である。

コラム5:国際関係で学生を集める地方大学

2004年に秋田県秋田市に開学した公立大学である国際教養大学は、授業がすべて英語かつ少人数で行われ、1年間の留学義務や新入生の1年間の寮生活など、特色あるプログラムで全国から学生を集めている。2022~24年の地域別入学者数推移をみると、キャンパスの所在している東北より東京圏から入学する学生の方が多く、近畿、東海出身の学生も多い27コラム5図表1)。

大分県別府市の立命館アジア太平洋大学は、教員・学生ともに約半分が外国籍、新入生の1年間は国際寮生活など、特色あるプログラムで世界109の国・地域から学生を集めている。2024年4月現在、東京圏を含む関東出身の学生は約3割と、九州・沖縄と拮抗している(コラム5図表2)。2024年3月卒業生のうち、16%程度が九州・沖縄を就業地としている。また、卒業後5年・10年・15年経過した者の現在の居住地は、サンプルサイズが小さい28ものの、日本人では東京都の20.8%に続き、福岡県が15.0%、大分県が12.5%となっており、地元定着も進んでいる。

沖縄県名護市の公立大学である名桜大学は、国際分野に特化した大学として、きめ細かいカリキュラム等を魅力とする国際学部で県外から人を集めている(コラム5図表3)。

2.東京に立地する大学の定員管理

 地方大学の魅力を増すことによって学生を誘導することが望ましいことは言うまでもないが、近年は、直接的な東京圏集中の抑制対策も講じられている。以下ではそれらの影響を確認する。

(東京都内の私立大学の入学者数は定員動向以外の要因で変化)

東京都に立地する大学に対しては、2016年度の私学助成の支給要件による定員管理29と2018年度東京都特別区の定員制限(23区内の学部の収容定員)30によって学生数の抑制が試みられてきた。この間、全国では入学定員数が緩やかに増加し、人口減少の影響もある入学者数は横ばいとなったことから、入学定員充足率(入学者数/入学定員数)は低下傾向を示していた(図表3-4)。

では、東京都内の私立大学の動向について確認しよう。元々、入学者数は入学定員を上回る水準にあったが、全国と同様に、東京都でも入学定員数の増加がみられる。2018年度前には増加テンポが高まっており、入学定員充足率は低下することとなった。2018年度以降、23特別区内での直接的な収容定員数の制限もあり、都内での入学定員数の増加テンポは鈍化したが、2019~21年度はコロナ禍に該当したこともあり、入学者数も減少した。その結果、都内の入学定員充足率は横ばいとなった。その後、コロナ禍明けとなる2022年度から入学者数が再び増加に転じたことから、入学定員充足率も高まった31

なお、入学者数の動きが23特別区の収容定員抑制によって影響されているかどうか、間接的に志願倍率の動きもみると、東京都も全国とおおむね同じ動きを示している。23特別区に限った収容定員抑制によって東京都全体の志願倍率が上昇/低下した様子はみられない。

3.魅力ある雇用の創出に向けた政策

 前項では大学の取組とそれを支援する交付金等についてみてきたが、地域の大学に進学し、地域との交流を深めても、魅力ある雇用がその地域になければ、卒業後に地域外へ転出してしまう。そこで、魅力ある雇用の創出に向けた本社機能の移転促進策とスタートアップ支援策についてみていきたい。

(企業の本社機能の移転・拡充に対する税制の優遇措置)

新規事業の創出に加え、地方創生には、東京に偏っている事業者の地方移転も重要な課題である。

そうした観点から、都道府県から地方活力向上地域等特定業務施設整備計画の認定を受けた企業が、本社機能(管理部門や調査企画部門等を有する事務所、研究所、研修所)の全部又は一部を東京都の23特別区から地方に移転する場合(移転型)や、地方で拡充する場合(拡充型)等に、税制の優遇措置を受けることができる地方拠点強化税制等が、2015年度より措置されている。

2024年度現在、主な税制の優遇措置としては、国税について、移転型では、建物等を新設・増設・新築取得した場合に、設備投資減税(オフィス減税)として、25%の特別償却又は7%の税額控除を受けられる。また、新たに従業員を増加させた場合には、増加雇用者1人あたり最大90万円(東京から地方への転勤にも最大80万円)の税額控除を最大3年間受けられる(雇用促進税制)。拡充型でも、オフィス減税として15%の特別償却又は4%の税額控除を、雇用促進税制は、法人全体の増加雇用者1人あたり最大30万円の税額控除を受けられる。地方税については、地方公共団体によって、適用の有無や優遇内容(対象、税率等)が異なるが、事業税、不動産取得税、固定資産税について、免除又は軽減措置を受けることができ、交付税で減収額を補填することとしている。

2024年10月末時点で、地方活力向上地域等特定業務施設整備計画として734件(移転型事業70件、拡充型事業664件)が認定されている。

(大学を中心としたスタートアップ支援も進展)

社会的課題を成長のエンジンへと転換して持続可能な経済社会を実現するためのスタートアップ支援は、魅力ある雇用を地域に創出し、持続的な地域社会の活性化という点からも重要である。

大学は、研究成果の社会還元という観点から、スタートアップにおいて重要な役割を果たすポテンシャルを有しており、そうした研究成果の事業化支援として、大学発新産業創出基金事業が国立研究開発法人科学技術振興機構に造成され、2022年度第2次補正予算で988億円が措置された。その基金事業のプログラムの一つであるスタートアップ・エコシステム共創プログラムでは、継続的なスタートアップの創出に向けて、地域の複数の大学が連携して人材・知・資金が循環するエコシステムを形成するためのプラットフォームを構築している。

2027年度末(個別の研究開発の新規採択。付随活動は2029年度。)まで、そのプラットフォームが必要な金額を当該基金から支援することとしており、2024年1月、約150の大学が参加する9件の採択プラットフォームが決定した。今後は、各プラットフォームにおいて、人材や資金の支援を通じたスタートアップ創出に取り組まれることとなる。

コラム6:北陸における大学発スタートアップ支援(Tech Startup HOKURIKU)について

本文で紹介した大学発のスタートアップを支援するスタートアップ・エコシステム共創プログラムの一例として、地域プラットフォームの一つである北陸のTeSH(Tech Startup HOKURIKU。テッシュ。)をみていきたい。

TeSHは、北陸先端科学技術大学院大学と金沢大学を主管機関として2024年2月に設立されており、全国で4,288社ある大学発スタートアップのうち57社しかない(2023年10月末時点)北陸地域の大学・高専発のスタートアップを、質・量ともに大幅に充実させることを目的としている(コラム6図表1)。このプラットフォームには、北陸地域の12大学、3高専が参画し、地方公共団体や金融機関、経済団体、民間企業など33機関が協力機関、ベンチャーキャピタルなど22機関が事業化推進機関となっている。

事業としては、2033年までに2社のエグジット(IPO又はM&Aなど)、累計100社の大学・高専発のスタートアップの創出を目標として、資金・人材面での支援を進めている。資金面では、GAPファンドプログラム32のステップ1(応用研究段階)で最大500万円の直接経費及び間接経費(直接経費の30%)、ステップ2(概念実証・スタートアップ組成段階)で最大3年間の直接経費(6,000万円)及び間接経費(直接経費の30%)による支援を行う。人材面では、研究シーズからステップ1採択に向けたメンターによる助言、ステップ1及びステップ2での事業化推進機関による伴走支援や経営人材候補マッチング等に加え、起業後も事業化推進機関によるシード期の投資支援を行うことを想定している。2024年度のGAPファンドプログラムでは、61件のアカデミアのシーズに対し、48件のステップ1への申請のうち21件を採択しており、今年度の目標(申請30件、採択15件)を上回り、順調に進展している。

こうしたスタートアップ支援が、実際の事業化につながり、地域の産業活性化につながることが期待される。


脚注24 COC+R; Centers of CommunityProject for Universities as Drivers of Regional Revitalization through New Human Resources Education Programs
脚注25 県内への就職意向は、元々県内高校出身であったかなどの学生の属性にも大きく影響されると考えられるため、県内就職率と、4年前の入学者における県内高校出身率(県内進学率)の差分で効果を測ることとする。
脚注26 地域における大学の振興及び若者の雇用機会の創出による若者の修学及び就業の促進に関する法律(平成30年法律第37号、以下「地方大学・産業創生法」という。)第5条の各項により認定された計画の執行のため、同法第11条に基づき、認定地方公共団体に対し交付される。これまで13の取組が設定されている。10年間の計画に対し、原則5年間支援し、6年目以降も追加的に支援する「展開枠」も存在し、実際に2018年度適用開始7団体中5団体、2019年度適用開始2団体中2団体が「展開枠」に移行している。
脚注27 都道府県別にみると、2024年4月1日現在、キャンパスの所在する秋田県出身者が119名と最も多いが、次点が94名の東京都となっている。
脚注28 対象卒業生は3,354名、大学がメールアドレスを把握している2,491名に依頼メールを送信し、回答は263名であった。
脚注29 2016年度より、私立大学等経常費補助金における入学定員の不交付基準が段階的に厳格化されたことを指す。2023年度より、入学定員率超過の要件は撤廃され、既存の収容定員超過率による不交付基準が厳格化された。
脚注30 2017年9月に、文部科学省の特例公示により、原則として2018年度の特別区の定員増が認められなくなった。翌18年には、地方大学・産業創生法が成立し、同法第13条により、学部定員のスクラップアンドビルドや社会人・留学生の受入れ、修業年限の延長等による例外が設けられたものの、特定地域内(政令により東京都特別区を指定)の大学等の学部の収容定員を10年間増加させてはならないこととされた。なお、2023年には、デジタル人材についての一時的な例外も追加された。
脚注31 2023年度以降、収容定員は学部全体の定員であり、毎年度の入学定員が規制されているわけではない。また、収容定員の制限は東京都特別区が対象であるため、東京都下に立地する学部の定員増減により、東京都全体の定員も増減する。
脚注32 シーズの事業化に向け、研究成果とビジネスとの間の資金調達ギャップを埋めるための資金支援を指す。
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