第1章 (1)一般労働者(フルタイム)の賃金上昇率

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(全国的に賃金上昇が進むが上昇率には地域差も存在)

サンプル数が多く、都道府県別にも賃金構造の実態が把握可能な「賃金構造基本統計調査」(厚生労働省)から、2022年から2023年にかけての一般労働者(フルタイム、全産業計)の所定内給与の伸びを都道府県別に概観すると、北海道、福島県、北関東の栃木県・群馬県、神奈川県、富山県、愛媛県、鹿児島県、沖縄県といった地域が前年比4%を超える高い伸びとなっており、東海の静岡県・愛知県も堅調な伸びとなった(図表1-1)。都道府県別/年齢階層別にみても、これら地域を中心に、総じて若い年齢層の方が高い賃金上昇となっていた(図表1-2(1)~(3))。

次に、どのような産業が平均賃金の押上げに寄与していたかを把握するため、主要産業ごとに各都道府県の所定内給与の伸び率をみていくと、製造業、宿泊・飲食サービス業では、北海道が最も高い伸びとなっていた。製造業に関しては、全産業計で高い伸びとなっていた富山県、栃木県などが上位に入っていた(図表1-3)。以降では、これら地域の地域別/産業別でみた賃金上昇の背景要因について検討していきたい。

(北関東・東海などでは春闘の結果を背景に製造業がけん引する形で賃金上昇が進む)

一般労働者(フルタイム、全産業計)の所定内給与の伸び率が高い地域にはどのような特徴があるだろうか。いくつかの地域を個別に取り上げ、賃金上昇率を産業別に分解して確認していくとともに、その背景にあるデータをみることで、賃金上昇率に地域差が生じている要因を探っていきたい。

まず、特色がある地域として、北関東(栃木県・群馬県)、富山県、東海(静岡県・愛知県)の一般労働者(フルタイム)の所定内給与の伸び率を産業別にみてみたい。データをみると、いずれの地域も製造業、特に輸送用機械器具製造業や金属製品製造業がけん引する形で平均賃金を押し上げていたことが分かる(「製造業けん引型」)(図表1-4)。

春闘における妥結率は業種別に異なり、各地域の産業構成が平均賃金上昇率に影響を与える構造要因となる。厚生労働省が集計した民間主要企業の2023年春闘妥結結果を産業別にみると、全産業平均が3.60%に対して、精密機器4.92%、機械4.33%、電気機器4.17%、化学4.07%、自動車3.83%、非鉄金属3.71%と高い妥結率が実現している(図表1-5)。

北関東や東海では自動車・電子部品関連の工場など、富山県では化学・非鉄金属関連の工場などが立地しており、「令和3年経済センサス活動調査」のデータをみても、これら産業に就業する人の割合が高い地域となっており、平均賃金上昇率にもこうした産業構成によるプラスの影響が現れている(図表1-6)。

関連するデータとして、求人サイトに掲載されている募集賃金を抽出・集計した週次のビッグデータをみても、北関東の群馬県、東海の愛知県では、工場勤務の労働者の募集賃金が全国比で強い動きとなっていることが確認できる(図表1-7)。

(北海道ではインバウンド関連産業や建設業を中心に人手不足感が強まり賃上げが進む)

次に、北海道の産業別賃金上昇率をみていくと、建設業、製造業(特に食料品製造業)、卸・小売業、宿泊・飲食サービスと幅広い産業で賃金が高い伸び率となっていた(図表1-8)。この動きの背景としては、国内観光需要とインバウンド需要の回復や、建設需要の活発化に伴う需要増に対応するための人材確保の動きが、賃金上昇に結びついたと推察される(「インバウンドけん引型」)。

これを確認するために、北海道の観光需要の動向と各産業の求人状況・人手不足感に関するデータをみていきたい。

まず、北海道の国内観光需要とインバウンドのコロナ禍からの回復についてみると、北海道の観光客数は、感染症拡大以降、2019年同月の水準を下回っていたが、2023年10月には総数で初めて2019年同月比でプラスとなった。以降も2019年同月比で同程度の水準を維持しており、持ち直している(図表1-9)。

このように需要回復が進む一方、「労働力調査」(総務省)から北海道の宿泊・飲食サービス業の就業者数をみると、コロナ前(2019年平均)には22万人いた就業者は、直近(2024年1-3月期)では17万と減少している。求人情報サイトに掲載されている求人数を抽出・集計した週次のビッグデータからも、ホテル・旅館の求人が、2021年以降全国比で非常に強くなっていることが確認され、コロナ禍からの需要回復に対して人材の確保が進んでいない様子が分かる(図表1-10)。

北海道の建設業の人手不足感を、建設技能労働者の需給状況を地域別に把握することができる「建設労働需給調査」(国土交通省)でみると、特に2023年以降、北海道では建設労働者の不足感が高まっていることが分かる(図表1-11)。また、求人サイトに掲載されている募集賃金を抽出・集計した週次のビッグデータをみても、北海道の建設関連の募集賃金は2023年に入り全国比で強く伸びていた(図表1-12)。

これらのデータからも、国内観光需要とインバウンド需要の回復に伴う、各産業における人手不足感の高まりと人材確保に向けた動きから、賃金上昇が生じていることが確認される。

(製造業の産業立地、労働組合加入率の地域差が賃金上昇率を左右する要因に)

以上、個別地域の賃金上昇に関する分析から、平均賃金上昇率の地域差を生じさせている要因として二つが挙げられる。

第一の要因は、各地域の製造業の産業立地である。特に海外需要を取り込め、足下の円安によるメリットを活かせる輸出製造業では、他の製造業と比べて、賃上げの原資を確保しやすくなっており、2023年の春闘の賃上げ率でみても、輸出製造業で相対的に高い(前掲図表1-61

さらに、大手製造業では春闘により定期的に労使間の賃金交渉が行われる慣行が存在していることも大きく影響している。製造業の労働組合加入者は2023年に262.4万人おり、全国の労働組合員数の26.6%を占め、全産業中で最も加入者数が多い(図表1-13)。

製造業の労働者の労働組合加入率(産業別就業者数に対する労働組合加入者数の割合)の地域差をみると、東京都、神奈川県、東海地域(愛知県、静岡県、三重県)、大阪圏(大阪府、京都府、兵庫県)、滋賀県、群馬県、富山県、広島県で高く、大企業に勤める雇用者の割合が高い都市部や、大手自動車メーカーの工場が立地する地域の加入率が高く、こうした地域では春闘の影響が波及しやすいプラスの構造要因が存在している(図表1-142

(インバウンド需要が地域全体の稼ぐ力を高め、賃金上昇率の地域差にも影響を及ぼす可能性)

第二に挙げられる要因は、北海道に代表されるような、インバウンド需要を取り込めている地域であるかという点である。インバウンド需要に関しては、外国人観光客の増加という量的なプラス要因とともに、足下の円安メリットを活かすことで単価アップも進んでおり、地域全体の稼ぐ力を大きく向上させている。

まず、訪日外国人の消費動向について、需要側から都道府県別に動向を把握できる「訪日外国人消費動向調査」(観光庁)の地域調査を用いて、2023年4~12月の訪問地ごとの訪問者1人当たりの消費額と訪問者数をみることで、インバウンド需要の地域差を確認してみたい。

訪問者1人当たりの消費額について、訪問地における「宿泊費」「飲食費」「交通費」「娯楽等サービス費」「買物代」の合計値をみると、最も高いのは東京都の14.1万円で、次いで沖縄県10.7万円、北海道10.4万円、福岡県8.7万円、大阪府8.5万円、愛知県7.5万円の順となっている3。都道府県別の訪問客数に関しても、おおむねこれらの地域が多くなっており、インバウンド需要は北海道、東京都、愛知県、大阪府、京都府、福岡県、沖縄県に集中していることが分かる(図表1-15)。

供給側からみた消費関連データをみても、これら地域では特に百貨店販売額が強い伸びとなっている一方で、東北・中国・四国では百貨店販売額が伸び悩んでいる(図表1-16)。地域経済の景況感という点から、「景気ウォッチャー調査」4のコメント数を地域別にみても、近畿や北海道では「インバウンド」というキーワードに言及するコメントの割合が他の地域と比べても高い(図表1-17)。

以上で確認した各種データからも、インバウンド需要の多寡が地域全体の稼ぐ力に影響を及ぼしていることが分かる。

また、建設業への影響という点でも、北海道・沖縄のようなインバウンド需要が見込める地域では、リゾート開発や商業施設・テーマパークの建設とともに、交通利便性の向上に資する社会資本整備も進められており、建設業就業者の賃金に対してもプラスの波及効果を生んでいると考えられる(図表1-18)。


脚注1 例えば、上場自動車メーカーの2024年3月期決算をみると、円安や半導体不足による生産制約の解消等を背景に、9社中7社が過去最高の営業利益を記録している。
脚注2 全産業の都道府県別労働組合加入率は付図1-1参照。都道府県、政令市の大企業に勤める雇用者の割合は付図1-2参照。
脚注3 三大都市圏(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県・愛知県・大阪府・京都府・兵庫県)と北海道・沖縄県を除く地方では「宿泊費」「飲食費」「交通費」「娯楽等サービス費」「買物代」の合計値は平均4.2万円となっている。
脚注4 内閣府「景気ウォッチャー調査」は、全国2,050人の景気ウォッチャーから、地域の景況について、「良くなっている」から「悪くなっている」まで5段階の「判断」と、その判断理由を「コメント」という形で聴取している。このような2つの次元からなる調査設計により、(1)5段階の「判断」に基づく景況感指数(DI)を算出し、各月の景況感を定量的に把握できることに加え、(2)景況感を左右する特徴的な単語(キーワード)をコメントした回答者数(コメント数)やキーワードに言及した回答者グループのDI(コメントDI)を分析することで、景況感の要因を把握できることが特長となっている。
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