第1章 (3)地域の人手不足問題の解消に向けて
前節では、人手不足問題を解決するためには、労働力の増加余地の存在、宿泊・飲食サービス業と医療・福祉分野の生産性低迷、雇用条件と働き方に柔軟性が欠けることによるミスマッチの発生という3つの課題に対処することが必要との整理を行った。本節では、こうした課題解決に向けた方策について検討を進めたい。
1.労働供給サイドの課題解決に向けた方策
(「年収の壁」を意識せずに働ける環境づくりの後押しと社会保険制度の見直し)
人手不足問題を解決する方策の一つは、いわゆる「年収の壁」を理由とした就業調整の存在を是正することである。
いわゆる「年収の壁」への当面の対応として取りまとめられた「年収の壁・支援強化パッケージ12」では、「106万円の壁への対応」として、新たに創設したキャリアアップ助成金のコースにより、短時間労働者が新たに被用者保険の適用対象となる際に、労働者の収入を増加させる取組を行った事業主に対して、一定期間助成(労働者1人当たり最大50万円)を行うこと等が決定された。事業主に支給される助成金が、社会保障負担の緩和につながり労働者の所得向上を後押しするほか、「年収の壁」を意識せず労働時間を延ばす環境づくりの後押しになることが期待される。
また、「年収の壁」については、被用者保険の適用拡大とともに、次期年金制度改正に向けた議論のなかで制度の見直しに取り組むこととされている。我が国の社会保障制度・税制は昭和の時代に形作られたが、令和の時代を迎え、女性の人生や家族の姿は多様化している。離婚件数が増加し、未婚率も上昇した結果、昭和の時代には9割が 50 歳時点で配偶者がいたが、令和の時代には3割が配偶者のいない状態となっている。一方で、現在の制度は、配偶状況によって取扱を変えるため、本人の就労だけではなく配偶状況によって格差が生じており、先述のとおり、有配偶者の非正規雇用女性はいまだに4割程度が就業調整を選択している。また、夫の所得が高くなるほど妻の有業率が低く、いわゆる専業主婦が多い傾向にある。このような状況を踏まえ、
- 〔1〕 現行の制度は就業調整を選択する人を増やしているのではないか。
- 〔2〕 配偶者の経済力に依存しやすい制度は、男女間賃金格差も相まって、女性の経済的困窮に陥るリスクを高める結果となっているのではないか。
- 〔3〕 現行の制度は分配の観点から公平な仕組みとなっていないのではないか。
という主に3つの観点から検討を行い、簡素で分かりやすく公平な制度へと変更することが望まれる。
(女性の家事・育児負担軽減が労働供給量の増加や女性活躍につながる)
社会保険制度の見直しに加え、子育て環境の整備や女性の家事・育児負担軽減も、女性の労働供給量の増加や希望する女性の正規雇用化(L字カーブ解消)につながることが期待されている。
子育て環境の整備という観点から、直近10年程度の待機児童数と保育所定員数の変化について都道府県別にみていきたい。待機児童に関しては、2014年時点で東京都が突出した数となっていたように、人口が集中する都市部における課題であった(第1-3-1図)。この10年間の変化をみると、特に東京圏で、保育所の整備が進められ、保育所定員数が大きく増加した(第1-3-2図)。この結果、東京都では待機児童数が2014年の8,672人から2023年には269人まで減少、東京都で6歳以下の子を持つ女性の有業率は74.5%まで上昇している(第1-3-3表)。
このように施設面の子育て環境整備に進捗がある一方、家庭内で夫婦間の家事・育児負担の差は依然として大きく、女性の労働参加率が押し下げられている面もある。「6歳未満の子どものいる世帯の夫と妻の家事に費やす時間の差」と「30~34歳の女性(有配偶者)の有業率」の関係を都道府県別にみてみると、女性への家事負担の偏りと有業率には負の相関関係が観察される(第1-3-4図)。
子育て世代を中心に希望する女性の労働参加や正規雇用化をかなえるためには、男性の家事・育児参加を促し、女性の負担を減らしていくことが求められる。このため、人事評価制度の見直しや経営者・管理職の意識改革を進めること等により、職場全体として働き方を見直し、男女ともに長時間労働を是正していくことも重要な取組となる。
加えて、男女双方の家事・育児負担を減らすという点で、既存の保育施設を補完するベビーシッターや家事支援労働の利用を進めることも考えられる。こうしたサービスの質の確保・向上に向けた供給サイドの取組と、企業の福利厚生サービスとしての利用拡大等による需要の創出により、産業育成とサービス利用の普及が進むことが期待される。
(地方の女性活躍を後押しする意識改革と職場環境整備が必要)
前節で、地方ではアンコンシャス・バイアスが都市部より残っていることを指摘した。こうした意識が残っていることによって、地方では女性がキャリアパスを描きづらくなり、若い女性が東京圏に流出する一つの要因となっていると考えられる。
こうした性別役割に関する意識改革を進めるためには、各種啓発活動や研修が着実に進められる必要があり、地方では特に重要である。「女性活躍・男女共同参画の重点方針2023(女性版骨太の方針2023)13」においては、
- 企業や地方公共団体の経営者・管理職及び教員への啓発活動・研修を通じて意識改革と理解の促進を図っていくこと、
- 固定的な性別役割分担意識解消の理解を深める教育を推進すること、
- 女子の理工系分野での活躍など将来のあらゆる選択肢について自由な希望を抱くことができるようにするための教育環境整備、
といった取組を進めることが決定されている。
また、企業が女性活躍を後押しする職場環境整備を行うインセンティブを与えるため、公共調達や各種補助金の採択審査に、女性活躍や子育て支援に取り組む企業へ加点を行うといった優遇措置を広げていくことも有用な方策といえる。こうした取組は、国では一定の進捗がある一方、地方まで広がりをみせていない14。実際に、女性の活躍に関する取組が優良な企業が認定を受ける「えるぼし認定」と子育てサポート企業が認定を受ける「くるみん認定」の取得企業比率を都道府県別にみても、東京都の企業の取得率が突出して高くなっている(第1-3-5図)。今後、国・地方双方で取組が進められることが期待される。
(高齢者の就業確保措置の整備と地域における就業機会創出、スキル形成支援が必要)
高齢者の労働参加については、前節で近年は雇用者としての就業が増加しており、継続雇用制度が影響することを指摘した。
継続雇用に関していえば、まずは、2021年4月から施行された改正高年齢者雇用安定法において、新たに努力義務規定となった70歳までの就業確保措置の整備を進めることが重要と考えられる。都道府県別に整備状況をみると、若い労働者の多い都市部に比べ、地方企業の方が高齢者労働力の活用を進める必要があるため就業確保措置の整備が進んでいる(第1-3-6図)。都市部では、2040年頃にかけて団塊ジュニア世代が65歳以上となり高齢化率が上昇していくことが見込まれている。こうした人口動態も踏まえると、都市部においても就業確保措置の整備を進めることが求められる。
また、2021年法改正で規定された就業確保措置には、企業内での就業確保措置に加え、社会貢献事業による措置も含まれている。働く意欲がある高齢者がその能力を発揮し活躍できる環境整備を図ること、特に様々な分野で人手不足が進行する地方では、企業内での雇用だけでなく、地域コミュニティにおいて高齢者が活躍できる多様な就業機会を創出する取組を促進することがますます重要となる。こうした問題意識の下、地域ニーズを踏まえた高齢者雇用の創出に関して持続可能なモデルづくりを支援する「生涯現役地域づくり環境整備事業」が2022年度より実施されている。今後、こうしたモデル事業のノウハウの蓄積や課題の整理を行い、優良な取組について他地域へ展開・普及を図ることで高齢者雇用の創出を行うとともに、こうした雇用の創出が高齢者の労働参加意欲の向上につながることも期待される(第1-3-7表)。
そのほか、リスキリングを通じて、働く個人が、高齢者になっても労働市場で価値を保ち続けることも、高齢者の労働参加を進める上で有用な方策となる15。そのため、特に高齢期を見据えた、高齢期前からのキャリア形成支援が必要となってくるであろう。
パーソル総合研究所・産業能率大学(2023)によると、35~64歳の就業者の中で仕事やキャリアに関して継続的に学習を行っている層は14.4%に過ぎない。職種別には都市部に就業者が多く、職務特性として高度な技能やクリエイティビティが求められる「情報処理・通信技術職」、「商品開発・研究職」等で学び直しを行っている者が多く、リスキリングの価値の認識には職種差が存在している。また、地域により産業・就業構造が異なるため、こうした職種によるリスキリングへの意識の違いが、リスキリングを行う就業者割合の地域差につながっていると考えられる。
2023年度予算では、地域におけるリスキリングの推進に関する地方財政措置が創設されており、経営者等の意識改革・理解促進に資するセミナーの開催や、従業員向けセミナーの開催などの事業を対象に特別交付税措置が行われるといった支援も開始されている。地方でもこうした支援を活用して、リスキリングの推進に関する体制が整えられていくことが期待される。
2.労働需要サイドの課題解決に向けた方策
(IT化とビジネスマッチングによる地方の産業・労働投入構造の変革)
次に、地方の宿泊・飲食を中心としたサービス業の生産性向上の遅れに対する方策の検討を行いたい。
前節で確認したとおり、前回の景気拡張局面以降、地方圏では、高齢化と人口流出によって労働供給制約が強まるなか、高齢化に伴う医療・福祉分野の恒常的な需要増やインバウンド需要増などに対応するため、女性や高齢者の労働参加によって労働投入量を増加させてきた。その際、十分な投資や業務改革を伴わなかったことから、宿泊・飲食を中心としたサービス業や医療・福祉分野の労働生産性上昇率は他業種に比べて低い。
宿泊・飲食を中心としたサービス業では、感染症の収束によって需要は再拡大しているものの、生産性水準の引上げが図られなかったなかで労働供給が一層減少していることにより、人手不足感が強まっている。こうした問題を克服するためには、まずは、労働生産性向上を図り、労働需要を抑制していくことが欠かせない。
これらの分野の生産性向上に向けては、IT技術活用が有効な手段となるが、加えて、企業の新陳代謝の活性化や企業の統廃合、ビジネスマッチングにより地域の産業・労働投入構造の変革を進め、地方の企業が生産性を向上させていくことも重要な取組となる。
企業の新陳代謝の地域差に関するデータとして、横軸に開業率、縦軸に廃業率をとり、2019年時点(感染症拡大前)の全国平均の開業率と廃業率を境界に4つの象限に分割した都道府県別の分布をみると(第1-3-8図)、東京圏(東京都、千葉県、神奈川県)は「高開業率・高廃業率(右上)」の象限に位置し、相対的に企業の新陳代謝が活性化している地域といえる。また、大阪府、福岡県、沖縄県も全国平均より開業率が高く、「高開業率・低廃業率(右下)」の象限に位置している。
2012年から2019年までの時系列的な変化をみても、これらの地域は右方向(高開業)へのシフトが進んでいたが、それ以外の地方圏は、「低開業率・低廃業率(左下)」の象限から変化が小さい。こうしたデータからも、都市部に比べ地方圏(福岡県・沖縄県を除く)は、企業の新陳代謝が活性化しておらず、産業・労働投入構造の変革が遅れているという課題が存在していることが分かる。
なお、感染症拡大前後の変化をみると(2019年から2021年にかけて)、政府による金融支援の効果もあって全国的に廃業率が低下するなか、全国的に若干開業率が高まる動きがみられており、今後もその動向を注視していく必要がある。
それでは、IT化やビジネスマッチングによる生産性向上とはどのようなものが考えられるか、業種ごとに具体的な内容を考えてみたい。例えば、宿泊・飲食サービス業では、予約サイト・アプリの整備、接客サービス用タブレットの導入、会計のキャッシュレス化、顧客情報管理へのITツール導入など、各業務プロセスでIT技術を活用して業務効率化を図っていくことが有効な手段の1つとなり得る。また、卸・小売業では、受発注・納品・在庫管理業務にITツールを導入するとともに、販売・決済業務でECサイトやキャッシュレス決済環境の整備を進めるなど、IT技術を活用して業務効率化を図ることが有効な手段となる。加えて、ビジネスマッチングを進めることで規模の経済性を働かせ、物流等のコスト削減を進めることも有効な手段になり得る。
地方の企業がこのようなIT技術の活用やビジネスマッチングを単独で進めるに当たっては困難が伴うことから、人材やノウハウを有する主体が、その変革をサポートする役割を果たすことが求められている。例えば、2021年の銀行法改正16では、デジタル化や地方創生など持続可能な社会の構築に向け、銀行の業務範囲に「コンサル・マッチング」、「ITシステム販売」、「登録型人材派遣」、「データ分析・マーケティング・広告」、「地域商社」等の業務を新たに追加する措置が講じられた。こうした法改正も踏まえ、各地域の金融機関では、子会社を設立し、顧客のIT化を通じたDX導入支援等のサービスを開始する動きがある(第1-3-9表)。地域金融機関が提供するこうした新たなサービスが拡大し、地方のIT化や産業・労働投入構造の変革が進んでいくことが期待される。
(コラム1:地域別にみた倒産の長期的動向について)
地域の生産性向上のためには、生産性の高い企業の参入と生産性の低い企業の退出により企業の新陳代謝が進むことも重要となる。本コラムでは、企業の退出という観点から、地域別にみた倒産の長期的動向について確認していきたい。
まず、1980年以降の倒産率(=倒産件数/法人数)の推移を確認したい。全国的には1980年代半ばまで1.5%程度で推移していたが、景気回復に伴い1990年代初頭には0.5%程度まで低下した。その後は、バブル崩壊後の景気後退、金融危機、リーマンショック等の時期で上昇局面があったものの、2012年以降の景気回復局面では低下傾向で推移していた。
地域ブロック別に倒産率をみると、都市圏を擁する「南関東」と「東海」はおおむね全国と同程度で推移しているが、「近畿」は全国平均を上回り、1990年以降の平均でみると最も倒産率の高い地域となっていた(コラム1-1-1図)。また、近畿の倒産数の業種別シェアを全国と比較すると、2005年頃まで製造業の倒産シェアが全国より高く推移していたことが特徴となっている(コラム1-1-2図)。
こうした近畿地方の倒産動向の背景にある産業構成の変化との関係も確認してみたい。マクロデータ(県民経済計算)から、近畿地方で倒産数のシェアが高くなっていた製造業の構成比が1990年から感染症拡大前までの約30年間でどのように変化したか、特化係数17の変化と共にみると、全国的な傾向と同様に金属・一次金属産業のシェアは低下した。繊維産業もシェアが低下するとともに、特化係数が大きく低下し、伝統的な特色が薄らいでいた。また、近畿経済をけん引してきた電気機械産業のシェアは低下したが特化係数は上昇し、地域独自の動きもうかがえる(コラム1-1-3図(1)、(2))。
長期的な視点に立つと、こうした地域経済をけん引する主要産業の変化と倒産動向は関連があると考えられ、今後も各地域の倒産数の動向について注視していく必要がある。
(業務仕分けとICT機器導入・アウトソーシング活用による介護の生産性向上)
ここからは、介護サービス分野の生産性向上に向けた取組として、北九州市の先進的な事例をみてみたい。
北九州市では、ものづくりの都市としての発展、学術研究機関の集積という地理的特徴と、国家戦略特区制度の活用等により、介護の質を維持・向上しつつ、介護職員の負担軽減を目指した先進的介護モデルを構築し、導入支援と情報発信を行っている(北九州モデル)。
北九州モデルは、業務の見える化と業務仕分けを行った上で、必ずしも職員が行う必要がない業務についてはICT機器・介護ロボット導入やアウトソーシング活用等に置き換えるといった対応を進めることで、職員のゆとりを生むことが大きな特徴となっている。さらに、こうしたゆとりを、職員の業務時間の削減につなげるため、業務オペレーションの変更(業務手順や勤務シフトの変更等)を行っている(第1-3-10表)。
北九州市のモデル実証では、業務仕分けを行い、アウトソーシングやセンサーによる見守り等を活用することで介護・看護職の業務時間が最大35%削減されるとともに、介護サービス利用者の生活の質の低下はなく、利用者とのコミュニケーションの時間が増加したことも確認された。北九州市では、こうしたモデル事業の普及に向け、北九州市介護ロボット等導入支援・普及促進センターを開設し、伴走型による導入支援事業を実施している。
北九州市の実証の結果からも、介護サービス分野では、業務仕分けとICT機器導入・アウトソーシング活用により生産性が向上する余地が残されており、こうした先進事例を全国的に普及していくことが求められるであろう。また、こうした各事業所の生産性向上の取組とあわせて、事業者の大規模化・協働化を進め、各事業所で生み出されたゆとりを地域で共有して最適な資源配分を目指していくことで、更なる相乗効果を得られる可能性もある。
(コラム2:規模の経済性を活かした介護サービスの生産性向上)
介護サービスの生産性を向上させるためには様々な方策が考えられるが、その方策の1つは規模の経済性を活かすことである。本コラムでは、訪問介護サービスを例にとり、介護サービスにおける規模の経済性の効果について確認したい。
訪問介護サービス事業者の利用規模別に事業者の平均的な収支率(=(収入-支出)/収入)をみていくと、利用回数が増加するほど、収支率が改善する傾向がみられる(コラム1-2-1図)。訪問介護サービス事業所の規模を地域間で比較すると、東京圏(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)は、相対的に利用者数が多い事業所の割合が高い傾向にあるが、大半の地方圏では小規模事業所が多数存在している(コラム1-2-2図)。
介護報酬では、各地域の介護サービス従事者の賃金を調整する目的で、公務員給与の地域手当の区分に準拠した地域区分を設定し、地域別/サービス別に単価が設定されている。他方、こうした地域区分別に平均的な収支をみると、地域区分により収支率に不均衡が生じていることが分かる(コラム1-2-3図)。先にみたとおり、介護サービスには規模の経済性が強く働くことから、収支率の不均衡を生み出す要因は単価差以外にもあることは明らかであるが、こうした事業所の規模や立地による収支率の違いは、地域レベルでのサービス提供量に大きな影響を与える。まずは、規模の経済が発揮されるように事業環境を整えることが必要であり、その上で、効率的に事業者が地域で事業を継続できる適切な価格設定を図ることが求められる。
地域の医療・介護提供体制の基本的な方針を示す「地域における医療及び介護を総合的に確保するための基本的な方針(総合確保方針)18」においても、本年3月の改定で、「介護サービス事業者の経営の協働化・大規模化」が新たに明記され、介護サービスにも規模の経済性を働かせて効率化を図ることが求められ始めている。また、一定の規模になれば、人員配置の柔軟性が増し、従業者にとっても働きやすさが増すことに加えて、売上高の増加は経営体力強化にもつながり、省人化に資するICT投資(見守りセンサー機器19、介護記録ソフトの導入等)を図ることも可能になる。
介護の大規模化・協働化に当たっては、推進役の確保や、法人間の人事・教育制度の違いなどが課題となっていることも指摘されている20。こうした課題を解決し、大規模化・協働化を進めるためにも、ガイドラインの整備や異業種参入等により業界再編が進むことが求められるであろう。
(地域の人口動態を見据えた中長期的な介護サービス提供体制の整備)
介護サービス分野では、各事業所の生産性向上とともに、将来的な各地域の人口動態も見据え、バックキャストする形で中長期的にサービス提供体制を整えていくことも重要な取組となる。
国立社会保障・人口問題研究所が公表する「日本の地域別将来人口推計(平成30年推計)21」から今後の都道府県別の人口動態をみてみる。国勢調査が行われた2020年時点の65歳以上人口を基準として、47都道府県の変化率の時系列推移を概観すると、沖縄県と東京都・愛知県といった都市部では、いわゆる団塊ジュニア世代が65歳以上となる2040年にかけて、65歳以上人口の増加が継続することが見込まれている。一方で、和歌山県や秋田県といった地域では、2020年代をピークに65歳以上人口は減少局面に入ることが見込まれている(第1-3-11図(1))。
2020年と2040年の2時点を比較すると、全国では65歳以上人口が11%増加する中、地方の16県では65歳以上人口が減少する見通しが示されており、65歳以上人口の変化率やピークを迎える時期には地域差が存在していることが分かる(第1-3-11図(2))。
こうした将来人口推計を踏まえると、大都市圏や沖縄県では、介護サービス需要の増加に対して供給能力の不足感が強まる可能性が見込まれる。このような中長期的な人口動態による地域ごとの需要の変化を視野に入れ、計画的な介護サービス提供体制の整備を進めていくことが必要となる。
(宿泊・飲食等のサービス業は賃金上昇が雇用定着・確保のカギ)
以上のような取組を通じ、宿泊・飲食等のサービス業、介護サービス分野共に生産性向上を図り、需要の伸びに対して労働投入を抑えることを可能とすることが、地域の人手不足問題への対応において重要な取組となる。加えて、地方では賃金の上昇を含めた処遇改善を進め、雇用の定着・確保を進める必要がある。
一般労働者(フルタイム)の賃金を、地域別/性別/職種別にみると、サービス業の職種のうち、販売店員や飲食物給仕従事者では、全職種平均と比較して賃金水準が低く、特に地方圏の女性の賃金が1,150円程度となっている。都市圏と地方圏、また男女におけるこうした賃金水準の差も、コロナ禍で宿泊・飲食等のサービス業を離れた雇用者が戻ってこない要因になっていると考えられる(第1-3-12図)。地方圏で人手不足が深刻であること、追加就労希望就業者に女性が多かったこと等に鑑みると、賃金を上昇させていくことが雇用定着・確保のため重要である。
また、介護職(施設職員・訪問介護従事者)については、他業種と比較すると男女間の賃金格差は小さく、地方圏の女性でみればサービス業の職種より賃金が高い。しかしながら、全職種平均と比較すると依然として賃金水準は低く、本年11月の総合経済対策22において、人材確保に向けて賃上げに必要な財政措置を早急に講ずることとされている。
(コラム3:最低賃金引上げとアルバイト時給との関係について)
ここでは、2023年度の最低賃金引上げの内容について都道府県別に確認するとともに、アルバイト時給や景況感への影響について考察を行いたい。
2023年度の地域別最低賃金の改定においては、7月28日に中央最低賃金審議会で改定の目安についての答申(全国加重平均1,002円、Aランク23地域+41円、Bランク地域+40円、Cランク地域+39円)が取りまとめられた。その後、この答申を参考にしつつ、各都道府県の地方最低賃金審議会において地域の経済実態を踏まえた議論が進められ、最終的な地域別最低賃金額が決定された。その結果は、2023年10月から最低賃金が、全国加重平均で目安を上回る1,004円(前年差+43円、上昇率4.5%)となるものだった。最高額は東京都の1,113円、最低額は岩手県の893円であった。
今回の都道府県別改定では、Cランク地域のほとんどの県と、Bランク地域の3分の1強の県で目安額を上回る最低賃金額が決定され、地方部の上昇幅が大きくなっていることが大きな特徴となっている(コラム1-3-1図)。全国加重平均は、2020年度を除き近年着実に上昇傾向が続いていたが、その中でも2023年度の伸びは過去最大の引上げ幅24となり、初めて1,000円を超えた(コラム1-3-2図)。
次に、こうした最低賃金額の引上げが、アルバイトの賃金にどのように影響を及ぼすか確認したい。具体的な事例として、各地域のコンビニ(小売)のアルバイト時給の推移をみると、各年10月の最低賃金引上げ時に、全地域で時給は大きく上昇し、その後は緩やかな上昇が続いくことが分かる(コラム1-3-3図)。
また、A~Cランク別にアルバイトの賃金の推移をみると、9月から10月にかけてAランクとB、Cランクの賃金の比率はわずかに縮まるという結果になっている(コラム1-3-4表)。
10月の最低賃金引上げ時の各都道府県の最低賃金上昇率(政策要因)を横軸、アルバイト時給(コンビニ)の上昇率を縦軸にとって、分布をプロットすると、最低賃金引上げに伴い、アルバイト賃金が上昇する関係がみられる(コラム1-3-5図)。両指標の関係性(パラメーター)をみると、弾性値は0.67程度であり、最低賃金が1%上昇すると、全国的には平均して0.67%程度アルバイト時給の押上げにつながったことがうかがえる。
以上の議論をまとめると、今年度は各地で中央最低賃金審議会が示した目安を上回る最低賃金の引上げが実施され、最低賃金近傍で働くアルバイト時給の押上げ効果があったことが確認された。今後、最低賃金引上げによる家計の所得向上が進むとともに、企業サイドにおいても人件費増加に応じた販売価格への転嫁が進むことが期待される。
3.ミスマッチ解消に向けた方策
(雇用条件の柔軟化やマッチング手法の変革による地域労働力の有効活用)
最後に、労働需給のミスマッチ解消に向けた方策の検討を行いたい。労働需給のミスマッチの解消に向けては、2012年以降の景気回復局面で、M字カーブの解消により女性の労働市場への参加が進んだことを踏まえると、子育てや介護と両立など就労希望条件に応じてきめ細かくマッチングを進めることが有効と考えられる。
地域別に入職経路をみると、東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)と北関東(茨城県、栃木県、群馬県)、大阪・名古屋圏(大阪府、京都府、兵庫県、愛知県)といった都市部ではインターネットを含む求人広告を通じた入職者比率が高くなっているが、地方圏ではハローワークを通じた入職者比率の割合が高くなっている(第1-3-13図)。
こうした入職者比率の地域差は、都市部ではインターネット等に掲載される求人情報が充実しており、求職者がスマートフォンを利用して、子育てや介護との両立など希望勤務条件に合う仕事を検索することが可能となっているが、地方ではこうした環境整備が進んでいないことも影響していると考えられる。
インターネットによるマッチング環境整備が進んでいない地域では、その役割を補完するため地方公共団体が主体的にマッチングを行うことも有効な手段になると考えられる。例えば、滋賀県や岐阜県岐阜市では、地域女性活躍推進交付金を活用して民間企業と就労意欲のある女性のマッチングの場を提供する取組を行うなど、マッチング支援を進める動きもみられる(第1-3-14表)。
地方公共団体が地域のニーズを把握し、信用力を活かして、きめ細かくマッチングを進めることで地域の労働力を有効活用できる余地は残されていると考えられる。こうした取組について、先進事例のノウハウや課題の整理を行い、横展開を進めていくことが重要な取組となる。
(スポットワークアプリによる新たなマッチングの広がり)
ミスマッチ解消策の1つとして、スポットワークアプリによるマッチングも注目されている。スポットワークは、従来のアルバイトのように1事業所で一定の勤務時間シフトを組んだ働き方ではなく、複数事業所や細分化された勤務時間(隙間時間)で勤務する働き方となる。また、採用に関しても、従来のように履歴書の送付と面接を経ることなく、アプリによるマッチングで成立するという特徴がある。
働き手にとって、勤務時間の柔軟化、タイムパフォーマンスの向上、本格的な勤務の準備としての職業体験などのメリットがある。企業側にとっても採用活動・シフト調整・給与支払といった事務の負担軽減といったメリットがあることが指摘されている。
近年広がりをみせる新たな働き方ではあるものの、スポットワークに関するアプリの登録者は足下で延べ1000万人を超えており、こうした新たなマッチング手法の活用は各地域の人手不足解消に向けた方策の1つと考えられる(第1-3-15図)。
地方では、地方公共団体やJAがスポットワークアプリを導入し、農業分野で野菜の収穫等でマッチングが行われている事例も出てきている。地方の農業や観光等の分野における、こうした新たなマッチング手法の広がりも人手不足解消に向けた有効な取組となるであろう(第1-3-16表)。