第1章 第3節 地方の賃金・生産性向上に向けた課題
第1節では、都市部から地方圏への新たな人の流れの創出・定着には「仕事や収入」に対する懸念を軽減させることが重要であることを確認した。本節では、経済圏単位の目線から、「仕事や収入」の前提となる地方圏の年収と賃金の状況を確認したのち、地方圏の賃金水準が低い要因を産業別労働生産性と労働投入という視点から検討する。最後に、地方圏の労働生産性向上に欠かせないIT技術の活用に関する課題についてみていく。
1)地方圏の年収と賃金の状況
(都市圏の方が感染症の影響による年収の落ち込みが大きく、年収差はやや縮小)
都市部の労働者と地方圏の労働者で所得にどのような違いがあるかを確認するため、ここでは、東京圏、大阪・名古屋圏及び地方圏の3つの圏域別に労働者1人当たり(全産業平均)の年収の推移をみていく(第1-3-1図)。まず、感染症拡大以前の2019年までの動きをみると、地方圏の平均年収は、2010年時点で415万円であったが、2019年時点では445万円(+30万円増(+7.3%増))まで増加している。東京圏では2010年時点の518万円から2019年時点で551万円(+33万円増(+6.4%増))、大阪・名古屋圏では2010年時点の493万円から2019年時点で529万円(+35万円増(+7.2%増))まで増加している。感染症拡大直前の2019年時点で、3つの圏域の年収を比較すると、地方圏の年収は東京圏を100万円程度、大阪・名古屋圏を80万円程度下回る状況となっていた。
次に、感染症拡大前後の変化について、2019年から2021年にかけての年収の変化幅をみると、都市圏(東京圏及び大阪・名古屋圏)は20万円程度減少しているが、地方圏は8万円程度の減少に留まっており、都市圏と地方圏の年収差はやや縮小している。
都市圏の方が感染症の影響で年収の落ち込みが大きかった要因について、年収の変化率を製造業と非製造業の寄与に分けて確認する。
2010年から2019年までの全産業でみた年収の変化率をみると(第1-3-2図(1))、東京圏が+6.4%増、大阪・名古屋圏が+7.2%増、地方圏が+7.3%増となっている。この内訳をみると、全圏域で非製造業の寄与が+5%台半ばから+6%程度となっており、いずれの圏域においても非製造業の寄与で平均年収が大きく押し上げられたことが分かる。製造業の寄与をみると、東京圏が+0.5%と僅かなプラス寄与の一方で、地方圏は+1.8%と最も寄与が大きくなっており、全産業でみた年収の変化率も地方圏が最も高い結果となった。
続いて、感染症が経済活動に強い影響を与えた期間を含む2019年から2021年までの年収の変化率をみると(第1-3-2図(2))、東京圏では▲3.7%減、大阪・名古屋圏では▲3.4%減、地方圏では▲1.8%減となっている。いずれの圏域においても値はマイナスであるが、マイナス幅は東京圏が最も大きく、地方圏は最も小さい。また、非製造業のマイナス寄与が製造業のマイナス寄与よりも大きい点が、全圏域に共通する特徴である。
この結果、2010年から2021年の年収の変化率でみると東京圏は+2.5%増と最も低くなっている(第1-3-2図(3))。
(感染症の影響が大きい都市圏で、特に非製造業の年収が低下)
感染症下での年収動向については、内閣府(2020)が、感染症の拡大に伴う経済活動低下により労働時間が減少し年収が下押しされたと分析している。こうした指摘を踏まえれば、感染症の拡大傾向が強かった地域ほど経済活動が低下したため、その地域の年収はより強く下押しされたものと予想される。そこで、都道府県別のデータを用いて感染者数と年収の変化率との関係をみると(第1-3-3図(1))、感染者数が多い都道府県ほど年収の変化率が低い傾向にある。
さらに、都道府県別の年収について製造業と非製造業に分けた上で、同様に感染者数と年収との関係をみると(第1-3-3図(2)、(3))、製造業では統計的に有意な関係はみられないが、非製造業では、感染者数が多い都道府県ほど、年収の変化率が低い傾向がみられる。こうした違いは、非製造業が人出の増減のような国内の感染状況に相関する事象から強い影響を受けたのに対し、製造業はこれらの影響は限定的だったためと考えられる。製造業に対する影響は、むしろ、輸出の増減、海外都市のロックダウンといった海外の感染状況に伴う事象によるものと推測される。したがって、国内の感染症の拡大に伴う経済活動の低下の影響は、特に都市圏の非製造業において大きく、都市圏の年収が地方圏以上に下押しされたものと考えられる。
(全産業平均の賃金をみると都市圏と地方圏で大きな水準差が存在)
ここまで、都市圏と地方圏の年収差と感染症が年収に与えた影響についてみてきたが、年収の基盤となる時給ベースの賃金についても、圏域別・性別に分けて状況を確認したい(第1-3-4図)。
まず、男性の時給ベースの賃金(一般労働者(全産業))をみると、2021年時点で、東京圏は2.3千円、地方圏は1.8千円となっており、東京圏と地方圏では0.5千円の水準差が存在している。女性についても、2021年時点で、東京圏は1.8千円、地方圏は1.4千円となっており、東京圏と地方圏では0.4千円の水準差が存在している。これは、一般労働者の月の所定内労働時間が160~170時間程度であることを考えると、月の所定内給与で8万円程度の水準差が存在することを意味している。
2)地方圏の労働生産性と産業構造
(地方圏と都市圏の賃金水準の差は労働生産性の差による)
前項では都市圏と地方圏で時給ベースの賃金水準に差が存在することを確認したが、本項ではこのように水準差が生じている要因について検討を進めたい。
一般的に賃金は労働生産性の水準によって決まると言われていることから、まずは圏域別の労働生産性の状況についてみていきたい。地域別に労働生産性のデータが入手可能な「都道府県別産業生産性(R-JIP)データベース2021」から、最新の推計値となる2018年のデータで比較すると、全産業の労働生産性は、東京圏が5.2千円と最も高く、次いで大阪・名古屋圏が4.4千円となっており、地方圏は3.6千円と最も低い(第1-3-5図)。このように地方圏と都市圏の賃金水準の差は、労働生産性の差に符合している。
(卸売・小売業、金融・保険業等の業種が地方圏の労働生産性を下押し)
地方圏の労働生産性が都市圏(東京圏及び大阪・名古屋圏)よりも低い水準にある背景を探るため、ここからは業種別の労働生産性と労働投入の状況についてみていく。
まず、地方圏と都市圏の業種別労働生産性を確認すると、通信・放送業と不動産業は地方圏が上回っているが、他の業種は全て都市圏を下回っている(第1-3-6図)。特に、金融・保険業、電気・ガス・水道、卸売・小売業といった非製造業の業種で都市圏と地方圏の差が大きくなっている。
次に、業種別の労働投入のシェアをみると、製造業、建設業、保健衛生・社会事業などは地方圏のシェアが都市圏のシェアを上回っているが、労働生産性の高い金融・保険業、不動産業、情報サービス業などの業種では地方圏のシェアが都市圏のシェアを下回っている(第1-3-7図)。
以上を踏まえ、労働生産性(全産業)への業種別の寄与を確認すると(第1-3-8図)、卸売・小売業では都市圏では0.9千円の寄与があるのに対し、地方圏では0.5千円の寄与に留まっており、寄与度差が0.4千円と最も大きい。情報サービス、金融・保険業、専門・科学技術についても寄与度差が0.2千円あり、これらサービス業の労働生産性と労働投入の状況の違いにより都市圏と地方圏の差が生じている。
(地方圏は労働生産性の低い分野の雇用が増加)
労働投入の時系列的な変化についても確認したい。雇用者数の変化について、2012年から2021年の増減率をみると、東京圏の増加率が11.3%と最も高く、大阪・名古屋圏が7.9%、地方圏が1.6%と最も低くなっている(第1-3-9図)。同時に、雇用者数の増加要因について製造業と非製造業に分けてみると、いずれの圏域においても、非製造業の雇用者数が大きく増加に寄与している。一方、製造業の雇用者数は、大阪・名古屋圏が1%程度のプラスであるものの、東京圏ではマイナス、地方圏はほぼゼロであり、いずれの圏域でも製造業の寄与は限定的である。
続いて、非製造業の雇用者数の内訳を、業種によって詳しくみると、全ての圏域に共通して、医療・福祉の寄与が最も大きくなっている(第1-3-10図)。ただし、東京圏の雇用者数は、医療・福祉のほか、情報通信業、卸売業・小売業、教育・学習支援、学術研究・専門・技術サービス業など、様々な業種が増加に寄与しており、大阪・名古屋圏も同様の傾向となっているが、地方圏では雇用者数の増加率に占める医療・福祉の割合が特に大きい姿になっており、都市圏に比べて地方圏は労働生産性の低い分野の雇用が増加している。
(コラム4:労働生産性と賃金の関係)
労働生産性と賃金との間に正の相関があることは、内閣府(2014)等でも指摘されているが、ここでは都道府県のデータを使って両者の関係をあらためて確認しておく。2012年から2018年までの都道府県別のデータにより両者の関係をみると、労働生産性の高い都道府県ほど、賃金が高い傾向となっている(コラム1-4-1図)。
同様に、労働生産性の上昇率と賃金の上昇率との関係についても正の相関がみられ、労働生産性の上昇率が高い都道府県ほど、賃金の上昇率も高くなる傾向が確認できる(コラム1-4-2図)。
3)地方圏の経済の活性化とIT
(IT技術者は産業別には情報通信業に、地域別には東京圏に偏在)
ここまで確認したとおり、卸・小売業や金融・保険業等のサービス業の労働生産性や労働投入の違いによって、地方圏の労働生産性は都市圏より低くなっており、これが原因となって賃金水準に差が生まれている。
サービス業の労働生産性の向上にはIT技術の活用が重要との指摘もあるとおり47、地方圏の労働生産性向上にもIT技術の活用が欠かせないだろう。そこで、本項では地方圏におけるIT技術の活用に関する課題についてみていきたい。
まず、IT技術者の産業別分布を確認すると、製造業(8.3%)、卸売・小売業(3.4%)、学術研究等(3.3%)に比べて、情報通信業が76.4%と非常に高い48(第1-3-11図(1))。
また、IT技術者の地域間の分布をみると、東京圏が60.4%、地方圏は23.7%となっており、東京圏に偏在していることが分かる(第1-3-11図(2))。比較として、IT以外の技術者49の分布をみると、東京圏が30.7%、地方圏が47.9%となっている。IT技術者が全体の四分の一程度しか地方圏に存在しないのに対して、IT以外の技術者は約半数が地方圏に存在しており、技術者であっても分布に大きな違いがある。
(IT技術者への求人増加は地方の方が顕著)
このように人材供給面ではIT技術者が東京圏に偏在している状況にあるが、実際に圏域別にIT技術者の労働需給のバランスがどのようになっているか、ハローワークにおけるIT技術者の有効求人数、有効求職者数及び有効求人倍率の推移をみてみたい50。
IT技術者の有効求人数の推移(第1-3-12図(1))を2012年=100としてみると、2012年以降の景気回復局面において、大阪・名古屋圏及び地方圏では求人数が大きく伸び、感染症拡大前の2019年には2012年比で40%程度増加した。一方で、東京圏ではおおむね横ばい程度で推移しており、東京圏以外の地域でIT技術者の採用ニーズが高まっていたことが分かる。感染症拡大後は、全国的に一旦は求人数が落ち込んだものの、2021年以降は求人数が回復してきていることが分かる。
他方、IT技術者の有効求職者数の動きをみると(第1-3-12図(2))、感染症拡大前の期間では、雇用情勢の回復に伴い全国的に求職者数が減少していた。感染症拡大後は、全国的に求職者数が増加しているが、地方圏の増加率は都市圏(東京圏及び大阪・名古屋圏)の増加率を下回っている。この結果、圏域別に2012年平均を起点として指数化した有効求人倍率(有効求人数/有効求職者数)の推移をみると(第1-3-12図(3))、IT技術者の労働需給は、地方圏がよりタイト化していることが分かる。
こうした需給のひっ迫は転職を取り扱う民間の転職求人サイトにおけるIT技術者の転職求人倍率の推移でも確認できる(第1-3-13図)。
感染症拡大以降、ビジネスの非対面化・オンライン化といった変革に対応するため、アプリ開発やサーバー・ネットワークなどのITインフラ整備に対する需要が高まり、IT技術者の転職求人倍率は全地域で大きく上昇し、直近では各地域10倍程度に到達している。通常、IT技術者に対する求人は即戦力として期待できる経験者を求めているものが多いが、doda(2022)によると、採用ニーズが大きく高まる中、経験の乏しいエンジニアや未経験者を育成前提に採用する動きも出てきており、全国的に人材の枯渇感は大きく高まっている。
(地方の労働生産性向上に向けデジタル人材の還流や人材のシェアを促すことが重要)
地方圏全体の労働生産性を向上させるため、特にサービス業の分野で、前節で述べたようなECサイトや住宅情報サイトの整備、行政のデジタル化などIT技術の活用は欠かせないだろう。しかしながら、全国的にIT技術者の不足感は高まっており、特に地方圏で必要な人材の獲得が困難な状況にある。
こうしたIT技術者の需給ひっ迫を受け、一部の県ではデジタル人材を市町村とシェアするという新しい動きも生じている(第1-3-14図)。こうした取組により、各自治体は人材確保が可能になるとともに、人的・財政的負担の抑制といったメリットも生まれる可能性がある。行政の効率化・生産性向上に向け、先進事例のノウハウや課題の整理を行い、横展開を進め、人材のシェアを促していくことは重要な取組であると考えられる51。
また、地方企業のデジタル化の進展と労働生産性向上に向けては、出向や副業といった形態で都市部のデジタル人材とのマッチング支援を進め、IT人材の還流や人材のシェアを促すことが重要である。あわせて、デジタル人材の育成を目的とした教育訓練の利活用を促進することで、地方の労働者のリスキリングを進めることも必要な取組と考えられる。
政府は「デジタル田園都市国家構想総合戦略52」において、専門的なデジタル知識・能力を有し、デジタル実装による地域の社会課題解決を牽引する人材を「デジタル推進人材53」と位置付け、その育成を行うとともに、地方への人材の還流を進めることにしている。
具体的には、
- 46道府県(東京都を除く)が設置したプロフェッショナル人材戦略拠点54と地域金融機関等が、地域企業の求人ニーズ発掘を行い、都市部のデジタル人材とのマッチング支援を進める、
- デジタル田園都市国家構想交付金(2023年度当初予算:1,000億円)を活用して起業者・移住者に対して補助金を交付することにより、地方での起業支援・移住支援を行う55、
といった取組が進められている。今後、こうした施策の効果によって地方への人材の還流や人材のシェアが促されることで、地方圏のデジタル化が進展し、労働生産性向上が実現していくことが期待される。
(人への投資とスタートアップの活性化が地方圏のサービス業の生産性を押上げ)
労働生産性を向上させるためには、デジタル化を進めるなど労働者の資本装備率を高めるとともに、労働の質の向上や成長分野への労働移動を進め、全要素生産性(Total Factor Productivity、以下TFP)を上昇させていくことも必要な取組となる。
そこで、ここでは、内閣府(2022)の分析を参考に、企業を所在地により都市圏(東京圏及び大阪・名古屋圏)とそれ以外の地方圏に分けた上で、産業別に生産関数の推計を行い、TFPに影響を与えると考えられる人的資本ストック要因と企業の新陳代謝要因に関して、地域別に違いがあるかを確認した56。
まず、人的資本ストック要因を表す「教育訓練ストック」のパラメーターをみると(第1-3-15図)、都市圏・地方圏のサービス業では有意にプラスと推計され、企業がIT教育などOFF-JTを行って教育訓練ストックを蓄積することで、地域を問わず生産性を向上させる効果が確認された。
次に、新陳代謝要因を表す「企業年齢」のパラメーターをみると(第1-3-16図)、製造業では都市圏・地方圏ともに有意にプラスと推計された一方で、サービス業では地方圏で有意にマイナスと推計された。これは、製造業と都市圏のサービス業では企業年齢の増加と共に生産性が高まる一方、地方圏のサービス業では企業年齢の増加と共に生産性が低下することを意味している。製造業と異なり、サービス業の場合は生産(供給)と需要(消費)が同時に発生するため、立地による独占性が強いと考えられる。都市圏と比べて新規参入と撤退という企業間競争の違いが、生産性に対する企業年齢の差を生んでいる可能性を示唆している。
以上の分析結果を踏まえると、地方圏の経済を活性化させるため、リスキリング支援の強化とスタートアップの育成支援を進めることは重要な取組といえる。
「人への投資」については、3年間(2022~2024年度)に4,000億円規模で実施を予定していた施策パッケージの規模を、5年間で1兆円に拡充し、労働者のリスキリングへの支援強化が進められている57。また、スタートアップについては、官民によるスタートアップ育成策の全体像と5年間の具体的なロードマップを示した「スタートアップ5か年計画」が取りまとめられ、人材、資金供給、オープンイノベーションの3本柱を一体にして推進し、スタートアップへの投資額を5年後の2027年度には10兆円規模と10倍増にする目標が掲げられている。今後、こうした取組の効果が発現し、地方圏の労働生産性向上につながることが期待される。
(スマート農業の普及に向け若手経営者の人材育成と農家の経営力向上が重要)
最後に、農業分野の生産性向上に関して、先端技術を活用したスマート農業の普及に向けた動きについて触れたい。
農林水産省(2022)によると、スマート農業の普及は、ロボットトラクタやドローンの活用による作業の省力化、作業記録のデジタル化と共有やAIによる気象データ等の解析で生育の予測可能性を高める等により、生産性向上に資すると指摘されている。
しかしながら、2020年の農林業センサスによると、データを活用した農業を行っている経営体の割合は全国平均で17.0%に留まっており、データ活用という面でスマート農業の普及は、発展の途上と考えられる。そこで、都道府県別のデータ活用率(全国平均からの乖離幅)を、「①経営者の年齢要因(経営者の年齢が49歳以下の経営体比率)」、「②経営組織要因(複式簿記を実施している経営体の比率)」等を説明変数にして推計を行い、データ活用率の地域差について要因分解を行った(第1-3-17図)。
推計結果をみると、「①経営者の年齢が49歳以下の経営体比率」、「②複式簿記を実施している経営体比率」、「③主たる生産物が果樹・施設野菜・肉用牛・養豚の経営体比率」、「④水稲の平均作付面積」及び「⑤消費者への直接販売が最も多い経営体の比率」の5要素は、いずれも各々の比率が高いとデータ活用率が高いという関係にあることが確認された(付注1-3参照)。言い換えると、それぞれ、若年の農業経営者が、企業経営の方式に沿った事業運営を行い、コモディティー化しにくい(価格競争力のある)商品作物を作り、事業規模の大きさを活かし、直接的な販売チャネルを活用する、といったことが、データ活用と親和性が高く、その活用に繋がりやすい傾向にあると言える。
次に、都道府県別にデータ活用率の全国差に対する各要因の寄与をみていく。まず、北海道のデータ活用率が全国で飛び抜けて高い割合となっているが、その理由は、地域特性(平均作付面積が大きいこと)も大きく影響しているが、若い農業経営者の割合が高いことに加え、企業として財務状況を把握する経営体の割合が高いといった経営面の要因からも説明される。
また、東京都と神奈川県は、水稲の面積要因はマイナスに寄与しているものの、大消費地に近いという地理的特性から消費者への直販要因と経営意識が強い経営体の割合が大きくプラスに寄与することで、データ活用率が全国で上位となっている。他方、同様の立地と考えられる近畿圏の各都道府県は、経営組織要因がマイナスであり、データ活用が進んでいない。
生産物等に着目すると、和歌山県や山梨県は、気象や生育データの活用と親和性が高い果樹栽培が盛んという生産物の特性から、また、新潟県や山形県は、大規模稲作農家が多いという特性から、それぞれデータ活用率が全国平均を上回っている。総じてみれば、経営規模が小さく高齢化が進んでいる地域では、データ活用率が全国平均を下回っている傾向にあるが、上述のように地域特性等を活かしたデータ活用の進展がみられる都道府県もみられる。
データの活用は手段であって目的ではないが、事業収益を高めて豊かな生産者を増やすためには、有効な手段である。こうしたことを踏まえると、例えば、用地取得等において部外若年者の参入を阻害する要因を緩和し、地域全体として農業の担い手を確保することや、販売管理や天候対策等の面にデータの活用を進めて経営を安定化させることは不可欠な取組である。また、法人化を進めることは、税制面での優遇措置の利用(欠損金繰越控除)58や金融機関等からの融資拡大が可能となるといったメリット59を伴い、農業経営体の経営力を強化することでスマート農業の初期投資コストを賄いやすくする面もある。
農林水産省は、スマート農業の普及に向け、2022年6月に「スマート農業推進総合パッケージ」を改定し、2025年までに農業の担い手のほぼ全てがデータを活用した農業を実践するという目標を掲げている。こうした目標を実現するため、技術・ノウハウを有するスマートサポートチームによる人材育成や、普及指導員による技術指導支援、農業機械のシェアリングやデータに基づく経営指導等を行う農業支援サービスの育成・普及を進めてスマート農業機械等の導入コスト低減に向けた取組を実施するとしている。農業の生産性向上に向け、先端技術を活用したスマート農業の普及は重要な取組の一つであり、今後こうした取組が着実に進められることが期待される。
(コラム5:地方圏のスタートアップの状況)
地方圏で労働生産性の高い企業が増加するためには、既存企業の成長だけでなく、新しい企業が生まれることも重要である。そこで、2012年(第16景気循環の開始時期)、2019年(感染症拡大前)、2020年(感染症拡大後)の3時点で、都道府県別に企業の開業率と廃業率の状況を確認していきたい。
まず、開業率の状況をみると、2012年から2019年にかけては全国的に開業率が上昇傾向にあったが、感染症拡大前後(2019年から2020年にかけて)では、ほぼ横ばいで推移した。地域別にみると3時点とも上位は沖縄県、東京都、福岡県、大阪府、千葉県、神奈川県の順になっており、全国平均との関係でみても、これらの地域のみが全国平均を上回っている。
次に、廃業率の状況をみると、2012年から2019年にかけては全国的に若干の上昇傾向にあったが、感染症拡大前後(2019年から2020年にかけて)では、政府による金融支援の効果もあって全国的に廃業率が低下している60。地域別には、東京近郊(東京都、千葉県、神奈川県)と大阪府がおおむね全国平均の廃業率を上回っているが、その他の地域はおおむね全国平均の廃業率を下回っている。
こうした状況を、横軸に開業率、縦軸に廃業率をとり、全国平均(2019年時点)の開業率と廃業率を境界に4つの象限に分割して、2019年時点の地域別の分布を確認すると(コラム1-5-1図)、東京近郊(東京都、千葉県、神奈川県)と大阪府は「高開業率・高廃業率(右上)」の象限に位置し、相対的には企業の新陳代謝が活性化している地域といえる。一方で、地方圏の多くの地域は、「低開業率・低廃業率(左下)」の象限に位置し、企業の新陳代謝が停滞している地域といえる。こうした中、沖縄県と福岡県のみが、「高開業率・低廃業率(右下)」の象限に位置し、企業数が増加傾向にある61。
このように東京近郊や大阪府に比べて地方圏の多くでは企業の開業・廃業の動きが停滞しているが、ここでは、近年、地方圏でスタートアップの動きが活発化している福岡県の取組についてみてみたい。福岡県の中核都市である福岡市は、2014年に国家戦略特区(グローバル創業・雇用創出特区)に指定され、特区で認められた規制・制度改革を活用してスタートアップ支援を進めている。主な取組としては以下の3点が挙げられる。
①福岡市雇用労働相談センターの設置
2014年11月に国家戦略特区制度を活用して、スタートアップやグローバル企業の雇用環境整備をサポートする福岡市雇用労働相談センターを設置。同センターに弁護士や社会保険労務士が常駐し、雇用ルールについて無料相談を実施。これまで(2022年11月末まで、以下本コラム内で同様)に約9,000件の相談に対応。
また、同センターは、起業に関する幅広い相談に対応するスタートアップカフェ(これまでの利用者による起業数は740社以上)と併設しており、相互に連携して運営を行っている。
②スタートアップビザの運用開始・要件緩和
外国人のスタートアップを促進するために、「経営・管理」に関する在留資格の取得要件を満たす見込みのある外国人の創業活動を6か月間特例的に認める「スタートアップビザ」の運用を2015年12月から開始(2018年12月から全国の国家戦略特区に展開)。
また、2020年3月からは留学生が帰国せずに学生起業が可能となるなど、制度の要件緩和も進められ、これまで89件の申請を受け付けている。
③スタートアップ法人減税(国税)の創設
創業から5年未満の企業で、医療・農業等の分野で革新的な事業を行う法人であることなどの要件を満たすことで、法人税(国税)の軽減措置を2016年より実施。その後、2017年4月に福岡市独自の取組として、最大5年間法人市民税を全額免除する制度を創設。これまで法人税(国税)で2社、法人市民税で4社が減税の認定を受けている。
新たな企業の開業が増加することは、地域の雇用の場としてだけでなく、地域の経済の成長と活性化のためにも重要である。また、スタートアップの育成は、日本経済のダイナミズムと成長を促し、社会的課題を解決する鍵になると期待される。国家戦略特区制度を活用した好事例の全国展開を進めるなど、ビジネスの環境整備を行うことで、地方圏において開業数の増加とスタートアップの育成が進むことが期待される。