第2章 第2節 「地域ブランド」の経済分析
「稼ぐ力」を発揮するには様々なストックが効果的に寄与することが重要であるが、ここでは特に「地域ブランド」という無形資産の有効活用について考える。まず、いわゆるブランドが成り立つためには、その製品名に一定の情報価値が投影される状態になること、消費者に認知され、競合製品と差別化されることが必要である。
これまで、「地域+商品(モノ)」と名付けることで、地域の名産や特産品を地域ブランド化して販売する取組も広く行われてきたが、商品(モノ)に限らず、観光地では地域全体をブランド化しようという取組が行われている。ここでは、地域全体のブランド化も含めたものを「地域ブランド」として扱う。
1)地域ブランドの経済的意味
(地域ブランドの経済的意味は製品差別化。確立には需要側の認識が必須)
マーケティングにおける「ブランド」は、アメリカ・マーケティング協会によれば、「ある売り手の製品やサービスを、競合他社の製品やサービスから識別する、名称、ことば、デザイン、シンボル、そのほかの特徴のこと」52と定義される。
「地域ブランド」については、農林水産物・食品について「地域の様々な自然的条件や食文化を反映した食に係る地域特産物の銘柄」53や「ある地域に関係する売り手(あるいは売り手集団)の、当該地域と何らかの関連性を有する商品を識別し、競合地域のものと差別化することを意図した名称、言葉、シンボル、デザイン、あるいはその組み合わせ」54との定義がなされている。ここでは、「地域ブランド」について、他との差別化を消費者に認知させ、商品・サービス、ひいては地域そのものの付加価値を高めようとするもの、と定義しておこう。
商品やサービスの販売側からみた「地域ブランド」の概念について、先行的な例を用いて整理する(第2-2-1図)。気候や風土・土壌などの自然的な特性、あるいは、伝統的な製法・地域伝統の文化などの人的な特性、といった地域性が商品と結びつくことにより、生産者側が一定の品質を「保証」し、また、他地域の商品との「差別化」を図ることで、消費者側に商品固有の印象を「想起」させることが、「地域ブランド」の構築・強化につながる。
一方、消費者側からみると、「差別化」が行われ、商品から想起される印象が「認知」されていることが、必要である。生産者側が「ブランド」だと主張しても、消費者側が共通に認知しなければ、何ら意味を持たない。ブランド確立には、消費者側の認知が必須である。
(「地域ブランド」の確立には制度的な保護が必要)
確立した「地域ブランド」には付加価値を生み出す力があるため、模造品販売で、不正な利益を得ようとする対象になることがある。例えば、不適切な掲示等で消費者庁が違反を認定した例等が相当する(第2-2-2表)。こうした動きは、「地域ブランド」が注目されるがゆえに生じており、2008年以降、「地域ブランド」に関連した裁判件数も増加している(第2-2-3図)。ブランドは私的な財産であるため、裁判を通じて保護されるものではあるが、保護費用と損害にかんがみれば、一定の行政制度的な保護も必要である。
2)「地域ブランド」の保護・利用
(2006年の商標法改正は「地域ブランド」の構築に貢献)
1959年の立法当時の商標法では、地域名と商品名からなる商標は、全国的な知名度を獲得した場合などの一部の例外を除き、原則として商標登録の対象ではなかったが、2005年6月に成立した改正法(2006年4月施行)において、「地域団体商標制度」が導入された。
この制度では、「地域名+商品・サービス名」の文字のみから構成される商標でも、商標中の地域と密接に関連した商品・サービスに使用しているものであることなどの一定の条件55を満たせば商標登録が可能となり、「地域ブランド」構築の早い段階で登録を受けられるようになった56。
また、商品やサービスの品質等に関しては、組合等の団体の自主的な基準策定にとどめており、制度的に品質基準は示していないが、例えば、「釧路ししゃも」の商標権を有する釧路漁業協同組合では、詳細な品質基準を設け、加工品は対象外とするなどの使用基準も定めることで、商標管理を厳格にしている。なお、2017年5月末時点の登録査定件数は621件となっている(第2-2-4図)。
(中小企業地域資源活用促進法も「地域ブランド」を支援)
「地域ブランド」に関連する保護・支援制度の二つ目は、中小企業地域資源活用促進法(2007年制定)である。仕組みは、1)都道府県が地域の特産物(農産品、鉱工業品、文化財や自然風景等の観光名所)を「地域資源」として指定、2)中小企業が「地域資源」を活用する新たな商品やサービスを開発する事業計画を策定、3)事業計画が国の認定を受けると、経費の一部補助(補助率:2/3以内、上限金額:3,000万円)や日本政策金融公庫による設備資金または運転資金の低利融資、信用保証の特例及び新事業創出支援事務局によるサポートを受けることできる、というものであった。
しかし、取組が企業レベルにとどまり、「地域ブランド」の創出に至らない、あるいは販路開拓や情報発信を課題とする事業者が多く、地域経済への波及効果は限定的であった。こうしたことを踏まえ、2015年に法改正が行われ、新たに複数の中小企業者が共同する取組への支援を強化するため、地域団体商標の登録料等の減免(出願料・登録料を半額等)や事業に必要な土地や整備等に市町村が融資する場合に(独)中小企業基盤整備機構が市町村に無利子または低利での融資(上限1,000万円)が可能となった57。
なお、都道府県別「地域産業資源」指定数は、北海道が1,463と最も多い。また、これらの資源を活用して事業者が作成した計画の申請数の「地域産業資源」指定数に対する割合は徳島県が40.2%と最も高い(第2-2-5図)。
(地理的表示(GI)保護制度によってグローバルに地域を売り出す)
先の商標法に関連した品質確保は自主的なものであるが、制度的な担保がない点や商標権の侵害への対応は訴訟による自力救済が基本となっている。したがって、小規模事業者の現状にかんがみれば、保護の実効性に限度があるとの指摘もある58。
2015年6月に施行された地理的表示法(GI法)に基づく地理的表示保護制度はこの点で異なる59。制度上、登録された生産者団体の構成員で、登録された品質基準等の特性を満たす産品を生産する生産者が、当該産品にのみ「地理的表示」を名称として使うことができ、不正表示の取り締まりは行政が行う。また、真正な地理的表示産品であることを証するため、地理的表示と併せて登録標章(GIマーク)を付すことを義務付けている。GIマークを付すことで、輸出先においても我が国の真正な地理的表示産品であることが明示され、差別化を図ることが期待される。
地理的表示を保護する制度は既に100か国以上で導入されているが、2016年12月には、同等の制度を有する国との二国間等の国際協定による相互保護を可能とし、輸入業者に対し不正表示産品の譲り渡しを禁止するよう定めた改正GI法が施行された。改正法では、我が国生産者は個別に諸外国でのGI登録をする必要がなくなるなどの負担軽減とともに、当該国での我が国の農林水産物のブランド化の促進も期待される。なお、2017年6月23日時点では、夕張メロンや神戸ビーフなど26道府県の38産品が登録されている(第2-2-6表)。
3)「地域ブランド」の効果
これまで「地域ブランド」には価値があるとしてきたが、どの程度の価値があるのか、幾つか例を用いながら量感を示そう。
(「地域ブランド」は出荷価値を押し上げる)
「地域ブランド」の生み出す付加価値分とは、たとえば、「地域ブランド」が確立している商品と他の商品の価格差のようなものである。そこで、価格に注目してブランドの付加価値を試算してみよう。まず、ブランドが確立したとみなせる「夕張メロン」と「それ以外のメロン」の卸値を比べる。2002年から2016年のデータで比較をすると、夕張メロンは他のメロンと比べ、1kg当たり平均173%(分布幅141-240%)の高値で取引されている(第2-2-7図(1))。両者の価格系列は統計的にも有意に異なっている。夕張メロンは年間平均1,184t出荷されていることから、価格差を掛け合わせると、他のメロンに比べ、ブランド価値は年額3.6億円程度となる。
また、「関あじ」は、近年、四国におけるあじ全般をブランド化して出荷しようとする動きがあることも受け、価格差は縮小しているものの、2009年から2015年の平均価格差は1,565円/kgであり、他のあじに比べれば、平均941%(分布幅826-1,016%)の高値で取引されている。年間平均水揚量は174tであるから、価格差を掛け合わせると、そのブランド価値は年額2.7億円程度となる(第2-2-7図(2))。
このように、ブランドを確立することにより、市場において出荷価値を押し上げる効果が期待できる。
(地域ブランド力の改善は宿泊施設稼働率にプラス)
次に、「地域ブランド」の観光への効果をみる。「地域ブランド調査2016」では、都道府県の魅力度を公表している。この魅力度は、各都道府県に対し魅力を感じるかどうかという主観的な判断を30,372人に聞いた結果を指数化したものである。景気動向をコントロールした上で都道府県別の魅力度の変化と宿泊施設の稼働率の変化の関係を描くと、プラスの相関がみられ、魅力度が1ポイント上昇すると、稼働率は平均約0.16(90%の信頼区間:0.005-0.325)%ポイント上昇すると見込まれる(第2-2-8図)。
地域の魅力度が上がれば宿泊施設の稼働率も上がることが示されたが、観光業は地域によって大きな影響力を有している。観光庁は、「旅行・観光産業の経済効果に関する調査研究報告書」、各都道府県においても、旅行・観光産業の経済波及効果として、観光増加による生産への波及効果や雇用創出効果を公表している。こうした資料によると、観光消費額が1億円増加すると、北海道では13.3人、東京都では10.1人、沖縄県では18.2人の雇用が増加すると指摘されている60(第2-2-9表)。
なお、先の魅力度が1ポイント増加する場合の効果を雇用増に置きなおす61と、北海道では89人、東京都では413人、沖縄県では135人の効果となる。
(コラム:北海道と沖縄県の観光消費の域内波及効果の比較)
北海道と沖縄県は、それぞれ観光業に従事する者が県内就業者の6.8%、8.4%とそれらを除く全国平均の5.7%と比べて高めの割合を占めている。両地域とも国内外から多くの観光客を集めているが、観光消費の恩恵をどの程度域内に留めているのだろうか。自治体の公表資料によると、観光消費1単位が直接的に道・県内の生産につながる部分(直接効果)は、それぞれ0.85、0.88となっている(コラム図1)。
観光消費の直接効果に違いが生じる原因は、観光消費の移入・輸入依存度の高低であるが、観光消費の内容は、旅行客のタイプ、旅行の内容等により異なる。北海道の場合、道外観光客比率は30%程度に止まり、道内観光客が多い一方、沖縄県の県外観光客比率は67%程度と高い。県外観光客は宿泊を伴う場合が多いこともあり、直接効果は沖縄県の方が大きい。実際、旅行客のタイプ別の直接効果の大きさについて北海道を例にみると、道民は0.81に対し、来道者は0.91、訪日外国人来道者は0.84となっている(コラム図2)。
他方、直接効果分の生産のために域内に生じる追加的な生産(中間投入等)が一次効果と呼ばれる。観光消費1単位に対する比率は、北海道では0.38、沖縄は0.37と大差ないが、直接効果に対する一次効果分は、北海道が45%程度(0.38/0.85)、沖縄は42%程度(0.37/0.88)となる。同様に、一次効果によって生じた生産に伴い発生する所得(賃金等)が次に生み出す域内への生産刺激効果を二次効果と呼ぶが、その直接効果に対する比率をみると、北海道が27%程度(0.23/0.85)、沖縄が25%程度(0.22/0.88)である。つまり、北海道の方が、観光消費からより多くの域内生産を取り出していることになる。