第2章 第1節 「稼ぐ力」の中身
1)「稼ぐ力」の考え方と構成要素
(「稼ぐ力」は南関東(東京)と東海(名古屋)が上位)
「稼ぐ力」とは付加価値を生み出す力であり、地域の「稼ぐ力」は、「個人」と「企業」、そしてそれらが立地する地域に存在する「有形・無形の資産」からなると定義する。大まかな「稼ぐ力」のイメージを地域レベルで把握するために、所得に対する課税額の大きさから付加価値を類推する。法人事業主、個人事業主、被用者の事業税や住民税(所得割)を合計したものを「稼ぐ力」の代理変数とする。人口規模を補正するために、就業者一人当たりで比較しよう(第2-1-1図)。国税局管轄別に生み出した価値に対する税額を比べると、2012年度以降、全ての地域で増加が続いている。2015年度の水準は、南関東に含まれる東京(183.3千円)が最も高く、最も低いのは沖縄(85.6千円)であった。
(個人の「稼ぐ力」は地域によって源泉が異なる)
個人の「稼ぐ力」について詳しくみていく。地域別に源泉別所得のシェアを比べると、2010年から2015年の間、金利の低下もあり、全ての地域で利子所得のシェアが低下する一方、配当所得のシェアは上昇傾向にあり、その傾向は東京が著しい(第2-1-2図)。また、東京は、他の地域と比べ、報酬料金等所得や非居住者所得のシェアが高い。さらに、東京に加えて、東海に含まれる名古屋や近畿に含まれる大阪などの地域は給与所得のシェアが低い傾向がみられる。
(企業の「稼ぐ力」にある地域差は業種)
次に、企業の「稼ぐ力」である企業利益の動向について業種別にみていく(第2-1-3図)。
個人と同様に、国税局管轄別の動向(2010年度水準を100とした指数)をみると、2010年度以降、仙台では建設業、東京では金融保険業が大きく増加している。利益を生み出す業種には地域差があり、東京では金融保険業や情報通信業のシェアが高く、札幌や広島、関東信越では小売業のシェアが他地域に比べて高い。ただし、関東信越の小売業のシェアは低下傾向にあり、建設業や金融保険業のシェアが上昇している。
(付加価値には、家庭内サービスやシェアリング等、統計に含まれないものもある)
個人や企業の「稼ぐ力」について課税額からみてきたが、所得または付加価値として認識されない場合もある。例えば、国民経済計算では、農家による自家消費向けの財などの生産は、生産の範疇に含まれ、したがって付加価値を増加させるが、家族のための料理や子供の世話といった家計内で消費されるサービスについては、生産の範疇に含まれておらず、したがって付加価値の増加に寄与しない35(第2-1-4図)。
また、近年広がってきた空き部屋や不動産等の貸借をマッチングするオンラインプラットフォームや、スマートフォンやGPSなどのITを活用し、移動ニーズのある利用者とドライバーをマッチングさせるサービスなどのいわゆるシェアリングエコノミー(スキルのような無形のものも含め、個人が保有する遊休資産の貸出しを仲介するサービス)36により、消費者間(peer to peer)のサービスが生み出され、国民経済計算の概念上、これらのサービスは生産の範疇に含まれうるものである。しかし、それらのサービスについては、既存の統計では十分に捕捉できていない部分がある。我が国においても民泊やライドシェア(自家用車を利用した有償での乗り合いサービス)などがソーシャルメディア(インターネットを利用した双方向のメディア)の活用を通して広がりつつある。こうしたシェアリングによる新たな形態のサービスの提供は今後増加する可能性があるため、仲介事業者の活動を補捉することなどにより把握していくことも課題である37、38。
2)付加価値を生み出す資産の可視化
付加価値を生み出す地域の「稼ぐ力」のもとになるのは資産である。ここでは、人工的な生産設備などの企業の物的資本だけでなく、国連のプロジェクトである「地球環境変化の人間・社会的側面に関する国際研究計画(IHDP)」39が複数の研究者・研究機関と共同開発した包括的な豊かさの指標(IWI)40の考え方を基に計算された自然資本の例や人的資本を含む資本ストックに着目し、可視化を行う。
(地域が保有する第一の資産は天然天賦の自然環境)
地域の「稼ぐ力」を規定する要素には価値があいまいなものも含まれている。例えば、地域にある天然天賦の自然環境などがそれに相当する。漁業資源や鉱物などは市場性を伴っていることから、「稼ぐ力」の程度、資産額が推定されうるが、景観や森林全体といった、それ自体は直接的に市場で売買されない、あるいはされにくいものの、それらを目的として人が訪れる場合には価値を派生的に生みだしうるものもある。
ここでは、森林資本、農地資本、漁業資本、鉱物資本を考慮し、人類にとって有益な財やサービスを生み出す価値がどれくらいであるかを、森林体積などの資本ストック量に単価(シャドウプライス)41を掛けることで金額換算している。こうした天然天賦の自然環境に市場性のある資源を含めた価額を推計した例によると、北海道(53兆円)が最も大きく、次いで福島県、岩手県、長野県、新潟県となっている42(第2-1-5図)。面積で補正すると、沖縄県が最も大きいが、次いで北海道となっており、北海道は面積で補正しても他に比べて自然資本ストックが豊富である。
(第二の資産は人的資本。技能や技術の標準化、オープン化が不十分)
「稼ぐ力」の源泉である第二の資産は、人的資本ストックである。包括的な豊かさの指標(IWI)の定義によると、人的資本は、教育資本と健康資本の合計とされているが、ここではIWIの手法から、人的資本ストックとしての教育資本に着目する。
教育資本とは、教育課程を修了した人が将来生み出すと期待される所得の総額である。したがって、教育期間が長い若者が多い地域ほど、相対的に人的資本ストックが大きくなる。ただし、この計測では、現在の居住地をもとにストック額を計算しているため、個々人の出生地や過去に教育を受けた場所は考慮されていない。つまり、評価に当たっては、各地域で実施された教育投資だけでなく、人口移動によって投資の成果が他地域に移転する点を考慮する必要がある43。
こうしたことを踏まえて結果をみると、2010年度末時点では、社会移動の受け入れ側に相当する東京都、神奈川県、大阪府、愛知県、埼玉県の順に多い一方、送り出し側に相当する鳥取県、島根県、佐賀県、徳島県、高知県の順に少ない(第2-1-6図)。15歳以上の人口当たりの額も、東京都、大阪府、神奈川県、愛知県などの大都市部が多い。
経済活動の基礎は人であり、人には様々な技能や技術が体化され、付加価値を高めることが知られている。これには学校等における教育だけでなく、職場におけるOJTを通じて得られる技能や知識、熟練技能や伝統的工芸品を作る技術等も含まれる。
少子高齢化が進むなかで、2005年から2015年の就業者数の増加率をみると、南関東、近畿を除く全ての地域で減少している。年齢別にみると、30歳台前半までの就業者が減少する一方で、再雇用制度の普及などにより60歳以上の就業者が増加する傾向にある(第2-1-7図)。
また、過去10年間における地域別・年齢階層別の平均勤続年数の変化をみると、全国的に30歳台の勤続年数が短期化している。東北と南北関東の30歳台は2年弱、東海、近畿、中国、四国、九州の各地域は1年程度短期化している。40歳台についても、北海道や北陸を除くほとんどの地域で1年程度の短期化が生じている。こうした背景には、就学期間の長期化、非正規雇用の増加と就労期間の長期化、離職転職の増加等、様々な要因があると考えられるが、平均勤続年数の短期化により、一般的に知られているOJTに伴う技能習得機会が失われている可能性は否定できない(第2-1-8図)。
人的資本を考える際には、職場における技術・技能継承も重要な課題である。一例として、伝統的工芸品産業の従業員数をみると、下げ止まってきたものの、後継者や担い手不足により、35年間で約4分の1に減少している46(第2-1-9図)。
こうした技術や技能は、いったん技能継承が途切れると復活させるのが難しく、継承がうまくいかないために競争力が低下していると考える企業も多い47。技術・技能を承継できていると考える企業では、「熟練技術・技能の標準化・マニュアル化」を実施している割合が約6割に上るのに対し、うまく継承できていないと考える企業では3割弱と差が生じているとの調査48もあり、技能継承に課題がある企業では、熟練技術・技能の標準化・オープン化が不十分となっている。
(第三の資産は企業の物的資本。業種の差が大きい)
次に、企業の物的資本ストックについてみる。都道府県別の生産資本ストックの残高をみると、東京都、愛知県、大阪府、神奈川県の順に大きい。また、最も大きい東京都が2位の愛知県の1.8倍となっているなど、一極集中が生じているようにみえる(第2-1-10図)。
しかし、就業者一人当たりに換算すると、東京都は10位と低下し、山口県、三重県、福島県が上位となる。生産資本ストックの業種別構成比をみると、上位となった山口県、三重県では製造業、福島県では電気・ガス・水道といった資本装備率の高い業種の構成比が高くなっており、地域差は業種の差によるものと考えられる(第2-1-11、12図)。
3)無形資産の可視化
(「地域ブランド」は一般的な人々の訪問意欲や購入意欲で仮想的に定義)
自然環境、人や企業の生産資本といった観測可能なストックをみてきたが、付加価値を生み出す資産には「地域ブランド」もある。ただし、「地域ブランド」は形がないため、ここでは一般消費者への主観的な印象調査結果を指数化した「地域PQ(Perception Quotient)」49を「ブランド力」として用いる。ここでのブランド力(地域PQ)は、一般の調査対象者が有する地域に対する購買意向、訪問意向、独自性、愛着度、居住意向をそれぞれ5段階で評価した回答を集計した指標である。公表されているデータについて、調査の対象となっている630市町村50のブランド力(地域PQ)と5つの要素の関係をみると、愛着度と居住意向が地域PQに相対的に大きく影響している(第2-1-13図)。
(「地域ブランド」は年々変化)
次に、都道府県別の地域PQについて、3回の調査時点(2008年、2010年、2013年)間の変化をみると、2008年から2013年の増減は香川県、島根県、愛媛県51の順に増加幅が大きく、また、年々変化している(第2-1-14図)。