第2章 第3節 「稼ぐ力」を高める
これまで、「地域ブランド」といった無形資産について、経済的価値等についてみてきたが、人的及び物的資本を含め、ITやグローバル市場を活用して地域の「稼ぐ力」を高め、地域活性化に結び付けるためのカギについて考察したい。
1)ITの活用拡大と仕組みの見直し
(貴重な労働力を有効活用すべき)
少子高齢化や人口減少という構造変化の下、多くの地域では生産年齢人口の減少が続いている。こうした状況下では、限られた地域の労働力を効率的に活かしていくことが必要である。内閣府(2013)は62、ICT資本の深化とともに、社内の情報伝達や意思決定の階層を減らすような組織改革を行うことによって、更に経営管理や新商品開発などの業務に従事する人の割合が増え、生産性上昇につながると指摘している。その他、ICTの利活用により、必要な労働力が縮小し、作業の迅速化や精度向上に寄与するとの指摘や、ICTを利活用している企業の方がテレワークの実施などを通じて労働生産性が高いという分析結果もある63。政策的にITの活用を促し、貴重な労働力を有効活用することが重要である64。
例えば、ITを活用し、情報サービス業等の立地にあまり依存しないと考えられる業務を都市部から地方へ移管することで、企業は事業費用を抑制し、地方は雇用機会を創出し、人口を増やすことができる。労働者にとっても、居住費用や通勤時間を減らすことができる(第1-3-12、18図参照)。情報サービス業の実質所定内時給の上位5県平均に対し、下位5県平均は6割程度である(第2-3-1図)。特に、東京都の情報サービス業の就業者数は約44万人に上り、全体の52.5%を占める。
ITの活用による労働資源の節約、効果的な利用について、旅館業の事例をみよう(第2-3-2図(1))。神奈川県のある旅館では、予約情報は台帳に手書き、また、顧客管理、会計、売上分析などの情報が個別に管理されていた。この旅館にクラウドシステムを導入し、予約や顧客情報・売上分析を一元的に管理することにした結果、従業員間での情報共有が可能となった。これにより、従前は120人いた従業員が50人となり、人手不足を解消することと同時に人件費を20%節約することができたという。客室数20室程度である当該旅館の場合、改善前の人件費率が40%を超えるなど、(一社)日本旅館協会に所属する小旅館の平均人件費率(34.3%)に比べても高水準65であったため、大きな節約を実現できたとも考えられるが、人手不足に悩む宿泊業全体において、ITの活用による生産性の向上への示唆になると考えられる。これらITを活用した取組等により、全体の生産性を向上させていくことで、人手不足の解消や労働資源の効率的な活用につなげていくことが必要である(第2-3-2図(2))。
(ITにより教育の地域差を是正し、効果的な人材育成をはかるべき)
前節でみたとおり、人的資本のストック額は地域によって異なる。大学教育の場や卒業後の就業先が地域間で偏っていることから生じた結果と考えられるが、人の移動を促す取組以外にも、教育の場について、ITの活用により地域差は是正できる。しかしながら、我が国の教育現場ではITの活用に遅れがみられる。例えば、ITを用いる学習課題や学級での活動におけるITの活用状況をみると、我が国は調査対象の33か国・地域中で最下位である(第2-3-3図)。
また、IT環境の普及率について、都道府県別の端末配置の程度により測ると、1台当たりの児童生徒数は佐賀県が2.2人であるのに対し、神奈川県は8.2人である(第2-3-4図)。一般社会では、携帯電話やスマートフォン端末が一人当たり1.27台と普及している上に66、データ処理容量も大きく拡大し、スピードも加速している。ITの利活用は、日常の「読み書き・そろばん」であり、教育現場においても一層利用するべきである。
同時に、教育サービスの提供側においても、授業の品質と内容の安定化手段として、また、生徒等の多種多彩な個別ニーズへの効率的な対応を支援する手段としても、ITは不可欠である。静岡県教育委員会が2016年に実施したモデル事業では、IT(クラウドサービス)を活用した校務効率化に取り組んだ学校の教員の1か月当たりの時間外業務が実施前より約19%削減されたという67。しかしながら、例えば、校務支援システムという教員の業務を標準化・電子化することで効率を高める仕組みの都道府県別普及率をみると、徳島県、佐賀県、大分県の3県が100%であるのに対し、高知県は50%を切る水準である(第2-3-5図)。
こうした状況については、予算68や人材の確保が困難、あるいは校務におけるIT活用の効果等が明示的でないといった理由69から校務支援システムの普及が遅れているとの指摘もある。しかし、ハードウェアにしてもソフトウェアにしても、公的な予算措置にこだわらず、例えば、寄付は企業の社会貢献にもPRにもなることから、IT関連企業との協業を通じて、整備を進める工夫も求められる。
また、人材育成に関しては、学校教育に加えて、社会人の学び直しへのニーズへ対応するリカレント教育の拡充も重要である。大学等におけるプログラムの受講を通じた社会人の職業に必要な能力の向上を図る機会の拡大を目的とした実践的・専門的なプログラムを「職業実践力育成プログラム」として認定する制度が2015年度から始まっている。183件のプログラムが既に認定されている一方、認定件数が0件の都道府県が12あるなど70、地域によって環境に差異がある。夜間や週末に開講するなど、社会人が受講しやすくするための工夫が行われているが、既に一部のプログラムで取り入れられているe-learningを拡充するなど、地方に立地する大学においても、ITを活用することで生徒の居住地にとらわれず、学び直しの可能な環境を整えるべきである。
2)グローバル市場の活用
(新輸出大国コンソーシアム等も活用し、グローバルに販路を拓く必要)
ITの利活用は不足する労働者を補い、地域の人材育成に資するといった供給サイド面でのカギであったが、需要サイドを拡大するカギは、グローバル市場の活用である。地域別の正確な輸出入は把握できていないものの、税関別の輸出額から主な地域別輸出の動向を概観すると、製造業製品輸出の多い我が国の特徴どおり、南関東、東海、近畿といった製造業の盛んな地域が大きい(第2-3-6図)。そのうち、農林水産物を取り出して比較すると、主要貿易港を抱える南関東や近畿が上位に来るものの、北海道や東北、九州が相対的な規模感を増していることがみてとれる(第2-3-7図)。
「地域ブランド」とつながりやすい農林水産物及び同加工品は、観光業と並んで地域経済を潤す輸出品となりえる。実際、我が国の農林水産物輸出は2012年の0.45兆円から2015年には0.75兆円へと増加し、政府が掲げている中間目標(2016年に0.7兆円)を1年前倒して達成した。その後は伸び悩みもみられるが、こうした流れをさらに加速させるように、TPPや日EU-EPAといった協定とそれに対応した成長戦略等の実施を通じた環境整備が行われている。
成長戦略等に掲げられた方策の一つが新輸出大国コンソーシアム(以下、コンソーシアム)である。これは、商工会議所、商工会、地方自治体、金融機関、日本貿易振興機構などの支援機関を幅広く結集し、海外展開を図る中堅・中小企業等に対して戦略策定から市場開拓に至る様々な段階に応じて、総合的な支援を行う枠組みである。
地域別に分野別コンソーシアム支援対象企業数の割合をみると、北海道、東北、九州で農水産品のコンソーシアム支援対象企業数の割合が高くなっている(第2-3-8図)。
コンソーシアムによる支援を最大限活用することで、海外需要を一層取り込むことが期待されるが、海外における我が国の農林水産物への潜在需要額はどの程度見込めるものか、アジアの国々を例に試算してみよう71。一部に輸入規制をしているものの、2015年の輸出実績では、香港、台湾、中国、韓国が上位である。こうした国々は、未だ人口も増加しており、経済成長率も高い。そこで、国を問わず、所得が同じような人々は同じような趣向・選好を持っていると考えれば、次第に我が国の商品への関心も高まり、需要も伸びると想像することができる。こうした考えの下で、2021年までの国際機関による経済成長や人口動態の見通しを利用し、潜在的な我が国産品の購買層の増加を反映した予測を行った。
それによると、物価が一定の下で、アジアの10か国・地域全体への輸出額は112.6%(年率13.4%)の増加、額にして0.6兆円の増加が期待できるとなった。潜在需要は香港が実績と同様に最も大きいが、大きく伸びると期待されるのは、ベトナムであり、4倍強の増加と見込まれる(第2-3-9図)。自由貿易協定の発効や根拠の不明確な輸入制限の是正に加え、増加している訪日外国人旅行者に対する「地域ブランド」の認知を促す取組等を通じて、海外に生じる新たな需要を取り込むことにより、地域の所得を押し上げていくことが求められている。
(地方空港等のインフラ稼働率を高め、グローバルに観光需要を取り込む必要)
地域の「稼ぐ力」を高めるためには、グローバルに観光需要を取り込むことも効果的である。海外からの観光需要について、出入国者が最初・最後に通過した地域別人数の推移から動向を探ると、北陸と甲信越を除く全ての地域で増加しているが、前章でも触れたとおり、瀬戸内国際芸術祭の開催や国際線の増便などにより四国が最も大きく増加している(第2-3-10図)72。
四国、特に瀬戸内地域では、グローバルに観光需要を広く取り込む取組が行われている。海外からの主な玄関口である空港を拠点とし、鉄道や船舶等をパッケージにすることで、インバウンド需要を地域全体に広げようという試みである。近年、観光地域づくりの推進主体となり、調整機能をもつ法人であるDMO73の登録が各地で進められている。瀬戸内地域では、「せとうちDMO」が地域事業者に対して、会員制サービス「せとうちDMOメンバーズ」を提供し、情報提供や勉強会の開催などのビジネスサポート、外国語電話通訳サービスなどの業務支援機能の提供、商品・サービスの国内外への発信といった支援を行っているほか、瀬戸内海の航路情報を「瀬戸内Finder」で一元的に発信することで、地域内の取組を支援している。
また、同地域では、「外国人向け航路割引サービス」の提供や航路のパッケージ商品の販売を行っているほか(第2-3-11図)、航路を移動手段としてだけではなく、船内や港湾施設を島々でとれた柑橘等の農林水産物等の販売場にすることで、航路利用を需要に結びつける取組も行われている。また、定期旅客船(クルーズ)とサイクリングを結び付け、サイクリング観光客向けに旅客船運賃割引カード「せとうちサイクルーズPASS」を販売することにより、「コト消費」の活性化にもつなげている。
なお、瀬戸内エリアに立地する空港の稼働状況をみると、国際線の座席稼働率は低い松山空港で50.9%、高い高松空港でも75%であることから、追加的にインバウンド需要の取込みを図ることは可能である(第2-3-12図)。
(公営研究機関の協力、グローバルネットワークの活用によりイノベーションを促進)
財やサービスの輸出だけでなく、地域の「稼ぐ力」を高めるためには投資が必要である。特に、イノベーションを伴う投資の促進には、公営研究機関74の活用やグローバルなネットワークを活用することが有効である。都道府県別の特許等の取得件数をみると、東京都、神奈川県、愛知県、大阪府などの大都市部が他に比べ圧倒的に多いが、前年比でみると、栃木県、大分県、広島県は、大都市部を上回る伸び率となっているほか、13道府県を除き前年よりも増加している(第2-3-13図)。
栃木県、大分県、広島県など、大都市部の伸びを上回って増加した県では、公営研究機関の貢献もみられる。公営研究機関の1施設当たりの内部使用研究費をみると、広島県は東京都に次いで最も大きくなっている(第2-3-14図)。都道府県別の公営研究機関1施設当たりの内部使用研究費と1施設当たりの特許登録件数の相関をみると、緩やかではあるものの正の相関がみられ公営研究機関における研究が活発な地域は特許登録件数が多い傾向にある(第2-3-15図)。
さらに、グローバルな資金を活用して、地域におけるイノベーションを喚起させるとともに、雇用創出に成功した例もある(第2-3-16表)。例えば、半導体及び各種基盤向け研磨剤の研究開発・製造・販売を行う米国企業は、2002年に日本法人を三重県津市に設立した。同市に進出した背景には、土地取得コストの低さや、顧客とのアクセスの良さ、交通の便の良さに加え、地元に工業系の高校が多く、化学系に強い人材を確保できたことなどがあげられている。2005年には、同企業によるアプリケーションラボの設立を誘致することに成功し、研究開発が開始された。これにより、100名以上の雇用が創出されるとともに、県外からも研究者が転入し、地域経済の発展に貢献することになった。
3)「地域ブランド」の活用
(観光により地域で「稼ぐ力」を向上させる)
ITの活用、グローバル市場の活用に続き、無形資産である「地域ブランド」の活用も、「稼ぐ力」を向上させる。ここでは、地域PQ75とは別に、消費者の評価(魅力度や経験)と期待(意欲度やイメージ等)を調査した指標を活用して分析する。
「地域ブランド調査」は、[1]当該地域がどの程度知られているかなどのコミュニケーション指標(認知度、情報接触度等)、[2]魅力を形作る要素である魅力度の構成因子指標(居住、観光、地域産品に対する意欲)、[3]地域のイメージや地域資源の評価との結びつきを明らかにするイメージ評価指標(まちのイメージ、地域資源に対する評価)の3つの視点について調査を行ったものである。
こうした調査結果のうち、各自治体に対してどの程度魅力を感じるかという問に対する5段階の回答を指数化した地域の「魅力度」指標と当該地域での一人当たり実質観光消費額の間には、プラスの関係がある(第2-3-17図)。
(「地域ブランド」により域外から「稼ぐ力」を向上させる)
同時に、ブランド化により都道府県に対する認知度が上がれば、個々別々にはPRの難しい知名度の低い産品についても、知られる機会が増えることになる。過去1年間に自治体の情報や話題を見聞きしたことはあるか否かを指数化した「情報接触度」指標と都道府県における一人当たり実質観光消費額の間もプラスの関係がみられる(第2-3-18図)。「情報接触度」が高いことは当該都道府県への理解が深まるきっかけとなり、更なる消費額が増加することも期待される76。
これまでみてきたように、地域のブランド力の強化は観光客一人当たりの消費額を増やすと期待される。訪問客は、滞在期間中に様々な体験や経験をするが、そうしたことが、その地域の理解度の向上につながり、愛着度を高めることになるだろう。そして、その地域の産品に対する購買機会も拡大し、その後の消費行動にも影響を与えることが期待される。
例えば、北海道の製菓会社では、同社の主要商品菓子の工場見学や「お菓子の家」を通るSL体験、オリジナルの菓子を作ることができる体験工房などを擁するテーマパークを運営しており、年間70万人を超える来客が訪れている。同テーマパークでは、来場の記念写真をパッケージに印刷したオリジナルの缶を作ることも可能であり、テーマパークでの体験を通じて同社の製品消費を喚起しており、テーマパークにおける体験(「コト消費」)を「モノ消費」にうまくつなげられている例といえよう。このように、地域ブランド力を高めることで、「コト消費」と「モノ消費」を有機的に結び付けていくことも期待できる。