第1章 第3節 雇用・労働市場の動向
今次の景気拡張局面では、全ての地域において雇用関連指標が改善しており、労働需給の改善が賃金の押し上げにつながるかどうかに関心が高まっている。同時に、業種によっては人手不足が強まっており、労働参加の促進が政策的な課題となっている。そこで、ここでは、最初に地域別の人口動態を把握したうえで、労働需給について概観し、賃金への影響や開廃業の動きをみる。また、都市への社会移動が継続していることを踏まえ、勤労に伴う通勤といった機会費用の地域差についても分析する。
1)地域別の人口動向
(総人口の減少、高齢化率の上昇傾向が続き、社会移動の傾向には大きな変化なし)
地域別の人口動態をみると、総人口は、南関東や沖縄において増加が続いているものの、東海や近畿では、2005年を境に減少傾向に転じている(第1-3-1図)。また、高齢化は全ての地域で進んでおり、沖縄以外は65歳以上の高齢化率が20%を超え、75歳以上の占める割合は全ての地域で10%を超えている(第1-3-2図)。
また、各地域における人口の社会移動状況をみると、東京を含む南関東への転入超過が続いている一方、他地域は転出超過となっており、その傾向に変化はみられない(第1-3-3図)。
(出生率は上昇傾向。西日本が上昇に寄与する一方、東日本は伸び悩み)
出生数は、1991年以降、増加と減少を繰り返しながら、緩やかに減少してきた。2016年の出生数は100万人を切り、98万1,000人となった。しかし、合計特殊出生率(以下、出生率と略)の動きには改善の兆しがみられており、2005年以降、いずれの地域においても上昇に転じている。出生率には、その水準に地域差がみられ、また、最近の回復テンポにも違いが見られるが、西日本が上昇に寄与する一方で、東日本は伸び悩みの状況となっている(第1-3-4図)。
(出生率の地域差には保育施設の供給や働き方も影響)
出生率にみられる地域間の違いについては、年齢分布といった地域的な個人属性要因、就労時間や保育所在所児割合などの政策的に変更可能な社会的要因、そしてそれら以外の地域固有の要因によって生じているという分析例が示されている29。気温など地域差のみならず、保育所在所児割合や延長保育実施割合など、政策対応によって変化する要因も影響を与えていることから、定量的に出生率の引上げに有効な施策を選定し、実施することが可能であることを示唆している。
2)需給動向と賃金
人口減少と高齢化によって生産年齢人口の減少が続く中、労働需給は改善し、各地域の労働需給はひっ迫している。以下では労働需給と賃金の動きを確認する。
(有効求人倍率はバブル期以上の地域もあるが、時給賃金上昇率にはばらつき)
まず、2016年の全国平均の有効求人倍率は、1991年以来25年ぶりの高水準となっている。地域別(受理地別)には、北海道、東北、近畿、四国、九州、沖縄において、特に人手不足感が高まったバブル期を含めた1986年以降の過去30年の平均を上回る、もしくは同等の水準となっている(第1-3-5図)。
労働需給が引き締まるなか、時給賃金(所定内給与額/所定内労働時間)は、2012年末以降、程度の差はあるものの、一般労働者、パートタイム労働者ともに上昇してきた。地域間のばらつきは一般労働者の方が大きく、需給がより引き締まっているパートタイム労働者の賃金は総じて上昇率が高い(第1-3-6図)。
ただし、消費税率の引上げ分も含め、4年間に物価も上昇しており、パート労働者の実質時給賃金はプラスにとどまるところが多いが、一般労働者の実質時給賃金は、東京を含む南関東等でマイナス圏内にとどまるところが多い。なお、平均賃金については、女性や高齢者を含めた短時間勤務の者の増加や定年後の再雇用者の増加などにより、構成変化が原因で低下する傾向があるという点にも留意が必要である。
(黒字廃業や人手不足に起因する倒産も発生)
労働需給の改善に比べ、賃金上昇は十分とは言えないなか、雇主側の動きはどうなっているだろうか。今回の景気拡張局面の初期段階である2013年に比べ、全国での年間倒産件数は、10,855件から8,446件へと2,409件(22.2%)減少したが、全ての地域で減少している(第1-3-7図)。
ただし、倒産要因をみると、後継者難、求人難、従業員退職、人件費高騰を含む「人手不足等に起因する倒産」の割合が、甲信越、北陸、四国を除く全ての地域で増加している(第1-3-8図)。また、資産が負債を上回る資産超過の状態にも関わらず業務を停止する、いわゆる「黒字廃業」のうち、代表者の年齢が60歳以上の件数は、南関東を除く全ての地域で増加している(第1-3-9図)。人手不足等による倒産だけでなく、高齢経営者の黒字廃業が地域の課題となっている。
(地域別、職種別の雇用充足率が低下しており、マッチング機能の向上が必要)
労働需給の状況は、雇用充足率の動きからも把握できる。2012年度から2016年度の4年間で、充足率(全職種)はすべての都道府県で大きく低下した。全国平均が8.1%ポイント下落するなか、特に、沖縄県、青森県、熊本県、宮崎県、鳥取県、石川県では下落幅が10%ポイント超と大幅に低下した(第1-3-10図)。
職種別には、特に人材不足が指摘される介護サービスの充足率が、全国平均で10.3%ポイントの下落となっているところ、沖縄県、秋田県、鳥取県、青森県、佐賀県、大分県では15%ポイントを超える大幅な下落となっており、事業者の求人が充足されない程度が深刻化している(第1-3-11図)。また、神奈川県、埼玉県、千葉県、東京都といった都市部においても平均下落幅が6.3%ポイントとなっており、介護人材が充足されない程度は深刻化している。
建設や貨物自動車運転手の充足率も全国的に低下しているが、地域間でのばらつきがみられ、宮崎県の建設職種の充足率は下落幅が20.6%ポイントと大きいが、東京都の建設職種の充足率は4.2%ポイントの下落に止まっている。また、貨物自動車運転手の充足率は、沖縄県が34.0%ポイントと大幅な下落になった一方、徳島県は2.1%ポイントと小幅な動きとなっている。
3)就労コストの地域間比較
労働需給のひっ迫は地方においても高まっているが、先に記したとおり、全国的には南関東への社会移動が続いている。地方部から都市部への社会移動の動機は様々であるが、就学や就職をきっかけにしていることが多い30。その際、仕事の種類は都市規模に比例して増えることから、地方にはない就業機会を求める、あるいはより好待遇の就業機会を求める場合もあろう31。
他方、都市部の就業に際しては、長い通勤時間、高い居住費用を支払っている場合も多い。果たして、都市部での就業はこれらの時間等の機会費用を払っても見合うものであろうか。以下ではその機会費用について概観していく。
(都市部の居住コストは地方の約1.6倍)
まず、働くために必要な家賃を比較する。平均的な都道府県の畳当たり家賃に都道府県別の平均畳枚数を乗じた月額のモデル家賃32で比べると、民間借家では東京都が8.8万円と最も高く、次いで神奈川県、埼玉県、千葉県、兵庫県、大阪府などが上位を占める。上位5県(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、兵庫県)の平均と下位5県(鹿児島県、高知県、宮崎県、秋田県、青森県)の平均を比較すると約1.6倍の差が生じている(第1-3-12図)。
(地域間の時給賃金差は年齢階層により、1.2~1.5倍)
住居費に続き、次は、通勤に要する時間について、働いた場合に得られる賃金を機会費用として評価しよう。ここでは便宜的に都道府県別の一般労働者の所定内給与の時給を利用する。機械的に算出すると、時給は、何れの年齢階層においても東京都が高い。また、千葉県や神奈川県、愛知県や大阪府など、都市部が地方に比べて高い傾向となっている(第1-3-13図)。
なお、東京都とそれ以外の道府県に分けて年齢別に実質時給を比べると、45-54歳の時給差が最大となっている(第1-3-14図)。違いの背景には、東京都に本社機能を持つ企業が多く存在することに伴う役職者数の違いや地域加算があると考えられる。また、業種や職種等の構成比も影響しており、地域固有の違いかどうかは判然としない点に留意が必要である。例えば、東京都は、賃金差の大きい「情報通信業」、「不動産業、物品賃貸業」、「金融業、保険業」での就業者数が多く、全体の平均時給差(約1.3倍)のうち、これら3業種の寄与は約26%である33(第1-3-15図)。
(高賃金地域の雇用者ほど通勤時間が長い)
次に、通勤時間に時給を乗じることで機会費用を求める。都道府県別・年齢階層別の1日当たり平均往復通勤時間をみると、全国的には若年階層の通勤時間が長く、地域的には都市部、特に、関東と近畿の通勤時間が長い傾向がある(第1-3-16図)。
全年齢の平均で最も時間を費やしている神奈川県の1日当たり平均往復通勤時間は、55~64歳で103分、15~24歳で115分となっている。1日当たり平均往復通勤時間の短い都道府県は、年齢階層によって異なっているが、35~44歳は愛媛県、その他の年齢階層は宮崎県となっており、総じて、西日本の各地域は平均通勤時間が短い傾向となっている。
先に求めた地域別の実質時給賃金と平均通勤時間(往復)の間には、時給が高い地域ほど平均通勤時間が長いといった関係がみられる(第1-3-17図)。特に、東京都や大阪府への通勤者が多い神奈川県や兵庫県等では、通勤時間が長い傾向がある。
また、年齢階層別にみると、時給と通勤時間の傾きが異なっている。若年通勤者(15~24歳)では傾きが急になり、高齢通勤者(55~64歳)では傾きは緩くなるが、これは、年齢階層が高くなると通勤時間当たりの機会費用が高いことを意味する。若年通勤者の場合、10分の通勤時間差で生じる機会費用は82円程度だが、高齢通勤者の場合は、253円と3倍程度である。こうしたことから、年齢横断的にみると、加齢とともに時給が上昇すると同時に通勤時間もより短くなるという傾向が示唆される。
(都市部の通勤に要する機会費用は、少ない地域より年約65万円程度の超過負担)
通勤時間に時給を乗じることで、通勤に要する機会費用を算出すると、全年齢の平均では東京都、神奈川県が最も高く、宮崎県が最も低くなる(第1-3-18図)。年齢階層別には、25~44歳は東京都の居住者が最も通勤の機会費用が高く、その他の年齢階層ではいずれも神奈川県が最も高い。最も機会費用が低い都道府県は、15~24歳が沖縄県、35~44歳が愛媛県、25~34歳及び45~64歳が宮崎県であった。
年齢階層を均して年額換算すると、東京都、次いで、神奈川県、千葉県、埼玉県と首都圏に居住する勤労者の額が多い。機会費用が少ない5県(鳥取県、山形県、島根県、青森県、宮崎県)に居住する勤労者に比べ、東京都や神奈川県に居住する勤労者は、毎年65万円程度の追加負担をしながら働いていることになる(第1-3-19図)。加えて、東京都や神奈川県の勤労者は、家賃の低い5県の平均的な勤労者と比べ、毎年36-52万円34程度の家賃を追加負担することから、合計で約101-117万円程度の機会費用を負担しながら働いていることになる。現在、職住近接の実現に向けテレワークの推進や、企業や政府関係機関の地方移転が進められているところであるが、働き方や働く場所の多様化を通じて、こうした社会的損失を抑制していくことも求められる。