第2章 第4節 コンパクト化による生活圏の確保
公共サービスにおいては、人口減少によりサービス提供の効率性が悪化し、結果として、住民負担はより重くなる可能性がある。人口規模に応じて市域をコンパクト化し、人口密度を一定程度に維持することは、地域の持続性を維持するために欠かせない。
1)新しい街づくりに取り組む地方公共団体
人口動態の変化に応じて街の姿を変えていくことは、多くの者の利害に関わり、かつ資金も要することから、容易ではない。そこで、国は様々な制度を用意して地方公共団体の取組を支援することにしている。まずは、現存する三つの支援制度について概観しよう(第2-4-1表)。
(集住化への取組を行う地方公共団体を支援する3計画制度)
2006年の中心市街地活性化法の改正によって、中心市街地活性化基本計画の認定制度が設けられた。これは、「中心市街地活性化基本計画」を作成し国の認定を受けることで、都市機能の強化やまちなか居住の促進、中心市街地の商業活性化などに向けた事業への補助金等を受けることができる制度である。本制度は多くの地方公共団体に活用されており、成果をあげたと申告する団体も多い37。
しかしながら、東京一極集中や人口減少といった構造変化の下、各地でDIDが減少している。こうした中、2007年には地域公共交通網形成計画制度、2014年には立地適正化計画制度が創設された。「地域公共交通網形成計画」は、交通需要構造の変化等による公共交通サービスの水準低下、交通空白地帯の出現に対応するため、市町村が中心となって事業者や利用者、専門家等の参画を得つつ策定するものである。また、「立地適正化計画」は、地方都市における高齢化や市域の拡大・低密度化、大都市における高齢者の急増に対応するため、都市全体の観点から、居住や医療介護、商業等の都市機能の立地及び公共交通に関するマスタープランであり、都市機能の一定エリアへの誘導を図るものである。これまでに200を超える件数が認定され、商店街の再生やまちなかへの居住の推進といった取組を進めている(第2-4-2図)。
2)コンパクトシティの取組とその効果
計画を通じた国の支援は、件数では増加をみせているが、地方公共団体の取組がどのような内容なのか、具体的に示していく。
(コンパクトシティの形は一つではないが、機能をまとめて面的拡散を防ぐ取組)
コンパクトシティの定義は、地域や文脈によってさまざまであるが、都市機能をまとめ、市街地の面的拡散を抑制し、そのメリットを享受しようとする取組である。商業施設や福祉施設、教育機関、行政機関等の生活に不可欠な施設に近接して居住することができれば、住民の利便性は高まる。特に、高齢社会においては、例えば自家用車がなくても暮らしやすさは改善するだろう。同時に、居住区を集約出来れば道路や上下水道等のインフラの利用効率が高まり、介護等の福祉サービスの提供に要する移動時間も短縮出来る等、行政サービスの提供にもメリットは大きい。また、民間事業者は需要密度の高い地域に立地するインセンティブが高いため、多様なサービス提供が維持されるだろう。
もっとも、都市をコンパクトにする際には、既成の都市構造が前提となるので、例えば、単一の拠点に同心円状に居住区を立地させるという「単心型コンパクトシティ」のモデルも存在すれば、いくつかの拠点に都市機能をまとめ、公共交通機関でつなぐ「多心型コンパクトシティ」のモデルも考えられる38。以下では、幾つかの例を引用することでコンパクトシティ、コンパクト・ネットワークの形成過程を紹介する。
(青森市はコンパクトシティ化により中心市街に人を呼び込む計画)
青森市では、人口は2000年頃から減りはじめ、2015年には高齢化率が28%に達するなど、人口減少と高齢化が進んでいる。その対応策として、2001年から「コンパクトシティの形成」を都市計画マスタープランに位置付けている(第2-4-3(1)表)。
そのプランでは、「インナー」と呼称される青森駅周辺エリアへの都市機能の集中・高度利用、「アウター」と呼ばれる郊外エリアにおける新規の宅地開発等の抑制、「インナー」と「アウター」の中間である「ミッド」における低層低密度のゆとりある居住エリアの形成を目標としていた。マスタープラン策定から15年が経った現在でも人口減少や高齢化は止まっていないが、まちなか居住推進政策により2002年以降青森駅周辺の中心市街地地区にマンションが10棟建設され、中心市街地の人口は下げ止まりの傾向がみられる(第2-4-3(2)図)。
(外部環境の変化もあり、複数都市をネットワークで結ぶ計画へ移行)
ただし、集客の核として駅前に整備された官民複合施設「アウガ」は、市人口がピーク時の約32万人から2016年に約29万人へと減少することもあり、同時期の集客数が約500万人から約400万人へと減少している。年間約400万人の集客力は維持されており、駅前におけるにぎわいを下支えしている面も残されているが、郊外型大規模店舗の進出等によって初期の期待通りには進んでいない(第2-4-3(3)図)。39
こうした中、青森市では、2005年の浪岡市との合併や2010年の東北新幹線の新青森駅開通といった環境の変化もあり、2016年2月に策定した「後期基本計画」40では、青森駅周辺に加え、新青森駅周辺や浪岡駅周辺等4つの都市拠点を鉄道・バス路線でつなぐこととした。これは、いわゆる単一の拠点を中心とした「単心型コンパクトシティ」から「多心型コンパクトシティ」へと、街づくりの基本構造を転換したことを意味する。新たに追加された拠点である新青森駅には、東北新幹線に続き2016年に北海道新幹線も開通したことから、今後、函館市も含めた経済圏の形成や新たな観光需要の取込みが課題となっている。
(地域公共交通を中心とした「お団子と串」型の富山市)
次の事例は富山市である。同市は、市街地の拡大や低密度化、自家用自動車への過度の依存等の課題に対応するためにコンパクトなまちづくりに向けた検討を進め、2008年に都市計画マスタープランにおいてコンパクトシティ政策を打ち出したことで知られている(第2-4-4(1)表)。
同市は、LRT(次世代路面電車システム)やバス等による公共交通を整備し、その沿線に居住や商業等の都市機能を集積する「お団子と串」型のまちづくりを目指している。複数の都市拠点を公共交通機関で結ぶ点で、改定後の青森市計画と同様の「多心型コンパクトシティ」を目指している。マスタープラン策定から8年経った現在、LRTの乗客数は、前身のJR線時代からダイヤ改正による運行回数の増加によって2倍近くに増加している(第2-4-4(2)図)。41また、中心市街地人口も2008年を境に増加に転じるなど、公共交通を中心としたコンパクトな市街地形成が進んでいる(第2-4-4(3)図)。
(コンパクト化には適切な用地規制の適用が必要)
前節で概観したコンパクト化の政策手段についてより詳細にみていこう(第2-4-5表)。我が国の土地政策は、都市計画法による用地利用の規制を柱の一つとしている。例えば、無秩序な開発は宅地と工業地域の混在を招き、結果として騒音問題等の様々な外部不経済を発生させる恐れがある。したがって、土地利用計画制度に基づき開発を市街化区域に限定し、市街化調整区域では新たな宅地造成等の開発行為が制限されている。
しかし、市街化区域は、既に市街化されているか設定後10年以内に優先的に市街化を図る区域とされているにもかかわらず、設定後に開発されず農地として残っている土地があるなど、将来の都市化圧力を見越して広めに設定されてきたようである42。また、首都圏近郊などでは、開発が一部制限される市街化調整区域であっても、開発許可基準よりも小規模な開発行為により、都市施設が十分でない場所を住宅地造成することも生じている43。
こうしたことから、人口減少下の都市計画においては市街化しない区域を決めることで機能の集約化を図り、かつ、都市の経営効率を高めていくため、市街化の制限区域をあらかじめ設定し開発を制限する「非市街化区域」が必要であるとの提案もなされている44。
(非効率な土地利用の誘因となりうる土地税制上の優遇措置)
次に、税制による誘導をみてみよう(第2-4-6表)。土地に係る税制としては固定資産税や相続税などがあるが、例えば、住宅の供給促進や優良農地の確保といった観点から、宅地や農地への課税には優遇措置が実施されてきた。優遇措置のために他の用途に活用するべき宅地や農地が転用されず、空き家や耕作されない農地として維持するという行動の誘引となりうる。コンパクトシティを推進するためには、税制も含め中心市街地の有効活用を促していくことが必要である。
(人口減少によって顕在化している空き家問題)
人口減少に伴い顕在化している問題は空き家の増加である。総住宅に数に占める空き家の割合は1998年に1割を超えた後も増加の一途をたどり、2013年には13.5%、820万戸となっている。外から見た街並みは変わらないのに人口密度が低下していく「都市のスポンジ化」との指摘もある45。
空き家を放置すれば土地の有効活用が進まないばかりか、景観や治安の悪化など都市の快適さが失われる影響も懸念される。こうしたことからも、空き家の除去・改修や実態把握に必要な費用は、「空き家再生等推進事業」46として社会資本整備総合交付金から助成されてきた。また、2014年に「空家等対策の推進に関する特別措置法」が制定され、従来の社会資本整備総合交付金による助成とは別に、「空家等対策計画」を策定する自治体に対し、用途を限定した補助金(補助率等は従来の助成と同等)が支給されることとなった(第2-4-7表)。
(コンパクトシティ化を後押しする都市再生特別措置法による支援措置)
コンパクトシティ化に向けて、一定の市域に住宅を含めた各種施設を再配置する必要もある。用地規制や税制の見直しによる民間事業者の誘導だけでなく、公共施設を含めた再編を行うことになる。こうした目的のため、都市再生特別措置法では、地方自治体が定めた都市機能誘導区域と居住誘導区域にそれぞれ都市機能(福祉・医療・商業等)や住宅を集約するコストを低減するための財政・金融上の支援策を講じている(第2-4-8表)。
3)交通インフラ整備の再構築:地域内ネットワークの変化
コンパクトシティの取組が成功するためには、市域の縮小と同時に拠点間の移動手段や市街地へのアクセス手段、市街地間の交通手段を確保することが不可欠である。ここでは、公共交通インフラの現状と課題について概観する。
(自家用自動車の普及にともなって減少する公共交通機関の輸送量)
我が国においても他の国々と同様に、自家用車が普及すると同時に鉄道・バスといった公共交通機関の占める割合が大きく低下してきた(第2-4-9(1)図)。特に、人口密度の低い地方では、自家用車の普及率が高い(第2-4-9(2)図)。
(収益悪化を受けて路線廃止が進むバス)
自家用車の普及に伴い、公共交通機関の需要が低迷したことから、特にこれまで地域の足である路線バスの赤字化が進んだ。2000年代に入り、京都交通や琉球バス、岩手県北自動車といった老舗のバス会社が、利用者数の減少を背景にした業績の低迷により相次いで倒産している(第2-4-10(1)表)。
また、後述するように、財政による補てんや補助がなければ維持不可能な路線が増えている。廃止される路線も毎年発生し、その規模は2004年度からの10年間で約10万営業キロ、全路線の2割以上にのぼっている(第2-4-10(2)図)。
(買い物・通院に不便を感じる高齢者比率は地方において顕著に上昇)
公共交通手段の衰退は、自家用自動車を操作することが難しくなった高齢者等の自力で移動する手段を持たない層にとって深刻な問題である。実際、日常の買い物に不便を感じる高齢者は全国各地で増加している(第2-4-11図)。都市の交通網が発達している関東や近畿を除けば2割近くの高齢者が不便を感じている。
4)交通インフラ整備の再構築:公共交通インフラの維持と地方再生
(既存バス事業者の多くは赤字であり、公費による補てんが日常化)
地域の足として身近な移動手段であるバスについて詳しくみていこう。近年バス事業から撤退する事業者も増加しているが、その背景には厳しい経営状況がある。地域別にバス会社の経営状況をみると、北海道や東北、中国、九州といった地方では、実車走行キロ当たりの人件費が都市部と比べて抑えられているにもかかわらず、採算がとれていない(第2-4-12図)。全国21ブロックのうち、黒字は首都圏と近畿の4ブロックのみである。バス路線には公共性があるため、公費補てんによって路線維持を図っている地域も多い。その結果、特に、収益状況の悪い東北や中国、九州といった地方では、住民一人当たりの補てん額が多くなっている(第2-4-13図)。
(厳しい環境下でも経営努力による事業再生が可能)
地方におけるバス事業は自家用車の普及による需要減に加えて需要密度が低いことによる売上の低迷によって厳しい経営を強いられている。しかし、そうした厳しい環境下でも経営努力による事業再生を果たしている会社もある。例えば、東北県内のA社の場合、車両の共同購入による経費削減、運賃検索システムの導入による利便性向上に加え、乗車券と食事券等のセット券を観光客向けに販売し好評を得るなど、潜在需要の取り込みも行っている。また、人口減少が進み自家用車依存度が高い北海道で、2011年度に40年ぶりの増収を達成したB社の場合、沿線住民への戸別訪問によって利用促進を図った。このような徹底したマーケティングや、観光需要の掘り起し、利用者の利便性の向上等を図ることで経営改善を行っているバス事業者が現れている(第2-4-14表)。過度に公費に頼らずにバス事業の存続を図る上では、こうした取組を参考にすることが必要である。
(地域公共交通の新たな担い手となるコミュニティバスやデマンド交通)
既存の事業者による効率化や合理化だけでなく、鉄道や路線バスが撤退した地域では、生活に必要な移動手段となる様々な交通サービスが生まれている。以下では幾つかを紹介する。LRT(次世代路面電車システム)やBRT(バス高速輸送システム)は地域の主要拠点を結ぶ幹線として一部の都市で導入されている(第2-4-15表)。既存の道路に簡易な設備を設置するだけなので、鉄道に比較して低コストで導入でき、専用の軌道やレーンを運行するため路線バスのような渋滞とは無縁であり、速達性、定時性の向上が期待される。
多くの場合、「コミュニティバス」の運行は民間事業者が実施し、行政が主体的に運行計画を立てて、初期費用や欠損費用の補助等により、運営面で支援する形態をとる。住民のニーズを踏まえ、路線バス等の公共交通が利用できない交通空白地域を埋める目的で導入される例が多い。「デマンド交通」は、自宅からバス停が遠い等、既存の公共交通が利用しづらいといったニーズに対し、利用者の自宅から病院等の必要先に送迎を行う方法であり、338の市町村で導入されている(2015年度時点)。47さらに、自家用自動車の空き座席を利用した送迎サービスである「自家用有償旅客運送」は542市町村で実施中である(2014年度末)48。これらを組み合わせることによって低廉で利便性の高い地域公共交通システムを構築することができる。
(今後本格化が期待されるサービス候補も多様)
移動手段の多様化は、今後も新たなサービスの創出とそれを促す規制改革やITをはじめとした技術革新によりさらに進んでいくと期待される(第2-4-16表)。例えば、DMV(デュアル・モード・ビークル)は鉄道と道路の双方を移動可能な新しい旅客手段である。メリットとしては、高齢者に負担のかかる道路と鉄道の乗り継ぎ時の利便性が向上する点である。また、自家用有償旅客運送にIT技術を活用したマッチングサービスを組み合わせた「ライドシェア」は、個人間の取引によってドア・ツー・ドアの旅客運送サービスが公共の介在なしに提供されることになるため、公共交通の空白地帯における潜在需要を満たすものと考えられる。
さらに、他人の提供する運送サービスに頼らずとも個人レベルで移動手段が確保できる可能性もでてきている。自家用自動車の操作が難しい人でも利用可能な超小型モビリティと言われる個人用の移動手段の開発や、運転操作を必要としない自動運転の技術の試行も行われている。技術革新の進展と新たなサービスの実用化に向けて、保安基準の整備や事故時における責任等に関する法的整備も含めた政府の取組が必要である。