第2節 この1年の主な事象
この1年間で、地域経済に影響を与えたとみられる主な事象は付表1-1のとおりである。最も大きなものは、2011年3月11日に発生した東日本大震災であり、東京電力福島第一原子力発電所の被災に起因する原子力災害も伴い、それによる被害は極めて甚大なものであった。東日本大震災については、第2章「東日本大震災の発生と復旧・復興」で詳細を述べることとし、本節では、地域経済に大きな影響を与えたその他のいくつかの事象を取り上げ、紹介する。
まず、地域横断的な事象としては、以下のものがあった。
(原材料価格、エネルギー価格高騰:中小企業の収益圧迫)
国際商品市況の動向をみると、2007年初から08年9月のリーマンショック直前にかけて、新興国の成長に伴う需要増を背景として、投機資金の流入もあり、原油を中心に、市況の上昇テンポが一段と強まった。リーマンショック後に原油価格は急落したが、09年以降中東・北アフリカ情勢の不安定化等も背景として、原油価格を始めとする資源価格が再び高騰しはじめ(第1-2-1図)、景気の下押しリスク3が生じた。その後、11年8月頃からは、世界の景気回復力が弱まっていき、投資家がリスク回避姿勢を強めたこともあり、資源価格は横ばい圏内で推移するようになった。
- 日経NEEDSより作成。
- 銅はロンドン金属取引所の先物、原油はドバイ原油の価格。
資源価格の高騰は原材料等の仕入価格の上昇を意味するが、それを企業が販売価格に転嫁することは難しい。「全国企業短期経済観測調査(短観)」(日本銀行)をみても、仕入価格判断DIが上昇超過する一方、販売価格判断DIは下落超過で推移している(第1-2-2図)。
このような状況の中で、特に中小企業では、原材料価格の上昇が収益圧迫要因となっている。「中小企業業況調査」(中小企業基盤整備機構)によると、中小企業(製造業)が直面している経営上の問題点は、11年4~6月期の時点では、全ての地域において1位は「需要の停滞」であるが、2位には関東と中国を除く地域で「原材料価格の上昇」が挙げられている。また、「原材料価格の上昇」と回答した企業の割合は、前期調査(11年1~3月期)よりも多くなっている(第1-2-3図)。
- 独立行政法人 中小企業基盤整備機構「中小企業景況調査」により作成。
- 地域区分はB。
(家電エコポイント、地上デジタル放送への完全移行:生産や消費の変動)
グリーン家電4の購入により様々な商品・サービスと交換可能な家電エコポイントが取得できるという、地球温暖化対策、経済の活性化及び地上デジタル対応テレビの普及を目的とした家電エコポイント制度は、2009年5月15日から開始された。その後、10年4月からは同制度の対象商品の一部変更が、12月には全対象商品の付与ポイント半減及び同制度の3か月延長(11年3月31日が新しい期限)が、さらに11年1月には申請対象の変更(省エネ性能の高い製品に限定)が行われた。また、11年7月24日には長い間の懸案であった地上デジタル放送への完全移行がなされた。こうした制度変更等は、地上デジタル放送関連の液晶テレビなどの生産や販売額が駆け込み需要で増加し、その後反動で減少するなど、関連商品の生産や消費の動きに大きな影響を与えることになった。詳細については、第3節企業の動向、家計の動向の中で後述する。
(急激な円高:景気下振れ・産業空洞化リスク)
世界経済の減速懸念や米国や欧州の財政問題等を背景に、2011年8月頃から円高が急速に進行し、その後も高止まりの状態にある。日本経済が震災の打撃からようやく立ち直りつつある中で、急速な円高は、景気を下振れさせる重大なリスクとなっている。内閣府「短期日本経済マクロ計量モデル(2011年版)」によると、対ドルレートで10%の円高による実質GDP押下げ効果は、標準ケースからの乖離率でみて、1年目は△0.2%、2年目は△0.4%と試算されている。また、急速な円高は、我が国の立地競争力を大きく損ない、サプライチェーンの中核を担う素材・部品分野や日本の成長を支える高付加価値分野の海外移転を加速させるリスクも内包している。これにより、中小企業から大企業に至るまで、製造業における国内雇用機会が縮小し、地域経済の疲弊が強まる懸念がある。
経済産業省の調査によると5、1ドル76円の為替レートによる企業収益への影響としては、15%の企業が「20%以上の深刻な減益」と回答し、1ドル76円の為替レートが半年以上継続した場合の影響については、その回答割合は32%に上昇している(第1-2-4図)。また、1ドル76円の為替レートが半年以上継続した場合の企業の対応としては、50%超の企業が「原材料や部品の海外からの調達量を増加させる」とし、46%の企業が「生産工場や研究開発施設の海外移転」と回答している(第1-2-5図)。
- 経済産業省「現下の円高が産業に与える影響に関する調査(大企業・製造業編)」より。
- 調査期間は2011年8月22日~8月26日。調査対象は大企業製造業61社。
このような急速な円高の進行等による景気下振れリスクや産業空洞化リスクに先手を打って対処するため、政府は10月21日に「円高への総合的対応策」を閣議決定した。
次に、個別の地域に特に大きな影響を与えた事象としては、以下のものがあった。
(口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザ:畜産業等の直接的被害だけでなく観光等の幅広い分野にも被害)
口蹄疫は、2010年4月20日に宮崎県で発生し、8月27日の口蹄疫終息宣言まで130日間の日数を要した。この間、口蹄疫の発生により約30万頭の牛・豚が殺処分された。県内飼育頭数に占める殺処分頭数の割合も、牛が約22%、豚が約25%に上った。この結果、宮崎県の推計によると、県内経済への影響額は畜産業及び畜産関連業で約1400億円、畜産業以外の産業で約950億円、合計2,350億円の被害があったとされ、畜産業だけではなく、それ以外の産業にも大きなマイナスの影響を与えたことが分かる。畜産経営の再開は、終息宣言から1年を経過した11年8月末段階でも57%に留まっており、依然として厳しい状況であることが分かる。
また、高病原性鳥インフルエンザは、10年11月に島根県で確認されたのを始めとして、11年3月までに、宮崎県、鹿児島県、愛知県、大分県、和歌山県、三重県、奈良県、千葉県(発生順)の9県24農場で発生し、約185万羽が殺処分された(第1-2-6表)。
- 農林水産省「日本における高病原性鳥インフルエンザの確認状況」(平成23年4月5日現在)により作成。
- 2010年11月以降の発生状況。
口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザは、各地域において、畜産業等への直接的被害だけでなく、観光関連イベントの中止、ホテル・旅館のキャンセル等、間接的被害ももたらし、幅広い分野に影響を与えた。
(九州新幹線開業:利用者数の増加と地価の上昇)
地域経済にとって明るい話題もあった。2011年3月12日に、九州新幹線(博多~新八代間)が開業した(第1-2-7図)。これにより、九州新幹線鹿児島ルートが全線開業し、博多~鹿児島中央間の所要時間は最速で1時間19分(約50分短縮)となった。また、山陽新幹線との相互直通運転も実現し、新大阪~鹿児島中央間の所要時間は最速で3時間45分(約80分短縮)となった。
9月11日までの開業6か月間の利用者数をみると、前年の在来線特急利用者数と比較して、博多~熊本間は38%増、熊本~鹿児島中央間は64%増となった。各月別にみると、3月、4月に比べて5月以降の方が概ね増加幅が大きくなっている(第1-2-8図)。
九州新幹線全線開業の影響は地価にも現れている。11年4月1日~7月1日の主要都市の高度利用地の地価動向をみると、博多駅前と鹿児島中央駅前の地価が前回調査(1月1日~4月1日)に比べて上昇している。東日本大震災の被災地を除く全国146地点のうち、地価の上昇は7地点に限られるが、その中には博多駅前と鹿児島中央駅前が含まれている。これは、新幹線全線開通と博多駅の新駅ビル開業効果で集客力が向上し、駅ビル内や周辺の店舗賃料が上昇傾向にあるためと考えられる。