第2章 第3節 3 農業と金融業との連携強化

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(農業向け融資を取り巻く変化)

農業が異業種と連携するにあたっては、商工業との連携に留まらず、金融業との連携も重要である。農業分野への融資残高(2008年3月末)を金融機関別にみると、JAグループのネットワークを背景に農協が85.2%を占め、政府系金融機関も7.5%で続いている。日本政策金融公庫(以下、「日本公庫」という。)も、農林漁業金融公庫当時より、農業向け長期融資を中心に政策金融を提供してきた実績があり、認定農業者の経営改善を支援する農業経営基盤強化資金(スーパーL資金)や、燃料・飼料価格の高騰や景気低迷による農産物価格の低下等の影響を受けた農業者を支援するセーフティネット資金の融資額を伸ばす等、政策金融機関としての役割を担っている。以上に対して、民間金融機関は3.2%に過ぎない25。このように、農業分野への融資は、依然として、農協や政府系金融機関を中心としたものであるが、このところ、地域金融機関が農業分野を成長分野と位置づけ、農業融資専門部署の設置等、農業融資の体制強化に向けた動きが活発化している。

近年の公共事業の削減により建設業向け融資の伸びが期待できないなか、特に地方部の地域金融機関においては、自らの経営基盤とする地域経済の中で、建設業に代わる分野として農業を位置づけ、経営資源をシフトさせようとしている。近年の農業分野では、農業生産者が農業法人等として法人化し経営規模の拡大や経営の多角化を図るケースも増加し、さらに、異業種から農業分野への参入もある。こうした比較的規模の大きい生産者は、財務諸表や事業計画書等といった地域金融機関の与信審査に必要な情報を提供する能力も備えており、地域金融機関の融資対象となりうる。また、異業種から農業分野へ参入する企業の中には、公共事業に依存した経営形態から脱却するため、農業に新規参入する地元の建設業者もあり、こうした事業者に対しては、これまでの取引関係を活かせる。このように、地域金融機関の融資対象となりうる農業生産者が増加している。

地域金融機関サイドも、農業融資に関する専門知識やノウハウの蓄積を進めている。近年、日本公庫と「業務協力」を締結する金融機関が増加している26。農業融資における与信審査は、農業経営に対する専門知識の不足等により、地域金融機関にとっては難しいものとされていたが、業務協力によって、日本公庫から農業経営評価の支援等を地域金融機関が得られるようになり、地域金融機関の与信能力の向上に役立っているとみられる。また、行員に「農業経営アドバイザー27」の資格を取得させ、農業事業者への経営相談等のサポート体制も強化させている。

農業融資においては、農地に転用・転売規制があることから、担保として農地を扱いにくいという問題が長年あった。しかし、動産譲渡登記制度の創設(2005年10月)により、事業活動そのものに着目した動産(牛、豚、野菜、米や農産物加工品等)を担保に融資する動産担保融資(ABL:Asset Based Lending)の仕組みを利用することで、不動産担保や保証人に過度に依存しなくてすむ方策が整備されつつある。例えば、畜産分野では、肉用牛のトレーサビリティー制度28の普及により個体管理が可能となったことで、牛を担保として扱う動産担保融資の手法が使われ始めている。乾燥ナマコや冷凍シジミを担保にした事例もある。さらに、日本公庫が農業向け融資の新たな信用補完の枠組(証券化支援業務)を2008年10月に開始したことも、地域金融機関が農業分野に参入することにプラスの影響を与えている。本信用補完によって、民間金融機関が融資額の80%又は5,000万円を上限として信用リスクを日本公庫に補完してもらうことが可能となり、この信用補完を使って農業向け融資の新商品を開発した地域金融機関も出ている。

ファイナンス手法の高度化に加え、地域金融機関が本来持つ強みを発揮することも重要である。地域金融機関は、そもそも、地域の多様な企業や個人との取引があるという強みを持つが、その強みを活かし、既存の取引先である加工業者や流通業者等と農業者をマッチングさせ、新たなビジネスチャンスにつなげることができる可能性を持つ。農業経営に関する専門知識等では農協等に比べて優位性を持たないものの、これまで培ってきた商工業者等との取引ネットワークを活かし、加工や販売などと一体化した農商工連携ビジネスでは強みを発揮することが期待される。

農業関連分野に積極的に動き出した地域金融機関

地域金融機関A行が経営基盤とする地域は、鹿児島県と宮崎県であり、農業生産額(2006年)では鹿児島県が全国2位、宮崎県が5位、畜産生産額では鹿児島県が2位、宮崎県が3位である。地域の基幹産業である農畜産関連産業を支援するため、同行は2005年に「アグリクラスター構想」を打ち出した。この構想では、地域の基幹産業である農業(川上)・食品加工業(川中)を中心としながら、さらに川下である流通や関連産業までをも含めた産業群(アグリクラスター)の活性化・拡大を支援することとし、地域の主力産業である畜産業、養鶏業、製茶業、酒類製造業、肉製品製造業等への融資を増加させている。同行が農業分野に経営資源をシフトさせているのは、政府支出への依存度が高い経済構造を持つ地域を経営基盤とする他の金融機関と同じように、公共工事に代わる新たな成長分野をみつける必要に迫られていたからでもある。

A行は、農業分野への融資手法の高度化・多様化にも積極的に取り組んでいる。南九州は畜産業が盛んな地域でもあり、融資先が酪農業者であることも多いことから、牛や豚等を担保にした動産担保融資の手法を活用し、農業・食料関連業者への融資額を増加させている。さらに、地元の農業者の経営規模の拡大や、グローバル化を支援するため、全国初の純民間資本による農業ファンドを地元企業等と共同出資で設立し、地域の農業法人や農業関連の中小企業の事業拡大のための資金ニーズに対して、社債の引受により投資を実施している。

農業に特化して投資する農業ファンドの数は多くないが、愛媛県南部地域を中心とする農林漁業関連産業の振興のため、四国を拠点とする地域金融機関B行が主導で設立したファンドがある。このファンドが設置された背景として、地域の農水産物の高付加価値化に向けて新しいビジネスモデルの実現に果敢にチャレンジしようとしても、新しいビジネスモデルゆえに実績がなく高いリスクを伴うことから、従来の融資のみの支援では限界があるという事情があった。そこで、投資ファンドの特徴を活かし、新しいビジネスに挑戦できる条件を整備することとなった。なお、B行は、単にファンドを通じた投資を行うだけでなく、首都圏での販路拡大支援等によっても投資先を継続的に支援している。

農業向けの融資拡大に向け、地理的に遠く離れた地域にある金融機関同士の連携の取組もある。北海道を拠点とする地域金融機関C行は、農業向け融資の拡大を主要な経営戦略としている。これまでも、C行は、北海道産品の販路拡大のために東京での商談会等を開催してきたが、農業や食料分野を中心にA行と業務提携を結び、北海道と南九州にある両行の取引先のビジネスマッチングの機会等をつくろうとしている。また、鹿児島県では、県下の5つの地域金融機関が「鹿児島アグリ&フード金融協議会」を設立し、地域の農畜産業者や加工業者を中心に相互の取引先の交流等を促進させることで、販路開拓につなげようとしている。


25.
農林中金総合研究所「農林漁業金融統計」
26.
2009年3月現在で、日本公庫と業務協力を結んでいる地方金融機関数は、地方銀行26(65)、第二地方銀行28(44)、信用金庫230(279)、信用組合128(162)。なお、( )内は全機関数。
27.
農業経営アドバイザーは、農業税制や農地制度などの農業経営に特有な経営環境を理解し、経営に必要なノウハウを有する人材を育成することを目的に、日本公庫が実施する農業経営アドバイザー試験の合格者。
28.
国内で生まれた全ての牛と輸入牛に、10桁の個体識別番号が印字された耳標が装着され、個体識別番号によって、その牛の性別や種類に加え、出生から、肉用牛であれば肥育を経てとさつされるまで、乳用牛であれば生乳生産を経て廃用・とさつまでの飼養地などがデータベースに記録される。

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