おわりに-地域再生の手段として期待される「クラスター」-

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地域再生にとって重要なイノベーションを促進する「クラスター」

地域産業の発展にとって、革新(イノベーション)の役割が大きくなっている。技術やデザインを総合した製品開発力が企業の付加価値力を左右し、イノベーションがその原動力となっているからである。そのイノベーションを促進し、地域産業の競争力を高めるものとして、「クラスター」の重要性が認識されている。クラスターとは、産業集積の中でも「イノベーションを促進するタイプの産業集積」のことである。

このクラスターの活用を目指したプロジェクトが、各国で実施されている。そのうちの一つが、クラスター理論の提唱者であるハーバード大学マイケル・ポーター教授によるクラスター・マッピング・プロジェクト(1)である。このプロジェクトは、地域集積の特性を正確に知ることが重要であるとして、全米各地540のクラスター(2)について、産業構成、生産性、雇用といった経済指標を始め、特許件数などの競争力指標など多くの詳細なデータを集計・比較し、閲覧できるようになっている。 他にも、クラスターの活性化を目的とする組織として、ペンシルベニア州のベン・フランクリン・テクノロジー・パートナーズ(3)や、オハイオ州のトーマス・エジソン・プログラム(4)などがある。これらのクラスター活性化機関が、多くの関係機関と連携し、地域の中小企業の起業と成長を支え、地域の競争力と雇用を支えている効果が確認されている(5)

国内をみると、クラスターとは呼べないまでも、産業集積は各地に多数存在している。これらの中から、いくつかの産業集積をみると様々なものがある。新潟の三条・燕のように長い歴史を持つところ、北海道、岐阜の大垣のように比較的歴史の短いところ、東大阪のように製造業中心のところ、香川のように飲食業の含まれるところ、大分の湯布院のように民間人の熱意が発端であるところ、東京の杉並のように民間企業のみで形成されたところ、岩手の北上、岐阜の大垣のように自治体主導によるところなど、多様である(第1部第1章)。

「集積」から「クラスター」への発展に必要なもの

このような各地の集積がクラスターへと発展してゆくことが、地域の再生には有効とみられるが、そのために必要とみられる要素を整理してみる。

(1) 「知恵」の場としての大学・研究所(知識力)

クラスターがイノベーションを促進する効果として重要なものに、多様な専門分野が融合することによる相乗(シナジー)効果がある。そのためには、まず集積内部に専門家と専門性が存在していなくてはならない。すなわち、クラスターには「知恵」が必要である。

高度な知識、技術、情報とそれを使いこなせる専門家の存在も、単なる集積とクラスターとを区別する要素の一つと言える。地域における高等教育機関や各種研究機関が、地域再生に果たす役割が高いとみられる理由もここにある。

海外の先進事例をみても、クラスターの中核的存在に大学がある。米国シリコンバレーにはスタンフォード大学、同サンディエゴにはカルフォルニア大学サンディエゴ校、イタリアのボローニャにはボローニャ大学がある。そして、地域クラスターの分野とこれらの大学の得意分野が重なっているという傾向もみられる。このように、地域の産業集積と地域大学との専門分野に統一性があるということも、集積とクラスターを分ける要素になっている。

(2) イノベーションを育む「多様性」(変革力)

クラスターがイノベーションを促進するためには、イノベーションを育む仕組みが重要である。多様な業種が集積すると、そこにイノベーションが生まれやすいといわれている。集積内の産業が一つに特化しすぎると、競争力を失いやすい可能性も指摘されている(第1部第3章)。

同質化した集積では、新規の発想が生まれにくい。また、異質なものを排除するようなところにおいても、イノベーションは阻害される。例えば、地場や系列という名のもとに、多様性を許容しない固定的な集積があるとすれば、そこにはイノベーションを阻害する集積の負の効果が強く働くことになる。これは、形態上は同じ「集積」であっても、「クラスター」とは似て非なるものになっている。

このような集積の負の効果を回避するためにも、多様性について寛容な、また、それゆえに競争とイノベーションが活発な環境を集積内に形成してゆくことが、単なる集積がクラスターに転換してゆく上で重要になっている。

(3) 「カベ」を乗り越える力(連携力)

集積の効果が発揮される要素として、連携(コラボレーション)を推進する専門的な組織が指摘されている。多様な組織の間のコラボレーションには、集積内部の多様性を活用し、活発な製品開発や研究開発を通じて、イノベーションを促進する効果が期待されるからである。

集積の内部あるいは周辺にあって、集積のメリットを活用して成果を上げているとみられる成長企業の事例を分析しても、各地域において周辺企業のシーズとニーズを仲介したり、研究開発活動を主導したりして、集積内部においてコーディネート機能を果たしている企業がいくつかみられた(第1部第2章)。

ところが、多様性と連携はしばしば衝突する。同質性の高い組織の間では、共有されるものが多く、コミュニケーションが容易である。ところが、多様性が高まるにつれて、「暗黙の了解」の余地は少なくなり、連携は難しくなる。また、新たな連携関係を築くときにも、いろいろな障害が存在する。例えば、中小企業が地域の大学や研究機関と単独で連携することは難しいことと言われる。したがって、多様な集積組織の間の連携を活発にするには、専門的な仲介組織(コーディネーター)の役割が重要となってくる。このような組織の存在が、集積とクラスターを区別すると言われている。

このような組織としては、技術移転機関(TLO)や知的財産本部などの産学連携を推進する組織、「(財)TAMA 産業活性化協会」(TAMA 協会)などのクラスター活性化機関がある。米国では前述のように、ペンシルバニア州、オハイオ州などで公的な機関が成果を上げている。日本においても地域の経済産業局が、クラスター計画にそって地域企業にヒアリングを行い、そのニーズをデータベース化する作業に着手している。

民間においても、yet2.comのように、企業の技術シーズとニーズのマッチングを目的としてネット上での特許の売買を仲介する企業も生まれている。また、PLXのように、特許の評価や市場調査を通じて企業の知的資産マネジメントを手助けすることを業務とする企業も登場してきている。このような地域クラスター活性化機関、地域におけるコーディネート組織、そして上記のようなビジネス・サービスに特化する企業などが、各地の集積における連携を活発にし、地域集積が地域クラスターへと発展してゆくことが地域の再生にとって重要になっていると考えられる。

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