第1部 第2章 第2節 雇用構造の転換により必要とされるミスマッチへの対応
1.多様化と非正社員化の進む地域の雇用構造
(1) 建設業と製造業を中心に各地域で減少した従業者数
総務庁「事業所・企業統計調査」により、96年から99年の従業者数の変化を産業別にみると(第1-2-20図)、従業者数は全地域で減少し、ほとんどの地域で建設業と製造業が非製造業の減少寄与度を上回った。また、非製造業従業者数の減少は卸売・小売業、飲食店によるものが大半である。サービス業も減少したが、その寄与度は小さく、多くの地域で就業構造のサービス化が進んだことが分かる。
(2) 多様化の進んだ就業形態
96年から99年の従業者数の変化を就業形態別にみると(第1-2-21図)、全地域に共通して、正社員が減少し、パート・アルバイトと派遣・下請従業者が増加した。また、個人業主、無給家族従業者と臨時雇用者も全地域で減少した。厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査報告」により就業形態別の構成比をみても(第1-2-22表)、94年から99年にかけて女性のシェアの低下により、正社員の割合は77.2%から72.5%に低下した。また、正社員以外のシェアは女性を中心に上昇し、契約社員、派遣労働者が上昇し、就業形態の多様化が進んだことが分かる。
(3) 非正社員化の進んだ若年層と女性就業者
就業形態毎の年齢階層別比率の推移をみると(第1-2-22表)、非正社員における若年層の比率が上昇し、正社員においては20代の女性の割合が低下するなど、就業形態の多様化が若年層に集中していることが分かる。非正社員についてみると、94年から99年にかけて、20~29歳の層のシェアは16.2%から23.7%まで7.5ポイント上昇した。特に男性就業者は12.3ポイント上昇した。
(4) パートは産業別に違いがあるものの全国的に増加した
就業形態別就業者数の増減を産業別にみると(第1-2-23図)、派遣・下請従業者は建設業で、パート・アルバイトは卸売・小売業、飲食店とサービス業において増加するなど、就業形態によって増加する就業形態に違いがある。
パート・アルバイトの就業者に対する構成比をみると(第1-2-27図)、北海道、沖縄、三大都市圏での構成比が高いなど、地域格差はあるものの、すべての地域で構成比が増加した。
(5) 規制改革と企業のニーズにより増加した派遣労働者
99年12月の労働者派遣法の改正により、派遣労働の対象業種が拡大したため、それ以降、派遣登録者数は増加が続いた(第1-2-24図)。派遣労働者数を地域別にみると、多くの地域において増加傾向にあり、三大都市圏、特に南関東に集中しているものの、雇用者全体に対する比率はまだ小さい。
総務庁「事業所・企業統計調査」により、派遣・下請従業者(4)の構成比を地域別にみると、構成比は小さいが全地域で増加し、都市圏での上昇幅がより大きい。次に、事業所規模別にパート・アルバイトと派遣・下請従業者の従業者に占める割合をみると(第1-2-25表)、派遣・下請従業者は、規模の大きい事業所において割合が高い。パートは30~49人規模の事業所で最も割合が高い。このように企業規模によって非正社員の就業形態に違いがみられる。
このように、すべての地域、特に人口の密集する都市圏において就業者の非正社員化が進んだことが分かる。これは、飲食店、サービス業におけるパート需要、あるいは業務の効率化を目的とする派遣・下請に対する需要が増加したことによるものとみられ、人口集積の進んだ都市部において、就業形態の変化などを通じ、新規の雇用が創出されやすい状況にあるということを示唆している(5)。
2.要請の高まる地域教育訓練機関の整備と活用
(1) 雇用ミスマッチは拡大する傾向
現在起きている地域の産業構造の変化は、今後も構造改革の進展につれて加速し、それに対応して就業構造も変化が加速するとみられる。また、不良債権の処理もここ数年で加速し、地方公共事業も縮減される。こうした変化は、需要の減少による離職者の増加ばかりでなく、就業者の移動に伴う様々なミスマッチを拡大させる。
さらに、情報化、高齢化、グローバル化という環境の変化が、雇用のミスマッチを増大させる。情報化は、ITを活用できるものとそうでないものの所得格差を拡大する傾向にあるが、IT関連業務に対するニーズが増大しているにもかかわらず、求職者側がそれに見合った知識・技能を備えていないために雇用に結びつかない例が多い。また、日本の人口構成そのものが、年齢ミスマッチを引き起こす。45歳以上の中高年層は、労働力人口の相当部分を占めているが、中高年に対する求人は少なく、年齢によるミスマッチはこれからも増加するとみられる。
グローバル化は、海外の安価な製品との競争を活発にし、さらに輸入と海外生産の増加が国内産業の「空洞化」を招くので、雇用に負の影響を及ぼすとみなされることがある。しかし、グローバル化による生産性の上昇は所得の向上につながり、輸出や対内投資の増大は、雇用の拡大につながるので、グローバル化が総合的に雇用を減少させるというのは誤った見方といえる。ただし、グローバル化による産業のシフトが雇用のシフトを招き、それがミスマッチを増加させる傾向は指摘できる。現在のように環境変化とそれに対応する構造改革の集中する時期においては、雇用のミスマッチが増加することは避けられない。
また、パートや派遣労働などの増加にみられる就業形態の変化も、雇用機会の増大を通じて就業の増加をもたらす一方で、求人と求職のミスマッチを増やしている。すなわち、求人側は短期的な需要の増加に対応したパートの求人を出しているのに対し、求職側はより安定した職があるまで待機するというケースが増加すると見られる。また、いわゆる正社員よりも雇用調整のしやすい就業形態が増えることは、景気の循環に応じて雇用人数が変動しやすくなるため、その移動の間に摩擦的失業が増加することが考えられる。
(2) 相互に関連する雇用ミスマッチ
このように様々な理由から、今後も雇用ミスマッチが増えつづけることが考えられる。この雇用ミスマッチは、大きく分けて職業(職種)、年齢、賃金、形態、地域の5つのタイプに分類できる。
すでに見たように、職業ミスマッチと年齢ミスマッチは関連している。IT、金融に代表されるような最新の技術については年齢のカベが存在することが多い。また、賃金と年齢も日本の年功序列型賃金の下で関連している。すなわち、求人側が年齢制限をしなくとも、求職側が年功序列賃金に基づいた高めの賃金に見合う職が見つかるまで就職しないとすると中高年者には雇用機会が少なくなる。これは年齢と賃金水準が密接に関係する日本型雇用システム独特の、複合的ミスマッチの例といえる。
これ以外にも、中高年者は、持家、家族の教育などの関係から地域を越えた求人には応じにくいことから、地域ミスマッチと年齢ミスマッチは関連している。このように、ミスマッチの原因が複雑であることを考えると、その解消も容易ではないことが分かる。
(3) 深刻な年齢ミスマッチ
そのなかでも年齢のミスマッチは、とりわけ深刻となっている。企業にインタビューを行うと、40歳を境に新技術の習得能力に差があるため40歳以上の訓練と中途採用は実施しないという例が複数みられた。こうした例でも分かるように、年齢ミスマッチと技能ミスマッチは融合している。そして、この状況が変わらずに教育・訓練を増加しても年齢ミスマッチは解消されず、中高年の失業率は高まることが懸念される。
このような状況に対する対策としては、上記のように「40歳以上には教育訓練の効果は上がらない」ということの真偽を検討し、その根拠が無いならば、年齢差別の撤廃に努めると同時に、中高年齢層に対する教育・訓練を一層推進することが有効とみられる。また、それが事実であれば、転換の容易な職種を発見するなどの対策が必要となる。
(4) ミスマッチの解消には教育・訓練が必要
情報化によるデジタル・デバイドを回避するためにも、高齢化対応の福祉サービスの雇用を拡大するにも、そして地域産業の競争力を技術開発によって高めるにも、働く人が相応の知識と技術を持つことが不可欠となる。このように、雇用の問題は、相当程度教育と訓練の問題に置きかえられる。この認識は、すでに広く先進国の間で共有され、教育と職業訓練は長期的な失業問題を解決する切り札となっている。
また、各地域において多くの企業は、国内のみならず国際的な競争に直面している。単純な価格競争では、海外の商品に太刀打ちできないことは、内外の賃金格差をみると明らかになっている。各地域の企業が、グローバル競争に対応する戦略は、価格競争を回避し、知識や技術、ブランドなどで差別化された商品とサービスにおいて付加価値を追求することとみられる。いわば「体力勝負」を避け、「知力勝負」に持ち込むことであるが、競争に勝ち残り、地域産業の発展を目指すには、知恵の蓄積と向上が不可欠となる。したがって、雇用のミスマッチ解消のうえでも、地域の産業の競争戦略のうえでも、教育・職業訓練の重要性が高まっている。
(5) 教育機関の活用
その対策としては、既存の教育機関の活用と新規の機関の設立の2つが考えられる。また、そうした施設の利用を促進する仕組みが求められる。
まず、既存の施設の活用としては、高校、専門学校、大学、大学院の役割の再検討が考えられる。情報化などに対応したカリキュラムの再構築はもとより、学部・学科の規制緩和が望まれる。ビジネス・スクール型の職業大学院の増設、コミュニティ・カレッジ型の地域に密着し開かれた社会人教育カリキュラムも検討に値する。また、通信制大学・大学院の増設推進、ITを活用した専門的職業訓練学校も推進することが考えられる。グローバル化に対応する小学校からの外国語教育も検討されるべき課題といえよう。
それに加えて、公共職業安定所と公的職業訓練機関が果たす役割の再構築も必要とみられる。地域ミスマッチを解消するため、地域を越えた雇用情報の流通が求められている。また、職業紹介、カウンセリングに加えて職業訓練の機能を果たすように、職業安定所と職業訓練機関の機能の統合と活用が有効とみられる。そして、職業安定所と職業訓練機関等において雇用カウンセラー、教育訓練指導者などの人員が増強される方策が必要とされている。
(6) 教育・訓練を促進する仕組み
このような教育・訓練サービスを離職者・失業者が利用できるように、雇用保険の訓練延長給付の期間を延長しやすくする方策が考えられる。現行の雇用保険の教育訓練給付金を拡充し、対象範囲を見直すことも必要となる。 また、離職することなく職業についたままで再教育・職業訓練を受講できるようにするためには、企業内のワークシェアリングを推進するなど、企業がそれを支援することのできるように誘導する方策も効果的かつ必要とみられる。そして、教育・訓練サービスにおける民間の参入を阻害しないように配慮しながら、公共放送、公的サービスによってその機会をより安価に提供することも検討に値するとみられる。
第3節4.において述べるように、欧米では1990年代後半から雇用のミスマッチの解消が雇用戦略の重点課題に据えられ、「積極的労働市場政策」が採用されている。これは、社会保障支出の重心を従来型の失業給付から職業訓練へ移行することを目指したもので、情報化、グローバル化に対応して教育訓練を進める仕組みが重要であるという認識に基づいている。日本でも、このような認識を高め、雇用対策支出の重心を積極的労働市場政策へ移行することを含む雇用戦略を推進することが望まれる。その際、中高年を中心とした対象者が再教育・職業訓練を進んで活用することがカギとなり、そのためにも、教育訓練を受ける人にとって公平かつ明確なインセンティブ・メカニズムが設定されていることも重要となる。