第5節 景気調整下での財政金融政策

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92年度の財政・金融政策は一貫して景気浮揚を目指して運営されてきた。本節では,こうした財政・金融政策の動きを概観し,あわせて,マネーサプライの低迷など今回の景気調整局面で現れた金融面での特徴的な動きについて考える。

1 財政政策の動向

(三次にわたる総合的な経済対策の策定・実施と92年度補正,93年度予算の概要)

92~93年にかけての財政政策の動向をみると,景気の低迷が続く中で,景気への切れ目ない配慮が払われてきた。具体的には次のような点である。

第一は,92年3月の「緊急経済対策」の策定・実施と92年度上半期の公共事業前倒し執行である。92年3月31日に決定された「緊急経済対策」を受けて,92年4月14日に公共事業等の施行促進が閣議決定された。この閣議において,上半期末の契約済額の割合が全体として75%を上回ることが目途とされ,地方公共団体に対しても国に準じた執行が要請された。これを受けて,国の契約見込率は75.2%とされた。国,都道府県の上半期契約率の実績はそれぞれ77.4%となり,共に契約率の目標を上回った。

第二は,92年8月の「総合経済対策」の策定・実施,そのための財政措置等を講じた92年度補正予算の編成・実施である。8月28日総規模10兆7,000億円にのぼる「総合経済対策」が決定された。その内訳は,公共投資等の拡大8兆6,000億円(うち,公共用地の先行取得1兆5,500億円,住宅金融公庫等による住宅建設8,000億円),中小企業対策及び民間設備投資の促進等に2兆1,000億円などである。本対策は,資産価格の下落もあって直面している厳しい状況がさらに進展してこれ以上国民経済に悪影響を及ぼすことのないよう,高い水準の公共投資等を切れ目なく実施するための公共投資等の大幅な追加や公共事業等の円滑な実施を図るための公共用地の先行取得等の措置を講ずるものである。12月10日にはこの「総合経済対策」における各般の施策を実施するために必要な財政措置を盛り込んだ補正予算が成立し,公共事業費等が2兆714億円が追加されるとともに,9月に行われた弾力条項発動による財政投融資計画の追加(1兆4,050億円)に加え「総合経済対策」に係る財政投融資計画も2兆8,119億円が追加された。地方単独事業の事業費の確保についても,9月補正(都道府県,市町村の普通会計,公営企業会計の合計)において1兆9,169億円の事業費が計上された。

第三は,景気に配慮した93年度予算の編成・実施である。93年度予算の概要をみると,一般会計の予算規模は72兆3,548億円と前年度当初予算に対し0.2%の増加,地方交付税交付金,国債費等を除いた一般歳出は,前年度当初予算に比べ3.1%増となった。一方,景気や生活大国づくりへの配慮など社会経済情勢の推移に即応した財政需要に対し財源の重点的・効率的配分を行い,一般歳出における公共事業関係費(NTT含み)は前年度当初予算比4.8%増となった。特に,公共事業関係費の配分については,「生活関連重点化枠」を通じ,生活に密接に関連した住宅・下水道や環境衛生の分野に重点配分しており,これらの分野は同7.1%増の伸びとなった。また,公共事業関係費とともに財政投融資計画(公共事業実施機関)は同12.4%増,地方単独事業(地方財政計画ベース)は12.0%増と近年にない高い伸び率が確保されるなど,国・地方を通じて十分景気に配慮した内容となっている。

第四は,93年4月の総合的な経済対策の策定・実施,93年度上半期の公共事業前倒し執行と公共投資等の追加,これを実施するための財政措置等を講じた93年度補正予算である。93年4月13日には,景気の足取りを確実なものにするため,総額13兆円を上回る総合的な経済対策が決定された。その内訳は,社会資本の整備等に10兆6,200億円,中小企業対策,民間設備投資の促進に2兆4,300億円等となっている。本対策では,速効性並びに情報化,高齢化等社会経済情勢の変化への対応及び生活大国づくりには最大限配慮されている。すなわち,当初予算成立後わずか2週間後に決定されたことに加え,社会資本整備に当たり様々な分野に幅広く投資を行うことによりその効果がより広範にかつ直接的速効的に及ぶようその新たな展開を図るほか,景気浮揚効果が大きく生活大国づくりの重要な柱である住宅の整備,リストラ努力を支援し中小企業の活性化を図るための措置等を講ずるものである。また,総合的な経済対策に盛り込まれた公共事業等の施行促進については,93年4月13日の閣議において,上半期末の契約済額の割合が全体として75%を上回ることを目途とする旨決定され,地方公共団体に対しても国に準じた執行が要請された。これを受けて,国の契約見込率は前年を上回る75.7%とされた。

(過去の経済対策と予算等との対応)

以上のような財政面からの景気浮揚策には,住宅建設の促進,民間設備投資の促進など多様な対策が含まれているが,ここでは,公共投資関連項目に限って,予算等との対応を考えてみる(付注1-5参照)。まず,一般公共事業については,国費部分が一般会計歳出予算の公共事業関係費(除く災害復旧等),及び国庫債務負担行為として計上される。経済対策で一般公共事業の大幅な事業費追加が決定された年には,公共事業関係費等について大幅な補正額が計上されている(第1-5-1図)。災害復旧事業については,国費部分が一般会計の災害復旧等に対応している。災害復旧等は,経済対策で災害復旧事業の事業費追加が決定された年には,災害復旧等の進度を大幅に高めることにより大幅な増額補正が行われている。

地方公共団体の行う公共投資は,国から補助金を受けて行う「補助事業」と地方公共団体が独自に行う「地方単独事業」に分かれる。地方公共団体の補助事業費の純計決算額は大規模な経済対策が実施された年度(77,78,87年度)に比較的高い伸びを示しており,対策の効果がうかがわれる(第1-5-2図①)。地方単独事業をみても,上記の年度には伸びが高まっており,87年度以降は純計決算額,地方財政計画ベースとも高い伸びを維持している(第1-5-2図②)。

最後に,公団等の財政投融資計画をみると,近年では経済対策の策定に対応する時期(82,86,87年度)に運用実績の伸びが高まっている(第1-5-2図③)。このように,地方単独事業,財政投融資を通じる公共投資は近年,高い伸びを示しており,今回の景気調整過程において早くから景気の下支え効果を果たしてきていることがわかる。

(堅調な増加が続く公共投資)

こうした政策を受けて,現実の公共投資はどのように推移してきただろうか。

公共投資の動向を国民経済計算でみると,実質公的固定資本形成は91年度6.7%増から92年度には13.3%増と伸びが大幅に高まった。四半期の前年比増加率をみても,92年度を通じて堅調な増加を続けており,基本的には上記の各般の政策効果が反映された動きとなっている(第1-5-3図①)。

一方,公共工事着工(総工事評価額)の動きをみると,91年度18.2%増から92年度には6.1%増と逆に増勢が鈍化した。四半期毎にみても,92年度4~6月期前年同期比8.7%増から,7~9月期同17.1%増と伸びを高めたものの,10~12月期同5.3%減,93年1~3月期同5.0%増と,やや一服感がみられた。92年度後半に公共工事着工の増勢がやや鈍化したのは,国の公共工事着工が比較的堅調な動きを続ける中で,地方公共団体等と政府企業の落ち込みが大きかったためである。すなわち,公共工事着工の大きな割合(92年度75.5%)を占め,90~91年度まで高い伸びを続けてきた地方公共団体等が92年末から93年初にかけて増勢が鈍化するとともに,政府企業も,91年から92年前半にかけて大型プロジェクト(東京湾岸横断道路,関西新空港等)が相次いだ後,92年後半からは着工が一巡している( 第1-5-3図②)。公共工事着工統計では数年にわたる工事でも契約された月にすべて計上されるため,大規模な工事が契約されると,着工された工事の進捗ベースを示す公的固定資本形成に比較して単月の変動は大きくなることに注意する必要がある(付注1-6)。特に,最近,工期の長い工事が増加する傾向にあり,公共工事着工統計と進捗ベースの公的固定資本形成との間のラグ,かい離が大きくなっている可能性がある。

(税収の動向)

バブルの崩壊,景気調整の長期化は,税収面にも大きな影響を及ぼしている。

近年の国の税収動向をみると,86年度から90年度までは高い増加を続けていたが,91,92年度は決算額が前年水準を下回るなど低調な推移となった。税収の循環的変動は過去にもみられたが,今回は名目GNPの変動を大きく上回るかつてない大幅な変動となり,このため税収のGNP弾性値も,86~88年度に2を上回り(ピーク時の87年度は3.3),91~92年度はゼロからマイナスとなるなど極めて大きな変動を示した。こうした弾性値の大きな変動は,今回の税収の変動には,通常の景気変動に伴う企業収益等の増減による循環的要因の他,土地・株式等におけるバブルの発生と崩壊が大きく寄与していたことを示していると考えられる。

この間の動きを税目別にみると,今回の景気拡大初期においては,株式や土地等の資産取引が増大し,資産価格が上昇したため,金融・保険業,不動産業を始めとする各業種の利益の増加を反映して法人税が大きく増加したほか,譲渡に係る申告所得税,相続税,有価証券取引税,印紙収入が大幅に増加した。しかし,89年度に有価証券取引税が減少に転じ,90年度には法人税も景気の緩やかな減速に伴いやや減少した。その後,バブル崩壊が明らかなものとなり景気が調整局面に入った91年度には,法人利益の大幅な悪化,株式取引の低迷等により,税収は前年度の好調から一転して前年度比0.5%減となった。92年度も景気は依然低迷を続けており,法人税に加え,土地取引の減少,金利低下等を反映して所得税も減少したことから,税収決算額(概数)は更に前年度比9.0%減となった。

2 金融政策の動向

金融政策は91年7月に緩和に転じてから以後は,国内景気の調整色の深まりに対応した運営が行われてきた。こうした中で,今回の景気調整局面では,金融面の動きには,いわゆる「貸し渋り」の懸念が指摘されたり,マネーサプライの伸び率がかつて例をみないほどの落ち込みを示すといった特徴的な動きがみられた。

(公定歩合,市場金利,イールドカーブの動向)

公定歩合は,91年7月1日に6.0%から0.5%引き下げられ,金融は緩和局面に入った。公定歩合はその後も,91年11月(0.5%低下),12月(0.5%),92年4月(0.75%),7月(0.5%)と順次引き下げられて,93年2月の第六次の引下げ(0.75%)によって前回の金融緩和期の最低水準である2.5%となった。

これらの措置は,国内景気,物価,マネーサプライ,市場金利,為替相場等の動きを総合的に勘案して行われてきたものであり,我が国経済がこれまでの高過ぎる成長から物価安定を基盤とした持続的成長へ移行する過程にある中で,そうした移行過程をスムーズならしめる趣旨で実施してきたものである。

こうした政策運営達成に向けて,日本銀行はその時々の経済情勢の変化に適切に対応してきた。例えば,第一次から第二次引下げは物価を巡る情勢が幾分好転した中で,市場金利の低下に追従する側面が強かったが,91年12月の第三次引下げ以降は,国内景気への配慮が強まってきている。

こうした公定歩合の低下を受けて,短期市場金利は91年半ば以降,93年前半まで一貫して低下傾向にある(第1-5-4図①)。無担保オーバーナイトレート,CD3か月物レートはピークから93年5月までともに5.1%と公定歩合の低下幅(3.5%)を上回る低下となっており,このところ低い水準で安定的に推移している。

また,長期市場金利の動向を国債流通利回り(10年物,指標銘柄)でみると,92年前半にやや強含む局面もみられたが,基調としては90年10月頃から93年初まで低下傾向をたどってきた。ピーク時から93年2月までの低下幅は4.8%となっている。しかし,93年3月以降は一部経済指標の好転を受けた金利先安感の後退等からやや上昇している(第1-5-4図①)。

長短金利の関係をみると,短期金利(CD3か月物レート)が長期金利(国債流通利回り,10年物,指標銘柄)を上回るという逆転現象は,金融緩和が進展する中で92年初には解消し,順イールドになっている。また,国債の期間利子率構造(イールドカーブ)をみると(第1-5-4図②),逆イールド(長期になるほど金利が低い状態)であったイールドカーブは90年9月以降,徐々に平坦となり,91年9月には順イールド(長期になるほど金利が高い状態)となり,その後も,順イールドの傾きは次第に急になってきている。これは,金融緩和の浸透に伴って短期金利が相対的に低下したこと,更には最近においては,将来の景気回復期待が高まるなかで長期金利が相対的に上昇してきたためである。

(預貯金金利,貸出金利の動向)

金融緩和が進む中で,預貯金金利,貸出金利とも低下傾向にある。

まず,預貯金金利の動きをみると,規制金利である定期預金(2年)は公定歩合低下を受けて,順次低下してきており,ピーク時から93年3月までの低下幅は2.7%となっている。一方,自由金利である大口定期(3か月)は,市場金利の動向を反映して,上記期間中の低下幅は5%超と規制金利の低下幅を大きく上回っている。

この間,預貯金金利の自由化が順次進展してきた。定期預貯金については300万円以上が自由化され,300万円未満は小口MMCが導入されていたが,93年6月以降は全ての金額,階層において完全自由化が実施され,小口MMCは廃止された。また,流動性預貯金金利の自由化の第一弾として,92年6月に新型貯蓄預貯金(最低残高ないし引出し回数に制限を設けた上で高めの金利を設定するもの)が導入されたが,93年中にはスイング・サービス(普通預金との間で自動的に資金移動する機能)の付与,最低預入残高制限緩和等の商品性の自由化が行われる予定となっている。

次に貸出金利の動向をみると,今回の金融緩和局面における貸出金利の低下はこれまでの金融緩和期に比べて相対的に大きなものになっている(第1-5-5図)。

まず,短期プライムレート,長期プライムレートは,市場金利の低下を受けて,ともにおおむね順調に低下しており,ピーク時以来93年4月までの低下幅はそれぞれ4.3%,4.0%と公定歩合低下幅を上回っている。全国銀行貸出約定金利(新規分)についても,短期,長期ともほぼプライムレートの動きに沿って低下しており,上記期間の低下幅はそれぞれ3.8%,3.5%となっている。しかし,長期プライムレートは,最近の長期金利の上昇を受けて,5月と6月に計0.5%上昇した。

このように,かつての金融緩和期よりも貸出金利が低下している理由としては,金融自由化が進むなかで,金融機関の資金調達における自由金利調達比率が上昇したため,金融機関の調達コストと市場金利,ひいては,貸出金利と市場金利の連動性が強化されたことが挙げられる。この意味で,かつての貸出金利の「硬直性」(預金金利が規制されているため,金融引き締め期には市場金利に比べ貸出金利の上昇が遅れる反面,金融緩和期には低下が遅れるという傾向)は解消してきていると考えられる。また,地方銀行における自由金利調達比率の上昇幅は都銀を上回っており(都銀80年17.8%→92年72.4%,地銀80年1.7%→92年61.7%),このため,今回の緩和局面では,都銀との相対的な関係でみて,従来よりも貸出金利が低下している。

しかし,92年以降は,貸出約定金利(短期,新規)が短期プライムレート(都銀)に比べてやや低下幅が小さくなる傾向も出ている。これは,92年以降,地方銀行と都市銀行との調達コスト等の相違が短期プライムレートの設定の格差にも反映されてきたこと,都市銀行,地方銀行とも大半の企業にプライムレートが適用されるといった融資姿勢からの修正の動きがみられること等が影響していると思われる。以下では,このような金融機関の貸出行動の変化について更に分析する。

(金融機関の貸出行動の変化)

今回の景気調整過程では,金融機関の「貸し渋り」が指摘されることがあった。確かに,金融機関の貸出(全国銀行貸出残高)の伸びは歴史的にみても非常に低いものだった(第1-5-6図①)。しかし,金融機関の貸出が低迷しているのは,基本的には,①景気低迷やストック調整の進展により設備・運転資金需要が減退していること,②バブル崩壊によって,資産取引を目的とした資金需要が不振となったこと,③企業が手元流動性の取崩しによって資金需要に対応してきたこと,④バブル崩壊によるバランスシート悪化から,借入金返済を活発化させる動きが一部にみられたこと(マイナスの貸出)(第1-5-6図②)など需要面の要因が大きいと考えられる。

一方,貸出の低迷が資金需要の減退のみで説明できると考えるのにも無理がある。極端な信用割当が起きているという意味での「貸し渋り」が発生していることはないにしても,今回のような場合には,バブル崩壊の影響を受けて企業,金融機関ともにバランスシートが悪化しているため,マクロでみた貸出のリスクが上昇し,これが貸出を抑制していることは十分考えられる。

すなわち,株式・土地等の資産価格の大幅な下落は,借入企業側の担保価値(正味資産)を低下させ,貸出のリスクが上昇する。また,金融機関側からみても資産価格の下落による含み益の減少,不良債権の増大は自己資本(正味資産)の低下につながり,金融機関のリスク許容力を低下させ,この面からも貸出リスクは上昇することになる。

それでは実際に貸出リスクは上昇したのだろうか。貸出リスクの変化は端的には金融機関の仲介コストである預貸利ざやに反映される。ここでは,預貸利ざや(短期)を預金の歩留り率も考慮した実効貸出金利と平均調達コストとの差として定義し,最近の動向をみると(第1-5-7図),89年から90年末まで上昇し80年頃と並ぶ高い水準となった後,やや低下傾向にある。金融機関の預貸利ざやの動きをみる限り,80年代後半と比較すれば貸出リスク上昇等を背景として貸出が抑制される方向に働いた可能性がうかがわれる。しかし,リスク上昇に対応した貸出の抑制は,金融機関の融資姿勢が採算性や信用リスク管理を重視するという本来あるべき姿に戻っていく過程での行動であり,このような行動を「貸し渋り」と批判するのは必ずしも適当ではない。

更にこの預貸利ざやを「本来的利ざや」(実効貸出金利-市場金利)と「レント」(市場金利-平均調達コスト;金融機関の主な調達コストである預金金利が規制されていることにより享受できる超過利潤)に分けると,近年の預金金利自由化の中で「本来的利ざや」が拡大する一方,「レント」の部分が急速に縮小していることがわかる。

以上をまとめてみると,景気の調整局面における貸出の低迷は,需要サイドの要因が大きいものの,供給サイドの動きも影響したものだったといえる。

(中小企業への影響と公的金融の拡大)

貸出リスクが上昇することによって貸出が抑制される場合,その影響を比較的受け易いのは中小企業である。なぜなら,借り手と貸し手の間には情報の非対称性が存在するため,信用度が比較的低く,有効な情報公開手段を持ちにくい中小企業は資金調達において自由に債券を発行できず(資本市場の不完全性),金融機関借入に依存せざる得ないためである(企業側からみて借入と債券発行は完全に代替的でない)。

また,中小企業(特に,中小・非製造業)はバブル期に都銀等からの長期借入を積極的に拡大することで借入依存率を上昇させた結果,大企業に比して自己資本比率等が低下しており,これが一部の中小企業に対する貸出リスクを相対的に高める一因となっているとも考えられる。

このように今回の緩和局面で,中小企業が特に貸出抑制の影響を強く受けているという点は,次のような面に現れている。

第一は,金融機関貸出判断DI(日本銀行「短期経済観測」)の動きである(第1-5-8図)。大企業では今回の金融緩和期も過去の緩和期と同様,「厳しい」とする判断が減少してきている。他方,中小企業の場合は93年にいたるまで「緩い」超にあるものの改善がみられない。これは,過去の緩和期に観察されたような,金融機関の中小企業に対する貸出態度の積極化の動きが,今回は明確には見られないことを示している。

第二は,金利負担率の動きである。企業規模別に金利負担率((支払利息・割引料×4)/(長期・短期借入金+社債+受取手形割引残高)期首・期末平均)の動きをみると,89年には規模別の差はみられなかったが,90年以降,中小企業と大企業の金利負担率のかい離が大きくなり,中小企業の金利負担率の方が相対的に高い水準となっている(91年7月以降の緩和局面平均で大企業5.5%,中小企業6.2%)。これには,中小企業向け貸出のリスクが大企業に比べて相対的に高いことを一部に反映している可能性等も考えられる。

こうした状況の下で,中小企業を中心とする企業の資金調達が円滑に行われるためには,公的金融機関の役割が重要となる。なぜなら,特に,今回のように金融機関の貸出の伸びが低下している中で,資本市場からの自由な資金調達が難しい中小企業に対しては,市場メカニズムに任せるだけでは効率的な資金配分が行われにくいからである。こうした観点から,近年の公的金融機関の貸出の動きを見ると,いずれの機関も堅調な伸びを維持しており,この結果,企業への貸出純増額全体に占める公的資金の割合は92年には17.6%となっており,過去と比較してもかなり高い水準となっている(68年~91年平均7.8%)。

(資本市場を通じる企業金融の動向)

バブルの崩壊が,資本市場を通じる企業金融に大きな影響を及ぼしたことも今回の特徴の一つだった。

資本市場を通じる企業金融の動向をみると,80年代は金融・資本市場の自由化・国際化や株価上昇を背景に,増資,転換社債,ワラント債といったエクイティファイナンスによる資金調達が大企業を中心に活発に行われた。しかし,バブルが崩壊した90年以降は,一転してエクイティファイナンスの実施は難しくなり,国内,海外市場ともに普通社債の発行が増加している(第1-5-9図①)。特に,92年以降は普通社債(特に,ユーロ円普通社債)の発行が高水準となったが,これは93年にかけてピークを迎えるワラント債の償還(第1-5-9図②)のための資金手当てによる面も強い。

普通社債の発行コストを事業債AA格(12年物)でみると,長期プライムレートより一貫して低いものとなっており(第1-5-5図),普通社債を発行できる信用度の高い企業にとっては有利な資金調達手段となっている。また,引き続き起債市場の整備が行われており,発行登録制度の利用適格用件の緩和(92年7月),無担保社債の適債基準の緩和(93年4月)といった措置が講じられている。また,社債発行限度枠撤廃等を盛り込んだ商法改正案が国会で成立した(93年6月)。

このように,資本市場から資金調達が可能な大企業は引き続き資金調達の多様化を進めているため,資金調達において金融機関の貸出行動の影響を比較的受けにくくなっている。

(低迷続くマネーサプライ需要サイドからの検討)

今回の景気調整局面における金融面での動きで,最も特徴的であり,かつ多くの議論を呼んだ問題がマネーサプライの低迷であった。

マネーサプライの動向をM2+CDの前年比(期中平均残高)でみると,90年後半以降伸びが急速に鈍化し,92年10~12月期にはマイナスに転ずるまでになった。マネーサプライ(M2+CD)の前年比増加率がマイナスとなるという事態は,戦後,マネー統計が整備された55年度以来初めてのことである。なぜこれほどマネーサプライは低い伸びとなったのか。ここでは,その要因を,需要サイド,供給サイドの両面から考えてみよう。

まず,需要サイドからみよう。マネーサプライ(M2+CD)を実物取引要因(名目総需要),資産要因(名目総資産),金利要因で説明した関数を作り,変動要因を分解してみると(第1-5-10図),92年におけるマネーサプライの低い伸びは,主に,景気の低迷により実物取引要因のプラスの寄与がかなり小さくなっていることに加え,バブルの崩壊で資産要因のマイナスの寄与が大きくなっていることによるものであることがわかる。

ただし,この関数は,89年までは比較的うまくマネーサプライの動きを説明しているが,90年以降については,現実のマネーサプライの伸びをうまく説明できない。例えば,77年から89年までの期間で推計された貨幣需要関数を使って92年10~12月期までを外挿してみると(第1-5-10図,付注1-7),90年から91年前半までは実績値の伸びが高かったが,それ以降は推計値の伸びの方が高くなっている。このように実績値と推計値のかい離が拡大しているのは,マネー対象資産(M2+CD)とマネー対象外資産との間のシフトが影響している可能性がある。

この点をみるため,M2+CDと広義流動性(M2+CDにその他の預貯金,信託,金融債,国債などを加えたもの)の伸びを比較してみると,次のような点を指摘できる。まず,90年には,M2+CDの伸びが高まり(前年比11.7%),広義流動性の伸び(同9.6%)を上回った。これは,①89年末以降,大口定期とMMCの最低預入単位が引き下げられたこと,②金利が歴史的に高水準であった80年代初頭に設定された10年物定額貯金の満期が到来したこと,③90年初のいわゆる「トリプル安」で金融資産としての銀行預金に対する評価が高まったことなどにより,マネー対象資産へシフトインが発生したためと考えられる。

逆に,91年以降は,M2+CDの伸び(91年3.6%,92年0.6%)が低下し,広義流動性の伸び(91年5.3%,92年3.5%)を下回っている。これは,貸付信託等にシフトアウトしているとともに,金利低下局面において郵便貯金・金融債等のマネー対象外資産の伸びがマネー対象資産の伸びを上回ったためと考えられる。

また,エラーコレクションモデル(マネーと実物取引需要,総資産とは長期的な関係があり,短期的にはそれぞれの要因と現実のマネーとのかい離が修正されていくプロセスを考慮したモデル,90年前半にシフトインダミーを挿入)で貨幣需要関数を推計すると,70~92年の推計期間を通じておおむね良好なパフォーマンスを示す関数を推計することができた(第1-5-11図,付注1-8)。

(低迷続くマネーサプライ供給サイドからの検討)

次に,供給サイド,すなわち銀行部門のバランスシートからマネーサプライ低迷を考えてみよう。

マネーサプライ(現金通貨+預金通貨+準通貨=M2+CD)の大宗を占める銀行預金(預金通貨+準通貨,マネーサプライに占める比率92年末93%)が経済全体で増加する場合には,事後的には必ず銀行部門全体の資産項目(貸出,有価証券,対外資産等)の増加,または,預金,準通貨以外の負債項目(日銀借入,金融債,銀行の自己資本等)が減少することになる。例えば,典型的な資産である貸出が増加すれば他の資産・負債・資本項目が変化しなければ,必ず銀行預金は増加する。このように,マネーサプライの大宗を占める銀行預金は,銀行部門のバランスシートの変化という側面からも,その変動を考察することができる。

そこで,銀行預金の動きに対する銀行の資産,負債の各項目の寄与という形(因果関係を意味するものではない)で銀行のバランスシートをみると,90年頃までは銀行預金の動きと基本的に連動しているのは貸出であることがわかる(第1-5-12図)。しかし,91年以降の銀行預金の低迷は貸出の伸びの低下だけでは説明できない。これは,銀行がバブル崩壊以降,対外負債を対外資産に比べ相対的に圧縮している結果,対外純資産の増加が銀行預金の伸びを高める方向に動いているにも関わらず,主にその他純負債の増加が91年半ばから銀行預金の伸びを低下させる方向に動いているためである。 その他純負債が増加したのは,基本的には,生保や信託銀行に資金がシフトする一方,当該機関の貸出を通して銀行預金に還流していくものが,需要低迷に伴う貸出鈍化を背景に減少し,銀行部門に吸収されていること(銀行部門によるコール市場からの資金取入れ増加や自己資本の充実のための劣後資金の取入れ)が背景にある。また,信託銀行等の信託勘定に集まる資金の伸びに対し,景気が低迷する中で長期資金需要が減退したため,信託勘定借が増加したことも要因にあげられる。

以上のように,生保,信託への資金シフトと当該機関の貸出低迷等が,銀行預金の伸びが銀行貸出の伸びを下回っていることに対応していると考えられる。

(金融政策の評価)

こうしたマネーサプライの低迷は,金融政策のあり方との関連でも議論を呼ぶこととなった。そこで,まず,日本銀行の金融政策の大枠を説明したあと,マネーサプライと金融政策に関する考え方を整理しておこう。

中央銀行における金融政策の手段は様々なものが考えられるが,日本の場合,実体経済との関係においては,金利機能を重視した金融政策が行われている。具体的には,①公定歩合操作と②短期金融市場における金融調節である。

まず,公定歩合の操作はどのようにして実体経済に影響するだろうか。教科書的には,公定歩合の引下げは日本銀行からの借入金利の変化を通じて金融機関の調達コスト,ひいては,貸出金利等を変化させるという直接的な影響が考えられる。しかし,金融機関の総調達額に占める日本銀行からの借入金のウエイトは約1%とごくわずかなものである上,日銀貸出金の総額は短期金融市場の資金需給等を反映して決定されているため,公定歩合が低下しても日銀貸出金が増加するとは限らない。したがって,こうした波及効果はそれほど大きくないと考えられる。

むしろ,公定歩合操作は日本銀行の短期金融市場への政策スタンスを表すものとしてのアナウンス効果が大きい。日本銀行の政策意図が最も反映される無担保オーバーナイトレートは,公定歩合が引き下げられると,その直後に公定歩合の低下幅とほぼ同程度低下することが多い。

では,短期金融市場における金融調節についてはどうか。これも,教科書的にいえば,中央銀行がハイパワードマネー(準備預金+現金通貨)の供給量を操作し,これに通貨乗数を乗じた分マネーサプライが変動する,というルートが考えられる。しかし,現実には日本,アメリカ等の中央銀行は短期金利を操作変数として信用供与を受動的に調整している。日本銀行の場合は,無担保オーバーナイトレート等短期市場金利を操作目標とし,それからの金利裁定を通じて短期金利全体をコントロールしている。

具体的には,次のようになる。まず,日本銀行は,準備預金の積立期間を通じて市中金融機関が日銀に預ける準備預金の残高が所要準備額に事後的に一致するような形で信用の供与・吸収を行っている。この信用供与・吸収には,日々の変動や季節変動をなるべく相殺しようとする「受動的調節」と準備預金の積み進捗率(実際の準備預金残高の累計値が所要準備額の積数に対してどの程度のペースで積立られているかを示す比率)を調整する「積極的調節」とがある。例えば,日本銀行が短期市場金利を引き下げようとする場合には,資金不足に対する信用供与を多めに(または,資金余剰への信用吸収を少なめに)行うことによって準備預金の積み進捗率の経路を標準経路より進ませる。この結果,市中金融機関は余剰資金を短期金融市場に放出しようとするので,短期市場金利は低下することになる。ただし,積み進捗率を変化させても積立期間中に供給されるハイパワードマネーの量は事後的には同一となり,積立期間全体を通じて積極的調節を行うことは難しい。つまり,積み最終日では市中金融機関はいかなる金利水準であろうと所要の準備額を積む必要があることから,日本銀行は積み最終日のオーバーナイトレートに対し強い影響力を持ち,それを前提として目標とする金利水準についての見方をシグナルとして市場に送ることにより市場の金利期待を変化させ,オーバーナイト金利をコントロールしているということになる。このようにして決まる短期市場金利の動きは,将来の短期金利の予想等による裁定を通じて長期市場金利に影響を与えるとともに,付注1-9にもあるように各種金利に波及し,実体経済に影響を与えるのである。

そこで,金利機能を重視した金融政策と実物経済との関係をみるために,VAR(多変量自己回帰)モデルの分散分解を用いて,実物経済の代表的指標である鉱工業生産等とマネーサプライ(M1,M2+CD),長期金利(国債指標銘柄),短期金利(CD3か月物レート,オーバーナイトレート)といった金融関連指標との因果関係を見たのが第1-5-13表( 付注1-10参照)である。この分析手法は,ある変数の現在の値を予測する上で,その変数自身の過去の実績のほかに他の変数の過去の実績をつけ加えた方がよりよい予測が行われるかどうかを調べるもので,通常よりも緩やかな意味での統計的な因果関係を検討しようとするものである。以下では,ある変数の予測誤差の分散が他の変数に生じるショックの分散によってどの程度影響されるかを「影響力」という言葉で表現するが,これは通常の意味での直接的な因果関係を示すものではないことに留意する必要がある。

これによると,75年以降,鉱工業生産,有効求人倍率,機械受注に対するオーバーナイトレートの「影響力」は他の金融関連指標と比べても大きく(それぞれの変数の予測誤差の分散の約3~4割程度がオーバーナイトレートのショックの分散の影響を受けている),稼働率や雇用者数の場合もオーバーナイトレートはM2+CD,CD3か月物レートとほぼ同程度の「影響力」を持っている。つまり,実物経済関連指標に対するオーバーナイトレートの「影響力」は他のマネーサプライ,金利指標と比較してもかなり高い。このことは,日本銀行がこれまでもオーバーナイトレート等短期市場金利を操作起点とした金融政策を行ってきたことと整合的である。

今回のマネーサプライの低迷をめぐっては,日本銀行がハイパワードマネーを積極的にコントロールして,もっとマネーサプライを増加させるべきだ(または,マネーサプライが低迷しているのは,日銀がハイパワードマネーを積極的にコントロールしていないためだ)として,金融政策のあり方を批判する議論があった。しかし,上記の金融政策のフレームワークの下で考えると,ハイパワードマネーの裁量的な操作は準備金の過剰又は不足をもたらし,オーバーナイトレートの乱高下につながるため,必ずしも現実的な政策手段とはいえない。

一方,金利機能により日本銀行がマネーサプライに影響を及ぼすことは難しくなっている。これは,金利機能を通じる金融機関の貸出利ざやの変化が,貸出意欲に影響を与えるという効果が貸出金利の市場連動化等に伴い小さくなっているためである。しかし,一方では,金融自由化は預金金利の自由化,貸出金利の市場金利連動化により家計,企業の支出行動をより金利感応的にしてきており,これが金融政策の効果をむしろ高めているといえる。

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