第6節 今回の景気調整過程の特色

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本節の最後に述べるように,長く厳しかった今回の景気調整過程も,93年に入るとようやく最悪期を脱し,回復の兆しがうかがわれるようになってきた。本節では,今回の景気調整過程全体を振り返り,景気循環をめぐる種々の議論をレビューした上で,今回の景気調整の特徴を整理し,最後に景気の現局面をどう理解すべきかを示す。

1 景気循環をいかに把握するか

今回の景気調整過程では,景気循環をいかに把握すべきか,という点でも多くの議論があった。そのうちのいくつかを整理しておこう。

(景気動向指数によるアプローチ)

現実の経済が景気循環においてどのような段階にあるかをみるオーソドックスな方法として,まず,考えられるのが景気動向指数の活用である。

DI(景気動向指数,ディフュージョン・インデックス)は,採用された指標系列の変化方向を合成することにより景気の局面を把握しようとするものである。具体的には,各指標を3か月前と比較して増加した指標の割合を計算し,これが50%を上回れば景気拡張期,50%を下回れば景気後退期と判断される。しかし,月々の指数の動きはかなり振れが大きく,一時的な変動と景気拡張(後退)を区別するため,①景気拡張(後退)期間がある程度持続すること,②景気拡張(後退)が大半の部門に波及していること(つまり,DIが100%(0%)に近づくこと)を確認する必要がある。また,DIは基本的には景気の方向をみる指標であるが,実際に景気の拡張(後退)を判定するためには,③経済活動の水準の上昇(落ち込み)がある程度大きいことが必要である。このため,採用系列の変化率を合成したCI(コンポジット・インデックス)が作成されており,経済の水準変化の度合いをチェックすることができる。

今回の景気調整期におけるDIの動きをみると,91年前半については,公表された当時の一致指標では50%近くでジグザグするというわかりにくい動きをしたが,その後の指標系列の季節調整変更等により,現在の一致指数は91年6月以降50%を下回るようになり,その動きは92年中まで続いた。93年に入ってからは先行指数は1月から4か月連続して50%を上回り,一致指数も2月から3か月連続して50%を上回っている。

さて,日本の場合,過去の景気の転換点は,経済企画庁から「景気基準日付」として公表されているが,これは,上記のDIの一致指数の動きとともに,他の主要経済指標の動きや専門家の意見等を総合的に勘案して設定されるものである。「景気基準日付」の設定に用いられるDIはヒストリカルDIと呼ばれるものであり,個々の指標の山,谷を確定し,谷から山までをプラス,山から谷までをマイナスとした上で,プラスの指標の比率が50%を切った時点を景気の転換点とする。「景気基準日付」は,①ヒストリカルDIを作するためには十分な系列の長さが必要であること,②他の経済指標や専門家の意見も参考にした総合判断を行うこと,更には,③谷から谷の一循環を経て景気の山と谷が同時に設定されることが多いこと,などにより実際の転換点を過ぎてからある程度の時間の経過の後に設定されることが多い。

(時系列分析によるアプローチ)

経済活動の水準を最も包括的に捉えた指標としてはGDPの循環変動を抽出するという方法も考えられる。日本では経済の成長トレンドが強いため,多くの経済指標で水準自体が増減するのではなく,成長率自体が増減するといった「成長循環」を示す場合が多く,GDPも例外ではない。

そこで,実質GDPを使って景気循環をみるために,時系列分析に基づいて実質GDPのトレンドを計測し,トレンド除去後の循環部分の変動をみてみよう。ここでは二つの方法を示している。第一の方法は高度成長期と安定成長期に分け,線型トレンドを考えたものである。この場合(第1-6-1図①),循環部分の山,谷は必ずしも「景気基準日付」の山,谷と一致しているわけではないが(循環部分の谷が「景気基準日付」の谷に遅れる場合が多い),「景気基準日付」とおおむね類似した景気循環を確認することができる。最近の動きをみると,トレンドとのかい離は91年1~3月期にピークになった後,かい離幅は縮小し,92年4~6月期以降マイナスに転じている。

また,第二の方法として,トレンド自体が実物的ショック(サプライ・ショック等)の構造変化の影響を受け,確率的に変化する場合(ドリフト付きランダム・ウォーク)を考えると(第1-6-1図②),「景気基準日付」の山谷との対応は更に分かりにくくなるが,安定成長期以降,循環部分の変動が小幅化かつ短縮化されている。これは安定成長期以降,循環的とみられていた景気の動きの中にも,トレンドが変化するという意味での構造変化等に対応した動きが含まれている可能性を示唆している。

(GDPギャップと景気循環との関係)

次に,基準となる経済活動水準との関係で経済の現状を評価する方法の一つとして,GDPギャップを考えてみよう。これは,いわば経済全体の稼働率のようなものであり,基準となる「平均GDP」と現実のGDPのギャップをみたものである。平均GDPとしては,それぞれの時点における資本と労働が,過去における(ここでは,85年1~3月期以降をとった)平均的な割合で投入された場合(つまり平均的な,稼働率,失業率,所定外労働時間を仮定する)のGDPを考えている。

こうして計算された最近のGDPギャップの動きをみると(第1-6-2図,付注1-11),GDPギャップ比率は91年1~3月期にピークとなった後,急速に低下し,92年4~6月期にはマイナスに転じた。その後も92年10~12月期までマイナス幅の拡大が続いた。こうした点からも,①今回の景気調整は,経済の活動レベルがかなり高い状態から始まったこと,②その後の経済の減速テンポがかなり急速であったこと,などがわかる。

ただし,基準となるGDPの設定に関してはいくつかの方法が考えられ,上記の「平均GDP」に基づいたGDPギャップについても推計期間のとり方によって変わりうるものであり,ここでのGDPギャップの推計も十分幅を持って解釈する必要がある。したがってその数字を根拠にした「ギャップを政策的に埋めるべきである」という議論は適当とは考えられない。

(各需要項目間の波及関係)

GDPを更に需要項目別にみると,景気循環の流れの中でそれぞれの需要項目が相互に影響し合ったりする一方,経済全体の動きを主導したり,逆に経済全体の動きから影響を受けたりする。ここでは,まず,二大需要項目である個人消費,設備投資,それに経済全体の動きとしてGDPを選び,グレンジャーの因果性テスト(ある変数を予測する場合,その変数の現在及び過去の値で予測するよりも他の変数の現在及び過去の変数を加えて予測した方が優れているがどうかで因果性を判断するテスト,付注1-12参照)を行うことにより,この三つの変数の相互関係をみることにしよう(第1-6-3表①)。

これによると,高度成長期(57年~73年)においては,特に,設備投資→GDP,設備投資→個人消費という因果性が強いことがわかる。これは,高度成長期において,設備投資(特に建設投資)が景気循環を主導したことを示唆している。一方,安定成長期(74年~)以降は,高度成長期では有意でなかったGDP→設備投資の因果性が強くなっており,設備投資の動向がむしろ経済全体の変動からも影響を受けるようになっている。

安定成長期以降,経済全体の変動を主導するようになった需要項目としては,輸出が挙げられる。財貨・サービスの輸出(以下,輸出という)とGDPについて上記と同様の因果性テストを行うと(第1-6-3表①),輸出→GDPの因果性が,高度成長期では有意でなかったのが,安定成長期以降は有意となっている。そこで,GDP,設備投資,輸出の3変数によるVARモデルに基づき,分散分解を行うと(第1-6-3表②,分散分解については第5節参照),高度成長期から安定成長期に移行する中で,GDPに対しては,設備投資の「影響力」が低下する一方,輸出の「影響力」が高くなっている。また,設備投資についても,安定成長期以降,輸出の「影響力」が大きくなっている。したがって,安定成長期以降,平均してみれば,輸出が景気循環の先導的役目を果してきたと考えられる。

(景気循環における「方向」と「水準」の議論)

今回の景気調整過程では,景気を「方向」でみるか「水準」でみるかという点が議論になった。今回の景気調整のスタート時点での経済水準がかなり高かったため,特に初期の段階では,「水準としては過熱気味の状態が続いているが,方向としては下降している」という状態が現れた。このため,景気判断についても,成長率,雇用,企業収益等の経済指標の「水準」の高さを強調する見方と,これらの指標も変化方向としては低下しているという「方向」を強調する見方が対立したのである。

この議論を,上記の「景気循環をいかに把握するか」という点との関連でみると,景気動向指数は,変化の「方向」を重視する考え方に基づいている。一方,GDPのトレンドからのかい離やGDPギャップは,経済活動の「水準」を強調する考え方に近い。

しかし,景気循環の動きを総合的に判断していくためには「方向」か「水準」かという二者択一ではなく,両者をバランスよく勘案することが必要である。特に,過熱気味の高い成長が続いた状態から減速していく場合や,93年初のように,経済活動のレベルが低い状態から回復に向かい始めるような時期には,「方向」と「水準」を合わせた総合的な景気判断が求められるといえよう。

2 今回の景気調整過程の特色

今回の景気調整局面にはいくつかの特徴的な動きがみられた。

まず,今回の景気調整過程を過去の景気後退期と比較すると,第一次石油危機に次ぐ厳しいものだったと言えよう。需要,生産,雇用,資産価格について,これまでの景気後退期と比較してみると(付注1-13),経済活動水準の落ち込み幅,水準の低さが最も顕著なのは,第1次石油危機後の景気後退期であるが(失業率を除く),今回はほぼそれに次ぐものとなっている。ただ,今回は株価の下落幅は最も大きいが,雇用情勢については第2次石油危機後や「円高不況」時ほど厳しくないという違いがある。

以下では,今回の景気調整過程における特色として,まず,外生的要因による景気調整ではなく,自律的,内生的性格が強いということから①累積的なメカニズムが強く働いたこと,②物価が安定していたこと,更には,③バブル崩壊が重なったためその影響も大きかったこと,④非製造業の景気下支え効果が弱かったこと,という四つの側面について考える。

(景気の累積的メカニズム)

今回の景気調整過程のなかで,再確認されたことの一つは,景気には累積的メカニズムが作用するということである。

景気の累積的メカニズムとは,例えば,坂を転がると「雪ダルマ式」に加速度がついていく,また,種火を付けてもなかなか引火しないが,一度火がつくとまたたく間に広がっていくといったように,常に下降,上昇過程の初期に「予想を越えて」突き抜けていくメカニズムがあることを指す。今回の景気調整過程の初期においては持続的な適正成長経路にソフトランディングすることを期待する見方が一部にみられたが,経済には上方にも下方にも景気循環の累積的な力が働くとすれば,適正成長経路に移行して,その後はその適正成長経路をたどるという自然のメカニズムを考えることは難しい。

このような累積的メカニズムを生み出すものとして,ここでは,景気拡大,後退局面において各経済主体の行動に影響を与える「外部性」の存在を強調しておきたい。例えば,企業が投資を決定する場合,好況期では他の企業も同時に投資を行い,経済全体が拡大すると期待すると,自分の企業も投資を行うのが有利になるため,全員参加型の投資が行われやすい。一方,不況期では他の企業が投資を行わない可能性を考慮するため,当該企業が実施する投資に対する期待収益は小さくなる結果,誰も投資を行わなくなるという「囚人のジレンマ的状況」(各人が相手の行動を前提として最適化を図る結果,かえって最適な状態から離れてしまう現象)または,「ケインズ的協調の失敗」(各経済主体が協力すれば相互に利益を得ることができるのにそれぞれが利己的に行動する結果,マクロでみても非効率的な状況が発生すること)が起こりやすい。このように,景気循環における「外部性」を考慮すると,景気の累積的メカニズムは予想以上に大きいことがわかる。

(需給緩和の影響を受ける物価)

今回の景気調整局面における第二の特色は,物価が安定していたことである。

国内卸売物価指数は,91年度前年度比0.4%上昇から92年度同1.0%下落に転じ,消費者物価指数(総合)も91年度同2.8%上昇から92年度同1.6%上昇へと安定化に向かった。こうした物価の動きを長期的にみると,(第1-6-4図),特に,消費者物価については前回の円高の調整局面を除けば59年の「なべぞこ不況」時に匹敵する低い上昇率となっている。今回のように内生的な要因が働くことで需給が緩和し,それが物価動向にストレートに反映されるという状況は高度成長期の初期にまでさかのぼらないとみられない。

需給緩和が物価に与えた影響をみるため,卸売物価,消費者物価の変動を要因分解してみよう。まず,卸売物価(国内)を需給要因(稼働率),海外要因,賃金コスト要因(単位労働コスト)に分解してみると(第1-6-5図①,付注1-14参照),92年に入ってから賃金コスト要因のプラスの寄与が高まっているにも関わらず,需給緩和の要因,海外要因が卸売物価を引き下げる方向に働いている。次に,消費者物価の商品(生鮮食品,石油3品,出版物を除く)の動きを,卸売物価要因,賃金コスト要因,消費要因に分解してみると(第1-6-5図②),個人消費の低い伸びから消費要因が92年後半以降引き下げ要因として作用していることが分かる。

このように,これまでのところは需給緩和が物価を安定化させているが,今後景気が着実な回復過程に移行していけば,ある程度,需給引締まりへの動きが現れてくることが期待されるが,そこで,公共投資,住宅建設にみられる需要回復の動きを示す中で,建設資材の市況の動きがどのように推移しているかをみると,環境問題等で供給が制約されていた輸入木材等一部の品目を除いて軟化傾向が続いている。過去に大型の経済対策を行った77~78年,87年前後には,民間の建設工事受注額が本格的に回復する過程で初めて建設資材の市況が回復している(第1-6-6図)。今回の場合は,特に,オフィス・ビル等の民間建設受注額(非住宅)が大幅な減少を示していることが市況軟化の継続に影響していると考えられる。

(バブル崩壊の実体経済への影響)

今回の景気調整過程の第三の特色は,バブルの影響が多くの面に現れたことである。今回のように,株価,地価が経済の実勢からかい離して高騰し,その後下落するというバブルの発生と崩壊が起こり,それが経済に大きな影響を及ぼしたというのは,戦後初めての経験であった。そのため,その影響の見通しが非常に困難であった面があることは否定できない。ここでは,バブル崩壊の実体経済への影響に絞って考えてみよう(バブル崩壊の金融システムへの影響については,第2章参照)。

バブル崩壊の実体経済への影響については,これまでも①個人消費に対する逆資産効果,②資本コスト上昇を通ずる設備投資への影響,③資産取引を行う業種(不動産業,証券業)への直接的な影響などが指摘されてきた。こうして,バブルの影響を部分部分の積み重ねとして捕らえようとする考え方は景気循環的な要因とバブル崩壊の要因が並行して経済に影響を与えるという二分法的,部分均衡的な考え方だといえる。

しかし,バブルの崩壊で重要なことは,それが,家計部門や企業部門の経済主体の期待形成,マインドに影響を与えることにより,通常の循環的メカニズムや景気循環の持つ累積的性格を増幅させ,最終需要の低迷を強めたということである。つまり,バブルの崩壊と循環的な景気のメカニズムとが,相互に分かちがたく一体となって景気後退を深刻化させたものと考えられる。

それでは,なぜバブル崩壊が各経済主体のマインドを萎縮させるのだろうか。資産価格が高騰していた時,それがバブルであると認識されていたとすれば,最終的にはバブルは崩壊することもまた予想されていたはずだから,バブルの発生,崩壊がマインドに影響を及ぼすことはないはずである。むしろ,バブルと認識されていたとしても,企業部門では,各企業が他社との相対的パフォーマンスを重視する(いわゆる「横並び意識の強さ」)余り,自社だけがバブルのバンド・ワゴンに乗り遅れることのリスクを強く認識し,全員参加型で設備投資,資産取引・財テク,雇用を積極化させたと考えられる。また,家計部門においても,消費行動において他者の影響を受けるという「デモンストレーション効果」(第2節参照)が働いたこともあって,消費の「高級化・ブランド化」が過度に進んだ面があった。

しかし,こうした行動原理はバブル崩壊後に大きなツケを残すことになった。つまり,企業,家計ともにバブルの継続を前提として借入を行い金融機関も貸出を積極化させたため,負債が資産と両建てで増加するとともに,企業においては減価償却費,人件費等の固定費負担が高まることとなった(第3節参照)。バブルが継続する限り,負債や固定費の「両建」的な上昇は問題とはならないが,バブルが崩壊した途端に,瞬時にして高水準の負債,固定費負担はサステイナブル(持続可能)ではなくなってしまう。

こうして,バブルの崩壊は,あたかも「冷水」を浴びせるがごとく負債,固定費の急激な削減(つまり,バランスシート調整,リストラクチュアリング)の必要性を各経済主体に認識させることとなり,これが各経済主体のマインドを急速に萎縮・慎重化させたのである。企業のマインドの萎縮・慎重化の動きをみるために,今回の景気調整過程における製造業の業況判断DI(日本銀行「短期企業経済観測」)の動きを,過去の景気後退期と比較してみると(第1-6-7図),今回の場合は,落込み幅や落ち込む角度そのものは,過去に比べて特に大きいというわけではないが(第一次石油危機後には及ばないが,いざなぎ景気後の後退期よりは深く,やや急),予測と実績とのかい離という点では過去に例をみない大きさのものだったということがわかる。

こうして,一旦,マインドの萎縮が起きると,各経済主体の経済活動が抑制されるため,マクロの最終需要も低迷することになり,これが更に資産価格や各経済主体の心理にフィードバックして,「弱気」が「弱気」を呼ぶ,または,「予想の外れ」が「予想の外れ」を呼ぶという悪循環が生まれることになる。以上のように,循環的な要因とバブル崩壊の要因が重なり合うことにより,ストック調整,在庫調整の深まりと長期化,更には,民間の予想を上回る最終需要の低迷が引き起こされ,景気の調整過程は厳しいものになっていったのである。

(弱かった非製造業の景気下支え効果)

今回の景気調整過程における第四の特色は,通常は,景気を下支えする非製造業部門の経済活動が過去の景気後退期に比べて弱かったということである。

まず,生産,設備投資,業况判断,所定外労働時間について製造業と非製造業を比較してみると(第1-6-8図),過去の景気後退期には非製造業は製造業ほど低下せず,景気を下支えしていたが,今回の場合は,いずれについても非製造業の落ち込みが目立つ。その内訳を第三次産業活動指数の増加率に対する各業種別の寄与でみると(第1-6-9図),92年には金融・保険業,卸売・小売業・飲食店,サービス業などほぼ全業種にわたって寄与が大幅に低下している。

このように,広範な業種にわたって非製造業が低迷し,通常のような景気下支え効果を発揮できなかったのは,次のような理由による。

第一は,金融業,建設業,不動産業がバブル崩壊の直接的な影響を強く受けたことである。

第二は,個人消費の低い伸びが,特に,個人向けサービス業や小売業等の商業の低迷をもたらしていることである。産業連関表を使って個人消費の生産誘発係数を計測すると,製造業の0.50に対し非製造業では1.14と高く,業種別では,特に商業,不動産,対個人サービス,金融・保険,医療・保険等などの生産誘発係数が高くなっている(第1-6-10図)。

第三は,情報システム化の一巡である。コンピュータ・情報通信関連の技術革新が進むなかで,80年代後半には金融・保険業や卸・小売業で情報システム需要(オンラインシステム,POSシステム等)が急膨張し,ひいては,製造業に波及することによって,特に電気機械工業等の生産を活発化させた。そこで,コンピュータ・情報通信関連の技術革新による製造業と非製造業の相乗効果を確かめるため,電機機械工業生産と第三次産業活動指数の相関係数(四半期,前年比)を業種別にみると(第1-6-11図),近年は相関度合いがかつてよりも高まっており,特に,運輸・通信,卸売・小売業・飲食店,対事業所サービス業との相関係数が高くなっている。また,80年代後半には情報サービス業,リース業等の対事業所サービス業,通信業への需要も急拡大したが,その後の情報システム化の一巡やバブルの崩壊が,情報サービス業,対事業所サービス業の低迷を招いている。92年の対事業所サービスの活動指数は統計開始以来初めて前年比減少となり,中でも情報サービス業とリース業の落ち込みが大きい。

第四は,企業がリストラクチャリングの中で,いわゆる「3K消費」(交通費,交際費,広告費)を削減しているため,その関連業種が影響を受けていることである。

3 景気の現局面と今後の展望―着実な回復への条件

(景気の現局面の評価)

循環要因にバブル崩壊が重なり低迷を続けていた景気にも,93年に入ってから最悪期を脱し,回復に向けた動きが現れてきている。

第一に,需要面では,公共投資が引き続き堅調に推移している。特に,93年に入ってからは,92年に策定された「総合経済対策」の効果が本格化し始めたこともあって,公共投資の伸びは更に高まっている。

住宅建設にも回復の動きがみられる。93年に入ってからは,これまでの公庫を中心とした持家の回復に加え,分譲住宅についても販売面の好調さが着工に波及し始めてきている。

消費については,93年に入ってから一部の家電製品を中心に耐久消費財の需要が回復しつつあり,家計のストック調整が終わりかけている。

さらに,アメリカの景気回復,中国の高成長等により1~3月期には輸出がかなり増加した。

第二に,このような需要面の動きを受けて,生産面では1~3月期には出荷,生産が増加に転じ,在庫調整が順調に進展している。全体としての在庫調整は,ほぼ終了しつつあるとみられる。

第三に,金融面でも,株価が3~4月にかけてかなり上昇し,短期金利が低水準で安定する中で長期金利がやや上昇するなど,マーケットにおける景気回復期待を反映した動きがみられる。

ただ,こうした1~3月期の動きの中には,期末を控えての一時的な動きも影響しているものと考えられ,4~6月期にはやや反動的に生産・出荷が弱含む可能性がある。

(今後の展望ー着実な回復に向けての条件)

今後の経済動向については,93年後半からは回復への動きを示すものと考えられる。

回復が期待できるのは,経済の大きな流れとして,①在庫調整がほぼ終了しつつあること,②設備投資の減少が続いた結果,資本ストックの伸びが低くなってきており,ストック調整局面も近い将来一巡していくことが期待されることなど,循環的な要因が弱まっていることに加え,③資産価格の面から各経済主体のマインドが更に悪化するような状況ではなくなっていること,④これまでの金利引下げ措置の効果浸透に加え,景気に配慮した5年度予算,93年4月に決定された「総合的な経済対策」の効果が本格的に現れてくることが期待されることなどがあるからである。

ただし,当面の回復は,従来の回復局面と比べて緩やかなものとなる可能性があると考えられる。その理由としては,①依然として需要の大宗を占める消費と設備投資が低迷しており,それらの自律的回復力は弱いと考えられること,②資産デフレの後遺症としてのバランスシート調整は,景気の回復過程に入ってからも継続すること,などによる。

93年に入ってから経済を支えているのは公共投資と輸出という外生需要である。第2次石油危機後の36か月にわたる長い景気後退期の例もあるように外生的需要に依存した経済は不安定な成長経路をたどりがちであり,ダウンサイドリスクの存在は否定できない。また,93年2月以降の円高が経済の各面に及ぼす影響についても注視していく必要がある。こうした中で,今後の回復が持続的なものとなるか否かについては,在庫調整,ストック調整が終了していく中で,外生的需要から消費,設備投資などの内生的需要(民間需要)にうまく「需要のバトンタッチ」が行われるかどうかが大きな鍵となろう。

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