第4節 景気低迷を反映した動きが続く雇用情勢
92年度以降の雇用情勢には,景気の長期低迷の影響が徐々に浸透しつつある。所定外労働時間はすでに91年初から大幅に減少しつつあったが,続いて有効求人倍率が91年3月の1.46倍をピークに低下傾向を続けており,雇用者数の伸びも92年度には鈍化した(第1-4-1図)。
以下では,まず規模別・業種別に雇用情勢を概観したあと,製造業を中心に今回の雇用調整の進展を考察する。
1 雇用の動向と雇用調整の動き
(規模別・業種別雇用情勢)
91~92年の雇用情勢を規模別・業種別にみると,規模別では中小企業よりも大企業が,業種別では非製造業よりも製造業が厳しいものとなっている。
まず,労働力需給を雇用人員判断DIでみると(第1-4-2図),製造業,非製造業ともに90年から91年にかけては,70年代までの高度成長期に匹敵する不足感がみられたが,92年以降不足感が急速に後退し,①主要企業・製造業(92年8月),②主要企業・非製造業(92年11月),③中小企業・製造業(93年2月)の順に「過剰」超に転じ,その後も過剰超幅が拡大している。一方,中小企業・非製造業は不足感が後退してはいるものの,依然「不足」超の状態が続いている。
また,常用雇用の動きをみると(第1-4-3図),産業計(事業所規模30人以上)では,91年に景気調整過程入りした後,92年には伸びが鈍化したものの過去の景気後退期と比べると相対的に高い伸びとなっている(91年3.2%,92年2.2%)。これは,製造業の伸びが低下したものの,相対的に人手不足感の高かった非製造業の伸びが安定成長期としては高かったためである。この非製造業を更に業種別に分けてみると,バブルの影響を強く受けた不動産業や金融・保険業などの業種では,92年半ばから前年比で減少に転じているが,建設業,卸売・小売業,飲食店,サービス業等は堅調な伸びとなっている。
以上のように,労働力需給全体が緩和している中で,これまで十分人手を確保できなかった中小企業・非製造業が,中・長期的な労働力供給制約をもにらんで雇用者数をできるだけ確保しようとしていることなどによるものと考えられる。
(労働時間の削減を中心に進んだ製造業の雇用調整)
今回の景気調整過程では,製造業・大企業を中心に雇用調整が進んでいる。そこで,以下では主に製造業を対象として,雇用調整の姿をみていくこととする。
景気後退期に雇用調整が行われる場合,所定外労働時間の削減→中途採用や新規学卒者の採用の削減→雇用者の配置転換・出向→希望退職者の募集・解雇という順に進んでいくことが多い。まず最初に所定外労働時間を削減するのは,短期的な景気変動に対し,雇用者数を変動させることが,企業にとっての広い意味でのコストを増加させるからである。そのコストとしては,①労働者の採用・解雇に伴うコストが増加すること,②すでに教育訓練に投資した分のコストを回収できなくなること,③雇用者のモラール(勤労意欲)が低下し,円満な労使関係や新規採用者等に対する企業のイメージを損なうことなどがある。
まず,景気循環に応じてかなり敏感に動く所定外労働時間(いわゆる残業時間,製造業)からみよう。今回の景気循環局面において,所定外労働時間は,88~90年を通じて高水準横ばいを続けたが,91年初から93年初まで大幅に減少し,レベルとしても相当低くなっている(前出第1-4-1図)。ただし,今回の所定外労働時間の大幅減少は,短期的な景気変動だけでなく,長期的な視点からの企業の時短努力も影響していると考えられることに留意する必要がある。また,新規求人数(製造業)も91年初をピークに減少を続けている。このように,過去の景気後退期と比較しても,所定外労働時間,新規求人の削減による調整は今回も早くから行われてきてた。
次に,雇用者数への影響をみよう。第1-4-4図は製造業の所定外労働時間と常用雇用の伸びの関係をみたものである。景気の後退から回復にかけての所定外労働時間と雇用者数の動きをみると,所定外労働時間の減少→雇用者数の減少→所定外労働時間の増加→雇用者数の増加という経路をとるため,左回りに回転する循環図が描かれる。今回の景気調整期においてもも91年に入ってから前年に比し所定外労働時間が減少し始めるとともに,常用雇用の伸びも低下し,図の第2象限に入っている。今回の場合,グラフ上の第2象限を通過するのに要した期間は9四半期であり,過去の景気後退期に比べても長いものになっている。つまり,今回の場合は,景気低迷の影響が雇用者数に及ぶまでのラグが長かったことが一つの特徴だったといえる。
それでは,このラグが長かったのはなぜだったのか。その第一の理由は,今回の場合は,雇用者数よりも主として労働時間によって雇用調整が行われてきた点に求められる。この点をみるために,景気後退局面における労働投入量(製造業)の減少を,労働時間要因と雇用者数要因に分解してみたのが第1-4-5図である。これをみると,①今回の景気調整過程における労働投入量の減少は,安定成長期以降では最も大きかったこと,②この労働投入量減少の多くは,労働時間の減少によるものであり,特に所定外労働時間の減少の寄与が大きかったことが分かる。
同様に,製造業の雇用調整を労働省「労働経済動向調査」の雇用調整実施事業所割合でみると,92年10~12月期には39%の企業が何らかの雇用調整を実施しており,「円高不況」期に匹敵する高い水準となっているが,その内容は,残業規制・休日の増加等(36%),パートタイム労働者の解雇等(5%),中途採用の削減・停止(15%),配置転換・出向(16%)が中心となっている。「円高不況」期と比較しても,残業規制や休日の増加等の割合が高く,一時休業(1%),希望退職者の募集・解雇(1%)などの厳しい雇用調整の割合は相対的に低い水準に止まっている(複数回答,一部単純合計によって項目数整理)。
雇用調整の現状については,93年初には,これまで大幅な減少を続けてきた所定外労働時間が下げ止まる動きを示しており,今後は,労働時間減少の寄与が次第に小さくなることが考えられる。ただその場合でも,過去の景気後退期では,雇用者数は全体としての景気の動きにかなり遅れて変化するため,景気の谷を越えてからむしろ雇用者数の減少幅が大きくなることが多い点には注意が必要である( 前出,第1-4-5図)。
(製造業における「雇用保蔵」)
雇用者数の調整に至るまでのラグが従来よりも長かった第二の理由は,経済が比較的高い活動水準から減速し景気調整過程に入ったため,大企業を中心に雇用をある程度維持するための企業体力(内部蓄積等)があったことである。
この点を,企業の「雇用保蔵」(labour hoarding)という観点から検討してみよう。企業が雇用者数での調整をできるだけ避けようとすると,労働時間とともに「労働密度」(単位時間当たりの労働者の稼働状況)が変化することが考えられる。景気上昇期には「労働密度」が上昇し,後退期には逆に下降する。この景気後退期における「労働密度」の低下の多くが「雇用保蔵」であると考えることができる。
ここでは,製造業における「雇用保蔵」の大きさを試算するために,労働生産性の動きに着目する。労働生産性は好況時には相対的に上昇率が高まり,不況時には上昇率が低下するという循環的な変動を示す(第1-4-6図 )。これには様々な要因が影響しているが,ここでは,これを三つの要因で説明する。第一が設備の稼働率の変動であり(稼働率が高まれば労働生産性も高まる),第二がタイムトレンドであり(労働生産性は,技術進歩などにより傾向的に上昇している),第三が,「労働密度」である。こうした前提の下に,結果的に実現した労働生産性から,資本の稼働率の影響とタイムトレンドの影響を除去した残差が「労働密度」の変化による影響と考え,その変動をみたのが第1-4-6図(付注1-3)である。これによると,92年以降,労働生産性がトレンドを下回った部分の多くは,「雇用保蔵」によるものと考えられ,その大きさは過去の景気後退期の水準を上回るものとなっている。もちろん,ここで示した「労働密度」による変化の影響のなかには他の種々の影響が含まれている可能性もあり,この試算は十分幅を持ってみる必要がある。また,「雇用保蔵」そのものは,あくまでも,景気循環の中で通常観察される企業の合理的な行動であり,これを失業予備軍という意味合いの強い「企業内失業」と解釈するのは必ずしも適当ではない。
(製造業におけるホワイトカラーの過剰感)
今回の雇用調整におけるもう一つの特徴は,管理労働者,事務労働者(ホワイトカラー)についての雇用過剰感が強いことである。
製造業について,職種別に労働者の過不足状況をみると(第1-4-7図),管理労働者,事務労働者が他の部門に先駆けて92年半ば以降「過剰」に転じ,93年初には,その「過剰」超幅がかなり高水準となっている。これを更に企業規模別にみると,規模が大きい程,過剰感が強い。したがって,これまでのところ過剰感の高い業種は製造業であり,その中で管理労働者,事務労働者の過剰感が最も高く,その傾向は大企業ほど大きいと考えられる。
その背景をみるために,生産労働者と管理・事務・技術労働者の賃金の伸びを規模別にみると,管理・事務・技術労働者については大企業の賃金の伸びがかなり高いことが分かる(第1-4-8表)。さらに,賃金の伸びを労働者数,年齢構成,年齢別賃金という三つの要因に分解してみると,大企業の管理・事務・技術労働者の賃金の伸びが高かったのは,主に労働者数の高い伸びによるものであることが分かる。年齢構成要因の寄与は総じて小さいものの,管理・事務・技術労働者についてはやや大きくなっている。80年代後半に大企業の管理・事務・技術労働者の雇用が高い伸びを示したことが,人件費負担を高め,今になってホワイトカラー労働者の過剰感を相対的に高めているものと考えられる。
2 失業率の動向
近年の失業率の動きをみると,完全失業率は80年代を通じて徐々に上昇し,87年半ばには3.0%を越える水準となった後は,低下傾向に転じ,90年から92年にかけては2.0~2.2%と安定成長期以降としては低水準となっていたが,92年末から93年にかけて上昇に転じる動きがみられる。こうした失業率の変動の背景を考えてみよう。
(失業のU-V分析)
失業率は,景気循環的な要因と構造的な要因が重なり合って変動する。
失業の構造的な要因を分析する際に,しばしば使われるのは失業と未充足求人との関係を捉えたU-V分析である。未充足求人率と失業率の間には,前者が高まれば,後者が低くなる(企業が人手不足であれば失業率は低い)という負の相関関係があり,縦軸を失業率,横軸を未充足求人率として両者の関係をプロットすると,右下がりのU-V曲線を描くことができる。労働市場における構造的な変化は,このU-V曲線のシフトとして現れる。例えば,労働力移動の高まり,労働力需給のミスマッチの増加,職探し(ジョブ・サーチ)の効率性の低下などがあると,未充足求人率は同じでも失業率は高まるため,U-V曲線は上方にシフトする。
実際にこのU-V曲線を描いてみたのが第1-4-9図(付注1-4)である。これをみると,67~77年と87~90年の二つの時期で比較的安定的なU-V曲線を描くことができる。また,80年代前半を通じてU-V曲線が上方シフトしていることから,この時期の失業率の上昇は労働市場の構造的要因による面が大きかったと考えられる。一方,87年後半からは失業率と未充足求人率の組み合わせは上方シフトしたU-V曲線の周辺を時計回りに動いており,循環的な要因で失業率が低下したことが分かる。
さらに,U-V曲線が45度線と交差する点を均衡失業率(労働市場で超過需要(未充足求人)と超過供給(失業)が一致し,労働力需給が総量として均衡している状態における失業率,就業者ベース)と考え,その推移を実際の完全失業率と比べてみると( 第1-4-10図),80年代前半の完全失業率上昇の約三分の一が均衡失業率の上昇によって説明できるが,その後の失業率低下への寄与はわずかとなっている。92年末以降の失業率の上昇については,均衡失業率が上昇していないことを考えると,構造的要因よりも循環的要因,すなわち景気低迷の影響が強いものと考えられる。
(女子労働力フローの失業率への影響)
失業率の動きを男女別に分けてみると,最近失業率が緩やかに上昇しているのは(92年6月2.1%→93年3月2.3%),主に女子の失業率の上昇によっている(同期間で男子2.1%→2.2%,女子2.1%→2.6%)。そこで,女子の労働力のフローの動きが失業率にどのようなインパクトを与えているかを考えてみよう。
第1-4-11図は,女子の労働力のフローを,「非労働力→失業」,「失業→就業」,「失業→非労働力」,「就業→失業」という四つに分けてその変化を示したものである。これによれば,90年半ば以降,「就業→失業」(働いていた人が失業する)という変化が増加傾向にある中で,「失業→就業」(失業していた人が職を得る)の減少が明確になり,失業者が増加しやすい状況になっていたことがわかる。他方,90年半ばから91年にかけては「失業→非労働力」(失業状態にあった人が,職探しをやめてしまう)も増加しており,これが失業者の増加を防いでいたことが分かる。景気後退期における女子の非労働力化(例えば,主婦がパートの口がなくなると,家庭に戻る)は過去においてもしばしばみられたことであるが,今回もそれが失業率が比較的落ち着いていた一因となっていたものと考えられる。