平成15年度

年次経済財政報告

(経済財政政策担当大臣報告)

−改革なくして成長なしIII−

平成15年10月

内閣府


目次][][][年次リスト

第3節 企業の再構築

1 企業部門の課題

●企業リストラの動向
 90年代以降、我が国が長期経済低迷を続けてきた背景には、企業の過剰債務と低収益性があると考えられる。そこで、まず、企業部門における過剰債務削減や収益力向上の進捗状況を確認するために、90年代後半以降の全産業の「有形固定資産回転率(売上高/有形固定資産)」や「損益分岐点比率」、「有利子負債/キャッシュフロー比率」をみておこう。有形固定資産回転率の上昇は、設備等の有形固定資産の収益力が高まっていることを示す。また、損益分岐点比率の低下は、人件費を含む固定費の削減等によって、企業の採算ラインとなる売上高が低下して利益が出やすくなっていることを示す。有利子負債/キャッシュフロー比率の低下は、企業業績からみて負債返済が進んでいることを示す(29)。(第2−3−1図(1))。
 これらの特徴をまとめると次のとおりである。
 第1に、有形固定資産回転率は、90年代後半に大きく低下したが、99年度以降、やや持ち直している。こうした持ち直しは、設備投資が抑制されるとともに、製造業の設備除却等によって有形固定資産が減少していることが影響しているものと考えられる。他方、損益分岐点比率は、90年代後半以降、順調に低下している。これは、売上高の減少が比率を引き上げる方向に働いている一方で、その効果を上回る固定費の削減が続いているためである。
 第2に、96年度以降、有利子負債/キャッシュフロー比率が低下している。負債返済、キャッシュフローは、ともに比率の低下に寄与しているが、特に99年度以降における負債返済の寄与が大きい。このことは、過剰債務の返済が進んでいることを示している。しかし、バランスシート調整の進展という観点からみると、業種によって進展度には差がみられる。例えば、時価換算後の自己資本比率の動向をみると、製造業では大企業も中小企業も80年代前半の水準と同程度か、それを上回るところまで改善している(第2−3−1図(2))。しかし、非製造業では概して悪化している。特に不動産、建設、卸小売の3業種や中小企業は大幅な悪化となっている。こうしたことは、非製造業には、まだバランスシート調整という課題が残っていることを示している(30)
 このように、企業部門全体としては、売上高が減少するなかで、投資を抑制し、採算ラインの売上高を引き下げるとともに、過剰債務を削減し、バランスシート調整を進める努力が払われてきたことが分かる。しかし、建設、不動産、卸小売の3業種や非製造業中小企業は、特にバランスシート調整の面でまだ大きな課題を残している。

●企業部門の課題

 過剰債務の削減のためには、大きく分けて企業整理と事業再生の方法があるが、事業資産の散逸を回避するためには、事業再生が重要な課題となってくる。また、収益性を高めるためには、単なる企業再建を超え、M&A等を活用しながら、新しい環境に迅速に対応する努力が必要となってくる。
 こうした点を踏まえ、我が国企業部門が現在当面する課題としては、(i)過剰債務企業の事業再生と、(ii)企業価値を向上させるための努力の強化、が挙げられる。
 以下では、まず、過剰債務企業の事業再生の課題について論じる。そこでは、従来型のメインバンクによる企業救済機能が低下していることから、メインバンクに代わる早期事業再生のメカニズムが重要になっていることを示す。次に、過剰債務企業の事業再生について私的整理の現状を検証するとともに、公的枠組みによる事業再生に関する海外の事例を紹介する。最後に、企業の収益力の強化という課題について、我が国企業部門を取り巻く環境の変化について述べた後、収益性向上に向けた具体的な企業努力としてM&A(合併・買収等)を取り上げて分析する。


2 過剰債務企業の事業再生

(1)メインバンクの企業救済機能の低下

●経常利益安定化機能の変化

 これまで、メインバンク制の下では、借手企業が経営困難に陥った場合、長期取引関係によって蓄積された経営情報に基づいて、まず、メインバンクが一時的な財務危機か再生不可能な状態かを見極めてきた。そして、(i)一時的な財務危機と判断した場合には、利払費用の軽減や債権放棄等の金融支援による再建を行い、(ii)再生不可能と判断した場合には、清算処理にあたって債権者間の調停役を担うという、二段階での調整機能を発揮してきた。
 しかし、近年、不良債権問題等により、金融機関のリスク許容力が低下してきた。これに伴ってメインバンクの機能も変化しているものと考えられる。そこで、過去、メインバンクが利払費用を軽減することによって企業の経常利益を安定化させてきた機能(収支安定化機能)に着目し(31)、90年代の前後半で、この機能がどのように変化したかについて、上場企業を対象にクロスセクション分析を行った(付注2−2)。
 結果は以下のとおりである。
 第1に、通常の企業(負債比率が業種平均以上の「負債増加企業」や、営業利益で利払費用が返済できない「収益悪化企業」を除く)に対しては、90年代の前後半の両期間ともに、メインバンクを含む金融機関全体で収支安定化の役割を担っていた。これに対して、メインバンクは特別な役割を果たしていない。
 第2に、負債が増加している企業(ストックの財務悪化企業)に対するメインバンクの収支安定化機能は、90年代前半と後半で変化がみられた。90年代前半は、負債増加企業を一律にその対象としていた。しかし、90年代後半は、負債増加企業の中でも、業績の良好な企業のみが対象となった。つまり、過去の投資の失敗により負債を多く抱えるものの、本業の収益が良好な企業を選別して、メインバンクは収支安定化を行うようになった。
 第3に、収益が悪化している企業(フローの財務悪化企業)に対しては、90年代前半には、メインバンクが収支安定化を果たしていたが、90年代後半にはその機能がみられなくなった(32)。収益悪化企業に対するメインバンクのサポートがみられなくなったことは、90年代後半に不況型倒産が顕著に増大してきたこととも符合している。
 このように、90年代後半には、金融機関全体のリスク許容力が低下するなかで、メインバンクはそれまでのように幅広く収支安定機能を提供することをやめ、ストック面では過剰債務を抱えるがフロー面では業績の良好な企業に対して、経常利益の安定化機能を集中させていったと考えられる。
 また、このようななかで、金融機関からの借入比率をみると、90年代前半から後半にかけて、製造業を除いて、金融機関全体からの借入依存度が高まる一方、メインバンクへの借入依存度(メインバンク融資額/金融機関借入額)が上昇しており、いわゆる「メイン寄せ」が進展している(第2−3−2図)。

●整理を必要とする企業

 以上の分析で利用した1990年代後半に存在した上場企業2,141社のサンプルのうち、「負債増加企業」かつ「収益悪化企業」に該当する企業は227社(11%)であった。これらの企業については、90年代後半に、メインバンクの収支安定化機能がみられなくなったことから、基本的に企業整理が必要になったグループと解釈できる(第2−3−3表)。実際、2003年6月時点で、このグループに属する企業の42%(95件)が、法的整理(35件)、合併・子会社化・上場廃止等(32件)、再建中・財務悪化・債務免除等(28件)の対象となっている。
 また、90年代後半にもメインバンクが収支安定機能を提供していた「負債増加企業」かつ「収益良好企業」に該当する企業は783社(37%)であったが、そのうちの11%(83件)が、2003年6月時点で、法的整理(30社)、私的整理(17社)、合併・子会社化等(36社)の対象となっている。
 そこで、「負債増加企業」かつ「収益悪化企業」の全体(227社)と、「負債増加企業」かつ「収益良好企業」のうち既に企業整理等に入っている企業(83社)を合わせると310社となる。これは、サンプル企業の約15%弱を占める。このグループを事業再生を含む企業整理等が必要な企業とみなせば、このうち、既に企業整理等に入っている178社を除く、残りの132社(サンプル企業の約6%)が早期に事業再生等が図られるべきグループと考えることができる。こうした企業については、債権者である金融機関や債務者企業の双方に対して、早期に事業再生を図るようなインセンティブを与えることがより重要になっていると考えられる。
 それでは、このように、本業の収益は良好だが過剰債務を抱えており、債権放棄等の金融支援を必要とするような企業については、どのような整理が行われているのだろうか。そこで、次に、メインバンク主導型の私的整理の状況についてみることにしよう。

(2)私的整理の現状と課題
●企業整理の形態
 企業整理は、その機能によって、会社の全財産を処分し、負債返済に充てて会社を消滅させる「清算型」と、更生・再建計画において不採算部門の売却や人員削減等を行う「再建型」とに分類される(第2−3−4図)。
 以下では、再建型企業整理のうち、主に私的整理の持つ意味合いについて考えるとともに、従来のメインバンクの利害調整機能を補完する取組や制度の整備状況を概観してみよう。

●私的整理の意義と限界

 民事再生法や会社更生法等に基づく法的整理で再建を目指す場合、ブランド・イメージの劣化や商品供給力の低下等によって債務者の事業基盤が著しく毀損する場合がある。そこで、法的整理に追い込まれる前に処理を迅速に行うために、債権放棄等によって、私的整理の枠組みを利用することが重要となる。これによって、事業資産の散逸を回避し、事業再生を図ることができる。
 ただし、私的整理においても、再建型処理の対象となるためには一定の条件を満たす必要がある。すなわち、(i)当該企業による事業継続に対して市場価値が存在すること、(ii)企業の再建を図ることが債権者にとって経済合理性があること、である。また、事業再生の対象となる企業には、合理的な再建計画の策定が求められる。
 また、企業の再建を図る上では、金融機関の債権放棄によって債務を十分に圧縮することが重要である。その上で、債務を株式に転換するデット・エクイティ・スワップを活用して資本増強を図るとともに、その株式保有者に再建の成果を還元する機会を提供すること等が考えられる。
 他方、法的整理に対する私的整理の主たるデメリットとしては、(i)債権者にとって私的整理を行う経済合理性や再建計画の妥当性を担保する手続が明確でない、(ii)弁済禁止等の保全措置がなく、債権者の担保権行使に対する対抗措置が具備されていない、(iii)私的整理は法的拘束力を持たないため、多数決によって再建計画に同意しない債権者の権利を変更することはできない(33)、といったことが挙げられる。

●私的整理の枠組みの整備

 2001年4月の「緊急経済対策」では、以上のような私的整理のデメリットを軽減するため、私的整理における債権放棄に関する原則を確立し、債権者間の調整手続の透明性を高めることによって企業再建の円滑化を図ることとされた。この結果、同年9月に、政府の働きかけで、金融界・産業界の代表により「私的整理に関するガイドライン(以下「ガイドライン」という。)」が作成された(第2−3−5表)。
 もちろん、債権放棄を含む私的整理が全て「ガイドライン」に沿って実施されることを義務づけられているわけではない。むしろ、「ガイドライン」によらない債権放棄が多く実施されている。2001年9月に作成された後、「ガイドライン」の利用は、2003年8月末までに手続中のものを含め10件にとどまっている。
 この背景には、(i)株主責任や経営責任等に関する再建計画案の要件が厳格なために、「ガイドライン」を債務者企業に採用させるインセンティブに欠けていた面が考えられる(34)。また、(ii)実際の具体的な利害調整が、主にメインバンクに依存しているということも関係があると考えられる。なぜなら、メインバンクによる債権者間の利害調整機能が低下している場合には、私的整理での処理が困難になるといった状況が起こり得るためである。この場合、債務者企業に対する事業再生の着手が遅れることにより、当該企業の事業価値が次第に劣化し、再生可能な企業も再生不可能な状態に陥ってしまう危険性がある。
 こうしたことから、2003年2月に経済産業省が公表した「早期事業再生ガイドライン」では、経営者がより主体的に適切な再建計画を作成するとともに、少額債権者の全額弁済を確保した上で、主要債権者との間での合意形成を目指し、一部債権者の反対により合意が得られない場合は法的整理に持ち込むという、プレパッケージ型事業再生を促進するような取組が提唱されている。
 また、後述するような投資ファンドの一角を占める企業再生ファンドや、整理回収機構(RCC)における企業再生業務、2003年5月に発足した産業再生機構等も、このようなメインバンクによる利害調整機能の低下に対して効果を発揮することが期待されている。

●債権放棄企業の特徴

 それでは、私的整理の現状と債権放棄を受けた企業の特徴をみてみよう。
 2000年度から2003年度5月までに債権放棄を行った192社の企業サンプルをみると、債権放棄を受けた企業については、次のような特徴がみられる。
 第1に、会社規模別にみると、2000年度以降の債権放棄は、大企業(資本金10億円以上)と中堅企業(資本金1〜10億円)に集中しており、中小企業(資本金1億円未満)は若干にとどまっている(第2−3−6図(1))。
 第2に、債権放棄のパターンは、(i)親会社から子会社、(ii)金融機関から系列会社、(iii)金融機関から融資先等、(iv)その他、に分類される。会社規模別に債権放棄パターンの特徴をみると、大企業では金融機関による債権放棄が半数近くみられる一方、中堅企業ではその割合が二割程度に低下し、代わりに大企業である親会社からの債務免除を受けるケースが半数以上を占めている(35)第2−3−6図(2))。
 第3に、安易な債権放棄が行われていないかどうかを確認するため、民間調査機関の企業評点を用いて(36)、2000年に債権放棄を受けた企業の債権放棄前の評価と債権放棄パターンや会社規模との関係をみる。これによると、金融機関が債権放棄を行った企業の評価が相対的に高く、会社規模別では大企業の評価が中堅企業よりも高い(37)第2−3−7図(1))。
 第4に、2001年度以降、金融機関から債権放棄を受けた大企業の当期利益は大幅にマイナスとなっているケースが増えている(第2−3−7図(2))。この理由は、大型の私的整理では、(i)企業に資産の劣化等を特別損失として計上させるなど、金融機関が持ち出す債権放棄の条件が厳しくなっていること、(ii)先述した「ガイドライン」の策定等を通じて、安易な債権放棄に対する市場の監視が強まったこと、等が考えられる。
 第5に、金融機関から債権放棄を受けた大企業について、債権放棄額と人員減少数(1999年度から直近決算期までの累積減少数)との関係をみると、債権放棄の金額が大きくなるに従って人員減少数も増えており、相対的に厳しい人員リストラが行われているという状況が伺える(38)第2−3−7図(3))。
 以上から、金融機関の債権放棄は、(i)大企業が中心であり、中小企業等の債権放棄と比べて債権放棄前の企業評点の高い企業が多い、(ii)企業に対して多額の特別損失の計上や人員リストラの増加等を求めている、ということが分かる。したがって、サンプル数は限定されるものの、この期間について、金融機関は、処理の先送りのために安易な債権放棄を行っているとは必ずしもいえない。
 他方、先にみたように、事業再生を図るべき企業がいまだに再建型整理のプロセスに入っていない可能性もある。したがって、再建可能な企業を厳格に選別し、再建型私的整理に適した企業に対して債権者間の利害調整を図ることによって早期に事業再生を図っていくことが重要である。また、その際には、企業再生ファンドに対する政策投資銀行による出資や、整理回収機構(RCC)における企業再生業務、産業再生機構といった政府が用意した企業再生の枠組みを活用することも重要である。そこで、次に、公的枠組みを利用した企業再生についてみておこう。


3 公的枠組みによる事業再生

(1)産業再生機構の役割
 産業再生機構(以下「機構」という。)は、金融と産業の一体的な再生を目指し、金融機関等から債権を買い取り、企業の再建を支援すること等を目的として、2003年5月8日から正式に業務を開始した。
 産業再生機構による事業再生の手順は次のとおりである。まず、事業再生の支援を機構に申請する事業者は、メインバンク等と連名で事業再生計画を添付して行わなければならない。次に、申請された案件が再生可能性の高い事業と認められる場合には、機構内に置かれる産業再生委員会において支援の決定が行われる。支援が決定された場合、機構はメインバンク以外の対象債権者に対し、(i)債権買取りの申込み、(ii)事業再生計画に対する同意、のいずれかの回答を一定期間内(支援決定より最長3月以内)に行うよう求める。この間、関係金融機関等による債権回収などの権利行使が事業再生に支障をきたすと認められる場合、資産保全措置として「一時停止」を要請することができる。
 機構の主な買取対象は、(i)金融機関の要管理先等に区分される貸出債権、(ii)金融機関等が保有する社債、であり、その財源として10兆円の資金枠が用意されている。機構は、2005年3月末までに短期かつ集中的に買取りを実施し、取得した債権については、買取り決定後、必要に応じ、貸付、債務保証、出資等を行うことにより事業再生に努め、原則として3年以内に譲渡等の処分を行う。機構の存続期間は5年間である。
 産業再生機構の仕組みを使う主なメリットは、「当事者間だけでは調整が困難な金融機関等の利害を中立的な立場で調整することにより、債権の集約化が容易となる」という点にある(39)。このアプローチの特徴は、メインバンク等が機構に持ち込んだ案件に対して、機構が再生可能と認定し、支援を決定した場合、非メイン等の一般債権者等に対して、再生計画に同意するか、機構に対して債権買取りを申請するかの回答を、期限を区切って求める点にある。債権者が分散している場合、主要債権者が他の債権者に債権放棄を要求しても、個々の債権者は、自分が債権を減らさなくても、他の債権者が債権を放棄することで企業が継続されると考えるケースが起こり得る。私的整理の手続の中では、債権価値の上昇を期待して一部債権放棄に応じない債権者を排除することは困難であるため、株式会社ではあるが、公的性格を有する機構が関与することにより、権利関係の調整が迅速に進むという効果が期待される。

(2)海外における事例
●北欧やアジア諸国の試み
 我が国の産業再生機構と同様の公的な資産管理会社の事例は海外でもみられた(第2−3−8表)。
 アメリカでは、80年代末に発生したS&L危機に際して、整理信託公社(RTC、Resolution and Trust Corporation)が設立され、金融機関が抱える不良資産の売却処分を推進したのに対して、スウェーデン、フィンランドといった北欧諸国や、韓国等のアジア通貨危機に見舞われた諸国では、政府が金融機関から不良債権を買い取るのにとどまらず、更に踏み込んで、債務超過企業の事業再生に積極的に取り組んだ上で、取得した資産の売却等により債権回収に努めた。これらの国々では、金融機関から不良債権を買い取る資産管理会社(AMC、Asset Management Company)を政府主導で設立し、金融機関のバランスシートを回復させるとともに、債務超過企業の事業再生を進めた。政府が債権回収にあたり、債務超過企業の事業再生に積極的に取り組んだ北欧やアジア諸国の事例は、事業再生の先例と考えられる(40)
 北欧やアジア諸国の政府が、こうした対応にまで踏み込んだ背景は以下のとおりである。
 第1に、北欧・アジア諸国の金融危機が深刻であったことが挙げられる。不良債権を売却処分するためには買手が必要となる。しかし、金融危機により、総じて経済主体のリスク許容力が低下している場合には、売却処分を進めること自体が困難であった。
 アメリカのRTCをモデルとしてKAMCO(Korea Asset Management Corporation)を設立した韓国では、当初、不良債権を早期に処分する方針を掲げていたが、後に企業再生機能の強化を図ることになった。また、北欧・アジア諸国のようにシステミックな金融危機に見舞われた国々では、担保不動産を大規模に売却処分することによって、デフレ圧力がさらに高まる可能性が懸念された。スウェーデンは、不良債権処理のためにセキュラム(Securum)という機構を設置したが、セキュラムの使命は、単なる不良債権売却にとどまらず、「投売り」を防止し、資産価格市場の安定化を図ることにもあった。
 第2に、民間セクターにおいて、事業再生の知識・経験の蓄積が不足していたことが挙げられる。このため、北欧やアジア諸国では、不良債権問題を迅速に解決するための手段として、公的な資産管理会社が設立されたほか、政府主導で私的整理ガイドラインも整備された(41)

●事業再生成功の条件

 それでは、こうした諸外国における公的資産管理会社は、どのような機能を果たしたのであろうか。公的資産管理会社を用いた企業再生に共通した特徴を紹介しよう。

(i)買取価格は市場価格が原則
 公的資産管理会社が不良債権を引き受ける場合、買取価格を市場実勢に見合った適正水準に設定することが重要となる。そうでなければ、公的資産管理会社が時価以上の価格で買い取ることは、実質的な公的資金の投入となり、透明性とモラル・ハザードの点で問題が生じる。また、買取価格を市場実勢を反映したものとすることによって、「投売り」による価格下落を防止することにも資する。
 韓国のKAMCOやマレーシアのダナハルタは、時価による買取りを行う際に、金融機関には不良債権を売却するインセンティブも与えた。ダナハルタでは、売却価格が買取価格を上回った場合には売却益の80%を金融機関に返却する一方、損失についてはダナハルタが負担した。また、KAMCOでは、金融機関から時価で買い取った不良債権について、再生時の価格が買取価格を上回った場合には、銀行が当初の価格で買い戻せるオプションを与えた。

(ii)買取対象の公平性・迅速性への配慮
 海外の事例では、債権買取りの対象となる金融機関は、破綻金融機関か、破綻はしていないが経営が困難な金融機関のいずれか、若しくは両方とする場合がある。破綻金融機関から債権を引き受ける場合、預金保護の観点などから債権・債務とも全て引き受けることが一般的である。一方、業務を継続する金融機関から買い取る場合には、買取りを行わない金融機関との公平性に配慮する必要がある。
 また、公的資産管理会社が買い取らなくても金融機関が自ら回収できるような債権については、モラル・ハザード防止の観点からも、無制限に買い取ることは避け、金融機関に残すこととされている。
 さらに、公的資産管理会社が迅速な処理を行うためにも、買取対象とする債権は、少数・同種のものに限定することが望ましい。北欧・アジア諸国では、買取対象を大型案件に絞ったが、それが不良債権の迅速な処理につながったとされている。これに対し、フィンランドでは、不良債権の種類や規模に拘わらず買い取ったため、その処理が相当困難になったとされている。

(iii)外資等の活用
 海外の事例では、外資系企業や外国人専門家を活用したケースもみられる。
 公的資産管理会社による事業再生にあたっては、必要な資金を当該管理会社が直接的に調達するほか、海外の投資銀行等から調達することも可能となっている。韓国では、KAMCOに政府保証債の発行による資金調達を認めたほか、企業構造調整専門会社(CRC)や企業構造調整投資会社(CRV)を通じた事業再生では、広く海外からも資金を調達できる仕組みとなっている。
 事業再生に際しては、その分野の専門家(倒産専門家、不動産鑑定士、金融アナリスト、保険計理士等)の存在も重要である。諸外国における専門家の人数を人口対比でみると、アメリカが抜きん出て多く、他の国々は少ない(第2−3−9表)。相対的に不足している専門家を手軽に調達するには、外資系企業を活用することが有用である。実際、スウェーデン、フィンランド、韓国、マレーシアでは、いずれも米系の投資会社、コンサルティング会社、監査法人等がアドバイザーとして迎えられた。こうした事例にみられるように、外資あるいは外国人の専門家を始め、広く民間部門からも資本やノウハウを調達することが、事業再生に際してのポイントとなるといえよう。


4 企業価値の向上とM&A

 先に、これまでメインバンクが果たしてきた企業救済機能が低下してきたことにより、リスク・シェアリングのための新たな仕組みや、早期に事業再生を図るためのメカニズムの重要性が高まっていることを述べた。その中で、上場企業の15%程度が事業再生を含む企業整理等の対象となるグループとみなすことができ、約6%が依然として企業整理等のプロセスに入っていないということが分かった。
 それでは、残りの85%の企業群は安泰といえるだろうか。以下では、この点について検討するために、我が国企業部門がおかれている状況を整理し、M&A(企業合併・買収)の動向によって、企業の収益力の強化に向けた取組をみることにしよう。

(1)企業部門を取り巻く環境の変化
 一般に、80年代後半における事業多角化(総合化)から90年代後半における事業再編(選択と集中)へと、キーワードが変化しているように、我が国企業部門全体を取り巻く環境は大きな変化を遂げている。
 その変化とは、(i)企業の競争力にとって重要な経営資源の内容の変化、(ii)企業の経営目標の変化、(iii)時間(スピード)概念の重要性に対する認識の高まり、(iv)会社組織再編を容易にする法制度の整備、(v)財政的支援者としての投資ファンドの出現、である。以下、それぞれの要因について具体的に述べることにしよう。
 第1は、企業の競争力にとって重要な経営資源の内容の変化である(42)。これまでの規模の追求といった過去の企業行動とは異なり、現在は、経営資源に占める有形資産の相対的重要性が低下する一方、無形資産が企業の競争力にとって重要な意味を持ち始めるようになっている。
 第2は、企業経営の目標が、株主資本利益率(ROE)、総資本利益率(ROA)といった収益性指標やキャッシュフローを重視したものに変わりつつある点である。このように、効率性を高め、事業価値を増加させるためには、(i)業績の低迷している事業部門からの撤退・売却や、相互に相乗効果をもたらす事業の獲得といった事業構成の再編、(ii)個々の事業ごとの収益性を高めるような事業運営の効率化、が必要と考えられる。
 第3は、時間(スピード)概念の重要性に対する認識の高まりである。事業環境が急速かつ継続的に変化するなかで、企業経営者は必要な経営資源を蓄積する時間的余裕がないため、適切な経営資源を短期間に獲得したり切り離したりすることが、競争優位性を確立するために重要になってきている。具体的には、他社によって既に構築された経営資源を買収したり、採算の合わない事業については売却・貸与によって投下資本の早期回収を図ったりするといったことが挙げられる。
 第4は、会社組織再編を容易にする法制度の整備である。経営資源の見直しや組替えに対応した適切な組織選択を可能とする法制度の整備が次第に進められてきている(コラム2−1参照)。これらは、後に述べるM&Aの活用を容易にするものであり、会社組織再編手法に関する規制緩和によって、企業価値の向上を図る上での具体的な選択肢がそろうことになった。
 第5は、財政的支援者としての投資ファンドの出現である。投資ファンドとは、投資家から出資を受けた資金を投資し、そこから得られた利益を投資家に分配する仕組みのことである。こうした投資ファンドが行う投資活動としては、(i)企業の事業部門の経営者や従業員が投資ファンドから資金調達を行い、当該企業の株式購入や新会社を設立して営業譲渡を受けるマネジメント・バイアウト(MBO)、(ii)事業拡大を目的とした企業が行うM&Aへの資金供給、(iii)企業が中核的な事業部門以外から撤退するために切り離される事業部門の購入と建て直し、(iv)将来的に株式公開か、株式の優先取得を狙って行う未公開企業の買収、等が挙げられる。
 企業再生ファンドは、こうした投資ファンドの一類型であり、過剰債務や不採算部門を抱えて経営不振に陥った企業や、経営破綻した企業の経営を建て直すことによって得られる収益を前提に、投資家から資金調達を行うものである。

コラム2-1 会社組織再編手法の整備

会社組織再編手法は、最近の法制度の整備を通じて、効果的に活用することが可能になってきている。
●独占禁止法改正(1997年12月施行)
 従来は全面禁止であった持株会社の設立・転化について、事業支配力が過度に集中することとならない持株会社の設立・転化を解禁した(43)。持株会社設立解禁の背景には、企業にとって、各事業単位で事業効率を高める努力を払う一方、連結グループ全体の観点から各事業の経営効率を上げるためには、迅速な意思決定や、容易に事業を再編できることがより重要になってきたことがある。
●商法改正(1999年10月施行)
 株式交換や株式移転を通じて、完全親子会社の関係を作るのを容易にし(44)、親会社が発行する株式の割当によって子会社を買収することができるようにした(45)。この制度は、買収資金が不要になるという金融的なメリットがある。
 ・「株式交換」:ある会社の株主の有する株式の全てを他の会社(完全親会社となる会社)に移転させ、当該株主に完全親会社となる会社の発行する株式を割り当てることにより、完全親子会社関係を創設するもの(46)
 ・「株式移転」:ある会社の株主が有する株式の全てを新たに設立する完全親会社となる会社に移転させ、当該株主に完全親会社となる会社が発行する株式を割り当てることにより、完全親子会社関係を創設するもの。持株会社での決定を迅速かつ効率的に執行するためには、少数株主のいない完全子会社を持つことが合理的な選択となる。
●商法改正[会社分割制度](2001年4月施行)
 同一会社内の事業等を別の会社に切り分けるという事業再編の一つの手法として創設された制度である。これにより、会社単位の再編だけでなく、企業グループ内での事業再編が容易になった。これには、新設会社に営業の全部又は一部を承継する「新設分割」と、既存の会社に承継する「吸収分割」とがある。また、それぞれの方式において、承継する会社の発行株式を分割会社に割り当てる「分社型」と、株主に割り当てる「分割型」がある。
●企業組織再編税制(2001年4月施行)
 企業グループの再編時に発生する税務コストの軽減に資するものである。具体的には、税制上の適格要件を満たす場合、企業グループ再編を目的とした、合併、会社分割、現物出資等において、譲渡益課税の繰延や登録免許税の軽減措置等により、低コストの組織再編を可能とするものである。
●商法改正(2003年4月施行)
 以上のような会社組織再編手法の選択において必要とされる株主総会の特別決議に関して、株主総会招集手続の合理化や特別決議の定足数の緩和が図られ、組織再編のスピード・アップが図られることになった。また、権利の内容の異なる種類株式(強制転換条項付株式、議決権制限株式等)の発行が認められたことにより、多様な出資者のニーズに合わせた資金調達がより容易になった。
●産業活力再生特別措置法の改正(2003年4月施行)
 従来の「事業再構築計画」に加え、複数の事業者が共同で組織再編を行う「共同事業再編計画」、経営資源を有効活用するために他の事業者が事業承継を行う「経営資源再活用計画」、革新的な設備の導入を行う「事業革新設備導入計画」が新設されるとともに、それに対応した課税の特例的な措置等がとられることになった。これらは、事業再編コストの削減に寄与するとともに、迅速な組織再編を促す効果が期待されている。
その他、倒産法制においても、改正が行われている。
●民事再生法(2000年4月施行)
 それまでの和議法と比べて申立要件や手続の簡素化により再建手続の着手が迅速化され、再生計画外での営業譲渡が可能となり、優良部門の売却代金により債務弁済を行うことで、短期間に再生手続を終了させる目的での営業譲渡ができるようになっている。
●改正会社更生法(2003年4月施行)
 裁判所の許可の下で更生計画外での営業譲渡が可能になるとともに、更生手続開始の条件を民事再生法と同様のものに改めることにより、早期の更生手続に入れるようになっている。

(2)近年のM&Aの動向

●最近のM&Aの特徴

 こうした企業経営者の認識の変化や制度変更の影響は、近年のM&Aの動向に象徴的に表れていると考えられる(47)。M&Aとは、本来、企業合併・買収という意味であるが、現在では、営業譲渡や株式譲渡、資本提携等を含めた広い意味での企業提携を意味するものとなっている。M&Aにおける買手側のメリットは、時間の節約や戦略性の高い無形資産(技術や人材等)の獲得であり、売手側のメリットは、事業撤退の容易性と投下資本の早期回収にある。
 日本企業が関係するM&Aの件数の推移をみると、1992年以降、次第に増加基調にある。その特徴をまとめると、次のとおりである。
 第1に、形態別では、90年代前半に主流だった「買収」や「資本参加」から、次第に「合併」や「営業譲渡」がウエイトを高めている。また、バブル崩壊前後は外国企業絡みが大勢であったが、日本企業同士のM&Aの構成比が高まる傾向にある。このことは事業再編が活発化していることを示している(第2−3−10図)。
 第2に、M&Aの件数が増加傾向にある。1993〜2002年の累積件数を、グループ内M&Aとグループ外M&Aに分け、それぞれに対する形態別の寄与度をみると、グループ内M&Aは「合併」の比率が高い一方、グループ外M&Aでは「買収」や「資本参加」といった株式取得による事業統合の比率が高い(第2−3−11図)。これは、グループ内では、意思決定の容易さや内部管理上の観点から合併による事業統合という形がとりやすいのに対して、グループ外では、企業間での共同行為を行う上で、株式取得を通じた資本結合による事業提携という形がとりやすいためと考えられる。
 第3に、2002年中に行われたM&Aの目的別分類をみると、「既存事業の強化」の項目が圧倒的に多く、その後、「バイアウト・投資」「周辺業務の拡充」「関係強化」が続いている。これに対して、「新規参入・多角化」といった事業拡張を目的としたM&Aはわずかに過ぎない(第2−3−12図)。

●合併についての市場の評価

 こうした「既存事業の強化」を目的としたM&Aが増大する傾向をどのように評価すればよいだろうか。
 M&Aの増加が、企業価値向上のための経営革新の姿勢を示すものであるならば、そうした対応は株価にも現れているはずである。そこで、一例として、株式市場による90年代以降の合併案件の評価についてみてみよう。具体的には、1993〜2002年における上場企業の合併案件92件について、合併存続企業の合併前と合併後の株価リターンを求める(48)。この値は、当該企業の合併発表に対する市場の反応(アナウンスメント効果)を示すものと解釈できる。
 1998年以前の合併では、株価リターンがマイナスのケースが多く、散らばりが少ないという特徴がみられる(第2−3−13図)。これは、この期間に行われた合併の目的が、「救済合併」や「業界再編」であったことが影響しているものと考えられる(49)
 しかし、合併件数が増加し始めた99年以降になると、市場の好まない「救済合併」の案件はみられなくなり、「業界再編」の相対リターンはプラスになるケースが多くなっている。
 さらに、99年以降の合併件数の増大は、「既存事業の強化」や「相互補完」等を目的とした合併件数の増加が寄与している。これらに対する市場の評価には散らばりがみられる一方、全体としては次第にアナウンスメント効果が高まっているとみられる。つまり、個々の案件ごとの評価は一様ではないが、既存事業の強化や相互補完を図る合併案件に対して、株式市場は全体としてプラスに評価する傾向を示しているといえよう。

●合併による実際の効果

 それでは、合併前と合併後の業績比較を行うことによって、実際の合併効果についてみてみよう。具体的には、資産収益率(ROA)が、合併の前年度から、合併1年後及び2年後にかけてどのように変化しているかをみる(50)
 これによると、合併の「初年度効果(ROAの合併前年度から合併1年後にかけての変化幅)」や「次年度効果(合併1年後から合併2年後にかけての変化)」は一様ではないことが分かる(第2−3−14図)。ただし、少数ではあるが、一部には高い「次年度効果」が認められる企業もみられる。いずれにせよ、事業特性との関係は認められないことから、合併効果については、個別の企業経営が強く影響しているものと考えられる。

●営業譲渡の特徴

 次に、近年、合併と並んで重要性を高めている営業譲渡の特徴をみてみよう。営業譲渡の形態は、譲受側企業の既存事業の強化を図る「既存事業の強化」、共同で新会社を設立して事業統合を図る「新会社設立」、譲受側企業が事業多角化や新事業進出等を行う「その他」、に分類される。
 営業譲渡において、どのような企業が譲受側になっているかをみるために、営業譲渡直前の年度における譲受側企業のROAからその企業の属する業種平均ROAを差し引いた「相対ROA」をみる。これによると、1993〜97年にかけては、次第にROAが業種平均以上の企業が増えるという傾向がみられる(第2−3−15図)。一方、99年以降になると、営業譲渡の件数が急増するとともに、相対ROAにも散らばりがみられるようになる。そうしたなかで、ROAが業種平均以下の企業が営業譲渡を活用するケースが増えている。
 また、営業譲渡は、営業権等を譲渡する側の企業による事業撤退が関係しているケースが含まれる。譲受側が上場企業である159件の営業譲渡のサンプルのうち、36.5%の58件が、事業撤退や会社更生法・民事再生法等と関連している。
 このように、近年の営業譲渡の譲受側企業には、ROAが業種平均以下の企業が相対的に多く見受けられる。こうした企業では、営業譲渡の「初年度効果(譲受1年後のROAの譲受前年度からの変化幅)」としてROAが上昇する傾向が認められる(51)第2−3−16図)。また、営業譲渡の初年度効果のプラスが大きい企業についてみると、譲受1年後から2年後にかけての「次年度効果」もプラスとなる傾向がみられる(第2−3−17図)。
 営業譲渡のサンプル企業には業種特性とは特に関係がみられないことから、合併同様、個別の企業経営の影響が強いと考えられる。ただし、こうした企業の営業譲渡前後のROAの動向をみる限り、一般的に、業績が低迷している企業の再活性化に、営業譲渡による既存事業強化や新会社設立による事業統合が適していると考えられる。

●M&Aの課題

 以上のように、近年、M&Aの件数は増加傾向にある。こうした動きは、第1に、企業価値向上にとって必要な経営資源の内容が変化し、そのために適切な経営資源の組替えを短期間に行わなくてはならないという企業経営をめぐる環境の変化を反映したものと考えられる。第2に、こうしたスピード重視の企業経営の重要性に対する企業経営者の認識の高まりを背景に、規制緩和や会社組織再編を容易にする法制度の整備が進んだことによって、M&Aの件数は増加を続けてきたと考えられる。
 また、株式持合い解消等、企業と金融機関との関係の変化によって、より株主価値の向上に軸を移す企業経営が必要となり、その結果、M&Aも市場の評価を意識した手法を採用せざるを得なくなってきているという事情もあると考えられる。こうしたことが、救済合併の件数の減少や、業界再編を目的とした合併案件の増加に現れている可能性がある。
 こうした近年のM&Aが実際にどの程度の効果を上げ始めているかについては、まだ年数が浅いため、一概に評価することは難しい。おそらく、どのようなM&Aの手法を採用するかといった手段の問題よりも、どのような経営資源を獲得し、どのような事業分野に集中するためにM&Aを実施するかといった目的こそが、その効果に大きく反映するものと考えられる。したがって、M&Aの効果は、それを採用する企業の個別の要因によって、結果的に散らばりが認められる可能性が高い。ただ、営業譲渡の効果にみられるように、選択と集中の過程で、M&AがROAを上昇させるのに効果的な手法である可能性は高く、今後、そのような評価が確立すれば、M&Aは日常的に採用されることになろう。
 一方、M&Aには、事業の売手と買手といった当事者間には無視し得ない情報の格差が存在するため、M&A実施の際には認識されなかった負債等が後に発生するといったリスクもある。したがって、事業、財務、法務の面でM&Aのリスクを評価するデュー・ディリジェンス(買収案件の精査)に関わる事業も重要性を高めていくものと予想される。


5 企業部門の再構築に向けて

 以上、我が国企業部門の課題について、過剰債務企業の事業再生と、企業の収益力の強化という観点から分析・検討してきた。最後に、それらの結果とその含意を整理することによって、企業部門の再構築の方向性について示すことにしよう。

●早期事業再生の必要性

 90年代後半には、メインバンクに対する企業の借入依存度が高まる「メイン寄せ」と呼ばれる現象が進むなかで、従来型のメインバンクによる企業救済機能に変化がみられるようになった。すなわち、90年代前半には広範にみられたメインバンクによる財務危機企業への経常利益安定化機能が、90年代後半には、多額の負債を抱えているが本業の業績が良好な企業に限定されて提供されるようになった。
 メインバンクのサポートを得られなくなった企業の約半数は、2003年6月までに既に企業整理等に入っている。こうした状況を考慮すると、上場企業の15%程度が事業再生を含む企業整理等が必要な企業であり、既に企業整理等に入った企業を除く、残りの約6%が、今後、早期に事業再生等が必要とされる可能性がある。
 このことは、メインバンクに代わる早期事業再生のメカニズムが重要になっていることを示している。

●再建型私的整理の有効性

 再建型私的整理は、その迅速性ゆえに十分な活用が図られるべきである。問題は、金融機関が主導する再建型私的整理が、処理先送りのための安易な債権放棄となっていないかという懸念がある点である。
 主に金融機関から債権放棄を受けた企業の特徴をみると、他の債権放棄と比べて相対的に良好な大企業が対象で、かつ債権放棄にあたって多額の特別損失や人員リストラを金融機関が求めているケースが多い。
 したがって、サンプル数は限定されるものの、今のところ、金融機関は処理の先送りのために安易な債権放棄を行っているとは必ずしもいえない。また、大企業に対する私的整理は、大企業の倒産を防ぐとともに、倒産企業の負債総額の減少につながっている。今後とも、処理先送りのために債権放棄を利用することは厳に戒めながら、再建型私的整理の活用を図っていくことが重要である。

●公的枠組みによる事業再生の有効性

 我が国の産業再生機構の仕組みを使うメリットは、主にメインバンクによる私的整理案件について、中立的な立場からメインバンクの利害調整機能の低下を補完することにより、債権の集約化と事業再生が容易になる点にある。
 産業再生機構と同様の公的な資産管理会社を創設した海外の事例では、債権の買取価格を時価とした上で何らかのオプションを付けたり、債権買取については金融機関の間の公平性や迅速性に配慮するとともに、外国資本も含め、広く民間の資本やノウハウを活用したことが、共通の原則とされており、こうしたことを参考にしながら、産業再生機構が十分に機能を発揮することが期待される。

●企業価値向上のためのM&A

 近年におけるM&Aの増加の背景には、(i)企業価値向上に必要な経営資源の内容が変化し、そのために適切な経営資源の組替えを短期間に行わなくてはならないという企業経営をめぐる環境の変化や、(ii)スピード重視の企業経営の重要性に対する企業経営者の認識の高まりとともに、(iii)会社組織再編を容易にする法制度の整備が進んだことがある。
 近年のM&Aの効果については年数が浅いため一概に評価は難しいが、一般的にはM&Aを採用する企業の個別の要因によって成果に散らばりが出る可能性が高い。しかし、営業譲渡のように、業績が低迷している企業の活性化に適したM&Aもあり、選択と集中の過程で、競争優位性の逆転を図る効果的な手法との評価が確立すれば、日常的に採用されることになろう。

 以上のように、過剰債務企業の事業再生においても、企業の収益力の強化においても、一定の取組は既に始まっている。今後は、債権放棄を伴う再建型私的整理やM&A等、これまで採用されてきた手法の評価が確立し、そうした手法を適切に活用することによって企業の再構築が一層進展することが期待される。


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