第4節 構造調整と雇用・賃金

 構造調整は、生産性の低い分野から、生産性の高い分野に資源(資金、労働力等)を移転させることを意味する。この移転は摩擦なく行われることが望ましいが、実際には低生産性部門から解放された資源が、高生産性部門に吸収されるまでには時間がかかるので、その過程で活用されずに滞留する資源が生じる可能性が高い。このような損失を調整コストと呼ぶならば、この調整コストを最小にすることは、国民の厚生を向上させるための重要な課題である。

本章では、雇用と賃金の面で調整コストがどのように現れているのかを分析し、これに対して採るべき対応について検討する。

1 雇用面での調整圧力

 非自発的離職者は横ばいで推移

第1章でもみたように、非自発的離職者は、2001年に大きく増加した後、2002年に入ると次第にその増加幅が小さくなり、やがて横ばいで推移するようになった(前掲第1-1-23図)。この理由としては、(i)倒産が減少したこと、(ii)リストラが一服したこと、が挙げられる。

まず、倒産の動向についてみておこう(第2-4-1図)。最近の企業倒産の動向を件数でみると、2002年度は、過去最高を記録した2001年度に比べ、5.6%減となった。倒産企業の負債総額や従業員数でみても、状況は同じである。負債総額は、2000年度をピークとして、2001年度に減少した後、2002年度も前年度比17.6%減となった。従業員数でみても、2000年度がピークで、2001年度に前年度比0.9%減少した後、2002年度には同15.6%減少となった。

次に、リストラの動向についてみておこう。労働経済動向調査によると、雇用調整を実施した事業所割合は、2001年10~12月期にかけて上昇した後、2002年4~6月期以降、徐々に低下していった(前掲第1-1-25図)。また、雇用調整の方法を製造業についてみると、一番厳しい「希望退職者の募集・解雇」は2002年1~3月期にピークを迎えたが、それ以降低下している。

 不良債権処理の影響

倒産件数と離職者が増加しなくなったことについては、幾つかの要因が考えられる。倒産については、企業の資金繰り面での政策、雇用については、雇用確保のための政策が一定の効果を挙げてきたといえよう。しかし、ここでは、構造調整との関係において考えてみよう。特に、ここでは、非自発的離職者がこのように増加を示さなくなったことと、不良債権処理の進展との関係をどのように考えればいいのかという問題を取り上げよう。

第2節でもみたように、2002年度において主要行で行われた破綻懸念先以下の不良債権のオフバランス化は2001年度の約6兆円の約2倍にあたる約12兆円であった(前掲第2-2-2図)。このような不良債権のオフバランス化は、かなりの倒産(特に「清算型」処理。第2章第2節参照)と失業者の増加をもたらすのではないかという懸念があった(52)。しかし、現在のところ、倒産と失業者は当初懸念されたほど増加していない。

それでは、当初懸念されたほど倒産や離職が増加しなかったのはなぜか。その主な理由は、不良債権のオフバランス化が、主として「清算型」処理でなく、債権放棄等の「再建型」処理によって行われたことにあったと考えられる(53)。主要行の場合、2002年度における破綻懸念先以下の不良債権のオフバランス化の形態別内訳をみると、清算型が9%であったのに対して、再建型が16%、業況改善が28%、債権流動化が38%となっている(前掲第2-2-2図)。業況改善も、再建型処理に伴うものが多いことを考えると、再建型処理の寄与が大きかったことが分かる。

清算型処理と再建型処理では、人員の削減率が異なる。清算型処理の場合には、人員の削減率は100%であると想定されるが、これに対して、再建型処理の場合にはそれをかなり下回る。例えば、1999年度から2001年の間に会社更生法及び民事再生法の適用申請を行った企業の2002年3月末までの平均人員削減率は、38.1%であった(54)。再建型処理が多いということは、それだけ離職者の減少要因となったはずである。

 再建型処理が増加している背景

不良債権処理が主として再建型で進められているのは、必要なリストラを実施した上で事業を継続させることによって、当該企業の価値を増大させることが可能だからである。

すなわち、過剰債務を抱えていても事業自体はしっかりしている企業の場合には、事業を継続させることによって、将来的に債務返済能力が改善することが期待できる。こうしたケースでは、清算型処理よりも、再建型処理で事業を継続させて中長期的に企業価値を増大する方が得策なため、再建型処理が選ばれることになる。実際に、2000~2002年度に債務免除若しくは債務の株式化を受けた企業について従業員数の推移をみると、債務免除等を実施(再建計画を策定)した年に、希望退職の実施等により人員カット率がそれまでより大きくなってはいるが、それ以前にも人員削減は進められてきており、収益力の回復のための努力がみてとれる(第2-4-2図)。

また、第3節でみたとおり、政府、民間において、存続価値のある企業の経営資源の散逸を防ぐため、清算型処理によらない企業再生の枠組み作りを充実させてきていることも寄与していると考えられる。

 離職者の高い失業化率

以上のように、不良債権の処理を進めることは必ずしも清算型の処理や離職につながるものではなく、むしろ企業再建に向けた動きの方が強まってきている。しかし、産業構造調整が続く下で、過剰債務を抱えた企業のみならず、現在は健全な企業であっても、企業の事業再構築の過程で、人的資源についても再配分する必要が出てくる状況に変わりはない。離職者は継続的に生じていくことが想像される。

他方、清算型処理や人員整理等で一度離職した後の失業化率を総務省「労働力調査詳細結果」でみると、48.1%(55)と非常に高く、再就職へのハードルは引き続き高いものとなっている。

この背景には、第1に、多くの企業が依然として事業再生・事業再構築の中にあるため、積極的に雇用を増加させられないことがある。最近になって、企業再生のモデルといわれる企業も少なくないが、こうした企業では再建計画当初は厳しい雇用削減を行っても、リストラが進展した後は攻めの経営で事業を拡大させる動きもみられている。こうした企業が雇用を増加させることができるようになれば、この比率も低下していくものと考えられる。

また、第2に、離職者の技能・資格・年齢等の条件が、雇用にとっての制約となっている可能性がある。例えば、離職者にとっては、以前と同じ業種で引き続き雇用されることが最も摩擦が少ない。しかし、第2-4-3図で分かるように、同一業種内で転職する割合は業種によってかなり差があり、また、その割合が低下している業種も多い。これらの業種における離職者は他業種での雇用を考える必要があるが、そのとき、現在の技能・資格等で十分かという問題に直面する。また、技術革新の急速な進展や、求人側の即戦力志向により、技能・資格等が求人側の求めるニーズに合わせて向上していかないと、業種にかかわらず、雇用は困難になってくる。このように、マクロ的に労働需要と労働供給が均衡していても、適当な求職者が見つからないために、求人が充足されず、欠員と失業が同時に起こってしまう現象のことを「雇用のミスマッチ」という。

この点は、「労働力調査詳細結果」でも裏付けられる。失業者に対して、仕事に就けない理由を尋ねた項目の結果をみると(56)、世帯主では、「年齢」を挙げる人が4割と圧倒的に多く、配偶者でも3割が「年齢」を理由に挙げている(「勤務時間・休日」を挙げる人も3割近い)。子または子の配偶者では、「仕事の種類・内容」を挙げる人が4割超いる。年齢別にみると、15~44歳では、「仕事の種類・内容」を挙げる人が3~4割で他の理由を引き離して多く、45~65歳以上の年齢層では、4~6割程度の人が「年齢」を理由に挙げている。

総じていえば、本来家計を支える柱である中年以上の世帯主では、「年齢」が制約となって再就職が難しい姿がみてとれる。一方、比較的若い年齢層で、主たる家計主(=世帯主)が他にいる配偶者や子等のケースでは、「仕事の種類・内容」が制約となっていることが分かる。

 雇用のミスマッチの拡大を示すUV曲線

雇用のミスマッチの状況については、失業率と欠員率の関係を示すUV曲線(57)を描いてみると分かる。UV曲線は、欠員率が上昇すると、失業率は低下し、逆に欠員率が低下すると、失業率は上昇する関係を示し、右下がりの曲線となる。通常は景気動向に合わせてUV曲線上を移動する。しかし、1995年以降についてみると、景気動向に応じて移動しているというよりも、UV曲線自体が上方にシフトしてきているように見受けられる。つまり、人手不足(欠員)が生じているにもかかわらず、失業が一向に解消されない状況が強まっていることを示している。こうした動きは、「雇用のミスマッチ」が拡大していることに対応しているものと考えられる(第2-4-4図)。

職種別にみると、専門・技術職、販売職等、高度な経験や技能が問われる職種では不足感が高いのに対して、管理職、事務職等では過剰感が根強く、求人と求職のミスマッチがみられる(第2-4-5図)。

 若年失業、長期失業の増加

こうしたミスマッチの拡大の中で、若年失業者、長期失業者は増加を続けている。

年齢別の完全失業率をみると、他に比べて高く、かつ急速に上昇しているのが15~24歳層で、2002年には9.9%と、10年前のほぼ2倍の水準に達している(第2-4-6図)。次いで25~34歳層、55~64歳層が高く、これ以外は平均を下回っている。

年齢別の長期失業者(失業期間1年以上)の割合をみると、緩やかな上昇がみられており、2003年1~3月平均では、30.9%に達している(第2-4-7図)。特に顕著なのは、65歳以上で、この年齢層では2003年1~3月平均で50%にまで上昇している。これに次いで高いのが55~64歳層、45~54歳層で、30%台後半である。これに対して、若年層は概して低く、20%台となっている。

若年失業者の増加の背景には、(i)景気低迷により企業が新卒者の採用数を減少させていることや、求人のパート・アルバイト化および高度化の二極化により需給のミスマッチが拡大していること、(ii)若年労働者の中には、職業意識が未成熟なため、就業意欲が乏しかったり、せっかく就業しても短期間で就業と離職を繰り返すケースもみられること、があるものと考えられる。他方、若年者の失業は、我が国にとって大きなマイナスである。それは、単に(i)若年層の多くに収入がないことや、(ii)今後の職業生活において土台となるべき重要な経験や知識の蓄積ができないといった個人に関わる問題にとどまらず、(iii)将来、社会の高齢化が進むなか、貴重な労働力であるはずの若年の職業能力が高まらないと日本経済にとって成長の制約要因となる、(iv)未婚化、晩婚化、少子化等を深刻化させる、(v)社会保障を負担する主体の減少、といった社会的な問題を引き起こす可能性があるからである。

また、長期失業の増加の背景には、(i)急速な経済構造の変化に伴って、就業者数が減少している産業もあり、同一業種内での再就職が簡単ではなくなってきていること、(ii)他業種や職種で求人があっても、必要とされる技能が異なるため、失業者がそれに応えられないこと、(iii)失業が長期化すると、それだけ技能等が陳腐化し、それが更に失業を長期化させる要因となること、があるものと考えられる。長期失業の問題も、雇用保険の給付期間が最長でも1年であるため、雇用保険の給付が終了した後に収入がない人もいることも考えると、社会的に大きな問題であると考えられる(このような問題にどう対応していくかについては、以下の「3 失業・雇用政策の在り方」で考えることにする)。

コラム2-2 失業者の生活はどのように支えられているか

 失業者は、どのようにして生活を支えているのであろうか。総務省「就業希望状況調査」によれば、完全失業者は、2002年10、11月時点で349万人いるが、雇用保険給付を受給または近々受給する予定の人は、非労働力層や自営業者・家族従事者から失業者となった者も存在すること等により、93万人となっている。他の失業者はどうしているのであろうか。その点を、世帯主との続き柄別にみてみよう()。

これによると、世帯主失業者は90万人いるが、そのうち雇用保険給付を含め収入がある人は59万人にとどまっており、全く収入がない人が24万人(27%)にも上っている。世帯主の配偶者の場合、失業者総数は世帯主より少ない54万人だが、収入がない人はむしろ多く、29万人(54%)となっている。また、その他の家族の場合、収入がない人の人数・比率とも更に高く、104万(68%)となっている。単身者世帯でも16万人(31%)が収入がない。

他に収入のある者がいる世帯の一員であれば、失業してもその雇用者に扶養してもらえる可能性がある。したがって、収入がないことがそのまま生活できないことにつながるわけではないだろう。しかし、他に収入のある者がいない世帯や単身世帯の場合には、失業すると、貯金の取り崩し等で対応しなければならないことを意味する。失業期間はいつ終わるかはっきりしない。また、最近は長期化する傾向があることは既にみたとおりである。こうしたなかで、失業者の不安は大きい。

どのように雇用を確保するか、失業したらいかなる対応を図るかといった失業・雇用政策は重要な意味を持っている。その在り方については、以下の「3 失業・雇用政策の在り方」で論じる。

2 賃金面での調整圧力

 賃金コストの削減

構造調整圧力は、賃金にも及んでいる。

これまで、景気循環の中で、我が国の賃金は企業収益等を反映して柔軟に決定されてきた。その場合に主体となってきたのは、残業手当(所定外給与)とボーナス(特別給与)の変動であった。これに対して基本給(所定内給与)は、安定的に推移してきた。

しかし、第1章でみたように、2001~2002年における賃金調整の特徴は、基本給も対象となっていたということである。基本給の調整の手段は、(i)パートタイム労働者比率の高まりと、(ii)賃金体系の見直しである。以下では、それぞれについてみてみよう。

 パートタイム労働者比率の高まり

90年代半ば以降、企業のコスト意識が高まるなかで、フルタイム労働者の雇用を減らす一方、人件費の安いパートタイム労働者の雇用を増やす動きがみられるようになった。

人件費の安いパートタイム労働者の比率が高まることは、賃金への影響という観点からみると、フルタイム労働者も含めた平均としての基本給に下押し圧力が働くことを意味する。

もっとも、フルタイム労働者の職をとって代わる形でパートタイム労働者が採用されたわけではない。フルタイム労働者の雇用喪失率(58)のうち、半分近くは、そもそもパートタイム労働者を雇用していなかったために、雇用の“調整弁”が作用せず、フルタイム労働者の削減に踏み切らざるを得なかった事業所によるものである(第2-4-8図)。残りは、(i)フルタイム労働者を削減してパートタイム労働者で代替、(ii)フルタイム労働者もパートタイム労働者も削減、(iii)フルタイム労働者を削減する一方でパートタイム労働者は従来通り雇用、のいずれかの事業所によるものである。

全体としてみれば、フルタイム労働者が減少し、パートタイム労働者が増加したということである。

 賃金体系の見直し

2001~2002年に基本給の調整が明確となったのは、企業が、従来あまり手をつけてこなかった基本給の調整に本格的に踏み込んだ結果でもある。

企業に人件費の圧縮方法を尋ねるアンケートを行ってみると、残業の削減やパートの活用と並んで、「給与体系の見直し」を挙げる企業が多い(第2-4-9図)。また、企業業績や雇用情勢が厳しいなかで、ベースアップや賞与を取りやめたり、見送る動きが浸透している姿も浮かび上がってくる(第2-4-10図)。

この結果として、どのような賃金体系が実現されつつあるのか。業種別の賃金カーブ(総賃金)をみてみると、企業業績が振るわない金融・保険、運輸・通信、建設で、賃金カーブ全体が下方にシフトしていることが分かる(第2-4-11図付図2-3)。

また、この間、多くの企業では、従業員の平均年齢が上昇し、高学歴化も進んでいるため、人件費には上昇圧力が掛かっているが、総額としての人件費を企業業績に見合った水準に抑える必要がある。このため、企業では、昇格・昇級が厳格化されて“狭き門”となり、昇格・昇級年齢が上昇したり、役職当たりの滞留年数が長くなるなどの傾向がみられる。この結果、20~30歳台の役職者比率が低下し、40歳台以上についても役職に就く年齢が上昇し、年齢構成でもやや高齢化が進んだ様子がみてとれる(第2-4-12図)。

企業では、年功序列型の賃金体系の見直しが行われているため、役職間の賃金格差は縮まっている(第2-4-13図付図2-4)。一方で、賃金を能力や業績と結び付ける成果主義も進めており(第2-4-14図)、同じ年齢層の従業員の間でも、業績や能力次第で職位や賃金のバラツキが生じることを容認しつつある。年功序列の見直しと成果主義の影響を合わせてみれば、中高年齢層では概して賃金が頭打ちとなる一方、若年層では、能力次第では職位や賃金がアップするチャンスもあるという構図になりつつあるといえよう。

以上でみたように、構造調整が進むなかで、雇用面や賃金面で調整圧力が加わっている。特に雇用面でみると、失業者が高水準で存在し、その中で若年失業や長期失業が顕著になりつつある。

このような状況の中で、失業・雇用政策はどうあるべきか。最後にこの点を、諸外国と対比しながら、検討することにしよう。

3 失業・雇用政策の在り方

(1)雇用政策の国際比較と我が国における在り方

 財政支出における雇用政策の特徴

まず、雇用政策の特徴を予算面からみてみよう。

最初に一般的な「雇用政策費」を取り上げる。ここでいう「雇用政策費」とは、政策運営費も含め、公共職業紹介、教育訓練、各種給与助成、障害者対策、失業給付、早期退職促進対策に関する財政支出合計額のことである。これの名目GDPに占める割合を比較してみると(第2-4-15図)、ドイツ、フランス、フィンランドなど大陸欧州諸国ではこの割合が高いのに対し、アメリカ、イギリス及び日本は低水準にある。

もっとも、上述の「雇用政策費」以外の政策の効果も合わせて考慮する必要がある。なぜなら、我が国では、90年代の景気低迷期にみるように、経済対策が度々打ち出され、その柱の一つが公共事業だったからである。公共事業の実施により結果として雇用への維持効果がもたらされたことから、公共事業による雇用維持効果も勘案することによって、雇用政策をより全体的にとらえることが可能となる。

そこで、公共事業費をみてみよう。名目GDPに占める公共事業費の割合をみると(59)、日本の公共事業費の割合が他の先進国と比較して高いことが分かる(第2-4-16図)。社会資本が未整備であるとの認識をベースに、景気対策の柱としての公共事業が雇用維持の役割を果たしてきた姿がうかがえる。

そこで、雇用政策費と公共事業費を比較してみると、例えばドイツでは98年の公共事業費が名目GDPの1.8%であったのに対し、雇用政策費は3.6%と、約2倍の予算が雇用政策費にあてられていることになる。これに対して、我が国では、失業率が上昇するようになった98年においても、雇用政策費が0.76%であるのに対して、公共事業費は約7倍の5.5%となっている。それだけ我が国では、公共事業に対する景気浮揚効果や雇用維持効果への期待が大きかったとみることもできよう。

しかし、結果的にみると、こうした経済政策は、効率の面では大きなコストを伴うことになった。労働生産性(=実質GDP/就業者数)の上昇率を日本と他の国々とで比較してみると(第2-4-17図)、他の国では、90年代の労働生産性の上昇率はかなり高かった。これに対して、日本では、90年代の労働生産性の上昇率は相対的に低いものにとどまった。これは、こうした経済政策が、他の国に対して相対的に雇用を安定させた一方で、結果としてリストラを遅らせ、非効率な産業を温存することにつながった面もあったものとみられる。

また、労働分配率(要素費用表示の国民所得に対する雇用者報酬の割合)の推移を比較してみると(第2-4-18図)、他の国々は90年代には労働分配率は低下または横ばいであったのに対して、日本ではその比率は90年代前半に上昇し、後半になっても高止まりしたままで推移した。

 欧米諸国の雇用政策の特徴

海外ではどのような雇用政策がとられてきたのであろうか。以下では、欧米諸国が失業率の上昇に対して、具体的にどのような政策を講じてきたかを概観し、欧米諸国の経験から何を学べるかを論じることとする。

アメリカとヨーロッパ諸国では労働市場の違いはあるものの、両者に共通しているのは、労働者の技能・知識を高めるための政策のウエイトが高いことである。アメリカとヨーロッパ諸国における雇用政策をもう少し具体的にみていくことにしよう。

 アメリカの雇用政策

アメリカの労働市場は柔軟性が高く、企業のニーズに見合った知識・技能を持たない労働者は解雇され、賃金も知識・技能に応じて決定されるようになっている。それだけに、労働者の知識・技能の向上を図るために、各種の政策がとられている。

まず、大学教育を受けた者と受けない者の所得格差が拡大したこと等によって、個人の大学進学意欲が高まったが、大学に進学したくても経済的に困難な低所得者層に対しては、単に経済的支援を提供するだけでなく、進学やそれに伴う経済負担に関するカウンセリング、情報提供等を含めた幅広い支援を政府が行っている。また、コミュニティー・カレッジ等の地域に密着した教育機関が、4年制大学に通うことができない若者や社会人に対して高等教育を提供している。

一方、失業者に対しては、失業保険給付等の生活保障的な対策だけでなく、就職できるだけの職業能力を身につけることを支援することに力を入れており、98年3月に制定された「労働力投資法」により、雇用主と労働者の双方が、雇用・教育訓練等に関する包括的なサービスを1ヵ所で受けられるワン・ストップ・キャリア・センターを設置したり、現在提供されている各種訓練についての情報をインターネット等で利用できるサービス等が提供されている。

 ヨーロッパ諸国の雇用政策

ヨーロッパでは、雇用のミスマッチが拡大するなど労働市場に硬直性がみられる国も多く、産業構造の変化に対応できるように、労働者の技術・能力を向上させることの重要性が高まった。このため、就業能力(エンプロイヤビリティ)向上を重視した政策がとられるとともに、失業給付等の「受動的雇用政策」から教育訓練等の「積極的雇用政策」(60)への転換を進めている。

就業能力向上を図る政策としては、特に最近のIT化によってスキルの格差がますます拡大しやすくなっているため、IT技能の修得を容易にするためのプログラムが欧州各国で進められている。スウェーデンでは、若年失業者を対象にコンピュータ・ワークショップ/活動センターが新たな職業訓練として導入された。これは、プログラムの参加者がコンピュータ学習と並行して、半日程度の労働に参加するというもので、失業者が職業生活に触れ、それを通して就職口を探す機会が増えることが期待されている。

 欧米諸国と比較した我が国の雇用政策の特徴

我が国と欧米諸国の雇用政策を比べてみた場合、欧米諸国では、労働者の能力開発のための教育訓練を目的とした政策のウエイトが高いことが指摘できる。特に積極的雇用政策の内訳をみると、教育訓練の比率が高いことが分かる(前掲第2-4-15図)。これは、欧米諸国は労働者の技能・知識の向上を図るための政策を積極的に講じてきたためである。

 日本の雇用政策の方向性

構造調整を進めていく上では、異なる業種間を労働者が円滑に移動できるようにする必要があり、このためには、労働者の技能・知識を高めるための対策を始め、早期再就職支援策や労働移動支援策等の需給調整機能の強化が必要である。

近年、日本においてもスキルアップのために専門学校へ行く人への助成等労働者の知識・能力を高めるための対策がとられている。政府は、「人々の意欲と能力が活かされる社会の実現」(61)や「経済・社会構造の変革に備えたセーフティネットの構築」(62)、「雇用・人間力の強化」(63)を目指して、早期再就職支援、ミスマッチの解消、良好な雇用機会の創出等様々な雇用政策を行っている。

今後も引き続き、こうした方向の雇用政策を充実・強化していくことが重要である。

(2)若年雇用政策の国際比較と我が国における在り方

 高まりをみせる日本の若年失業率

欧米諸国では、1970年代の石油ショック以降、若年失業率が急激に上昇し、深刻な社会問題となった。このため、早くから若年に対する種々の雇用政策が実施されてきた。

これに対して日本の若年失業率は、これまでドイツを除く欧米諸国と比較しても低い水準にとどまっている。しかし、先にみたように、日本の若年失業率は、90年代を通して上昇傾向にあり、最近では10%を超える水準にまで達している(第2-4-19図)。

ここでは、欧米諸国で実施された若年に対する雇用政策を概観し、欧米諸国の経験から何を学べるかを整理することとする。

 若年労働市場の特徴と欧米諸国の対応

一般的な若年労働市場の特徴としては、次の3つが指摘されている。

第1に、若年の雇用・失業は景気循環に対して極めて感応的である。これは、不況になって労働需要が減少すると、若年労働者は熟練度が低いため、採用が抑制されるなど、その影響を受け易いためである。

第2に、若年失業が一部の者に集中する。このため、これらの労働者は失業と就業を繰り返す傾向が強く、こうした労働者がやがて長期失業者になっていく傾向がある。

第3に、若年期の失業の経験や入職過程の違いがその後の就業状態や賃金に影響する。一般的に、労働者の技能は職場経験を通じて向上し、それによって賃金も上昇して、雇用機会にも恵まれることになる。これに対して、若年労働者が初期の雇用機会を失うと、技能向上の機会を逃すことになり、それ以後の就業状態や賃金に悪影響を与えることになる。

この3つの特徴に対して、欧米諸国では次のような対策がとられてきた。

第1の特徴に対しては、学校と企業が連携して、学生時代から職業技能や職業意識の養成を始めることによって、学生の就職が景気の影響を少しでも受けにくいようにする試みがとられてきた。具体的には、アメリカでは夏休みを活かして学生向けの長期インターンシップ制度等がみられ、ドイツではデュアルシステムが導入されている(コラム2-3参照)。

第2の特徴に対しては、失業期間が長期化しないよう早期の就業を促す必要があり、イギリスでは若年者向けニューディール対策が講じられた(前掲コラム2-3参照)。また、失業期間の長期化にともなって、求職活動を行う意欲が低下して公共職業紹介所に来なくなり、教育・雇用・職業訓練のいずれにも従事していない若者(NEET<Not in Education, Employment or Training>と呼ばれる)に対しては、アドバイザーが様々な相談にのるコネクション・サービスが実施されている。

第3の特徴に対しては、これまでのように企業における就業教育だけでなく、自ら職業能力を高めることが必要であり、アメリカではコミュニティー・カレッジが、高校からの入学者だけでなく、いったん社会に出て就職した人たちにも職業能力を高める機会を提供している。

 日本の若年雇用政策の方向性

高い若年失業率が早くから問題となっていた欧米諸国では、様々な若年雇用政策が行われてきた。一方、日本では、90年代まで若年失業率は低く欧米諸国ほど問題とされてこなかった。

しかし、90年代に入り、若年失業率は上昇を続けている。これに対して、政府は、「若年自立・挑戦プラン」を取りまとめ、企業実習と教育・職業訓練を組み合わせた若年者の人材育成の新たな仕組みである「実務・教育連結型人材育成システム(日本版デュアル・システム)」の導入や、ハローワークに配置するジョブサポーターによるマンツーマンのきめ細かな就職支援体制の整備、地域の主体的な取組による若年者のためのワンストップ・センターの整備等を進めることとしている。また、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」においても、雇用制度改革として、今後の時代を担う若年者の人間力強化のため、これらの施策の推進が掲げられている。

若年層の非就業者の増加は、日本経済にとって人的資源の蓄積が十分になされなくなる等将来の経済成長にマイナスの影響を及ぼすおそれがある。若年雇用政策については、今後とも積極的に進めていく必要がある。

コラム2-3 ヨーロッパ諸国における若年雇用政策

(ドイツ デュアルシステム)

ドイツは、他のヨーロッパ諸国と比較して若年失業率が低い。これは、ドイツにおいて「デュアルシステム」という、職業学校における職業訓練と、企業における職業訓練を組み合わせた制度が導入されている影響が大きい。この教育期間は通常16~19歳の2年半~3年半である。デュアルシステムの訓練生は生徒であると同時に訓練契約により企業に雇用されるため、訓練生賃金が支給され、社会保障制度の対象にもなる。また、訓練が実際の労働に則したものとなっているため、訓練から労働への移行がスムーズに行われるという利点がある。

しかし、最近ではこの「デュアルシステム」にも、(i)デュアルシステムからの企業の撤退、(ii)若年者の高学歴志向の高まり等による訓練志望者数の減少と訓練生の質の低下、(iii)企業の提供する訓練ポストと訓練生の希望とのミスマッチの拡大、等の問題が生じている。

(イギリス ニューディール対策)

一部の若年労働者は、失業と就業を繰り返した後、長期失業者となっていくケースが多いため、こうした労働者への対策が特に必要になっている。イギリスでは98年から「若年層のためのニューディール対策」を講じている。これは、失業保険申請を6ヵ月以上行っている全ての若年失業者(18~24歳)を対象にしている。まず最初に面接を受け、その後、就労のためのアドバイスをもらいながら、最長4ヵ月間、就職活動を行う。この間に就職できなかった者は、(i)助成金つきの就職をする(6ヵ月)、(ii)フルタイムの教育や訓練を受ける(最長12ヵ月)、(iii)ボランティア団体に就労する(6ヵ月)、(iv)環境保護活動に従事する(6ヵ月)、の4つのオプションから選択するか、開業して自営するかしなければならない。それを拒否すれば、失業保険の資格を失うことになる。上記オプション終了時においてもまだ就職することができなかった者は、更に4ヵ月間は就労のためのアドバイスを受けることができる。

ニューディール対策の効果については、政府系の研究機関では「失業の減少とより多くの雇用を達成した。コストよりも国民所得の増加等利益が上回った」と評価している一方で、会計検査院では「就職によりプログラムを離れた参加者が再び失業者として戻ってしまっている」との評価もあるため、これらを踏まえて改善のための見直しが行われている。