第2章 第3節 2 農業への新たな担い手の参画

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農業は、農業独特の税制や農地規制があり、製造業等と比較し生産コストに対する付加価値額が低く、収益を上げにくいといった理由から、かつては異業種からの参入が少ない分野であった。しかし、近年、農業に係る規制改革等の影響もあり、異業種からの農業参入がみられる。こうした異業種から農業へ参入する企業が、本来事業で培ってきた加工や流通のノウハウを活かすことで、農業の生産性の向上、ひいては地域経済の活性化につながることが期待されている。

(地元中小企業を中心とした農業参入 ~農地リース方式~)

耕作放棄地を有効利用するため、2003年4月から、構造改革特区制度に基づき、特区に指定された市町村において、耕作放棄地や耕作放棄地になりそうな農地等が相当程度存在する区域に限り、農業者でない株式会社や特定非営利活動法人等が、農地リース方式(特定法人貸付事業)で農業に参入可能となった。この政策は、2005年9月から、特区に指定された市町村に限らず、全ての市町村に適用されることとなった22

農地リース方式での企業等の参入が可能となった結果、農業に参入した法人数は、農地リース方式の特区制度が全国展開となった時の約1年前の2004年10月時点の71法人から、2009年3月には349法人へと約5倍に増加している。また、農業参入した法人(全国349法人)を業種別でみると、建設業からの参入が125法人(36%)と最も多く、次いで食品会社からが72法人(21%)となっている。また、地域別には、東北や中国での参入法人数が多い(第2-3-4図)。さらに、都道府県別に企業等からの参入法人数の多い順でみると、長野県32法人、鹿児島県31法人、青森県29法人、新潟県28法人、島根県27法人、鳥取県19法人となっている。これらの地域は、いずれも公共事業への依存度が高い地域であったが、公共事業の削減の流れの中で、建設業者にとっては経営存続や雇用確保のため、土木建設に代わる新たな分野にビジネスを拡大する必要があった。そこで、地域経済の構造変化の下、農地リース方式を活用し、農業へ参入する企業が増加した。土木建設作業で培った技術や既存の機械等を農業分野で応用できたことや、社員の中に農作業の経験者が多かったこと等も、参入を決意する要因となった。

第2-3-4図 一般企業の農地リース方式による地域別参入法人数
―企業等からの農業参入は東北地方と中国地方で多い―
第2-3-4図
(備考) 農林水産省「特定法人貸付事業(農地リース方式)を活用した企業等の農業参入について」
(2009年3月1日現在・速報)により作成。

島根県では、県が地域農業の担い手の育成・確保を農政の最重要課題の1つと位置づけ、企業の農業参入を積極的に支援してきた。その効果もあり、島根県は、中国・四国地域では企業等からの参入法人数が最も多い県である。また、島根県における参入法人の6割強が建設業からの参入である。島根県で農地リース方式の特区制度を活用して農業参入した建設企業の一つである江津市の企業は、2004年に会社の一部門として農業分野に進出し、有機JAS認証を取得し、水稲や大豆、ゴボウ等の生産・販売を行っている。その中には、地元の特産物である桜江ごぼうの栽培・加工といったその地域独自の作物の生産もある。農業への参入は、一企業が経営の多角化として始めることが多いが、共通の課題を抱える複数の地元建設業者が、同業者としてのつながりを活かし、共同出資による新会社や協議会を設立して農業に参入する事例もある。例えば、雲南市の建設業6社が出資して設立した有限会社は、設立当初から葉物野菜の水耕栽培を手がけてきたが、地元農協や周辺の水耕栽培農家とも連携し、品質確保や生産コスト削減等に取り組んできた。その結果、2007年9月に中国四国地域では初めてJGAP(日本版農業生産工程管理手法)のグループ認証を地元農協等とともに受けることができ、安全性を証明することで高付加価値化を図っている。

建設業に次いで農業への参入が多い業種は食品関係であるが、食品企業の場合は、自社が製造する加工食品の原料となる作物を栽培することが多い。例えば、愛知県設楽(したら)町の酒造会社は、地元産の酒米を原料としてきたが、地域における耕作放棄地の増加に危機感を抱き、地元産の酒米の安定確保と耕作放棄地の解消に貢献するため、農業に参入した。将来的には同社で使用する酒米量が収穫できる40haに規模を拡大することを目指している。従業員が酒米の生産段階から関わることで、良質な商品作りへのモチベーションを高められるといった効果に加え、中小の酒造業者は冬から春先が繁忙期であり、稲作を行う時期は閑散期に当たることから、農業分野への参入は社内の労働力の有効活用にもなっている。

こうした事例にみられるように、農業に参入した企業によって、安全・安心な農産物の生産や食品加工との連携により、地域農業に新たな担い手が参画することは、耕作放棄地の有効活用や雇用確保といった地域が抱える問題の解決にもつながっている。しかし、農地リース方式による農業参入は、耕作放棄地の整備等による初期投資が多大で、それが経営を圧迫するため、多くの場合、生産を軌道に乗せ黒字転換するまでに時間を要する。例えば、東北において、農業リース方式で農業参入した企業等57法人に対する聞き取り調査23によれば、営農を開始してから時間が経っていないことや、経営規模が小さい等の理由から農業経営が安定するまでには至っておらず、約7割の企業が本業からの赤字補填で農業を行っている状況である。しかし、今後については、規模拡大を考えている企業が6割であり、現状規模を維持する予定の法人を合わせると、9割強の法人が農業の継続を考えており、大半の企業は、中長期的な視点で農業に参入しているように見受けられる。また、調査対象法人の中には、農業生産法人に移行して本格的な農業経営の展開を目指すなど、農業を重要な成長分野と位置づけている企業もあるようである。

異業種から農業参入する事例が増加する中で、こうした異業種からの新規参入企業を支援しようとする企業もある。島根県では、ハウス栽培向けのガス販売等を通じてこれまでも農業との関わりがあった地元LPガス販売会社、県職員として農業技術支援に携わってきた県OB、地元IT企業、地域コンサルタント等が共同で、農業参入や農業技術、農産物販売等に関するコンサルタント会社を立ち上げ、農業融資に積極的な地域金融機関や早稲田大学発のバイオベンチャー企業とも連携し、異業種から農業分野に参入した地元中小企業等への農業経営の支援を開始している。

(大手外食業・小売業からの農業参入 ~農地リース方式~)

全国規模で事業を展開している大手企業が農地リース方式により農業参入する動きもある。その先行事例として、居酒屋チェーンを全国展開する企業がある。同社は、外食業者として安全な食材を提供したいという思いで、特区制度を活用し、地元生産者とも協力しつつ、有機野菜の生産を本格化させた。農業分野での本格的な事業展開のため、農業生産法人も立ち上げている。生産された有機野菜は、自社グループの店舗や介護施設において食材として利用されているほか、消費者にも販売されている。また、有機農法を広めるため、自らが生産者となって有機農法のノウハウを蓄積し、有機農家とのネットワークを構築することによって、有機農法に関する情報発信も行っている。さらに、同社の店舗で発生する生ゴミを堆肥化し再利用するなど、循環型農業の取組も実践している。農場は、千葉県、北海道、京都、群馬等で開設し、畜産事業にも進出するなど、経営規模を拡大しながら、本格的な事業展開を行っている。農業部門全体として参入以来赤字が続いているものの、2008年度決算では畑作部門が初めて黒字となった。

農業従事者の高齢化、耕作放棄地の増加は、多くの地域が直面する深刻な課題である。茨城県牛久市も、そうした課題を抱える地域の一つである。2005年時点で牛久市内の農地の約23%にも相当する460haが遊休農地となっており、農地所有者の高齢化等の理由で、今後さらに遊休農地や耕作放棄地となりうる農地も少なくないと懸念されていた。そこで、遊休地の有効活用に向けて、牛久市は、同市が首都圏に近く都市近郊型農業の立地として優れていることや、市が農地の選定から農地リース契約、参入後のアフターフォローまで、ワンストップサービスで参入企業を積極的に支援すること等を広く発信し、農業分野への企業誘致を積極化させた。こうした取組もあり、大手外食企業が、牛久市と農地リース契約を結び、自社グループの店舗で使用する野菜等の栽培を開始した。ある大手総合スーパーも、牛久市との農地リース方式で農業参入し、同社の店舗で販売する農産物の生産を開始した。同社は、自社のPB商品の範囲を加工品だけでなく、農産物にも広げており、これまでも、生産者と委託契約を結ぶことでPB農産物の生産を行っていたが、今回は、自らが農場を運営し、生産に直接参画するという新たな試みであり、農地面積もさらに拡大していく予定となっている。

(農業生産法人による農業参入 ~農地取得方式~)

農業生産法人の設立による農業経営は、農業分野の補助金や融資等の支援、地域からの協力や連携を受けやすいといったメリットがある。法人が農地の所有権を取得するためには、農業生産法人である必要がある。これまでも、大手外食チェーン、大手食品メーカー、百貨店、大手スーパー等が、地元生産者や農協と共同出資で農業生産法人を設立し、農業経営を行ってきた。農業生産法人を立ち上げ、自らが生産を行う企業の多くは、自社のニーズに合った農産物を確保するため、各地域の農家や農協と委託契約を結び生産に関わってきた実績を持つが、消費者の安全・安心に対する意識や環境に配慮した生産方法に対する関心が高まっているなか、より消費者ニーズに合った付加価値の高い農産物を生産するため、異業種の企業が本格的に農業に参画する動きは、今後も進むものとみられる。

(増加する植物工場)

農地を利用しない農業参入の代表的なものが「植物工場」である。そこで、栽培される作物は、サラダ菜、リーフレタス等の葉物野菜が主体となっている。植物工場の特色としては、施設内での生育環境を制御しての栽培であるため、天候に左右されず安定的な生産が可能であることや、形や品質をそろえやすいこと、生産履歴を正確に把握できること、農薬を使わない環境での栽培が可能となり、家庭等での洗浄が不必要な商品もつくれること等のほか、消費地に近い空きオフィスやインフラの整った空き工場・空き倉庫等の非農地や栽培不適地でも設置できる(地域や土地を選ばない)ことが挙げられる。他方、課題としては、依然として、生産コストが露地栽培品より高いということがあり、設置コストや運営コストを縮減するために、技術革新の取組等が行われている。

大手食品メーカーの中には、既に1990年代に大規模な植物工場を設けて本格的な生産を開始し、生産物を飲料や調味料等の自社の加工食品の原材として使用するだけでなく、量販店向けにも販売している企業もある。こうした食品メーカーの植物工場経営においては、それまでの生産者との契約栽培を通じて得たノウハウ等が活かされている。また、他社に先んじて植物工場を本格的に稼働し、植物工場運営のノウハウを蓄積した企業の中には、植物工場システム自体を販売する企業も出ている。

植物工場には、大手企業や中小企業、農業生産法人、社会福祉法人等が参入し、2009年4月現在で全国50か所に設けられ24、新たな施設の建設や既存工場の拡張を計画している企業等も多い。


22.
農地転用規制の厳格化や、農用地区にある農地は原則的に転用禁止として農地を確保する一方、「所有」にしばられることなく農地の「利用」が図られるようにするため、農地制度の見直しを盛り込んだ「農地法等の一部を改正する法律」が2009年12月15日に施行された。
23.
農林水産省東北農政局「特定法人貸付事業による企業等農業参入事例集」(2009年2月)
24.
農商工連携研究会「植物工場ワーキンググループ報告書」(2009年4月)による。植物工場数は全数調査でないことに留意する必要がある。

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