第2章 第3節 1 農業と他産業との連携の広がり

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第3節 新たな付加価値の創造に向けた農業分野の動き

我が国の農業は、農業従事者の減少と同時に高齢化も進行し、担い手不足の課題を抱えている。また、担い手不足等によって、耕作放棄地も増加傾向にあり、地域の主要産業である農業の活力低下が地域経済の衰退を引き起こしかねない地域が広がりつつある。こうした課題を抱える農業ではあるが、他産業との連携や異業種からの新規参入によって、活性化に向けた動きも広がりつつある。

1 農業と他産業との連携の広がり

(1)地域経済と農商工等連携

(求められる公共事業に依存しない地域づくり)

内閣府「県民経済計算」を用いて、2001年度から2006年度までの期間について、全国11の地域ブロック別の域内総生産の増減率をみると、多くの地域でプラスとなっている一方、北海道と四国は、全国的にはおおむね景気拡張局面であったにもかかわらず、マイナスとなっている(第2-3-1図)。そこで、需要項目別に寄与度分解してみると、公共投資の削減の影響から公的固定資本形成は全ての地域でマイナスに寄与しているが、それ以外の需要項目はプラスに寄与している。域内総生産の増加率が全国平均を上回る東海と沖縄では、ともに民間企業設備投資や純移出が大きくプラスに寄与している。東海では、輸送機械を中心とした製造業、沖縄では、観光型ホテルの新設・改築やコールセンターの進出が相次いだこと等から観光関連産業や情報通信関連産業を中心に、設備投資や移出が伸びたためと考えられる。他方、マイナス成長となった2地域をみると、北海道では、公的固定資本形成の大幅減に加え、民間企業設備投資もふるわず、四国では、公的固定資本形成の大幅減に加え、純移出がマイナスとなっている。

第2-3-1図 域内総生産の需要項目別 増減率寄与度
(2001年度→2006年度)

第2-3-1図

(備考) 1. 内閣府「県民経済計算」より作成。
2. 純移出=財貨・サービスの移出入(純)・統計上の不突合

域外需要との関係を地域比較するため、2001年度と2006年度の2時点で、域内総生産に占める純移出額20の比率を地域ブロック別にみると、多くの地域で、2001年度と2006年度ともに移出超過となっている(第2-3-2図)。しかも、2001年度はほぼ景気の谷の時期にあたり、2006年度は景気の拡張局面にあり、輸出が好調であったこともあり、多くの地域で2001年度から2006年度にかけて純移出比率を高めている。一方で、北海道、四国、沖縄では移入超過の傾向が続き、四国だけは、移入超過比率の改善(低下)がみられなかった。これらの地域は、いずれの地域も域内総生産に占める公的固定資本形成の比率が高い地域であり、公共事業の削減が影響したものとみられる。地域経済の自律的な発展には民間需要の拡大が不可欠であるが、そのためには、域内の需要喚起に加え、海外を含めた域外の企業や消費者に受け入れられる商品・サービスを創出することが急務となっていると言えよう。

第2-3-2図 域内総生産に占める純移出比率

第2-3-2図

(備考) 1. 内閣府「県民経済計算」より作成。
2. 純移出=財貨・サービスの移出入(純)・統計上の不突合
(農商工連携を通じた新たな付加価値の創造)

これまで公共事業への依存度が高かった地域では、農業が地域の主要産業であることも多く、公共事業に代り地域経済をけん引していく産業として、農業への期待が高まっている。こうした中、農業分野の活性化に向けて、地域経済の主要な担い手である農林漁業者と中小企業者が、互いの経営資源を持ち寄り有機的に連携することで、新商品や新サービスを開発し、新しい付加価値を創り出そうとする「農商工連携」の取組が各地域で広がっている。他方、地域の商工業者にも、近年、新興国の急成長により新興国との競争力格差が縮小しつつあり、構造変化に対応した新たなビジネス展開が求められている。商工業者の中には、これまでの製造や販売に関する独自のノウハウや技術が活かせる新たなビジネスチャンスとして、地域農業との連携を捉える事業者も増えている。

一般に、農林水産業の盛んな地域では、農林水産業とむすびつきの強い食品加工等の食料関連産業も地場産業として大きなウェイトを占めることが多いと考えられる。そこで、各地域の農産業と食料関連産業との関係をみるため、都道府県別に、県内総生産における食料品製造業の農水産業に対する比率を比較してみると、例えば、高知県は、同県と同程度の農業生産額の広島県、徳島県、沖縄県、山梨県、香川県と比較し、その比率は低い。農水産業の規模に比べ、食品製造業によって生み出される付加価値が小さく、農水産業と食料品製造業との連携が弱い状況にある(第2-3-3図)。しかし、農水産業と食料品製造業との連携を強化し、魅力ある商品・サービスを開発・販売できれば、食料品製造業の付加価値が増加できる。また、こうした魅力ある加工食品が製造されることは、農水産物の生産の増加や用途・販路の拡大にもつながり、結果として農水産業の付加価値の増加にもなる。

第2-3-3図 農水産業に対する食料品製造業の比率
―第1次産業と食品加工分野との連携が弱い地域が多い―

第2-3-3図

(備考) 農林水産省「生産農業所得統計」(2006年)、内閣府「県民経済計算年報」(2006年度)により作成。

農商工連携の取組を支援するため、「農商工等連携促進法」(2008年7月施行)が策定され、農商工連携に取り組もうとする農林漁業者と中小企業者が共同で行う新商品・新サービスの開発、販路拡大等の事業計画が国の認定を受けた場合、認証を受けた事業者に対して、信用保証協会の信用保証枠の拡大、日本政策金融公庫による低利融資、設備投資減税等の支援も講じられている。

高知県における農商工連携による産業振興

高知県は、美しく豊かな自然に恵まれ、数多くの偉人を輩出してきた歴史と風土を持つ一方、地域経済の雇用吸収力の低下から、新規高卒者の県内就職率の低下が続くなど、人口流出が続き、少子高齢化が他地域よりも先行して進むといった課題を抱えている。これまで地域の主要産業として、いわば、地域の強みとみられていた第1次産業においても、最近10年間に就業者が約2割減少するなど、担い手不足が深刻化し、地域の強みが強みでなくなりつつある。こうした厳しい状況に対し、高知県は、県経済の浮揚のため、「高知県産業振興計画」(2009年)を策定し、産業間の連携強化による地域産業の底上げ等に取り組んでいる。本計画の策定にあたっては、県内の各界、各層が共通の目的を持って取り組める計画とするため、知事のリーダーシップの下、市町村や各団体の代表者等の参加はもちろんのこと、住民座談会の開催等も行いつつ、官民協働での計画づくりを行った。

本振興計画では、重点として、第1に、農林水産業をはじめとする県内産業の地産地消を徹底することで、県内産業の力をつけ、国内外の市場に売り出すこと(地産外商(注))、第2に、国内外で売れる魅力ある商品・サービスづくりのための産業間連携を強化すること、第3に、生産地の力を強化し、担い手の育成等を通じ新分野に挑戦すること、を掲げている。

こうした計画策定の背景には、高知県では、第1次産品を加工せず、そのまま県外出荷する傾向が強いことが挙げられる。そこで、同県では、良質な農林水産物を出荷することに留まらず、食品加工業の育成のほか、農林水産業と食品加工産業、農林水産業と観光業との業種間連携を強化し、域外の需要を取り込める魅力ある商品・サービスの開発・販売に向けて、地域ぐるみの取組を始めている。

注) 「高知県産業振興計画」によれば、地域の様々な資源を県外に売り出して得るお金(外貨)を稼ぐこと。
(農商工連携の広がり)

農商工連携は、農産物直営所、農産物の加工場、農村レストランや観光農園、農畜産物のブランド化等の様々な形態で、各地域に広がっている21。こうした農商工連携は、川上の農林漁業者が主導して始まることもあれば、川下の小売業者の主導で始まることもある。近年、小売業者には、消費者の低価格志向の高まりやニーズの多様化に対応した商品の開発・販売が求められている。このため、小売業者が、卸売市場を通さず、有望な生産技術を有する農業生産者と取引契約を直接結ぶ動きが活発化している。代表的な例としては、プライベートブランド(PB)商品の開発・販売、有機農法によって生産された野菜の産地直送があげられる。

農林漁業者も、小売業との連携を通じて、従来型の市場を通じた流通に加え、新たな流通経路を確保できることとなり、これまで十分に活用されていなかった規格外の生産物の販売が可能になる。市場を通じた流通が難しい希少な品種についても、農林漁業者が地元の商工業者と連携することによって、地域の特徴ある加工食品として販売できるようにもなり、ビジネスチャンスを広げる契機となっている。また、農商工連携は、経営資源等が限られた中小企業等の間で行われることが多いことから、新商品・サービスの開発過程において、科学的な分析や高度な技術に関するアドバイス等を得るため、地元の大学や公設試験研究機関等と連携を組むことが重要となることもある。

沖縄在来ミカン「カーブチー」の再評価

農商工連携によって、価値が再評価された品種の一例として、沖縄在来のミカンであるカーブチーがある。カーブチーは果皮が厚く、種が多い上、生産も県内北部地域に限られていることから、加工には向かないとみなされてきた。このため、タンカンやシークワーサーが安定需要に支えられ量産・販売拡大を示す一方、カーブチーは年々減産の一途をたどり、流通からはじかれる状況であった。しかし、沖縄色豊かな自然食品や癒し効果のある商品を製造・販売する地元企業が、沖縄在来の品種であるカーブチーを何とか地域の特産物として生かせないかと、長年、試行錯誤してきた。その結果、果皮からは香水を、果肉からはジュースを製造・販売することができた。同社がカーブチーの香水の製品化に向けて取り組んだ時には、カーブチーに関する研究データがなかったことから、地元の公設試験研究機関の沖縄県工業技術センターや専門家の協力も得ることで、果皮から抽出した精油をフランスに持ち込むことができ、フランスで調香を行い商品化に至った。カーブチーのジュースの商品化については、特産のユズを使ったドリンクやポン酢等で成果を上げている高知県馬路村等の先行事例も参考にしつつ開発に取り組み、自然食志向の消費者をターゲットとして、大都市圏の食品宅配業者の販路も利用することで、販売拡大に取り組んでいる。このように、これまで青果としてのみ扱われていたカーブチーが、香水やジュースなどの加工原料として用途を拡大することは、カーブチーの付加価値が高まり、農家の生産意欲を高めるとともに、後継者の育成や若い世代の就農にもつながるものとみられる。


中山間地での農商工連携によるコンセプトが明確な商品づくり

高知県の四万十川中流域に位置する四万十町十和地区は、高知市から約110km、車で2時間強かかり、地区の大半は山地である。この地区では、通常の栗よりもかなり大きく、糖度が高いのが特徴の地元産の栗を地域で加工し、渋皮煮として地元企業が商品化している。この地元企業の事業コンセプトは、「ローカル(四万十川を共有財産に四万十の豊かさ・生き方を考えること)」、「ローテク(地元の技術・知恵や第1次、第1.5次産業にこだわる商品・産業づくり)」、「ローインパクト(四万十に負担をかけない、風景を保全しながら活用する)」であり、こうしたコンセプトに基づき、四万十の地域資源の潜在価値を見出し商品化につなげている。この地元産の栗を使った加工品は、こうしたコンセプトの下、地元生産者との意見交換を密に行いながら生まれたものである。

当地区での栗の収穫は急斜面での作業であることから、過疎化・高齢化が進むなか、栗が落ちても拾わないなど、栗園の荒廃も目立つようになっていた。こうした現状を打開すべく、同社は、地域資源である地元栗の特徴である大きさを何とか活用できないかと考え、地元産の栗の皮を地元でできる範囲で手間を惜しまずにむき、シロップ漬け(1.5次のローカル加工)することにした。高知市内の菓子原料メーカーと連携して、加工工場を地区内に開設し、約5か月の限定期間ではあるものの20名の地元雇用を創出している。製品の原料素材を生む栗園の保全にも力を入れている。

このように、当地区で地元企業が地域の生産者と加工業者とを結びつけ、アイデアと工夫によって製品が生み出されている背景には、地元の女性が中心となって組織されたむらづくり組織の活動がある。この組織は、高知市への産地直送販売や環境ISO14001認証取得による環境保全農業を行い、都市住民との「食」を核とした交流会や地域の交流拠点となっている道の駅でのランチバイキング(週1回開催)を運営するなど、地道な地域おこしの実践を続けてきた。また、地域と行政とのパイプ役である「地域支援企画員」(県職員)が地域振興の取組を側面支援していることが果たした役割も無視することができない。


20. 「純移出」=「財貨・サービスの移出入(純)」+「統計上の不突合」。「財貨・サービスの移出」とは、域外への財貨・サービスの移出や非居住者による域内での直接購入を指し、例えば、県外の企業や消費者による県内産品の購入や、県外からの観光客等の非居住者による県内消費が、当該県の財貨・サービスの移出に含まれる。
21. 農商工連携の身近な先進事例として、2008年4月に、政府は「農商工連携 88選」を発表した。また、農商工連携促進法により認定された農商工等連携事業計画は、2009年7月時点で250件である。

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