平成9年

年次世界経済報告

金融制度改革が促進する世界経済の活性化

平成9年11月28日

経済企画庁


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第1章 世界経済の現況

第4節 総じて鈍化傾向のアジア・大洋州

1 アジア:一部地域で減速

(経常収支赤字は全体では縮小へ)

東アジアでは,80年代半ば以降ほぼ10年にわたって,成長のリード役となった地域に変遷はみられたものの,総じて域内外からの投資の大幅な流入と輸出の拡大により高成長を達成してきた。しかし,96年にはアジアNIEsやASEANでエレクトロニクスの不振などから相次いで輸出が鈍化し,成長率がおしなべて低下することとなった。97年に入ってからは,アジアNIEsでは生産や輸出の回復がみられる一方,ASEANでは通貨の減価や国内の金融不安などから景気の先行きに懸念がもたれている国もある。中国ではこの間,それまでの高成長から安定成長へと移行しつつある。

地域毎の動向をみると,成長率は96年にアジアNIEs,ASEAN等東アジアで低下し,南アジアでやや加速した。97年は中国,ASEAN等で低下が見込まれる(第1-4-1表)。

物価上昇率は,96年にはほとんどの国・地域で低下し,全体でも大きく低下したが,97年には上昇に転じる国もあると見込まれることから,全体としては小幅な低下にとどまるとみられる。

経常収支は,中国,台湾,シンガポールなどを除くほとんどの国で赤字となっているが,96年に全体で大きく拡大した赤字幅は97年には縮小に向かうものとみられる。

(1)中国(香港を含む):安定成長へ移行

中国経済は,80年代以降過熱と引締めを繰り返し,その度に成長率や物価上昇率などにおいて急激な変動に見舞われてきた。90年代の初めにおいても,92年からは日本などからの直接投資が著しく増加し,93年には国内投資も増加して成長率が急拡大するとともに大幅な物価上昇が生じた。このため93年央には金利引上げ,貸出抑制などの引締め策をとったところ,徐々に投資は鈍化し,これにともなって物価上昇率にも低下がみられた。こうした引締め策は,反面で国有企業の経営環境を悪化させ,余剰労働力を増加させるなど影響が大きいため,95年以降部分的な金利引下げなどの緩和策もとられつつあるが,最近は食料や工業製品などの供給に余裕があるため,今のとこラ再度の物価上昇を引き起こすまでにはいたっていない。ただし,国有企業の赤字はその大半が依然として改善せず,財政上の負担となっている。政府は,国有企業の経営改善のため株式制度の導入等を推進している。

97年7月,香港がイギリスから中国に返還された。中国にとっては,今まで以上に貿易・金融面での結びつきが強まることになり,経済的な寄与も大きくなるものとみられる。他方,今まで香港の発展を支えてきた自由な経済システムの維持が中国の統治下でどこまで保障されるかが,今後の返還の成否を左右するものとなろう(コラム1-4「返還後の香港経済のゆくえ」参照)。

(中国:貿易黒字が再拡大へ)

中国の実質GDP成長率は,94年12.6%,95年10.5%の後,96年も輸出の鈍化や固定資本投資の引き続く抑制などにより,9.7%と高水準ながら緩やかに鈍化している(第1-4-2図)。97年1~6月期の成長率は9.5%となった。鉱工業生産増加率も95年14.0%の後,96年12.7%,97年1~6月期前年同期比11.6%と次第に増勢が鈍化している。鉱工業生産の鈍化については,家電製品や自動車などでの過剰生産・過剰在庫が背景にあるとみられることから,一層の生産調整の必要性も指摘されている。

消費者物価上昇率は,93年後半以降の引締め策により95年までの二桁上昇から96年には8.3%と4年ぶりに一桁上昇へと低下した。97年に入っても1~6期前年同期比4.1%と一層の沈静化傾向が続いている。この背景は,工業製品の供給過剰による価格の安定や豊作による農産物価格の安定などがある。

雇用情勢は依然改善がみられない。政府が公表している失業率は低水準であるが,実際の失業者数はさらに多いものとされており,その背景として国有企業の経営不振にともなう余剰人員の増加や農村部から都市部への労働力流入にともなう都市労働人口の増加が指摘されている。

国際収支をみると,95年は年前半の輸出の急増により貿易収支黒字が拡大したものの,経常収支は投資収支の赤字拡大から黒字幅は縮小した。96年には輸出に関する税制変更や実質為替レートの増価により輸出が鈍化したため貿易収支の黒字が縮小した反面,経常収支の黒字はやや拡大した。97年に入ってからは,輸出の増勢が強まっている一方,輸入が低水準で推移しているため,貿易収支黒字は増加している。

金融情勢をみると,マネーサプライ(M2)は,94年末には前年末比33.4%増まで伸び率が高まったが,引締め基調の政策もあり95年末同29.5%増と鈍化したあと,96年末には同25.3%増とさらに鈍化した。金利は95,96年と部分的に引き下げられているが,当局のスタンスとしては物価に対する配慮等から今後も適度な引締めを継続するとしている。対ドル為替レートは,94年の大幅切下げの後,95年にやや増価し,その後はほぼ横ばいで推移している。

財政は,70年代末ごろより赤字基調が定着し,90年代に入って赤字はさらに拡大傾向にある。96年度の財政赤字は548億元となった。

(香港:返還ブーム生じる)

香港は,95年に内需の不振から景気が停滞した後,96年には内需は回復したものの,輸出が中国の不振の影響もあって振るわず,これにつられて生産も落ち込むなど実質GDP成長率は95年と同様,4.7%にとどまった。97年に入ってからは中国返還をあてこんだ不動産ブームや消費ブームが生じており,成長率は97年1~3月期前年同期比6.0%となった。

物価は,96年には食料品価格の安定などから上昇率は低下した。雇用は,95年に上昇した失業率が,このところのサービス業などの雇用吸収力の拡大から低下しつつある。国際収支をみると,96年の貿易収支は輸入の鈍化から95年に比べ赤字幅がやや縮小したが,97年になってからは赤字幅がやや拡大している。金融面では,マネーサプライの伸びが96年には低下したが,97年になってやや高まっている。

アジア通貨の下落により,香港ドルの対米ドルペッグ制への信頼感が揺らぎ,10月に入って,対ドル・レート維持のため金利が上昇したことなどから株価が急落した。その影響を受けて,世界的にも株価は不安定な動きとなっている。


コラム1-4 返還後の香港経済のゆくえ

香港は経済的な自由,優れたインフラ,華南経済圏の中心,安定した政治環境,企業家精神溢れる人々などに支えられ,高い経済発展をとげてきた()。これら,香港経済発展の原動力となってきた諸要因が,97年7月1日をもって中国に返還されたことにより,どのような影響を受けるのかが注目されている。

英中共同声明,香港特別行政区基本法によって,一国二制度の維持,50年間の社会・経済制度不変が規定されており,通貨制度,貿易制度などは返還後も変わらないとされている。また,中国の対香港政策は,概ね香港の経済的繁栄を維持するようなものである可能性が高い。その理由としては,①香港の金融センターとしての中国に対する貢献は重要であり,香港を利用して中国が一層の経済発展を目指す,②台湾統一問題をにらみ,対香港政策における一国二制度を成功させたいとの中国政府の考えがあるためである。これらのことから,今後も香港経済の繁栄の基礎は維持されるとの見方が多い。

しかし,「法の支配の変質」(「人治主義の憂延」),さらに不動産,人件費等の高コスト体質による国際競争力の喪失などに対する懸念から,返還後の香港経済に対する悲観的な見方もある。


(2)アジアNIEs:一部を除き回復傾向

アジアNIEsでは,80年代後半の高成長の後,90年代始めにかけては輸出の不振等から成長率も鈍化した。その後,93年頃から投資や輸出が増加し始め,94,95年には,韓国,シンガポールで高い経済成長を達成した。これは折からの半導体ブームや円高による輸出の大幅な増加に牽引されたものであった。ところが,96年には半導体の市況悪化や円高是正等からこれら地域での輸出は急速に鈍化し,これに伴って一部の国・地域では経常赤字の急拡大や成長率の鈍化がみられた(前掲第1-4-1表)。

97年に入ってからは,当初おしなべて輸出の不振が続きおおむね減速気味であったが,その後台湾やシンガポールでは輸出や内需の改善から回復傾向にある。ただし,韓国では財閥の経営破綻から金融不安が発生するなど,景気の先行きに不透明感が増している。

物価は,96年に韓国でやや高まりを見せたが,その他の国・地域は95年以降落ちついた動きを示しており,今後も安定して推移していくものとみられる。

経常収支は,シンガポールでは,94年以降貿易外収支の大幅黒字から黒字が続いている。一方,95年に黒字幅が縮小した台湾では,96年には大幅に黒字が拡大した。96年に過去最大の赤字額を記録した韓国では97年に入って赤字縮小傾向で推移している。

(韓国:先行き不透明感増す)

韓国では,95年8.9%の高い成長の後,96年には世界的な半導体の市況悪化や円高是正による相対的なウォン高などによる輸出の大幅な鈍化から実質GDP成長率は7.1%と緩やかな減速となった。97年に入ってからは,労働法改正に関連する大規模ストが年初に起こり,生産・輸出が大きく鈍化し,1~3月期の成長率は前年同期比5.5%と引き続き減速した。4~6月期には外需を中心に同6.3%となったものの,財閥の経営不振等から経済の先行きに不透明感が増している。

物価は96年にやや高まったが,97年に入って低下してきている。96年の消費者物価は天候不順から農産物価格が上昇したため,前年比5.0%とやや上昇した。97年には農産物価格の安定に加え,サービス価格も低下傾向にあることから,上昇率は低下している。

雇用は97年初に大幅に悪化したが,その後改善がみられる。失業率は96年の景気減速に伴う所得減少で女性など従来の非経済活動人口の労働参加率が上昇したことなどから,97年3月に4年ぶりの高さである3.4%にまで上昇したが,その後低下してきている。

経常収支は,貿易収支赤字の拡大に加え,旅行収支などの貿易外収支の赤字も拡大したため,96年は237億ドルと過去最大の赤字額となった。97年になってからは,貿易収支赤字の縮小とともに経常収支の赤字幅は縮小傾向となっている。

金融動向をみると,資金需要の高まりからマネーサプライ増加率,市場金利が高水準で推移している。対ドル・レートは96年を通じて大幅に減価し,97年になってからもこの傾向は続いている。

(財閥の経営不振と金融不安の深刻化)

韓国では97年に入ってから30大企業グループのうちの韓宝,三美,真露,起亜の4つと大農のあわせて5つの企業グループが経営難に陥り,事実上倒産したものとみなされている。これら企業の負債総額(96年末)は17兆ウォンに達している(96年の韓国の名目GDPは390兆ウォン)。これら企業の破綻は,過大な借入による過剰投資,経営・市況判断の失敗による過剰在庫,企業防衛の失敗など直接的な原因はさまざまであるが,96年の輸出不振をもたらした世界的な競争激化が根底にあるものとみられる。OECDやWTOに加盟し,従来にも増して自由化の迫られている韓国企業の,高コスト体質に象徴される競争力の低さが問題となってきている。

また,こうした企業の破綻は,これら企業に多額の融資をしていた金融機関にも波及し,不良債権問題などから一部で経営不安を引き起こしている。韓国銀行によると金融機関の不良債権は都市銀行・地方銀行の総額で4.97兆ウォン(97年6月)にのぼっている。このため金融機関の国際的信用度も低下しており,国際市場で調達する資金には通常の金利に上乗せ金利が課せられている(いわゆる「コリア・プレミアム」,97年9月現在0.3~0.8%)。不良債権問題と国際的な資金調達難の拡大は金融機関の経営を圧迫し,貸出金利の上昇や企業への貸し渋りが生じるなど経済への悪影響もみられる。さらに,韓国の対外債務の増加(95年12月784億ドルから96年12月1,047億ドルヘ)や外貨準備の減少(96年6月365億ドルから97年5月319億ドルヘ)も国際的信用度の点で注目されており,このところの株価の低迷や為替レートの下落などと相まって経済の先行きに懸念がもたれている。

こうした事態への対応として,政府は97年8月,経営が悪化している民間銀行や金融会社に対する金融支援策,土地流動化策など不良債権問題対応策,部分的な金融自由化策などを中心とする金融市場安定対策を打ちだした。

(台湾:景気は回復傾向)

台湾では,95年後半から台中関係の悪化による投資マインドの後退等から内需が鈍化し,また96年にはエレクトロニクス関連の不況から輸出が伸び悩むなど,実質GDP成長率は5.7%と減速傾向で推移した。97年に入ってからは,輸出や工業生産が増加し,成長率が1~3月期前年同期比6.9%,4~6月期同6.3%と回復傾向となっている。

物価は,94年以降上昇率が低下しており96年後半に台風の影響による食料品価格の上昇からやや高まりをみせたが,その後は再び落ちついている。雇用は,95年まで失業率が1%台の低い状態が続いていたが,96年には景気減速の影響を受けて失業率が上昇し,2.6%と10年ぶりの高さとなった。97年も引き続き上昇ぎみで推移している。

経常収支は,92年以降黒字縮小傾向にあったが,96年は貿易収支の黒字拡大から一転して急増し,95年の48億ドルから105億ドルヘ黒字額が倍増した。97年は黒字縮小傾向となっている。

金融動向をみると,マネーサプライ増加率は鈍化している。金利は金融緩和の動きから低下している。対ドル・レートは緩やかに減価している。

(シンガポール:堅調な景気回復)

シンガポールでは,実質GDPが93,94年の二桁成長,95年にも8.8%と高成長が続いた後,96年にはエレクトロニクス製品の輸出不振から成長率は7.0%と鈍化した。97年に入ってからは,1~3月期に輸出の不振から前年同期比4.1%と振るわなかったが,4~6月期はエレクトロニクス製品の輸出増加から同7.8%と堅調に回復している。

物価は,95年以降年間上昇率が1%台と極めて安定しており,97年もこの状態が続いている。雇用情勢をみると労働需給は依然逼迫しており,失業率は95年の2.7%から96年は3.O%へとやや上昇したが,依然低水準で推移している。

国際収支をみると,96年の貿易収支は輸出の不振もあり赤字幅がやや拡大した。一方,サービス収支は運輸や旅行を中心に黒字が続いているため,経常収支も96年にやや黒字幅が縮小したものの引き続き大幅な黒字となった。

金融は,マネーサプライ増加率は緩やかな水準で推移している。貸出金利は横ばいで推移している。対ドル・レートは減価している。

(3)  ASEAN:一部で大幅減速

ASEANでは,フィリピンを除くタイ,マレイシア,インドネシアで80年代後半以降,直接投資の流入増加と輸出の拡大に基づく高成長を達成してきた。

フィリピンでも90年代の前半は不振であったが,それ以降は成長率の回復がみられる。しかし96年になると,タイ,マレイシアなどを中心に輸出の著しい不振がみられ,特に前年比マイナスとなったタイでは成長率もかなりの鈍化を示した(前掲 第1-4-1表 )。97年になってからも,輸出の回復が遅れていたところへ,7月にはタイを中心にASEAN主要国でそれまで割高であった為替の調整が生じ,各国通貨が大幅に減価した。これに対し,各国とも引締め策がとられていることから,97年の成長率は引き続き鈍化が見込まれている。また,タイなどでは95年以降不動産などの資産価格が下落し,不良債権問題から国内の金融不安も発生するなど,大幅に減速するものとみられる。

こうした中で,97年7月には,直前に内戦が勃発したカンボディアを除くミャンマーとラオスがASEANに加盟し,ASEAN9か国体制が成立した(コラム1-5 「拡大ASEANの成立」参照)。

各国の物価上昇率は,主要国では低下傾向となっていたが,97年8月以降,為替レートの減価から一部で上昇がみられる。

経常収支は,貿易収支赤字はおおむね縮小しているものの,各国とも依然高水準の赤字が続いている。

(タイ:金融不安から減速続く)

タイは,96年に輸出が大幅に鈍化したことから,実質GDP成長率は95年の8.7%から6,4%へと減速した。97年になってからも,輸出の回復ははかばかしくなく,加えて国内金融不安の発生もあって経済の不振が長引いている。

物価は,96年に前年の洪水などの影響による農産物価格の値上がりから上昇したあと落ち着きがみられたが,97年は為替の減価や増税などから大幅な上昇が見込まれぞいる。雇用をみると,失業率が95年1,7%,96年2.O%と低水準で推移するなど労働需給は逼迫していたが,97年には失業率の上昇が見込まれている。

国際収支は,96年に輸出の不振から引続き拡大した貿易赤字が,97年には輸入の減少から縮小している。経常収支赤字幅は96年にさらに拡大した。

金融をみると,マネーサプライの増加率は96年は前年よりも低下している。

金利は景気減速を受けて若干低下していたが,その後通貨の大幅減価に伴って上昇した。タイ・バーツは,97年7月2日,それまでの通貨バスケット制から管理フロート制へと変更された。この結果,タイ・バーツは6月末から9月末までの間に対ドルで約31%減価した。

(マレイシア,インドネシア,フィリピン:為替減価から成長率は鈍化傾向)

マレイシア,インドネシアは,93年から95年にかけて成長率が高まってきていたが,96年には金融引締めや輸出の鈍化などから成長率は鈍化もしくは横ばいとなった。一方フィリピンは直接投資の流入や輸出が好調なことから,94年から96年にかけて成長率が高まっていた。97年に入ってからは前半に輸出の回復がみられるなど,これら諸国の成長率に高まりがみられたが,年央の為替の減価により各国とも一層の引締め政策をとったことから,97年の成長率はいずれも鈍化が見込まれている。

物価は,マレイシアの3%台の上昇を筆頭にいずれも低下傾向で推移していたが,97年は為替の減価から各国とも上昇に転じるものとみられる。雇用情勢は,マレイシアでは96年に失業率が2%台となっているが,インドネシアでは雇用者の中に高い割合の不完全就業者の存在が指摘されており,フィリピンでは失業率は下がりつつあるがなお8%台と高水準である。

経常収支赤字は,マレイシアで縮小傾向,インドネシナ,フィリピンでは拡大傾向にあったが,いずれの国もGDP比でみて高水準の赤字となっている。

金融は各国とも引き締められており,金利が大幅に上昇している。マネーサプライの伸びは景気の減速を受けていずれも鈍化している。対ドル・レートは各国とも97年7月以降大幅に減価している。

(ベトナム:高成長が続く)

ベトナムは,実質GDP成長率が95年の9.5%の後,96年も9.5%と同様に高い成長となった。直接投資の大幅な増加により工業生産が高水準の伸びを示した他,農業生産も米作の豊作からこのところ高い増加となっている。

物価は95年までの二桁上昇が96年には一桁へと沈静化し,消費者物価上昇率は6.O%となった。国際収支は,貿易収支の赤字拡大から,経常収支赤字が高水準となっている。マネーサプライの増加率は緩やかに低下している。対ドル・レートはやや減価している。


コラム1-5 拡大ASEANの成立

ASEAN(Association of South East Asian Nations:東南アジア諸国連合)は,97年7月,既加盟国の7か国に加えてミャンマー,ラオスの2か国が加盟し,9か国となった。当初の予定では,カンボディアも加盟の予定であったが,直前に同国内に内戦が勃発するなど政治的混乱が生じたため,加盟は延期となった。ASEANに新規加盟がみられたのは,95年のベトナム以来であるが,今回の2カ国の加盟により,人口規模では4億7千万人,経済規模(名目GDP,95年)で6,600億ドルの共同体が形成された。

ASEANは,1967年に結成されて今年(97年)でちょうど30年が経過した。この間,東アジア諸国における経済発展は「奇跡」といわれるほどであったが,ASEANがこうした発展において果たした役割には大きなものがあった。発展段階からして極めて多様なこの地域の緊密な協力関係の形成・維持と域外に対する経済的発言力の向上が,その重要な成果といえるだろう。特に近年は,AFTA(ASEANFreeTrade Area:ASEAN自由貿易地域)に代表されるように域内貿易の拡大(全貿易額に占める域内貿易の割合は90年の4.O%から95年には5.5%へと高まっている)など相互依存関係の深まりが著しい進展をみせており,相互の発展を加速している。

この地域では,経済面で96年の輸出の鈍化や97年の通貨減価など,このところこれまでの高成長にやや水を差すような動きが続いているが,こうした事態に効果的に対応するためにも,市場の統一など共同歩調に基づく域内の結束が今後ますます重要性を増すことになるであろう。


(4)ASEAN諸国の通貨減価とその要因

ASEAN諸国の通貨は97年に入って不安定になっており,96年から続く一部諸国の輸出不振に加えて,経済の先行きにも懸念がもたれるようになってきている。これら諸国の通貨の中でも最も不安定であったのはタイ・バーツである。タイ・バーツは,96年後半から売り圧力が高まっていたが,97年5月には売り圧力が一層強まり,一時は通貨当局の強力な介入等により小康を得たかにみえたが,7月になり結局それまでの通貨バスケット制から管理フロート制へと為替制度を変更した。この結果タイ・バーツの対米ドル・レートは約3割減価した。フィリピン・ペソ,インドネシア・ルピア,マレイシア・リンギ等,その他ASEAN諸国の通貨も7月以降大きく減価している(第1-4-3図)。

ASEAN諸国の為替制度は,通貨バスケット制や管理フロート制をとるものが多いが,これまでの各国の為替レートは米ドルに近い動きを示してきた。これは,この地域の貿易や資本の取引において米ドルを利用する割合が圧倒的に高かったためである。この中でも特にタイ・バーツは,米ドルにほぼ固定されていたため,通貨バスケット制から管理フロート制への為替制度の変更とそれに伴う通貨減価は,同国の経済に大きな影響を及ぼすこととなった。ここではタイ・バーツを中心に通貨減価の要因,その対応策,他のASEAN諸国通貨の動向についてみてみることとする。

タイにおける大幅な通貨減価は,①自国通貨を米ドルにほぼ固定する為替政策により通貨が過大評価となり,貿易収支の赤字ひいては経常収支の赤字が拡大していたこと,②経常収支の赤字が金融自由化と国内高金利,米ドルにほぼ固定されていた為替レートによる資本流入によって支えられていたこと,③流入資本のうち不動産投資等必ずしも生産的でない資金使途から生じた金融不安及び株価低迷による資本流出,等によるものと考えられる。

(米ドルとの固定性を重視した為替政策)

タイでは,84年11月に為替制度をそれまでの米ドルペッグ制から通貨バスケット制に変更したが,その後今回の管理フロート制に変更するまでの間,米ドルに対する名目レートは狭い範囲の変動に抑えられており,事実上の米ドルペッグ制とかわらなかった。通貨バスケット制の下でのタイ・バーツの実質実効レートの動きをみると,90年代前半には,タイの物価上昇率はアメリカより相対的に高く,米ドルに対する実質レートは増価傾向にあった。対円でみると,円が米ドルに対し趨勢的に増価したため,米ドルと連動性の高いタイ・バーツの円に対する実質レートは減価していた。この結果,貿易ウェイトで加重平均した実質実効レートはおおむね安定的に推移してきた(第1-4-4図)。

しかし,95年後半以降は円が米ドルに対し減価に転じたことから,タイ・バーツの実質実効レートは増価に転じた。これが96年のタイの輸出不振ひいては経常収支の赤字拡大をもたらし(第1-4-5図),名目レート減価の要因となった。なお,タイの輸出不振には,輸出品目で競合の多い中国の通貨(元)の94年の対米ドル・レートで約33%の切下げも影響を及ぼしているものとみられる(前掲第1-4-3図,第1-4-4図)。

(金融自由化と経常収支の赤字拡大)

タイでは,88年以降,日本などから高水準の直接投資が流入していたが,90年代前半には,日本の直接投資の中国等へのシフト,タイ企業による対外直接投資の増加などから,ネットの直接投資は減少している。その減少分を補填したのが,90年代になって急増した借入を中心とした直接投資以外の資本流入(主に民間の短期資金の借入)である(第1-4-6図)。

資本流入が拡大した要因としては,①90年から93年にかけて実施された金融自由化(特に93年のバンコク・オフショア市場の開設),②海外のドル建てに比べて国内のバーツ建ての金利が高かったこと(第1-4-7図),③ドルにほぼ固定された為替レートにより為替リスクが認識されていなかったことなどがあったが,一方でタイも積極的に外資を取り入れていた(第1-4-8図)。タイの銀行部門の海外からの借入残高は,90年の45.5億ドルから96年の259.1億ドル,非銀行部門の借入残高は90年の65.1億ドルから96年の418.5億ドルへと増大した(なお,タイへの資本流入が主に民間資金であったことが,94年のメキシコヘの資本流入が主に公的資金(短期国債)であったのとの違いである。このため,タイの場合はメキシコのような大規模な資本流出は生じていない。ただし,為替レートの減価を防ぐために7月初の為替制度の変更までにタイの通貨当局は大規模なドル売りを先物で行っており,その総額は234億ドルに達するとしている)。

高水準の資本流入は,それまでの直接投資に代わって国内の大幅な投資超過を可能にし,経常収支の大幅な赤字拡大を支えた。

(外資政策の変更による不良債権の顕在化)

高水準の資本流入は,一方で輸出産業の設備投資など直接投資の減少に伴う不足資本の補填に使われたが,他方で相当量が不動産投資等,外貨の獲得に貢献することの少ない産業への投資に向けられたとみられる。タイの銀行の建設,不動産,金融業(金融業の多くはファイナンス・カンパニーであり資金は不動産業に貸し付けられた)への貸出額をみると,85年の807億バーツから,90年には3,132億バーツ,95年には9,252億バーツとなった(第1-4-9図)。この資金が90年以降の不動産市況の悪化の際も,それら企業の経営を下支えしていた。不動産市場の市況を表す指標として,バンコクのオフィス供給動向をみると,空室率が高いままで大量の供給が続いている(第1-4-10図)。

ところが95年10月に外資政策が変更され,銀行が外貨貸出の際の為替リスクを部分的に負担しなければならなくなったため,銀行の外貨貸出は抑制され,不動産業への資金供給にも急ブレーキがかかった。このため資金不足から不動産業の経営が立ち行かなくなり,金融機関の不良債権が顕在化した。タイ政府によると,97年6月の商業銀行の不良債権額は3,700億バーツで,総貸出額に占める不良債権比率は8.17%であった。こうした中で97年6月と8月にはファイナンス・カンパニー91社のうちあわせて58社が営業停止処分になるなど,国内でも金融不安が生じている。こうした金融不安は,株安をもたらし,タイに対する証券投資などの資金流入を縮小させている。

(金融面での対応策と今後の経済への影響)

為替の大幅減価に対して,97年8月5日タイ政府は10項目からなる包括的経済再建策を発表し,これを受ける形で8月11日IMFを中心とする公的支援策がとりまとめられた。

包括的経済再建策の主な内容は,対外面では外貨準備の確保,経常収支赤字の抑制などであり,また,国内面ではインフレ抑制,財政安定,金融システムの改革などからなっており,具体的には付加価値税の引上げ(7%から10%へ),電力,水道など公共料金の引上げなどの施策を講じることとしている。

IMFを中心する支援策は,総額約160億ドル程度の融資である。融資の内訳は,IMFと日本がそれぞれ40億ドル,世銀等が約30億ドル,東アジア諸国等で50億ドルである(その後,中国の10億ドル等が加わり,総額で172億ドルとなっている(97年9月現在))。

タイ経済への今後の影響としては,緊縮的な包括的経済再建策の実施により実体経済の悪化が予想される。タイ中央銀行の見通し(97年8月)によると,97年の経済成長率は2.5~3.O%程度と96年の6.4%に比べかなりの低成長になるとしている。また,IMFの見通し(97年8月)によると,経済成長率は97年2,5%,98年3.5%,消費者物価上昇率(年末値)は97年9.5%,98年5.O%,経常収支赤字(GDP比)は97年5.0%,98年3.O%などとなっている。

(他のASEAN諸国通貨の動向)

タイ・バーツの減価にあわせて,周辺のASEAN諸国の通貨も7月以降減価している。これは,程度の差はみられるものの,いずれもタイと同様,ドルとの固定性の高い為替政策がとられており,この結果,実質実効レートが増価し輸出競争力の減退をきたしていたこと,金融自由化などにより資本流入が拡大しているが,こうした資本が必ずしも生産的な投資に向けられていなかったり,過大・不急のプロジェクト建設に向けられたりしたことから,経常収支赤字が各国とも必要以上に高水準となってしまっていること,などによるものである。なお,ASEAN各国の対外借入残高のGDP比をみると,96年でタイの42.9%に対して,マレイシア25.4%,インドネシア27.6%,フィリピン14.6%となっている(第1-4-11図)。

フィリピンでは,タイが管理フロート制に変更したあとペソ売りの動きが強まり,通貨当局は介入や金利引上げで対応していたが,7月11日に米ドルに対する許容変動範囲の拡大を発表した。この結果,フィリピン・ペソは6月末から9月末までの期間で約23%の減価となった。

インドネシアでも,タイ・バーツの為替制度変更の後ルピアに売り圧力が強まり,7月11日にはルピアの対ドル変動幅を従来の8%から12%へと拡大した。その後も通貨の売り圧力は続き,8月14日には変動幅の管理を廃止し完全変動相場制に移行した。インドネシア・ルピアも同期間で約26%の減価となった。

マレイシア・リンギは,当初減価は小幅であったが,最近徐々に減価幅は拡大してきており,同期間で約22%の減価となっている。

なお,今後の経済動向については,フィリピン,インドネシア,マレイシアの各国とも,通貨減価に伴う金融引締めから金利が上昇していること,大規模なプロジェクトの延期・中止などの措置がとられていることなどから緩やかな減速が見込まれる。マレイシア政府が8月下旬,フィリピン政府が9月上旬それぞれ為替減価に伴う金利上昇などから,成長率の当初見通しからの下方修正を表明している。

(ASEAN諸国の通貨減価の日本への影響)

なお,ASEAN諸国通貨下落とそれに伴う景気減速の日本に与える影響を考えると,貿易面では日本の対ASEAN4か国への輸出シェアが12.4%,直接投資先としてのシェアが10.3%(いずれも96年度)であることから影響は限定的と考えられる。ただし,日本の輸出品は機械や部品なので相手先国の所得よりも投資に依存すること,また,邦銀のタイへの貸付額は375億ドル(96年末)にのぼることから今後とも事態を注視する必要がある。

(5)南アジア:概ね鈍化傾向

(インド:拡大テンポが鈍化)

インドは,91年の経済改革以来順調な成長が続いていたが,この間の耐久消費財ブームが一段落したことと,電力や運輸部門などでインフラのボトル・ネックが顕在化してきたことなどから,このところ工業生産の増加率が低下し,成長率も鈍化してきている。実質GDP成長率は,94年度(4月~3月)7.2%の後,95年度7.1%,96年度6.8%となった(96年度は見込み)。鉱工業生産も95年度前年度比11.7%増から96年度同6.8%増となった。一方,農業生産は95年度前年度比0.4%減から良好な天候要因もあり,96年度同3.0%増(見込み)となった。

物価は,金融引締めやエネルギー価格,農産物価格などで抑制策がとられたことにより95年度後半から上昇率が低下していたが,96年度後半からエネルギー価格の上昇などにより再び高まりをみせている。雇用は,就業者数が増加を続けており,特に製造業や建設業で著しい伸びがみられる。

国際収支は,景気拡大による輸入の増加から貿易収支の赤字が拡大したため,経常収支赤字も拡大している。

金融はインフレ率の低下を受けて緩めに運営されており,市場金利も低下している。対ドル・レートは緩やかな減価傾向で推移している。

(パキスタン:農業の不振から鈍化)

パキスタンは,92年度(7月~6月)から94年度まで成長率は高まっていたが,95年度は工業生産がやや伸びを高めたものの,農業生産が鈍化したため実質GDP成長率は4.6%と鈍化した。96年度は工業生産,農業生産それぞれの大幅な不振からさらに鈍化し,成長率は3.1%(見込み)となった。

物価は,95年度に上昇率が低下した消費者物価が,食料品やエネルギー価格の上昇から,96年度に再びやや上昇率を高めた。失業率は5%台の水準で横ばいで推移している。

経常収支赤字は,輸入増加による貿易収支の赤字拡大から95年度は拡大したが,96年度には縮小している。金融は,マネーサプライが低下傾向にあるものの,その水準は高い。対ドル・レートは減価している。

2 大洋州:緩やかな成長続く

(オーストラリア:景気に力強さ欠ける)

オーストラリアでは,80年代末の不況に対し,90年代初めに金融を緩和したところ,内需の拡大から好況となり物価が上昇し,経常収支赤字が拡大した。このため94年には金融引き締めを行った結果,投資が鈍化した。しかしその後物価が沈静化し,金利も低下したことからこのところ投資は再び増えている。一方で硬直的な労使関係から失業率が高止まりし,物価や金利が沈静化している割りには消費が伸びていない。このため景気は緩やかな拡大を示しているものの,実質GDP成長率は95年3.5%の後,96年は3.4%へと鈍化がみられるなど力強さに欠けている(第1-4-12図)。こうした中で,政府は労働条件決定システムをこれまでの全国組合による中央集権的な労使交渉から企業別レベルの労使交渉によるものに変更するなどして労働条件の柔軟性を高め,失業率の低下を促すといった労使関係の制度改革を推進している。

物価は,96年から低下傾向が続いており97年に入ってからも1%台の上昇と落ち着いている(前掲第1-4-12図)。失業率は95年以降8%台で高止まりしている。

国際収支は,経常収支赤字が95年に拡大したものの,96年には輸入の鈍化による貿易収支赤字の縮小を受けて縮小した。

金融面では,政策金利が96年以降低下しており,マネーサプライは高水準の伸びとなっている。対ドル・レートは96年増価の後,97年央より減価している。

(ニュージーランド:拡大テンポが鈍化)

ニュージーランドにおいても,90年代初の金融緩和の影響から93,94年には高成長となり,物価上昇と経常収支赤字の拡大がみられたため,94年から金融引き締めが行われた。この結果,設備投資の減速と為替レートの増価による輸出の減速が生じ,景気は94年半ばから拡大テンポが鈍化している。こうした景気情勢の中で物価上昇率もこのところ目立って低下しているため,96年末から金融は緩和に転じている。97年は政府支出の増加などにより成長率は高まるものとみられている(前掲第1-4-1表)。

国際収支は,貿易収支が黒字となっているものの,債務の利払いなどから所得収支で大きな赤字となっているため経常収支は赤字が続いており,赤字幅は最近拡大している。対ドル・レートは内外金利差の拡大から増価していたが,金融の緩和を受けて減価傾向にある。