平成9年

年次世界経済報告

金融制度改革が促進する世界経済の活性化

平成9年11月28日

経済企画庁


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第1章 世界経済の現況

第3節 緩やかな景気回復が見られるヨーロッパ

1 西ヨーロッパ:通貨統合参加国決定を控え,参加条件達成への努力

(通貨の減価により輸出主導の回復を示すドイツ・フランス)

西ヨーロッパ全体の景気を,EU15か国全体で見ると,1995年春の欧州為替相場の大幅な変動による先行き不透明感等から景気が減速した(実質GDP成長率は,94年3.0%,95年2.5%:第1-3-1図)。

96年に入ってからも,年初には厳冬による建設業の停滞等から,ドイツ,フランスを中心に景気の足踏みが続いた。しかし,国によって差はあるものの,EU全体でみると景気 は緩やかに改善した(実質GDP成長率は,96年1~6月前年同期比1.3%,7~12月同1.9%)。

97年でも,ドイツ,フランスでは為替の減価傾向が続いたことにより輸出が好調であり,景気は回復している。また,イギリスは内需が成長に大きく寄与しており,景気は拡大している。EU全体として,景気の緩やかな回復傾向は今後も続くものと見込まれる(欧州委員会見通し97年10月発表:97年実質成長率2.6%)。

しかし,イギリスを除き,97年央時点においても景気の緩やかな回復が失業の減少をもたらしておらず,失業率は高水準で推移している。ただし,97年後半には雇用情勢は改善すると見込まれている(欧州委員会97年10月発表:96年失業率10.9%,97年失業率見通し10.7%)。

(1) EUの深化と拡大に向けた取組

EUでは,主権を異にする国の間で共通の通貨を流通させようとする壮大な試みが始まろうとしている。欧州経済通貨統合(EMU:Economic and Mon-etary Union)は,99年1月1日よりスタートするが,そのための諸々の準備が進められている。また,95,96年には,市場経済に移行した中・東欧諸国が相次いでEUへの加盟申請を行っており,これに伴いEUでは,中・東欧への拡大に向けた準備が進められている。

ここでは,1)EU通貨統合へ向けた各国の準備と単一通貨の安定性のための①財政規律及び②中央銀行制度に関する準備を概観し,2)EUの拡大に向けた条約改正について整理する。最後に,3)通貨統合を「最適通貨圏の理論」に基づいて考察し,通貨統合がメリットをもたらすために必要な条件をみる。

1)  通貨統合の準備状況

EU域内で単一の通貨を持つべきという構想は,70年のウェルナー・ルクセンブルク首相を議長とするEMU検討委員会の報告である「ウェルナー・レポート」により打ち出された。さらに80年代,ドロール欧州委員会委員長を中心に通貨統合の具体的な計画等を検討する委員会が組織され,89年4月の「ドロール・レポート」により提言がなされた。「ドロール・レポート」の提言は,マーストリヒト条約(欧州連合条約)によって具体化され,通貨統合に向けた取組を3段階べ行うこととなった(第1-3-2図)。

90年7月から93年末までの第1段階では,資本移動の自由化と各国の経済状況・政策に関するサーベイランスの強化が実施された。

94年から98年末までの第2段階では,欧州中央銀行の準備機関として欧州通貨機構(EMI:European MonetAry Institute)が設立されるとともに,各国の中央銀行制度の見直しなどが行われている。さらに97年6月,アムステルダムにおけるEU首脳会議で,単一通貨の安定性維持のために各国財政に規律を課した「安定と成長の協定」の正式合意がなされ,単一通貨「ユーロ(euro)」をマーストリヒト条約どおり99年から導入することが確認された。

今後,98年の春を目途に通貨統合への当初参加国を決定し,その後各国通貨間の交換レートを決定することとなる。なお,EU加盟15か国のうち,イギリス,スウェーデン,デンマークの3か国は,通貨統合への当初参加を表明していない。

通貨統合の第3段階である99年以後は,これまでのECU(欧州通貨単位:European Currency Unit)が1対1の交換比率でユーロに変わり,各国通貨はユーロ及び他の通貨統合参加国通貨に対して固定され,金融機関の多くはバランスシートの資産・負債項目をユーロ建てで計算するとみられる。これにより,インターバンクでの取引の多くはユーロ建てで計算されることになる。この場合,例えば個人が各国通貨で預金をすると,個人の勘定が各国通貨で表される一方,銀行の負債には,ユーロの増として計上される。また,証券市場では,ユーロ建てで取引がなされる。ただし,企業の帳簿上の勘定においてユーロを使うかどうかは,各企業が自由に判断できる。一方,消費活動等のための商取引は各国通貨で行われるが,遅くとも2002年には紙幣とコインも現実に流通することとなっている。

① 単一通貨の安定性と財政規律

各国は単一通貨の安定性のために,通貨統合の参加にあたり,マーストリヒト条約の5つの収斂条件(物価,金利,為替相場,単年度財政赤字,政府累積債務)を達成することが求められている(第1-3-3表)。

現状では,上記の5つの条件のうち財政赤字及び政府累積債務を除く3つについて,ほとんどの国が達成しており,政府累積債務の達成状況については,これが急激に減少するものではないことから,減少傾向がみられることで条件を満たしていることになる。

一方,財政赤字については,収斂条件の達成の度合が各国で差があることから注目されている。また,EU内で最も影響力が大きいとされているドイツは,その歴史的背景から物価の安定を重視する立場にあり,ユーロが容易に為替相場の下落が生じない強いユーロ(ハードユーロ)になることが重要であると考えている。したがってドイツは,ハードユーロを実現するために,条約が規定する3%以下という基準を厳格に適用することに固執してきたが,最近,ドイツ自身の財政赤字達成が不可能となるのではないかという観測が高まっており,このことも財政赤字基準が注目されている要因となっている。

97年10月の欧州委員会の見通しをみると,各国とも財政赤字収斂基準を達成する動きを示している(第1-3-4図)。しかし,3.0%の厳格な達成の不可能ないくつかの加盟国が,会計的操作などを行って通貨統合に参加しようとしている,という見方があり,依然として,通貨価値の下落が生じ易い,弱いユーロ(ソフトユーロ)になるとの観測が高い(ハ-ドユーロ,ソフトユーロについては,本章第5節コラム参照)。


コラム1-2 通貨統合とイギリスのオプト・アウト

EUでは,欧州中央銀行による一元的な金融政策に各国中央銀行が同調するよう,ユーロが導入される99年1月までに,マーストリヒト条約及びESCBと不整合な法律を改正することを義務づけている。

しかし,イギリスは,EMUの第3段階に参加しない権利(オプト・アウト (opt-out)条項)を有している。イギリスは通貨統合のメリットに懐疑的な上,金融政策の決定権を欧州中央銀行に委譲することについて,国家主権を損なうものとして懐疑的であったことから,自国の判断による第3段階への移行に関する規定を求めた。そして,オプト・アウト条項は,マーストリヒト条約の付帯決議として認められた。

この条項により,EMUの第3段階に各国が移行しても,これに参加しない限り,第3段階に向けた国内法改正の義務を負う必要がなく,前政権時代には,イギリスは通貨統合参加に対して留保の姿勢をとっていた。

97年5月,イギリスにおいて労働党政権が誕生し,労働党政権は,通貨統合に対して前向きであると考えられていることから,政権発足直後,イギリスの99年当初からの通貨統合への参加について注目された。これに対し政府は,イギリスは通貨統合には当初からは参加しないが,長期的に見て,通貨統合参加のための条件が整い,また参加する必要性が高いと考えられる時期になれば,通貨統合に参加するであろう,という考えを表明し,前政権から継続したスタンスを示した。


② 単一通貨の安定性と中央銀行制度

通貨統合後のユーロの通貨価値の安定を図るため,中央銀行制度の準備が進んでいる。94年には欧州通貨機構が設立され,ユーロ圏内における物価・通貨価値の安定のための金融政策の検討,及び欧州中央銀行制度(ESCB:Eur-opean System of Central Banks)の具体化の準備等を行っている。

98年には,金融政策を担当する欧州中央銀行(ECB:European Central Bank)が設立され,99年1月から通貨統合参加国の金融政策を一元的に行うこととなるが,ECBの金融政策について現在注目されているのは,ECBの独立性をどのように,そしてどの程度保つか,及び物価・通貨価値安定のためにどのような戦略を用いるかということである。

マーストリヒト条約には,ECBの独立性について,ECB並びに各国中央銀行は,EUの機構,加盟国政府またはその他いかなる者にも指図を求めたり指図を受けてはならないことが規定されている。しかし,ECBが金融政策を一元的に行う一方で,EMU域内全体の経済政策を行う中央組織を設立してはどうかという提案がフランスからなされた。

この点については,97年6月のEU首脳会議において,今後検討していくことが決定された(なお,マーストリヒト条約に掲げられた物価の安定という金融政策の目的を達成するための具体的手段については,第2章第5節参照)。

2)  EUの拡大

EUは経済通貨統合を完成させ,政治的統合に深化するための計画を実行するとともに,中・東欧諸国の加盟により参加国を拡大する構想を検討している。

市場経済に移行した中・東欧諸国,特にEU加盟国に隣接する諸国では,移行後,輸出入総額に占めるEU諸国の割合が90年代に急速に上昇するなど,EU諸国への依存度が高まっていった(第1-3-5表)。しかし,EU側からみると,中・東欧諸国との貿易は依然小さく(全体額の2%以下),またEU諸国は中・東欧への輸出に関する障壁は全廃し貿易の拡大を図ったものの,輸入に関しては障壁を残していた。そこで多くの中・東欧諸国が,こうしたデメリットをなくすためもあって,95年にEUへの加盟を申請した(第1-3-6図)。

一方,EUは,96年3月から,中・東欧への拡大のために必要な条約改正及び制度改革を検討し,97年6月のEU首脳会議において次のように決定した。

会議では,①統合段階の各加盟国ごとの格差を認め,加盟国の国内事情に配慮し,準備が整った加盟国から先行して統合を進める,②欧州委員会の委員の数については今回は結論を出さず,新規加盟国に対しては委員は1人参加とし,その後委員数及び票の割り当てを決定することとした。さらに,③議決方法の改革については,多数決で決定できる分野を拡大し,また全会一致の分野についても「建設的棄権(全会一致の原則の下で,賛成した国だけが決定事項に関する履行義務を負い,反対すれば履行義務がないという制度)」を導入することとした。

こうした制度改革が行われ,また欧州委員会も7月,EUに対し,中・東欧の6か国との加盟交渉を開始するよう勧告した。この6か国の選定のしかたは,93年6月のEU首脳会議で定められた条件,すなわち①民主主義の確立,法制の整備,人権の尊重及び少数民族の保護などを保証する安定した制度を備えていること,②健全な市場経済が存在し,EU域内の競争圧力に対抗できる能力を有していること,③EUの政治,経済,通貨統合の目的に同意することを含め加盟国としての義務を果たせるかどうか,という条件に基づくものである。検討の結果,現在この条件を満たす国はないものの,加盟に向けて努力を続ければ中期的に条件を満たす国として,交渉勧告対象国6か国が選定された。

新規加盟交渉は98年1月から開始されるとみられている。この6か国がそのまま交渉開始を認められるかどうかは12月の首脳会議べ検討されることとなるが,EU拡大の第一歩が踏み出された。

3)欧州通貨統合と「最適通貨圏の理論」

単一通貨の導入により,通貨統合参加国(Ins諸国)は,経済的なメリットを持つこととなる。通貨統合のメリットは,一般には,為替変動リスクの除去,単一通貨市場形成による市場統合の効果増大等があげられている。

しかし,単一通貨を導入した場合,各国は独自の金融政策を失うため,自国内で生じた経済ショックを為替レートによって吸収できなくなるというデメリットを持つこととなる。「最適通貨圏の理論」では,①経済の開放度,②経済動向の収斂,③経済構造の多様性,④労働力移動の柔軟性と賃金の伸縮性,⑤経済動向の悪化に伴う財政のトランスファーの有無,を考え,これらの度合が高いほどデメリットは小さく,メリットが大きくなるとしている。

それぞれについて主要EU諸国をみると,①アメリカや日本に比べて開放的であり,為替リスク除去によるメリットが大きい(第1-3-7図)。また②生産動向に収斂がみられる(第1-3-8図)。③経済構造の多様性,つまり統合する国どうしの産業構造の分散の大きさと互いの経済構造の類似性をみるために,ここでは水平分業の進展の度合を用いたが,この度合は高く,経済構造が多様化している(第1-3-9表)。これらから,一産業におけるショックが他の産業により吸収されやすく,こうしたショックが互いの経済に類似した影響を与え,為替による調整の必要性が小さいことが分かる。

しかし,④労働市場では,賃金決定方式の硬直性が存在し(「平成4年度版世界経済白書」第1章第3節参照),労働力移動も,各国ごとに言語,労働慣習,制度が違うため,域内の労働力の移動は自由であるものの現実的には制約がある。さらに⑤財政のトランスファーについては,農業政策などにおける恒常的なものは存在するものの,経済ショックを吸収するための財政のトランスファー制度はない。「最適通貨圏の理論」では,経済ショックの吸収が,労働市場における柔軟な調整,財政移転での調整によって行われることとしているが,現在のEUにおいては,「最適通貨圏の理論」が意図するような経済ショックの吸収は完全には行われないと考えられる。

(2)ドイツ:96年春から緩やかな回復続く

ドイツ経済は,95年の景気の減速の後,95年末から96年初まで足踏みをしていたが,96年春以降,景気は緩やかに回復している(実質GDP成長率は,96年前年比1.4%,97年1~6月期前期比年率1.8%)。

マルクの減価傾向は,96年初に始まり,97年に入ってからも続いている。加えて,時間当たり賃金上昇率も96年前年比2.3%,97年1~6月期前年同期比1.4%と安定している。これらの要因が,ドイツの輸出産業の競争力を回復させたことから,輸出が伸び,貿易収支は黒字で推移している(第1-3-10図)。

生産をみても,国外向け製造業新規受注数量が96年7~12月期前期比2.2%増,97年1~6月期同6.7%増となり,さらにこのところ国内向けも増加傾向を示すようになるなど,対外部門の堅調さが国内の生産部門へ波及する動きがみられている。ifo製造業景況感指数も改善を続けている。

為替の減価傾向は,一方で輸入物価の上昇を通じ,消費者物価上昇を加速する要因になると懸念されたが,賃金の上昇が低く,消費者物価上昇率は97年4~6月期前年同期比1.5%(96年前年比1.5%)と安定を保って推移した。また,通貨供給量増加率は,97年初大幅に伸びたものの,年央にかけて低下,97年9月は,対96年第4四半期比5.2%と,ドイツ連銀の目標圏内(3.5~6.5%)で推移している。なおドイツ連銀は,通貨供給量の伸びをさらに抑制するために,97年10月,レポ金利を3.00%から3.30%へ引き上げた。

一方,個人消費は回復の力が弱く,また,建設投資は,97年に入り停滞しており(97年1~6月期前期比年率8.5%減),今後の見通しも弱いものとなっている。

なお,ドイツ政府は,96年1月に決定した「投資と雇用のためのアクション・プログラム」の実行に取り組んでいるが,年初から議論されていた所得税率,法人税率の引下げを含んだ税制改革については,9月,高所得者層が受ける利益の方が大きく,また減税財源に乏しいなどとする連邦参議院の反対に遭い,廃案となった。

(東西で差がみられる景気回復とその一時的要因)

ドイツ経済における建設部門の低迷は,建設業に依存する旧東独(新連邦)地域に深刻な影響を与えている。97年1~6月期の実質GDP成長率の動向を東西別にみると,旧西独地域では前期比年率2.2%増と景気回復の足どりが強くなっているのに対し,旧東独地域では同2.2%減と,統合後最大のマイナス成長となった。

東西間で景気回復に大きな差がみられる要因は,一時的なものと構造的なものに分けられる。一時的要因とは,住宅取得促進税制が96年限りで廃止されたことである。旧東独地域では,東西統一後,住宅に対する需要超過を埋めるために住宅建設が進んだ。しかし近年,空室率が急激に高まるなど住宅建設が過剰となったため,同税制は廃止され,住宅建設が急減した。住宅建設の低迷に伴い,旧東独地域で雇用を支えていた建設部門での解雇が相次ぎ,旧東独地域の経済に深刻な影響を与えている。

(旧東独地域の構造問題)

構造的問題とは,東西統一後,旧東独地域復興のための一時的な財政移転措置が恒常化することで,旧東独地域が政府からの財政支援に依存する体質となってしまったことである。

東西統一後,政府は旧東独への直接投資の増加を目指す目的から,財政的支援による同地域の復興に力を注いだ。96年までに移転された財政支援の額は1兆マルクにも達するといわれている(96年のドイツの名目GDPは約3兆5千億マルク)。しかし,インフラの整備が進んだ一方で,それほど多くの投資が旧東独地域に入ってきておらず,復興のための一時的措置であった財政支援が恒常化することとなった。

新たな投資が旧東独地域に入ってこない要因は,①労働者の質は高いものの,西独地域の7割強という賃金水準や高い社会保障費等を考えると,中・東欧諸国やアジア諸国に比べ,投資先として必ずしも有利とは言えない,②中・東欧諸国への進出拠点という点についても,道路等のインフラの整備が,進んだものの未だ不十分であること,等が考えられる。

こうしたことから,投資補助金,特別減価償却,低利融資等の民間投資を促進するための政策措置にもかかわらず,旧東独地域は投資家にとって魅力的なものとなっていない。

(旧東独地域に対する経済構造改善のための取組)

このため,連邦政府,経済界及び労働組合が旧東独地域の雇用促進のための共同イニシアティブを策定し,ドイツ政府は,旧東独地域に対する雇用促進のための支援を2004年まで継続することを決定した。

共同イニシアティブについては,税制上の支援措置の対象を製造業及び関連サービス業等に重点を置いて継続する一方,償却余地の少ない中小企業について,特別減価償却制度から投資控除制度への切り替えを進めること,また低利融資制度等その他の主な支援措置についても継続すること等を主な内容としている。

政府の雇用促進支援については,97年の旧東独地域における雇用を少なくとも96年のレベル(640万人)で維持し,98年以降の雇用を年間10万人程度増加させることを優先課題とし,賃金水準と生産性のかい離を解消し,職業訓練機会を拡大すべきとした。

(3)フランス:外需の好調に支えられ,回復

フランス経済は,95年3月の金融引締めなどから減速し,95年10~12月期には実質GDP成長率は,前期比年率マイナス1.1%を記録した。96年は,アメリカ,イギリスの景気拡大,年央からのフラン安進展による外需拡大があったものの,個人消費は一進一退,在庫投資・法人固定投資は低迷するなど内需は盛り上がりに欠け,全体では低成長にとどまった。97年に入リフラン安が更に進んだことから,貿易黒字は拡大し,外需の好調から生産活動が活発になるなど,景気は回復している。実質GDP成長率は,96年の1.5%から97年1~6月期は前期比年率2.7%となった。

失業率は,95年7月を底に上昇し,高水準で推移している(97年8月12.5%)。雇用情勢の悪化から,個人消費はやや伸び悩んでいる。ただし,97年6月の総選挙で70万人の雇用創出を公約に掲げた左派(社会党,共産党他)が勝利して以来,消費者心理は好転している。消費者物価上昇率は,97年に入り前年同月比2.O%以内で推移,8月は前年同月比1.5%と安定している。

中央銀行は,97年初に市場介入金利を史上最低の3.10%に引き下げたが,10月にはドイツの利上げに伴い,3,30%へ引き上げた。マネーサプライ(M3)は97年4~6月期,前年同期比0.8%減と伸び悩んでいる。

為替のフラン安基調に急激な変化のない限り,外需の好調は持続するものと考えられ,フランス政府は97年の成長率を2.2%に達すると見込んでいる。

(失業問題と政府の雇用創出策)

雇用情勢は,過去最悪の状況が続いており,その中でも若年層の失業状況は深刻である。97年8月の求職者数313.2万人の内訳を見ると,25歳未満の若年層の求職者数は57.7万人で,全体の18.4%を占めている。失業率では,全体の12.5%に対し,25歳未満の若年層は24.7%で,4人に1人が失業している状況にある(第1-3-11図)。

フランスの雇用情勢の改善しない理由として,①高水準の最低賃金,②雇用主の社会保障負担が高いこと,③失業保険給付が手厚いこと等の構造的な問題がある。若年層の失業率が特に高い理由としては,企業の採用慣行(新規学卒一斉採用でなく欠員補充型)や職業教育が産業ニーズに対応していないことが考えられる。

97年7月,ジョスパン内閣は若年失業者のために公立学校の補助職員等のポストを年内に3~5万人分創出する計画を発表した。続いて8月には,最低賃金の8割相当額を政府が財政資金で負担し,警察や教育,文化関連の公的部門で98年末までに15万人,その後1年~1年半で20万人を加え,合計35万人の若年者雇用を創出する法案を閣議決定した。さらに,解雇の法的規制強化を検討する一方,ワークシェアリングによる雇用創出を目的とした「給与削減なしの労働時間短縮」(現行週39時間を2000年には35時間に短縮,一部中小企業除く)の法制化も表明している。

以上の政策により,短期的には失業率の低下が見込まれるが,構造的な問題は残る。財政赤字(後述)の増大につながる可能性も高い。一方,97年7月に最低賃金の4%引上げが決定するなど,雇用コストは増大している。「給与削減なしの週間労働時間短縮」の導入は,更なるコスト増となり,フランス企業の競争力低下を招くものと懸念されている。

一連の政策を見ると,フランス政府は,規制緩和によって市場経済メカニズムを積極的に活用するのではなく,直接労働市場に介入する方法を選択したと言えよう。今後のフランス労働市場の動向が注目される。

(財政赤字問題・98年度予算案)

フランス政府は,欧州通貨統合参加条件の「原則として,財政赤字のGDP比は3.O%以内であること」を達成するために努力を続けてきたが,社会保障改革等の構造改革には国民の反発が強く,改革は遅々として進んでいない。

97年度予算では,歳出増の抑制,フランス・テレコムの民営化にががる補填金などで上記目標を達成するとされていたが,政権交代後97年7月の政府会計監査では,「追加的な緊縮策が取られなければ,本年度の財政赤字の規模はGDP比3.5~3.7%に達する」との結果が出た。税収が当初の見込みほど伸びていないこと,予想以上に社会保障支出が伸びたことが主因である(第1-3-12表①,②)。

監査結果と同時に,法人税に関する増税,法人のキャピタル・ゲインに対する課税の強化による220億フランの歳入増,防衛費20億フランを含む100億フランの歳出削減計画が発表された。合計320億フランの赤字削減額は,GDP比0,4%に相当し,97年度の財政赤字はGDP比3.1~3.3%に抑制される見込みとなった(第1-3-12表③)。

97年9月には,98年度予算案が閣議決定され,同時に97年,98年の財政赤字のGDP比はそれぞれ3.1%,3.O%となるとの見通しが発表された。98年度予算案は,歳出の伸び率を1.36%と,消費者物価上昇率(97年9月発表の政府見通しでは,98年の消費者物価上昇率を1.4%とした。)の範囲内に抑えた緊縮型予算で,雇用創出策については,97年に続いて防衛費を大幅に削減するなどで財源を確保する内容となった。

今後,政府は雇用創出策のため,97年には20億フラン,98年には120億フラン,99年には270億フラン,2000年と2001年には350億フランの財政資金を投入する予定である。また,最低賃金の引上げには44億フラン必要とされていることから,財政赤字拡大のリスクは残っている。


コラム1-3 財政赤字削減のデフレ効果は大きいか?

ヨーロッパ大陸の多くの国では,通貨統合の収斂基準を満たすことを目標に,財政赤字の削減を断行している。しかし,一方では財政赤字の削減が景気を減速させ,失業率を高止まりさせていると指摘されることも多い。

財政赤字を削減することによって経済成長率は鈍化するのだろうか?96年IMFがまとめた緊縮財政と経済成長率に関するレポート(Fis一cal Reforms that Work)によると,緊縮的な財政政策は,①実質金利を低下させ,②将来に対する増税観測が低下し投資,消費を増加させること,などから経済成長にはプラスに寄与すると結論付けている。

その証拠としてIMFは,アイルランド(87~89年),デンマーク(84~86年)などの国では,大幅な財政赤字や歳出の削減を行い,成長率が上昇したことを挙げている。

は,80年代(80~89年)と,90年代(90~96年)の構造財政赤字(GDP比)の削減幅と経済成長率の関係を見たものである。これによると,相関係数は有意ではないが,むしろ財政赤字の削減幅が大きい程,実質GDP成長率が高くなる傾向が観察される。

ただし,この結果はIMFの研究も含め,成長率が低いと税収が上がらず財政赤字が拡大するという関係を示しているのかもしれない。もちろん,ここでは景気の変動要因を除去した構造財政赤字を用いているので,景気が良いと税収が増加するという経路は遮断されているが,労働人口の伸びが低下する経路,また石油価格が下落して交易条件が改善するなどの経路は遮断できないので,この面からの影響が表れたと解釈できる。


(4)イギリス:個人消費を中心に,景気の拡大が続く

イギリス経済は,92年の下半期から景気拡大を続けている。95年に入ってからは,大陸ヨーロッパ諸国の景気減速とイギリス国内の財政・金融引締め政策の効果などによって景気の拡大テンポは一時,緩やかなものとなった。その後,96年後半からは個人消費を中心に内需が拡大してきており,景気は再び高まりをみせ始めた。97年に入っても,景気の拡大は続いており,実質GDP成長率は,97年4~6月前期比年率4.0%となった。

物価は,安定した推移が続いているものの,97年中頃から消費者物価上昇率が高まってきている。イギリスの消費者物価上昇率には,持家の住居費として帰属家賃の代わりに住宅ローン利払費(97年消費者物価バスケットに占めるウェイトは,3.9%)を含んでおり,金利の動向に左右される。すなわち,物価を抑制するための金融引締め局面で消費者物価上昇率が高まる傾向がある。そこで,イギリス政府は,住宅金利を除くベースの消費者物価指数を公表し,金融政策目標として重視している(イギリス以外の消費者物価指数では,住宅ローン利払費を含まないのが通常)。

雇用は,景気の拡大に伴って改善傾向が続いており,失業率は,97年8月5.3%となり,90年4月以来の低水準となった。経常収支の赤字幅は縮小傾向にあり,96年は6.8億ドルの赤字となった後,97年4~6月期は14.5億ドルの黒字を計上した。マネーサプライ(M4)の増加率は97年8月前年同月比11.6%増となった。

イングランド銀行は,内需の高まりによって,インフレ圧力が台頭してきたことに対処するために,金融引締めを実施し,97年5月以降4か月連続で政策金利(レポ金利)を引き上げた(97年9月現在年7.O%)。しかし金融引締めのスタンスがポンドに増価圧力をかけ,過熱感の見られない輸出産業の価格競争力に悪影響を与えるというジレンマに見舞われており,イングランド銀行は金融政策の難しい舵取りを迫られている。

(景気を牽引する個人消費)

96年後半から97年までの景気拡大の主な牽引役は,個人消費の拡大である。

個人消費の主な拡大の理由としては,①個人の実質可処分所得が増大したこと,②住宅金融組合等の普通銀行転換等に伴う家計の一時的な所得増(wind-fall gains),③家計純資産の増大による資産効果,があげられる。

実質個人可処分所得は,92年以来,年率約2.6%で増加してきたが,96年同3.8%増となり,拡大テンポが速くなってきている。95年以降の実質個人可処分所得の押し上げ要因を分解してみると,非賃金収入の増加と雇用増の効果の寄与度が大きい。特に,96年の非実質賃金収入の増加は,実質個人可処分所得増の6割以上を占めており,中でも,生命保険や年金基金からの配当収入及び,利子収入の増大が大きく寄与している(第1-3-13図)。

また,一時的所得増(ハリファックスなどの住宅金融組合等が普通銀行等に転換するにあたり,組合員へ株式が無償で割り当てられることに伴う所得増)が個人消費を押し上げていると言われている。イングランド銀行は,一時的所得増の合計は97年で359億ポンド(96年個人消費の約7.6%)に達し,その一部が97年に消費に回ることによって97年の個人消費を約1%押し上げると予想している。

さらに,家計の純資産が株価や住宅価格の上昇により,増大基調にあり,97年1~3月期前年比約9%増加した。家計純資産の増大は,資産効果を通じて個人消費を押し上げている。

(労働党の18年ぶりに政権復帰-金利政策決定権限は中央銀行に委譲-)

97年5月1日に下院総選挙が実施され,労働党が大差で保守党を破り,18年ぶりに政権を握った。労働党が,財政赤字の削減や規制緩和などの保守党の推進してきた主要な経済政策を大きく変更する動きは今のところ見られないが,97年5月には金融制度の改革に着手し,金融政策の運営上の責任を大蔵省からイングランド銀行に移管することを決定した。

金融政策の決定に関しては,インフレ目標を政府が設定することについての変更はないものの,従来月例金融協議を経て大蔵大臣が決定していた政策金利は,97年6月以降は新たにイングランド銀行に設けられた金融政策委員会(Monetary Pollcy Committee)が決定することとなった。月例金融協議は,イングランド銀行総裁と大蔵大臣の協議の場であり,最終的には大蔵大臣の判断で金融政策を決定していたため,イングランド銀行の独立性が高まったことになる。

また,政府はイングランド銀行にあった銀行監督権限の移管を含む金融監督制度の抜本的改革案を発表した。同改革案によると,銀行,証券,投資顧問業者などに関する監督権限(経営の健全性の監督,預金者・投資家保護など)は原則として一つの機関(証券投資委員会:Securities and Investment Boardを改組して設置される新監督機関)に統合される予定である。監督権限の集中化によって,①多くの金融機関が同時に複数の機関に監督されるという非効率性や,②金融業の多様化によって監督責任の所在が曖昧となっていた旧制度が改善されることになる。

(5)イタリア:景気は緩やかに改善

イタリア経済は,リラ安によっで93年末以降輸出主導の回復を遂げた。しかし,95年後半には,輸出の伸び悩みなどから急速に減速し,実質GDP成長率は,96年前年比0.7%増,97年1~3月期前期比年率1.1%減となった,。その後,97年4~6月期は同6.7%増となり,景気は緩やかに改善してきている。

しかし,緊縮的な財政政策が継続されていることなどから,景気の回復は緩やかなものとなる見通しである(97年実質GDP成長率見通し:1.2%,97年9月政府見通し)。

物価は,生計費上昇率が97年4~6月期1.6%となり,安定している。失業率は依然として高水準で推移しており,97年7月は11.7%となった。経常収支は黒字傾向にあり,97年5月は44.9億ドルの黒字を計上した。

金融面の動向を見ると,長短金利は97年に入って緩やかな低下傾向にある。

マネーサプライ(M2:18か月超のCDを除く)増加率は,97年6月前年同月比10.0%となり,イタリア銀行の目標値(5%以下)を上回った。なお,イタリア銀行は,6月に公定歩合を0.5%ポイント引き下げ,年6.25%とした。

(EU通貨統合に向けて,緊縮的な財政政策を継続)

イタリア政府は,99年の通貨統合に向けて財政の緊縮化を急いでいる。94年からの景気拡大と歳出削減によって一般政府の財政赤字(GDP比)は,94年9.6%から95年7.O%,96年6.7%(欧州委員会見通し)へと低下してきている。

イタリア政府は,景気の停滞と高失業率の継続にもかかわらず,EU通貨統合への参加を最優先課題に掲げ,歳出削減を進めている。

イタリア政府(一般政府べース)の総歳出(政府消費+経常移転支出十総資本形成)のGDP比を見てみると,93年58.6%をピークに,94年55.8%,95年54.0%と低下してきており,歳出の削減が進展している。しかし,総歳出の中でも過半を占める社会保障支出(95年総支出比34.9%)と利払い費(同21.2%)の削減は思うように進んでおらず,一層の財政赤字の削減には,①年金改革を含めた社会保障関連支出の削減,②債務残高の削減と金利の低下を通じた利払い費の削減,が必要不可欠となっている(第1-3-14図)。97年6月にイタリア政府から発表された「財政・経済3か年計画」では,98年の歳出削減額(15兆リラ)の約3分の2は社会保障関連支出などの移転支出の削減によるものと予定されており,財政赤字(一般政府ベース)のGDP比は98年2.8%,99年2.4%,2000年1.8%まで低下すると見込まれている。しがし,同計画では,社会保障関連の具体的な構造改革案は示されておらず,政府見通しが達成できるかどうかは,年金改革を中心とした具体案の作成と今後の実効性にかかっている。

(6)スペイン:内需主導の拡大続く

経済は,93年に実質GDP成長率が1.2%減とマイナス成長を記録したが,ペセタ切下げ,欧州域内の景気回復による輸出拡大を背景に,94年初めから外需主導で回復を開始し,95年半ばにかけて景気は順調に拡大した。95年下半期には,欧州域内の景気減速を受けてスペイン経済も一時的に減速したが,96年初めからは輸出に加えて個人消費が牽引役となり,景気は再び回復軌道に乗った。

97年に入り,外需は減少しているものの,個人消費は堅調で,投資も回復するなど,内需主導の景気拡大が続いている。実質GDP成長率は,97年4~6月期前期比年率3.5%となった。消費者物価上昇率は,97年7月前年同月比1.6%と,安定している。失業率は,改善傾向にあるが,97年7月19.9%と依然高水準にある。国際収支をみると,96年7~9月期から経常収支は黒字に転換している。貿易収支は赤字が続いているが,赤字金額は減少している。

中央銀行市場介入金利は,97年9月末現在5.25%と過去最低水準にある。マネーサプライ(M3)は,97年に入り伸び悩んでいたが,足下では増加基調にある。

財政赤字のGDP比は,公務員給与凍結等の巌しい措置や,景気拡大による税収増,金利低下による国債の利払費軽減効果により,減少傾向はある。欧州委員会は97年4月,スペインが通貨統合参加条件の3.0%を達成するとの見通しを発表した。

(成果の出始めた労働市場改革)

スペインの失業率は,過去10年にわたって欧州で最悪であり,その水準は欧州平均の失業率より約10%高い。女性の労働市場進出が進んだこと,92~93年の欧州景気後退期に出稼ぎ労働者が大量に帰国したこともあるが,①解雇の際に支払う補償金(以下,解雇補償金)の負担が平均で年収の1.5年分,最大で月収の42ヶ月分と重いこと,②解雇にかかる規定が複雑であるこよ,③失業給付が手厚いこと等の構造的問題が,高水準の失業を招いていると考えられている。

第1-3-15図 スペイン:構造改革により失業率低下

スペイン政府は上記の問題意識に基づき,段階的に構造改革を進めている。

92年には失業保険の給付期間短縮(6か月→4か月),給付までの待機期間延長を行い,94年には①若年者対象の期限付き雇用契約の導入,②同契約終了後の正規採用に対する奨励金支給,③解雇に係る手続きの簡素化(手続日数の短縮,解雇の正当理由の範囲拡大),④労働時間の規制緩和,⑤失業保険給付金への所得税課税・社会保障費負担の導入等を行った。一連の改革と景気拡大の恩恵を受け,失業率は94年の24.1%から96年は22.1%へ改善したが,その度合いはわずかだった。

このため97年に入ってからは,①解雇補償金水準を最大で月収の24か月に抑えた新形態の終身雇用契約の創出,②同契約を結んだ企業への社会保障拠出金,所得税の減免措置導入,③解雇手続における法廷での承認手続きの省略,といった更なる改革が行われている。改革の成果は,徐々に現れており,97年4~6月期の失業率は,20.7%どなった。

2 中・東ヨーロッパ:経常収支赤字が拡大

中・東ヨーロッパでは,ポーランド,ハンガリー,チェッコの主要3が国の景気拡大が94年以降続いている。96年末までには,3か国ともOECDに加盟を果たし,EU加盟も視野に入れるなど,先進国への仲間入りも着々と進めている。しかし,ポーランド,チェッコでは96年以降,経常収支赤字が拡大するなどの問題も顕在化している(第1-3-16図)。

ルーマニア,ブルガリア等,その他の中・東ヨーロッパ諸国は,未だ市場経済への移行途上にある。

なお,97年7月に発生したポーランド南西部の洪水により,ポーランドやチェッコで被害が出ている。この洪水被害が経済に与える影響は,ポーランドよりもチェッコの方が大きいとみられ,財政面への影響が懸念される。

(ポーランド:内需拡大に伴い,経常収支悪化)

ポーランドでは,実質GDP成長率が92年にプラスに転じ,94年以降は5~7%台の高成長が続いている。96年及び直近の97年4~6月期の実質GDP成長率は,それぞれ6,O%,7.6%となった。95年までの成長は,EU向け輸出の拡大が支えてきたが,96年以降,内需の拡大を中心とした成長となっている。景気拡大を受け,失業率は95年の14.9%から96年は13.6%,97年8月は11.O%と,改善傾向にある。

輸出は,95年のEUの景気減速と自国通貨ズロチの実質増価により,95年前年比18.4%増から96年同11.2%増へと伸びが鈍化した。一方,国内需要が95年前年比8.4%増から96年同12.0%増と大幅に拡大したため,輸入は消費財を中心に95年前年比22.7%増,96年同26.5%増と大幅な伸びを記録した。その結果,貿易収支赤字,経常収支赤字は拡大傾向にあり,経常収支赤字はGDP比95年1.9%から96年6.3%まで大きく拡大した。なお,消費者物価上昇率は,ズロチの実質増価による輸入物価の安定により,95年前年比27.8%から96年同19.9%へ低下している。

(ハンガリー:財政緊縮策の効果現れる)

ハンガリーは,93年以降,社会保障関連支出の増加や自国通貨フォリントの実質増価などの影響により,財政収支と経常収支の赤字に悩まされた。このため,95年3月以降,財政引締め,輸入課徴金の導入,フォリントの切下げなどを盛り込んだ「ボクロシュ・プログラム」と呼ばれる財政緊縮政策がとられている。

財政の緊縮により,実質GDP成長率は,95年1.5%,96年0.8%と減速した。

しかし,96年後半から,生産は回復しており,実質GDP成長率は,97年4~6月期前年同期比1.2%増と景気の拡大がみられる。なお,緊縮政策に伴い,経常収支と財政収支の2つの赤字は共に95年以降縮小に向かっており,物価上昇率も低下している。失業率は,95年以降ほぼ横ばいで推移しており,97年8月は10.4%で゛ある。

(チェッコ:変動相場制に移行)

チェッコでは市場経済化後,94年から実質GDP成長率のプラスが続いており,96年は4.1%となった。内需拡大により,95年初より貿易収支,経常収支の赤字が拡大している。特に経常収支赤字は,94年GDP比0.2%から95年同4.1%となり,更に96年には同8.1%と急速に拡大した。

政府は,96年2月に為替相場の基準レートからの変動許容幅を拡大し(上下0.5→7.5%),為替変動リスクを高めることによって短期資本の流入抑制を図ってきた。97年5月には,経常収支赤字の拡大を背景に資本流出が起き,チェッコ・コルナは大幅な減価に見舞われた。このため97年5月末には,通貨バスケット制を廃止し,変動相場制に移行した。

消費者物価上昇率を見ると,96年は8.8%,97年6月前年同月比6.7%と低下傾向にあったが,97年央から,エネルギー価格の値上げや洪水の被害による食品価格の上昇により,8月同9.9%と上昇している。

(その他中・東ヨーロッパ諸国:インフレ昂進が見られる)

ルーマニアでは,90年からの市場経済化のスピードは前述の3か国に比較して緩やかなものであったが,96年12月の新政権発足後,緊縮政策,交通,電力,一部食品等価格の自由化,外国為替に関する規制の撤廃等から成る経済改革プログラムが発表され,改革が行われている。改革の過程で,消費者物価上昇率は急上昇(97年1~3月期前年同期比115.7%)し,自国通貨レイが対ドルで96年末の4,130レイから7,000レイ台まで減価するなどしている。

ブルガリアでは,91年から漸進的な改革が進められ,実質GDP成長率は,94~95年にプラス成長に転じたものの,インフレの昂進は続いていた。96年には,GDPの約1割を占める農業生産が前年比10%以上も落ち込んだことなどを背景に,実質GDP成長率は,96年前年比11%減となった。消費者物価上昇率は,95年の33%から96年は311%に昂進した。

銀行の倒産,金融危機や政治的な混乱もあったが,IMFによる金融面などの安定化プログラムの実施,西側諸国からの資金支援,民営化収入などにより,ブルガリア経済は,97年前半には危機的な状況を脱しつつある。

3 ロシア :下げ止まりの兆しがみられるロシア経済

ロシアでは,92年の市場経済への移行開始以来マイナス成長が続いていたが,95~96年には実質GDP成長率は前年比4.O~5.O%減となり,97年1~8月期は前年同期比0.O%となるなど,経済は下げ止まりの兆しがみられる。鉱工業生産は,96年の前年比5.5%減から97年1~8月期前年同期比1.4%増とわずかながらプラスに転じている(第1-3-17図)。雇用情勢を見ると,失業率は96年末の9.3%・から97年6月末は9.5%とやや悪化している。消費者物価上昇率は,95年以降財政補填のための中央銀行借入を禁止したことなどから低下基調にあり,95年は前年比131.3%,96年は同21.8%,97年8月には前年同月比14.9%となった。

貿易収支(「シャトル貿易(運び人による個人貿易)」を含まない)は,黒字を続けており,97年4~6月期の非CISとの貿易収支黒字は72億ドルに達した。

(投資の減少続く)

総固定資本投資(民間投資+政府投資)は,95年前年比10.0%減,96年同18.0%減の後,97年に入ってからも97年1~8月期前年同期比8.2%減と減少が続いている。民間投資(予算以外の投資支出)の占める割合は,96年で全体の約8割となっているが,95年前年比4.7%減,96年同14.9%減と減少しており,企業の未払債務残高の増加などが依然として懸念されている(ロシアの総固定資本投資は,統計上,「予算の投資支出」と「予算以外の投資支出」に分けられている。よって,本文では,前者を政府投資,後者を民間投資とみなしている)。

一方,外資規制の一部撤廃や複雑な税体系の見直し,海外での資金調達の成功,実質金利の低下(第1-3-18図)は,民間投資の支援材料である。具体的には,エネルギー関連民営化企業の外資規制撤廃が行われ,税体系についても,税目の簡素化などが盛り込まれた新税法の審議が行われている。また,大企業は,海外証券市場において債券発行等による資金調達に成功している。治安の問題などの障害は残るものの,97年に入り,外国からの直接投資も拡大しており,ロシアの民間投資は徐々に回復するものと考えられる。

政府投資は財政赤字の縮小を余儀なくされていることから,95年同24.O%減,96年同30.4%減と民間投資以上に大きな下げ幅となっている。財政赤字縮小に向けた取組は当面継続せざるを得ないとみられることから,今後も減少が続くとみられる。徴税の強化により歳入を増加させると同時に,歳出の中の不必要な支出を削減し,インフラ投資に回す財源を確保することが必要となっている。

(財政改善に向けての取組)

ロシア政府は,歳入の改善に向けて具体的な取組を始めている。まず,徴税率を上げるために,96年末から税金滞納企業に対する納税命令が強化された。

この結果,天然ガス独占企業体でロシア最大の企業である「ガスプロム」が,97年6月までにこれまで滞納した税金を払い込んでいる。また,長期的に見て歳入を増加すべく,税制の改正が行われている。97年6月下院において,新税法の審議が進んでいる。この新税法は,税目の簡素化や製造業の税負担の軽減などから成っているとみられ,短期的には歳入減少につながるものの,長期的には税負担が軽減された製造業の生産拡大によって,歳入増加が期待されている。

さらに歳出面でも,農業,石炭等に対する補助金の削減,軍事費の削減,地方に対する連邦政府からの補助金の削減など,歳出項目の見直しを行おうとしている。以上のように,ロシアでは財政改善,構造改革に向けた取組が,徐々にではあるが進められている。