平成9年

年次世界経済報告

金融制度改革が促進する世界経済の活性化

平成9年11月28日

経済企画庁


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第1章 世界経済の現況

第2節 拡大局面7年目に入ったアメリカ経済

1 アメリカ:長期化するアメリカの景気拡大

アメリカ経済は,91年3月以降景気の拡大が続いている。97年3月には拡大局面は7年目に入り,戦後3番目の長い拡大局面下にある。今回の景気回復当初,生産,雇用の伸びが景気回復初期としては弱く,企業業績は回復したものの「雇用なき回復」と呼ばれる状況が続いた。しかし,93年以降,耐久財消費,設備投資等の伸びが高まり,特に,情報関連投資(コンピュータ及びその周辺機器等)が,96年には機械設備投資の5割弱にまで高まっている。また,93年以降,雇用の回復も堅調となり,サービス産業を中心に97年前半までに約1,400万人の雇用が創出されている。さらに,内需だけでなく,輸出も今回の成長率の高まりに貢献しており,アメリカ企業の輸出競争力の高まりがうかがえる。

(96年から97年の景気動向)

96年から97年にかけての経済の動向を概観すると,雇用の伸びを背景に内需が堅調に拡大し,97年4~6月期までの4四半期の実質GDPの年平均成長率は3%を超える伸びとなっている。

雇用の拡大は97年に入っても堅調であり,月平均20万人超の雇用創出がなされている。失業率は,96年には5%台で推移したが,97年に入ると一層低下し,97年4月4.9%と23年ぶりの4%台に低下した。

物価は安定した動きを示している。生産者物価上昇率は,96年前年比2.6%の後,97年1~9月期前年同期比0.8%とエネルギー,食料の価格の低下などから大きく低下した。96年からのドル高傾向がもたらした輸入物価の安定も全般的な物価の安定を下支えしている。しかし,消費者物価は,96年の前年比3.0%の上昇から,97年1~9月期前年同期比2.5%と落ち着いている。

経常収支赤字はGDP比で80年代より縮小したが,96年にはGDP比1.9%と88年以来の高水準となった。内需の高まりから輸入も増え,貿易収支赤字が拡大したことが要因である。97年1~6月期においても,96年同様に貿易収支赤字は拡大傾向で推移し,経常収支赤字も高水準となっている。

金融政策をみると,96年10~12月期に続き97年に入ってからも景気の拡大テンポが高まっていることから3月にフェデラル・ファンド・レート(FFレート:Federal Fund Rate)の誘導目標水準が0.25%ポイント引き上げられ,5.5%となったが,その後は,インフレの顕在化等を注視しながらも,9月現在まで政策金利の変更は見送られている。また,97年に入ってからのマネー・サプライ(M2)の伸びは,前年比5%程度と安定している。

財政赤字は景気の好調を背景に,予想以上に縮小が進んでいる。90年包括財政調整法(OBRA90:Omnibus Budget Reconciliation Act of1990),93年包括財政調整法(OBRA93:Omnibus BudgetReconciliation Act of1993)等を背景に国防費を中心に歳出削減が進んだことと,税収の伸びの高まりが寄与している。96年度(95年10月~96年9月)では1,074億ドルの赤字(GDP比1.4%)と縮小し,97年に入っても好景気下の税収拡大により減少している。本年10月に発表されたアメリカ議会予算局(CBO:CongressoftheUnitedStatesCongressional Budget Office)の見通しによれば,97年度(96年10月~97年9月)の財政収支赤字は230億ドル(GDP比0.3%)に縮小する見込みである。このように財政赤字が縮小している中,97年8月にはメディケア(高齢者などを対象とする医療保険)を中心とする更なる歳出削減と中間所得者層に対する減税等を定め,2002年度までの財政収支均衡を見込んだ財政調整法が成立した(第1-2-1表)。しかし,年金については日本同様の修正賦課方式をとるアメリカでは,高齢化の進展に伴う年金財政の悪化に備え,年金・社会保障の抜本的な改革が目下の課題となっている。

以下では,(1)アメリカ経済の好調を背景に話題を呼んでいる,アメリカ経済が新しい段階に入ったとする「ニュー・エコノミー論」と,(2)株価上昇の要因について考察する。

(1)アメリカの好況とニュー・エコノミー論

「ニュー・エコノミー論」とは,長期にわたる景気拡大,低失業,物価安定などを背景として,アメリカ経済の生産性は情報技術革新などによってこれまでに比べて上昇したとする見方や,過去の景気成熟期でみられた過熱・後退といった循環のパターンが弱まっているなどとする見方である。このようなニュー・エコノミー論は,アメリカ経済の拡大が長期化する中で,次第に力を得てきつつあるものの,コンセンサスが得られているわけではない。米連邦準備制度理事会(FRB:Board of Governors of the Federal Reserve System)のグリーンスパン議長は,97年7月の議会証言に際して,アメリカ経済が技術革新などによってもたらされた極めて稀な状態である可能性を指摘したが,生産性の改善について特定の判断は示さなかった。さらに10月の議会証言では,生産性が加速的に上昇している可能性を否定し,労働市場の需給不均衡が顕在化するかもしれないとした。

以下においては,アメリカ経済が「ニュー・エコノミー」段階に入ったとされる論拠のうち,生産性の上昇に関して検討する。まず,1)生産性がこれまでに比べ本当に上昇しているのかをみた後,2)経済に本当には何が起きているのかをみる。

1)労働生産性は上昇しているか(上昇していない実質GDP成長率)

生産性やそのデータの前提となる実質GDPの推移をみる場合,景気の山谷の変動に注意する必要がある。実質GDPの成長率は,谷から山を見れば高くなり,山から谷を見れば低くなる。そこで,アメリカの実質GDPの年平均成長率を谷―谷,山―山で整理してみた(第1-2-2表)。直近の90年~96年の年平均成長率は谷から谷のデータではないので成長率を過大に評価している可能性がある。しかし,それによっても,90年~96年の年平均成長率は2.0%に過ぎず,60年代はもちろん,70年代,80年代よりも成長率は低下している。

これに対して,現在推計されている実質GDPは過小評価であり,現実にはもっと高いはずだという議論がある。この議論を支える証拠として挙げられるのは,①所得面から捕捉した実質GDI(国内総所得)の伸びが支出面から捕捉した実質GDPの伸びを大きく上回っているという主張と,②消費者物価指数が過大評価されているという主張である。たしかに,96年以降,GDIがGDPよりも1%強上回っていたことは生産性の上昇を支持する強い根拠ではあった。しかし,97年7月に新しく改訂された実質GDIの伸びと実質GDPの伸びを比べると,その違いはほとんどなくなっており,この主張の根拠は消滅してしまった。ちなみに,90~96年にかけての実質GDIの年平均成長率は2.2%で,実質GDPの年平均成長率よりも0.2%ポイントしか高くない。

次に,②消費者物価指数が過大に推定されていれば,正しい実質消費はより大きいはずであり,したがって正しい実質GDPもより大きいはずであるという主張について検討しよう。96年末にアメリカ議会に提出されたCPIバイアスに関するレポート(ボスキン・レポート)では,消費者物価指数が年率1.1%ポイント過大評価されており,その要因として5つのバイアス(品目間代替バイアス,店舗間代替バイアス,品質向上バイアス,新製品バイアス,定式化バイアス)を示している。たしかに,アメリカでは,消費者物価指数は品目を固定したマーケット・バスケットをウェイト付けして作成し,バスケットの改訂が10年に1度であること(日本は5年に1度),採用品目も207品目と少ないこと(日本は580品目)から,品目間代替バイアス,品質向上バイアス,新製品バイアスが大きい可能性はある。これらのバイアスの中で,80年代あるいは90年代から大きな変化が起きたという議論と関係があるのは,パソコンなどにみられる品質向上バイアスや新製品バイアスである。さらに,このよラなバイアスは,60年代や70年代にも品質向上や新製品の登場により生じていたので,90年代にのみ品質向上バイアス,新製品バイアスが大きいとする根拠を見出すことは困難である。

(加速していない労働生産性の上昇率)

次に本題の労働生産性(実質GDP/総労働時間(労働投入量))を検討しよう。アメリカの労働生産性の年平均上昇率を谷―谷,山―山で整理した(第1-2-3表)。最後の90~96年の年平均上昇率は谷から谷のデータではないので上昇率を過大に評価している可能性があるが,それでも0.9%に過ぎず,60年代のみならず,80年代,70年代よりも上昇率は低下している。経済全体の生産性ではなく,製造業,特に耐久財の生産性でみれば,80年代3.5%,90年代4.O%と生産性上昇の加速がみられる。しかし,製造業の生産性の上昇は,盛んに行われているアウトソーシング(外部委託)によるものかもしれない。比較的労働集約なデータ処理,会計処理などの間接的業務が,アウトソーシングによって対事業所サービスなど非製造業の分野に分類しなおされれば,製造業の労働生産性は上昇することになる。しかし,これは非製造業の労働集約度を高めて,生産性上昇率の低下の要因となっている可能性がある。いずれにせよ,あるセクターでの生産性上昇のみを評価し,それをもってアメリカ経済全体が新しい段階に入ったということはできない。結局のところ,90年代,もしくは80年代においても,アメリカ経済の生産性上昇が高まったとするニュー・エコノミー論を支えるデータは現在のところ存在しない。

2)アメリカ経済に何が起きているか

ニュー・エコノミー論が想定しているような生産性の大幅な上昇という状況が現実に起こっている可能性は小さい。しかし,アメリカ経済が,失業率の低下と低インフレを達成し,長期的な拡大局面が続いていることは事実であり,これには70年代末からの航空,情報通信,金融などの規制緩和,情報技術革新の累積的な効果が寄与していると考えられる。

また,インフレを加速しない失業率(NAIRU:Non-Accelerating Infla-tion Rateof Unemployment)は,「97年大統領経済報告」では5%台後半,「平成8年版世界経済白書」第3章第1節の職探しの効率性の上昇などを考慮したケースでは,5%台前半と試算されているが,97年1~9月期の失業率は5.0%まで低下している。失業率は1973年以来24年ぶり,消費者物価上昇率(前年比)は86年,94年を除くと1965年以来の32年ぶりの低水準である。この結果,97年1~9月期の悲惨指数(失業率と消費者物価上昇率の和)は7.5%ポイントと,1968年以来29年ぶりの低水準となった(第1-2-4図)。これは,現実に労働市場が大きく改善されたと考えるべきことである。そこで,労働市場に着目し,失業率の低下と低インフレが両立している要因を検討する。まず,賃金の面から,インフレ圧力が生じているかどうかをみてみよう。

(低インフレ要因:雇用コストの伸びの低下)

雇用コスト指数をみると,企業の負担する社会保険等諸手当の伸びは96年前年比1.9%増と賃金の伸び(賃金・給与の伸びは同3.3%増)を下回った。97年1~6月期(前年同期比)においても2.0%と賃金の伸び(賃金・給与の伸びは同3.2%増)を下回っている(第1-2-5図)。このような雇用主側が負担する社会保険等の諸手当の伸びが弱まっているのは,雇用主側が,労働者の加入する保険のカバレッジを縮小していること(保険が支払われる検査項目や病名を限定したパッケージや出来高払いから定額払いへのパッケージへの切替えなど)が挙げられる。

一方,賃金自体の伸びが80年代に比して緩やかになった(賃金の年平均上昇率は80~89年では4.9%,90~96年では3.1%)要因として,労働組合の組織率の低下も指摘できる。労働組合に加入している労働者は80年代前半以降,生活費調整条項(COLA:Cost of Living Adjustment Clauses)などにより賃金の物価調整を受けていたが,労働組合への加入者の割合が経済全体で低下した現在,その物価全体への影響は弱まっていると考えられる。

以上のように,諸手当,賃金の双方の要因から雇用コストの伸びは低下しており,これが低インフレの要因となっている。

(低インフレ要因:FRBの金融政策)

次に,低インフレのもう1つの要因として,インフレが顕在化する前に適切な金融引締めが行われていたことが挙げられる。

過去の鉱工業生産指数と,消費者物価上昇率やFFレートの動きを80年代と90年代とで比べてみた。景気後退期は,80年代では2回(80年1月~80年7月,81年7月~82年11月),90年代では(90年7月~91年3月)である。インフレが懸念された時期は,80年代では景気後退期と重なっている80年初,90年代では93年後半である。景気後退期におけるFFレートの引下げのタイミング,インフレが懸念された時期の引上げのタイミングは,80年代よりも90年代の方が早い。そのため,鉱工業生産指数の落ち込みは,80年代よりも90年代の方が緩やかになっている(第1-2-6図)。

97年に入っても,米国連邦公開市場委員会(FOMC:Federal0penMar ket Committee)は,97年3月に景気の拡大テンポの高まりに対し予防的な引締めとして,96年1月以来1年ぶりの政策金利の変更(FFレート誘導目標水準の0.25%ポイントの引上げ)を行ったが,その後は拡大テンポが落ち着くとの見通しやインフレ加速がみられないことなどから,8月のFOMCにおいでも利上げは見送られている。このように80年代半ば以降の金融政策は,インフレを加速する景気過熱が生ずる以前に緩やかな引締めが行われており,70年代,80年代初期のインフレが加速してから厳しい引締めを行い,景気の谷も深くするという政策運営と対照を成している。

このように,アメリカ経済の拡大は,97年に入ってからは賃金の上昇率が徐々に高まる中で,伸縮的な労働市場や適切な金融政策により,全般的な物価の上昇が抑えられるという微妙なバランスの上に達成されている。一方で,80年から96年まででアメリカの実質GDPは50%伸びたが,そのうち27%は企業利潤,22%は労働時間の増加によるもので,時間当たりの実質労働報酬(企業の社会保険負担などを含む)は1%しか増加しておらず(第1-2-7図),この意味ではアメリカ経済の好調にも限界があると言えよう。しかし,労働力参加率の上昇(80年63.8%,90年66.5%,96年66.8%)からみても,経済全体としては,パイがより多くの人々に分配され,企業の分け前も着実に増加したことが示されており,これが長期的な景気拡大の原動力ともなった。今後とも伸縮的な労働市場によって増加する企業収益が生産性を上昇させる新規の投資へとつながれば,景気拡大が持続する可能性がある。

また,エネルギー関係など90年代に入って,規制緩和の動きが加速した業界もあり,これらのもたらす経済的効果も景気拡大の要因として考慮する必要がある。

(90年代の規制緩和の効果)

エネルギー分野では92年にエネルギー政策法が成立した。これによりこれまで,電力会社やガス会社の議決権付き株式を有する持ち株会社の州を超えての合併,買収を厳しく規制していた公益事業持ち株会社法が改正され,電力の卸売に関する参入障壁が撤廃されている。また,低廉な電力を持つ州から送電線によって他の分野へ電力を送電・販売する「託送」サービスが可能となっている。電力などエネルギーコストの低下から企業収益を下支えしている可能性はあり,これらの規制緩和がもたらすメリットはその波及効果からみても大きいと考えられる。

次に,アメリカ経済の好調を最も端的に現している株価上昇の要因について検討する。

第1-2-7図 アメリカ:ほとんど増加していない時間当たり実質報酬

(2)未曾有の株価の上昇と個人年金資産

インフレなき景気拡大は,企業収益の増加とともに金利の上昇を抑え,アメリカの株価の一層の上昇をもたらした。ダウ平均は,96年末から97年9月末までで23%上昇し,その後10月下旬には香港株の下落に伴い不安定な動きとなっている。

これまでの株価上昇の背景として,401Kプラン(78年に導入された私的年金であり,掛け金建ての企業年金。加入者は特別な税制優遇措置が受けられる)などの企業年金や個人退職勘定(IRA:Individual RetirementAccount,給与所得者のための個人年金積立奨励制度)などの個人年金から株式市場への大規模な流入が指摘されてきた。これらは,ベビーブーマ世代(1950年から1960年生まれ世代)の退職後の基金として積み立てられている。年金基金は,リスク分散の観点から海外の株式市場にも向けられているが,割合は10%に満たず,大半はアメリカの株式・債券市場に向けられている。一方で,家計の金融資産に占める個人が直接所有している株式の比率も90年末の12.6%から96年末の20.5%と大幅に高まっている。また,年金・保険基金,ミューチャル・ファンド等を経由したものを加えると,90年の20.7%から96年の37.6%へと大幅に増加している。特に,株式を保有する層に注目すると,87年のブラックマンデー当時と比較しても今回は資産家より中産階級の株式所有比率が高まっていると言われる。このため,株価の推移は,国民生活一般への影響という観点からも注目される。さらに,株価の動向に影響を与える政策として,8月5日に成立した財政調整法によってキャピタル・ゲイン減税が行われた(株価の上昇については,本章第5節参照)。

2 カナダ:内需を中心に景気は加速,物価も安定

カナダの景気は,95年前半の一時的な減速の後,輸出回復や95年春以降の金融緩和政策が奏効し,再び拡大基調となっている。97年に入ってからも,引き続き内需を中心に景気は拡大,実質GDP成長率は,97年1~3月期前期比年率3.7%,4~6月期同4.9%と加速している。

需要項目別にみると,好調な企業業績を背景とした民間設備投資(97年1~3月期前期比寄与度:2.9%,同4~6月期:1.5%),及び耐久財を中心に堅調な個人消費(同2.9%,同2.7%)がそれぞれ大きく貢献している。一方対外取引では,総じて輸出は好調なものの,96年後半にGMのストライキによる一時的な落ち込みや,工業用部品及び生産設備などの輸入の大幅な増加により,純輸出はやや伸び悩んでいる。また,経常収支は,外資系企業の本国への利益配当増加により,96年10~12月期に赤字に反転し,以降赤字幅は拡大傾向にある。

物価は,景気拡大にもかかわらず非常に安定している。消費者物価上昇率(前年同期比)では96年以降総じて1%台で推移し,92年より導入されているインフレ・ターゲットの現在の目標水準1~3%の中央を下回る水準となっている。

失業率はこのところ約6年前の水準まで低下しているものの,依然として約9%台と高い水準である。

金融政策では,97年6月及び10月に,翌日物金利の誘導目標幅を各々0.25%引上げ,3.25%~3.75%(公定歩合は同幅の上限である3.75%)とした。

(懸念される低貯蓄率)

カナダにおける家計貯蓄率(SNAベース)は1982年の18%台をピークに低下傾向にあり,97年に入ってからは,1~3月期が1.6%,4~6月期ではわずか0.9%と歴史的な低水準を記録した(第1-2-8図)。低インフレ下の安定成長という理想的なパフォーマンスの中で,先行きの懸念材料として,家計貯蓄率の低下が,中長期的には資本形成に悪影響を与える可能性が指摘されている。この様な家計貯蓄率の構造的な低下の要因としては,様々な説があるが,特に以下の影響が大きいと考えられている。

第1に,低インフレと良好な企業業績による株価上昇が資産効果をもたらしたため,消費拡大を加速していることが考えられる。カナダの株式市場の時価総額は,96年10月初めから97年9月末までの1年間に,約40%も上昇した。

第2には,消費者信用の普及により,耐久財購入のため貯蓄が減少していることもあげられる。家計の消費者信用残高の年間個人可処分所得に占める割合は,85年には50%強だったが,その後上昇を続け,97年に入ってからは95%を超えている。

3 中南米:インフレなき拡大続く

国連中南米カリブ経済委員会による中南米・カリブ海地域の97年見通し(97年9月発表)によると,域内の実質GDP成長率は平均4.5%となり,拡大基調にある。ここでは,メキシコ,ブラジル,アルゼンチンについて取り上げる。

(1)メキシコ:通貨危機後,景気拡大とインフレ低下の両立

(通貨危機の要因)

メキシコでは,94年12月に通貨危機(ペソの暴落:通貨危機前の94年11月1ドル=3.44ペソ→95年3月6.70ペソとなり,48.7%の下落(IMF方式))が生じたが,95年2月のアメリカ主導による国際金融支援(アメリカからは200億ドル,IMFからは178億ドルの融資),3月の政府の緊縮経済プログラムの実施により,3月下旬には落ち着きを取り戻した。緊縮経済プログラムでは,歳出削減策として95年の歳出の経常予算を予算案の4.7%削減(94年度比9.8%削減)し,歳入増加策として付加価値税の引上げ(10%→15%)などを行った。

通貨危機が生じた要因は,①インフレ抑制のために,対ドル・レートの安定を重視した為替政策を採用していたことによる割高な為替レート,②経常収支赤字の拡大,③短期資本への依存,④財政収支の悪化などである。

(通貨危機からの回復)

その後95年前半は,緊縮的政策により国内需要が落ち込み,景気は悪化したが,95年央以降,ペソ安とアメリカの景気拡大に伴う輸出増により回復してきた(第1-2-9図)。96年は,堅調な輸出により一層回復のテンポが増し,4~6月期には民間投資及び輸入も増加に転じた。97年に入ってからは,投資主導で拡大が続いている。実質GDP成長率は,94年4.4%増,95年6.2%減,96年5.1%増,97年1~3月期前年同期比5.1%増,4~6月期同8.8%増となった(第1-2-10図)。通貨危機の影響により打撃を受けた金融サービス業なども97年には回復が見られ,景気拡大が全部門に行き渡っている。景気拡大に伴い,失業率は低下している。97年8月には3.5%と,通貨危機前の水準に戻った。通貨危機以降の緊縮的な財政政策により,利払いを除いたプライマリー財政収支のGDP比は,94年2.4%,95年4.7%の黒字と改善し,96年も4.3%(暫定値)となった。

消費者物価上昇率は,ペソ下落後の95年に急騰したが,96年から低下が続いている(95年前年比35.0%,96年同34.4%,97年8月前年同月比19.2%)。物価の安定により,政府は96年から徐々に金融緩和をしており,金利は低下傾向にある。このため,投資および消費が活発になった。

国際収支をみると,貿易収支は,95年はペソ安,アメリカの景気拡大に伴う輸出増により黒字に転じ,経常収支赤字も大幅に縮小した。96年央までこの傾向が続いていたが,7~9月期以降,投資の高まりにより資本財輸入が急増する一方,輸出は10~12月期からの石油価格の下落,ペソ高により伸びが鈍化し,経常収支赤字は増加している。しかし,赤字額は通貨危機前に比べて小さく,GDP比も94年4~6月期7.7%と比較すると,97年4~6月期1.4%と小さくなっている。

(債務の期限前償還)

メキシコ政府は,通貨危機後の95年2月に発表された金融支援策により,アメリカから200億ドルの融資,IMFから178億ドルの融資を受けた。アメリカ分については,97年1月に融資資金全額を返済した。また,IMF分については,129億ドルを引き落とした後,97年9月現在,債務残高は104億ドルとなっている。対外債務残高のGDP比は,94年の33.8%から95年59.3%に急増したが,96年には1,649億ドルで49.3%と改善している。

メキシコでは,89~91年にかけて銀行規制の緩和,民営化により銀行信用が急増したが,貸出の多くが慎重な審査を経ていなかったため,不良債権化した。不良債権は通貨危機によるペソ安と高金利により更に拡大したが,預金者保護基金の資金供与などの政府の銀行救済措置により減少している。国際決済銀行(BIS:Bank for International Settlements)によると,商業銀行の貸出総額に対する不良債権の比率は,95年14.4%,96年12.5%(暫定値)となっている。ただし,95年,96年の数値は,銀行救済措置の効果を含んでおり,これを除いた場合,95年19.3%,96年24.2%である。

(2)ブラジル:インフレの沈静化

94年7月のレアル・プラン(通貨レアルをドルで固定,財政緊縮など)の導入により,消費者物価上昇率は急速に沈静化した(94年6月前年同月比5013.8%,94年前年比2111.6%,95年同66.O%,96年同16.6%,97年8月前年同月比4.3%)。また,高金利の維持,消費者信用の抑制などの強力な金融引締めを行った結果,95年央以降景気は大幅に鈍化した。そのため,95年6月以降段階的な金融緩和に転じ,96年4~6月期から景気は拡大し始めた。97年に入ると消費者物価上昇率の低下により実質金利が上昇し,内需の悪化から景気は鈍化したが,4~6月期からは,輸出の増加などにより景気は回復している。実質GDP成長率は,95年4.2%増,96年3.0%増,97年1~3月期前年同期比4.2%増,4~6月期同5.O%増となった。ただし,失業率は,依然として高水準で推移している(94年5.1%,95年4.6%,96年5.4%,97年8月6.0%)。

インフレ防止のためにドル・ペッグ制を採っていることから,実質レアル高になっている。このため,輸出の伸びが鈍化し,貿易収支赤字,経常収支赤字が続いていたが,97年4月から実施している輸入抑制策及び輸出促進策の効果,アルゼンチン向けの輸出の増加などにより,貿易収支赤字は4~6月期に縮小した。経常収支赤字はサービス収支の悪化により,4~6月期も拡大した。しかし,物価の安定などの投資環境の改善やメルコスール(南米南部共同市場)の中心国としての信用の高まりなどから,96年から直接投資が急増しており(名目GDPに占める直接投資の割合は,95年0.5%,96年1.3%),これが経常収支赤字を穴埋めしている。

95年後半から続いていた金利の低下は,債務の利払いを減少するという面でも効果があり,財政収支が改善された。利払いを含むオペレーショナル財政収支赤字は,95年GDP比4,9%,96年3.9%,97年6月3.1%と減少している。また,利払いを含まないプライマリー収支は,95年GDP比0.3%の黒字から,96年0.1%の赤字,97年1~6月期0.6%の黒字と改善した。97年6月に急に黒字化したのは,民営化収入が国庫に納付されたことなどによる。しかし,財政赤,字の根源である年金改革,行政改革,税制改革などの構造問題が進展していないこと,5月以降中央銀行基準金利を据え置いていることを考慮すると,政府目標であるオペレーショナル財政収支赤字の97年GDP比2.5%の達成は,困難な状況にある。

(3)アルゼンチン:景気拡大,インフレ沈静化

アルゼンチンは,メキシコ通貨危機の影響により,95年3~5月にかけて,アルゼンチン・ペソの切下げ予想から多額の資本流出(テキーラショック)が起き,民間向けの信用の激減,インフレ予防を目的とした緊縮政策が採られたことなどにより,景気は大幅に減速した。さらに,主要輸出相手国であるブラジルの景気鈍化の影響も加わり,96年に入ってからも景気後退から脱出できなかったが,96年7~9月期に景気は底入れし,その後は工業生産の回復,活発な投資,輸出の増加など,順調に拡大している(実質GDP成長率は,95年4.6%減,96年4.3%増,97年1~3月期前年同期比8.1%増,4~6月期同7.8%増)。

兌換法(ペソを1ドルで固定)の下で,消費者物価上昇率は96年前年比0.2%,97年8月前年同月比0.8%と安定している。失業率は97年5月16.1%と,依然として高水準で推移している。経常収支は赤字幅が拡大している。これは,投資活動の活発化に伴い,資本財を中心として輸入が拡大していることによる貿易収支の悪化,公的部門の利払い費の増加などによる。

97年1~6月期の財政赤字は,96年の税制改革および景気拡大に伴う税収増などから,上半期の目標額(14億ペソ)を下回る結果となり,IMFの支援条件の範囲内に収まっている。


コラム1-1 為替固定の利害得失

ブラジルでは,94年7月に新通貨レアルを導入,1レアル=1ドルに固定した為替レートを採用した。自国通貨をドルに固定した結果,94年6月前年同月比で5000%を超えていた消費者物価上昇率は96年には15%に低下,しかも実質GDP成長率は3%を維持という成功を収めた。しかしその後,ブラジルのインフレ率は低下しているものの,アメリカに比べてはるかに高いことから,自国通貨レアルの過大評価をもたらし,経常収支赤字が拡大している(経常収支赤字のGDP比は,95年2.5%,96年3.3%)。それに対し,政府は輸入制限などの一時しのぎ的な政策により赤字縮小に対応している。

一般に,近隣の大国の通貨に自国通貨を固定することによって生産低下などの犠牲を最小にしてインフレを解決したが,同時に経常収支赤字に悩まされ,それに対して輸入制限などの非効率な政策を採らざるを得なくなる場合がある。

実際に,ドルやマルクなど近隣の安定した通貨に自国通貨を固定することがより少ない犠牲でインフレを解消させることになったのかどうかをみてみよう。まず,中南米と中・東ヨーロッパの国々について,消費者物価上昇率を縦軸に,実質GDP成長率を横軸にとってみる(図①)。図から,インフレが低下し,成長率が低下しないことが,ドルあるいはマルクに固定していることに関係しているかをみてみよう。右下がりに動いている国が成功している国である。図では,ブラジル,チリ,チェッコ,スロバキア,ポーランドが成功しており,ハンガリーが失敗していると判断できる。アルゼンチンは91~92年が成功,93~96年は失敗,メキシコは91~94年が成功,95~96年は失敗している。現実の為替レートでみて,通貨が実質的に固定していたと見なされるのは,ブラジル,アルゼンチン,チリ,チェッコ,スロバキアである。固定していないのはポーランドである。メキシコは91~94年が固定,95~96年が固定していないと見なされる。失敗した国のうち,通貨を固定していたと見なされるのはアルゼンチン(93~96年)であり,固定していないのはメキシコ(95~96年)とハンガリーである(表②)。

要するに,固定した国の中でも失敗した国があり,固定していない国の中にも成功した国がある。より少ない犠牲でインフレを抑えるために必ず通貨を固定しなければならないというわけでもないようである。