平成8年

年次世界経済報告

構造改革がもたらす活力ある経済

平成8年12月13日

経済企画庁


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第3章 アメリカ労働市場のダイナミズム

第4節 生涯賃金からみた賃金格差

生涯賃金を考えた場合,単年での賃金格差が同世代間で大きくても,年を重ねることにより同世代間の相対的な賃金水準が大きく変動するならば,生涯賃金の格差は小さいものとなることから,賃金格差を考える場合,長期における賃金の格差について考えることが重要である。ここでは,賃金を累積した場合,転職や職場内の賃金変化といった賃金の相対的変動により賃金格差はどの程度縮小するのかをアメリカのデータを用いて検証する。また,長期における賃金格差をみる際,相対賃金が時間の経過とともにどの程度変動するかが重要となる。そこで,賃金の相対的変動の近年の動向についてみていくことにする。

1 長期における賃金格差の動向

賃金格差をみる場合,その個々人の単年の格差をみるのではなく,できるだけ長期に亘る格差をみることが重要である。ここでは,個々人を15年間追跡調査したデータにより,各人の1年,2年,5年,7年,10年間の累積賃金の格差について検討する。

(グループ間・グループ内における賃金変動)

賃金格差を,平均賃金に対する各人の賃金の乖離としてとらえ,これを性別,人種,学歴,経験といった個人の属性(グループ間賃金格差)と,それ以外(グループ内賃金格差)とに分けてみていくと (第3-4-1表左側),賃金格差は累積年数が大きくなるほど縮小していることが分かる。すなわち,賃金格差は長期でみれば,単年でみるほどは大きくない。また,格差をグループ内,グループ間に分けた場合,80年代以降の賃金格差の拡大は,グループ間での格差の拡大とともに,同グループ内での格差の拡大が大きく寄与していることが分かる。これは,個人の属性による賃金格差の拡大とともに,同じ属性を持つ者の間で賃金格差が拡大していることを示している。

(賃金の時間的変動による賃金格差の縮小)

賃金格差が累積する年数を多くするほど縮小するのは,(相対)賃金が時間とともに変動するからである。そこで,(相対)賃金の変動が賃金格差をどの程度縮小させるのかについてみていくと (第3-4-1表右側),(相対)賃金の変動により,賃金格差は,2年間で約1~2割程度縮小していることが分がる。さらに,5~10年間では,賃金格差の約4割をも縮小させている。これをグループ間・グループ内に分けてみると,グループ間の格差は期間を長くとっても1~2割程度しか縮小しないのに対し,グループ内の格差は5~10年間では4~5割程度縮小している。これは,個人の属性による賃金格差が縮小しにくいのに対し,同じ属性をもつグループの中での賃金格差は,年を重ねることで大きく縮小することを示している。グループ内での賃金格差が大きく縮小する要因としては,賃金が,年を重ねるにつれ,労働者の転職や職場内での賃金変動により,各人の人的資本により見合った水準に収束していくからと考えられる。

(長期間でみた賃金格差)

以上のことから,賃金格差は,5年以上の集計した賃金では単年に比べ約4割改善されることが分かる。これは,賃金格差が短期間のショックに大きく左右されることを示しており,賃金格差をみる上では,賃金を累計してみることが必要である。

また,賃金格差をグループ間とグループ内に分けて考えると,グループ間の賃金格差はそれ程縮小しないのに対し,グループ内賃金格差は期間を長くとれば4~5割程度改善されている。これは,同じ属性をもつ労働者の賃金が長期ではある程度収束していくことを示すとともに,同じ属性をもつ者同士の賃金格差が,10年経っても約5~6割残るということを示している。したがって,学歴や性別などの属性では測れない各人の特性が生涯賃金に大きな影響を与え続けている。

2 賃金階層の移動

賃金格差は年ごとの労働者の転職や賃金の上昇(低下)によってある程度縮小することが分かった。そこで,賃金階層(賃金水準によりここでは4つの階層に分ける)がどの程度移動するのかについてみていくことにする。また,こうした賃金階層の移動は,近年大きくなっているのか,それとも小さくなっているのか,賃金階層の移動が学歴や経験によって異なるのかについて検証していく。

(賃金階層はどの程度移動するのか)

賃金水準を4階層に分け,1~5年後の賃金階層の移動をみていこう (第3-4-2図)。第1階層(賃金分位下位25%未満)にいた者は,1年後,同階層にとどまる割合は7割まで減少するが,その後,6~7割の間で推移している。第4階層(賃金分位上位25%超)にいた者は,1年後,同階層にとどまる率は約8割と高いが,その後徐々に低下し,5年後には6割程度となる。第2階層(賃金分位25~50%),第3階層(賃金分位51~75%)にいた者は,時間とともに階層を大きく移動し,5年後に同階層にとどまる割合は4~4.5割程度となる。したがって,第1,第4階層にいる者は,同じ階層にとどまる割合が高いものの,5年後には,3~4割の者は他の階層に移動することが分かる。しかし,第1階層にいた者が他の階層に移動する割合が1年後以降はあまり変化のないことをみると,短期のショックの調整後は,低賃金階層では階層移動があまり起こらないものと考えられる。

(賃金階層の移動の状況)

では,このような賃金階層の移動は,近年小さくなっているのだろうが。80~92年の賃金階層の1年ごとの移動を学歴別にみると(第3-4-3図),わずかではあるものの80年代において,すべての学歴において階層移動が小さくなっていることが分かる。

これは,相対的な賃金水準があまり変動しなくなってきている結果であり,労働者の転職や職場内での賃金の変動による賃金格差の縮小効果が若干低下していることを示唆している。

この要因としては,人的資本に見合った賃金水準が早期に与えられるようになってきたことが考えられる。また,賃金変動は人的資本の変化によるものと考えるならば,80年代を通じて,必要とされる人的資本の蓄積に労働者がより長い習得期間を要するようになったため,1年ごとの賃金水準の相対的変動が小さくなっている。

さらに,賃金階層の移動とは逆に,賃金が翌年も同じ階層にとどまる割合を階層ごとにみていくと (第3-4-4図),どの階層においても,同じ階層にとどまる割合が次第に上昇している。特に,低賃金階層において,同じ階層にとどまる割合の上昇が顕著である。ここでも,技術水準に見合った賃金決定の普及,技術習得に必要な期間の長期化により,相対的な賃金水準が変動しにくくなっていることが示されており,低技術者は低賃金グループに,高技術者は高賃金グループにとどまる割合が高まっている。


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