平成8年

年次世界経済報告

構造改革がもたらす活力ある経済

平成8年12月13日

経済企画庁


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第2章 公的部門の役割の見直し

第3節 公的部門と市場経済

1 公的部門の役割

第1節・第2節で見たように,政府債務の累積は財政の硬直化や民間投資の抑制(クラウディング・アウト)をもたらし,高い公的負担も資源配分の歪みを招くことになる。そのため,高齢化の進展に伴う歳出増をどのように負担するかを考えるだけでなく,歳出の内容自体,ひいては,公的部門の役割,公的部門と民間部門との関係の見直しが多くの国で必要があると考えられるようになってきた。そこで,以下では,経済の活力を維持しつつ,安定的に高齢者の生活を保障できるようなシステムの構築に向けての公的部門の取組を先進国を中心に紹介していくことにする。

(規制を通じた公的部門の関与)

公的部門の民間に対する関与をこれまでは,主に歳出・歳入の状況を中心に見できた。公的部門の規模や役割について考える時には,歳出ベースからの側面だけでなく,規制などによる関与についても,検討する必要がある(コラム2-2参照)。公的部門による民間の経済活動への関与の方法は,第1は,公的部門が民間から税・社会保険料等として徴収し,それを財源として支出するといった金銭の受け渡しを介した公的部門と民間との関係であり,第2は,規制を通じて,公的部門が民間の経済活動に一定の制約を加えること,である。

また,政策目標の中には,公的部門がある目標を達成するために,政策手段として,金銭の受け渡しを通じた関与(以下,経済的手段)と,規制を通じた関与のいずれかを選択できる場合が多い。例えば,大気汚染の防止のための政策手段として以下の2つのケースを考えてみよう。第1の手段は,政府がばい煙を排出している企業に対し,環境税を課すことである。環境税の導入によって,私的費用と社会的費用が一致し,市場メカニズムを通じて排出量が社会的に見て望ましい水準となる。第2の政策手段は,大気汚染防止のための環境規制を設定することにより,工場からのばい煙の排出量を規制したり,汚染防止のための装置の設置を義務づけることである。このように,どちらの手段を用いても,大気汚染を防止することができる。従って,公的部門のあり方を考える上で,予算ベースの面からだけでなく,規制を通じた公的部門と民間部門との関係を見ていくことが不可欠である。なお,環境税(経済的手段)が選択されたケースと,排出規制が選択されたケースでは,前者の方が,同一の環境抑制目的を達成するのに必要な費用が少なくてすむ。


《コラム2-2》 規制の程度

規制を通じた公的部門による民間の経済活動への関与の程度は,予算ベースを通じた関与に比べ,数値化することは難しいが,いくつかのレポートによれば,規制によって民間が負担するコスト(経済全体で見て望ましいコストを含む)は,年々増加しているようである。

ThomasHopkins(96年)によれば,アメリカにおいて,連邦政府による規制によって,民間部門が負担する費用は,1988年には連邦予算の40.O%であったのが,2000年には47.2%に上昇すると予測されている。さらに,こうした規制による民間部門の負担費用の増加率を連邦予算の増加率と比較しても,規制による民間部門の負担費用は,連邦予算をはるかに上回っている。こうしたことから,公的部門の役割を考える上で,規制を通じた民間部門への関与という視点は重要


である。

2 今後の公的部門の役割を考える上でのポイント

先進各国の取組を具体的にみる前に,改革の背景として,公的部門に求められている経済的役割を整理すると,主に財政政策を通じて実現される①資源配分機能,②再分配機能,③安定化機能の他,市場メカニズムが円滑に機能するためのルール作りも重要な役割であると各国で考えられている。

(1)市場メカニズムを発揮させるための規制の見直し

(市場ルールの整備)

公的部門の役割としての「市場メカニズムが円滑に機能するためのルール作り」とは,民間部門に任せておいただけでは効率的な資源配分が達成されない分野に対して,一定のルールを課すことで,消費者の厚生を高め,資源配分を最適化することである。効率的な資源配分が行われない場合というのは,①独占が存在する場合(収穫逓増が生じる場合を含む),②外部性が存在する場合(公害など),③情報の非対称性が生じる場合などである。

効率的な資源配分の達成を目的として,独占を防止し競争を確保するために,公的部門が独占禁止法などの規制を設けて,独占の弊害を防ぐ必要がある。なぜなら,独占状態の場合,民間部門が設定する価格は,経済厚生を最大化しないため,公的部門が経営内容についての開示を求めたり,価格の設定方法を規制し競争状況を創出させることで,独占利潤の発生を防止することができる。また,外部不経済の発生には,課税などにより,社会的費用と私的費用の差を理められる。情報の非対称性が発生するとは,例えば,財・サービスの性質上,消費者と企業が商品についての情報を十分に共有することが難しいため,適正な価格での取引ないしは取引自体が成立しない場合のことである。しかし,当該財・サービスの供給が経済全体で見て望ましい場合には,公的部門による規制によって,企業に品質に関する情報開示などを義務づけることは情報の非対称性を解消し,適正な価格による取引の成立につながる。

適切な規制を設けるには,市場の性質を的確に把握する必要がある。しかし,場合によっては,従来は望ましい規制であっても,技術革新などによって不要となる可能性がある。例えば,従来,費用逓減産業であるとみなされていた電力・電気通信の分野においては,独占の弊害を防ぐための規制が必要であったが,技術革新の結果,必ずしも費用逓減産業であると言えなくなり,従来の規制が本来の目的を外れ,逆に参入障壁となる場合が生じている。

(競争条件の確保を目的とした規制の必要性)

規制改革は,新規参入を促進することによって,市場をより競争的にすることから,経済の活性化につながる。技術革新や効率的な生産が見出されても,規制により新しい市場の形成や市場への参入が阻害されれば,価格の低下やサービスの多様化といったメリットがもたらされないことになる。こうしたことから,自主的な企業活動を認め,技術革新や企業の創造性を通じた新たな投資・雇用の拡大を目指し,各国で規制改革が進められようとしている。さらに,規制改革を行っていく上では,参入自由化だけでは不十分であり,当該産業の特性などから,既得権益者から新たな既得権益者への単なるレントの移動にならないようにするため,国内だけでなく国際的にも,情報の開示を義務づけるなどのルールを設けようという動きが活発になっている。

また,従来は競争状況の下で供給されていた財・サービスでも,技術革新などの結果,1社独占となり,場合によっては,レントが発生する場合がある。

公的部門は,規制を緩めていくという観点だけでなく,競争政策の1つとして市場に競争条件が確保されているかについて注視する必要があると各国で考えられている。

(2)公的部門による財・サービス供給の見直し

(公的部門によって供給される財・サービスの範囲)

公的部門の「資源配分機能」とは,社会的には供給されることが望ましい財でありながら,市場メカニズムが十分に働いたとしても市場(民間)では供給されない公共財を公的部門が供給することである。公共財とは,①排除不可能性(料金を支払わない人を当該財の消費から排除することができないこと)と,②非競合性(当該財を誰かが消費しても他の人も同時に等量の消費ができること)の2つの性質を同時に持つ財・サービスのことである。現実に公的部門が供給している財を見ると,こうした「純粋な意味」での公共財以外の財・サービスも多く含まれており,住宅・鉄道などでは,公的部門だけでなく,民間によっても供給が行われている。

教育を例にとった場合,教育というサービスは,排除可能であり,競合性もあることから,基本的には私的財である。事実,私立学校が存在し,民間によって供給が行われている。公共部門による教育サービスの提供は,子供の機会の平等を確保するという公正の観点に立った,一種の所得再分配である。さらに,子供の教育水準を高めることは,子供個人にとって望ましいだけでなく,一国全体の経済発展の基礎である国民全体の教育水準の向上につながり,国民全体にとっても望ましい(「外部経済」が存在する)。そのため,社会的利益が私的利益を上回る場合,市場だけに供給を任せていれば,過少な供給しか実現されないため,公的部門による供給が正当化される。

公的部門が「純粋公共財」以外の財・サービスを供給する根拠としては,教育サービスのように「外部経済」が生じることや,「費用逓減」による独占の弊害を防止することなどがある。なお,費用逓減が存在するからといって,必ず公的部門が供給しなければならないということはなく,前述(「市場ルールの整備」)のように,費用逓減産業においても,独占による弊害を防止するため,経営内容に関する情報開示を規制によって義務づけることにより,民間部門によって効率的な供給が可能となると各国で考えられている。

(公的供給財の効率的な供給)

純粋な意味での「公共財」と区別するため,公的部門が供給する財・サービスを「公的供給財」と呼ぶ。公的供給財の問題点としては,私的財であれば,競争にさらされることで,費用の削減努力が行われるのに対し,公的供給財の多くは,独占・寡占的に供給されることから,費用削減のインセンティブが働きにくく,非効率的に生産されることがある。また,公的供給財の場合は,生産費用が税金によって負担されることから,財・サービスを需要する人が市場を通じて決定される適切なプライシングによる代金を支払う必要がなかったり,代金を支払うとしても費用の一部であることから,フリーライダー(ただ乗り)が発生し,必要以上に消費される傾向がある。

80年代以降,イギリスをはじめ多くの先進国では,公的供給財の非効率性が問題となったため,国営企業・事業の民営化が実施されてきた。民営化の背景としては,国内産業の振興を目的に設立された鉄鋼・自動車などの分野では,民間経済の成熟から国営企業の存在理由が希薄化してきたことや,国営企業内のシステムが非効率であることによる収益の慢性的赤字化,電気通信分野などでは技術革新がめざましく国営企業では柔軟な対応ができないといったことなどがある。その結果,イギリスでは,これまでに電力・電気通信・水道といった公共性の高い分野においでも民営化が進められ,他のヨーロッパ諸国でも,民営化の流れは80年代後半から加速し,90年代に入っても,航空・金融・電気通信など広い分野にわたって民営化が行われている。

公的部門が公的供給財をどの範囲まで供給し続けるべきかについては,効率性の問題だけでなく,民間の技術や時代によって変化する国民のニーズを注視する必要もある。

(3)所得再分配制度の見直し

(所得再分配制度が引き起こす同世代内の不公平)

公的部門の役割としての「再分配機能」とは,所得分配の不公平が大きい時に,再分配を行う所得分配上の公的部門の役割のことである。市場経済が資源の効率的配分を達成したとしても,こうした市場メカニズムによって形成される所得や富の配分が公平であるという保証はなく,その程度の多少はともかく所得や富の再配分を行うため,公的部門の介入が必要となる。

市場によって決定される所得分配は,個々の経済主体が保有する生産要素の質と量によって決定される。賃金所得は,労働者の生産性と労働時間によって決まる。より高い賃金所得を得ようとする時,労働の質は個人の努力によって向上できるし,市場による所得分配は,こうした努力に報いるということでは望ましい。しかし,不慮の事故などで就労する機会などを失った社会的弱者に対しては,必ずしも市場によって決定される所得分配が社会的に望ましいものとは言えない。また,土地や資産などの生産要素は,個人の努力だけでなく,遺産などによって得る可能性が高いことから,相続税などを通じて,所得の再分配が行われている。このように,公的部門によって,市場による所得分配が修正されているが,所得再分配の基準としては,第1に,最低生活水準の保障,第2に,所得分配の平準化(貧富の差の縮小)がある。しかし,どのレベルが最低生活水準であるのか,また,どの程度,所得分配を平準化すべきかといったことに対する基準は,社会的にどのような所得分配が望ましいかという国民の意識に依存している。

失業者に対する社会保障給付は,勤労者の税・社会保障負担によって賄われているわけだが,失業者が増加すれば,勤労者1人あたりの税・社会保障負担がさらに増加するため,同世代内の勤労者に負担を強いることになる。企業の倒産などによって失業した労働者が,新たな職を探す間の所得保障をすることは,社会生活を営む上での助け合いとして正当化されるであろう。しかし,第2節で述べたように,過度の社会保障給付によって自らすすんで失業状態に甘んじている非就業者に対する社会保障給付の財源を勤労者が負担することにおいては,不公平が生じる危険性がある。

(世代間の所得移転)

先進各国では,高齢化が進行しており,また,今後さらに進行すると見込まれている。こうした中,高齢者にかかる生活費や医療費を社会全体でどのように分担していくかが重要な問題となってきている。こうした分担のあり方は,社会保障制度を通じた所得再分配によって大きく左右されるため,どのような水準の所得再分配をもって適正と考えるかという「公正の基準」が,従来にも増して重要になってきていると考えられる。

1970年代までは,「公正の基準」として,最低生活水準の確保や生活水準の向上に重点が置かれ,先進各国で社会保障制度の充実が図られた。その後,予想を上回る高齢化の進行や経済の低成長化に伴って,70年代までに築がれた社会保障制度を維持していくための勤労者世代の負担が増大し,「各世代が勤労期間中に負う負担と,退職後に受け取る所得移転とがどの程度均衡しているか」という観点も登場してきた。つまり,「公正の基準」が,同世代内だけでなく,世代間についても意識されるようになってきたのである。

もちろん,世代間の所得移転は,社会保障制度だけから生じるものではなく,公債の負担や私的負担(高齢者の介護や子供の教育など)によっても生じる。しかしながら,先進各国政府の年金支出などは大変大きな規模になっており,今後の公的部門のあり方を考える上で,世代間の所得移転の程度をどのようにするかということは重要な問題である。

(4)変化に柔軟に対応できるシステムの構築

(裁量的政策の必要性と問題点)

公的部門の役割としての「安定化機能」とは,失業の急増やインフレーションといった不安定な変動が生じた場合,民間部門の不安定な変動を緩和するために公的部門が公共支出や税負担の増減を行うことである。公的部門の安定化機能は,大きく2種類に分けられ,第1は,議会や行政府の決定に基づき,歳出や税制の変更がなされ,有効需要の変動を安定化させようとする裁量的政策であり,第2は,政府の裁量を待たずして自動的に公的部門が民間部門の変動を安定化させる自動安定化機能(ビルト・イン・スタビライザー)である。

失業の急増やインフレーション,災害などの不安定な経済変動に対する政府の役割である安定化機能のうち,裁量的政策の是非については,様々な議論がなされている。裁量的政策は,短期的には,不安定な経済変動による民間部門の負担を減らす効果がある。しかし,これまでの多くの国において,社会保障支出や公共投資の拡大による歳出増には人気があるものの,それをまかなうための増税などは不人気であることから財政赤字が拡大してきたが,裁量的政策の場合も同様のことが言える。つまり,裁量的政策の効果をファイナンス面を含めた中長期的な面からみると,不況期の裁量的政策は,人気があるものの,好況に転じた時の財政赤字の縮小のための増税や歳出削減は不人気であることから,好況期になっても,不況期に生じた財政赤字をファイナンスするための増税や歳出削減が実施できないということがある。その結果,裁量的政策を不況期に実施し,短期的に民間部門の負担を減らしても,好況期に歳出力ットや増税を行わなければ,中長期的には,財政赤字・政府債務を増加させ,かえって民間部門にマイナスの影響を与えることもある。

価格の弾力性が失われ,需給の不均衡が是正されず,不況が発生した時の公的部門の役割としては,裁量的政策が注目される。しかし,不況の深刻化を防ぐには,公的部門としての市場メカニズムが働きやすい環境整備も重要である。つまり,公的部門は資源配分を硬直化させている規制などを見直し,需給不均衡が相対価格の変化を通じて短期間に調整されるようなメカニズムの構築を促す必要がある。また,価格調整が短期間に行われるように市場システム自体の自立性を強化することは,不況期における裁量的政策に対する依存度を低下させ,ひいては財政負担の軽減にも資する。

(通貨統合を目前に控え,求められる柔軟なシステム)

EU加盟国は,99年からの経済通貨統合を目指して,財政赤字の削減や通貨統合に向けての法制度の準備などを積極的に行ってきている。予定通り99年から通貨統合が実施された場合,EMU加盟国の財政・金融政策のあり方は,通貨統合前とかなり変わるとみられる。

通貨統合の実施に伴い,EMU参加国の金融政策の権限が欧州中央銀行へ移ることから,実質的には財政政策においてのみ各国の権限が残ることになる。

なお,EMU加盟国全体の金融政策が適切に運営されるには,各国の健全な財政運営が不可欠となる。例えば,EMU参加国のうち,経済規模の大きい国が,大幅な財政赤字を出した場合,単一通貨(ユーロ)の安定性が損なわれる可能性がある。そのため,単一通貨の価値を安定化から,通貨統合以降もマーストリヒト条約で定められた財政基準に加え安定協定(Stabi1ityPact)による厳しい財政規律が課せられる予定である。

このように,通貨統合後,各国の公的部門は,金融・財政政策の自由度が通貨統合前に比べ,大幅に制約されることから,EMU参加国のある国で不況(災害などを含む)が生じた場合,公的部門が不況を長期化させないための財政・金融政策の機動性,すなわち裁量的政策の余地は小さくなると考えられる。そのため,特定の国で不況が発生した場合,不況を長期化させないためには,市場(民間部門)が本来持つとされる相対価格の調整が従来に比べさらに重要になると考える。

需給不均衡を是正する方向で,価格調整がうまく働かない要因としては,公的部門による規制のみならず,商慣行など民間部門の経済システム自体にも問題がある。相対的に経済が硬直的であると言われているヨーロッパでは,高失業の解決のため,経済システムを柔軟にする必要があるが,通貨統合を目前に控え,構造改革の必要性は従来以上に高まっている。こうしたことを背景に,EUでは,域内全体として電力・通信分野などでの規制改革の動きが活発である。

3 経済の効率化に向けた取組

政府規模が先進国全体として拡大していくことは,経済全体にマイナスの影響を与える。加えて,今後進展する高齢化を控え,増大する年金,医療支出に財政は耐えられるのか,といった財政の維持可能性の問題が多くの先進国に共通する大きな社会問題となっている。また,高失業の解決のため,経済システムを柔軟化することが求められており,社会保障制度や規制の見直しなどが必要になっている。

先進各国では具体的な財政・規制改革が立案され,全国民を巻き込んだ議論が展開されてきている。フランスでは,抜本的な社会保障制度改革を巡って,95年11月から12月にかけ,3週間半にもわたり,公務員を中心とした大規模なストが発生した。また,アメリカでは,2002年までの財政均衡は合意されたものの,財政赤字の削減策を巡って大統領と議会が対立し,95年年末,連邦政府の一部機能が停止に陥った。他の先進諸国でも財政・規制改革に向けて,社会保障制度の改革,民営化,規制の見直し,公務員の削減などの多くの取組が実施・検討されており,今後も21世紀に向けて様々な取組が展開されていくことと思われる。ここでは,こうした取組の中で特に注目される事例を取り上げてみよう。

(アメリカ)

アメリカの財政赤字(一般政府,SNAベース)は,80年GDP比1.5%から,93年同4.4%まで拡大した。歳入が,ほぼ横ばいで推移する一方,歳出は80年同34.O%から93年同37.6%へと3.6%ポイント増加した。

一般政府の財政赤字の大きな要因となった連邦政府の財政動向を見てみると,歳出の拡大の主な理由は,高齢化と医療費の上昇による医療支出の増大や,公債の利払い費の増大など,「義務的支出」の増大によるところが大きい(義務的支出とは,社会保障支出や公債の利払い費などのように,一度,法律で定められれば,毎年自動的に支出が認められるものである)。

義務的支出は,今後もベビーブーマー世代が退職年齢に達する2010年頃がら大きく拡大していくことが予想されており,義務的支出を中心にした歳出を削減し,財政赤字を削減することが,健全な経済成長に欠かせない課題となっている。

財政赤字の削減に向けて,85年には,年度ごとの財政赤字目標額が設定されることになったが,具休的な政策を伴わなかったことなどから効果があがらなかった。そこで,90年,具休的な歳出削減策が盛り込まれた「包括財政調整法.(OBRA90)が成立した。OBRA90では,①議会が編成した裁量的支出の合計が事前に定められた一定の限度を超えた場合は,各経費を一律削減して限度内におさめるという制度(Cap制度),②新たな義務的支出を設けたり,歳入の削減を伴う新施策を行う場合には,他の義務的支出の削減または他の歳入の増加を伴わなければならないとする「代替財源義務付け方式(pay-as-you-go)」を導入した。更に,93年にはOBRA90を継承した上で93年包括財政調整法(OBRA93)が成立し,増税措置の盛り込みや歳出抑制措置の延長などが行われた。

95年6月の96年度予算決議では,義務的支出である医療保障制度関連支出の節減を中心に,2002年までの7年間で財政収支を均衡化させる計画が可決され,97年度予算決議(96年6月)でも再確認された。97年度の予算決議によると,今後6年間(1996~2002年)で義務的支出4,046億ドル(メディケア1,580億ドル,メディケイド720億ドル含む),裁量的支出2,979億ドルの節減などによる合計7,025億ドルの歳出節減と,1,224億ドルの減税が計画されている。また,96年8月,公的扶助制度が60年振りに大幅に見直され,福祉改革法が成立した (第1章2節参照)。(注2-2)

公的貸付事業については,かつて政府出資による政策金融機関が多数設立されたが,70年代以降,政府はこれらの機関から資本を引き上げており,現在ではすべて民間企業となっている。

(ヨーロッパ諸国)

EU加盟国では,1999年の通貨統合を目指し,①一般政府の財政赤字のGDP比が3%以下であること,②一般政府の債務残高のGDP比が60%以下であること,というマーストリヒト条約の財政基準を満たすため,財政赤字の削減に取り組んでいる(第1章3節参照)。財政赤字の削減の具休策については,国によって異なるが,多くの国で歳出削減・抑制が行われている。

石油危機後,ヨーロッパでは,歳出が景気後退期に急速に増加し,景気回復期を迎えても財政赤字の縮小幅が小さかったことから,財政赤字を継続的に計上することとなった。最近20年間の歳出・歳入面を見ると,歳出は,失業者の増加や高齢化によって,社会保障支出を中心として拡大した。歳入は,間接税のGDP比が1%ポイント程度の増加であるのに対し,直接税のGDP比は2.5%ポイント程度,社会保障負担のGDP比は4%ポイント程度の上昇となっている。

ヨーロッパ諸国では,社会保障制度が相対的に手厚いことなどから,日米に比べ,歳出のGDP比が高く,税・社会保障負担が相対的に高い。第2節で見たように,公的部門の拡大が資源配分の歪みをもたらし,経済成長を低下させていることが大きな経済問題となっている。ヨーロッパ諸国の取組は,財政赤字を削減し通貨統合の収斂基準をクリアするためだけではなく,10%を上回る高失業を抱え,財政改革・構造改革の必要性が高まったためでもある。

ドイツでは,かつて連邦郵電省が,郵便・郵便貯金・電気通信の三事業を直接経営していた。89年に,電気通信分野の規制及び運営機能の分離等を目的に第一次郵電改革が行われ,三事業の運営については,三つの国営事業体が行うこととされた(郵便については,DBPポスト・ディーンスト,郵便貯金については,DBPポスト・バンク,電気通信については,DBPテレコム)。94年7月,第二次郵電改革法案が議会で可決され,95年1月,三事業体が,政府所有の株式会社に改組された。イギリスでは,公的貸付事業は,70年代まで,政府関係機関から民間基幹産業への貸付が行われていたが,80年代以降は,経済への公的部門の介入を最少限度に抑制するという発想の下,公的貸付事業の縮小が図られ,現在では新規の貸付は行われていない。ベルギーでは,これまで政府が所有していた農業金庫の株式をすべて民間企業に売却することが,96年8月に決定した。

こうしたことを背景に,EU加盟国は,短期的には公務員の削減や賃金凍結などによる歳出カットを行い,中長期的には,失業給付の見直しや年金・医療改革と共に,民営化・規制緩和を通じた構造改革を行っている。

(カナダ)

カナダの一般政府財政赤字は,90年代初めに社会保障支出の膨張や公債の利払い費の増大から,90年GDP比4.1%から93年同7.3%まで大きく拡大した。

カナダ経済は,90~91年にはマイナス成長を記録したが,94年以降経済の回復と大胆な歳出削減取組を背景に財政赤字は減少に転じ,95年には同4.2%まで減少した。

連邦政府は94年度に,歳出削減策に重点を置いた財政赤字削減策を打ち出し,96年度には財政赤字を3%まで削減することを明らかにした。96年度の予算では,一連の財政赤字削減策を継承し,97年度の財政赤字の目標を170億カナダドル(GDP比2.0%)に据えた。連邦政府は引き続き,地方交付金の削減や社会保障制度の見直しなどによって歳出削減の実行を図るとともに,公務員数の削減や国有企業の民営化といった公的部門の構造改革を進める方針である。なお,96年10月の政府見通しによると,98年度の財政赤字はGDP比1%まで低下する見込みである。

一方,地方政府の財政赤字は,90年代前半,連邦政府赤字の2倍以上のスピードで拡大した結果,90年度から92年度までの3年間で財政赤字は3%ポイント上昇し,GDP比3.5%となった。しかし,その後,地方政府でも連邦政府と同様,大規模な歳出削減が行われており,地方政府の財政赤字は,95年度同1.5%程度まで縮小する見込みである。

地方政府の財政赤字の約7割を占めるオンタリオ州,ケベック州における取組を見てみよう。オンタリオ州では,95年にハリス州知事が減税と財政均衡化を公約に掲げで誕生し,96年度予算では,98年度までに個人所得税を30%減税した上で,2000年度には財政均衡化を達成する計画が示された。財政の均衡化は,社会扶助費,州内の公営団体への支出,教育費などの歳出削減を柱とするものである。しかし,大幅な減税の実行には,98年度以降更に大幅な歳出削減が必要になるとみられている。また,ケベック州では96年5月に96年度予算が発表されるとともに,州政府財政赤字(95年度同州のGDP比2.2%)を99年度までに財政を均衡化させることが示された。ケベック州の財政均衡化計画も歳出削減が中心で増税は実施されない予定であるが,税制上の優遇措置の見直しや脱税の取締りといった措置も同時に行われていく予定である。

(ニュージーランド)

ニュージーランドでは,84年以降,広範囲に及ぶ経済改革が急ピッチで実施され,その成果が90年代に入り実を結び始めている。

70年代の二度の石油ショックを機にニュージーランド経済は,低成長,高インフレ,失業率の上昇といった深刻な経済不振に陥った。そこで,労働党新政権は,84年から保護主義的な政策によって守られてきた非効率かつ脆弱な経済体質の改善を目指して,規制撤廃と行財政改革を断行した。改革は,徹底した競争原理の導入,情報公開の確保,既得権益の例外なき排除を柱に,あらゆる分野にわたって実施された。外為管理規制の撤廃,輸入許認可制の撤廃などが行われた他,テレコム・郵便貯金などの政府資産の売却,民営化,公務員数の削減,社会保障制度の改革,農家への補助金の削減などの改革が矢継ぎ早に実行に移された。

しかし,急激な経済改革がすぐに実を結んだわけではなかった。財政・金融両面での引締め政策の結果,89年度から3年間にわたって経済成長率がマイナスとなった上,70年代には1%以下で推移していた失業率が,国営企業の民営化や国家公務員の削減,景気低迷によって大幅に上昇し,ピークとなった91年度には10.6%にまで達した。

一連の経済改革の効果が徐々に目に見えて現れ始めたのは,93年度からであり,その頃,内需を中心に景気も大きく回復し始めた。政府の財務体質も急速に改善を続け,一般政府の財政収支は,83年度はGDP比6.7%の赤字であったが,93年度には黒字に転じ,95年度まで3年度連続で黒字を計上した。政府債務も縮小し始め,中央政府の純債務残高は91年時点ではGDP比約50%であったが,96年度には同27.6%となる見込みである(96年9月政府見通し)。


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