平成8年

年次世界経済報告

構造改革がもたらす活力ある経済

平成8年12月13日

経済企画庁


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第2章 公的部門の役割の見直し

第1節 歳出規模の拡大

1 財政赤字の恒常化

(1)財政赤字の拡大

現在,先進各国では共通して財政赤字削減への取組が進められている。

1996年6月のリヨン・サミットでも,G7の財政赤字及び債務残高が大きな課題であることが指摘され,各国共通に財政健全化に向けて国を挙げて取り組んでいくことが確認された。

財政赤字の拡大の様子を見てみると,G7の財政収支のGDP比(一般政府,SNAベース,以下本節で用いる財政指標のGDP比は,断りがない限りすべてG7の加重平均)は,63年には0.3%の赤字であった。しかし,二度のオイルショックを経験した70年代には全ての国が,財政赤字国に転落した。その後,80年代には歳出の減少から,財政赤字は,いったん低下傾向に転じるが,90年代には再び歳出が増加し始めた結果,赤字幅は拡大し,95年には同3.5%にまで達した(第2-1-1図, 付表2-1-1)。

過去長期的に見ると(1830年からの約160年間),先進国の財政赤字や政府債務が大きく拡大した時期は,世界大戦(第一次,第二次)や世界恐慌といった戦時や経済的混乱時である。平時にもかかわらず,各国の財政赤字や政府債務が約20年間以上にわたって上昇を続けている状態は,歴史的に見ても特異であるといえる。

(2)歳出,歳入の動向

財政赤字拡大の要因を,歳出と歳入に分けて見てみると,財政赤字の拡大は,歳入増加を上回る歳出増加によってもたらされていることがわかる(第2-1-2図)。

一般政府の歳入(以下,本章では歳入には公債金を含まない)は,各国共通して60年代から現在まで一貫した増加傾向にあり,63年のGDP比約29%(G7平均)から,主に直接税収入の増加と社会保険料収入の増加によって,93年の同約35%へと増加した。

一方,一般政府歳出は,63年GDP比約30%から,93年には同約41%となり,歳入を上回るペースで拡大した。94年における各国の一般政府歳出は,イタリア,フランスではGDP比50%を超えており,イギリス,ドイツ,カナダでは同40%台,日本,アメリカ(93年)は同30%台となっている。

一般政府の歳出は,①政府最終消費支出,②総資本形成,③移転支出,の3項目に大別されるが,歳出の大幅な拡大のほとんどが,社会保障支出,利払い費といった移転支出の増大によってもたらされたものである (第2-1-3図)。以下では,政府最終消費支出と総資本形成の推移を概観した後,移転支出の拡大の様子をより詳細に見てみることにしよう。

2 歳出規模の拡大の原因

(1)移転支出が大幅に拡大

(緩やかな伸びに留まる政府最終消費支出)

政府最終消費支出の推移について,G7平均を見てみると,63年GDP比16.0%から緩やかに増加し,70年同16.5%,80年同16.9%となった。その後,80年代に入って緩やかに低下し,93年には同15.8%となり,63年から93年までの約30年間で,0.2%ポイント減となった。その間,一般政府全体の歳出は,63年GDP比29.6%から93年同40.8%まで11.2%ポイントも拡大しており,一般政府全歳出に占める政府最終消費支出の割合が低下していることがわかる(前掲第2-1-3図)。

政府最終消費支出は,一般政府サービス(一般行政,外交,安全など),防衛,教育,保健,社会保障・福祉サービス,住宅・地域開発,その他の地域社会サービス,経済サービス,その他に分けられる。各国毎に相違はあるものの,総じて一般行政サービス,教育,防衛に対する支出割合が大きくなっている。しかし,防衛は,80年代後半から米ソの軍縮を背景として多くの国で低下傾向に転じており,冷戦の終結を経て現在も低下を続けている。例えば,アメリカでは,80年にGDP比5.6%であった防衛費は,87年同6.4%へと拡大し,その後低下に転じ,94年では同4.4%となった。

(横ばいで推移する総資本形成)

一般政府の投資を,総固定資本形成と在庫品増加からなる総資本形成の推移(G7平均)で見てみると,63年GDP比3.2%から,70年同3.2%と安定的に推移している。60年代には,イギリスやドイツ,日本の総資本形成がGDP比3%台から4%台まで増加する一方,アメリカ,カナダでは横ばいで推移した。

70年代に各国は石油ショックを経験し,低成長下でインフレ率が高まった。その結果,公共投資は総じて緊縮的に運営される傾向が強くなり,総資本形成のGDP比は80年には3.1%となった。80年代以降も日本を除くほぼ全ての国において総資本形成は横ばいないしは縮小傾向で推移し,93年同3.2%となった。

(移転支出の大幅な拡大)

次に移転支出の動向(G7平均)を見てみよう。63年における移転支出は,政府最終消費支出よりも小さく,GDP比10.4%,歳出全体に占める割合も35%程度に留まっていた。しかし,移転支出は70年代から大きく拡大し始め,70年代後半には政府最終消費支出を上回る様になった。その後も歳出全体の拡大スピードを上回るペースで拡大を続けた結果,93年,移転支出のGDP比は21.7%となり,一般政府歳出の過半(約53%)を占めるに至った。63年から93年までに一般政府の歳出のGDP比が約11.2%ポイント拡大する中で,移転支出のGDP比は63年10.4%から93年には21.7%に達し,11.3%ポイントも拡大した。つまり,一般政府歳出の拡大は移転支出の拡大によってもたらされていたことになる。

移転支出を,①社会保障支出(年金・医療などの社会保障給付と社会扶助費),②公債の利払い費,③その他の移転支出(補助金など)に大別してみると,社会保障支出と公債の利払い費の拡大が目立つ (第2-1-4図)。

(2)社会保障支出の大幅拡大

一般政府歳出の増大をもたらした移転支出のうち,社会保障支出が最大の支出項目である。63年から93年までの社会保障支出の拡大の様子を見てみると,63年GDP比6.6%から93年同13.8%へと大きく拡大し,移転支出中に占めるシェアも63%から64%へと拡大した。

(1960年代 -福祉国家の発展-)

社会保障制度を柱に据えた福祉国家の形成は,第二次世界大戦中にイギリスで発表されたべヴァリッジ報告を契機に始まったといわれる。同報告以降,先進諸国では社会保障制度の整備が図られた結果,徐々に社会保障支出は増加していった。60年代に入ると,社会保障の給付目的も最低生活レベルの保障から,生活水準の維持向上へと徐々に変質を遂げていった。その結果,G7の社会保障支出は,63年GDP比6.6%から70年には同8.0%まで拡大した。

ドイツでは,60年における社会保障給付水準は既にGDP比10.5%に達していたが,年金給付水準の引上げなどから70年には同11.0%となった。イギリスでは,60年代後半に名目の経済成長率がやや鈍化する一方,所得比例年金の導入,医療費の増大などから,社会保障支出は,60年のGDP比6.1%から70年同7.4%へと拡大した。また,アメリカ,日本では60年における社会保障支出は,それぞれGDP比4.8%,3.7%と比較的低い水準にあったが,医療,年金などの支出増によって,70年にはそれぞれ同7.1%,4.6%へと拡大を遂げた。

(1970年代 -財政収支の赤字化と社会保障支出の拡大-)

70年代になると,二度にわたる石油ショックを直接のきっかけとして,世界経済は不況に陥った。不況下で各国の税収が伸び悩む中,高齢者人口の増加と社会保障制度の拡充が図られた結果,各国共に社会保障支出のGDP比は拡大した。G7平均では,70年GDP比8.O%から,80年には11.6%へと大きく拡大した。

アメリカでは,高齢者人口の増加から年金,老齢医療保険の受給者が増加した上,高いインフレ率に合わせて給付水準の物価スライドが行われたことから,社会保障支出は,70年GDP比7.1%から80年には同10.O%まで拡大した。

また,イギリスでは,石油ショックの影響から73年から80年までの消費者物価上昇率が年平均約15%にも達する中で,失業率も上昇するというスタグフレーションにみまわれた。年金給付額の引上げや高齢者人口の増加,年金制度の成熟化に伴い年金支出が増加したことや,失業給付の増加などから70年GDP比7.4%だった社会保障支出は,80年には同10.0%へと拡大した。一方,歳入は不況下で伸び悩み,70年にはGDP比で2.5%の黒字を計上していたイギリスの財政収支は79年には同3.3%の赤字となり,いわゆる「イギリス病」が問題となった。

社会保障支出の増大と歳入の伸び悩みから70年代後半以降,各国の財政収支は,赤字基調で推移することとなった。その結果,70年代後半以降,60年代にはあまり問題とならなかった社会保障制度の充実と高齢化の進展に伴う政府規模の拡大が露呈することとなった。

(1980年代 -「小さな政府」の標榜-)

財政赤字をもたらした高福祉路線に対して疑問が投げかけられる場面も生じる中で,81年にOECDから「福祉国家の危機」と題する報告書が発表され,過大な社会保障支出が経済にマイナスの影響を及ぼすことが指摘された。特にアメリカ,イギリスなどでは「小さな政府」が標榜され,歳出全般の削減に向けた具体的な取組がとられ始めた。

まず,アメリカではレーガン政権下で,国防費を除く歳出の伸びの抑制と減税が同時に実施される。一般政府の総資本形成や軍事費を除く最終消費支出が縮小し,年金についても支給開始年齢が引上げが行われた。しかし,社会保障支出は,高齢者人口の増大の中,大幅な削減は行われず,そのGDP比は80年10.O%から,90年同10.4%へと微増した。

イギリスでは,サッチャー政権下で,83年以降社会保障制度の抜本的見直しが行われ,86年には「1986年社会保障法」が成立した。この法律の制定によって所得比例年金の給付水準が引き下げられた。また,公的年金の2階部分から私的年金への乗換えが奨励されたことから政府の年金支出は削減された。その結果,社会保障支出から社会扶助を除いた給付水準は,80年GDP比6.4%から90年同5.7%へと縮小した。ただし,社会扶助費の上昇から社会保障支出全体では,80年GDP比10.0%から90年同10.2%とほぼ横ばいで推移している。

なお,この時期,ドイツでは年金調整法,疾病保険費用抑制法などによって社会保険関連支出の削減が実施され,社会保障支出は80年GDP比14.8%から90年には同13.6%へ縮小した。しかし,他のG7諸国では高齢化や社会保障制度の成熟化を背景に,社会保障支出は緩やかに増大を続け,そのGDP比は,80年11.6%から90年には12.4%に達した。

(3)利払い費の増加

移転支出中,社会保障支出の次に目立つのは利払い費の増大である。利払い費の増加は,他の歳出を圧迫し,財政の資金配分機能を歪めてしまうという,いわゆる「財政の硬直化」をもたらす原因となる。

80年以降の一般政府の総債務残高は,イギリスと日本で80年後半から90年初めまでの縮小傾向にあった時期を除いて各国共に増加傾向にある。近年ではドイツ,イタリア,カナダ,日本の増加が目立つ。

債務の増加に伴って利払い費は増加傾向にある。公債の利払い費(G7平均)の推移を見でみると,63年GDP比1.8%から90年には同4.8%まで拡大した。その後,90年代に入ると,東西ドイツの統合に伴う財政負担が大きかったドイツやイタリアではやや拡大したが,アメリカ,フランス,イギリス,カナダ,日本では横ばいないしは縮小した。その結果,G7平均では,93年同4.7%となり,90年から0.1%ポイント減となった (前掲第2-1-4図)。90年代に政府債務残高が増加する一方で,公債の利払い負担があまり増加しなかったのは,各国の景気後退に伴って名目長期金利が低下したためと考えられる。

なお,OECDの見通しによると,1995年から2030年にかけて,イギリス,カナダを除く各国では,財政赤字の拡大に伴い,公債の利払い費は増大する見込みである(第2-1-5図)。

3 財政赤字の拡大とその影響

財政赤字の恒常化による政府の債務の累積は,財政の硬直化を招き,民間投資を抑制してしまう(クラウディング・アウト)ことが指摘されている。

政府債務の累積による公債の供給増加は,公債価格の下落を通じて利子率を上昇させてしまう。利子率の上昇は,民間部門の資金調達コストを増加させ,投資などの民間需要を減退させてしまう可能性がある。この他,先進諸国の財政赤字の拡大による資金需要の増加が,国際的な資金需給をタイトなものとし,途上国の資金調達を困難とすることも指摘されている。

(政府債務と実質長期金利の関係)

政府債務と金利の関係に注目して,クラウディング・アウトの影響を検証してみよう。G7の一般政府総債務残高のGDP比は,70年代末頃から大きく増加し始めた。80年代後半から90年代初めにかけてやや増勢は鈍化したものの,近年急速に増加している。また,G7の実質長期金利は70年代前半に大きく低下した後,76年頃から上昇に転じ,政府債務の増加に沿う形で84年まで急上昇を続けた。その後,各国の景気後退要因などから低下に転じたが,94年以降再び上昇している。70年から94年までの25年間では,総債務はGDP比で29%ポイント増加する一方,実質長期金利は2.5%ポイント上昇した。

政府総債務と実質長期金利の関係を見てみると,総債務のGDP比が1%ポイント増大することによって,G7諸国の実質長期金利は,約0.17%ポイント上昇しており,各国の政府総債務の上昇が,世界的な実質金利の上昇の一因となり,資金調達コストの上昇を通じて民間投資を抑制してきた可能性がある (付図2-1-2参照)。 (注2-1)

(途上国へ与える影響)

国際資本移動の自由化,活発化により,一国の資金不足は海外からの資金調達によって手当てすることが可能となる。財政赤字の拡大により国内貯蓄が減少しても,国際資金市場から資金調達が行われれば,国内金利は大きな影響を受けず,民間部門の投資活動や経済成長に悪影響が及ばないことも考えられる。しかし,世界的に利用可能な資金量が一定と仮定すると,こうした資金調達は,他国の資金調達機会を奪っている可能性が高い。

近年,財政赤字の拡大を主因として先進諸国の資金需要が増大する一方で,新興経済地域や発展途上国でも旺盛な投資意欲を背景に資金需要が高まっている。特にアジア地域では貯蓄率こそ非常に高いものの,投資率は貯蓄率を上回っており,資本受入国となっている国が多い。先進諸国の財政赤字によって,世界的な資金需給が逼迫し,新興経済地域や発展途上国における資金調達が困難になれば,これら地域の収益性の高い投資が阻害される可能性が高く,世界経済全体の発展に悪影響を及ぼすことが懸念される。

4 財政の維持可能性に対する懸念

先進諸国では,平均寿命の長期化と少子化に伴って,過去長期的に高齢化が進行しており,今後もこの傾向が続くと見込まれる。G5の高齢者率(全人口に対する65歳以上人口の割合)を見てみると,1995年の12~16%から,2040年には,いずれの国でも20%を超えると見込まれている (第2-1-6図)。アメリカやイギリスでは,ここしばらく高齢者率がやや低下するものの,第二次世界大戦後に生まれたベビーブーマー世代が65歳に達する2010年前後から,再び高齢者率が急速に上昇すると見込まれている。

こうしたことから,先進諸国の社会保障支出,中でも年金支出と医療支出は今後も高齢化に伴ってさらに増大すると見込まれている。

また,高齢化を背景に財政赤字も今後拡大していく可能性が高い。OECDの見通し(95年6月発表)によると,G7の一般政府財政赤字のGDP比(単純平均)は,1995年4.1%から2000年1.6%へいったん低下する。しかし,2010年前後からは,高齢化の進展に伴い再び増加傾向に転じ,2015年には同2.9%となり,2030年には同10.4%に達する見込みとなっている。