平成8年
年次世界経済報告
構造改革がもたらす活力ある経済
平成8年12月13日
経済企画庁
第1章 世界経済の現況
アメリカ経済は,91年3月に始まった現在の景気拡大が,第2次世界大戦後10回の景気拡大の中でも3番目の長さとなり,今春で6年目を迎えた。当初その回復テンポは緩やかで,雇用拡大も微増に留まっていたことから,「雇用拡大なき回復(jobless recovery)」とも呼ばれた。しかし,93年以降今景気拡大局面で出足の遅れていた設備投資も景気牽引役に回り,サービス業を中心に雇用拡大も累計で1000万人を超える増勢となった。95年には景気拡大テンポは鈍化する局面もあったが,96年に入り再び高まっている。賃金面からのインフレ圧力も懸念されているが,これまでのところ顕著な物価の上昇はみられていない。
ここでは,95年から96年にかけてのアメリカ経済の動向について,概観していく。
95年から96年前半までの景気動向を回顧すると,まず,95年前半では,94年以降引締めに転じた金融政策や,それに先立って上昇に転じていた長期金利の上昇が,耐久財消費や住宅投資といった金利感応的な需要項目を減少させた。
これらの需要減少に伴い,意図せざる在庫の積み上がりが発生し,その調整から需要の減少以上の生産調整が行われ,景気拡大のテンポは鈍化した。
その後,95年7~9月期には,94年末からの長期金利低下を背景に住宅投資が回復し始めたことや,95年前半のドル安などを背景に純輸出がプラスに転じたことなどにより,再び景気は回復に向かった。
しかし,95年10~12月期から96年初にかけ,10~12月の大手航空機メーカーのストライキ,財政協議難航による2度の政府窓口の閉鎖や,96年1月の北東部を襲った豪雪の影響などの特殊要因を背景に,個人消費の大幅な滅速,政府支出の滅少幅の拡大や在庫投資の減少などから,景気の拡大テンポは一時的に鈍化した。
96年2月以降,顕著な雇用拡大に支えられ,耐久財消費が回復したことや,情報化投資を中心に設備投資が大幅な伸びをみせたことなどから,景気は2%台半ばといわれる潜在成長率近傍まで拡大した。また,96年4~6月期には,前述した特殊要因の収束や,長引いた在庫調整の終了などを背景に,生産活動が活発化し,個人消費や住宅投資が力強く拡大したことから,実質GD′P成長率は前期比年率4.7%と拡大テンポを更に強めた。
その後,耐久財を中心とした個人消費の減速や住宅投資が減少する一方で,情報化投資を中心とした設備投資の増加や在庫投資が拡大したことなどから,景気は7~9月期GDP成長率(暫定値)で,2.2%と安定的な拡大となっている。
以上のように,アメリカ経済は,95年以降も総じて良好なパフォーマンスを見せているが,今後の景気動向を占う上で次のような3つの材料に着目した。
第1に,今回の景気を支える個人消費の拡大が,借入の増大により賄われているといった側面があり,消費者信用残高が高水準であることから,個人消費は今後鈍化するのではないかとの懸念がある。
第2に,物価は安定推移しているものの,96年春以降労働需給のひっ迫に伴い賃金コストが上昇しインフレ懸念が生まれている。
第3に,96年に入ってからの長期金利上昇に伴い,7~9月期には金利感応度の高い住宅投資や耐久財消費が減少しており,今後の金利動向やこれらの需要動向を注視していく必要がある。
以下では,これらの材料を中心に,主要な経済指標の動向についてみていく。
今回の長期にわたる景気拡大を支えている個人消費の拡大は,雇用の拡大による所得の増加からもたらされた側面とともに,消費者信用の増大に伴いもたらされた側面をもっている。
消費者信用残高の動きをみると,今景気拡大局面当初は,個人においても80年代に悪化したバランスシートの調整から,消費者信用残高は減少傾向を辿った。しかし,92年半ば以降増加に転しると93年半ば以降加速し,92年6月に7,000億ドル台後半に低下していた消費者信用残高は,96年7月には1兆1,000億ドル台後半となっている。消費者信用残高の対可処分所得比では,87年4月に20.1%と過去最高水準となったが,その後は低下傾向で推移した。しかし,93年以降上昇傾向に転じ,95年3月には19%台,9月には20%台に達し,96年に入りおおむね20.0%台後半と過去最高水準を超えて推移している(第1-2-1図)。
一方,住宅口--ンの利払いなどを含めた利払費の対可処分所得比では,93年後半に2.2%の低水準となった後上昇傾向となり,96年は2.6%の高水準で推移しているが,過去最高水準(86年10~11月2.9%)までには至っていない。
消費者信用残高の現水準が,個人消費へ与える影響には2つの見方がある。
楽観的な見方では,①低金利を背景に利払費の対可処分所得比率は,過去の最高水準には至っていないこと,②株価の価格上昇などにより借入が増大しても,正味資産は滅少していないこと,などが指摘されている。悲観的な見方では,①近年の借入状況は,高所得者層の借入比率(対可処分所得比)を低下させる一方で,中低所得者層の借入比率が上昇しているといった変化がみられることや,②近年,クレジットカードローンの利鞘が厚いことから,銀行やクレジットカード会社が競ってクレジットカードを発行しており,安易な信用枠の供与や低所得者層へのカード拡大に伴い,延滞率が高まっていること,③個人破産の増加,などを問題としている。いずれにせよ,今後所得の大幅な増加がない場合には,個人のバランスシート再調整の必要から,個人消費が減速する可能性がある。
94年2月以降の数次にわたる金融引締めにより,95年2月の時点では,フェデラル・ファンド・レート(FFレート:Federal Fund Rate)の誘導目標水準は6.00%,公定歩合は5.25%となった。しかし,95年前半に景気拡大のテンポが大きく減速し,インフレ圧力が後退したことを受けて,95年7月の米国連邦公開市場委員会(FOMC:Federal Open Market CommitLee)では,FFレートの誘導目標水準が5,75%に引き下げられ,若干の金融緩和政策へと転じた。12月には,FFレートの誘導目標水準が0,25%ポイン1~引き下げられ,96年1月には,景気拡大に対するダウンサイドリスクの高まりや物価の落ち着きなどを受けて,公定歩合とFFレートがそれぞれ0.25%ポイントずつ引き下げられた。その後,3月から9月までのFOMCでは,FFレートの誘導目標水準は据え置かれているが,6月の雇用統計での時間当たり賃金の大幅上昇などを受けて,賃金面からのインフレ懸念が高まり,金融引締めへの政策転換の時期が注目された。
アメリカ連邦準備制度理事会議長による7月の議会証言で,グリーンスパン議長は,96年に入ってからの賃金や雇用コストの高まりを指摘する一方で,長期金利の上昇やドル高,耐久財消費の弱まりなどにより需要が鈍化する見通しであると述べている。また,8月のFOMCにおいても,労働市場の需給ひっ迫から,賃金インフレの懸念が指摘された。しかし,一方で企業は国際的な競争激化が続いていることから,コスト増加を価格に転嫁しにくい状況となっていることなどを背景に物価上昇が抑制されていることもあって,今までのところインフレの高まりを示す証拠がみられないことや,景気が減速しつつあることなどを理由に,金利引上げが見送られている。
なお,その後発表された7~9月期の雇用コスト指数の伸びは,一段の失業率の低下にもかかわらず,加速感はみられない動きとなった。
長期金利(30年物国債)の動きをみると,94年11月には8%台まで上昇したが,その後,景気の減速やインフレ懸念の後退から低下に転じ,96年1月には6%を割る水準まで低下した。その後,景気拡大に伴い上昇に転じた長期金利は,財政赤字削減をめぐる交渉の難航,一層の赤字削減の早期合意への期待が薄れたことや,雇用統計の指標などを受けて,更に上昇し96年6月がら7月にかけて,おおむね7%台初での推移となった。その後8月に長期金利はやや低下したが,9月には再び7%台を挟んで推移し,10月には,6%台後半とやや低下して推移した。
また,金利感応的といわれる住宅投資や耐久財消費の動きをみてみると,96年に入ってからの長期金利の上昇に伴い,96年後半にはこれらの需要が鈍化に転じていることがうかがえる(第1-2-2図)。
95年前半の景気減速は,93年末から上昇していた長期金利が,これらの需要を減少させたことから引き起こされており,93年末からの金利上昇局面では半年程度のタイムラグを伴って,これらの需要項目が鈍化・減少した。
96年の長期金利の上昇局面でも,これらの需要項目は当初こそ駆け込み的需要により増加し,96年前半の景気拡大の牽引役となっていたが,96年7~9月期には,住宅投資・耐久財消費ともに減少に転じている。8月以降長期金利は,6%台後半から7%台初で推移しているが,今後とも長期金利の動向とともに,これらの需要への影響を注視していくことが必要である。
今景気拡大期の犬きな特徴の一つである物価動向をみると,95年も消費者物価(総合)上昇率は2.8%,生産者物価(完成財総合)上昇率は1.9%と,94年に比べ若干高まりをみせているものの引き続き落ち着いた動きとなった。96年に入ってからも,消費者物価上昇率は3%弱で,生産者物価上昇率は2%台前半から3%弱へやや高まりをみせているものの懸念すべき上昇となっていない。また,振れ幅の大きい食料品とエネルギーを除いたコアでの消費者物価上昇率は95年3.O%,コアでの生産者物価上昇率は同2.1%とやはり落ち着いた動きとなった。96年に入ってからも,コアでの消費者物価上昇率は3%弱で,生産者物価上昇率は2%台前半から1%台半ばへと低下基調での推移となっており,顕著な物価上昇はみられない。
物価上昇と相関の高い指標をみると,設備稼働率は,84%の水準を超えると生産能力がひっ迫し,インフレ圧力を増すと言われるが,95年1月に85,1%となった後は低下に転じ,96年1月には82.4%となった。その後,稼働率は再び上昇し,このところ83%台半ばで推移している。マクロ的には,依然高水準で推移しているが,需給が一段とひっ迫する状況となっていない背景には,設備投資の堅調な拡大が生産能力を増強させていることや,輸入の増加が需給のひっ迫を緩和していることが挙げられる。
次に,失業率をみると,堅調な雇用拡大により95年以降おおむね5%台半ばで推移している。5%台後半と言われているアメリカの「インフレを加速しない失業率」(NAIRU:Non-Accelerating Inflation Rate of Unemp1oyment)の水準を割り込んで2年にわたり推移しているが,顕著な物価上昇はみられない。この背景には,低い失業率と低いインフレ率が併存できる構造変化が労働市場に起きており,NAIRUの水準が低下している可能性が挙げられる(第3章第1節参照)。
しかし,長期の景気拡大が続くなか,労働需給のひっ迫が顕在化してきており,企業が通常の民間医療保険会社から定額保険料の事前支払いと予防ケア重視により医療コスト抑制をうたう健康維持組織(HMO:Health Mainte-nance Organization)への切り替えなどにより,福利厚生では抑制が続けられているため,雇用コスト全体での上昇は顕著ではないが,賃金・給与の上昇に高まりがみられることから,インフレ懸念が指摘されるところとなった(第1-2-3図)。
91年以降の今景気拡大期において,企業のバランスシート調整から出足の遅れていた設備投資は,93年以降,実質で93年6.4%増,94年9.9%増,95年9.5%増と景気拡大の牽引役を担っている。96年1~3月期は前期比年率11.6%増と高い伸びをみせたあと,4~6月期には同3.8%増の伸びと拡大テンポは緩やかとなったが,7~9月期には再び同14.7%増(暫定値)と力強い伸びとなった。
設備投資は,大きく構築物と機械設備とに分類されるが,構築物は,今景気拡大期において,減少もしくは低い伸びにとどまり,機械設備が高い伸びを示している。中でも,コンピュータを中心とした情報化投資が高い伸びを続け,そのシェアを高めていることから,機械設備全体の伸びに対する寄与を高めている(第1-2-4図)。
このように,今回の設備投資拡大の特徴は,機械設備のうちコンピュータ関連投資を中心とした情報化投資の拡大にある。この背景には,競争力向上のためにリストラを継続する企業にとって,コンピュータの導入がホワイトカラーを中心とした雇用者の労働生産性の上昇に不可欠であったことが挙げられる。
加えて,コンピュータの価格が,技術革新に伴い大幅に低下したこと,ハード・ソフト両面で利便性が飛躍的に増したことが挙げられる。
コンピュータを中心とした情報化投資は,絶え間ない新製品の開発により陳腐化が早く,今後も増加が続くものと期待され,設備投資全体を下支えしていくものと考えられる。
95年前半,金利上昇に伴う住宅投資や耐久財消費の滅少から,積み上がった在庫は,その後の需要回復+96年3月の自動車メーカーのストライキを背景に小売段階の在庫も大幅に減少し,96年前半には長引いた在庫投資の調整はほぽ終了した。在庫率(在庫高/売上高)の動向をみると,95年10月には全体で1.45か月に達していたが,96年3月には1.42か月まで低下しており,その後も低下基調で推移し,7月には5月に続き1.39か月と過去最低水準となっている(第1-2-5図①)。96年の鉱工業生産は,96年1月には豪雪の影響から,3月には自動車メーカーのストライキから滅少する局面もあったが,その後は在庫調整の進展に伴い上昇基調で推移している(第1-2-5図②)。
92年以降赤字幅を拡大していた経常収支赤字は,財の貿易赤字や94年から赤字に転じた投資収益収支の赤字幅は拡大したものの,サービス収支黒字の増加や移転収支赤字の縮小が上回ったことから,95年には前年比微滅したものの依然高水準の1,482億ドル(GDP比2.0%)となった。
経常収支赤字の主要因である貿易動向をみると,財・サービスの貿易赤字は,95年1,051億ドル(GDP比1.4%)と前年比微増となった。財の貿易赤字(国際収支ベース)は,95年には1,734億ドル(GDP比2,4%)に達し,戦後最高額を2年連続で更新した。財の輸出は,95年も前年比14.6%増と2年続けて2桁の力強い伸びをみせたものの,アメリカの景気拡大に伴い輸入も同12.1%増となり,2年連続で2桁の高い伸びとなった。また,96年前半には,景気の順調な拡大から輸入が堅調な伸びを示し,貿易赤字は更に拡大傾向にある。
地域別(原数値)では,95年には通貨危機を背景に対メキシコの貿易収支が赤字に転じ,財全体の貿易赤字に占めるシェアが9.7%に達するなど,貿易赤字拡大の大きな要因となった。一方で,対日本の赤字のシェアは94年の43.6%から95年には37.3%と大幅に減少した。また,対ブラジルの貿易収支は95年には黒字に転じたが,対中国やカナダの貿易赤字は拡大し,96年6月には初めて,地域別で対中国の貿易赤字額が日本の貿易赤字額を上回った。
連邦政府の財政赤字をみると,92年度の2,904億ドルをピークに縮小に向かい,95年度には1,639億ドル(GDP比2.3%)と6年振りに1,000億ドル台の水準となった。その後も財政赤字は滅少を続け,96年度には1,073億ドル(GDP比1.4%)と81年度以来の低水準となった(GDP比では74年度以来の水準)。
この背景には,堅調な景気拡大により税収が増加したほか,93年包括財政調整法(OBRA93:Omnibus Budget Reconci11ation Act of1993)における増税による歳入増や,歳出面でのメディケア,メディケイドなど義務的支出の増加抑制効果や,国防支出の削減などが挙げられる。94年11月の中間選挙で「アメリ力との契約」をスローガンに掲げた共和党が,上下両院で圧勝したことから,95年には財政赤字削減議論が高まりをみせ,2002年には財政を均衡化させることで政府・議会の間でおおむね合意している。また,96年8月には福祉改革法案が成立し,今後6年間で公的扶助が540億ドル削減される見通しとなった。
90年代の株価の動向を見ると,株価はおおむね上昇を続けてきたが,95年後半から96年10月時点までその上昇の勢いは強まっている。ダウ工業株30種平均では,91年1月には月平均で2,500ドル台であったが,95年j月時点では4,000ドルを超え,95年11月には5,000ドル台となり,5年間で2倍の価格となった。
《コラム1-1》 アメリカ:60年振りの福祉改革法案成立
クリントン大統領は,96年8月22日社会福祉制度の60年振りの大幅見直しとなる福祉改革法案に署名し,同法案が成立した。同法案が成立に至るまでに大統領は2回拒否権を発動しており,8月の署名に際してもこの法案は完全なものではないと強調している。にもかかわらず,大統領が署名した背景には,11月の大統領選を有利にすることが狙いとみられていた。
アメリカの社会保障制度には,①公的年金制度,②医療保障制度,③公的扶助制度があり,福祉改革法は公的扶助制度に関するものである。
今回の福祉改革法は,①扶助受給者の自助努力の促進,②連邦政府から州政府への権限委譲,③連邦政府の歳出削減を柱としており,主な内容は以下の通りである。
-福祉改革法の概要-
1 要扶養児童扶助制度の改革
(1)要扶養児童扶助制度を連邦政府から州政府へ移管する。
(2)州政府は,同制度受給者のうち半数以上を,2002年までに就労させることが要求され,達成できないと連邦政府からの資金が削減される。
(3)生涯を通じた給付年数は5年間に限定する。
(4)就労能力のある成人には,2年間で給付を打ち切る。
2 フード・スタンプの改革
(1)1世帯あたりの支払額を削減する。
(2)子供がいない健康な成人が就労しない場合,その支給は,3年間で3か月に制限する。
3 合法移民に対する改革
(1)今後入国する市民権を有しない合法移民は,最初の5年間は公的扶助を受けることができない。
(2)既に入国している合法移民で市民権を有しない者は,フード・スタンプと疾病者への扶助を受けることができなくなる。
4 6年間で540億ドルの連邦政府歳出削減
以上のような改革を通して,フード・スタンプや合法移民に対する公的扶助の削減を中心に,2002年までの6年間で540億ドルの連邦政府の歳出削滅を行う。
その後,96年に入っても上昇を続け,7月にハイテク企業の収益悪化懸念,利上げ観測などからやや低下したものの,9月以降,再び上昇し,10月には6,000ドルを超え,最高値を更新した(ダウの推移については 第1-5-4図参照)。
95年からの株価上昇の背景として,90年初頭から続いている好調な企業収益の持続期待や低インフレ基調があげられる(付図1-2-1図)。まず,好調な企業収益については,労働コスト削減,情報化投資などの企業のリストラクチュアリングが,景気が確実な拡大期に入った93年以降も続いていることが大きく寄与している。レイオフ者数も91年から95年時点まで年間300万人を超えている。また,ストックオプション(注1-1)の保有が進むことによって,経営者は株価上昇のメリットを直接享受することができ,株価・収益重視の経営姿勢をさらに強めることとなった。さらにM&Aも90年代に入り再び活発化しているが,不採算部門の切り捨て,戦略部門の強化による企業収益の向上を意図しているといわれている。その結果,95年のROE(株式資本収益率)は過去最高の20.4%に達している(S&P500企業で算出)。
次に労働コスト削減や流通市場の競争の激化などによる低インフレ基調の持続があげられる。低インフレ基調が続くことによって市場のインフレ期待が弱まり,長期債の利回りが低下して株式の相対的な選好性が強まることになる。
また,96年からの株高に関し,家計や年金基金が老後の生活安定や金融資産の形成のため,株式投資信託の購入を増加(第1-2-6図)させており(96年4~6月期における家計部門の投信購入は2,367億ドル,年金基金の購入は757億ドル←90年は同399億ドル,同17億ドル),株式購入のリスク・プレミアムが低下していることや,企業が自らの株式価値を高めるため,自社株買いを実施していることにより,株式市場の需給がタイトになっていることも指摘されている。
今後,株価の動向には,引上げ,引下げの両方の要因を注視する必要がある。引上げ要因としては,堅調な企業収益見通し,景気のゆるやかな拡大と物価の安定基調が,一方,引下げ要因としては,賃金コスト上昇によるインフレの可能性やそれに基づく長期金利上昇などがあげられる。
《コラム1-2》 株高の実体経済への影響
株高の実体経済への影響について,大きく,消費と投資に対する影響があげられる。
株高と消費の関係について,株式などの資産価格の上昇が家計の資産残高の増大につながり,家計の消費を刺激する,いわゆる資産効果が考えられる。だが,95年から96年にかけての株高期においては,消費者信用残高の積み上がりが消費を抑制し,株高の資産効果の影響を弱めたとFOMCでは見ている。また実証研究によると,株高の資産効果は確かに存在するものの,現在のところ,株式保有が少数の富裕者に限られているなどからその資産効果の影響は小さいとの見方もある。
一方,設備投資への影響については,株高によって資本コストが低下し,エクイティ・ファイナンスなどによる資金調達が容易になることから,設備投資は活発化すると指摘されている。また,株価は景気の動向を先取りしているとの見方から株高は資金調達者,投資家の景気拡大見通しを強めていくともいわれている。90年代の景気拡大が設備投資主導であった背景の一つに,株高の,設備投資への影響もあったと思われる。
カナダの景気は,95年初からアメリカの景気鈍化を受け減速したが,95年10月以降の金融緩和による住宅投資,堅調な輸出を中心に,緩やかな景気回復が続いている(カナダの実質GDP成長率は,96年1~3月期前期比年率1.3%,4~6月期同1.3%)。
96年4~6月期の成長率を需要項目別にみると,アメリカの大幅な景気拡大により,外需が大きく寄与した(内需前期比年率寄与度▲3.8%,外需前期比年率寄与度5.2%)。内需の各需要項目別では,個人消費は,実質可処分所得の伸びがなかったこと,公共部門の雇用創出が弱かったことなどから,前期比年率0.2%増と伸びが鈍化している。また,住宅投資は好調である(前期比年率27.4%増)が,民間設備投資は滅少した(同2.1%減)。内需寄与度がマイナスとなったのは,主に在庫投資の大幅な滅少による(前期比年率寄与度▲2.9%)。
失業率は94年以降,依然9%台の高水準で推移している(96年7~9月期9.7%)。消費者物価上昇率は,政府が設定しているインフレターゲットの1~3%内に収まっており,安定している(96年4~6月期前年同期比1.4%,7~9月期同1.3%)。経常収支は,4~6月期に1984年10~12月期以来11年半ぶりに黒字に転じた。これは,貿易黒字の大幅な増加による。
国連中南米カリブ経済委員会による中南米・カリブ海地域の96年見通し(96年9月発表)によると,域内の実質GDP成長率は平均2.9%となり,緩やかながらも回復基調にある(95年は94年12月のメキシコ通貨危機の影響から,実質GDP成長率は0.4%)。ここでは,メキシコ,ブラジル,アルゼンチンについて取り上げることにする。
94年12月の通貨危機(ペソ暴落)後の95年前半は,緊縮的政策により国内需要が落ち込み,景気は悪化したが,年央以降,ペソ安とアメリカの景気拡大に伴う輸出増により,回復している。96年に入ってからは,堅調な輸出により一層回復のテンポは増している。4~6月期には民間投資及び輸入も増加に転じた(実質GDP成長率は,94年4,5%,95年▲6.2%,96年1~3月期前年同期比▲1.0%,4~6月期同7.2%)。しかし,産業別にみると,輸出企業の多い製造業で大幅な回復がみられたものの,金融サービス業などではまだ回復には至っていない。
財政収支は,通貨危機以降の緊縮的な財政政策(付加価値税の引上げ,人件費削減などによる経常支出削滅など)により,黒字となっている。利払いを除いたプライマリー財政収支のGDP比は,96年1~3月期4.8%となった。
消費者物価上昇率は,96年に入ってからは低下している(95年前年比35.0%,96年8月前年同月比30.6%)。最低賃金を95年12月に10%,96年4月に12.5%引き上げたにもかかわらず,消費者物価上昇率が低下傾向にあるのは,96年に入ってからも金融・財政引締め策が続いていること,為替が安定していることによる (第1-2-7図)。
メキシコ政府は,通貨危機後の95年2月にアメリカから125億ドルの融資を受けたが,95年10月に7億ドル,96年1月には13億ドル,8月には70億ドルを返済し,8月現在債務残高は35億ドルとなっている。また,IMF分は8月に10億ドル返済し,178億ドルとなっている。これにより,平均債務返済期間は3.5年から7.9年に長期化したのと同時に,利払い負担も約1.3億ドル削減された。
94年7月のレアル・プラン(通貨レアルをドルで固定,財政緊縮など)の導入により,前月比50%以上であった消費者物価上昇率は急速に低下し,94年7月以降前月比で1~2%台となっている。また,高インフレの収束に伴う購買力の上昇からの消費過剰を抑える目的で,高金利の維持および消費者信用の抑制などの強力な金融引締めを行った結果,95年央以降景気は大幅に鈍化した(実質GDP成長率は,95年4~6月期前年同期渉5.8%,7~9月期同1.0%)。そのため,95年6月以降段階的な金融緩和に転じており,96年4~6月期からは,緩やかに景気回復している(実質GDP成長率は,96年1~3月期前年同期比▲2.1%,4~6月期同2.3%) (第1-2-7図)。
95年後半から続いている金利の低下は,債務の利子支払いを減少するという面でも効果があり,財政収支が改善された。政府は,公務貝給与凍結効果などにより,利払いを含むオペレーショナル財政収支赤字を95年GDP比5%から,96年は3.5%への削減を見込んでいる。96年10月には,政府はオペレーショナル財政収支赤字を97年GDP比2.5%へ削減するために,公共支出を65億レアル削減する44の施策を発表した。歳出削減策としては公務員の削滅,歳入増加策としては税制の簡素化および徴収強化による税収増などを計画している。今回の施策は増税策に偏っておらず,いろいろな分野で歳出の合理化を図っている点ではバランスのとれたものと評価される。しかし,今後は行政及び社会保障制度などの改革に力点が移されると思われる。
アルゼンチンは,メキシコ通貨危機の影響を最も強く受けた国である。95年3~5月にかけて,自国通貨(アルゼンチンペソ)の切下げ予想から多額の資本流出(テキーラショック)が起き,民間向けの信用の激減,インフレ予防を目的とした緊縮政策が採られたことなどにより,景気は大幅に減速した。更に,主要輸出相手国であるブラジルの景気鈍化の影響も加わり,96年に入ってからも景気後退から脱出できなかったが,96年4~6月期からは,回復の兆しが見え始めている(実質GDP成長率は,94年7.4%,95年▲4.4%,96年1~3月期前年同期比▲3.2%,4~6月期同4.2%)。消費者物価上昇率は,景気後退により,95年から歴史的に低い水準となっている(95年前年比1.6%,96年9月前年同月比0.2%)。
96年1~6月期の財政赤字は,税収の伸び悩み,社会保障会計の赤字の拡大などから,本年中の目標額(25億ペソ)を上回る結果となった。そのため,政府は海外から資金調達を急テンポで行っており (上半期で50億ドルを上回る起債),対外債務残高が増加している。さらに,96年4~6月期の財政赤字がIMFの支援条件を大幅に上回ったことから,7月には,大統領令で新財政措置(家族手当ての削滅,商品券に対する社会保険料の賦課など)が発表された。また,8月には,増税措置(燃料税の引上げなど)を含む大規模な財政赤字削減策を盛り込んだ新経済措置が公表された。これらの措置は9月末に議会を通過し,財政赤字削減への各項目の実施が予定されている。政府は新経済措置は景気に対して悪影響はないとしているが,今後,経済措置の影響が注目される。