平成7年
年次世界経済報告
国際金融の新展開が求める健全な経済運営
平成7年12月15日
経済企画庁
第1章 世界経済の現況
アジア経済は,長期間にわたって高い成長を遂げており,しかもその成長率は高まる傾向が見られる(ここでのアジアは,日本を除く中国,アジアNIEs,ASEANなどの東アジアと,インド,パキスタンなどの南アジアを含めた地域を指す)。アジアの実質GDP成長率は,90年代前半(90~94年)には年平均7%台の成長と,先進国の成長率の2倍以上の成長スピードを記録した。さらに,93年と94年をとってみると,8%程度の高成長率となっている。
95年は,アジア開発銀行,その他国際機関の見通しを総合すると,このところ景気が過熱化していた中国の成長率が若干鈍化することから,アジア全体の平均成長率もやや鈍化するものの,依然7%台の高い成長を維持すると見込まれている。これは,①ASEANの強い景気拡大が持続すること(特に,93年後半以降回復に転じたフィリピンの景気加速),②インド,ベトナムなどが経済改革の効果で成長が加速していること,などが高成長持続に寄与している。
アジアの高成長の中核を担っている東アジア(中国,アジアNIEs,ASEAN4か国)を見ると,93年には世界GDPの9%,世界貿易の17%を占めるに至っている。また,アジアNIEsのシンガポールや香港の1人当たりGDP(市場レートでドル換算)は2万ドル程度となっており,イギリスやオーストラリアなどの一部先進国の1人当たりGDPを上回る水準となっている。
アジアの消費者物価上昇率は,先進国に比べて高い水準で推移してきているものの,途上国平均と比べてみると相対的に低い(80年代のアジア平均8.7%,途上国平均37.0%,90年代前半(90~94年)のアジア平均8.8%,途上国平均44.1%)。こうした傾向は基本的に変わりないが,アジアでは94年頃から好景気を反映して,物価は上昇率を高めている。アジア平均の消費者物価上昇率は,93年の9.4%から94年は13.5%へと高まった。95年は,中国の物価上昇率の鈍化から,アジア平均の消費者物価上昇率は12.0%へどやや鈍化する見通しがなされているものの,多くのアジア経済では,物価上昇圧力は依然として高く,インフレ抑制に腐心している。
本節での,地域分類は以下のとおり。
『アジアNIEs』:韓国,台湾,香港,シンガポールの4か国・地域。
『ASEAN4か国』:インドネシア,タイ,マレイシア,フィリピンの4か国。ただし,ASEAN(東南アジア諸国連合)は上記4か国に加え,シンガポール,ブルネイ,ベトナム(95年7月加盟)の7か国から成る。
『南アジア』:インド,パキスタン,バングラデシュなどの南アジア地域協力連合(SAARC)加盟7か国。
中国では,70年代末の改革・開放政策採用以降,投資ブームによって経済成長率が著しく高まる一方,物価の高騰,貿易収支の赤字化,財政赤字の拡大などが問題化する度に,引締め策をとることで景気過熱の沈静化を図る状態を繰り返している。このため,80年代初め以降,成長率は10%台の半ばと一桁台の半ばを大きく振幅する状況となっている。
90年代に入っても,93年以降,投資が著増するとともに,物価上昇率が著しく高まる傾向が見られたが,銀行貸出抑制,不動産投資規制など,引締め策の実施もあって,94年10~12月期以降投資は増勢が鈍化した。消費者物価上昇率も,依然前年同月比二桁と高いものの,94年末頃より目立って低下してきている。
実質GDP成長率は,投資の活発化から92~93年には13%台の高成長となった。94年は,93年半ばからの不動産投資規制や金融引締めなどの引締め策の下で,11.8%となり,95年1~6月期は前年同期比10.3%と鈍化している(第1-4-1表)。
鉱工業生産額(実質,付加価値ベース)も,93年21.1%増と急増した後,94年18.0%増,95年1~6月期前年同期比14.0%増,さらに8月前年同月比11.8%増と増勢が鈍化している。郷鎮企業,外資企業など非国営企業の生産額は増勢が強いものの,鉱工業生産額全体の約半分程度にまでシェアが低下している国有企業の生産は,市場経済への適応が進まず,低迷している。
固定資産投資総額(名目,国有部門)は,92年45.4%増,93年45.2%増と著しく拡大した後,93年央からの引締めの影響もあり94年は34.2%増とやや鈍化した。95年に入って,1~6月期前年同期比22.2%増,8月前年同期比16.8%増と引き続き増勢鈍化傾向にある。
消費者物価上昇率は,93年14.7%の後,94年は24.1%へと高まった(前掲第1-4-1表)。しかし,引締めの効果が徐々に現れ,94年10月の前年同月比27.7%をピークに,95年1~6月期前年同期比21.1%,8月前年同月比14.5%と依然二桁上昇となっているものの,政府目標の15%以下に低下している。94年以降は,消費者物価上昇率は都市部で低下する一方,農村部で高まる傾向が見られる。
経常収支は,93年116億ドルの赤字(GDP比▲2.1%)の後,94年は,1月の為替レート調整によって,人民元が事実上切り下げられたことから,輸出が急増した(第1-4-2図)。輸入が鈍化したため,貿易収支は黒字化し,経常収支も44億ドルの黒字(GDP比0.9%)となった。95年に入って,輸出の増勢は工業製品を中心に引き続き強いものの,輸入の増勢が再び強まっており,貿易収支黒字は縮小傾向にある。
人民元の対ドル為替レートについては,94年1月に,従来割高に設定されていた公定レートが約34%切り下げられ,市場レートへと一本化された。しかし,94年4月以降,①輸出拡大に伴う外貨売り圧力の強まり,②引締め政策による輸入鈍化を背景に,人民元はドルに対して増価しており,95年に入っても,増価傾向が続いている。
アジアNIEsは,それぞれの経済構造や各経済を取り巻く諸環境の違いによって景気情勢の推移にも幾分の違いが見られる。しかし,各経済とも,おおむね80年代後半に二桁の高成長を遂げた後,80年代末から90年代初めに輸出の伸び悩みなどから成長率が目立って鈍化し,景気減速に陥った。韓国,シンガポールでは,93年頃より輸出の回復,投資の活発化などにより景気は減速局面を脱して,成長率は加速した。台湾,香港でも92~93年頃より民間消費などの内需の好調持続により安定的な成長経路へと移行している。アジアNIEsの景気は,94年以降,全体として好調な拡大を続けている。
アジアNIEs平均の実質GDP成長率は,93年の6.2%から94年には7.4%となった(前掲第1-4-1表)。産業別に見れば,輸出の好調から輸出関連の製造業が高い伸びを示すとともに,金融や商業などのサービス産業の目覚ましい成長が全体の成長率の高まりに寄与している。また,需要項目では,輸出産業を中心に活発化している設備投資や個人消費の内需の盛り上がりが,景気拡大を支えている。
アジアNIEsの中で,このところ最も強い景気拡大を示しているのが韓国である。韓国では,実質GDP成長率が93年5.8%から94年は8.4%へと加速した(前掲第1-4-1表)。韓国の潜在成長率は7%程度とみられており,94年はそれを上回る成長となった。自動車や半導体,船舶などの輸出が好調に推移しているため,これら輸出好調産業を中心に設備投資が大幅に拡大しており,94年の実質設備投資は23.3%増となり,成長率の高まりに貢献した。95年に入っても,設備投資の急増傾向は続き,さらに,個人消費の伸びの高まりもあって,実質GDP成長率は1~3月期前年同期比9.9%,4~6月期同9.6%と強い拡大となった。このため,政府は95年7月,95年の成長率見通しを当初の7%内外から9.2%へと上方改訂した。
台湾では,賃金の高騰や労働力不足を背景に,労働集約型輸出企業のASEANや中国沿海部などへの移転によって経済構造調整を迫られているため,アジアのビジネス・センターとしての役割を担うべく,産業高度化を進めている。実質GDP成長率は,93年6.3%,94年6.5%の後,94年後半以降,成長率が加速して,95年1~3月期前年同期比7.0%,4~6月期同6.5%となり,堅調な景気拡大が続いている。
香港では,製造業が低迷しているため失業率がやや高まっており(94年平均2.1%→95年5~7月平均3.5%),景気は緩やかな減速傾向にある。実質GDP成長率は,93年5.8%,94年5.5%の後,95年1~3月期前年同期比5.9%,4~6月期同4.8%となった。香港政庁は,95年8月に95年の成長見通しを当初の5.5%から5.0%へと下方修正した。
シンガポールでは,周辺ASEAN諸国の好景気もあって,好調な景気拡大が続いている。実質GDP成長率は,内外需の好調により,93年,94年ともに10.1%と高い伸びを記録した。95年に入って,成長を牽引してきた製造業や建設業部門が伸び悩み,実質GDP成長率は1~3月期前年同期比7.2%,4~6月期8.1%となったが,引き続き高い伸びを示している。
アジアNIESの消費者物価は,一部に高まりがみられるものの,概して落ち着いている。アジアNIEs平均の消費者物価上昇率は,93年の4.6%から94年の5.7%へとやや高まった(前掲第1-4-1表)。香港が8%台の上昇とやや高めの上昇となっており,韓国,台湾,シンガポールではbおむね5%前後ないし,それ以下で推移している。ただ,卸売物価上昇率は,輸入物価の上昇などもあって,95年に入って加速しており,95年4~6月期には前年同期比で韓国が5.6%(94年の前年比2.8%),台湾が7.7%(同2.6%),シンガポール0.9%(同2.1%の下落)となった。このように,アジアNIEsでは,卸売物価を中心に根強いインフレ圧力が残っている。
アジアNIEsの経常収支は,韓国が赤字傾向にある一方,台湾,シンガポールは黒字である(香港は経常収支統計は非公表であるが,黒字とみられている)。94年の経常収支のGDP比は,韓国▲1.2%,台湾2.5%,シンガポール17.3%であった。
インドネシア,タイ,マレイシア,フィリピンのASEAN4か国を見ると,インドネシア,タイ,マレイシアの3か国とフィリピンは,80年代後半以降,92年頃まで,かなり違った景気動向をたどっていた。フィリピン以外の3か国では,輸出関連の製造業への海外直接投資が急増して,80年代の後半に高成長を遂げた。一方,フィリピンでは,政情不安,自然災害などもあり,経済は停滞を続けた。しかし,90年代に入って,国際的な金融支援を背景に,経済構造改革努力が続けられ,また,電力を中心にインフラの改善・整備が進められた結果,93年半ば以降,フィリピンは長い経済停滞から抜け出した。94年に入って,フィリピンの景気が目立って回復・拡大するようになると,ASEAN4か国はようやく景気拡大で足並みをそろえるようになった。
ASEAN4か国の実質GDP成長率は,93年6.6%から94年7.5%へと加速した。これは,①先進国の景気拡大,アジア域内での国際分業の進展などから,輸出が好調に推移した(前掲第1-4-2図),②活発な直接投資やインフラ投資から投資が高い伸びを示した,③所得の増加により個人消費支出が堅調な伸びを示した,ことなどによる。95年に入っても,こうした要因は基本的に持続しており,ASEANの景気は好調に拡大している。
ASEAN4か国の物価は,おおむね落ち着いているが,一部に95年に入ってやや高まりが見られる(前掲第1-4-1表)。ASEAN4か国平均の消費者物価上昇率は,93年6.5%,94年6.7%と比較的安定した動きを見せた。国別では,インドネシアが93~94年に8~9%程度,フィリピンは93年は7%台,94年は9%程度と高めの上昇が続いた。他方,タイは,93年3%台,94年は5%,マレイシアは,93~94年は3%程度と低めで推移した。95年になって,インドネシアの消費者物価上昇率が10%を超えており,タイ,マレイシア,フィリピンでも上昇率がやや高まるなど,ASEAN4か国の物価上昇は加速している。
ベトナムは,95年7月のASEAN定期外相会議で正式にASEANのメンバーとなった。ベトナムのASEAN加盟で,ASEAN全体のGDP規模は約4,600億ドルと,わずか2.5%の拡大(93年のドル換算GDPベース)にしかならないものの,人口規模では3.35億人となり,21.2%の拡大となる(ベトナムの人ロは93年時点で7,080万人。東アジアでは中国,インドネシア,日本に次ぐ第4位の人口規模)。さらに,ASEANは,将来的にはラオス,カンボジア,ミャンマーを加えたASEAN10へと拡大するとの方向性も打ち出されており,既に開始しているASEAN自由貿易地域(AFTA:ASEANFreeTradeArea)による域内貿易自由化の領域が更に拡大することになれば,拡大ASEANは経済的にも大きな恩恵を受ける可能性がある。(注1-3)
しかし,ASEANは,93年の1人当たりのGDP(同年の年平均レートでドルに換算)でみると,最も高いシンガポールの1万9,000ドル台から,ベトナムの163ドルまで,格差が実に100倍以上もの開きがあり,アジアの多様性を集約したかのような感がある。したがって,ASEANの地域経済協力,とりわけ,域内市場を統合していくには多大の努力が求められよう。
ベトナムは,86年に「ドイモイ(刷新)」をスローガンとした経済改革・市場開放政策を採用し,市場経済化を進めてきた。ドイモイ開始当初は,農業生産の低迷などから成長率はドイモイ以前に比べてむしろ低下し,高インフレにみまわれるなど,改革の成果は上がらなかった。しかし,80年代末から90年代初めの東ヨーロッパ情勢の変化,ソ連の崩壊を背景に,改革政策が加速した。
改革加速の成果もあって,インフレは急速に収束した。加えて,インドシナの政治情勢の安定化は,ベトナムを新興経済のニューフロンティアとして注目させることとなった。この結果,貿易は拡大し,直接投資受入れも増加して,経済は一層活性化する動きをみせている。
ベトナムの実質GDP成長率は,93年の8.1%の後,94年は8.8%と高い伸びとなった(前掲第1-4-1表)。ドイモイ開始当初,数百%にまで達していた小売り物価上昇率は,金融引締め,農業生産の拡大などの供給改善などから90年代初めに急速に低下し,92年17.6%の後,93年には5.2%となった。94年は食料品価格の上昇の影響で14.4%へと再び高まった。経常収支は赤字が続いており,94年は8.4億ドルの赤字(同▲5.4%)と赤字幅は93年(10.8億ドル,GDP比▲8.3%)よりやや縮小した。
南アジアでは,慢性的な財政赤字構造や高インフレ,外貨危機など,経済困難を背景に,80年代末から90年代にかけて,各国とも経済開放・自由化に向けた本格的な構造改革努力を続けた結果,90年代になって経済パフォーマンスの改善が見られるようになっている。
南アジア平均の実質GDP成長率は,93年の4.1%から94年には5.1%へと高まった(前掲第1-4-1表)。南アジアで最大の経済規模をもつインドでは,91年6月のラオ政権発足以来,貿易・投資の自由化,変動為替相場制への移行,規制緩和や国有企業の民営化によって,財政赤字を削減するなどの,経済構造改革を推進してきた。この結果,インドの実質GDP成長率は,93年の4.3%から94年の5.3%へと高まっている。インド向け海外直接投資(インド政府統計,認可ベース,ルピー名目額)は,93年127.9%増,94年60.1%増と著しく拡大している。ただ,95年に入って,マハラシュトラ州における発電プロジェクトのように,地方政権の交代で外資との契約が一方的に破棄される問題も起き,直接投資先としてのインドに対する懸念を生ぜしめた(95年10月には,マハラシュトラ州は再交渉を発表)。
南アジアの物価は,ASEANなどに比べて,やや高めの上昇となっている(前掲第1-4-1表)。南アジア平均の消費者物価上昇率は,93年に6.6%と一桁に鈍化したが,94年は10.5%と再騰した。南アジアの経常収支は,各国ともおおむね赤字傾向にあり,地域全体としては93年に29億ドルの赤字の後,94年はインドが再び赤字に転化したこともあって51億ドルの赤字となった。
大洋州のオーストラリア,ニュージーランドの景気は,91~92年頃から内需を中心に回復し,94年頃には成長率が高まり,景気は強い拡大を見せた。しかし,95年になって,インフレ予防のための金利引上げといった金融引締めがら,成長率は緩やかに低下するなど,景気は減速している(前掲第1-4-1表)。
オーストラリアでは,88年からの金融引締めから90/91年に景気後退に陥っていたが,91年を底に,個人消費,住宅投資を中心に,景気は回復・拡大した。実質GDP成長率は,93/94年(93年7月~94年6月)4.1%の後,94/95年も4.8%と高い伸びとなった。しかし,95年に入って民間投資が減少しており,景気は減速している。実質GDP成長率は,95年1~3月期前期比0.3%,4~6月期1.0%となった。
ニュージーランドでは,従来の慢性的インフレを克服し,対外収支や財政収支を改善するための金融・財政の引締め基調のなかで,87/88年(87年4月~88年3月)から長期にわたる景気後退に陥っていた。しかし,91年後半から設備投資を中心とした内需の回復により,景気は回復した。実質GDP成長率は,93/94年は5.4%と成長が加速し,景気は順調な拡大をみせた。しかし,94/95年は3.7%とやや減速している。
景気拡大を背景に,オーストラリア,ニュージーランドの雇用情勢は改善している。失業率は,オーストラリアが95年8月に8.3%,ニュージーランドが95年1~3月期で6.6%へと低下している。
オーストラリア,ニュージーランドの物価は,好景気が続くなかでも,落ち着いた動きを見せていたが,このところ上昇率が高まっている(前掲第1-4-1表)。オーストラリアの消費者物価上昇率は,89/90年を境に低下し,93/94年1.8%となった。しかし,95年1~3月期前年同期比3.9%,4~6月期同4.5%とこのところ上昇率が高まっている。但し,変動幅の大きい項目を除いた基礎インフレ率は落ち着いた動きが続いている。ニュージーランドでは,92年以降,消費者物価上昇率は2%以内に抑制されていたが,94年半ばから上昇率が高まってり,94年10~12月期前年同期比2.8%,95年1~3月期同4.0%となった。
経常収支は,オーストラリア,ニュージーランドとも赤字が続いている(93/94年のGDP比は,オーストラリア▲3.9%,ニュージーランド▲1.6%)。