平成6年

年次世界経済報告

自由な貿易・投資がつなぐ先進国と新興経済

平成6年12月16日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第3章 先進国の雇用と途上国からの輸入拡大

第2節 途上国からの輸入増加は,先進国の賃金を抑制したか

先進国の製造業の実質賃金をみると,アメリカでは70年代以降低迷が続いている。ドイツや日本では,着実に増加しているものの,70年代と比べ80年代から90年代前半は伸びが鈍化している(第3-2-1表)。80年代に入ってから,途上国からの輸入の増加が著しいことを背景として,途上国からの競争の強まりが実質賃金を抑制している1つの要因ではないかという見方が,先進国の一部に生まれている。

また,同表により賃金変動のトレンドに対するばらつき度を調べると,・アメリカでは70年代にばらつき度が大きく,実質賃金がトレンドから大きく離れて変動していた。しかし,80年代以降はばらつき度が小さくなるなかで,実質賃金が傾向的に下落している。ドイツではばらつき度が非常に小さく,また,イギリスでも80年代にばらつき度が顕著に小さくなっており,これらの国では実質賃金の変動が少なく,賃金の硬直性の存在が示唆される。日本のばらつき度は70年代にはやや大きかったが,その後低下している。このように,ばらつき度は小さくなる傾向がある。

本節では,途上国からの輸入増加が,先進国の賃金上昇に影響を与えたかどうかを検討する。影響を与える主な経路としては,①途上国からの輸入品と競合する産業の非熟練労働者の賃金が低下する可能性,さらに,②比較優位にある先進国産業の賃金が上昇することにより国内の賃金格差が拡大する可能性が考えられる。こうした経路による影響がありうることは,比較優位の貿易理論によって示されている。

比較優位の貿易理論によれば,各国が比較優位産業の生産物を輸出し,比較劣位産業の生産物を輸入することを通じて,賃金,資本コストなどの要素価格(=生産要素の価格)は,各国の間で同一水準に近づく傾向を持つことが示される。これは,要素価格均等化定理と呼ばれている(付注3-5)。

同定理によれば,①各国の平均的な賃金水準は近づいていくこと,②熟練労働力が比較的豊富な先進国にあっては,熟練労働者の賃金は上昇し,一方,非熟練労働者の賃金は低下することが予測される。同定理が厳密に成立するためには,各国間で技術水準が同一であること,貿易制限や輸送コストが存在しないことなどが前提とされており,もちろん現実の世界では,このような前提条件が満たされているとは限らない。しかし,貿易と賃金の関係を検討するにあたって,比較優位の貿易理論,そして同理論から導かれる要素価格均等化定理は,1つの有力な分析枠組みを提供すると考えられるので,本節ではこれらの理論を念頭に置きながら検討を進めていく。

以下では,まず先進国における賃金動向の特徴を調べ,そのうえで賃金動向に輸入品増加が与えた影響について実証的に考察する。

1 先進国の賃金動向の特徴

(主要先進国の対米賃金水準の推移)

戦後70年代ぐらいまでの間に,主要先進国の賃金が,主要国の間でも最も高賃金国であったアメリカの賃金水準に近づいてきた大きな流れを調べてみよう。ここでの検討においては,各国の製造業雇用者の賃金を現実の為替レートでドル換算して,アメリカの賃金と比較した。したがって,80年代前半のドル高のように,為替レートが大幅に変動する場合には,アメリカに比べた各国の相対賃金も大きく変動することになる。ここでの検討は大まかな傾向をとらえることを主眼においている。

主要先進国の対米賃金水準(製造業)の動きをみると,カナダの賃金は70年代前半にアメリカの賃金水準に追い付いた(第3-2-2図)。日本や多くのヨーロッパ諸国の賃金は,60年代後半でもアメリカに比べて2~4割の水準であり,アメリカとの比較では依然低賃金国であった。その後,日本とヨーロッパ諸国は貿易の自由化が進むなかで,輸出拡大を図りつつ経済成長を遂げ自国の賃金をアメリカより速いペースで上昇させてきた。アメリカの賃金水準にキャッチアップした時期は,ドイツは70年代末,日本やイタリアは80年代後半であった。

(途上国の賃金水準との比較)

途上国の製品が強い価格競争力をもつのは,労働者の賃金水準が低いことが主たる原因である。それでは,途上国の賃金水準が主要先進国と比べてどれほど低いのか,最近年で調べてみよう。アメリカの賃金水準(製造業)を基準にすると,アジアNIEs(韓国,シンガポール,台湾,香港)の賃金水準は1/3~1/2程度,中南米主要国の賃金は2割程度,ASEAN地域の賃金はおおむね5~10%の水準,インド,中国の賃金は2~3%程度となっている(第3-2-3表,付注3-6参照)。

次に,アメリカ,ドイツ,イギリス,日本の貿易相手国(先進国,途上国含む)一の平均的な賃金水準を,各貿易相手国の賃金水準を各国からの製品輸入額をウエイトにして,加重平均することにより求めてみよう(第3-2-4表)。この4カ国のうち,92年において貿易相手国の平均賃金水準が最も高かったのは,イギリスの110%(自国=100,以下同じ)であり,次いでアメリカの88%である。他方,最も低かったのは,日本の55%である。ドイツは75%である。貿易相手国として途上国(=こでは非OECD諸国とする)だけをとり上げると,アメリカの場合,製品輸入を行っている途上国の平均賃金は31%,ドイツの場合は22%,イギリスの場合は43%,日本の場合で23%となる。また,ドイツとイギリスはヨーロッパ域内での取引が多いことから,製品輸入に占める途上国の比率が低いという特徴がある(92年の製品輸入に占める途上国の比率:アメリカ36%,ドイツ14%,イギリス13%,日本40%)。

このように,途上国の賃金水準が先進国を大きく下回っていることは,品質等にあまり差がなければ,途上国の製品が,先進国の製品に対して強い価格競争力を有することを意味している。比較優位の貿易理論によれば,かつて日本やヨーロッパ諸国の賃金がアメリカの賃金水準にキャッチアップしてきたように,現在低賃金国である途上国の賃金は,貿易を通じて上昇し,貿易相手国である先進国の水準に近づいていくことが期待される。他方,同理論によれば,先進国では途上国の製品と競合する産業において,賃金上昇は抑制され,低賃金圧力が生じると考えられる。

(先進国内において拡がる賃金格差)

先進国においては,産業の資本集約度,あるいは労働者の技能熟練度に応じて,産業間や,熟練労働者と非熟練労働者の間におい,て賃金格差が拡大し,資本集約度の高い産業の労働者や,技能別には熟練度の高い労働者の賃金が相対的に上昇している。

まず,産業間の賃金格差を調べてみよう。ここでは,オフィス用コンピュータ機器(以下「コンピュータ産業」と呼ぶ)と衣料品産業において,80年以降の賃金格差をアメリカ,ドイツ,イギリス,日本について計算した(第3-2-5図)。80年には,すべての国でコンピュ―タ産業の賃金は衣料品産業の2倍強の高さであった。その後アメリカとイギリスでは格差が拡大し,91年には2.5倍を超えている。しかし,ドイツや日本では格差拡大の傾向はみられず,おおむね横ばいで推移している

こうした結果は,ドイツや日本では両業種において賃金上昇が実現した結果,第3-2-1表でみたように,製造業全体としても実質賃金の上昇がもたらされたことを示唆している。イギリスでは賃金格差が拡大しつつ,製造業全体の実質賃金が上昇している。しかし,アメリカでは賃金が上昇した業種がある反面,,そうでなかった業種が存在し,製造業全体としては必ずしも賃金上昇が実現しなかったと考えられる。ドイツやイギリスというヨーロッパの国において実質賃金が上昇しているのは,労働組合の影響力等の制度的要因も関係しているものと考えられる。

次に,このように産業間で賃金格差が拡大しているアメリカにおいて,熟練労働者と非熟練労働者の賃金格差を調べてみると,70年代において両者の賃金格差は縮小傾向にあったが,80年代前半以降は格差が拡大していることがわかる(第3-2-6図)。80年代からはアメリカの製品輸入浸透度が一層上昇し,途上国から価格競争圧力が高まった時期であり,国内の賃金格差拡大と時期が一致している。こうした事実が,途上国からの競争の強まりが国内製造業の賃金を抑制しているのではないか,という懸念を生む背景になっていると考えられる。

(アメリカでは家計の所得格差も拡大)

賃金格差の拡大は,所得分配を一層不平等にするであろう。その状況を,アメリカと日本について,所得階層別の実質家計収入の伸びを比較することにより調べてみよう。なお,ここで用いる収入のデータは家計を単位としたものなので,家計における就業者数の違いが調整されていないこと,また職業が製造業雇用だけではないことに注意する必要がある。

70年代と80年以降最近まで(80年代以降と呼ぶ)に期間を分けて調べると,アメリカでは貧富の差が拡大していることがわかる(第3-2-7図)。低所得層(収入5分位で最も低い層)では,70年代の所得の増加はわずかであった一方,80年代以降には年平均0.4%の減少となっている。他方,高所得層になるほど所得の増加率が高くなり,最高所得層(収入5分位で最も高い層)は,80年代以降において年平均1.3%の上昇を記録している。

日本では,70年代,80年代以降を通して,すべての所得層で所得が増加している。また,70年代は低所得層の所得の伸び率が高く,高所得層に比肩する大きさであった。80年代以降では,高所得層の所得の伸びの方が高いものの,アメリカの場合と異なり低所得層でも所得が増加している。

2 先進国の賃金と輸入の関係の実証的検討

先進国の賃金が貿易により影響を受ける経路は,前述したように,①先進国の賃金,特に非熟練労働者の賃金が,途上国からの輸入品との競争により低下する場合と,②比較優位にある先進国産業の賃金,特に熟練労働者の賃金が上昇し,国内の賃金格差が拡大する場合の2つが考えられる。

(輸入品価格と非熟練労働者の雇用との関係)

第一の経路,すなわち途上国からの輸入が先進国の賃金に与える影響から検討していこう。まず,輸入品価格の動向が非熟練労働者の労働需給に影響を与えているのかどうかを調べる。もし,輸入品価格の動向が,非熟練労働者の労働需給を変化させるのであれば,それら労働者の賃金も影響を受けると考えられる。業種ごとに輸入品価格の上昇率と,輸入品と競合する国内産業の非熟練

雇用者数増加率の相関を,アメリカについて調べた(第3-2-8図)。なお,輸入品価格は,途上国からの輸入品に限った方がここでの分析目的により適合しているが,そうしたデータは利用可能ではないので,全輸入品の価格を用いている。

分析結果をみると,業種ごとの相関関係は大きくばらついており,統計的にも有意ではないことがわかった。もし,輸入品価格上昇率と非熟練雇用者数の伸びの間に,プラスの関係があるならば,輸入品価格の上昇率が低いほど(あるいは,価格の下落率が大きいほど),非熟練雇用者数の伸びが低くなる関係が存在するといえよう。第1節で検討したように,低価格の輸入品の増加は,非熟練労働者の労働需給を若干ながらも緩和させる方向に働く可能性があることは否定できない。そうした労働需給の緩和が生じるならば,輸入増加が非熟練労働者の賃金を低下させる可能性があるといえるが,ここでの分析結果に基づけば,仮に賃金低下の影響があったとしても,その影響の度合いは限られたものになると考えられる。

(輸入浸透度の上昇と賃金の関係)

第一の経路(途上国からの輸入が先進国の賃金に与える影響)について,さらに別の角度から検討するために,輸入浸透度の上昇が賃金に与える影響を調べてみよう。

理論的には,輸入浸透度の高まりは当該産業の相対賃金(製造業平均に比べて)を上昇させることも,下落させることもありうると考えられる。すなわち,①産業間の労働力の移動が硬直的であれば,輸入品の価格競争力に対抗するため,雇用主が賃金コストを抑制することが可能であり,その場合には相対賃金が下落する。他方,②輸入品との競争を図るために,非熟練労働に関する生産過程を外部調達(アウトソーシング)すれば,企業には主に熟練労働(高付加価値製品生産,製品企画,マーケティング部門等)が残ることになり,結果としてその産業の相対賃金が上昇する。

OECD雇用研究各論により,輸入浸透度と賃金の関係を検討してみよう(第3-2-9表)。OECDの研究では,70年から89年までのデータを用いて,産業ごとの輸入浸透度が,各産業の相対賃金に与えた影響を調べている。それによると,国により,また産業の技能水準の違いにより相関関係は異なっており,プラスとマイナスの関係が混在している。必ずしも,プラスとマイナスのどちらの関係が支配的であるかは明らかではない。この結果は,輸入浸透度の高まりが賃金に与える影響は,それぞれの国や産業に応じて異なっていることを意味している。

このOECDの研究を補完するため,アメリカを1つの例として,輸入浸透度と賃金の関係を産業別にさらに詳しく調べてみよう。なお,産業別賃金データと整合的な産業ごとの輸入浸透度のデータが入手できないために,ここでは,産業別に80年から91年について,途上国からの輸入金額と実質賃金の伸びの相関関係を調べている(第3-2-10図)。その結果,途上国からの輸入金額の伸びと実質賃金の伸びには,明確な関係は見出せなかった。また,第1節(前掲第3-1-11表)で,輸入浸透度の上昇により雇用が減少した具体的な業種を調べたが,雇用減少産業の時間当たり賃金を製造業平均の賃金と比較すると,製造業平均を上回っている場合と下回っている場合の両方が存在している。つまり,雇用の減少がその産業の賃金をどのように変化させるかは,明確ではないといえよう。

以上の検討から,輸入浸透度の上昇が賃金に与える影響は,国により,また産業により異なっており,必ずしも賃金を抑制しているとはいえないと結論的に考えることができよう。特に,アメリカにおいては,産業別にみた輸入増加と賃金上昇の間に明確な関係は認められなかった。

(賃金格差の拡大と熟練労働力の節約)

途上国との貿易が先進国の賃金に影響を及ぼしうる第二の経路として,先進国における賃金格差拡大の問題を検討していこう。

比較優位の貿易理論によれば,次のような変化が,先進国と途上国との貿易拡大に伴って生ずると考えられる。国内の産業間で労働力の移動が自由であれば,先進国と途上国の貿易が拡大することにより,先進国の熟練労働集約部門の生産が拡大し,それに伴って非熟練労働集約部門から熟練労働集約部門へと労働力移動が生じる。また,熟練労働者の賃金が上昇して国内の賃金格差が拡大するに応じて,非熟練労働集約部門,熟練労働集約部門の双方において労働投入比率が熟練労働力節約的になるであろう。そして,長期的な均衡では,熟練労働力と非熟練労働力が,それぞれ熟練労働集約部門と非熟練労働集約部門を移動し,両部門で両労働力の需給が一致する。

アメリカでは,前にみたように,熟練労働者と非熟練労働者の間で賃金格差の拡大が続いており,熟練労働者の実質賃金は80年がら91年に年平均0.7%上昇し,非熟練労働者の実質賃金は逆に同0.2%減少した。このような熟練労働者の賃金上昇は,熟練労働力の投入を節約するような効果を及ぼしているであろう。そこで,熟練労働力節約の動きが現実に生じているのかを最初に検討してみよう。もし,その動きがみられないならば,標準的な比較優位の貿易理論には織り込まれていない構造的な変化が,労働市場において起きている可能性があるといえるであろう。

アメリカにおける熟練労働者の相対賃金と熟練労働力投入の関係を,80年から91年の動きで調べてみよう(第3-2-11図)。理論から期待される関係は,熟練労働者の相対賃金がより高く上昇する産業で,その投入量が相対的に低下することである。分析の結果は次のとおりであった。①個別の産業においては,80年から91年の間に,ほとんどの産業で熟練労働者の相対賃金が上昇するとともに,熟練労働者の投入比率の水準はむしろ上昇している(ほとんどの産業が第1象限に入っている)。しかし,②産業全体をクロスセクションのデータでみると,熟練労働者の相対賃金と熟練労働者の投入比率の間には,おおむねマイナスの相関関係がみられ,このことは熟練労働者比率が傾向的に高まるなかで,熟練労働者の賃金上昇が高い産業ほど,熟練労働者の投入比率の高まりが抑えられていることを示している。これは,熟練労働者の賃金上昇に伴い,熟練労働者投入の節約が生じていることを示唆している。

次に,熟練労働力を相対的に多用する産業ほど,熟練労働力の投入を相対的に多く節約する動きがみられるかどうかを,同期間について調べてみよう(第3-2-12図)。

産業の熟練度と熟練労働者の投入に関する相関関係は,①プラスの関係が有意に検出され,産業の熟練度が高いほど,熟練労働者を一層多く投入する結果となっている。しかも,②産業の熟練度に関係なく,ほとんどすべての産業で,熟練労働力の相対的投入が増加している。マイナスの相関関係が現れていれば,熟練度の高い産業ほど,熟練労働力の相対的節約が生じていると判断できるのであるが,この図は逆の状況を示している。

二つの図を合わせて考えると,次のことがいえるであろう。①個別の産業においては,賃金の高い熟練労働者の投入は,相対的に節約されている。しかし,②産業全体の傾向としては,労働者に要求される技能の水準が高まり,熟練労働者に対する需要が増大し,低技能労働者への相対的な需要が低下している。つまり,労働市場における需要が,非熟練労働力から熟練労働力ヘ趨勢的にシフトしていると考えられる。

個別の産業で熟練労働力節約の動きがあるのに,熟練労働者と非熟練労働者の賃金格差が拡大している。したがって,労働市場の需要と供給の観点からは,熟練労働力が供給不足の状況にある。この不足に対処するためには,非熟練労働者の技能水準を高め,産業全体の要求する技能水準に適応させることが,雇用政策として必要であることを物語っているといえよう。

(熟練労働力への雇用需要シフト)

熟練労働者に対する需要が,産業全体で増加している1つの背景としては,技術革新が進むなかで,コンピュータ利用が進み,労働者の資質として要求される技能水準が高まっていることがあげられる。コンピュータ・リテラシー(computer literacy,コンピュータを扱うことができる能力)という言葉があるように,いまやコンピュータを扱い,業務を行うことが,先進国では当然のようになりつつある。コンピュータの導入は,製造業においても進んでいる。コンピュータは人的作業を代替することによって,生産性の向上をもたらしている他,情報やシステム管理のための人的作業の効率を高めている。例えば,アメリカにおける88年のセンサス局の調査(Current Industrial Reports)によると,従業員100人以上の企業においては,4割以上の企業が工場フロアの管理にコンピュータを使用しており,また2割以上が企業内にコンピュータ・ネットワークを導入している。さらに,89年の商務省の調査(Current Population Reports)により職場におけるコンピュータの使用率をみると,学歴の高い者ほど使用率が高く,最も高いのがワープロ,次いでデータベースの管理,通信となっている。゛コンピュータ化の進展は,非熟練労働力に対する雇用の需要を減少させ,熟練労働力に対する需要を傾向的に高めている1つの要因であるといえよう。

3 まとめ:先進国の輸入増加と賃金の関係

本節の検討で明らかになった点をまとめておこう。

先進国の賃金上昇の特徴は,①80年代以降実質賃金の伸びが低下しており,特にアメリカでは下落している。②熟練労働者と非熟練労働者の賃金格差の動きは,国によって異なるものの,アメリカやイギリスでは拡大している。

こうした先進国の賃金動向と途上国からの輸入増加の関係を,実証的に検討すると,次のことが明らかとなった。①安価な輸入品の増加は,非熟練労働者の労働需給を若干ながらも緩和させる方向に働く可能性があり,それにより,非熟練労働者の賃金に抑制的な影響を与える可能性を否定できないが,その影響の度合いは非常に限られたものである。②産業別のク石スセクション分析では,賃金と輸入浸透度との間に明確な関係は現れず,輸入浸透度の高まりが賃金を抑制しているとは言い難い。③先進国と途上国の貿易拡大でもたらされる熟練・非熟練労働者の間の賃金格差は,各産業で熟練労働者を節約する方向に働くと考えられるが,アメリカでは,むしろ全ての産業で熟練労働者をより多く使う傾向がみられる。

本節の分析によれば,途上国からの輸入増加が,先進国の賃金を抑制する効果はほとんどないと考えられる。第1節で検討したように,安価な輸入品の増加が原因になったと考えられる失業者数の増加は,アメリカにおいて失業者全体のわずか4%程度であった。労働需給の緩和による賃金抑制効果が働いたとしても,この程度の失業者数が,実質賃金の伸びを下落させるほどの大きな需給緩和効果を労働市場に与えるとは考えられない。したがって,いくつかの先進国で80年代に入ってから実質賃金の伸びが鈍化したり,下落している問題に関しては,労働生産性の趨勢的な低下,低賃金部門での労働需給の緩和にみられるように,国内の労働市場にその原因を求めることができるのではないかと考えられる。

先進国の賃金に関しては,熟練労働者の賃金が上昇を続け,非熟練労働者との賃金格差が一部の国で拡大していることが問題であろう。その背景として,先進国の雇用需要が熟練労働力にシフトし,熟練労働力が相対的に供給不足になっていることが考えられる。こうした労働市場の状況を考慮すると,非熟練労働者の技能水準を高めるような教育や職業訓練が,賃金格差拡大に対処するうえで大きな役割を果たし,労働力の効率的な配分に役立つと考えられる。