平成6年
年次世界経済報告
自由な貿易・投資がつなぐ先進国と新興経済
平成6年12月16日
経済企画庁
第3章 先進国の雇用と途上国からの輸入拡大
第1節,第2節の検討により,次の点が明らかになった。①途上国からの輸入増加は,先進国の一部製造業の雇用を減少させている可能性があるが,その大きさは非常に限られている。②途上国からの輸入増加が先進国の賃金を抑制したとはいえない。
したがって,先進国における大量の失業者の存在,実質賃金の伸び鈍化,国内の賃金格差拡大という問題を,途上国の追い上げにより説明することは的確ではない。むしろ,それは保護主義につながる危険をもつ考え方であるといえよう。先進国の雇用問題の主たる原因は,先進国内の制度的要因等のために生じている労働市場の硬直性にあり,それが景気が回復しても減少しない構造的失業を増加させてきたと考えられる。
本節では,先進国における構造的失業の問題に焦点を当てて,労働市場における硬直性の問題を明らかにするとともに,貿易の利益を活用しつつ,雇用創出に取り組む方向について検討する。
主要先進国における失業率は70年代後半以降増加傾向にあり,特にOECDヨーロッパでの上昇が著しい(第3-3-1図)。このように高まってきた失業率は,景気が良くなっても,かつてのような低い水準に戻ることはなく,今日の失業問題は構造的失業の問題であるといわれている。それがどのような性格のものであるのかを整理し,今日のアメリカ,ヨーロッパにおける失業問題の特徴を明らかにしていこう。
構造的失業は,景気が回復しても短期的にはなくならない失業のことを指す。したがって,構造的に失業している者は,失業期間が長期化する。それを長期失業者の割合(1年以上失業している者の失業者全体に占める割合)により調べると,アメリカ,日本では長期失業者の割合が20%以下であるのに対し,ヨーロッパの多くの国では30%から60%程度と高くなっている(第3-3-2図)。これは,ヨーロッパで構造的失業者の割合が高いことを示唆している。
OECD雇用研究総論によれば,EU諸国における構造的失業者は労働力人口の7~10%程度であると推計されており,その大きさは傾向的に増加している。アメリカにおけるこの比率は6%程度,日本では2%程度と推計されている。こうした研究結果は,構造的失業の問題が,特にヨーロッパにおいて深刻な問題であることを示している。
ヨーロッパの失業率がアメリカや日本に比べて高い背景を,70年代以降ヨーロッパで創出された雇用者数の動向により考えてみよう。EUの主要7カ国における73年から93年までの公的・民間部門別の雇用創出の累積数をみると,公的部門では90年代まで雇用は純増を続けている。しかし,民間部,門では73年以降雇用の減少傾向が続き,雇用が増加傾向を示したのは80年代後半からであるが,その増加の力は弱い(第3-3-3図)。このような民間部門における弱い雇用創出の動きを,公的部門の雇用創出が埋め合わせてはいるが,両部門合わせた雇用創出の大きさは,次に述べるアメリカや日本と比べると極めて少ないものであった。こうしたことから,ヨーロッパにおける高い失業率の原因の1つとして,雇用創出が極めて不十分にしかなされてこなかったことをあげることができる。
他方,アメリカにおける73年から93年までの累積雇用創出数は,公的部門でも増加しているが,それよりも民間部門で大幅な雇用の純増が生じた。90年代初めの景気後退局面において雇用が減少しているが,雇用創出の増加傾向は続いている。このため,アメリカにおいては,雇用創出がなされているにもかかわらず,失業率が比較的高い状況にあり,ヨーロッパとは事情が異なっている。また,日本では民間部門の雇用が着実に増加しており,公的部門での雇用はほとんど増加していない。さらに,景気後退期においても雇用が城少していないことが,ヨーロッパやアメリカと異なる点である。
先進国の労働市場においては,非熟練労働力の雇用機会が傾向的に減少していることを第2節で指摘した。こうした就業機会の減少も,構造的失業を増加させるであろう。そこで,主要先進国における非熟練労働者の失業状況を調べ,雇用機会減少の影響が失業増加の形で現れているかを検討してみよう。OECD雇用研究総論では,労働者を非熟練労働者(低技術習得者で代理する)と熟練労働者(高技術習得者で代理する)に分けて,失業率(労働力人口に占める失業者の割合)と労働力率(人口に占める労働力人口の割合)の大きさを比べている(第3-3-4図)。(なお,労働力人口とは,就職する意思を持って労働市場に参加している者の人口で,就業者と失業者の合計である。)
アメリカ,ヨーロッパの主要国(アメリカ,ドイツ,フランス,イギリス,イタリア)の特徴としては,次の点があげられる。①ほとんどの国で非熟練労働者の失業率が,熟練労働者の失業率を大きく上回っている。②その上回りの程度は近年ほど大きくなっている。③労働力率においては,すべての国で非熟練労働者の労働力率が,熟練労働者の労働力率を下回っている。④フランスを除いて,近年ほど非熟練労働者の相対的な労働力傘が低下している。
このような特徴は,以下のような状況を示していると考えられる。①非熟練労働者の失業率が熟練労働者の失業率を上回っていることは,構造的失業者の多くが非熟練労働者である可能性が高いことを示唆している。②非熟練労働者の労働力率が,熟練労働者の労働力率に比べて低下していることは,非熟練労働者のなかには,低い賃金しか受け取れないために,労働意欲を失っている者が存在していることを示している。このように,非熟練労働者の失業が増加していることは,雇用機会が熟練労働力にシフトしている影響が先進国で現れていることを示している。
構造的失業を反映する長期失業者が,なぜヨーロッパで多いのかを検討してみよう。失業のプールから抜け出る確率(失業者でなくなった者の合計を,失業者全体で割った割合)を計算すると,ヨーロッパのほとんどの国でその確率が小さいのが特徴である(第3-3-5図)。他方,アメリカ,日本では確率が高く,長期失業を避けることが可能であることを物語っている。失業のプールから抜け出る確率は,二つの要因に影響されており,第一は新たな雇用が見つかりやすいかという点であり,第二は失業者が雇用に就こうとする意欲が高いかという点である。したがって,ヨーロッパで失業のプールから抜け出る確率が低いのは,失業者が再雇用先を容易には見つけられないことや,失業者の就業意欲が低下していることに原因があると考えられる。
次に,失業のプールヘ入る確率(新たに失業者となった者が労働力人口に占める割合)を調べてみよう。ヨーロッパ各国では失業のプールヘ入る確率が一様に低い。しかし,失業のプールから抜け出る確率も低いため,ひとたび失業するとなかなか失業から抜け出すことができない状況になっている。ヨーロッパにおいて失業のプールヘ入る確率が低いことは,労働者が強い労働組合の存在もあり,職を失うリスクから守られやすい傾向にあることを示していると考えられる。これに対し,アメリカではレイオフなどの雇用調整手段が早い段階で用いられることなどを反映して,失業のプールに入る確率が高くなっている。他方,日本では終身雇用等の雇用慣行を反映して,失業のプールに入る確率は低くなっている。アメリカや日本では失業のプールから抜け出る確率も高いため,たとえ失業しても比較的高い確率で再就職することができる状況にある。
長期失業者の増加が示すような構造的失業が,近年趨勢的に高まっている原因を考えてみよう。この原因は,前述したよ引こ,第一に,新たな雇用が見つかりやすいかどうか,第二に,失業者の就業意欲が高いかどうかの観点から整理することができる。
第一の就業機会の利用可能性という観点からは,次のような要因を構造的失業の原因としてあげることが可能である。①雇用者の追加には賃金費用のみならず,高い社会保障負担が必要であるために,労働コスト(賃金費用+社会保障負担等の非賃金費用)が高まるような雇用増加に雇用主は消極的である。②雇用者の賃金を守るために最低賃金制が施行されている結果,雇用主は非熟練労働者の新規の雇用増加に消極的となる場合がある。③労働組合の力が強いなどの理由で,賃金の変化が景気変動に対して硬直的であり,新規の雇用創出がなされにくい。例えば,70年代のドイツや80年代のイギリスの実質賃金の変動をみると,好況,不況を問わず極めて硬直的な動きを示している(前掲第3-2-1表)。④雇用主は,技術革新の進展に対応して熟練労働力を確保しようとするため,非熟練労働者の雇用機会が減少する。
第二の就業意欲の観点からは,次のような要因を指摘することができよう。
①ヨーロッパにおいては失業給付の支給水準が高く,また支給期間も長いため,就業意欲が低下する。失業給付の代替率(モデルケースを使って推計した税引き前の失業給付と失業前の税込み給与の比率)をOECD雇用研究総論でみると,ヨーロッパ主要国では一様に代替率が高く,デンマーク,オランダでは50%を超えており,ベルギー,ノルウェー,フィンランド等では40%前後となっている。他方,アメリカではこの代替率が10%程度であり,低賃金であっても失業より就業を選択しようとするメカニズムが働くために,構造的失業の要因とはなりにくい。②失業者が就業した場合に得られる可処分所得(総所得から所得税や社会保障負担等を差し引いたもの)が,失業給付等の社会保障給付金をあまり上回らない場合には,就業意欲が減殺される。③特にヨーロッパにおいては,低家賃の公的住宅が提供されたり,経済的社会的な格差是正の観点から,低開発地域や長期失業地域に対してEUによる所得移転政策が実施されいるために,労働者の地域間移動が阻害され,失業者が特定の地域に固定化る傾向がある。④失業期間が長期化すればするほど,失業者の人的能力が雇用機会の要請に合いにくくなるという悪循環が生じる。
第一,第二の観点から指摘できるこれらの原因の多くがヨーロッパで見受けられ,ヨーロッパの構造的失業者を増加させてきたと考えられる。また,雇用機会の熟練労働化等は,アメリカやヨーロッパでの高い水準の構造的失業者を説明しうる要因である。構造的失業を増加させるこれらの原因は,いずれも労働市場の硬直性を高めるものであり,労働市場における柔軟な需給調整が困難になっている。
先進国で増加している失業者数は,そのかなりの部分が構造的失業者であると考えられる。構造的失業者が増加している基本的な原因は,多くの制度的要因が雇用創出を妨げたり,失業者の就業意欲を減殺させて,労働市場の硬直性を生み出しているからである。構造的失業者が多いヨーロッパとアメリカについて,問題の所在をまとめておこう。①ヨーロッパにおいては,社会保障の手厚さ,賃金の硬直性等を主因として構造的失業が増大してきた。構造的失業を低下させるためには,こうした制度の改革を進め,労働市場の硬直性を取り除くことが重要である。②アメリカにおける失業者の増加は,非熟練労働者の技能水準が低いために,創出されている熟練労働者の雇用機会に適合できないことが1つの原因である。これには,技術革新に応じて変化する労働需要に,非熟練労働者の技能を適応させることが重要な課題である。
本章では,先進国の一部で生まれている途上国からの輸入増加に対する警戒心を問題意識としてとりあげ,検討を深めてきた。こうした警戒心は,貿易に対する保護主義的見解につながる危険と隣合わせであり,自由貿易のメリットを軽視しがちである。以下では,自由貿易のメリットを生かしつつ,労働市場における硬直性の除去のために,どのように取り組むべきかを考えていこう。
本章の検討では,データの制約から十分な吟味ができず,今後さらに分析を深めていくべき事項も残っているが,途上国からの輸入増加が,先進国の失業増加や賃金抑制に与えた影響に関して,明らかになった主要なポイントをここでまとめておこう。①途上国の製品は先進国の製品に対して強い価格競争力を持っており,それらの輸入増加は,先進国の一部製造業の雇用を減少させる効果を有する。しかし,それによって減少した雇用の大きさは,今日先進国で問題となっている失業者数に比べると,非常に小さな割合を占めるに過ぎない。
②途上国からの輸入増加が,先進国の賃金上昇を抑制しているとは判断できない。③先進国では70年代後半以降,失業者数が趨勢的に上昇しているが,これは途上国からの輸入増加ではなく,労働市場の硬直性が主たる原因である。硬直性をもたらしている制度的要因には構造改革を進め,労働市場の伸縮性を高めるようにすべきである。④先進国において,雇用需要が非熟練労働者から熟練労働者にシフトしている状況も,非熟練労働者の失業に大きな影響を与えている。これに対しては,非熟練労働者の資質を高めるような政策が求められている。
さらに,労働市場の問題に関しては,アメリカとヨーロッパでは問題の性格が異なっていることも明らかになった。①アメリカにおいては,ヨーロッパなどと比べれば賃金は伸縮的に変化し,積極的に雇用が創出され,職業転換が活発であるけれども,「ワーキング・プアー(workingpoor)」という言葉があるように,マイノリティ(黒人やラテン・アメリカ系等)や女性,若者に多いといわれる非熟練労働者の貧困が重要な問題となっている。非熟練労働者は高賃金の職に従事することが困難であり,また就職できても失業のリスクが高い。②ヨーロッパでは,労働市場における賃金の硬直性が雇用創出を妨げる一方,失業者の就業意欲の滅退が,失業者の再雇用を難しくさせている。失業者の就業意欲の減退には,政府の手厚い社会保障政策が寄与していると考えられる。
途上国からの製品輸入の増加が,先進国の雇用に悪影響を与えているという推測から,途上国からの輸入を制限すべきだとする見方が存在している。本章での分析結果からは,先進国の失業増加や賃金の伸び鈍化に対して,途上国からの輸入増加は大きな影響を与えているとはいえず,したがって,途上国からの輸入を制限することは,,適切な対処ではないと判断できる。
なぜなら,このような対処は,先進国の雇用問題を根本的に解決させることにはならないばかりか,次のような弊害をもたらすからである。①途上国からの輸入を閉ざすことは,先進国内の競争を弱め,非効率な産業を温存する危険性が強い。②輸出という途上国の成長のエンジンを停止させることになり,世界経済の持続的な成長にとって害が多く,先進国の経済成長にも悪影響が及ぶ。
また,途上国製品との価格競争が,先進国の輸出価格を抑え,先進国の交易条件(輸出価格/輸入価格)の悪化を通じて,先進国の購買力を低下させているのではないかと恐れる考え方も,ある。しかし,先進諸国のこれまでの交易条件の推移をみると,途上国との価格競争が,先進国の輸出価格を大きく低下させることはなく,石油危機の時期を除けば先進国の交易条件の傾向的な悪化は生じていない。むしろ,途上国から安価な製品が輸入されることは,先進国の実質購買力の上昇をもたらしており,この点からも,途上国からの価格競争を恐れることは悲観的すぎるといえよう。
自由貿易と雇用に関しては,「貿易と労働基準」が今後国際的に検討される大きなテーマの1つとなっている。このテーマは,第2次世界大戦前にいわゆるソーシャル・ダンピング問題に関し,また,70年代に南北問題に関連して国際労働機関(ILO;Internat10nal Labor Organization)で検討されており,新しいものではないが,今日でも,WTOにおける検討議題の1つにすべきだという主張がある。その背景には,途上国を中心とした低い労働基準が安い労働コストにつながっているのではないかという考え方もあるが,こうした低い労働基準は当該国の労働者に有害であるのみならず,人道的見地がらは世界的にも見過ごすことができないという問題がある。
労働基準の内容及びその分類については世界的なコンセンサスがあるわけではないが,大まかに分けると,①基本的人権としてとらえられるものと,②それ以外のものに整理することができる。①の基本的人権と考えられる点としては,ア)強制労働や児童労働の禁止,イ)組合結成の権利や交渉権,ウ)職場の保健・安全の規則などがある。②の基本的人権以外のものとしては,ア)労働時間の規制,イ)最低賃金制度,ウ)雇用保障(正当事由なしの一方的解雇を防止する)などが含まれる。
先進国のなかでは特にアメリカとフランスが,途上国の低い労働基準の問題を重視している。その他の主要先進国からは,こうした問題意識は新たな保護主義にっながりかねないという懸念や,途上国の労働基準の問題は貿易と切り離して議論すべきではないかという考え方が出されている。他方,多くの途上国からは,貿易問題に労働基準の問題を関係づけることに反対の,声が上がっている。このように先進国と途上国の間において意見の差があるのは,世界各国が現実に設定している国内の労働基準の内容が,基本的には各国の経済の発展状況等(こ応じて異なっている事情を反映している。ILOは労働条件の改善,生活水準の向上のため,国際的な労働基準を条約や勧告の形で設定してきているが,様々な条約の批准状況は国によってかなり違いがある。
「貿易と労働基準」の問題は,本章の検討テーマを超えており,十分な議論をすることはできない。ここでは,今後の検討のために重要であると考えられる基本的な視点を指摘するにとどめておこう。
①奴隷的拘束からの自由といった基本的人権に関わる問題は,国際社会として,その違反に無関心であるわけにはいかない。ILOなどを通じて,基本的人権の遵守を国際的に促進していく努力が必要である。
②労働時間の規制などその他の労働基準の問題については,それぞれの国の発展段階等に応じて労働基準に差が出てくることは,やむを得ないと考えられる。しかし,労働者の福祉向上を図るために,労働基準の向上に努力していくことは重要である。
③労働基準と貿易を関連づけるかどうかの議論については,恣意的な貿易制限措置につながるおそれがある点に注意する必要がある。そもそも,労働基準と貿易の議論については,基本的労働条件の向上という目的から考えるべきである。このような観点を踏まえて,「貿易と労働基準」の問題については,OECDが行う貿易と労働基準に関する研究の成果等を基に,保護主義を排し,自由貿易を一層推進する立場を堅持しつつ,慎重に対応していくことが重要である。
先進国における構造的失業問題に典型的に現れているように,労働市場の硬直性をもたらしている制度的な要因は改めていくことが必要であるとともに,きめの細かい雇用政策を進めていくことが求められている。
労働市場の機能をより弾力的にするためには,①労働参加率を高める観点,②雇用創出を進める観点,③労働者の資質を高める観点から取り組むことが大切である。
①労働参加率を高める観点からは,ア)失業給付等が就業意欲を減殺している場合には制度の改善が求められる,イ)所得税や社会保障負担が,低所得者の就業によるネットの所得増を十分にもたらさない場合には,見直しが必要である,などの取り組みが課題となろう。
②雇用創出を進める観点からは,ア)最低賃金制が賃金の硬直性をもたらしている場合には,より弾力的な制度設計が求められる,イ)社会保障負担が雇用主の非賃金費用を高めている場合には,社会保障制度全体のなかでの見直しが重要である,などの対処が考えられる。
③労働者の資質を高める観点からは,ア)学校教育の充実,イ)学校教育から就業に向けての適切な橋渡し,ウ)労働者の技能を高める職業訓練等に取り組むことが有意義であろう。
一般に,政府は,持続的な経済成長の実現とインフレ抑制に努めることが求められており,そうした経済運営により,実質所得の増加と雇用拡大を目指している。適切な金融・財政政策によってインフレなき安定的な成長を持続できれば,失業者のうちの循環的要因による部分については,減らしていくことが可能となる。
構造的失業に対しては,構造的な政策が必要である。まず,前述したような労働市場の硬直性を除去するための諸制度の見直しが不可欠である。さらに,労働市場だけの問題を超えて,経済全体において市場機能が十分発揮され,効率的で活力のある経済を作り出していくことが,構造的失業の削減に役立つと考えられる。そのためには,①規制緩和を通じて民間企業間の競争を活性化すること,②財政赤字の削減,政府規模拡大の抑止によって,民間投資の拡大,民間企業のイニシアティブの発揮を促進すること,③残っている様々な貿易障壁をなくすことによって,国内市場の競争を促進することが,特に重要である。これらの構造政策の推進は,資源配分の効率化,技術革新の促進を通じて,経済の成長ポテンシャルを引き上げ,雇用の創出につながる。また,経済の競争的環境のなかで,促進される技術革新は,高い労働生産性をもたらすと同時に,高技能で高賃金の雇用を創出する。
途上国との貿易取引の拡大は,比較優位の変化を通じて,先進国に産業調整を迫るであろう。また,科学技術の進歩に伴い,世界の産業構造は今後も変化するであろう。こうした流れの下で,先進各国は,ダイナミックな産業調整を一層速やかに進め,変化に対応していくことが課題となっている。したがって,その対応を容易にするようなマクロ経済政策,雇用政策,経済構造調整政策の運営が,政府に求められているといえよう。
先進国においては,産業における技術革新や教育水準の向上等を反映して,熟練労働力には高賃金を中心とする雇用機会が生まれている。しかし,技術革新の波が速いこともあり,多くの先進国の労働市場では,非熟練労働力が供給過剰気味である。こうした状況下では,労働市場の硬直性を取り除くとともに,労働者の資質を技術革新の波に即した技能水準に高めていけば,失業率や賃金上昇という雇用に関する経済のパフォーマンスは,まだまだ改善するものと期待される。
ウルグアイ・ラウンドの合意が示すように,世界においては自由貿易の一層の推進に向けて努力がなされている。雇用に関する経済のパフォーマンス改善と自由貿易の推進は,基本的には相反するものではない。今後とも自由貿易を推進しつつ,雇用問題への適切な対処を進めていけば,途上国からの厳しい追い上げが続いていくために,先進国の将来は失業が蔓延するか,低賃金社会が到来するといった悲観的な見方に立つ必要はない。