平成6年
年次世界経済報告
自由な貿易・投資がつなぐ先進国と新興経済
平成6年12月16日
経済企画庁
第3章 先進国の雇用と途上国からの輸入拡大
戦後のGATT(General Agreement on Tariffs and Trade,関税及び貿易に関する一般協定)を中心とする自由貿易体制のなかで,世界の貿易取引が拡大し,先進国の輸入は大幅に増加してきた。GATTの役割を受継いで設立が予定されている世界貿易機関(WTO;World Trade Organization)においても,一層の貿易拡大が目指されている。
70年以降の主要先進国の全輸入数量は,着実に増加している(第3-1-1図)。アメリカの輸入数量は,83年以降増加の勢いを強めており,日本では86年からの増加が顕著である。また,経済協力開発機構(OECD;Organizationfor Economic Co-Operation and Development)加盟国のうちヨーロッパ地域に存在する19カ国の合計(以下「OECDヨーロッパ」と呼ぶ)では,アメリカや日本に比べて緩やかな輸入の増加が続いている。
他方,先進国の失業者数は70年代後半以降増加しており,OECD加盟国全体の失業者数は,70年に1,030万人であったものが,94年には3,500万人に達すると見込まれている。このうち,アメリカの失業者数は,80年代以降は70年代前半の約2倍に増加している。OECDヨーロッパの失業者数は,80年代に70年代前半の3倍を超える水準に達し,景気が拡大しても失業者が容易に減らない状況(構造的失業と呼ばれている)が現れている。日本の失業率はヨーロッパ,アメリカなどと比べれば相当低いものの,失業者数は傾向的に増加しており,80年代以降は70年代前半の3倍近い水準である。
本節では,こうした失業の増加に対して,途上国からの製品輸入の増加が影響を与えているかについて検討する。以下では,まず先進国の貿易拡大の姿を比較優位の観点から整理し,次に先進国における雇用の変化を考察する。そして,輸入増加が先進国の失業に与えた影響について,実証的に検討する。
世界経済の一体化が進むなかで拡大してきた貿易取引の推移と,変化が生じている先進国の比較優位の状況を調べよう。
世界輸入数量の世界GDPに対する弾性値(世界GDPが1%成長した場合に増加する世界輸入数量の伸び率(%))は,60年代1・74,70年代1.51,80年以降91年までが1.63と堅調に推移している。これは,世界の貿易が世界経済の成長率を相当上回って拡大し続けていることを示している。このように貿易取引が堅調に増加している背景には,①GATTにおいて自由貿易が推進され,世界的に市場開放の流れが進んだこと,②科学技術の進歩による交通輸送費用の低下と通信手段の顕著な発達から,貿易の取引コストが軽減したこと,③先進国の企業は国境を越えて活動拠点を拡大し,生産活動の国際化を進めたことなどがあげられる。
主要先進国における製品輸入の浸透度(=製品輸入額/名目GDP)は,OECDヨーロッパでは70年以降上昇し,80年には20%を超える水準に達したが,その後は,やや低下し15%前後で推移している(第3-1-2図①)。アメリカの製品輸入浸透度はOECDヨーロッパより低いものの,70年から上昇を続けており,80年代後半以降は7%程度の水準である。なお,アメリカの全輸入品の輸入浸透度(=輸入総額/名目GDP)は9%前後で推移しており,製品輸入が全輸入品に占める割合の高いことが特徴となっている。日本の製品輸入浸透度はアメリカ,ヨーロッパより低いものの,近年緩やがに上昇しており,80年代以降は3~4%の水準となっている。
このように貿易取引が堅調査に増加する中で先進国では製品輸入浸透度が高まる傾向にある。
70年におけるアメリカの全輸入金額のうち,OECD加盟国からの輸入金額が占めるウエイトは72%であったが,92年には58%に低下している。OECDヨーロッパでは同期間に76%から81%へ上昇しているものの,日本では54%から48%へとやはり低下を示している。このようにアメリカや日本では,先進国がらの輸入ウエイトが低下しており,途上国からの輸入が増大している。また,製品輸入に占める途上国(非OECD諸国)のウエイトは,92年にアメリカでは36%,OECDヨーロッパでは12%,日本では40%となっており,日本が最も高い。
このような途上国からの輸入増加を反映して,主要先進国における途上国からの製品輸入浸透度は上昇している。途上国からだけに限った製品輸入の浸透度は,アメリカにおいて70年代以降高まっており,80年代末からは2%台後半で推移している(第3-1-2図②)。OECDヨーロッパでは70年代以降1~2%で変動しているが,90年以降は2%弱であり,アメリカを下回っている。日本では70年代以降緩やかな上昇傾向にあり,90年以降は1%台半ばの動きとなっている。
それでは,このような貿易取引の拡大や途上国からの輸入の増加が,先進国の貿易収支にどのように現れているかを調べてみよう。
比較優位の貿易理論(付注3-1)によれば,各国は比較優位を有する製品を輸出し,比較劣位の製品を輸入するように貿易の流れが決定される。資本や高技能労働が豊富な先進国は,途上国に対して,資本集約的な製品や,高技能労働により生産される製品に比較優位をもっていると考えることができる。そのため,先進国の途上国に対する貿易収支においては,これらの比較優位を有する財では貿易収支が黒字となり,比較優位のない製品に関しては貿易収支が赤字になることが予想される。
ここでは,92年のデータを用いて,貿易相手国を賃金水準ごとにグループ分けし,それぞれのグループとアメリカ,ドイツ,日本との財別貿易収支を計算した(第3-1-3表,輸出と輸入の内訳については付注3-2参照)。財については,代表的な例として,(単純)労働集約財と考えられる衣料,履物,家具を,資本集約財と考えられる鉄鋼,電気機器(主に家電製品),自動車,航空機,医薬品をとり上げた。
計算結果から,賃金水準が自国の50%以下での貿易相手国(以下では,途上国と呼ぶ)との財別貿易収支を調べてみよう。まず,アメリカの途上国に対する貿易収支は,労働集約財である衣料,履物,家具ではすべて赤字となっている。一方,資本集約財である自動車,航空機や医薬品では黒字となっているが,鉄鋼や電気機器では収支均衡ないし赤字となっている。(なお,鉄鋼に関しては,メキシコやブラジルなどの中南米諸国との貿易のウエイトが高く,輸出入ともかなりの額に達し,収支がほぼ均衡の状態にある。電気機器については,中南米諸国とはやはり収支均衡にあるものの,東アジアに対しては大幅な入超であり,その結果,アメリカの貿易収支が赤字になっている。)ドイツと日本の場合は,ここでとり上げた労働集約財すべてについて赤字となっており,一方,資本集約財についてはすべての財で黒字となっている。
このようにアメリカ,ドイツ,日本の途上国に対する貿易収支においては,比較優位の貿易理論が示すように,労働集約財においては貿易収支が赤字であり,資本集約財においては貿易収支が黒字となる傾向が現れている。また,資本集約財のなかでも,航空機や医薬品は高技能労働が要求される知識集約財と考えられるが,これらの財については3カ国とも途上国に対して収支が黒字となっており,特にアメリカは航空機において大幅な貿易収支黒字になっている。
途上国に対する先進国の財別貿易収支の動向は,先進国や途上国が有する財の比較優位の違いでおおむね説明されると考えられる。しかし,各国の比較優位は,貿易取引が拡大するなかで変化している。このような比較優位の変化を実証的に検討してみよう。
貿易における比較優位を数量的にとらえる指標として,顕示比較優位指数(Revealed Comparative Advantage Index)がある。同指標は,ある国の特定の財(例えば乗用車)の輸出パフォーマンスを世界的な平均と比べて,その国のその財についての比較優位の度合い(ないし国際競争力)をみるものである(具体的な計算式は,第3-1-4図の注を参照)。この数値が1であれば,ある国のその財に関する比較優位の度合いは,世界的にみて平均的な大きさであり,数値が1を上回るほど,ある国はその財の輸出に比較優位を持っていることを反映していると考えられる。ここでは代表的な先進国(アメリカ,ドイツ,イギリス,日本)と途上国(韓国,タイ)を選び,それぞれについて顕示比較優位指数を計算し,70年,80年,91年における変化を調べた(第3-1-4図,計算結果は付注3-3参照)。なお,対象国を変えれば結果が異なる可能性もあるので,ここでの計算結果は一つの示唆を与えるものと考えられるべきである。
顕示比較優位指数を計算した20の財は,先進国が保持する比較優位の観点から,次の3つの財グループに分けることができる。Aグループ(6財)は,先進国が依然として優位を保っている財であり,医薬品,工作機械,航空機等である。Bグループ(9財)は,途上国の追い上げにより先進国の優位が低下している財であり,鉄鋼,オフィス・コンピュータ,洗濯機等である。Cグループ(5財)は,先進国が優位を失ってしまったか,失いつつある財であり,衣料品,靴,玩具等である。ここでは途上国として韓国とタイをとり上げたが,洗濯機,冷蔵庫等の家電製品,オフィス・コンピュータや半導体等のコンピュータ関連においては,両国の顕示比較優位指数が急速に上昇している。これには,先進国からの海外直接投資によって,両国でこれらの財の生産が大幅に拡大した効果が含まれていると考えられる。
顕示比較優位指数の計算に用いた財分類を,ここで用いたよりもさらに詳しく分けられれば,同じ財のなかでも相対的に高付加価値のものと,相対的に低付加価値のものに区分することができよう。しかし,そのような区分はデータ制約から困難であり,ここで行った分析の結果は,あくまでその財の平均的な姿としてとらえる必要がある。
例えば,カラーテレビは先進国の優位性が失われつつある結果となっており,日本の顕示比較優位指数は,70年の5.3から91年にはl.1まで低下している(ただし70年のデータは白黒・カラーの区別なしのテレビ)。これには,日本と東アジア諸国の間で国際分業が成立しており,日本では高付加価値型のテレビを生産・輸出し,東アジア諸国では普及型テレビを生産・輸出するという,日本の各メーカーの国際的生産・販売戦略が反映されている。こうした影響を考慮するならば,テレビの平均的な姿として,日本は比較優位を失いつつあるが,高付加価値型テレビに関しては,依然比較優位を有していると考えることができる。
これまでは,貿易取引を先進国対途上国の関係において検討してきたが,次に先進国間の貿易を考察してみよう。
主要先進国の製品輸入に占める途上国のウエイトはl~4割程度であり,先進国の製品輸入の大半は他の先進国がらの輸入である。前掲第3-1-3表により,先進国同士の資本集約財の貿易を調べてみよう(アメリカでは相手国の賃金水準が75%以上,ドイツ,日本では50%以上の貿易が,おおむね先進国同士の貿易と考えられる)。アメリカでは鉄鋼,電気機器,自動車で貿易収支が赤字である一方,航空機と医薬品では黒字となっている。ドイツでは,航空機で貿易収支赤字であるが,その他の財では黒字である。また,日本では,鉄鋼,電気機器,自動車では貿易収支が黒字であるものの,航空機,医薬品では赤字となっている。
このように,アメリカ,ドイツ,日本が他の先進国と行う貿易の収支は多様な結果となっており,途上国との貿易収支ほど明瞭な傾向がみられない。アメリカ,ドイツ,日本が行う資本集約財の貿易は,途上国や先進国に輸出を行う一方で,先進国からも輸入するという双方向取引となっている。これに対して,途上国が比較優位をもっている多くの労働集約財に関しては,一部財を除いて,アメリカ,ドイツ,日本からの輸出が極めて少なく,輸入が中心であるという対照的な動きである(輸出と輸入の動向については,付注3-2参照)。
ここでの分析では,すべての製品に関して貿易収支を調べたわけではないが,これらの代表的な財の例に示される先進国間の貿易形態は,資本や労働力(技能水準の違いを含めて)の豊富さの観点から考える比較優位の理論では,説明しにくい現象である。なぜなら,資本や高技能労働力の豊かさは,先進国の間では,途上国と比べるほどには差がないと考えられるからである。同一産業に属する財が双方向に行われる貿易取引は,産業内貿易と呼ばれている。これに対して,ある産業では輸出され,別の産業では輸入している取引は産業間貿易といわれる。例えば,国産自動車を輸出する一方,外国車を輸入している場合は産業内貿易であり,原材料を輸入し,製品を輸出する場合は産業間貿易である。近年の特徴として,先進国は途上国から製品を逆輸入する動きがみられるが,これも産業内貿易の進展を示すものと考えられる。
産業内貿易が進展するのは,比較優位の貿易理論が説明するように,その財の生産に必要な生産要素をより多く有しているからではなく,製品の差別化が進んでいる場合や,財の生産に規模の利益が働くことによって,特定の国での生産が有利になっている場合であると考えられている。このような状況は,比較優位の貿易理論ではとらえられていない。そのため,比較優位の貿易理論で想定されている完全競争の条件が成立しない場合の貿易を説明する理論として,「新貿易理論」と呼ばれる研究が,70年代半ば以降進められている。
OECDは,2年に及んだ包括的な雇用研究を,94年に順次発表した。(6月に“The OECD Jobs Study:Facts Analysis Strategies”を発表,以下では「OECD雇用研究総論」と呼ぶ。さらに,10月に“The ECD JobsStudy:Evidence and Explanations”;を発表,以下では「OECD雇用研究各論」と呼ぶ。)この研究は,科学技術,教育など雇用問題に関連する数多くの分野にわたっているが,貿易との関係においても幅広い分析が行われており,本章の検討で参照していくことにしよう。
OECD雇用研究各論により,産業内貿易の動向をアメリカ,ドイツ,オーストラリア,日本について概観しておこう(第3-1-5表)。各国に共通した特徴は,近年になるほど産業内貿易の比重が高まっていることである。また,各国の非OECD加盟国との産業内貿易は,60年代から70年代においては低かったが,80年代以降大きく増加している。ドイツの遠業内貿易指数がきわ立って高いけれども,これは,歴史的にヨーロッパ域内での貿易取引の比重が大きいことを反映している。
日本の産業内貿易指数は,アメリカやドイツに比べて低いが,これは,①近隣諸国と経済規模や産業構造が異なること,②天然資源や土地に恵まれていないという生産要素の賦存状況を反映して,天然資源や農産物等の輸入比率が高くなること,などのためであると考えられる。また,オーストラリアは産業内貿易指数が低い国であるが,これもオーストラリアは天然資源に富み,農産物の輸出が多いという経済構造を反映しているためであるといえよう。
ここでは,先進国の雇用における70年代以降の変化を把握しておこう。
OECD加盟国全体の総雇用者数は,70年代は年平均1.1%で増加しており,80年代に入ってからも,その伸びに変化はない。しかし,雇用者の内訳をみると,製造業雇用者が多くの国で減少している。80年代以降93年まで,OECD加盟24カ国(94年5月にメキシコが加盟し,加盟国は現在25カ国だが,ここではメキシコを除く)のなかで,製造業雇用者が減少しなかったのは,日本,デンマーク,ギリシャ,トルコの4カ国だけである。他方,OECD加盟国すべてにおいてサービス産業で雇用が増加しており,サービス産業の雇用者が総雇用者に占める割合は,OECD加盟国計で91年には64%となっている。また,OECD加盟国全体の失業者は,70年に1,030万人(失業率3.4%)であったが,93年には3,200万人超(失業率7.8%)となっている。以下では,主要先進国について,これらの変化をもう少し詳しく調べてみよう。
アメリカ,ドイツ,フランス,イギリス,日本の5カ国について,産業別に雇用変化の特徴を明らかにしてみよう(第3-1-6図)。①80年代における総雇用者数(全産業)の伸びは,アメリカの1.4%(年平均)を最高に,各国ともプラスとなっているが,フランスの伸びは0.2%と極めて小さい。②製造業においては,日本以外の4カ国で雇用者数は減少しており,特にイギリス,フランスでの減少が大きい。③すべての国において雇用者数が高い伸びを示しているのは,金融・保険・不動産等,個人サービス・社会サービス(例えば,レンタル業,情報関連サービスなど)である。他方,④農林水産業における雇用者数はすべての国で減少し,アメリカでの減少率は比較的小さいものの,フランス,ドイツ,日本では大きな減少率となっている。
上でみたように,アメリカ,ヨーロッパの先進国で製造業の雇用が減少しているが,その特徴を調べてみよう。本章の分析では,一つの重要な視点として,労働者の技能熟練度に着目している。そこで,製造業の雇用減少において,労働者の技能がどのように関係しているがを検討してみよう。
こう.した検討に役立つデータは制約されている。しかし,アメリカについてはそうしたデータがある程度利用可能である。アメリカの労働統計では,労働者の職種を生産部門労働者(production workers)と非生産部門労働者(non-production workers:経営管理,販売,事務,専門的・技術め部門に携わる者等)に分けている。そこで以下では,非生産部門労働者が熟練労働者を,生産部門労働者が非熟練労働者を代理していると考えて,分析を進める。なお,「熟練」という語は,経験の積重ねによって作業に習熟しているという意味で用いられることが一般的であるが,本章では高度な技術を使いこなせるということを意味している。途上国がらの追い上げにより,雇用面で不利な影響が出ているとすれば,非熟練労働者であろう。アメリカの非熟練雇用者数は,60年代に年平均1.8%増加した後,70年から92年にかけては年平均0.6%減少した。
70年代以降の時期は,アメリカの輸入数量が着実に増加した時であった。こうした事実は,途上国からの追い上げが,アメリカにおいて非熟練部門の雇用を減少させた可能性を検討する必要があることを示しており,後ほど実証的に検討する。
次に,アメリカのデータから得られた非熟練労働者の雇用動向を,OECDの統計により補完しておこう。主要先進国について,学歴の差が失業率に違いをもたらしているか調べてみた(第3-1-7図)。主要先進国においては,初等・中等教育修了者の失業率が高く,大学教育を受けた者の失業率が低いという関係が存在している。低学歴の人は,ほとんどが非熟練労働に従事していると考えられることから,この結果は,非熟練労働者の失業率が,熟練労働者の失業率よりも高いことを示している(この点に関しては,第3節で改めて検討する)。これらの事実は,アメリカ以外の先進国においても,アメリカと同様に,非熟練労働者の雇用が減少した結果,彼らの失業率が熟練労働者よりも高くなっていることを示唆している。
アメリカの製造業雇用者数は80年代に減少しているが,その内訳をみると,非熟練労働者の雇用が減少する一方で,熟練労働者の雇用は傾向的に増加している。熟練労働者が製造業の全雇用者に占める割合は,70年には27.5%であったが,92年には32.1%に上昇しでいる。このように熟練労働者の比率が高まっている背景としては,①生産過程が技術革新を反映してより高度化し,熟練労働者が専門化された生産過程を担当するようになっていること,②先進国における教育水準の高まりが労働者の技能を上昇させていること,などがあげられよう。
雇用者の高学歴化の状況を,90年のアメリカについて調べると,全雇用者のうち4人に1人が4年以上の大学教育を受けた者となっており,69年に比べると比率が倍増している(第3-1-8図)。一方,高校教育までの雇用者比率は,90年で2人に1人となっており,69年の比率(4人に3人)に比べ低下している。
多くの先進国において,サービス産業(ないし第3次産業)で雇用が増加する傾向がある。その要因としては,①所得の上昇に伴い,消費者がより多様なサービス消費を求めるようになったこと,②企業の生産管理部門が一層の経営効率化を進めるなかで,一部業務を企業サービス業に外注するようになったこと,③これらのサービス需要に対してサービス産業が形成され,ニーズに合ったサービス供給を行っていること,などが考えられる。
サービス産業には,個人や社会に狭い意味でのサービスを提供するサービス業(「狭義のサービス業」)の他,卸小売業,金融保険業,運輸通信業等がある。狭義のサービス業には,前述したレンタル業や情報関連サービスなどが含まれる。上述したような要因で新しいサービス産業が拡大していれば,その影響は主に狭義のサービス業で現れることになるであろう。そこで,非農業部門雇用者数に占める製造業と狭義のサービス業のシェアを主要先進7カ国について調べると,製造業のシェア低下と狭義のサービス業のシェア上昇が共通していることがわかる。製遣業のシェアが狭義のサービス業のシェアより高い国は,ドイツと日本のみである。その他の5カ国では,狭義のサービス業のシェアが製造業のシェアよりはるかに高くなっている。例えば,アメリカは91年に狭義のサービス業34%,製造業18%にまで格差が拡がっている。
これまでに明らかになったことは,①先進国では途上国からの輸入が増加し,途上国からの追い上げが先進国の貿易構造を変化させる1つの要因になっていること,また,②雇用面では,多くの先進国で製造業の雇用者数が減少し,熟練労働者の割合が高まっていることであった。こうした事実を踏まえ,途上国の追い上げが,輸入の増加を通じて先進国の雇用に影響を与えているかどうかを,実証的に検討してみよう。
OECD雇用研究各論では,OECD加盟の20カ国について製造業雇用者数変化と途上国(非OECD諸国)からの輸入浸透度の関係について分析を行っている。この分析は,対象の先進国を2つのグループ(非ヨーロッパの12カ国とヨーロッパの8カ国)に分け,21業種についてそれぞれのグループごとに,輸入浸透度(輸入金額/(国内出荷額+輸入金額))と雇用者数変化の関係を調べている。また,21業種を技能別に3つの類型(非熟練労働者の投入割合に応じて,高技能,中技能,低技能産業に分類)に分けた分析も行われている(第3-1-9表,付注3-4参照)。
分析結果によると,第一に,輸入浸透度が雇用の伸びとマイナスの相関関係を有する場合のあることがわかった。①非ヨーロッパ先進国では,技能別,業種別分類の双方において,輸入浸透度の上昇と雇用の減少に有意な相関関係が存在する。また,②ヨーロッパ先進国では,技能別には高技能産業で,業種別には事務用機器において,マイナスの関係が有意となっている。
第二に,しかし,産業分類を細かく検討すると,雇用の変化は,必ずしも比較優位の貿易理論が示すような動きではないことも読みとれる。すなわち,①ヨーロッパ,非ヨーロッパの先進国においてともに,低技能産業ではマイナスの相関関係が有意に計測されていない。比較優位の貿易理論によれば,途上国の追い上げが先進国の低技能産業に影響を与えることが期待されるにもかかわらず,技能別の分析では輸入浸透度と低技能産業の雇用の関係は有意ではない。②業種別の分析対象は21業種あるにもかかわらず,統計的に有意な関係が現れたのは2~3業種に過ぎない。つまり,ほとんどの業種において,輸入浸透度と雇用変化の関係は統計的に有意ではない。しかも,③21業種のうち低技能産業は7業種(繊維・衣料,木製品・家具,ゴム製品,造船等)あるが,そのなかで輸入浸透度の高まりと雇用減少が有意な関係にあったのは,非ヨーロッパ先進国における繊維・衣料のみであった。(なお,ヨーロッパ先進国では輸入浸透度の高まりと雇用増加が有意という不可解な結果となっている。)OECDの研究は,21業種を技能別に分類する方法に更なる工夫の余地が残されているものの(例えば,ラジオ・テレビ・通信や事務用機器が高技能産業に分類されているが,これらは必ずしも熟練度が高いとはいえない),数多くの国と業種をサンプルとして横断的に分析を試みた点では評価できる。その分析結果をまとめると,途上国からの輸入増加は,先進国の一部の業種の雇用にマイナスの影響を与えていると考えられるが,雇用への悪影響は先進国の地域グループ別や業種別にみて支配的な関係ではない。
OECDの分析では,比較優位の貿易理論が示すような関係,すなわち,低技能産業ほど輸入増加の影響を受け,雇用が減少する関係は明らかではなかった。この点に関し,アメリカを例として,さらに詳しく実証的に検討してみよう。
比較優位の貿易理論から予想される先進国の雇用変化を,労働力の熟練度と資本の集約度の観点から要約しておこう。なお,労働力の熟練度が高いことは,高度の知識を必要とする高技能労働であることを指している。先進国では途上国と比べ熟練労働力が豊富なので,熟練労働力を集約的に用いる産業(熟練労働型産業と呼ぶ)に比較優位を持ち,他方,非熟練労働力が豊富な途上国は,非熟練労働力を集約的に用いる産業(非熟練労働型産業と呼ぶ)に比較優位があると考えられる。そのため貿易が行われると,先進国では非熟練労働型産業の生産が縮小し,その産業で雇用(熟練労働力,非熟練労働力ともに)が減少するであろう。
次に,産業間の資本集約度の違いと雇用の関係を考えてみよう。貿易によって,先進国が比較優位を有する資本集約型産業の生産は拡大すると考えられる。しかし,労働力に比べて,資本は国際的に移動しやすい。そのため,海外で適切な労働力が確保されるなど,直接投資のための環境が整っていれば,生産が拡大する先進国の資本集約型産業は,より有利な投資先を求めて国内から海外に進出するであろう。こうした動きがあれば,先進国の資本集約型産業において,雇用が減少する可能性がある。他方,資本の国際移動が困難であるならば,資本集約型産業の生産拡大は,先進国内での当該産業の雇用を増加させるであろう。
上記の理論的予測を念頭において,アメリカの雇用動向を検証してみよう。検証方法は,72年から91年までの業種別の雇用者増加率を求め,それを各業種における①労働者の非熟練度と,②資本分配率により説明する回帰分析を行った。ここでは,労働者の非熟練度は,付加価値に占める生産労働者の賃金割合でどらえ,この割合が大きいほど,業種の非熟練度が高いと考える。また,資本分配率は,(1-「付加価値に占める雇用者所得の割合」)でとらえ,この値が大きいほど,業種の資本集約度が高いと考える(第3-1-10表)。さらに,推計期間を,70年代,80年代前半,80年代後半以降の3つに分けて,推計結果に違いが現れるか調べた。(なお,ここでの分析は,サックス=シャッツの最近の研究(同表の注参照)による分析手法を参考にした。)
期待される結果としては,非熟練度が高い業種ほど相対的に雇用が減少し,また資本の国際移動の容易さや,適切な労働力の海外調達といった条件が現実に満たされていれば,資本分配率が高い業種ほど生産拡大を海外で行い,国内雇用が減少する結果になるであろう。他方,資本の国際移動が困難であれば,資本分配率の高い業種では雇用が増加する関係が現れるであろう。
72~91年の全期間における推計結果は,非熟練度と資本分配率の係数は,どちらも有意にマイナスと推計され,非熟練度の高い業種ほど雇用が減少し,また,資本集約度の高い業種ほど雇用が減少する結果となった。資本の移動に関しては,資本の国際移動が生じていることを反映した結果となっており,全体的な傾向としては,資本集約型産業の生産基地が海外移転している姿が現れている。
次に,推計期間を分割した結果によると,70年代,80年代前半においでは,非熟練度の高い業種や資本集約度の高い業種ほど雇用が減少する傾向が有意にみられ,かつ70年代から80年代前半にかけて,その傾向が強まったことがわかった。しかし,80年代後半以降になると,こうした傾向は有意にみられず,業種ごとの雇用者数の変化と,業種の非熟練度や資本集約度との間に相関はなかった。
80年代前半に,非熟練労働型業種や資本集約型業種において雇用が減少する傾向が強まった点には,この時期のドルの独歩高が影響している可能性が考えられる。しかし,80年代後半以降において,アメリカでは途上国からの輸入浸透度がむしろ加速して上昇していたにもかかわらず(前掲第3-1-2図②参照),雇用減少と業種の非熟練度や資本集約度に有意な関係がみられないことは,興味深い事実である。
以上の分析の結論をまとめておこう。20年にわたるアメリカのデータで検証された結果から,途上国からの輸入増加が,先進国の非熟練労働力を中心とする雇用減少に影響を与えている可能性は否定できない。しかし,①推計期間を分けた分析結果からは,最近年では雇用への影響が有意にみられないこと,②推計期間全体を通しても,また全期間を3区分したサブ推計期間についても,ともに推計式の決定係数は非常に小さいこと,などを考慮するならば,途上国からの輸入増加の雇用への悪影響は大きなものとはいえないであろう。
それでは,″途上国からの輸入増加が,雇用減少に影響を与えた可能性のある業種がどのような業種で,またそれら業種,における雇用減少はどの程度かを,アメリカ労働省の月報に掲載された研究(Robert W.Bednarzik,“Analysis ofU.S.Industries Sensitive to International Trade”,U.S.Department ofLabor,Monthly Labor Review,February1993)により調べてみよう(第3-1-11表)。この研究では,輸入浸透度が高まった製造業の業種別に,82年から87年における雇用者数の変化を明らかにしている。82年はアメリカ経済が年末から景気回復に向かい,貿易収支赤字の拡大が始まった年であり,雇用変化を調べる出発点として適当な年であると考えられる。なお,88年以降はアメリカの統計の産業分類方法が変更されたために,それ以前とはデータの接続性がなく,比較することができない。同表でとり上げたのは,輸入浸透度の高い業種(輸入浸透度が30%以上か,またはそれが年平均2%以上上昇した業種)のうちで,雇用者数の減少が多かった10の業種である。
雇用者数の減少が多かった産業は,農業機械・器具(5年間の減少数は3.7万人,平均輸入浸透度16%),写真機・写真用品(同3.2万人,同17%),建設機械・設備(同2,8万人,同10%),婦人用履物(同2.1万人,同50%)であり,その他,金属切断用工具,紳士用履物,婦人子供衣料,タイプライター.計算機,人形等となっている。輸入浸透度の高い業種の雇用減少数を合計すると,28.1万人にのぼる。輸入浸透度の高い業種の合計では,82年に雇用されていた者のうち,8人に1人が職を失ったことになる。
このような雇用者数の減少と,アメリカの雇用者数全体との関係を調べておこう。87年の総雇用者数は1億195万人であり,製造業雇用者数は1,897万人であった。輸入浸透度の高い業種における雇用者数の合計は205万人であり,総雇用者数の2.O%,製造業雇用者数の10.8%にあたる。したがって,輸入浸透度の高い業種が製造業雇用者数に占める割合は,大きなものではない。また,輸入浸透度の高い業種で減少した雇用者数の合計は28万人であるが,これは総雇用者数(1億195万人)の0.3%に過ぎず,経済全体の失業者数741万人に比べても3.8%を占めるにとどまっている。
これらのことから,アメリカにおいては,輸入品の増加が一部製造業の雇用を減少させたと考えられるが,減少した雇用の大きさは,総雇用者数や失業者全体の数と比較すると,非常に小さな割合に過ぎなかったといえよう。
途上国のキヤッチアップとの関係で,先進国の雇用に影響を与えるものは,貿易の他に,先進国から途上国への海外直接投資が考えられる。途上国からの追い上げに対応して,先進国は積極的な直接投資を行ってきた。その結果,生産基地が途上国へ移転している。生産基地の移転により,比較的付加価値の高いいくつかの製品において,東アジアなど途上国の比較優位が高まってきている。
生産拠点の海外進出に伴い,先進国の雇用に影響が現れるのは,資本の海外移転により直接国内の雇用が減少する場合や,海外生産品が自国または第三国へ輸出されることによって,先進国の雇用に影響が生じる場合があろう。ここではアメリカと日本について,82年から92年の直接投資残高の伸びと製造業雇用者数の伸びを業種ごとに計算し,その相関関係を調べた(第3-1-12図)。
計測結果からは,次のような特徴を読みとることができる。
第一に,アメリカと日本においては,図における業種のちらばり方が異なっている。アメリカの多くの業種においては,直接投資の増加と国内雇用の減少が対応している一方,日本においては,直接投資の増加と雇用の増加が対応している。この点については,①アメリカの製造業の雇用はこの期間減少傾向にあり,日本では逆に増加していること,②両国の直接投資はともにこの期間増加していること,という2つの事実を反映しているに過ぎないと考えられる。
したがって,直接投資の増減と雇用の増減の対応関係から,アメリカでは直接投資が雇用を減少させ,日本では直接投資が雇用を増加させていると,因果関係的に解釈するのは適切ではないであろう。
第二に,両国のサンプルにおいて,直接投資残高め伸びと製遣業雇用者数の伸びの相関関係を計測したとごろ,強い関係ではないものの,両国ともプラスの関係が得られた。すなわち,直接投資残高の増加が大きい業種ほど,雇用者数の伸びが高いか,あるいはその減少幅が小さいという関係にある。単純な相関関係の計測結果から強い結論は導けないが,この分析結果は,直接投資が増加すれば雇用が減少するとは必ずしもいえない可能性があることを示している。
仮に直接投資が国内雇用に悪影響を与えたとしても,直接投資が世界の投資に占める割合を考慮するならば,過度に恐れる心配はないと考えられる。なぜなら,92年において途上国(非OECD諸国)が受け入れた直接投資の総額は,540億ドルであった(国際決済銀行年報94年版。なお先進国と途上国を合わせた直接投資総額は1,730億ドル)。他方で,同年に全世界のGDPベースの国内総投資額は5.0兆ドル(世界銀行調べ。なお,OECD加盟国合計の国内総投資額は3,7兆ドル)であったことから,92年中に途上国が受け入れた直接投資額は,世界の国内投資額に比べて1%程度と非常に小さなものである。(しかも,直接投資額には,土地の購入や既存企業の買収等も含まれるため,途上国の設備投資に用いられた資金規模はとれよりも少ない。)途上国に流出した投資が国内に残っていたならば,その資金は確かに先進国内の雇用機会の創出に役立ったがもしれない。しかし,その流出額をはるかに上回る投資が,先進国では依然として行われている。
以上の分析では,データの制約等から一部アメリカだけの分析となっており,先進国全体の貿易と雇用についての明確な結論を出すことはできないが,暫定的には次のようなことが明らかになったといえよう。
先進国の貿易は,途上国との競争等により変化している。①先進国の製品輸入浸透度は増加傾向にあり,途上国からの輸入のウエイトは高まっている。②貿易の拡大により,世界各国の比較優位は大きく変化しており,工業製品のなかには,途上国からの追い上げを受け,先進国の比較優位が低下しているものがある。③産業内貿易が大きく拡大している。特に近年は,途上国との産業内貿易も進展している。
先進国における雇用動向には,次のような特徴がみられる。①失業者は70年代後半から増加が目立っている。特にヨーロッパでの失業者数の増加が著しい。②アメリカ,ヨーロッパの先進国では製造業の雇用が減少している。③高技能を有する熟練労働者の雇用は増加しているものの,非熟練労働者の雇用の減少が大きい。④サービス産業では雇用が増加している。
このような失業の増加に,輸入増加が影響を及ぼしたかどうかを検討したところ,次の点がわかった。①先進国の雇用減少と途上国からの輸入浸透度の高まりの間には,一部産業に有意な相関関係がみられ,途上国からの輸入増加が雇用に悪影響を及ぼしていると考えられるが,そうした雇用への悪影響は,先進国の地域グループ別や業種別にみて支配的な関係ではない。②アメリカにおいては,技能水準の低い非熟練労働者に相対的に多く雇用減少が生じた時期がみられた。しかし,途上国からの輸入増加が与えたと考えられる悪影響は大きなものとはいえない。以上の分析結果に基づけば,①途上国からの輸入増加が,先進国の一部製造業の雇用者数の減少に影響を及ぼした可能性を否定することは難しい,しかし,②その雇用減少と輸入増加の関係は,統計的には必ずしも強いものではない,ということが示唆される。
以上の分析に加えて,途上国からの輸入増加が,先進国の雇用に与えた影響の程度に関しては,次のような状況を考慮する必要がある。①途上国の追い上げが影響を及ぼしていると考えられる先進国の雇用者は,製造業のほんの一部分を占めるに過ぎないこと,②輸入浸透度の高まりにより減少した雇用者数は,経済全体の失業者数に比べると非常に少ないことである。さらに,③輸入増加のみならず,技術革新や教育水準の高まりを反映して,先進国の雇用需要が熟練労働力にシフトし,非熟練労働者の雇用を減少させるように働いていることも見逃すことができない。
本節の結論として,途上国からの輸入増加は,先進国の一部製造業において,非熟練労働を中心に雇用を減少させた可能性は否定できないと考えられるが,その大きさは非常に限られたものであるといえよう。ヨーロッパやアメリカにおける70,80年代の失業者数の趨勢的な増加に,途上国からの輸入増加が寄与した程度はわずかなものだと考えられ,その基本的な要因は,むしろ労働市場の硬直性をもたらしている国内の制度的要因等に求められるべきである。