平成6年

年次世界経済報告

自由な貿易・投資がつなぐ先進国と新興経済

平成6年12月16日

経済企画庁


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第1章 世界経済の現況

第2節 景気拡大の歩調がそろい始めた先進諸国

1 景気拡大が続く北アメリカ

アメリカ経済は91年4月から回復局面に入った。当初その回復テンポは緩やかなものであったが,93年夏以降は力強い拡大を示している。本項では,他の多くの主要先進国が景気の低迷局面にあったなかで,アメリカ経済がどのようなメカニズムで拡大軌道に入ったのかを分析する。そして,景気拡大が4年目を迎えている現在,経済のどのような分野に問題が生じているのかを明らかにする。さらに,財政赤字削減への取組みと,拡大する経常収支赤字の動向を点検する。最後に,アメリカ経済と密接な動きをみせるカナダ経済の動向を概観する。

(1) 拡大軌道に入ったアメリカ経済

7年余の長期にわたった前回の景気拡大は,90年7月には調整局面に入った。しかし,景気後退期は短く,91年4月には回復局面に転じた。

景気後退の要因としては,①88年以降金融が引き締められていたこと,②住宅投資を含め民間投資がストツク調整過程に入り減少したこと,③90年8月の湾岸危機により原油価格が急騰し,消費者及び企業家の景気に対する信頼感が低下したことなどが挙げられる。91年に入った頃にはこうした状況は改善し,またドル安やアジア及び中南米諸国の景気が良かったことから輸出が好調であったこと,在庫管理技術の進歩により過大な在庫の積み上がりが生じなかったことなどもあり,景気後退は短期間かつ浅いものとなった。

景気回復の初期においては,80年代を通じて金融部門の資産内容の悪化,企業・家計の債務の累積等が進んでいたことから,各部門でバランスシートの改善が進められ,そのため最終需要の盛り上がりが抑えられ,景気の回復テンポは緩やかであった。しかし,漸く93年後半になって,後述するように,金融機関のバランスシート調整が終了し銀行貸出が増加に転じ,また,企業や家計のバランスシート調整も低金利が持続するなかで大いに進展した結果,設備投資と個人消費が順調に伸びはじめ,労働需要も増加した。このような景気拡大への要因の好循環が,くぼみ(dip)に陥っているかのようにみえたアメリカ経済を引き上げ拡大軌道にのせることになった。

(順調に伸びはじめた固定投資と耐久財消費)

今回の景気回復過程におけるGDPと主な需要項目の推移を,過去のパターンと比較してみると,次のような特徴があることがわかる(第1-2-1図)。

①実質GDPは過去の回復と比べ非常に緩やかな回復が続き,93年後半頃から成長率が高まっている。②金利感応度の高い固定投資と耐久財消費の合計をみると,過去の回復期では回復初期から力強い増加となっている。今回は家計・企業ともにバランスシート調整を進めていたため出足は鈍いものであったが,徐々に金融緩和の効果が現れ力強い増加となり,93年以降景気を牽引した。③輸出をみると,過去の回復期では弱い伸びが続いた後,各国経済の回復に応じて徐々に増加している。今回は回復初期から貿易額の地域別シェアを変化させながら増加を続け,その後も伸びが持続している。④政府支出は,過去の回復期は経済の下支え効果を持っていたが,今回は国防費削減を主因に低下が続いており,経済にマイナスの影響を与えている。

このようにみると,大幅な金融緩和や輸出相手先経済の好調などにもかかわらず,回復初期においては固定投資や耐久財消費の伸びが低調であったことが,経済全体の回復を緩やがなものにとどめていた大きな要因であったことがわかる。そして,93年後半以降,固定投資や耐久財消費の伸びが高まり景気を牽引したことが,景気拡大につながったといえる。

(バランスシート調整の終了)

商業銀行は,80年代を通じ金融自由化の進行のなかで,資金調達コストの上昇や国内向け貸出の減少に伴い,新たな収益機会への投資を拡大したが,こうして拡大した債権が,82年以降の中南米の累積債務危機,80年代後半の不動産不況,89年以降の企業収益の低下により不良債権化し,銀行のバランスシートを悪化させた。その結果,総資産純利益率は90年10~12月期に0.2%,不良資産(90日以上延滞の債権)の対総資産比率は91年4~6月期に3.2%,自己資本比率(自己資本の総資産に対する単純比率)は89年に6.2%となった。

しかし90年以降は,貸出姿勢の慎重化,運用資産の健全化,長短金利差の拡大による収益面の改善を通した不良資産の償却,及び株式の発行による自己資本比率の向上により,銀行のバランスシートは改善してきている。総資産純利益率は93年7~9月期に83年以来の最高水準である1.3%となった後も高水準で推移している。自己資本比率は93年には0.5%上昇し,8.0%となり大幅な改善がみられた。また,不良資産も着実に減少し,不良資産の対総資産比率は93年には1.6%となり,前年から大幅に低下した。銀行倒産件数は94年1~3月期に78年以来の無倒産を記録した(第1-2-2図)。加えて,93年に入り,景気拡大に伴う家計・企業部門での旺盛な資金需要により,銀行貸出が93年4.0%増となったことから,総資産も93年5.7%増となった。以上のことから,金融機関におけるバランスシート調整は,93年にはほば終了したものと考えられる。

また,非金融企業部門でも,80年代を通じ企業買収・合併の増大,及びそれにより経営者の短期収益志向が助長されたことから,負債の伸びが資産の伸びを大きく上回りバランスシートが悪化した。しかし,90年以降は金利低下を背景とした高金利負債の返済,積極的なリストラによる収益面の改善を通して,企業部門もバランスシートを大いに改善してきている。リストラによるコスト削減状況をみると,89年~91年までは人件費削減を中心に急激にコスト削減が行われたことが分かる。しかし,92年以降は景気拡大に伴いコストは増加に転じている(第1-2-3図)。

なお,家計部門については,バランスシートの変化が消費活動を通じて実体経済に及ぼす影響は小さいものと考えられる.が消費者信用残高は92年末まで減少を続け,景気拡大に伴い93年に入って増加に転じた。

(92年以降拡大を続ける設備投資)

設備投資は92年以降拡大しており,93年には実質で12.5%増と大幅な増加となった。94年に入っても,1~3月期前年同期比14.9%増,4~6月期同13.2%増,7~9月期同11.9%増(暫定値)となり,引き続き拡大を続けている。

投資の内容としては,リストラに必要な情報関連投資を中心に,機械設備投資が順調に拡大している。

まず,ストツク調整の進展状況をみるために,供給能力増強テンポを示す実質ネット資本ストックの伸び率の推移をみると,92年には前回の調整の底である83年の伸びを下回る1.0%増という低い伸びとなり,おおむねこの時期にストツク調整が終了したことを示している。その後,93年には上昇傾向に転じ,2.1%増-となっている(第1-2-4図)。

今回の設備投資の増加は,そのほとんどが機械設備による増加となっており,さらに機械設備の中の情報関連機器の寄与が非常に大きい(第1-2-5図)。これは,企業が,大幅なリストラによるコスト削減を行っていることに加えて,コンピュータの価格が低下していることから,合理化投資としての情報関連機器への投資を積極化させているためと考えられる。

また,企業の資金調達をみると,93年までの金利低下の持続とそれに伴う株価の上昇という好ましい金融環境が,企業の資金調達に良い影響を与えてきた。93年には企業のネット・キャッシュ・フローの対GDP比(実質)は0.4%上昇し,株式発行も91年には8年ぶりに純増となり,その後も純増が続いている。

今後の設備投資動向については,94年に入ってからの金融引き締めで資本コストが上昇しているという懸念材料があるものの,商務省設備投資調査(94年9月発表)の結果でも,94年の計画は実質で93年実績と同程度の伸びが計画されていることからも,94年中については年前半の拡大基調が持続するものと考えられる。

(大幅増加に転じた雇用)

今回の景気回復局面においては,雇用の回復テンポが非常に緩やかであった。非農業事業所雇用者数の推移をみると,過去の景気回復期では,景気の谷からの2年間に月平均20万人程度増加していたが,91年3月(直近の景気の谷)から2年間では月平均6.1万人増であった。このため,今回の景気回復は「雇用拡大なき回復(jobless recovery)」とも呼ばれた。しかし,93年1月から9月では同18.3万人増,景気拡大が鮮明となってきた93年10月がら94年7月では同26.4万人増と,大幅な増加を示すようになった。

93年後半からの雇用者増加数を業種別にみると,約9割はサービス部門であり,なかでも小売業と企業向けサービス等での増加が多くみられる。両業種のみでサービ文部門増加の約50%を占める。一方,製造業では,94年に入り減少から増加に転じたものの,94年半ば時点では弱い伸びが続いている。また,企業規模別に雇用動向をみると,小売業や企業向けサービスが多く属する中小企業型産業(smal-business-dominated industry)で大幅に改善しているが,一部の大企業では,94年に入ってからも大幅な人員削減を打ち出すなど,大企業では雇用の回復はあまりみられていない。

(2) 景気拡大の長期化と金融引き締め

93年後半からの実質GDP成長率(前期比年率換算)をみると,10~12月期6.3%,94年1~3月期3.3%,4~6月期4.1%,7~9月期3.4%(暫定値)となり,2%台半ばとみられる潜在成長率を大幅に上回る成長を続けた。こうしたなかで,アメリカ連邦準備制度理事会(FRB;Federal Reserve Board)は,90年7月から採用してきた金融緩和政策を94年2月に転換し,11月までに6度の政策金利の引上げを行い,インフレな,き持続可能な成長経路への移行を目指して,予防的引き締めを実施している。そうした効果もあり94年半ば以降,稼働率や失業率など過熱感を示す指標と,住宅投資など減速感を示す指標の双方が現れている。ここでは,93年後半からの急速な景気拡大と,94年に入ってからの金融引締めの影響について検討する。

(景気の過熱感を示す指標)

景気が堅調に拡大を続けるなか,94年10月時点においてはインフレは顕在化していない。消費者物価指数(総合)上昇率は,8月前月比0.3%,9月同0.2%,10月同0.2%,生産者物価指数(完成財総合)上昇率は,8月同0.6%,9月同-0.5%,10月同-0,5%と落ち着いた推移となっている。この背景としては,企業のリストラの影響から雇用コストの上昇が低く抑えられていることや,設備投資が進み供給能力が増強されていることなど考えられる。

しかし,同じ94年10月時点の設備稼働率,失業率についてみると,設備稼働率は今回の回復局面に入って以降一貫して上昇を続け,84%を超える水準に達しているほか,失業率も92年半ば以降低下を続け,6.O%程度まで下がっており,景気の過熱が懸念される状況となっている。70年以降の設備稼働率,失業率と消費者物価上昇率との関係をみると,設備稼働率が80%台半ばの水準を超えて上昇すると,消費者物価上昇率は上昇し,逆に80%台半ばを割って低下すると消費者物価上昇率は低下している(第1-2-6図)。また,失業率が6%前後を割り込んだ期間は物価上昇率が上昇し,6%前後を超えた期間においては低下するという関係がみられ(第1-2-7図),後述するNAIRU(Non-Accelerating Inflation Rate of Unemployment,インフレを加速しない失業率)の水準が6%程度であることが示唆される。したがって,94年半ば以降の設備稼働率,失業率の水準は,明らかに景気の過熱を示唆しているとはいえないものの,かなり警戒を要する水準に近づいているといえる。

また,アメリカ経済のインフレ圧力は,商品相場の面がらみても高まっているといえる。商品市況の代表的な指数であるJOC指数(Journal of CommeroeIndex)は,従来生産者価格に対して半年程度の先行性をもっているが,JOC指数は今年に入り上昇傾向にあり,今後もさらに騰勢が続くならば,インフレが顕在化する可能性が高まるだろう。さらに,今年に入ってからの米ドル実効相場の下落が,10月半ば時点で8.5%となっていることも,物価上昇を誘引する可能性がある。

一方,94年に入ってからの金利上昇の影響を受けて,住宅着工件数の伸び率が低下してきている。また,94年夏以降は雇用者数の増加に若干減速感も現れており,持続可能な成長水準への移行を目指した金融引き締めのブレーキが効いてきている。

(警戒水準にある失業率の動き)

アメリカの失業率は92年6月をピークに低下しはじめ,92年7.4%,93年6.8%,94年4~6月期6.2%と大幅に低下している。94年1月から失業率統計の調査方法が変更されたため,93年末までの数値とそれ以降の数値(主単純に比較できないが,アメリカ労働省の手法に準じて推計してみたところ,94年に入ってからの失業率は新・旧両統計のどちらでもほぼ同じ水準を示すという結果になっている。94年半ばの失業率は新・旧統計のどちらでみても6.0%程度といえる。

次に,この失業率がどの程度物価上昇圧力になっているかをみるために,失業率がどの程度の水準になると物価上昇率が高まるのかを判断する目安であるNAIRUについて検討してみる。90年代のアメリカ経済についてNAIRUの推計を行ったところ,6.0%程度となった。この数値は90年代に入って以降は大きく変わっていないが,若干低下傾向にある。なお,OECDの推計では6%~6%Y2,アメリカ経済諮問委員会(CEA;Council of Economic Advisers)の推計では5.9~6.3%とされそいる。

これらを踏まえると,94年春から夏にかけて失業率は6%程度で横ばい推移となっており,労働市場はほぼ完全雇用の状況に達したとみられる。さらに,94年秋には今回の景気回復局面に入ってはじめて失業率は6%を下回り(9月5.9%,10月5.8%),失業率の一層の低下がインフレを加速する危険性が生じつつある。

(労働市場は需給タイトか)

失業率の推移のみから労働情勢を考えれば,前述のとおり,94年半ばの失業率水準はほぼ完全雇用の状況に達しており,一層の低下はインフレを加速する危険があると考えられる。しかし,雇用者数がらみれば,雇用は回復初期がら緩やかな増加が続いていたため,潜在的な雇用者人口にはまだ供給余力(スラック)があると考えられる。

今回の景気回復期における労働情勢を,前回の回復期と比較すると,雇用の回復は回復初期から2年程度の間かなり弱かったことがわかる(第1-2-8図)。また,前回の回復期では雇用の回復は,常用雇用者の増加により賄われていたが,今回はパートタイマーの増加が多いことが特徴として挙げられる。今回の場合,企業は雇用をできるだけ抑え,所定外労働により景気拡大に対応しているともいわれている。しかし,マクロ統計で見る限り,パートタイマーの増加により労働時間の上昇はあまりみられていない。また,労働力化率の推移をみると,89年以降は80年代のような上昇がみられない。′94年に入り若干高まりをみせているが,男性では低下傾向が続いており,労働意欲をなくして労働市場から退出している人々(discouraged workers)が多数存在していると考えられる。

これらのことを考え合わせると,マクロ的にはまだ雇用拡大は可能といえ,る。しかし,マクロ的に供給余力があるとしても,失業率が既に6%前後に達していることなどに鑑みれば,労働需要の拡大テンポが速すぎれば,インフレにつながる恐れは大きい。

(利上げに対する金融市場の反応)

FRBはインフレ圧力の高まりを未然に防ぐため,94年2月にそれまでの景気刺激的な金融政策を転換し,およそ5年ぶりに銀行準備市場にかける圧力を強めて短期金利を引き上げた。さらに,その後も11月中旬にかけて,3度の公定歩合引き上げを含む計6回の金融調節を行っており,2月から11月の間にフェデラル・ファンド・レートの誘導目標水準は2.50%引き上げられた。FRBは,2月から5月にかけての4度にわたる引き締めは,昨年までの景気刺激的な姿勢から中立的な姿勢に戻すものであり,8月以降の引き締めはインフレ抑制をより確かなものとするためのものであるとした。また,FRBは金融市場の混乱を回避するため,政策決定声明を即日公表するなどの配慮を示した。

しかし,FRBの配慮にもかかわらず,金融市場はFRBによる金融調節姿勢の転換をインフレの未然防止という観点で捉えず,むしろ金融当局のインフレ懸念の高まりとみて,2月の金融政策転換の直後,長期金利は大幅に上昇し,株式は下落した。2月以降の措置はアメリカ金利の上昇からドルの安定に寄与するものと予想されたが,債券,株式相場の下落がドル資産の魅力を低下させ,ドル安へとつながった。一方,8月の公定歩合引き上げは,金融当局のインフレに対する強い対応とみて長期金利は低下し,株価は上昇するなど,金融市場は肯定的な反応を示した。しかし,9月以降,アメリカ景気の強さを示す経済指標が発表されたことなどから,長期金利は再び上昇し,10月には94年に入ってからの最高水準となった。一方,株価は好調な企業収益に支えられて,総じて安定した推移となった。

(3) 財政赤字と経常収支赤字

(財政赤字削減に向けた取り組み)

93年8月に成立した「93年包括財政調整法(OmnibusBudgetReconci11aーtion Act of1993)」に示されているように,クリントン政権は財政赤字削減に向けて積極的に取り組んでいる。連邦政府の財政赤字は,92年度2,902億ドル(GDP比4.9%),93年度2,553億ドル(同4.l%)の後,94年度においても景気拡大による歳入増加と歳出削減により,2,034億ドル(同3.1%)と順調に改善されている。アメリカ議会予算局(CBO;Congressional Budget Office)の予測(94年8月)によると,95年度まで財政赤字額は減少するとみられている。しかし,その後は再び赤字額が拡大すると見込まれており,財政赤字削減の難しさを示している。

包括財政調整法は,2,410億ドルの歳入増,2,550億ドルの歳出削減により94年から98年までの5年間で,財政赤字を計4,960億ドル削減することをその主たる内容とする。歳入増に関しては,高額所得者に対する所得税の最高税率の引き上げ(31%から39.6%),法人税の最高税率引き上げ(34%から35%),年金給付所得への課税枠拡大,ガソリン・軽油税の増税,社会保障税の非課税枠撤廃などが盛り込まれている。一方,歳出削減に関しては,国防費削減,メディケア(高齢者,障害者への医療保険)とメディケイド(低所得者への医療保険)に係る連邦政府の医療機関への支払の圧縮などが大きな部分を占める。国防費削減については,5年間の平均伸び率をマイナス1.7%程度とすることが予定されている。メディケア,メディケイドについては5年間で634億ドル削減することとしている。

クリントン政権の内政上の重要課題と位置づけられる医療改革は,財政赤字削減のみを目的とするものではないものの,その成否は財政赤字問題の帰趨に大きく影響を及ぽすものである。メディケア,メディケイドのコストは,94年度には2,445億ドルに上り,連邦財政支出の16.7%を占めている。CBOは,現在の医療制度が改革されなければ,約10年後の2003年度にはメディケア,メディケイドのコストは,連邦支出の27%に達すると予測している。

93年11月にクリントン政権は,国民皆保険の導入と医療費膨張の抑制を柱とする「医療保障法案(HealthSecurityAct)」を議会に提出した。これに前後していくつかの代替法案も議会に提出された。政府案に対しては,国民皆保険に伴う財源が十分確保されていない,公的な価格コントロールは医療の供給不足や質の低下をもたらすのではないか,中小雇用主が保険料の雇用主負担に耐えられないのではないかなどの理由から反対意見も強く,その後民主党による妥協案が提示された。94年8月には上院本会議で審議入りしたものの,立法化に至る合意は得られず,結局94年中の法案成立は見送られることとなった。

(拡大する経常収支赤字)

国民貯蓄率は,93年以降若干上昇してきているものの,民間投資率(国内民間投資/名目GDP)がこれを上回って上昇していることから,経常収支赤字の拡大は依然続いている。

国民貯蓄率を部門別にみると,90年以降の国民貯蓄率の動きは,政府貯蓄率の動きをかなり反映したものとなっている。また,家計貯蓄率は,92年後半以降一段と低下している(第1-2-9図)。このことから,経常収支赤字を中長期的に縮小させるためには,財政赤字削減が重要であり,加えて家計貯蓄率を向上させる必要がある。

92年以降拡大している経常収支赤字は,貿易収支の悪化を反映したものとなっている。貿易収支の悪化は,アメリカの景気拡大と日本,大陸西ヨーロッパの景気低迷という景気循環要因によるところが大きく,財別にみると設備投資の拡大によって,資本財輸入が大幅に増加したことがわかる。財合計の実質輸入額が92年10.4%増,93年11.7%増となっているのに対し,資本財輸入額は92年19.2%増,93年21.2%増となっており,大幅な増加を示している。さらに,資本財の中でもコンピュータ・周辺機器及び同部品が増加の大部分を占めている(92年45.4%増,93年38.7%増)。この背景としては,前述した情報関連投資の拡大がある。

また,今回の景気回復期における財の実質輸入額の伸びは,前回の景気回復期に比べて緩やかになっているが,アメリカの輸入は世界経済に対しては,より広汎な地域に影響を与えるようになってきている。輸入額の地域別シェアを,今回と前回の回復期で比較すると,今回は先進国のシェアは急激に低下し,代ってアジア及び中南米諸国が急激にシェアを伸ばしている。また,工業製品の輸入合計額に占める先進国のシェアをみると,85年から92年にかけて軒並み低下している(第1-2-10表)。このように,今回の回復期における財の輸入額の増加は,前回に比べて先進国の需要に及ぽす影響だけでなく,アジア及び中南米諸国の需要に及ぼす影響が大きくなってきている。

(4) アメリカ経済に牽引されるカナダ経済

カナダ経済は,アメリカ経済と極めて密接な関係をもっている。カナダの全輸出に占める対米輸出をみると,93年80.3%とがなり高いウェイトを占めている。また,実質輸出の対GDP比は,93年34.6%(アメリカは11.7%,日本は14.7%)と経済に占める輸出のウェイトが高く,アメリカの景気がカナダの景気に与える影響は,非常に大きなものとなっている。両国の景気回復や後退の時期をみると,おおむね似たようなサイクルとなっており,今回の景気回復もアメリカと同じく91年春から始まっている。

91年春以降,緩やかな回復を続けてきたカナダ経済も,93年に入りようやく力強さを見せはじめた。93年中頃に一時スローダウンしたが,後半には,アメリカの景気拡大を受け回復力を取り戻した。94年に入ってがらも個人消費,輸出の増加により,景気は拡大ペースが続いている。

93年後半からのGDPの動向を,需要項目別にみると,輸出が力強く景気を牽引しており,個人消費,設備投資も拡大を続けている。輸出の増加は,低インフレやカナダドル安による輸出競争力の改善と,アメリカがらの旺盛な需要増による。品目別には,特に,自動車製品や木材製品が好調となっている。また,輸出増による輸出業者の収益改善と,企業におけるリストラの進展が,設備投資の増加に結びついているといえる。一方,個人消費は景気回復後も暫くの間,過去の回復期と比べ低い伸びとなっていた。これは,州レベルの所得税増税により可処分所得の増加が緩やかであったことが影響している。しかし,94年に入り低インフレや消費者コンフィデンスの高まりと背景に,個人消費も顕著な伸びを示し景気を押し上げている。住宅投資は,住宅着工件数でみると,93年春頃から増加傾向が続いていたが,94年に入り,悪天候や金利上昇の影響をうけ滅速感が現れてきている。

2 回復する西ヨーロッパ経済

(西ヨーロッパ経済の概観)

西ヨーロッパ全体の景気を,EU12カ国全体でみると,93年の実質GDP成長率は0.3%減と,深刻な景気後退にみまわれた(マイナス成長を記録したのは,75年以来である)(第1-2-11図)。74~75年時の景気後退は第1次石油危機を契機としたもので,投資,外需とも大幅なマイナスを記録した。これに対し,今回の景気後退では,域内の内需が投資を中心に大幅に落ち込んでいるものの(EU全体で,総固定資本形成は93年前年比5.1%減,個人消費は同0.1%減),域内需要の落ち込みによる輸入の大幅減と,英語圏諸国と大陸西ヨーロッパ諸国の景気循環がずれたことによる域外向け輸出の増加があいまって,欧州全体の外需はプラスを記録した(93年の実質GDP伸び率への寄与度は内需マイナス1.7%,外需プラス1.4%)。今回の景気後退は93年半ばにほぼ底に達し,その後ゆっくりとしたテンポで景気は回復に向かっている(欧州委員会春季見通しでは,94年EU全体の実質GDP成長率は1.6%増)。

EU全体の失業問題をみると,91年以降,雇用者数の減少と失業率の高まりがみられ,深刻な社会・経済・政治問題となっている。特に,93年には全体で雇用者数は約240万人減少し,失業率は10.9%を記録した。94年半ばにようやく失業率の上昇は止まったものの,景気後退という循環的要因に加えて,構造的な要因による失業者の占める割合が高いため,今後景気が回復に向かっても,失業率の大幅な低下は早急には期待できない(欧州委員会春季見通し;94年11.6%)。

以下では,ドイツ,フランス,イギリス,イタリアのEU主要4カ国の景気回復・拡大の特徴について検討する。

(1) 予想以上の成長を示すドイツ

ドイツ経済(旧西独地域;以下特に断らない限り同じ)は,92年後半に景気後退局面に入り,93年中はEU諸国の中で一番深刻な景気後退にみまわれた。

しかし,94年に入ると,ドイツ経済は回復経路に入り,大方の予想以上の成長を示している(実質GDP成長率は93年1.7%減,94年1~6月期前年同期比2.2%増)。今回の景気回復の特徴としては,①輸出が顕著に拡大し,それに伴い生産が回復していること,②機械設備投資の低迷が長期化し,依然その回復力が弱いこと,③雇用の回復が遅れていること,④東アジア向け輸出の拡大が顕著であることの4点が挙げられる。

(輸出の拡大による生産の回復)

今回の景気回復局面の第一の特徴は,輸出の顕著な拡大と,それに伴う生産の回復である。そこで,ドイツの景気動向を鉱工業生産でみてみよう。生産は92年2月にピークに達してから,23カ月後の94年1月に底を打つまでに12.0%減少したが,これは,70年代前半の景気後退時の13.8%減(23カ月)に匹敵する落ち込み幅と期間の長さである(第1-2-12図)。92年は国内・輸出向け需要とも大幅に落ち込んだことから,生産は総合でも大幅に減少した(92年2月→12月10.1%減)のに対し,93年中は一進一退を続け,小幅な減少(93年中1.O%減)にとどまった。これは依然国内向け需要が5.7%減と落ち込む中で,輸出向け需要が14.2%増と大幅に増加したことによる。

94年初から94年半ばまで,ドルも含めた主要な貿易相手国通貨に対し,マルク高が進展している点が懸念されるが,国際通貨基金(IMF;Internationl Monetary Fund)の見通し(94年9月)によれば,世界全体の経済成長率が94年3.1%増,先進国は2.7%増と見込まれることから,今後も引続き,ドイツの輸出は拡大し続けるものと思われる。その一方で,94年の国内需要(実質)の伸びは,0.5%増(ifO経済研究所見通し:94年8月発表)程度と緩やかな伸びにとどまると見込まれている。今後も生産が着実に回復するためには,内需の回復が望まれる。

(依然回復力の弱い機械設備投資)

今回の景気回復局面での第二の特徴は,機械設備投資の低迷が長期化し,94年1~3月期にドイツが景気回復過程に入った後も,設備投資の回復力は依然弱い点である。実質機械設備投資は,94年1~3月期に前期比でプラスに転じるまで,6四半期連続して前期比マイナスを記録した。この間に設備投資は,24.1%減少し,戦後最悪の落ち込み幅となった。

今回の景気後退局面において,設備投資のストック調整が長期化したのは,平成5年度の年次世界経済報告で分析しているように,ドイツ統一ブームに伴い過剰な設備投資が行われたことの反動が,基本的背景であると考えられる。

94年に入り,①企業の収益予測が大幅に上方修正され,94年は大幅増と見込まれていること(ドイツ銀行の94年7月の見通しによれば,94年は前年比3倍増以上と予想),②92年10月以降のドイツ連銀の段階的な金融緩和政策の継続により,市場金利が大幅に低下し,企業にとって設備投資のための資金調達コストがかなり低下したこと等,設備投資環境が整ってきたことから,年央以降徐々に回復に向かっており,94年全体では1%程度の減少(ifO経済研究所7月発表設備投資アンケート)とみられている。特に,合理化目的が4割を占める一方,能力増強目的は3割弱にとどまる等,設備投資額がピークに達した91年(合理化目的3割,能力増強目的5割)に比べて能力増強目的の占める割合が小さく,機械設備投資が本格的に回復するまでには時間がかかると思われる。

この他に,機械設備投資が伸びない要因として,ドイツ企業が旧西独地域に投資する代わりに,高成長を続ける旧東独地域に製造業・サービス業を中心に活発に投資している点が挙げられる。ドイツ統一後,旧東独地域では同地域GDPの5割程度の巨額な投資(93年についてはドイツ全体の投資総額の約3割)が毎年行われており,93年には,旧東独地域が一人当たり投資額で9,100マルクと旧西独地域の同9,000マルクを初めて上回った。ifO経済研究所の調査によれば,旧東独地域の投資額のうち全体の4割弱(510億マルク)が西独企業又は外国企業による投資とみられている。

(景気回復のなかで遅れる雇用回復)

今回の景気回復の第三の特徴は,景気回復が進むなかで,企業が雇用調整を依然進め,雇用の回復が遅れている点である。70年代前半と今回の景気後退期における企業の雇用調整の進展具合を比較すると,次の点が分かる(第1-2-12図)。①両方の景気後退局面において,企業は生産性の向上に努める一方で,生産の落ち込みに雇用者数の削減・労働時間の短縮で対応している。②今回の景気局面で生産が底を打った後の動きをみると,生産が上向いた94年以降も,企業はまず一人当たりの労働時間を増加させることで対応しており,依然雇用調整を継続している。70年代前半の景気回復期においても,企業は同様の行動をとっており,雇用者数の削減に歯止めがかかるのは,生産が回復し始めてから,6四半期経過した76年10~12月期のことである。

ifo経済研究所のヒアリング調査(94年5月末実施)では,今回の景気後退局面において,約8割の企業が人件費,減価償却費並びに利払いといった固定費の削減に努めているという結果がみられる。各企業は合理化・減量経営に努めており,今後生産が順調に回復したとしても,雇用が増加するまでにはしばらく時間がかかると考えられる。

(東アジア向けの輸出の拡大)

今回の景気後退から回復に至る過程では,西ヨーロッパ域内向けの輸出が落ち込む一方,東アジア向け輸出の拡大が顕著であり,その後も引き続き拡大している点が,第四の特徴となっている。

輸出相手国別にみると,今回の景気から回復に至る過程では,北アメリカ・東アジア・東ヨーロッパ向けの輸出の増加が著しい。特に,東アジア向け輸出は,①東南アジア向けが93年前年比13.4%増,②中国・ベトナム等のアジア市場経済移行国向けが同69.2%増と,近年大幅に増加している。この結果,日本を含んだアジア全体向け輸出のドイツの総輸出に占めるシェアは93年10.3%となり,アメリカ向け輸出の7.5%を上回るまでになった。これに対して,EU域内向けの輸出は,同地域が深刻な景気後退局面にあったこともあり,93年は前年比19.9%減と大幅に減少した。

アジアがドイツにとって重要な輸出相手地域となるに伴い,アジアとの貿易関係がドイツ経済に与える影響も大きくなっている。実質GDP成長率(ドイツ全体)に対する地域別の経常海外余剰(=輸出等一輸入等)の寄与度をみると,93年にアジア(日本を含む)は0.3%と,アメリカの0.2%,東ヨーロッパの0.1%を上回った。これに対し,EU域内はマイナス0.3%,欧州自由貿易連合(EFTA;European Free Trade Association)はマイナス0.1%となり,ヨーロッパ経済全体の景気後退の影響を大きく受けた姿となった。

(2) 回複するフランス

90年後半に景気後退局面に入ったフランス経済は,アメリカ,イギリスを始めとする英語諸国圏の景気回復を受けて,同地域向けを中心に輸出を伸ばしたこと等から,93年1~3月期を底に外需主導の景気回復を遂げた。特に,94年に入ってからは,政府のとった各種景気刺激策(例えば,新車購入及び住宅取得の促進策)の効果もあって,内需も回復に転じた結果,フランス経済は94年前半に大方の予想を上回る成長を遂げた(実質GDP成長率は93年1.O%減,94年1~6月期前年同期比1.6%増)。

(回復の兆しを示す設備投資と在庫調整の進展)

今回の景気後退局面では,平成5年度の年次世界経済報告で分析したように,①80年代後半のEC統合機運の高まりと,②90年10月のドイツ統一の実現に伴い,過剰な設備投資が行われた結果,設備投資のストック調整は深刻化することとなった(91年以降3年連続で実質民間設備投資は前年比マイナスを記録)。しかし,94年に入りようやく設備稼働率が上向いた他,企業のコンフィデンスが改善を示すなど,投資環境が整ってきたこともあって,設備投資は94年1~3月期,4~6月期と2四半期連続で前期比プラスを記録した。しかし,国立統計経済研究所(INSEE)の製造業設備投資動向調査(94年4月実施)によれば,94年の製造業の設備投資は実質で1~2%程度の伸びとなる等,94年の設備投資は,緩やかな増加にとどまると考えられる。

次に,在庫調整の状況についてみると,在庫投資は91年後半以降調整を続けており,今回の景気後退のなかで,成長に対して大きな制約要因となってきた(在庫投資の実質GDP成長率に対する寄与度:91年マイナス0.5%,92年マイナス0.6%,93年マイナス1.2%)。しかし,94年に入ると,在庫投資の減少額は大幅に縮小しており,また,INSEEのアンケート調査(94年9月実施)でも,企業経営者は在庫水準が標準より低いとみているなど,在庫調整は,94年半ばには,ほぼ最終段階に達したとみられる。

(フランスの景気回復における政策の役割)

今回のフランスの景気回復過程における特徴として,以下で述べろように政府の政策が一定の成果をあげた点がある。

第一に,乗用車買換えに補助金を与えるという特別措置が,94年2月以降(94年末までの予定)実施されている。この政策の目的は,10年以上使用した中古車を新車に買い換えようとするフランス国民に対し,政府が5,000フランの補助金を付与することによって,新車購入を促進しようとするものである。この政策の効果もあって,93年に前年比18.3%減少と大きく落ち込んだ新車登録台数は94年1~6月期前年同期比15.3%増と94年に入り顕著に増加している(第1-2-13図)。INSEEによれば,このような自動車販売の増加は94年の個人消費を0.3%押し上げると見込まれている。この他にも,94年に190億フランの規模(GDP比0.3%程度)の所得税減税が実施されており,これらは個人消費の回復にある程度の効果があると考えられる。

第二は,住宅取得促進のための施策で,94年2月からの住宅預金貸付制度の金利引下げおよび93年10月から1年間という期間限定で実施されている住宅取得を目的とした投資信託(OPCVM)の払出しにより生じた売却益に対する非課税措置等がある。これらの政策を通じ91年以降3年連続でマイナスを記録した住宅投資のテコ入れに力を入れた。この結果,住宅着工件数は93年末がら前年比二桁の伸びを示す(94年1~6月期前年同期比22.O%増)等,住宅投資に好影響がみられた(前掲第1-2-13図)。

さらに,金融政策運営をみてみよう。フランス中央銀行は,フランス・フランの通貨価値の安定(為替相場の安定と物価の安定)を優先した政策運営を実施している。このため93年8月の欧州通貨の混乱を受けたERMの変動幅の一時的拡大措置により,金融政策の自由度が高まった後も,フランスの金融緩和はドイツの金融緩和のテンポと密接に関係した小刻みなものとなった。この結果,フランス・フランの対ドイツ・マルク相場は,93年9月以降もほぼ一定の水準で安定的に推移する一方,消費者物価上昇率は94年に入り1955年以来39年ぶりに前年比1%台を記録し,物価は極めて安定している。このような状況のなかで92年11月以降94年10月現在まで,フランスの主要な政策金利である市場介入金利は計25回,計4.6%(92年11月9.60%→94年7月5.00%)引き下げられており,こうした金融緩和は住宅投資や企業収益の改善を通じて,景気回復に好影響を与えたものと思われる。

最後に,このような短期の景気刺激策の他に,バラデュール政権は財政再建を最優先にした中・長期的な構造改革に取り組んでいる。この中には,①構造的失業の改善,②国営企業の民営化,③社会保障制度改革等が含まれており,今後の進展が期待される。

(今後のフランス経済の動向について)

今回の景気回復は,当初は輸出主導で始まったものの,94年前半は上記政策の効果もあって,個人消費,固定投資等,内需が回復に転じ,フランス経済は大方の予想を上回る成長を遂げた。しかし,乗用車買換え,住宅取得の促進といった政策は,基本的に需要の前借りといった性格のものであるため,需要の一巡した後には,その需要刺激効果は薄らぎ,むしろその反動も懸念される。

このため,94年後半以降には,高い成長を示した94年前半に比べてフランスの景気の回復のテンポはやや遅くなる懸念はあるものの,①先述した在庫調整およびストック調整の進展,②EU域内の景気回復の明確化にともない域内向け輸出の拡大が見込まれる等,景気回復を支えていくプラス要因がみられることから,全休として景気の回復基調は継続していくと考えられる。

(3) 消費主導の景気拡大が続くイギリス

戦後最長の景気後退(89年1~3月期から92年4~6月期までの14四半期)を経験したイギリス経済は,92年7~9月期にようやく景気後退局面を脱し,他の西ヨーロッパ諸国に先んじて回復に転じた。94年に入っても,イギリス経済は,過去10年間の平均成長率2.2%を上回るペースで成長しておリ景気の拡大が続いている(実質GDP成長率は93年2.1%増,94年1~6月期前年同期比3.6%増,7~9月期同4.0%増)。

今回のイギリスの景気回復の特徴としては,次の点が挙げられる。①92年央以降の金利低下やポンド安により,個人消費や輸出がまず回復し,鉱工業生産の回復に寄与した。②景気拡大が続くなかで,物価が安定している。③ストック調整の長期化により設備投資の回復が遅れた。

(消費主導の景気拡大)

今回の景気拡大をリードしているのは,個人消費である(93年の実質GDP成長率は2.1%で,それに対する個人消費の寄与度は1.6%)。個人消費が回復した基本的背景には,不況期の91年には横ばいとなった実質可処分所得が,92年後半以降の景気回復に伴って増加した(92年2.7%増,93年1.9%増)ことがあると考えられる。

この他の要因としては,バブル崩壊までに積み上がっていた家計部門の負債や利払い負担が,軽減されつつあることが挙げられる。88年以降の金融引締め・税制改正等によるバブル崩壊でもたらされた住宅価格を中心とした資産価格の低下は,住宅ローンなどの借入れを増加させていた家計部門の資産と負債のバランスを悪化させ(家計部門の有形資産に対する金融負債の比率は,バブル前の82~85年平均30.1%→92年40.7%),90年後半~92年前半における個人消費低迷の要因となった。家計部門の負債残高の可処分所得に対する比率をみると,91年1~3月期(4.6倍)をピークに徐々に低下しているが,94年に入っても,バブル前の水準(82~85年平均3.O倍)と比べて,依然高い水準である(94年4~6月期4.4倍)。しかし,家計部門の利払い額の可処分所得に対する比率をみると,92年9月のERM離脱後,政府がとった金融緩和等の国内景気刺激策の結果,市場金利が低下し,家計部門の金利負担を減少させたことなどにより,90年の10.9%をピークに93年は6.3%まで低下しており,バブル前の水準(82~85年平均5.6%)に対し,8割以上の調整が進んでいることがわかる。このように,フロー面では,可処分所得に占める利払い費が大きく減少するなど,個人消費への制約要因は緩和されつつある。

以上のような要因を背景に,個人消費は自動車等の耐久財を中心に順調に回復しており,92年4~6月期以降,10四半期連続で前期比プラスとなっている(94年7~9月期は前期比0.5%増)。

こうした消費の増加に加え,輸出の好調な増加もあり,イギリスの景気は拡大が続いているが,物価は比較的安定している(94年7~9月期の消費者物価上昇率は前年同期比2.3%)。なお,イングランド銀行は,94年9月に将来のインフレに対する予防措置として,政策金利である最低貸出金利について0.5%の利上げを実施した。

(緩やかに回復する設備投資)

経済全体が拡大過程に入るなかで,唯一回復が遅れていたのが設備投資である。企業部門(金融機関除く)の実質設備投資は,90年7~9月期以降,93年4~6月期まで12四半期連続で前年同期比マイナスを記録した。

企業の設備投資の回復が遅れた要因としては,80年代後半にEC統合機運の高まりなどによる投資ブームにより,設備投資が急激に伸びた反動によるストック調整の長期化が考えられる。そこで,企業部門(金融機関除く)の資本ストックの動きをみてみよう。資本ストツクが一定の伸びで増加すると仮定して求めた上昇トレンド水準と,実績値とのかい離率をみたのが,第1-2-14図である。85~87年の間は実績値がトレンドより下回り,かい離率がマイナスになっていたが,88~91年の間はトレンドを上回って推移している。このことから,88年以降資本ストツクが大きく積み上がり,過剰となったことがうかがわれる。その後,89年の9.5%をピークにかい離率は低下し,92年にはマイナスに転じ,実績値が再びトレンドを下回っていることから,92年にはストック調整がかなり進展していると考えられる。

この間に企業は積み上がった既存の負債残高を,利益や現・預金等の手元流動性で返済し,一方で景気回復により生じた新たな資金需要(93年255億ポンド増)に対しては,企業は株式市場等から資金調達を行うことで対応している(93年の銀行借入は95億ポンド減,株式発行は91億ポンド増)。その結果,企業の税引き後利益に対する金融機関からの借入の比率は,ピークである89年7~9月期の180%から,94年4~6月期には12%の返済超過となっている。

最近の企業の実質設備投資の動向をみると,93年7~9月期に前年同期比でプラスに転じたものの,94年に入って再びマイナスとなるなど依然弱い動きであるが,製造業投資では94年4~6月期に90年1~3月期以来17四半期振りの前年同期比プラスを記録するなど,回復の動きもみられている。これは,ストック調整の進展に加え,企業収益の改善が寄与していると思われる。

企業の収益は,イギリス経済が内需主導の景気回復に転じたことに伴い改善されており,92年7~9月期以降,前年同期比でプラスの伸びを記録している。第1-2-15図は,企業部門(金融機関除く)の投資効率(=実物資本収益率-貸出金利)と,実質設備投資の伸び率の推移をみたものである。一般に実物資本収益率(=営業利益/実物資産)が貸出金利を上回る(つまり投資効率がプラスになる)と,銀行借入による設備投資が利益を生むため,企業に設備投資を行うインセンティプを与える。企業収益の増加は,実物資本収益率を向上させ,投資効率を高めると考えられる。この図をみると,89年以降,実物資本収益率は貸出金利を下回り,投資をしても採算が合わない状況が生じ,設備投資は90~92年の間3年連続でマイナスとなった。しかし,景気回復局面に入った93年以降は,①実物資本収益率の上昇(92年10.5%→93年11.4%)と,②貸出金利の低下(93年年初7%→94年8月時点5.25%)があいまって,投資効率が著しく改善している。こうした投資収益状況の改善等を背景に,実質設備投資は緩やかながら93年1.9%増と増加に転じている。

また,イギリス産業連盟(CBI;Confederation of BritishIndustry)の実施した,今後12カ月間の機械設備投資に関する調査において,投資の増加を見込む経営者の比率は,89年10~12月期以降17四半期連続でマイナスを記録した後,ストック調整の進展や収益の増加をうけて,94年1~3月期以降は3四半期連続してプラスとなるなど,企業の将来に向けた設備投資マインドにも改善がみられており,今後についても,設備投資の回復が続くことが予想される。

(4) 長期景気後退から脱したイタリア

イタリア経済は,89年7~9月期に景気後退に入った後,93年10~12月期に景気後退から脱し,緩やかな景気回復に転じた(実質GDP成長率は93年0.7%減,94年1~6月期前年同期比1.6%増)。今回の景気後退から回復にかけての景気局面の特徴は,①景気後退局面に入ってから景気回復に転じるまでに,4年余りという長い期間を要したこと,②内需が大きく落ち込む一方で,92年7~9月期から純輸出が減少傾向から増加傾向に転じ,景気回復を牽引したことなどがあげられる。

(ERM離脱後,拡大した輸出と増加した金融政策の自由度)

他の大陸西ヨーロッパ諸国に比べて,イタリア経済は一早く,89年7~9月期から景気後退に入った。しかし,86年から低下していたインフレ率が89年以降再び上昇するなかで,イタリア・リラの為替レートを為替相場メカニズム(ERM;Exchange Rate Mechanism)で定められた変動幅内で維持しようとしたことから,①88年後半以降のドイツの高金利に伴い金利を引き上げざるを得ず,イタリア銀行は金融緩和という有効な景気刺激策がとれなかった。また,②結果的にリラが割高となり,経常収支は急速に悪化した。このため,イタリア経済の景気後退は,長期化することになった。

しかし,92年9月の欧州通貨危機の際に,イタリアはイギリスとともに,ERMから事実上離脱した。これを契機に,リラの減価が進み輸出が増加したことから,イタリア経済はようやく景気後退を脱し,景気回復に向かうことになった(93年の実質GDP伸び率への寄与度は,外需4.6%,内需マイナス5.2%)。

第1-2-16図は,リラの実質実効レート,海外経常余剰,及び金利の推移をみたものである。この図をみると,リラの実質実効レートは,ERM離脱前は景気後退前の88年と比較し,高い水準で推移していたが,92年9月のERM離脱を契機に急速に低下した。この結果,イタリア企業の国際競争力は相対的に高まり,アメリカ,東ヨーロッパ等を中心に輸出が伸びた。このような輸出の拡大と,内需の落ち込みによる輸入の減少があいまって,経常収支は93年に18兆リラの黒字(対GDP比1.2%)と大幅に改善し,7年ぶりに黒字を記録した。また,このような輸出の拡大は輸出向けの受注の増加を通じて,生産の拡大にも寄与した。

さらに,ERMの離脱後,当初リラが大幅に減価したにもかかわらず,賃金上昇率の鈍化や景気後退の影響で物価上昇率が低下した(93年の生計費上昇率4.2%は69年以来最も低い伸び率となった)ことや,93年に入り,通貨の安定が回復してきたことから,イタリア銀行は92年9月以降,93年5月までに計12回公定歩合を引き下げる(92年9月15.0%→94年5月7.0%)など,金融面から景気を刺激することができた。通貨危機時に急上昇した金利は,92年7~9月期から94年4~6月期までに,短期金利については8.4%低下し,長期金利については2.8%低下した。また,ドイツとの金利差も短期金利は4.0%縮小し,長期金利は1.1%縮小した。こうした金利低下は,93年10~12月期に総固定投資を9四半期ぷりに前期比でプラスに転じさせるなど,今回の景気後退局面で大きく落ち込んだ投資の回復に好影響を与えた。

93年中大きく落ち込んだ消費・投資といった内需も,94年に入ると緩やかながらも回復している。その一方で,主要な貿易相手国である西ヨーロッパ諸国は,これまでみてきたように,引き続き景気が回復するとみられ,イタリアの輸出も順調に拡大すると思われる。この結果,今後もイタリア経済は順調な回復を遂げると期待できる(政府の経済見通しによると,実質GDP成長率は94年1.6%,95年2.7%)。

このように,イタリア経済はようやく景気回復過程に入ったものの,その方で,巨額な財政赤字(93年対GDP比9.5%)や,構造的な失業を含む高い失業率(94年7月末11.O%)といった構造問題の解決は,依然未解決のまま残されており,この問題に対する積極的な取組みが求められている。特に財政赤字については,金利の上昇を通じて,ようやく回復に向かうイタリア経済に悪影響を与え,またインフレを再燃させるおそれもある。そこでイタリア政府は,93年の大幅な歳出削減政策に続き,94年7月に3カ年財政経済計画において医療費,年金への歳出減を中心とする財政赤字削滅政策(97年に財政赤字の対GDP比を5.57%にする)を打ち出し,94年11月現在,95年予算での具休策を議会で審議中である。