平成5年

年次世界経済報告

構造変革に挑戦する世界経済

平成5年12月10日

経済企画庁


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第1章 世界経済の現況とその特徴

第3節 停滞色を強めた西ヨーロッパ経済

1 今回の景気後退の要因

90年代に入り景気の減速が続いた西ヨーロッパ経済は,92年後半から一層その停滞色を強めることとなった。

90年代に入ってからの主要国の動向をみると,90年後半にはイギリスがいち早く景気後退入りした。他方,ドイツでは両独統一の影響から91年前半にかけて過熱気味の景気拡大が続いた後,91年後半から調整局面に入り急速な減速を始めた。フランス,イタリアもその影響を受けた。92年後半以降,ようやくイギリスが回復基調に転じる一方で,ドイツ,フランス,イタリアが景気後退入りするなど総じて悪化傾向をたどっている(92年のEC全体の実質経済成長率は1.1%となり,第2次オイル・ショック後の82年以来の最も低い伸びを記録することとなった。)。

本年6月に発表さ-れたEC委員会の経済見通しでは,93年のEC経済は75年以来18年振りのマイナス成長となり,回復は94年にずれ込むとしている。91年以降の同委員会の見通しをみると,93,94年の見通しは92年後半以降大きく下方修正されており,今回の景気後退が予想を上回る深刻なものであることがわかる(第1-3-1図)。

今回の景気後退の主な要因は,①一部の国におけるバブルの崩壊,②80年代後半の投資ブームの終了,③ドイツ統一ブームの終了,④貿易やERMを通じたデフレ効果の波及,⑤コンフィデンスの急速な低下の5つである。特に,統-ブーム後のドイツ経済の落ち込みは予想以上に犬きく,またこれがEC各国に与えた影響は大きかったこと及び,昨年秋の欧州通貨危機を発端とする為替市場の混乱が企業,家計のコンフィデンスを急速に冷え込ませたことは,92年後半以降の景気見通しを深刻なものとした大きな要因となっている。以下では,それぞれについてより詳しくみてみることとする。

(後退局面入りの経緯)

EC経済が循環的な滅速傾向に転じたのは,88年央から89年にかけて各国が引締め的な金融政策を採ったためであり,また80年代後半の設備投資ブーム後のストツク調整が始まったことも影響した。

第1-3-2図をみると,ECを除く先進諸国が89年以降減速を続ける中で,90~91年の間にEC経済は,減速しつつもこれらの諸国を上回る成長を続けた。これは90年10月に成立したドイツ統一の影響によるものである。EC委員会の試算(91年12月)によると,統一直後に生じた旧東独地域を中心とする超過需要は,輸出を通じて各国の90,91年の成長率をそれぞれ0.4%,0.6%押し上げた。もしこの影響がなかったならば,イギリスだけでなく,他のEC諸国のいくつかは,より早い段階で景気後退に入っていた可能性がある。

(バブル崩壊の影響)

金融政策引締めの影響は,80年代後半に不動産価格上昇を中心としたバブルが発生したイギリスにおいて顕著であった。家計,企業の負債比率はそれぞれピーク時には116%(91年),188%(92年)に達しており,88年央より実施された急激な金融引締めは,家計,企業の利払い負担を89年以降著しく高めることとなった(第1-3-3図)。このためイギリスでは消費,投資は急激に冷え込み,他の国に先んじて景気後退入りすることとなった。

フランスにおいては,資産バブルの発生は明確に認めらねないが,80年代半ばに行われた金融の自由化により家計部門の金融機関からの借入は増加していた。89年以降の金融の引締めは家計部門に重くのしかかり,消費等を慎重化させた。

(ストツク調整の進行)

各国の設備投資をみると,各国とも総じて80年代,とりわけ後半に高い投資の伸びがみられ,またその時期も70年代に比べ長いものとなった。この反動から各国ともストツク調整局面に入ったものと考えられる。80年代末よりは,まず,イギリスで89年以降急激に減少がはじまり,ドイツでは92年に減少している(第1-3-4図)。なお,フランスでは89年以降投資の伸びは鈍化しているものの,ドイツ統一の影響により下げ足は鈍り,本格的にストツク調整が始まったのは91年以降である。このように各国においてストツク調整の開飴時期にズレが生じている。この背景としては,イギリスでは上で述べた金融引締めの効果が大きく,フランス,ドイツではドイツ統一の影響により設備投資の好調さが維持されたものと考えられる。イギリスでは漸くストツク調整終了の兆しがみられるものの,遅れて始まったフランス,ドイツでは現在,最も厳しい段階を迎えているとみられる。ドイツでは93年に入ってから更に上半期前年同期比16.5%減となるなど,一層下げ幅を強めている。

(域内相互依存の高まりとドイツ統一後のデフレ効果の波及)

80年代以降貿易依存関係を通じた各国相互の景気波及効果や,欧州通貨制度下での各国間の金融政策の連関が強まっており,これが景気循環の同時性を高めている。

まず,貿易依存関係を通じた景気波及効果をみる。第1-3-5表は,その一つの目安として,85,92年それぞれの波及効果を各国の平均消費性向や,国別平均輸入性向をもとにして作成したものである。これをみると,1国の独立需要(投資,域外輸出)が他のEC諸国へ与える影響は,域内の貿易依存関係の深まりを反映して,強まってきていることがわかる。すなわち,統一初期のドイツでの独立需要の増加とその後の減少が他のEC諸国め成長に与える効果は大きくなっている。このため,ドイツ統一による超過需要が一巡し,91年後半よりドイツが景気の調整局面に転じると,各国とも景気減速の度合いを強めた。

(ERM下における景気後退の波及)

次に,欧州通貨制度のERM(為替相場メカニズム)は参加国の金融政策の自由度を小さくする。すなわち,為替レートの一定の変動幅内での維持が必要とされるERM下では,参加由は自国通貨と事実上アンカー通貨として機能しているマルクとの安定関係を維持する必要から,ドイツとの名目金利差を拡大することが困難であり,ドイツの公定歩合を超えて政策金利を下げることが難しい状態となっている。第1-3-6図は,主要国の景気の動向と公定歩合の推移を,前回(80年代前半)の景気後退時と比較したものである。これをみると,ドイツでは,今回景気がピークに向う時点では,公定歩合の引上げは前回に比べ非常に緩やかであるが,景気が下降局面に転じた後も,国内のインフレ圧力の高まりに対処するために引上げが実施され,ピークにおける水準は前回を0.5%ポイント上回った。このところ緩和傾向にあるものの,前回と比べると依然約2%ポイント近くも高い水準にある。フランスでは,景気が減速傾向を示しているにもーかかわらず,ピークにかけて主要政策金利である市場介入金利は一貫して9~10%の高い水準にあり,ピークを過ぎても約3四半期間にわたり高い水準に維持された。その後短期間で急激に緩和されたものの,再び緩和の足取りは緩やかになっている。一方,イギリスの動向をみると,前回に比ベピークに向う時点では,早い時期から引締め的であったが,ピークを過ぎて緩和局面に転じた後は前回よりも下げ方が急であった,

今回のドイツはインフレ圧力が鎮靜化しないために,景気後退下でありながら公定歩合は高水準で維持せざるを得なかった。このため,ERM内での為替安定を維持してきたフランスでは,景気後退時にもかかわらず高い金利水準を維持せざるを得ない状態となっている。これに対して,イギリスは92年9月以降ERMを離脱しており,比較的金融政策に自由度があった。

このような引締め的な金融政策の影響は,実質金利に明確に表れている(第1-3-6図)。各国とも前回の景気後退時に比べ,非常に高い水準にある。また,逆イールド(長短金利の逆転現象)が長期間にわたって続いている点が注目される。特に前回の後退局面と比べ,イギリス,フランスでは,逆イールドの幅が大きく期間が長いことが注目される。通常,景気がピークを迎える直前からこの状況は散見されるが,今回,イギリスでは,バブル鎮静化のために引締めが厳しかったこと,フランスでは,長期的なインフレ低下期待等により長期金利が低下するものの,ERM内での為替相場を維持する政策の影響により短期金利がなかなか下がらなかったため,逆イールドの幅は大きなものとなった。

では,各国の経済に対し,短期金利,長期金利のいずれがより大きい影響を与えるだろうか。OECDが行った,各国企業の営業利益(税,支払利息控除後)の金利感応度に関する分析によれば,主要国のうちで4期金利に最も影響を受ける国はフランスであり,長期金利の影響を受けやすい国はドイツである(第1-3-7表)。ドイツでは金融機関の非金融機関への貸出の約8割が1年以上の期間のものとなっている。ドイツでは,段階的金融緩和の下で長期金利が一層低下しているのに対し,フランスでは,短期金利がこのところ低下しつつも依然高い水準にあり,景気への金利面からの制約が大きいものと考えられる。

(コンフィデンスの低下)

今回の景気後退のもう一つの大きな要因は,家計及び企業のコンフィデンスが非常に長期間にわたり低下を続けている点である。加えて,昨年秋の欧州通貨危機により生じた景気及び経済・通貨統合に対する先行き不透明感が,一層のコンフィデンスの悪化をもたらしている。

第1-3-8図から消費者コンフィデンスの動向をみると,ドイツで90年央まで比較的楽観的に推移した以外は,各国とも80年代末より悪化傾向が続いている。特にイギリスではバブル崩壊と金融引締めによる家計の利払い負担の増加により,初期の落ち込みが急激であった。その後,90年後半よりドイツで急激な落ち込みが始まるとともに,各国とも失業率の上昇と実質可処分所得の減少に歩調を合わせるかのように下げ足を早めている。

一方,企業コンフィデンスをみると,以上の傾向は一層明確に現れる。各国とも80年代末より急激にコンフィデンスが悪化する中,ドイツでは90年後半まで上昇しており,家計に比べ企業部門の方がドイツ統一に対してより楽観的であったことがわかる。その後は,ドイツで急激な悪化傾向が続く一方で,92年末には欧州通貨危機の影響から再び急激に悪化している。しかしここで注目されるのは,イギリスとイタリアの動向である。通貨危機の際,イギリスはERMより離脱し,イタリアは外為市場への介入義務を一時中止することとなったが,その結果金融緩和に自由度が増すと同時に,通貨下落によって国際競争力が回復した。そのため,企業の先行きにも明るさがみられ,コンフィデンスも他の諸国とは逆に改善の方向に向かっている。

景気回復のきっかけがつかめない現状では,景気の悪化→通貨市場の緊張の高まり→コンフィデンスの悪化→景気の悪化といった悪循環がみられる。

(再度の通貨危機の発生―ERM許容変動幅の一時拡大)

昨年秋の通貨危機以降も通貨市場の緊張が続く中で,ドイツでは本年に入ってからは7月上旬までの間に4度の公定歩合の引下げが実施された(段階的金融緩和)。これに歩調を合わせて,各国とも金融緩和を実施し,特にフランスは,一時はドイツの公定歩合を下回る水準まで下げた。しかし,7月に再度の通貨危機が発生した(その背景については,第1章第5節参照のこと。)結果,ERMの枠組みは維持しつつも,参加国通貨の許容変動幅を一時的に従来の2.25%(一部の国は6%)から15%(ドイツ・マルクーオランダ・ギルダー間は変更なし)に拡大すること等が決定された(8月2日 ECの蔵相・中央銀行総裁会議)。これにより各国とも金融緩和の余地が生じ,また景気が停滞しているにもかかわらず,各国の金融緩和の足取りは慎重であった。①金利引下げが過度の通貨安を招くことの恐れ,②通貨統合路線の堅持,③通貨危機時に使い切った外貨準備(マルク)を積み増す必要があること(自国通貨安を引き起こす恐れがある)等がその背景にあると言われている。

2 主要国にみる景気後退の要因とその影響

(1) ドイツ

(設備投資のストツク調整と消費の冷え込み)

ドイツ経済が92年後半以降,戦後最悪とも言われる景気後退に入った要因としては,以下の点が考えられる。

第1に,1でみたように,設備投資がストッ・ク調整局面に入ったことである。統一ブームに伴い過剰な設備投資が行われた結果,必要以上に投資循環の拡大局面が長くなった反動で,設備投資の落込み幅が拡大した。企業収益の悪化も影響している。Ifo経済研究所の調査によれば,93年の製造業,建設業の設備投資計画は各々前年比14%減,9%減と予想されており,設備投資が回復するまでには長い時間がかかると予想される。

第2に,実質可処分所得の伸び悩みを背景に個人消費が冷え込んだことがある。92年には名目粗所得は5.9%増加したものの,インフレが4%台の高い水準にまで達した。更に,92年初め以降の失業率の増加が消費者コンフィデンスを悪化させたことも消費低迷に大きく影響している。93年に入るとほぽ3%台の低い賃上げ率にとどまっており,いまだ4%台の高いインフレを勘案すると,実質粗所得は,マイナスとなるため(93年第1四半期前年同期比1.8%減),今後も個人消費の回復は当分の間望めない状況にある。

以上の要因の他に,後で詳しく述べるが,国際競争力の低下及び輸出相手国の景気-の低迷等に伴い91年以降輸出が減少したこ,とや,政府・連銀の引締め政策の堅持等も今回の景気後退に大きく影響している。

(ドイツ統一の対外面に与えた影響)

輸出主導型の産業構造(輸出がGDPの3割前後を占める)を持つドイツでは,ドイツ統一時のインフレ効果とその後のデフレ効果は対外面にも様々な影響を及ぼしている。

貿易収支をみると,輸入面では,統一後の超過需要の発生により,資本財,消費財,食料品を中心として,90年は前年比9.9%増,91年は同15.7%増と急増した。92年に入ると超過需要が一巡したこと,ドイツ国内景気が調整局而から停滞に転じたことなどから,前年比1.0%減と僅かに減少したものの,依然高い水準を保っている。なお,92年の動向を地域別にみると,先進国各国からの輸入がほとんどすべての国において減少している中,中・東欧地域からの輸入が急増している点が注目される。これはこれら諸国における為替レートの切下げ等によるものであり,これら諸国の外需主導の経済成長に寄与した。

次に,輸出面をみると,輸出は伸び悩んでいる。その要因は,①マルクのドルや他の欧州通貨に対する上昇(89年平均がら最高でドルに対して約30%)や国際的にみて高い労働コストにより,ドイツの国際競争力が弱まってきたこと(第1-3-9表),②統一ブームによる国内景気の過熱により輸出財を国内にまわした結果,輸出市場でのシェアが低下したこと,③主たる輸出相手国であるEC諸国(全輸出の5割以上)の景気低迷である。

この結果,貿易収支黒字は統一直後の91年以降大幅に滅少した(90年1,054億マルクから91年219億マルク,92年337億マルク)。また,投資収益収支の黒字幅縮小とマルク高の影響から旅行収支が悪化したことによる貿易外収支の大幅悪化や,湾岸支援及び旧ソ連軍撤退に伴う拠出金の支払等による移転収支赤字拡大により,91年の経常収支は10年ぶりに赤字を記録した。その後も赤字が続いている。

なお,このような状況の下,ドイツの直接投資の動向に変化が生じている。旧ソ連の崩壊とそれに伴う中・東欧地域の自由化によって,旧ソ連及びハンガリー,チェコ等の中・東欧地域への直接投資が90年頃がら急増(前年比でみて,89年の0.3%から92年には5.5%)している。これはこれらの地域の販売市場としての魅力のほかに労働コストが安いこと等からドイツ企業が生産拠点をシフトさせている結果であると思われる。Ifo経済研究所の調査によれば,このほか,中南米及びアジア向けの直接投資が活発であるのに対して,アメリカ向け,EC向けの投資は落ち込んでおり,90年以降ドイツの直接投資に構造変化が生じていることがわかる。

(金融政策での対応)

ドイツ連銀は,インフレの抑制,為替レートの安定のためマネーサプライ(M3)の伸び率の目標圏を設定する政策運営を実施している。統一前までは,目標圏とのかい離が非常に小さく:その意味において連銀の金融政策は成功してきたといえる。しかし,統一直後から目標圏を大きく上回るようになり,金融政策の緩和を継続子るための障害となっている(M3の前年第4四半期比年率は8月現在7.2%であり,,93年の目標圏(第4四半期の前年比4.5%-6.5%)を大きく上回って推移している)。

なお,ドイツの消費者物価は,91年以降3%台後半~4%台の高い水準で推移している。この背景としては,91年央から統一に伴う財政支出の増加をカバーするための鉱油税等の増税が行われたこと,統一ブームに際し,名目賃金上昇率が高まったことが挙げられる。93年1月からは付加価値税の引上げの影響もみられる。その後,93年に入ると,賃金上昇率が鈍化したことに加え,輸入物価もマルク高の影響を受けて下げ要因として働いているものの,サービス価格・家賃を中心に消費者物価は高い水準で推移している。なお,94年1月以降はガソリン税等の引上げが予定されている。

(マネーサプライの増加要因)

ドイツ統一以降のマネーサプライの増加要因を,金融機関(連銀十市中銀行)のバランスシートでみてみると,旧西独地域の建設ブームや旧東独地域への企業の進出等を背景にして,個人・企業部門等国内非金融機関への銀行貸出が急増している影響が大きいことがわかる(第1-3-10図)。この他,ドイツが体格的な景気後退局面に突入した92年第4四半期以降,連邦政府及び地方政府の財政赤字の拡大を背景として,公共部門への銀行貸出が急増していることが注目される。また,欧州通貨危機に伴う対外純資産の変動が撹乱要因として作用している。最後に,負債面である金融資本形成をみると,92年後半から伸びが鈍化している。これは昨年9月に連銀が金融緩和を実施したことに伴い長期金利が低下し始めたこと,及び93年1月実施の新たな利子源泉課税制度を国内の個人投資家が嫌って,ドイツ国内の貯蓄がルクセンブルク等の外国の投資ファンドに流出したためであるが,これらはドイツの証券の購入という形で結局ドイツ国内に還流している。このような資本の流れは,資本流出及び流入を一時的に誇張することになり,マネーサプライの撹乱要因として作用している。

以上のような要因によって,マネーサプライが増加しており,今後も公的部門への貸出を中心とした増加圧力を減らすため政府の着実な財政赤字削減が必要である。

(財政政策の対応)

統一コストの負担増により増加した財政赤字を削減する必要から,増税,歳出削減等を含む緊縮的財政政策が採られた。今後も当分の間,財政赤字削減の取組みにより経済へのデフレ効果が続く(注1)ものと考えられるが,財政赤字削減は一層の金融緩和の余地を生み,金利負担の低下,企業・消費者のコンフィデンスを高めることを通じて景気回復に資するものと考えられる。

(中長期の政策対応)

景気後退による歳入減と旧東独地域復興等による歳出増のため,93,94年の財政赤字は拡大するものと見込まれている(連邦財政赤字:92年393億マルク,93年685億マルク,94年900億マルク程度)。このため,政府は失業手当や社会保障関連支出の大幅カット,補助金の削減,公務員給与の凍結等による歳出の削減を柱とする94年政府予算案及び中期財政計画案を連邦議会に提出した。

また,93年9月にドイツ政府は長期的な経済構造問題に取り組むために国際競争力の改善を目的とした報告書を閣議決定した。

(2) フランス

(フランスの内需減少の背景)

90年以降急速に減速したフランス経済は,91年央から92年央にかけて輸出,消費等を中心にやや持ち直すかにみえた。しかし,92年後半以降は,投資が減少を続ける一方で,比較的好調であった輸出が伸び悩んだことに加え,失業者数の増加によるコンフィデンスの悪化から消費が減少に転じるなど,景気後退が鮮明になっている。


(ドイツの経済構造問題への取組みについて)

ドイツの景気回復のためには,中期的取組みに加え,長期的な経済構造問題への取組みが不可欠であるとの認識が現在ドイツ国内で高まりをみせている。ドイツ政府は93年9月2日に国際競争力の改善を目的とした報告書を閣議決定した。その概要は以下の通りである。

1 ドイツの国際競争力の低下について

国際競争力が低下した理由として,①賃金コストの増加と②先端技術の立ち遅れを挙げている。そして,この結果,ドイツ企業が中・東欧地域やアジアに生産拠点をシフトさせているために国内で雇用が失われている点を指摘している。

2 国際競争力回復の手段

    (1) 政府の役割の縮小(「小さな政府」)

      ①個人・企業の税負担の軽減

        ・留保利益,法人所得,配当利益への法人税率の引下げを議会で可決

      ②補助金支出の削減,公営企業の民営化の推進

        ・産業補助金を94年に18%削減するなど,今後5年間で補助金の削減を実施

        ・通信,郵便,郵便貯金の郵政3事業等の自由化,民営化を実施予定

    (2) ドイツの労働市場の弾力化

      ①賃金コストの抑制

        ・労使双方へ賃上げの抑制を要望

      ②労働時間の延長

        ・労働時間法の改正(日曜日の労働原則禁止から残業や土日勤務の解禁)案を議会へ提出

        ・週37時間強の現行労働時間の40時間への延長を計画

3 労働時間改正法案の概要


今回の景気後退において最も深刻な落ち込みを示しているのは,投資である。特に民間公法人部門の落ち込みが大きく,91年第3四半期以降,対前期比で8四半期連続で減少している。

この要因としては,前述したEC統合を背景とした投資ブーム,ドイツ統一ブーム後の設備投資のストック調整が挙げられる。産業別の稼働率をみると,全体的に90年以降低下傾向にある。特に自動車産業は,91年後半から92年央にかけてやや持ち直す動きが見られたものの,93年に入ると再び大幅に落ち込んでいる(第1-3-11図)。

次に今回の後退局面を金融面からみてみる。まず,需要サイドである企業は80年代末から90年にかけて金融機関からの借入債務を増加させた後,91年以降は金融機関からの借入を大幅に減少させている。これは投資を手控えむしろ負債の返済にあてているためで,この結果企業部門全体としての資金フローは92年には70年代以降はじめて黒字に転じた。一方,資金の供給サイドである金融機関にも80年代後半以降変化が生じていた。80年代に世界的な金融自由化が進んだが,フランスも80年代半ばに消費者金融の自由化が行われた結果,非銀行金融機関等から家計等への積極的な貸付が行われた。しがし,89年がらの金融の引締めと直接金融化の流れは,借入需要の急激な減少を生じさせるとともに,都市部商業地を中心とした不動産価格の下落等を背景とした不良債権の増加等により,金融機関の経営を悪化させ,貸付姿勢を慎重化させた。このため,特に運転資金の不足に陥りがちな中小企業を中心に資金繰りの悪化がみられ,倒産件数が増加するなどの影響が現れている。INSEEのアンケート調査(93年6月実施)によると,中間財,自動車・輸送機器関連,消費財,食料品加工の順に資金繰りは悪化している。

家計部門をみると,銀行及び非金融部門がらの借入の伸びは消費者金融の自由化に伴う消費ブームの・反動及びNeiertz法の施行による家計の借入に対する過熱の抑制の影響等により大きく減少しており,中小企業と同様の傾向がみられる。また,景況感の悪化,失業の増加による将来への不安がら,収入の使途を消費から貯蓄及び債務の返済にシフトさせている。これに加えて,高金利の継続と昨年秋の欧州通貨危機以降の実質金利の上昇は消費を一層冷え込ませた。特に,92年央以降の新規住宅着工件数,乗用車販売台数の大幅な落ち込みにこの傾向が顕著に現れている(第1-3-12図)。

このような状況の中で,金融当局は,ドイツの金融緩和姿勢の下で,景気回復に向け4月以降金融緩和を行い,4月初から7月初の約3カ月の間に市場介入金利を計2.35%引き下げた。しかし,フランス経済の悪化が予想外に深刻である事が報じられると同時に通貨市場での投機的な売り圧力がかかり,本年7月の通貨危機に至った。

ERMの変動幅拡大で,通貨市場における緊張は緩和されたものの,政府は為替安定を重視し金融緩和に対して慎重な姿勢を採っている。

(3) イギリス

(イギりス経済の緩やかな改善傾向と下方リスク)

イギリスは90年第3四半期以降,景気後退局面を迎え,戦後最長の景気後退を記録したが,92年央から消費を中心に明るい兆しが見られはじめ,92年後半以降漸く改善基調に転じている。この要因としては,①昨年9月のERMからの離脱を契機に景気重視への政策転換(政策金利の段階的な引下げ,公共事業支出への重点配分,住宅市場救済などの緊急経済対策の発表等)が図られたこと,②ポンド相場の大幅な下落に伴い国際競争力が回復したことが大きく影響しており,92年末より輸出向けを中心に受注,生産が増加し,家計,企業のコンフィデンスも徐々に改善に向かうこととなった。現状では,投資は依然不振が続いているものの,92年央より緩やかな回復を続けている個人消費と92年末より好調さをみせている輸出が景気の改善をリードしている。しがし,イギリス経済が今後順調な回復軌道に移行するにあたっては,いくつかの点について注意すべきである。

第1は,景気後退の要因ともなったバブルの調整がどの程度進んだのかという点である。第1-3-3図にみたように,80年代央より発生した不動産を中心とした投資ブームを背景に,家計,企業ともに負債比率を高め,88年央からの金融の引締めは,これらの利払い負担を急激に増加させた(家計の利払い比率は80年代前半の5%台からピークの90年に10.5%に上昇,企業の利払い比率は87年の15%から91年に26.7%に上昇)。現在では,金融緩和の進展等を反映して,家計ではやや早く91年以降,企業では92年以降緩やかな低下傾向にある。それぞれの資金調達状況をみると,家計では,91年より金融機関等からの借入,住宅借入共に収縮した後,金融機関等からの借入は92年に入リマイナスに転じており,金融機関,住宅金融組合への返済が続いている(第1-3-13図)。同様に,企業においても返済が借入を上回る状況が続いている。91年には銀行借入に代わり株式市場等からの調達が行われているが,全体の調達総額は依然として水準が低く,設備投資の回復はみられていない。

借入返済に向けての行動が続いているが,個人消費は92年4~6月期以降緩やかな増加傾向を続けている。その内容をみると,耐久財消費が中心となっているが,その水準は依然として痕いものとなっている。今回の増加傾向が始まった初期には,実質可処分所得が伸びたが,92年末以降は,実質可処分所得の伸びが低下する一方で,貯蓄率の低下がみられる。個人の収入の内訳をみると,91年以降厳しい雇用情勢が続くなか実質賃金収入が減少を続ける一方,社会保障費等の政府からの移転収入は増加している。しかし,不況が長期化し,財政赤字が拡大する中,政府からの移転収入にも限界がある。また,家計は負債の返済を続けており,依然借入に積極的ではない。よって,雇用拡大一所得増加→消費拡大→生産増加→雇用拡大といった好循環が生じ,消費が順調に拡大を続けるにはいましばらく時間がかかりそうである。

第2は,ポンド相場の下落が輸出の回復を導き,景気の改善に寄与したものの,その一方で輸入物価が高騰している点である。現在までのところ消費者物価,生産者物価(産出価格)にはその影響は明確に現れていないが,生産者物価(投入価格)は昨年末以降上昇を続けており,インフレが加速する恐れがある。第1-3-14表は,生産者のコストに与える諸要因を推計したものである。これをみると,景気後退入り以降,生産の低下幅を上回る雇用者の削減による労働生産性の上昇に加え,雇用情勢の悪化から賃金上昇率が低下を続けたため,単位労働コスト上昇率の低下が続いている。特に92年末には,単位労働コスト上昇率はマイナスに転じている点が注目される。これが昨年9月の欧州通貨危機後の外生的なインフレ要因である投入価格の急騰を相殺しており,産出価格の上昇を抑制する要因となっている。その際,現在までのところ投入価格の急騰は企業利潤の大幅な減少を伴うことなく調整されている。今後,雇用の増加を伴いつつ生産性を維持できるかがかぎとなろう。また,賃金上昇率も生産性の伸びの範囲内にとどめることが重要である。

第3に,現在の景気改善のきっかけとなった輸出の好調さが持続するかといった点である。ERM離脱後のポンドの大幅な下落は,当初は輸入価格の上昇から貿易収支赤字を一時的に拡大させる要因(いわゆるJカーブ効果)となったものの,93年1~3月期には貿易収支赤字は早くも縮小の兆しをみせている。これは92年央からの輸出数量の伸びが好調を持続したことに加え,比較的早めに輸出価格の引上げが行われたため(93年3月には,92年8月に比べ12.6%上昇した。なお,この間にポンドは,マルク,ドルに対してそれぞれ約13%,24%滅価している。)と考えられる(第1-3-15図)。イギリスの輸出の約55%を占める他のEC諸国の景気停滞は本年中は続くと予想されていることに加え,昨年の欧州通貨危機後も通貨市場における混乱が続き,いくつかの通貨が下落又は切り下げられたことから競争力は再び弱まる傾向にあり,輸出の伸びの持続にも不安定な要素はある。

3 景気回復へ向けての取組み

以上のような景気情勢の中,各国ではどのような対応がなされているのであろうか。

まず,金融政策をみると,ERM参加国,ERMから離脱している国ともに金融緩和の足取りは重い。事実上,そのスピードと程度はドイツの金融緩和に影響されているといえる。

一方,財政政策をみると,ドイツでは当面厳しい財政赤字削減措置が進められるとともに,他の国でも急激な財政赤字の拡大から大幅な景気刺激策が採りにくい状況である8しかし,このような中で,歳出構造の見直し,民営化の推進といった構造改革や,限られた歳出の中での公共投資への配分増などの取組みが行われている。

また,ECレベルでの景気刺激策も実施されることとなった。

(財政赤字の拡大と各国の取組み)

各国では,景気停滞による税収不足,社会保障支出の拡大等の影響から総じて財政赤字が拡大している(第1-3-16表)中で,各国では次のような財政面での対応がなされている。

    ①ドイツ――東独地域再建のための支出強化に配慮しつつも,増大する財政支出,旧西独及び旧東独諸州間の財政調整,旧東独の債務の償還等に対処すべく,「中期財政計画」並びに「連邦緊縮計画」に基づき引締め的な財政政策が行われている。その後においても政府は引き続き歳出抑制の強化,補助金の削減等の構造改革にも取り組む方針を示している。

    ②フランス――昨年12月に成立した93年度予算は,若年者,長期失業者の雇用促進,教育,研究開発等への優先的支出を盛り込みつつも,その他の歳出の伸びの抑制により全体としては財政赤字削減に主眼が置かれたものであった。

    しかし,昨年後半から景気が急速に悪化し,財政赤字の拡大が予想されたため,本年3月に成立したバラデュール内閣は,財政,雇用の再建を主眼とする「経済・社会再建ブログラム」を策定し,その一貫として本年5月に93年度補正予算案を閣議決定した。これは,雇用,住宅,中小企業等に対する129億フランの追加的支出を行う一方で,優先的項目以外の歳出削減215億フランと石油産品に対する内国消費税等77億フランの増税により,総額で163億フランの赤字削減を行うものである。加えて,5月末には,国営企業の民営化法案が閣議決定されており,これによる収入の一部は住宅,中小企業,公共事業等を中心とした景気・雇用対策関連支出にあでられることが発表されている。

    ③イギリス――景気低迷の長期化から財政赤字の拡大が深刻になっているが,これは景気の悪化による一時的なものであり,財政の自動安定化装置(ビルトイン・スタビライザー)により中期的に均衡した財政を維持することとしている。なお,昨年の秋季財政演説では投資促進と住宅市場,輸出促進等に着目したコンフィデンス回復のための対策が,本年3月の93年度予算案では,主に民間部門の経済活動及び雇用の改善を主眼とした対策が発表されている。なお,中期的な均衡財政を維持する観点から94年度以降の増税措置も提案されており,本年度は景気支援に重点を置きつつも来年度以降の本格的な赤字削減を予定する内容となっている。

現状の財政赤字の拡大は,上で述べたように循環的要因による部分が大きいと思われるが,これが財政の硬直化につながらないように十分注意しなければならない。一般的に財政の自動安定化機能は,財政の支出規模,税制構造等により効果に差が生じると言われているが,ヨーロッパ各国は,総じて財政規模が大きいことから,循環的要因による赤字拡大の解消には時間がかかるものと思われる。また,ドイツのように東独地域再建のための負担といった特殊事情から赤字幅が拡大している国では,その縮減に向けた努力が重要である。なお,各国の公的部門の累積債務残高をみると一様に拡大しており,93年には大幅に増加することが予想されており,この点も注意を要する点である。

(ECの景気刺激策)

現下の経済の悪化に鑑み,各国間の協調による短期的な景気浮揚と設備投資や人的投資に重点を置いた長期的な潜在成長力の改善を目的としたECレベルでの景気回復策が実施されることとなった(昨年12月エディンバラ欧州理事会採択 本年4月承認)。これはECレベルと加盟国レベルの双方からの取組みがらなっているが,主要項目は,①財政支出のインフラ整備等公共投資への優先配分の実施,②民間投資及び中小企業の支援体制の改善,③研究開発に対する支援の実施,④失業者の再雇用,労働の質の改善のための追加的な教育訓練の実施,⑤公共部門を中心とする賃金の抑制,⑥市場メカニズムを高めるための構造改革の6点である(注2)。

域内相互の貿易依存の高まりを通じてEC相互間の結びつきが大きくなってきている現状では,EC域内国における景気支援策は,その国1国だけでなく,EC諸国全体で取り組む方がより効果的であるといえる。また,その際,政府部門の赤字が拡大傾向にある現状では,とりわけ民間投資を拡大させることが重要である。その観点からも今回のECレベルでの取組みは注目される。

(持続的成長へ向けての留意点)

今後のEC経済を考えるにあたっては次の2点が重要である。

まず短期的には,インフレ抑制のスタンスを堅持しつつ,各国の金融政策の自由度をある程度確保することが重要である。そのためにもドイツにおける財政赤字の着実な削減努力が続けられることが期待されるとともに,金融政策面での制約から景気の停滞を長期化させることがないよう,経済・通貨統合へ向けた取組みにも柔軟な対応が必要である(経済・通貨統合については第5節参照)。

また,中・長期的には,財政赤字の削減を実行しつつ,投資主導型の経済成長が図られることが重要である。その際,域内の相互依存関係が高まっている現状では,EC各国全体での取組みも重要になってくる。なお,投資の拡大が持続的な成長と雇用拡大につながるためにも,労働市場の硬直性の改善,労働の質の向上等構造面での改善に加え,より競争的な市場の創出,技術の革新等を通じたサプライ・サイド面の強化が重要である。