平成5年
年次世界経済報告
構造変革に挑戦する世界経済
平成5年12月10日
経済企画庁
第1章 世界経済の現況とその特徴
アメリカ経済は,90年7月を景気の山に後退局面に入った後,91年3月を谷に回復局面に入った。今回の景気後退期間は8ケ月間と短いものであったが,その後の回復は緩やかで,特に当初1年余りの間は2度にわたって停滞感がみられ回復の足取りは弱かった。92年後半に入り,設備投資が堅調に増加する等,内需の拡大に支えられて自律的な回復過程が定着してきたが,成長のテンポは緩やかである(第1-2-1図)。
回復過程の特徴としては,まず第1に,経済各部門においてバランスシートの調整が行われ,このため消費,投資等の明確な増加傾向がなかなか現れなかったことが挙げられる。第2に,従来の回復期に比べて特に雇用の改善が緩やかなことが挙げられる。第3に,全休として緩やかな成長の中で,92年以降設備投資が堅調な拡大を示していることである。本節では,これらの点を中心にアメリカの景気の現状を分析し,今後の動向について検討することとする。
家計の動向をみると,個人消費は谷以降ほぼ横ばいで推移していたが,92年に入って増加しはじめ,年後半に盛り上がりを見せた。その後,93年初頭に一服したものの再び増加している(第1-2-2図)。ただし,過去の局面と比較すると消費の伸びは緩やかであった。これは,①家計が比較的高水準の債務を抱えていたため,借入の増大等によって消費を拡大することに消極的であつたこと,②雇用の改善が緩やかであるため所得の伸びが緩やかであったことによる。また,雇用情勢に対する認識が揺れ動いたことにより,消費者マインドが揺れ動いたのも今回の特徴であった。
住宅は一戸建てを中心に比較的早く回復しており,93年前半には厳冬もあって落ち込んだものの再び増加している。住宅抵当金利の低下もあり,今後増加傾向で推移するとみられる。
雇用をみると,非農業事業所の雇用者数は91年は減少していたが,92年に入って増加に転じ,後半より増加基調が定着している。また,失業率も92年6月をピークに緩やかに低下している。ただし,製造業の雇用が依然として減少しているなど雇用情勢の改善は緩やかである。
企業の動向をみると,設備投資は比較的堅調である。これは情報関連機器と輸送機器を中心とした機械設備の好調によるものである。特に,近年,情報関連機器は景気動向に左右されないかたちで増加しており,今回の回復局面においても設備投資の下支えとなっていた。今回と前回を比較してみると,前回は景気の谷と各種類別の設備投資の谷がほぼ一致しているのに対し,今回は,①情報関連機器に落ち込みがみられない,②情報関連機器以外の機械設備は景気の谷より1年程度遅れて谷を迎えている,③構築物は最悪期を脱したものの依然として低い水準となっている,といった点が注目される(第1-2-3図)。これらの背景には,①アメリカ社会において情報化が進展していること,②企業がバランスシート調整を行っていたことにより,生産能力を増強する投資にまで手が回らなかったこと,③オフィスビル等の商業用不動産においてストツク調整が続いていることがある。
鉱工業生産は谷を過ぎると直ぐに回復をみせたが,91年後半,92年夏頃に停滞がみられた後,92年後半に盛り上がりをみせた。93年に入ってやや一服した後,順調に増加している。
物価は,賃金上昇率が低く,エネルギー価格が低下したことから,消費者物価で年率35%程度と総じて落ち着いている。
金利は,90年7月以降の一連の金融緩和により短期金利は急速に低下したが,長期金利は巨額の財政赤字の存在から低下幅が小さく,長短金利差が広がっていた。しかし,クリントンが大統領に選出されてから財政赤字削減に対する期待が高まり,また,物価も落ち着いていることから,92年末から長期金利は急速に低下して歴史的な低水準となり,長短金利差は縮まってきている。
経常収支は貿易収支の悪化から赤字が拡大している(第1-2-4図)。貿易赤字は景気回復に伴う資本財,消費財輸入の増加と日欧の景気低迷による輸出の伸び悩みから,92年初めより拡大しており,特に93年春から一段と拡大した。地域別にみると,NAFTA(カナダ,メキシコ)への貿易が輸出・輸入とも高い伸びを示しているほか,ECとOPECに対する輸出が減少していること,中国,日本,ECからの輸入が増加していることが特徴である。この結果,貿易収支はECに対する黒字が赤字に転じているほか,NAFTA,日本,OPEC,中国に対する赤字が拡大している(第1-2-5図)。
また,サービス貿易収支は,旅行関連収支や特許関連収支の黒字の拡大基調が続いていることにより,黒字が緩やかに増加している。また,今まで黒字だった投資収益収支は,最近やや赤字になっている。移転収支は91年前半には湾岸危機に関する各国の拠出金が流入したため一時的に黒字となったが,再び赤字に戻っている。
アメリカにおいては80年代後半に資産及び負債が急速に膨張したが,80年代末の資産価格の下落とともに,金融,企業,家計の各部門でバランスシートが悪化した。90年代に入ると各部門で改善が進められ,92年においても金利の低下という好条件下で更に改善が進んだ。以下でその特徴をみる。
商業銀行では92年に資産・負債ともに緩やかな伸びがみられた。緩やかな景気回復テンポと各部門でのバランスシート調整に伴い,銀行貸出に対する需要の低迷は続き,商業銀行の総資産は2.3%増加した中で,貸付残高は1.1%減少した。今回の景気回復局面の初期には「銀行の貸出姿勢の慎重化から企業に資金が流れない」という,いわゆるクレジット・クランチの問題が指摘されていた。しかし,①93年に入ってから銀行の貸出姿勢は現状維持からわずかに緩和されていること,②未使用の融資枠は92年の間に増加していることから,現在の銀行貸出の低迷は,貸出の抑制というよりは,むしろ銀行資金への需要が,93年に入りやや強まっているものの依然弱いことが原因と考えられる。
貸出残高が減少する一方,債券,なかでも財務省証券及び連邦政府機関の発行または保証のついたモーゲージ担保債券への投資はBIS規制による自己資本比率の向上の観点から積極的に行われ,資産増加要因の大部分を占めている。このように資産の伸びが低く推移する中では,資金調達も活発には行われず,負債残高は91年の1.0%増に続いて,1.4%増と低い伸びにとどまった。93年に入ってからも銀行のバランスシートは好転しており,93年第2四半期には不良資産に対する貸倒引当金の比率が99.8%に達するなど,改善が進んでいる(第1-2-6図)。
収益面をみると,短期金利が大きく低下する一方,長期金利が高止まりしていたことから,短期資金を調達し,中長期債で運用する傾向を強めていた銀行には極めて強い追い風となり,ネット利鞘は大きな伸びをみせた。また,不良資産の滅少から,資産償却額,貸倒引当金積立額ともに滅少し,その結果,92年の純利益は過去最高を記録した(第1-2-7図)。93年も第1四半期に四半期としては過去最高の109億ドルを計上したのに続き,第2四半期も104億ドルの純利益を計上しており(92年の各四半期平均は80億ドル)好調に推移している。
80年代後半にLBO(買収先の資産を担保に資金を調達する企業買収)や敵対的企業買収を防ぐ目的で自己株の買い戻しや株式の非公開が進んだことから,84年から90年にかけ株式発行による資金の調達はネットでマイナスとなっていた。しかし,91年にはバランスシート改善のため株式を発行し,その資金で過去に借り入れた高利率の銀行借入を返済する動き(レバレッジド・エクィティ)がみられ,92年にもこの流れは継続された。また,金利低下が進む中で,企業による債券の発行も活発に行われた。更には,投資家の高利回り債に対する需要に支えられて,92年に入リジャンク・ボンド(信用格付けは低いが,高利回りの債券)の発行も増加した。このように,企業は資金の調達先を間接金融から直接金融へと変化させていくことで,自己資本比率の向上や運転資本の強化に努めている(第1-2-8図)。しかし,自己資本比率は依然として低下傾向をたどっており,バランスシート調整の動きはまだしばらく続けられよう。
収益面をみると,製造業では経常利益の回復はみられるものの,新会計基準(注)の採用による影響等から,税引後利益の伸びは抑えられている。また,卸・小売業をみると93年初頭の売上高の落ち込みもあり,収益の伸びは低いものにとどまっている。このように,総じて企業収益は緩やかな改善となっている。
家計部門においては,可処分所得の伸びが低く推移するなか,消費者信用とホーム・エクイティ・ローン(住宅を抵当にしたモーゲージ・ローンであるが消費者信用的な性格を持つ)の残高合計の個人可処分所得比は期を追って低下しており,依然高水準であるもののかなり改善してきている(第1-2-9図)。ただし,個人貯蓄率(元本返済分は貯蓄と見なされる)は依然として4~5%で推移しており,負債返済の動きは著しいものとはいえない。
一方,負債全体をみてみると,住宅担保借入が金利低下の影響をうけて92年に入ってから大きく伸びたことにより,全体を底上げした。,これらの動きから,家計部門においては,流動的な債務を増やすことで消費を増やすという行動に慎重になっている反面,住宅等での資産形成に積極的になっているものと考えられる。また,資産運用の状況をみてみると,金利の低下と株式市場の活況から,銀行預金(決済機能を持つMMFを含む)が滅少し,投資信託の残高が大幅に伸びている。
これまでの結果をまとめてみると,バランスシート調整は総じて順調に進行しており,金融部門ではほぼ最終段階にあり,企業部門では依然進行中であるものの,かなりの進展がみられるため,設備投資は堅調に増加しつつある。相対的にみて,家計部門はやや遅れ気味であるが,改善してきており,個人消費も増加傾向にある。なお,金利の低下が,金融,企業部門のバランスシート調整に大きく寄与しており,今後も低位で安定することが重要である。
米国のマネーサプライは今回の景気回復が始まって以来,極めて低い伸びしか示しておらず,FEDのターゲットを下回ってきた(図1)。この原因については,本文でみてきたように各部門で行われているバランスシート調整が影響している。すなわち,①企業の資金調達先が銀行借入から債券・株式へと移ったことにより,銀行の信用創造機能が相対的に低下したこと,②企業・家計の資産運用において,預金等のM2内資産から,投資信託等のM2外資産へと資金が流れたことによる(図2)。
こうした状況をうけ,グリーンスパンFRB議長は7月の議会証言において,少なくとも当面の間,M2の政策指標としての位置づけを低下させている,と述べた。
今回の景気回復局面では,従来に比べて雇用情勢の改善が緩やがであることに大きな関心が持たれてきた。クリントン政権も2月の経済演説の中で,雇用の創出を重視した短期的な景気刺激策を経済政策の一つの柱として掲げるなど雇用情勢を重視している。
雇用情勢の改善が緩やかであるのは,消費等の需要面の伸びの弱かったこともあるが,その他に,リストラクチャリング(人員削減等),アウトソーシング(業務の外部化)等のアメリカ企業の雇用に対する態度が大きな要因として考えられる。そこで,前回と今回の景気回復局面における雇用動向の比較を行い,どのような変化があったのかを分析する。
非農業事業所雇用者数の景気回復局面における推移をみると(第1-2-10図),前回は景気の谷から8四半期で707.7万人の増加であったが,今回は景気の谷から同88.3万人の増加にとどまっている。更に,雇用者数が景気の山の水準を回復するまでのスピードを比較すると,前回は谷が深かったにもかかわらず,谷から4四半期で元に戻ったのに対し,今回は8四半期を要した。また,対GDP弾性値を採ると,前回は平均で0.85であるが,今回は0.25と低下している。このように景気回復と雇用の結びつきが弱くなっているといえる。
こうした変化の原因を探るため製造業とサービス部門に分けて雇用動向をみる。
まず,製造業の雇用動向をみると,前回の景気回復局面では134.9万人の増加に対し,今回は63.8万人の滅少となっている。雇用調整関数を推計すると(前回と今回の違いをみるため,期間を前半・後半に分けて推計),最近の雇用者の減少には付加給付コスト(医療費・年金等の福利厚生費)の影響が大きいことがわかる(第1-2-11図)。更に,①雇用コストの弾性値は前半に比べ後半は上昇しており,企業が雇用コストの負担に対してより敏感となってきていること,②生産要因の弾性値は前半に比べ後半は低下しており,生産増加と雇用者増加の関係が弱まってきていることがうかがわれる。このように,企業が雇用コストの負担を嫌い,また,生産の増加に直面しても雇用者増での対応を抑えるようになった原因として,雇用コストの上昇と機械設備価格の低下が挙げられる(第1-2-12図)。雇用と機械設備のそれぞれのコストの推移を追ってみると,特に付加給付コストの上昇が目立つ。この結果,労働者の受け取る実質賃金は低下しているが,企業の負担する実質雇用コストは上昇するという状況が生じている。このように直接生産と連動しない賃金以外のコストの上昇が起こったため,企業は雇用増に対して慎重な姿勢を示し,労働時間の延長等により対応しようとしているといえる。また,同時に雇用コストと比較して資本財価格が安価となってきたため情報関連機器等を中心とした設備投資の増加により生産増に対応するような変化が起こったといえる。このような傾向は政府の医療改革による企業負担の増大が予想されるため更に強まる可能性がある。
製造業を業種別にみると,前回は各業種共に順調に回復したが,今回は多くの業種で依然減少が続いている。木材,家具は住宅需要の堅調さを反映し,比較的好調である。一方,国防費削滅の影響もあり,輸送機械(特に航空機関連),計測機械において雇用の減少が目立っている(第1-2-13図)。
次にサービス業の動向をみると今回の回復局面においては,全体では比較的好調であるが,業種によってかなり相違がみられる。特に好調な業種として企業向けサービス,医療サービスが挙げられる。企業向けサービスに対する需要の増加は,近年のダウンサイジングやリストラブームの中で非効率なセクションを整理縮小し,それを外部に委託する動きが拡がっていることが背景にある。医療サービスに対しては,医療市場が景気に左右されない形で拡大していることから堅調な推移が続いている(第1-2-14図)。他方,金融・保険,卸売・小売の雇用は低調であり,ここでも情報関連機器の導入によるリストラが進行しているとみられる。
以上のような労働需要面の変化に伴い失業の内容にも変化がみられる。
失業率の推移をみると,前回は景気の谷に10.7%まで上昇したもののその後急速に低下した。しかし,今回は景気の谷以降,92年第3四半期にピークを迎えるまで,1年半も上昇を続けている(第1-2-15図)。93年に入り7%弱まで改善してきているが,今回の景気回復局面においては就業者が急速に増加して失業率が低下するというパターンがみられなかった。
更に,前回は失業率の低下とともに,労働力化率が上昇し,労働市場への参入が活発に行われたが,今回は労働力化率の上昇があまりみられていない。労働力化率は92年初めまでやや上昇したものの,その後は,失業率の低下にもかかわらず,労働力化率は低下しており,雇用改善の弱さから労働市場からの退出があったと考えられる。したがって,雇用の改善は失業率の数字でみる以上に弱い可能性がある。
次に,失業期間の構成をみると,27週以上の失業者の割合は89年初頭では10%程度であったが,92年第4四半期では20%を超えており,失業期間の長期化が進んでいる(第1-2-16図)。
また,職種別にみると,91年以降,経営・専門職といったホワイトカラーの離職者数が急速に増加しており,中でも中間管理職の失業が増加している。こうした状況の背景には,先に述べたコンピュータ等情報関連機器への投資の増大があるとみられる。反面,ブルーカラーの離職者数は80年代後半にかけてかなり減少したことにより,ホワイトカラーとブルーカラーの失業者構成比は93年に入りほば同数となった(第1-2-17図)。従来の雇用調整局面では,製造業ブルーカラーのレイオフが中心であったが,今回は業種・職種の区別なく雇用調整の波に洗われている。
今後,景気は緩やかに上昇していくとしても,大企業では人員削減がしばらく続く状態であり,雇用情勢の改善も緩やかなものにとどまるとみられる。
アメリカの景気回復の中で,設備投資は92年以降比較的堅調に推移しており,93年前半には前期比年率で2桁の伸びを見せている。そこで,以下では最近の設備投資の特徴を前回の回復局面と比較しながら検討する。
はじめに産業別の設備投資動向をみると,前回は製造業,非製造業ともに大幅なプラス寄与を示しているのに対し,今回は製造業の寄与がマイナスとなっており,全体の伸びを押し下げている(第1-2-18表)。非製造業の寄与度は前回に比べやや下回っているが,とりわけ商業その他で堅調な増加を示しており,全体を下支えしている。商業その他を更に細かく業種別にみると,今回の増加についても,前回同様に卸売・小売及び金融・保険で堅調に増加している。
全体の伸びが前回と比較し低下している背景としては,企業は,80年代後半以降,債務増大により悪化したバランスシートの調整を行っていたため,景気回復局面の初期においては,不良資産の償却・債務の返済を設備投資よりも相対的に優先せざるを得ない状況になっていたと考えられる。
製造業では,92年前半までは,能力増強投資である工業設備が前回と違って伸び悩んだことにより,寄与がマイナスになったと考えられるが,92年後半からは,バランスシート調整の進展を反映してややブラスになってきている。
一方,非製造業の卸小売及び金融・保険で堅調に増加しているのは,後述する情報関連機器の投資が増加しているためだi考えられる。特に,金融・保険においては金融の自由化・国際化による金融革新に伴いコンピュータ等の情報関連機器の必要性が高まっていることに加え,商業銀行の収益が急速に改善しているのが要因と考えられる。
次に,品目別の設備投資をみると,前回は構築物,機械設備ともプラスの寄与となっているのに対し,今回は機械設備のうち輸送機器及び情報関連機器の寄与が目立っている(第1-2-18表)。
輸送機器の増加は,92年後半からの自動車投資の増加によるところが大きく,抑えられていた買い替え需要の顕在化による需要増がその背景にあると考えられる。ここ数年自動車投資を手控えていた企業が,金利の低下と自動車メーカーの低価格戦略により買い替えに動きだしたものであり,特にトラックでの増加が顕著である。
一方,情報関連機器の増加の背景には,①企業が80年代後半以降の企業収益の低下からリストラの一貫としてコスト削減を行っていることと,②最近のコンピュータ価格の急速な低下があると考えられる。
なお,能力増強投資である工業設備については,①これまでのリストラ効果による企業収益の緩やかな改善,②金利低下という好要因もあることから,今後は増加してくるものと考えられる。商務省の設備投資調査では製造業の93年の計画が前年比3.4%(名目)となっているほか,製造業新規受注も徐々に増加し,また,製造業稼働率も徐々に上昇しているなど,工業設備が増加する条件がそろってきている。
最後に構築物設備投資動向をみると,前回は全体で大幅な伸びを示しており,特に商業用構築物の寄与が大きくなっているのに対し,今回は一転して全体で大幅なマイナスとなっており,中でも商業用構築物のマイナスの寄与が大きい(第1-2-18表)。
オフィスの空室率と建設支出額(対GDP比)の関係の推移をみると,78~80年では空室率が低下するに伴い建設支出額が増加してい乞が,81~85年では空室率が急激に上昇しているにもかかわらず建設支出額がなお増加している(第1-2-19図)。その後,86~89年では空室率の低下に伴い建設支出額の減少がみられたが,89年以降建設支出額が急激に減少しているにもかかわらず空室率が再び上昇しており,81~85年に生じた過剰ストツクの調整が未だに終了していないことを示している。
オフィス空室率は92年後半以降徐々に低下し始めており,また,商業用不動産の市況感も以前より良くなってきているため,最悪の時期は脱したものと考えられるが,依然空室率は高い水準にあり,構築物投資の回復にはまだ多少の時間を要すると考えられる。
冷戦の終了を受けて各国とも国防費削減にむけて動いているが,アメリカには軍産複合体と呼ばれる巨大な産業ネットワークが存在しており,国防費の削滅が各方面に多大な影響を与える。本文で指摘したように,国防費の削減は景気回復の抑制要因となっており,例えば,92年のGDP成長率(2.6%)に対して国防支出の寄与はマイナス0.4%となるなど,直接的な需要滅少効果だけをみてもかなり大きい。
国防支出の対GDP比は86年以降低下しており,現在では5%程度となつでいる。その内訳は給与4割,武器2割,その他(燃料等)3割となっているが,最近は削減の難しい給与の比率がやや高まってきている(図1)。武器支出の対GDP比をみると,武器の中で最大の支出項目である航空機支出がピーク時(86年)の半分になっている(図2)。
雇用への影響をみると,航空機や計測機器などの国防関連産業において減少が続いており,カルフォルニアなどで深刻な影響を及ぼしている。アメリカ労働省の報告によれば,92年~97年の間に国防関連の雇用が約186万人失われ,それは,政府(軍人)や製造業だけでなく,建設業,運輸業,卸売・小売・飲食業,サービス業などの幅広い業種に及ぶと予想されている(表)。
クリントン政権は国防産業の民生化やデュアルユース化(軍民共用化)を目指し民生転換のための労働訓練を充実するとしているが,コストより機能に重点をおく国防産業から常にコストを念頭に置く民生産業に転換するには時間を要するとみられる。
以上みてきたように,設備投資を中心に国内民間需要は増加傾向が定着してきており,バランスシートの改善もとりわけ金融機関で顕著に現れている。また,財政赤字削減計画が具体化したこと等を背景に長期金利の一層の低下が進む等,持続的な景気拡大の条件が整ってきている。
しかし,今回の景気回復を緩やがなものとしてきたいくつがの要因は,引き続き今後の景気動向に影響を及ばすと考えられる。第1に,バランスシートの改善はかなり進んできたといえるものの,家計や企業での改善はまだ十分とはいえない。第2に,企業の人員削減等のリストラクチャリングは,医療費増による雇用コストの増加等を背景に今後とも続くとみられる。また,第3に,財政赤字削減への取組みは,第2章第1節でみるように当面は経済にデフレ効果をもたらす。第4に,国防費削減は雇用等にマイナスの影響を与える。更に,第5に,80年代の旺盛な個人消費と住宅投資はベビーブーマ‐(46~64年生まれの相対的は人口の多い世代)が住宅や耐久消費財を購入する世代であったことも一因となったとみられるが,90年代にはこの要因がなくなってきている。
すなわち,①負債(Debt),②規模縮小(Downsizing),③財政赤字(Defi-cit),④国防(Defence),⑤人口構造(Demography)5といった,いわば5つのDともいえる要因は,その程度の差はあれ,力強い成長の制約となっている。したがって,アメリカ経済の成長は,今後,中期的にも緩やかな成長になると考えられる。