平成4年
年次世界経済報告
世界経済の新たな協調と秩序に向けて
経済企画庁
第4章 相互依存関係の広がりと深化
現在,北米地域において,アメリカ,カナダといった先進国と,経済の発展段階の違うメキシコが,一つの経済圏を構築しようという動きがみられるが,これは,相互依存関係の高まりの延長線上としてとらえることができる。
ここでは,80年代後半以降,急速に増加している米墨間の貿易,直接投資の動向,その背景をみるとともに,92年8月12日に米墨加の3か国が合意に達した,北米自由貿易協定(NAFTA)の概略を紹介することとする。
NAFTAの当事国である米墨加のそれぞれの貿易関係をみると,規模では米加間貿易が圧倒的に多いが,伸び率では80年代後半に米墨間貿易が米加間貿易を大きく上回っている。また,米墨貿易の中で製造業製品のウェイトが高まりつつあり,この傾向は特にアメリカのメキシコからの輸入において顕著である。
貿易と同様に米墨間の直接投資も80年代後半に急速に拡大しつつあり,アメリカからメキシコへの直接投資は製造業を中心としたものである。
ここでは,80年代後半に急速に増加した,米墨間の貿易,直接投資の動向をみることとする。
米加,米墨,墨加間の貿易総額(=輸出+輸入)を91年時点で比較すると,米加間が約1,788億ドルと圧倒的に多く,次いで米墨間が約652億ドルと米加間の約36%の規模となっている。これに対して墨加間は約25億ドルとはるかに規模が小さい(付図4-3)。
米加,米墨間の貿易に比べて墨加間の貿易の規模ははるかに小さいため,ここでは米墨,米加間の貿易の推移をみることとする。
アメリカの国別輸出の年平均伸び率をみると,86年から91年にかけて,対メキシコ輸出が対カナダ輸出を大きく上回っている。また,輸入も同様に,86年から91年にかけて,対メキシコ輸入が対カナダ輸入を大きく上回っている。(第4-2-1図)。
アメリカの貿易総額(=輸出+輸入)に占めるカナダ,メキシコのウェイトには,共にあまり大きな変化はみられないが,86年から91年の変化をみると,カナダが18.9%から19.2%と0.3%の上昇となっているのに対して,メキシコは5.0%から7.0%と2.0%の上昇となっており,ウェイトは依然として小さいものの,カナダを上回る上昇となっている(第4-2-2図)。
一方,メキシコの貿易総額に占めるアメリカのウェイトをみると,83年以降ほぼ一貫して上昇傾向にある。特に80年代後半のウェイト上昇は著しく,メキシコの貿易の対米依存度が高まっている(第4-2-2図)。
このように,米加貿易に比べて規模は小さいものの,米墨貿易は80年代後半に急速に拡大した。ここでは米墨貿易に注目し,その構造の変化をみることとする。
アメリカの対メキシコ貿易収支をみると,81年には44.4億ドルの黒字であったが,翌82年は輸入が増加する一方で,メキシコの債務危機等により輸出が大幅に落ち込んだことから,38.2憶ドルの赤字となり,83年には75.0億ドルの赤字と急速に悪化した。その後は徐々に改善の方向に向かい,特に80年代後半には輸出が輸入を上回る伸びとなったことから急速に改善し,91年には16.5億ドルの黒字と,81年以来の黒字となった(第4-2-3図)。
アメリカの対メキシコ輸出の品目構成は,食・飲料のウェイトが低下し,機械類及び輸送機械類のウェイトが上昇している等の変化がみられる。製品類を化学工業生産品,原料別製品,機械類及び輸送機械類,雑製品の合計と定義してそのウェイトの変化をみると,80年74.5%,86年80.6%,90年79.1%と上昇がみられる(第4-2-4図)。
また,対メキシコ輸出上位3品目のウェイトをみると,通信機器,配電機器にはあまり大きな変化がないのに対して,一番大きなウェイトを占めている自動車部品は89,90年と急激に上昇している(第4-2-5図)。
輸入の品目構成をみると輸出以上に大きな変化がみられる。80年に輸入の52.6%と半数以上を占めていた鉱物性燃料は,86年22.1%,90年17.8%とそのウェイトを大きく低下させたのに対して,80年には16.5%のウェイトに過ぎなかった機械類及び輸送機械類は,86年37.5%,90年44.7%とそのウェイトを大きく上昇させ,輸入のおよそ半分を占めるに至った。製品類のウェイトの変化を輸出と同様の定義でみると,80年31.2%,86年56.6%,90年65.3%と輸出以上に大幅な上昇がみられる(第4-2-4図)。
また,対メキシコ輸入についても上位3品目のウェイトをみると,最大の原油は90年時点では86年に比べて2.9%の低下となっている。これに対して,自動車は上昇傾向にあり,90年では7.2%と86年に比べて4.7%の上昇となっている。配電機器にはあまり大きな変化はみられない(第4-2-5図)。
このように,米墨貿易は輸出入ともに機械類を中心とした製造業製品のウェイトが高まりつつあり,その傾向はアメリカのメキシコからの輸入において特に顕著である。
米墨貿易が80年代後半に急速に拡大するとともに,米墨間の直接投資も80年代後半に急速に拡大した。
まず,メキシコの対外直接投資受入残高の構成比を90年時点でみると,国別にはアメリカが62.9%と圧倒的に多く,メキシコにとっては貿易と同様に直接投資の受入においてもアメリカとの結び付きは深い。業種別には製造業が62.3%と圧倒的に多く,サ―ビスが29.0%,商業が6.8%となっている(付図4-4)。
アメリカからのメキシコへの直接投資の前年差をみると,88年以降は急激な増加が続いており,直接投資の増加の大部分は製造業である。アメリカからのメキシコへの直接投資残高の構成比をみても,90年時点で製造業が73.4%と圧倒的に多く,アメリカからのメキシコへの直接投資は製造業を中心に行われていることがわかる(第4-2-6図)。
80年代後半の米墨間の貿易が拡大した背景には,まず,メキシコ経済の拡大が考えられる(付図4-5,および第1章-第2節-4「ラテン・アメリカの経済状況」の関連図表参照)。
前述のように80年代を通じて米墨貿易に占める製品類のウェイトが上昇しており,特にアメリカのメキシコからの輸入にこの傾向が顕著である。アメリカのメキシコからの製品輸入の拡大には,まず86年の原油価格の急落による鉱物性燃料のウェイトの低下が寄与しているものとみられる。鉱物性燃料のウェイト低下は86年に顕著であり,85年の41.6%から86年には22.1%へと急激に低下している。
しかし,原油価格が急落した86年以降も製品類のウェイトが上昇していることから,次のような諸要因もあると考えられる。
メキシコの輸出は70年代後半以降,原油に大きく依存していたことから,原油輸出依存体質からの脱却が図られてきたが,86年の原油価格の急落以降,その動きに弾みがつき,製品類のウェイトの上昇に寄与した。
また,80年代後半以降,アメリカからメキシコへの製造業を中心とした直接投資が急増したが,これも米墨貿易における製品類のウェイトの上昇に寄与しているものとみられる。自動車を例にとると,アメリカの自動車メーカーは,80年代後半に後述のマキラドーラの利用等により積極的な対メキシコ直接投資を行ったが,この時期にアメリカからメキシコへの自動車部品の輸出が増加すると同時に,メキシコからの自動車の輸入も増加している(第4-2-5図)。アメリカの自動車輸入台数をみると,対世界では86年に増加した後,87年以降は減少が続いているのに対して,対メキシコでは86年以降ほぼ一貫して増加している(第4-2-7図)。これらのことからアメリカの自動車メーカーが,メキシコヘ積極的に直接投資を行い,メキシコヘ部品を輸出し,メキシコで自動車の生産を行い,アメリカに輸入するといった産業内貿易構造が考えられる。
さらに,米墨貿易拡大の重要な要因として,80年代なかば以降大幅に進められたメキシコの対外自由化政策が考えられるが,これについては後で述べる。
アメリカからメキシコへの直接投資増加も,メキシコの対外自由化政策の影響が大きいものと考えられる。
自由化が進展する中で,メキシコの安くて豊富な労働力を利用することによりコストの削減,競争力の強化を図ることを目的として,また,拡大するメキシコ市場への期待等から,アメリカの企業が積極的に製造業を中心とした直接投資を行ったものとみられる。
メキシコにはすでに「マキラドーラ」と呼ばれる保税加工業が展開しており,外国からメキシコに無税で部品・原材料を持ち込み,再輸出する仕組みが出来上がっている。「マキラドーラ」に進出した企業は,電気・電子製品,繊維,家具,輸送機器部品等の業種であり,大半がアメリカ企業といわれる。
「マキラドーラ」に進出した企業数は特に80年代後半に急増し,「マキラドーラ」を通じた貿易も拡大しているため,「マキラドーラ」はアメリカからメキシコへの直接投資および米墨間の貿易の拡大に寄与したものと見られる(第4-2-8図)。ちなみに「マキラドーラ」貿易は,90年時点でメキシコの貿易総額の29%を占める規模となっている。
メキシコは元来,保護主義的政策をとっており,82年の債務危機に際して「輸入事前許可品目」の拡大,通貨の切下げ等の厳しい輸入抑制策をとった。
厳しい輸入抑制策は,輸入品の価格上昇,輸入原材料の供給不足による生産の縮小等の弊害をもたらし,輸出品の国際競争力の低下にもつながった。
累積債務が増大し国内経済が停滞するなかで,従来の保護主義的政策から市場開放型政策への転換が徐々に行われ,国際競争力の強化,経済の停滞からの脱却が図られた。貿易および外資に対する規制緩和が80年代なかばから行われ,一連の対外自由化政策がメキシコの貿易・直接投資受入の増大に大きく寄与するとともに,米墨間の貿易・直接投資の増大にも大きく寄与した。
メキシコでは80年代半ば以降,徐々に貿易の自由化が進められた。85年6月には,輸入の数量的規制から関税を通じての規制への政策転換が発表され,86年8月にはGATTへの正式加盟を果たした。その後も「輸入事前許可品目」の削減(付図4-6),関税率の引下げ・関税制度の簡素化,マキラドーラ企業が行う輸入に対する規制緩和等が行われた。
89年末には,厳しい輸入規制が行われてきた自動車について,外貨獲得額に応じた完成車の輸入を国内自動車メーカーに対して認める等の規制緩和が行われた。また,90年4月には輸入許可制によって保護されてきたコンピューターについても,国内メーカーが一定の条件を満たせば部品および完成品を輸入できる等の規制緩和が行われるなど,貿易の自由化が一層促進された(付表4-8)。
貿易と同様に,海外からの直接投資に対しても自由化が積極的に進められてきた。
84年2月に外資優先分野の明確化が行われた後,85年8月には対外債務繰延べ協定が調印されたが,この協定の中には「対外債務の株式化」を認める条項が含まれていた。「対外債務の株式化」は,①メキシコ(債務国)の債権を持つ外国民間銀行が,メキシコへの投資を行おうとしている投資家に対して,債権を額面を下回る価格で売却する,②投資家は買い取った債権をメキシコの中央銀行に額面に近い価格で転売し代金をペソで受け取る,③投資家は受け取ったペソをメキシコでの投資資金等に使用する,といったものである。
この「対外債務の株式化」には,債務国であるメキシコにとっては債務の軽減,直接投資の促進等の利点がある一方で,投資家にとっても投資に必要な資金が有利な条件で調達できる等の利点があり,その後の対メキシコ直接投資増加に大きく寄与した。「対外債務の株式化」は86年なかばに開始された後急増し,87年11月にはインフレ抑制のために,一時「対外債務の株式化」を中断するに至った。
対外債務繰延べ協定の調印後も86年9月の海外の中小企業による投資に対する規制緩和,87年のマキラドーラに対する規制緩和等の自由化が進められ,88年12月のサリーナス政権発足後も,自由化が一層促進された。サリーナス大統領は,経済の石油依存体質からの脱却,国際競争力の強化等を目標に掲げ,貿易の自由化,輸出振興,対墨直接投資の促進を積極的に進めた。
89年5月には外資法施行規則が公布され,外資進出の認可基準が明確化された。この施行規則には,一定の条件が満たされれば,外資100%でも承認される等の規制緩和措置が盛り込まれた(付表4-8)。
このような一連の直接投資に対する自由化を背景に,海外からメキシコへの直接投資は80年代後半に大幅に増加し,増加の大半をアメリカからの投資が占めた(第4-2-9図)。
これまで見てきたように,メキシコの対外自由化政策,メキシコ経済の拡大等を背景に,米墨間の貿易は80年代後半に拡大し,輸出入ともに機械類を中心とした製造業製品のウェイトが高まりつつある。また,直接投資も80年代後半に製造業を中心に拡大してきた。
現在,米,墨,加の3か国は北米自由貿易協定(NAFTA)締結を目指している。NAFTA交渉は,90年6月,米墨両政府が包括的自由貿易協定締結のための交渉を開飴することで合意したことから始まった。その後,91年2月にカナダも加わり,91年6月に第1回交渉が行われた。
この交渉開始時の経緯からわかるように,NAFTAは米墨間の関係が中心となるものである。80年代後半以降,貿易および直接投資が拡大し,相互依存関係を深めつつある米墨が自由貿易協定を締結しようとすることは,ごく自然な成り行きといえよう。
ここでは,NAFTAに対するそれぞれの国の反応を簡単に整理し,92年8月12日のNAFTA交渉をめぐる米墨加3国間の合意内容の概略を紹介することとする。
アメリカには,NAFTAによる米墨貿易の更なる拡大等を通じて,自国の輸出の拡大,雇用の創出等を期待する見方がある。一方で,メキシコの経済規模は米国に比べてはるかに小さく,米国の輸出に占めるメキシコのウェイトもまだ小さいことから効果があまり期待できない,また,生産設備のメキシコへの移管等による雇用へのマイナス影響も考えられる等,NAFTAに対して否定的な見方もあり,国内の反応も様々である。
これに対して,メキシコでは歓迎する反応が多い。この背景には,まず80年代後半以降の米墨間の貿易,直接投資の拡大により,貿易,投資の両面でメキシコにとってのアメリカの重要度が増していることがあげられる。また今後も,NAFTAにより貿易の拡大,さらに直接投資の増加により国内経済の活性化,インフラの整備等の期待ができること,メキシコ経済の自由化,近代化が一層進められるとの期待等から,歓迎する反応が多い。
カナダでは,メキシコ市場へのアクセスを確保できた等NAFTAを歓迎する反応がある一方で,カナダに対する直接投資がメキシコにシフトすることを懸念する等否定的な反応もある。
92年8月12日,NAFTA交渉がアメリカ,カナダ,メキシコの3国間で合意に至った。
ここではアメリカ側が発表した合意内容の概要を紹介するが(第4-2-1表),内容はメキシコの関税撤廃,自動車関連規制の緩和等,大半がメキシコの市場開放に関するものである。
今回の措置は,既に発効している米加自由貿易協定が基礎となっているため,カナダに対しても一部を除きアメリカとほぼ同様の措置がとられるものとみられる。
メキシコは産業の育成,輸入代替を促進するために,長年にわたり高関税,輸入許可制度を適用してきた。86年にはGATTに加盟し,メキシコは関税および貿易障壁の削減を開始し,その結果,86年から91年の間にアメリカのメキシコ向け輸出が対世界の2倍の速さで拡大するなど,2か国間貿易は飛躍的に拡大した。
8月12日のアメリカ側発表の合意案には,上記のような記述がNAFTAの背景としてとりあげられており,アメリカ側もNAFTAを米墨貿易拡大の延長線上でとらえているものとみられる。
アメリカはNAFTAの目的について市場を開放することにあり,閉鎖的な地域貿易ブロックを生み出そうとするものではないとした上で,NAFTAはGATTの規則に完全に合致するものであるとしている。
このように,アメリカはNAFTAが自由貿易の理念に逆行するものではないことを強調している。
しかし,NAFTAでは,自動車に対して米加自由貿易協定の50%を上回る62.5%の原産地比率が要求されるなど,排他的ともとれる動きがみられる。
また,今回の措置により,NAFTA域内国での関税面・非関税面での貿易障壁が低下する反面,域外国にとっての障壁は相対的に高まることとなる。アメリカ市場に対する依存度が大きいメキシコとアジア諸国を比較すると,域外のアジア諸国は域内のメキシコに比べて,今後,アメリカ市場に対するアクセス等の面で不利になる可能性がある(付表4-9)。現に,8月12日のNAFTA交渉合意発表後,アジア諸国の中には警戒感を示した国もみられる。
したがって,NAFTAが自由貿易の理念と相反するものにならないよう,今後の動向を注目する必要があると考えられる。