平成4年
年次世界経済報告
世界経済の新たな協調と秩序に向けて
経済企画庁
第4章 相互依存関係の広がりと深化
EC統合及び本章でみてきた東アジアと北米における相互依存関係の深まりは,いずれも国を越えた貿易,投資等の経済活動,人の往来を活発にし,規模の経済をベースに各国の比較優位構造を最大限に発揮しようとする動学的効率性の追求であるといえる。これによる競争力の強化と中長期的に高い成長の実現は,先進諸国が抱える構造問題の解決や市場経済移行国の世界経済への融合を容易にするといえる。
第1章第3節でみたように,ECでは93年1月に単一市場が誕生し,人,物,資本,サービスの域内移動が完全に自由化することになるが,生産性の高い地域への経営資源の集積により産業競争力が強化されることが期待されている。
92年9月までに,「域内市場統合白書」(85年)で示された非関税障壁等282項目のうち250項目がEC閣僚理事会での採択を終え各国での法改正審議に進んでいる。また,経済・通貨統合は,9月の欧州通貨危機により不透明感が現れているが,通貨統合達成のための経済条件の収束が進めば,低いインフレ率と低金利が実現し,競争力の一層の強化に資することとなる。
また,北米自由貿易協定(NAFTA)は,米墨加間の貿易,投資を通じた相互依存関係の深まりを背景にしており,こうした地域間の取引を制度的に保証することで,一層の貿易の発展を図るものといえる。
他方,日本,NIEs,アセアン,中国の沿海地域といった経済発展段階の異なる国・地域が連なる東アジア地域は,ECやNAFTAのようなフォーマルな地域経済圏の枠組みはないが,貿易,投資等の相互依存関係を深めながら,雁行的な経済構造関係の下で動学的比較優位を発揮し,ダイナミックな経済成長を続けている。また,アセアン各国では,アセアン自由貿易圏(AFTA)を創設し,域内の関税を引下げ相互依存関係を高めることを目指している。
このように地域的結びつきが深まる一方で,地理的に近接し,文化的共通性が高い地域と経済取引を深め,既存の地域経済圏をより広い地域経済圏へと拡大していく動きもある。地域経済圏の広がりは,市場経済が機能するための条件整備がある程度進んだ旧計画経済諸国との貿易,投資を拡大し,これら諸国の世界経済への融合を促進することも期待される。
91年10月にECとEFTA(ヨーロッパ自由貿易連合)が合意したEEA(欧州経済領域)設立条約では,一部の例外を除き,92年末を目途にEFTA諸国も関税及び非関税障壁等の撤廃を行うこととなっている。また,第3章でみたように,市場経済への移行を進める中・東欧諸国では,旧コメコン貿易が減少する一方で,EC諸国への輸出が増加している。91年12月には,中欧3国(ポーランド,チェコ・スロバキア,ハンガリー)とECの間で欧州協定(連合協定)が結ばれ,①政治対話の促進,②商品貿易の自由化,③サービス,資本,労働者の移動の自由化,④金融支援等がうたわれた。中欧産の農産物,繊維製品,鉄鋼等について今後5~10年かけてECの輸入制限や関税を撤廃すること等の合意が成立している。このように,EC経済圏は,周辺の諸国との関係を緊密化させてきている。
また,NAFTAの合意の中には,第三国の新規加入条項が設けられている。
新規加入国は原則として協定の規定を全面的に受け入れる必要があり,すぐには加入することは難しいとみられるが,自由化がかなり進展しているチリ等との間で自由貿易協定の交渉を進める動きもみられる。ブッシュ大統領は米州自由貿易圏構想を提唱し,これに沿うような形でブラジル,アルゼンチン,ウルグアイ,パラグアイの4か国による南米共同市場(通称メルコスール)等の自由貿易圏構想も生まれており,将来的には,NAFTAが米墨加3国から拡大していく可能性もある。
なお,東アジア地域においては,政治的な緊張の緩和や地政学的な理由から,これまでのどちらかというと点としての発展から,面としての発展へと変わりつつあるとともに,それが一つの面ではなく,重層的ないくつもの面が現在形成されてきている。本章第1節でとりあげた華南経済圏やインドシナ経済圏の他にも,中韓国交回復により実現性が高まっている黄海経済圏や,ロシア極東地域と北東アジア地域との環日本海経済圏の構想もみられる。
地域経済圏はこのようなプラスの面を持っている一方で,域外に対して閉鎖的なブロック化につながる懸念もある。
まず第1に,自由,無差別を原則とするGATTでも,域外国との関係が自由貿易圏設定前よりも制限的または高度でないという条件付きで,自由貿易圏を例外措置として認めているが,NAFTAやECには,この条件に反するおそれのある保護主義的な動きも一部にみられる。NAFTAでは,米加自由貿易協定に比べて自動車の原産地比率を高めるといった内容が含まれている。アメリカの国際競争力の低下が指摘され,また景気の回復が遅れている現在の状況下では,域外国に対して絶対的に高い障壁を設定するといった保護主義的な性格を強める可能性も考えられる。また,ECでは,半導体等ハイテク分野を中心に,日本,韓国,台湾等に対するアンチ・ダンピング課税等の差別的措置が問題となっている。このような保護主義的な動きに対しては,GATTを中心に十分な監視が必要である。
第2に,関税面・非関税面での貿易障壁の低下は域内の国にのみ適用されることから,域外国にとっての障壁は相対的に高まることとなる。自由貿易圏の意義は,交渉のまとめ易いグループから自由貿易を実現し,それを徐々に拡げていくというグローバリズムを補完するところにあり,特定のサービス分野等,NAFTAやECには,GATTのウルグアイ・ラウンドを先取りしている面もある。しかし,相対的障壁の高まりによる貿易転換効果が規模の利益を通じた経済の拡大による域外への貿易創出効果を上回るならば,グローバリズムの理念に反するといえる。また,全体として貿易創出効果の方が大きくなるとしても,一部の国に対しては貿易転換効果の方が上回る可能性があり,東アジア地域の中にはNAFTAに警戒感を示している国もある。
このような中,東アジアではマハティール首相が提唱したEAEC(東アジア経済協議体)構想のように人為的な統合を目指す動きもあるが,これが欧米の地域主義と対峙し,保護主義的な傾向を助長するようなものとなるならば望ましくない。地域経済圏がブロック化するリスクを抑えるためには,現在進められているGATTのウルグアイ・ラウンドを成功に導き,グローバルな自由貿易体制への信頼性を強化することが重要である。
地域的結びつきをグローバリズムの理念と調和した開かれたものとしていくという観点から東アジアをみると,これまでの東アジアのダイナミックな経済発展は,グローバリズムに基づく自由貿易体制に支えられてきており,地域的結びつきの強まりも経済的動機による自然発生的なもので域外に対して閉鎖的なものではない。すなわち,東アジアの経済発展のこれまでの特徴は,輸出指向型であり,このためにはより大きなマーケットを必要としてきた。また,それとともに,東アジア域内においても競争関係が大きく変化しており,そのため比較優位の変化に則し,ダイナミックに生産構造を変化させることを必要としてきた。現在東アジアでみられる幾つかの地域経済圏も,こうした生産構造を国の枠の中にとらわれることなく,近接地域へと拡げているものであり,これによってマーケットそのものを従来のものより小さくしようとするものではない。東アジア各地域で経済の自由化が進んでいるが,これが更に拡がれば,生産面における直接投資等を通じた依存関係,または面の広がりは,一つの経済圏の中にとらわれず,広く経済圏同士が結びついて,より大きなものに収束していく可能性を持っている。こうした特徴を生かしていくため,今後とも,地域内,および地域外との貿易・投資・資本・技術面での一層の相互依存関係を深めるとの観点から,各国は自由化の一層の推進や産業調整を進めていくことが重要である。
さらに,開かれた地域協力を進めていく場として,「アジア太平洋経済協力(APEC)閣僚会議」の役割が大きいといえる。APECには,昨年11月に成長著しい華南経済圏を形成する3つの中国(中国,台湾,香港)も加入し,アジア太平洋地域の主要な15の国・地域が参加している。本年9月の第4回閣僚会議では,事務局のシンガポールへの設置,各メンバーからの拠出による予算制度の設立に合意するなど,APECの制度面の整備も進みつつあることから,今後各ワーキング・グループ等の活動を通じて,協力が活発化していくことが期待される。また,域内貿易自由化について,中長期的な方策として賢人会議の設置,短期的な方策として関税率に関するデータベースのフィージビリティ・スタディを行うこと等が合意されるなど,具体的な取り組みが始まっている。
このような活動を通じて,APECは今後とも開かれた多角的自由貿易体制の推進・強化を目指していくことが期待されている。アジアの一員である我が国は,APECが開かれた地域協力の模範的モデルたる役目を果たすべく,APECの諸活動を引き続き一層推進することが必要である。