平成3年

年次世界経済報告 資料編

経済企画庁


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II 1990~91年の主要国の政策動向

第14章 中南米

1. メキシコ

メキシコのサリーナス政権は,88年12月に成立して以来,前デ・ラ・マドリ政権の路線を継続・強化し,財政・金融の均衡およびインフレ抑制を主眼とするマクロ経済運営を推進する一方,民間主導の開放的な市場経済体制の確立を目指した徹底的な構造調整策を推進している。こうした政策のもとで,現在メキシコでは高成長,インフレの抑制を実現する一方,財政赤字は縮小し,外資の流入も増加するなど,良好な経済パフォーマンスを持続している。

(1)マクロ経済安定化政策

サリーナス政権下のマクロ経済政策は,赤字財政の改善を目的とした財政政策と,インフレ抑制を主眼とした所得政策が柱となっている。

① 財政政策

財政政策では,公共支出の抑制等を通じて歳出削減を図る一方,税制改革による税収増を通じた歳入増強を目指している。特に税制については,課税ベースを拡大しつつ限界税率を引き下げることで税のディスインセンティブを払拭する方向で改革が行われており,歳入増加を実現している。

こうした政策を推進した結果,メキシコ政府の推定によれば,91年の財政赤字はGDP比で1.3%程度に縮小した模様である。また,91年11月15日国会に提出された政府の92年度予算案は,史上初の黒字予算案となっている。

② 所得政策

所得政策では,民間部門のインフレ期待の払拭を主眼に,前政権の賃金・物価の凍結協定(PACTO)を「経済安定・成長協約」と名称変更のうえ継続している。

この政策は,内容的には①公共部門の財・サービスおよび民間部門の基礎物資の価格統制,②最低賃金の統制,③為替レートの調整,を柱としており,89年1月の開始以来6回の改定を経て93年1月末までの継続が決定している。

こうした政策を推進した結果,メキシコのインフレは消費者物価上昇率でみて88年の114.2%から89年に20.0%,90年に26.7%と鎮静化傾向をみせており,政府の見通しによれば,同上昇率は91年に18.5%,92年には9.7%まで低下する見込みとなっている。

(2)構造調整策

メキシコではマクロ政策手段による不均衡の是正以外に,国内経済を開放的な市場経済体制に移行させる目的で,様々な分野で抜本的な構造調整策が進められている。

① 貿易政策

貿易面では,前デ・ラ・マドリ政権以降,輸出促進を主眼とした諸施策が講じられている。特に,80年代後半に原油価格の下落を主因に貿易収支が悪化した経験を踏まえ,工業品輸出を促進することによって安定的な輸出の伸びを確保することに重点がおかれている。

具体的には,輸出インセンティブを確保する観点から,輸入の自由化が進められた。前政権下では,輸入事前許可品目の削減等,輸入許可制の緩和が実施され,輸入許可制による輸入額の輸入総額に占める割合が83年の100%から85年には35%まで低下した。一方,関税についても,87年12月,①最高関税率の引き下げ(100%→20%),②関税率分類の簡素化,③最低関税率(10%)の適用範囲の拡大,等が実施された。現サリーナス政権においても90年には輸入許可制による輸入額の輸入総額に占める割合が更に14%まで低下するなど,政策路線は維持されている。

② 国営企業の民営化

前デ・ラ・マドリ政権時に,財政赤字と補助金削減の観点から開始された国営企業の民営化は,現サリーナス政権下でも継続されている。特に,現政権は国家部門の活動範囲をインフラ整備と社会支出に限定することを目指しており,90年5月に82年9月以来国有化されていた商業銀行の再民営化を発表するなど,積極的に民営化を推進している。

こうした民営化政策のもとで,82年末に1,155社あった国営企業は90年末で280社にまで減少し,財政に対する補助金負担は軽減されている。また,91年には40~80億ドルの民営化収入が見込まれているほか,海外からも60億ドル程度の資本流入が見込まれている。

③ 直接投資の自由化

サリーナス政権は,89年5月,外資規制法の運用規則の緩和を実施し,直接投資の自由化を推進している。具体的には,一定条件を満たせば,特定の規制業種(石油,電力,鉄道等)を除き,外資100%が認められたほか,1億ドル以下の投資については自動的に承認されることとなった。

政府はこうした外資規制緩和により,年間40億ドル程度の資本流入を見込んでいるが,91年上半期実績は21.3億ドルとなっており,ほぼ狙い通りで推移している。

④ 金融制度改革

金融制度改革は,政府部門および民間金融機関の強化に資する一方,民間貯蓄増強および貯蓄の投資への還流の円滑化にもつながるものとして進められた。従来,メキシコの金融部門では厳格な金利規制,高率の準備率,財政赤字ファイナンスの強制等を背景に,金利の調整が円滑に進まない面があった。このため,インフレの昂進期には,実質金利の低下を主因に資金の銀行部門からの逃避がしばしば発生した。前デ・ラ・マドリ政権では,こうした事態に対処するため,準備率の対象とならない銀行引受手形(BA)の発行を認可し,銀行の資金調達力を強化する一方,段階的な金利の自由化にも着手した。現サリーナス政権では,89年4月,①銀行の投資活動の自由化,②高率の準備率を廃止し,代わりに資産の30%を,中央銀行への預金または政府証券への投資に向けること,③6%の自己資本比率を義務づけること,等の一連の制度改革を行うなど,金融の自由化を推進している。

なお,現在交渉中の米墨加自由貿易協定(NAFTA)では,サービス部門の自由化の一環として金融・保険サービスの自由化が検討されており,アメリカ,カナダはメキシコの外資法改正を含む自由化を要求している。メキシコ国内では,国営銀行の民営化を推進している段階での同分野の急速な自由化に対する懸念の声もあり,政府は,同分野の民営化を推進するうえで現行外資法は充分に機能しているとの立場から,同法の更なる緩和に対しては慎重な姿勢を取っている。

(参考)


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