平成3年

年次世界経済白書 本編

再編進む世界経済,高まる資金需要

経済企画庁


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第2章 ソ連の再編成と東欧の経済改革

第2節 ソ連の再編成と経済改革の方向

ソ連は1917年のロシア革命以来,共産主義というイデオロギーと連邦制という形態で国家体制を維持してきた。しかし,91年の「8月革命」により,共産党は事実上解党され,従来の連邦制も崩壊するという歴史的な変化が生じた。

90年から91年にかけてすべての共和国が独立宣言又は主権宣言を行っていたが,「8月革命」を機にバルト3国(エストニア,ラトビア,リトアニア)は91年9月,正式に独立を達成した。他の各共和国も独立志向を強めているが,他方では何らかの政治同盟,経済同盟を再編成する動きが出ている。

本節では,旧来の連邦制の弱体化と共和国主権の強化の過程を整理するとともに,共和国間の経済関係の現状と各共和国の概要を述べる。そして最後に,今後の共和国と連邦中央との関係についてその方向を探ってみることとする。

1 ソ連の連邦制と政治民主化の影響

(旧来の連邦制)

ソ連の旧来の連邦制の基礎は,1922年の連邦条約で定められている。形式的には,連邦への加入・脱退の自由を有する共和国が自らの意思で連邦に参加し,各共和国,各民族は平等な地位を有することとなっていた(連邦憲法70条,72条)。しかし実際には脱退(独立)は不可能であり,全ソ連人口の51%を占めるロシア人が政治,経済,社会,学術,芸術等のあらゆる分野で指導的ポストに就き,他の民族に対する支配的な民族としての地位を占めてきた。共産主義イデオロギーで連邦体制を維持してきたソ連は,国内の民族問題は解決済みとしていたものの,現実にはロシア人と非ロシア人との間及び非ロシア人相互間で潜在的な民族問題を抱えてきた。このため85年以降,グラスノスチ(情報公開,表現の自由)で政治的意見表明が自由になると,非ロシア系の多数の民族や共和国は,ロシア人優位の連邦体制のあり方に対して反旗を翻し,各民族・各共和国の主権を尊重する新しい国家システムを要求するようになった。また,中央アジアのイスラム系の諸共和国は,宗教を否定する共産主義によって支配されることに対して強い反発を示してきた。他方,ロシア人にもロシア民族主義があり,西欧諸国やアメリカに対して強い対抗意識を持つ一方,東欧諸国やソ連内の非ロシア民族に対しては,これまで主導的な地位に立ってきた。

連邦制の弱体化と共和国の主権拡大の影響は,こうした連邦中央(=ロシア人国家)と共和国との対立だけでなく,共和国間の対立をも引き起こしており,非ロシア人同士の民族紛争が頻発している。これには,各民族・各共和国の歴史的・地理的な要因も強く影響している。89年以降に発生した非ロシア人同士の主な民族対立だけでも次のようなものが挙げられる。

こうした民族的な対立は,ソ連が新しい政治・経済システムに移行したとしても直ちに消滅するものではなく,大きな政治的混乱をもたらしかねないという懸念もある。

(政治の民主化と共和国の独立志向の高まり)

ペレストロイカは85年から始まったが,初期の段階で採用された経済改革は十分な成果を挙げることはできなかった。そこで,経済改革を成功に導くには硬直化した政治システムの改革が不可欠と認識されるようになり,88年中頃から大胆な政治の民主化とグラスノスチが推進された。しかしこうした政治改革は,社会主義の刷新に役立つよりもむしろ体制批判を活発化させた。国民は共産党中央集権による独裁政治・恐怖政治への反発から,急進改革派や民主派勢力を支持するようになり,こうした勢力が結集して反中央・反共産を掲げる共和国政権を形成していくこととなった。他方では,グラスノスチによる政治的意見表明の自由化により,それまで抑えられてきた民族問題がソ連全土で表面化した。非ロシア系民族を中心とする共和国では,反中央・反ロシアの民族的な共和国政権が次々と成立した。例えば,非共産系の民族的な政権が相次いで成立したバルト3国では,リトアニアとエストニアが90年3月,ラトビアが同年5月に独立宣言を行った。

こうした連邦と共和国との対立の中で,決定的に重要な意義を持ったのは,90年6月のロシア共和国の主権宣言である。これは,急進改革派のエリツィン・ロシア共和国最高会議議長(同年5月就任)の指導の下で行われ,共和国の主権が連邦の主権よりも優位することを公然と宣言したものである。このように,ソ連の中心部分を構成するロシア共和国が中央権力と対決する姿勢を示した意義は大きい。これ以後,現在に至るまでの過程は,共和国が連邦中央の権限を次々と奪取していくものとなる。90年から91年の間に,全ての共和国が,更には共和国内のいくつかの自治共和国や自治州までが,主権宣言又は独立宣言を行う事態となった。

連邦体制の崩壊を恐れたゴルバチョフ・連邦中央政権は90年11月,連邦と共和国との新たな関係を規定する新連邦条約の草案を公表し,共和国の主権拡大を認めつつも連邦体制の維持を図ろうとした。また,この時期から保守派の巻き返しが目立つようになり,ヤブリンスキー・シャターリン,ペトラコフ等の主要な急進改革派経済学者が次々と権力の中枢を去り,改革派のシェワルナゼ外相が「独裁が到来する」と警告して辞任した(90年12月)。91年に入ると,リトアニア及びラトビアへの軍事介入,マスコミへの検閲の一部復活,KGBの経済活動取締り権限の強化等の統制的手法を復活させた措置が実施された。

こうしたゴルバチョフ政権の保守化傾向に対し,3月から炭鉱ストが全土に拡大して同政権の退陣を要求し,エリツィン議長は同政権の打倒を呼び掛けるまでに対立が深まった。他方,こうした混乱状況に対して保守派は,ゴルバチョフ政権に圧力をかけて,場合によっては同政権を退陣させて,全土に非常事態宣言を布告し,より強力な政権の下で秩序回復に乗り出すべきとの姿勢を強めてきた。

こうした保守派の全面的な復権を懸念したエリツィン議長等急進改革派は,ゴルバチョフ政権と協調する方向に転換した。同年3月17日の連邦制維持の是非を問う全連邦レベルの国民投票にはロシア共和国を始め9共和国が参加し(バルト3国等独立派の6共和国は不参加),投票者の76%(有権者の61%)が賛成票を投じた。4月23日にはこの9共和国代表と連邦大統領との間で共同声明(9+1合意)が発表され,連邦の再編成を目指すこととなった。この合意の下で,新連邦条約の草案が数回にわたって修正され,最終案が8月20日に連邦とロシア,カザフ,ウズベクの各共和国との間で調印される運びとなっていた。

しかし,新連邦条約の最終案は,当初の草案に比べて共和国の権限が著しく強化されており,連邦の主要な権限のかなりの部分が共和国に移される内容となっていた。これにより権力基盤を失うことになると判断した保守派は調印の前日である8月19日,クーデターを決行した。しかし,このクーデターは失敗に終わり,その反動で共産党・保守派は壊滅状態に陥った。共和国は相次いで独立宣言を行い,9月6日にバルト3国は独立を達成した。こうして保守派による改革の妨害という障害はなくなったものの,旧来の連邦制も崩壊し,今後旧ソ連地域にどのような政治・経済関係を再構築していくかが模索されている。

2 共和国間の経済関係

(共和国間の産業構造)

これまで連邦を構成してきた15共和国(含バルト3国)の産業構造をみると,共和国間で分業体制がとられており,各共和国は特定の品目の生産に特化している(第2-2-1表)。このような分業体制は,コメコンにおける国家間の分業体制と同様の考え方に基づいているとみられる。共和国の生産が特化している例をみると,ロシア共和国は石油,天然ガス,製材等の原燃料や海産物の比率が高く,ウズベク共和国は綿花,綿繊維の生産が著しく高いといった特徴がみられる。

こうした産業構造のため,共和国間相互の経済的依存関係は非常に強いものとなっている。各共和国の輸出を他の14共和国向けと外国向けに分けて,それぞれを各共和国のNMP(物的純生産)比でみると,いずれの共和国においても,他の14共和国向け輸出の比率が,外国向け輸出の比率を,大幅に上回っている (第2-2-2表)。更に,10の共和国では,他の14共和国向け輸出のNMP比率が5割を超えており,バルト3国も6割を超える高い比率となっている。したがって,連邦が名実ともに崩壊した場合には,共和国経済が受ける打撃は,非常に大きなものとなる。

共和国間の取引価格をみると,IMF・世界銀行・OECD・欧州復興開発銀行の4機関がソ連経済に関して行った調査報告書によれば,共和国間の貿易収支を国際価格で調整した場合,ロシア共和国は最大の経済的利益を得る一方,バルト3国を始め他のほとんどの共和国は経済的損失を被ることとなる (第2-2-3表)。これは従来,ロシア共和国が石油,電力といった燃料・エネルギーを国際価格の3分の1程度の低価格で他共和国へ供給してきたことによる。すなわちソ連では,共和国間分業体制の下での価格は,経済力の弱い共和国への援助という政策的意図が折り込まれていたため,しばしば生産コストとは無関係に安く設定され,国際価格とかい離したものとなることが多かったという事情がある。

(連邦及び共和国の財政構造)

次に,財政という観点から連邦と共和国のつながりをみておく。ソ連の国家予算は,連邦予算と共和国予算に分けられる(第2-2-4表)。89年でみると,連邦予算の歳入は1,666.2億ルーブル,歳出は2,558.2億ルーブルで連邦の財政収支は892.0億ルーブルの赤字となった。他方,全共和国合計の予算の歳入は2,549.4億ルーブル,歳出は2,464.8億ルーブルで,共和国の財政収支は84.6億ルーブルの黒字となった。この結果,連邦と共和国の双方を合わせた国家財政の収支は807.3億ルーブルの赤字となり,これは同年のGNP比で8.6%となる。

連邦の歳入のうち84.6億ルーブルが全共和国の歳出から移転され,他方,全共和国の歳入のうち112.1億ルーブルが連邦の歳出から移転された。したがって,連邦と全共和国との間・の移転は,収支尻でみて連邦が27,5億ルーブルの赤字,共和国は同額の黒字となる(連邦から共和国への27.5億ルーブルの純移転)。

共和国別にその財政構造をみると,ロシア共和国は,全共和国から連邦への移転84,6億ルーブルのうち50.9億ループル(60.2%)を負担する一方,連邦から全共和国への移転112.1億,ルーブルのうち29.4億ルーブル(26.2%)しか受け取っておらず,同共和.国の移転収支は21.5億ルーブルの赤字となっている。

その他の共和国の移転収支は,白ロシア,エストニア,リトアニアがわずかに赤字となっている以外はおおむね黒字となっている(アルメニアの黒字が特に大きいのは88年の大地震に対する復興資金の供与があったためとみられる)。

共和国間の所得移転については,以上のような財政を通じる直接的な所得移転ばかりではなく,先に述べたような共和国間の分業体制に基づいた価格補助のような間接的な所得移転も存在する。各共和国の政治的独立の動きはますます活発化しているが,ロシア以外の共和国にとっては,連邦崩壊による経済的影響は,マイナス面の方が強いものとみられる。

3 各共和国の概要

ソ連は100を超える民族から成る多民族国家である。各民族・各共和国は歴史的な経緯や地理的状況の違いから,政治的・経済的立場を異にしており,また,今後の目指す方向についても必ずしも一致していない。したがって,今後のソ連の体制がどうなっていくかを見通す上で,各共和国の概要を理解しておくことが必要とみられる (第2-2-5表)。

(1)ロシア共和国

ロシア共和国は全ソ連の領土の76%,人口の51%を擁し,膨大な天然資源を有している。このような観点からみても,ロシア共和国はソ連経済の中心的存在である。共和国内の民族構成をみると,ロシア人が82%を占めており,非ロシア人を中心をする16自治共和国,5自治州がある。ロシア共和国では,自らの貴重な資源を他の共和国へ安く供給して支えている,とする考えが根強い。

これは原材料価格が人為的に低く抑えられているためであり,仮に国際価格で他の共和国に供給すれば,ロシア共和国の財政は大幅な黒字になるとの試算もある(前述)。このため,ロシア共和国としては,各共和国が独立国家または完全な主権国家となった上で,ロシア共和国と国際価格による2国間経済協定を結ぶことが自らの経済的利益に最も適うものであるとしている。

(2)ウクライナ共和国

ウクライナ共和国は,ロシア共和国に次ぐソ連第2の経済力を有する(ソ連のNMPの16%を占める)。一大穀倉地帯を抱え,農産物をモスクワ等都市部へ供給している。ロシア人と同じ東スラブ系民族でありながら,スターリンの農業集団化政策が強行された際に数百万人の農民が餓死した経緯から反ロシア感情が強く,独立への願望も高まっている。独自通貨の発行を示唆するとともに,農産物の共和国外への持出しを禁止する「囲い込み」を実施し,連邦憲法の廃止を主張するなど,独立を目標とした動きを強めている。

(3)白ロシア共和国

白ロシア共和国は,ロシアとポーランドの間に挟まれ,北にはバルト3国,南にはウクライナが位置する。白口シア人はロシア人,ウクライナ人と同じく東スラブ系民族に属し,工業,農業ともソ連では比較的水準の高い方である。

ロシア人とは最も協調的な民族とみられてきたが,91年4月の小売価格引上げの際には,炭鉱だけでなく一般工場の労働者も大規模な反対のストを強行した。また,同年8月のクーデター事件後にウクライナが独立宣言を行ったことに触発されて白ロシアも独立宣言に踏み切った。ウクライナが独立を目指してロシアと激しく対立する中で,白ロシアは両者の間で微妙な位置にある。もし白ロシアがウクライナの独立を支持すれば連邦の崩壊は深刻となる反面,ロシアと協調しつつロシア・ウクライナ間の橋渡し役として連邦を維持する役割を果たすことも可能な立場にある。

(4)カザフ共和国

カザフ共和国は,中央アジアに位置し,ロシア共和国に次いでソ連第2位の領土(12%)を擁し,人口でもソ連第4位(6%),を占める。共和国人口に占めるロシア人の比率は38%と高く,カザフ人(トルコ系,イスラム教)の40%にほぼ近いものとなっている。連邦中央から共和国への分権化の流れの中で,中央アジア地域の取りまとめ役としてリーダーシップを発揮するとともに,ロシア中心主義に走りがちなロシア共和国を牽制する役割を果たしている。ただし,カザフを含む中央アジア地域の5共和国は,新たな連邦システムの構築には協力的であり,カザフ自身は独立宣言を出していない(主権宣言のみ行っている)。新連邦がスラブ=ムスリム連合といわれるのも,ロシア,ウクライナ,白ロシアのスラブ系国家と,カザフを始めとする中央アジア地域のイスラム教国家が中心となるためである。カザフは,新たな連邦におけるアジア部の重要なセンターとして,今後の役割が期待されている。

(5)中央アジア地方の共和国及び外カフカス地方の共和国

中央アジア地方の共和国(カザフの他,ウズベク,トルクメン,キルギス,タジク)は生産物が特化しているため,ソ連各地域との経済関係を断って独自の経済単位として自立することは困難である。したがって,連邦に参加することには大きなメリットがある。また,中央アジア地方でもウズベク,キルギス,タジクが独立宣言を行っているが,独自には西側からの経済支援を受けることが難しいため,経済共同体への加盟だけでなく,政治同盟にも加盟することで,連邦システムの国際的な政治力を活用していく姿勢を示している。

外カフカス地方のアルメニア共和国,アゼルバイジャン共和国も,独立への要求は強いものの,中央アジアと同様の理由から現状では経済共同体とともに政治同盟にも参加する方針をとっている。

(6)今後,独立を目指す共和国

グルジア,モルドバといった共和国は,強硬に今後の独立を目指している。

グルジアは外カフカスの地でロシア人よりも古い民族的な歴史を持ち,モルドバは第2次大戦時にルーマニアの旧ベッサラビア地方がソ連に割譲されたものである。こうした経緯から,既に独立したバルト3国と同様に国際法上の国家としての地位を獲得することを最終目標としており,連邦国家内にとどまる意思はない。ただし,経済面ではソ連(特に原燃料供給の源泉であるロシア共和国)との関係を断絶して自立できる状況にはない。したがって,新連邦条約の締結による政治同盟には参加せず,ソ連内の他の共和国との2国間協定の締結等により経済関係を維持する方向を模索している。

(7)バルト3国

バルト3国(エストニア,ラトビア,リトアニア)は,1939年の独ソ不可侵条約の秘密議定書(モロトフ=リッペントロップ密約)によりソ連に併合された経緯を有している。これら3国は,グラスノスチによって民族運動が活発化するにつれて,ロシア人中心の連邦中央政権に対し,積極的な独立運動を展開した。経済的な利害関係については,ソ連側は,ソ連からの投資と経済資源の供給によってバルト3国の国民はロシア人より良い生活をしていると主張しており,他方バルト3国側は,もしソ連による併合・共産化がなければバルト3国は北欧諸国並みに発展していたはずだと主張している。ただし現状では,政治的独立を達成したバルト3国も,経済的にはソ連(ロシア共和国)の資源に頼らざるを得ない状況にある。

4 共和国と連邦中央との今後の関係

「8月革命」後のソ連では,旧来の連邦体制に代わる新たなシステムの形成が模索されている。政治的には,新連邦条約の締結による新しい政治同盟(国家連合)の構築が,経済的には,経済共同体条約の締結による共和国間の新しい経済関係の構築が進められている。更に,各共和国においては,市場経済への移行を目指した新たな経済改革のプログラムが策定されつつある。

(新しい連邦制の模索)

91年8月の保守派によるクーデター失敗後,ほとんどの共和国が相次いで連邦からの独立を宣言するとともに,これまで中央集権体制を支えてきた共産党が壊滅状態に陥り,共産主義イデオロギーで国家を維持してきた旧来の連邦体制は崩壊した。ソ連の新たな最高意思決定機関である国家評議会(連邦大統領及び15共和国代表により構成)は,9月6日の第1回会合でバルト3国の独立-を承認した。また,同会合で独立の認められなかったグルジア(91年4月に独立宣言)はソ連との全ての公式関係を断絶することを宣言した。モルドバも独立を目指して強硬な姿勢を続けている。残る10共和国は,新たな連邦システムの形成を支持している(9月1日の共同声明)が,ウクライナでは連邦憲法は不要と主張するとともに,今後の独自通貨の発行を示唆し,農産物の他共和国への輸出を禁止する「囲い込み」を実施している。このような物資の囲い込みはグルジア,モルドバでも行われている。

共和国の独立志向は,①共和国間の国境問題,②共和国内の少数民族の分離・独立問題,③自治共和国,自治州の共和国への格上げ問題,といった領土問題を含む新たな民族問題を発生させやすくしている。こうしたことから,政治・経済面での新たな連邦システムの構築は容易でないものとみられる。

91年9月2日から5日にかけて開催された連邦の人民代議員大会では,新連邦条約締結までの連邦中央の機関として,①再編された最高会議(連邦会議と共和国会議の2院制),②最高意思決定機関である国家評議会,③内閣的機能を有し,共和国間の調整を行う共和国間経済委員会,の設立が承認された。国家評議会はすでに機能しており,旧連邦内閣に相当する共和国間経済委員会の委員長にはシラーエフ(前ロシア共和国首相)が就任した。

(経済共同体条約の狙いと主な問題点)

一方,経済的な面における旧連邦システムに代わる新しい枠組みとしてその策定が急がれてきた経済共同体条約 (第2-2-6表)は,91年10月18日に8共和国によって調印された。また,この時点においては調印を拒否していたウクライナ,モルドバも11月6日に(こ調印を行った。残る共和国も現時点では調印を見送っているものの,一部の共和国は今後調印する可能性がある。

同条約では,各共和国の権限が従来に比べて一段と強化されたものとなっている。経済共同体は,旧来の連邦システムの崩壊により生じた経済的混乱を是正し,共通市場の創設と共同の経済政策の実施を目的としている。しかし,同条約におけるいくつかの条項については,連邦権限と共和国権限との調整,共和国間の経済政策の調整等を巡り,以下のような不確定な点もある。これらの点については,今後策定が予定されている20種程度の付属協定により,その細目が規定されるとみられる。

(1)通貨・金融制度

同条約は,加盟国内ではルーブルを共通通貨とする一方で,経済共同体の通貨制度の利益を損なわないという条件付きで加盟国の独自通貨の発行を認めている。このように共和国の独自通貨の発行を認める場合,通貨の発行総量が適切に管理できるかどうかは,今後大きな問題となる。また,独自通貨と共通通貨との交換レートをどのように定めるのか,共和国間貿易の決済通貨としていずれの通貨を使用するのか,等も今後の課題となっている。加えて,ウクライナは通貨に類似したクーポンを既に発行し,これが独自通貨の機能を果たしており,更に今後の独自通貨の発行を示唆している。また,独立したエストニアは,既に独自通貨の印刷を完了している。

また同条約では,連邦中央銀行を除き共和国中央銀行が銀行同盟を設立し,共通の金融政策に当たるとされており,金融政策の運営に関する連邦の役割は規定されていない。

(2)財政制度

同条約は,各共和国の財政赤字の調整を行う制度を提案している。また,経済共同体の歳入は加盟国からの納付金でまかなうこととしており,従来の連邦税に相当する項目は存在せず,経済共同体の機関による直接的な徴税権を否定した。加盟国ごとに財政が独立したものとなるため,各加盟国の財政収支尻について,経済共同体としでどのような調整を行うのかが注目される。

(3)対外債権・債務の帰属

同条約は,経済共同体が旧連邦の対外債権・債務の法的継承者であると規定している。経済共同体への加盟国は共同で対外債務の履行に参加する義務を負い,加盟しなかった国は経済共同体との間で債権・債務の清算を行わなければならない。このため,共和国間での外貨の割当方法や既存債務の分担についての調整には,困難が予想される。

また,今後の経済共同体の対外債務について,各共和国がどのように返済責任を負い,どのような返済システムによって責任を履行するのが,現状では明確となっていない。

(4)生産の分業体制に伴う問題

前述のように,旧連邦体制の下では各共和国間で生産物の特化が著しく,,共和国間の価格は国際価格に比べて著しく低いという状況がある。したがって,一時的な措置として加盟国間で取引価格,供給の保証等について,合意が必要となろう。

(今後の経済改革の方向)

91年8月の保守派によるクーデター失敗以降,ソ連の改革を後戻りさせないためにも急進的な市場経済への移行が不可欠との認識が強まっている。このため,ソ連の経済改革を進めていくプログラムとして91年6月に公表されたいわゆるヤブリンスキー=ハーバード案(「Window of Opportunity」)が,注目されてきた。同案における経済改革の特徴は,西側からの金融支援等を受けつつ,改革を比較的速やかに実施していこうという点にある。

その後,ヤブリンスキー=ハーバード案は,10月16日のIMF・世銀合同総会にヤプリンスキーによって提出された「全体主義システムの遺産を克服するソ連経済」と題する報告書にも基本的に受け継がれている。同報告書は,経済改革プログラムを3段階に分けて実施するものとなっている。主要な点としては,まず第1段階は準備段階であり,①経済安定化・自由化を目指した経済共同体と共和国間協定の枠組みの形成,②共和国間の協力あるいはソ連とIMF等国際機関及び他国との密接な協力,を緊急に行う必要がある。第2段階は,改革プログラムの実施段階であり,①マクロ経済安定化のため,銀行システムの再編,軍事費,補助金,社会保障の削減による財政赤字抑制,②広範な価格自由化と労働市場の自由化,③ループルの交換性回復と外国貿易・共和国間貿易の自由化,④民営化,非独占化の推進,⑤衝撃を吸収する暫定的措置として住居,公共交通,賃金の物価スライド制,基礎食料品等への補助金の維持,等を行う。第3段階は,長期的な制度的・構造的改革が主な目標であり,①民営化や経済の民営セクターの促進,②労働市場,住宅市場,金融市場の創設,③国内投資の活性化と外国投資促進のための環境整備,等が推進される。

ヤブリンスキー=ハーバード案や上記報告書はもともと極端な市場分割には否定的であり,全ソ連の統一的市場と統一通貨の必要性を強調している。こうした考えは経済共同体条約にも反映されており,その43条において,個別共和国の権限よりも,共和国全体の意思を反映するものとして,経済共同体の中央の権限に優位性を持たせている。市場経済への移行期においては,全体としてある程度の秩序を持った統一的な経済システムが必要であるとの認識によるものと考えられる。

(今後の見通し)

経済共同体条約により,連邦と共和国あるいは共和国間の新たな経済的関係が規定されることとなった。これは,連邦の新しい経済関係の形成に向けての大きな第1歩と評価される。ただし,具体的な政策の調整については,各種の個別協定等において今後更に合意作りを行うことが必要である。

更に,政治的な面におけるソ連の再編成についても,今後交渉が行われる予定となっている。政治同盟の基礎をなす新連邦条約は,91年中の締結を目標に準備が進められている。同年8月20日に連邦とロシア,カザフ,ウズベクの各共和国との間で調印が予定されていた条約案(前日のクーデター事件により棚上げ)よりもさらに共和国の主権が強化され,新国名も「自由主権共和国連邦」(ロシア語の略称は従来と同じCCCP)となるなど,緩やかな国家連合となる可能性も指摘されている。こうした流れの中で,連邦大統領の直接選挙と新連邦憲法の策定が今後の議題に上ることとなるとみられる。

以上のように,政治と経済の両面において,ソ連は依然流動的な状況にある。しかし,ソ連あるいは共和国の市場経済への移行と世界経済への統合化は,もはや後戻りできないところまできているものとみられる。実際10月には,エリツィン・ロシア共和国大統領が,財政赤字の削減,価格の自由化,国営企業の民営化等を含む共和国経済改革プログラムを発表した。特に価格自由化については,一部の基礎食料品を除くという例外はあるが,91年中に実施するとしている。経済改革の前途には困難な課題が多いが,これを克服し,前進することが望まれる。また,その正否は世界経済の安定的発展にとっても極めて重要であり,西側諸国としても適切な支援を行うことが必要であろう。