平成2年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1989~90年の主要国経済

第7章 東ヨーロッパ:90年下半期以降緊縮政策を緩和

5. ブルガリア:90年末ルカノフ内閣総辞職

(1)概  観

89年末,共産党長期政権(ジフコフ書記長)が自ら退く(後任ムラデノフ)という比較的穏便な形で政治変革を迎えたブルガリアでは,90年に入り政治面で大きな変化が続いた。6月に総選挙が実施され,社会党(旧共産党)が過半数の議席を獲得した。しかし,その結果を不服とする野党・学生等のデモは,ムラデーノフ大統領を辞任に追い込み,野党・民主勢力同盟代表のジェレフ氏が後任となった。そして再度ルカノフを首相とする内閣が組まれ経済改革計画が発表されたが,野党側の協力は得られず,11月末全国に拡がったストライキによって,ルカノフ内閣は総辞職となった。12月20日,無党派のポポフ氏を首班とする連立内閣が発足した。

経済面では90年については,工業生産の10%以上の落ち込みと農業生産の不振により,生産国民所得は10%を超える低下が予想される。対外貿易でも,ソ連を初めとするコメコン諸国経済の急速な落ち込みやソ連からの石油供給削減によってコメコン貿易が大幅に縮小するとともに,西側との取引も減少したため,貿易額は2割を超える減少となろう。小売価格は,相対価格調整過程での大幅な値上がりを見せていることに加え,賃金の物価インデクセーションが存続しているため,改革の進展が遅れれば,今後急速なインフレが発生する可能性も強い。また生産減少等から失業も90年中に7万人を超え,企業改革が本格化する91年には20万人に達するとの見方もある。対外債務では,90年3月に一方的にモラトリアムを通告したことから西側銀行の信用を失い,その後のリスケジュール交渉が困難となっている。経済改革では,11月10日から「100日プログラム」が開始されたが,政情の混乱は改革の進展にも重大な影響を与えよう。

(2)生産

工業総生産は89年には1.1%増と僅かながら増加したが,90年に入ると減少に転じた。1~4月期は機械,金属,化学,石油精製,食品加工等を中心に前年同期比8.5%減少した。続いて1~8月期には,原料不足,非能率工場や環境汚染企業の閉鎖等により,前年同期比9.7%減少した。特に,石油化学,鉄鋼,コークス,電力,工作機械等で生産低下が目立った。90年全体では減少幅は10~12%に達すると予測されている。

一方農業では,89年農業総生産が前年比0.4%減となった後,90年も旱魃やトルコ人労働者(主として畜産に従事)の帰国等の影響から減産基調が続いており,1~7月期には,野菜,果実の生産落ち込みや豚を除く家畜頭数の減少がみられ,牛乳生産は前年同期比1.5%,卵は同5.9%それぞれ減少した。また,小麦も90年全体では約22%の減産となるとみられている。

(3)賃金・雇用

非農業部門の平均賃金は,1~4月期前年同期比4.4%増,1~7月同19.4%増と推移し,90年全体では20%程度の伸びが予想されている。生産の不調に対して賃金が高い伸びを示している背景には,賃金の物価インデクセーションの存在がある。これが失業増やインフレの深刻化にも繋がっていることが考えられるため,政府は賃金抑制の必要性を認め,各国営企業に割り当る賃金フォンドに上限を設定する案等を検討している。また民営化の進展とともに将来的には賃金決定は労働市場に任せていく方針である。

また失業者数は,6月末現在2.3万人,7月末現在3.7万人,10月20日現在5万人,失業率約1%と増加を続けており,90年末には7万人に達するものと予測されている。

(4)物価

90年2月には,野菜・果物価格の一部自由化が実施され,3月には19種類の商品・サービスの価格自由化が決定された。こうした価格改訂により,生計費指数は6月前月比で4%上昇した。内訳をみると,野菜価格が約20%下落したものの,食料品全体では0.4%の上昇,その他の商品は4.6%,サービス価格は4%上昇している。続く7~10月間にはガソリンの大幅な値上げ等により約30%と大幅に上昇し,12月には前年同月比100%を超えた上昇が予想されている。

なお価格自由化品目の比率は91年中には60%まで引き上げられる予定である。

(5)対外貿易

対外貿易では,90年は輸出入とも大幅な減少となった。

90年1~9月の外貨レフ建てデータをみると,輸出は前年同期比24.3%減,輸入は17.1%減となり,貿易収支は,前年同期(5.9億外貨レフの黒字)より8億外貨レフ悪化し,2.2億外貨レフの赤字に転じた。

まず輸出をみると,地域別では(第7-1表),82.7%と最大のシェアを占めるコメコン向けが最も大きく減少しており,前年同期比26.5%減となった。また西側先進国,途上国向けもそれぞれ17%減,5.2%減と減少している。品目別にみると,工業機械設備,加工食品,工業消費財,といったシェアの大きい品目で,それぞれ24.2%,26%,28.6%と大きく減少している。このように,1~9月の輸出不振は,これまでの主力であった機械設備等のコメコン諸国(主としてソ連)向け輸出が,それら諸国の経済停滞等によって大幅に減少したこと,及びこの減少を補うような動きが現れてこなかったことによるものといえる。

次に輸入では,地域別にみると(第7-1表),対西側先進国が26.3%と最も減少している。また,対コメコン諸国,対途上国も,16.1%,10.6%と大幅な減少となっている。この結果,輸入全体に占めるコメコンの比率は0.9ポイント上昇して75.7%となり,西側先進国は1.8ポイント低下して14.6%となり,ポーランド等とは異なる動きとなっている。

このように,90年の対外貿易不振は,従来からのコメコン中心の構造を変革できなかったことがその主な原因と考えられる。

また,対外債務も89年末の100億ドルから増加を続けており,3月末には西側債権銀行に対し,一方的に債務返済の一時凍結を要請した。6月末には103.8億となっており,大手債権国はドイツ(18億,日本(14億)である。このうち利子返済については,ブルガリア外国貿易銀行ど同国に対する債権銀行諮問委員会の間で,6月30日から3ケ月間猶予することが合意された。

しかし元本返済についてはなお未定のままとなっている。債務総額は90年末には110億に達することが確実視されている。なお他方で,ブルガリアは,イラク,リビア等に対し合計30億の債権を保有しているが,国連のイラク制裁への同調から対イラク分については凍結されている。

(6)経済政策

金融面では,89年まで公定歩合(ブルガリア国立銀行の貿易銀行への貸出金利)は4.5%,貿易銀行の貸出金利は6.5%(公定歩合プラス2%),普通預金金利1%,定期預金金利3%となっていたが,貿易銀行の貸出金利が90年に入り1~9月平均5.2%まで低下したため,12月に20%程度への引き上げを行う予定となっている。しかし,国立銀行はインフレ抑制にはなお不十分としており,貸出抑制や預金準備率の引き上げ(5%から7%)等によって引き締めを強めている。また,資金吸収のため,国債やTBの発行が大蔵省によって準備されており,これによって将来的には公開市場操作も行なわれる予定である。

通貨供給量は,1~9月前年同期比でM2が8.8%,Mlが2.8%の増加となっている。M2増加のうち6.8%は通貨の切り下げによる外貨預金の膨張とされているが,生産国民所得の大幅減少を考慮すれば,残りの2%増加も小幅とは言い難い。

また,銀行制度については,従来の体制では,国立銀行,外国貿易銀行,鉱業銀行,国民貯蓄銀行の4種と,87年に加えられた8種の投資専門銀行からなっていたが,89年に改革され,国立銀行の役割を中央銀行としての役割のみに限定し,59の貿易銀行が新設された。さらに90年には新たに民営銀行1行と農業銀行が設立された。

財政面では,財政赤字を削減し91年度予算での均衡が目指されているが,予算案の成立は政情混乱の影響から大きく遅れている。また,国立銀行からの借入による財政赤字のファイナンス方法も国債等に切り換えていく方針である。

歳入面については,税制の抜本的な改正が計画されており,従来の売上税,取引税を廃止し,西側型の法人税,付加価値税,個人所得税へと91年1月から移行していく予定としている。取引税については,製品の52%を占める中間財が非課税となっているため,企業の競争条件平等化の妨げになる面があるが,付加価値税の導入には価格自由化の定着と需給安定が必要としている。また,これまで企業利潤の平均62%を売上税として徴収していたのを改め,40%程度の法人税に切り換え,環境投資,再投資,研究開発費,広告費には減税措置を採る等,企業利潤の投資への循環を奨励していく方針である。所得税についても,従来の所得を4種に分けた分離課税を総合課税に替えて大幅な減税を行う予定である。また,徴税技術も未熟であるため,専門家の養成に力を入れるとしている。

国営企業民営化の具体的な手段として,まず民営化機関の設置が考えられている。この機関によって最初にサービス業・小規模商店等を売却し,次に協同経営も可能な形で農地の民営化を行う。農地は原則として共産化以前の所有者に返還されるが,5年間は売買が凍結される。国営企業についてはその次の段階での民営化が予定されているが,過剰な資本財についてはそれまでの売却も許可される。企業の売却に必要な資金は500~600億レバと見込まれているが,国内貯蓄は多めに見積もっても210億レバ程度のため,外国資本の導入が不可欠とみられている。産業別には,軽工業から重工業へと徐々に民営化を進めていくが,運輸,エネルギー等は国営形態を保つとしている。

また,10月22日から開始された「100日計画」は,経済の低落傾向に歯止めをかけるとともに,市場導入への部分的改革を進め,以後の抜本的な改革の前提となる,経済・法制度上の準備を進めることを目的としている。そのために解決すべき課題としては,①生産減少の抑制と基本的な経済関係の維持,②国内市場の安定化,③財政赤字や過剰流動性の管理,④外国為替制度改革への着手と国際金融機関からの融資導入,⑤インフレ管理,⑥経済重要法案の作成と必要な規制の導入が挙げられており,90年10月22日から91年2月1日までの100日間を10日(第1期-20日,第9期-12日)づつに区切って,以下のような行動目標が列記されている。

第1期(10月22日~11月10日)

第2期(11月11日~11月20日)

第3期(11月21日~11月30日)

第4期(12月1日~12月10日)

第5期(12月11日~12月20日)

第6期(12月21日~12月31日)

第7期(91年1月1日~1月10日)

第8期(91年1月11日~1月20日)

第9期(91年1月21日~2月1日)


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