平成2年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1989~90年の主要国経済

第7章 東ヨーロッパ:90年下半期以降緊縮政策を緩和

6. ユーゴスラビア:ハイパーインフレは鎮静化

(1)概  観

90年のユーゴスラビア経済の最重要課題は89年秋に発生したハイパーインフレーションの鎮静化,経済安定化であった。マルコビッチ内閣は,ポーランドのバルセロビッチ・プランと類似した経済改革計画を導入し,1万分の1のデノミ・賃金凍結・金利引き上げ・補助金削減によって国内需要を大きく抑制し,インフレの鎮静化に成功した。その反面,工業生産は前年比1割以上減少し失業者が増加した。上半期の動きでポーランドと異なるのは,対外貿易の動きである。ポーランドでは為替レートの大幅な切り下げにより対西側輸出が増大したが,ユーゴスラビアでは主要貿易国であるイタリア通貨に対してディナール高が進んだこと等から,2月以降輸入数量が逆に増加しており,貿易収支も赤字が続いた。

6月末に第2段階の経済改革計画が発表され,緊縮政策緩和とともに国内消費需要が刺激されたが,工業生産は余り回復せず,失業の緩やかな増加が続いており,消費者物価も再び上昇し始めた。対外貿易でも輸出の低迷が続く一方で消費財を中心として輸入が大きく拡大しており,1~10月累積の貿易収支は31億ドルの赤字となった。

政治面では,共和国間の抗争が激化しており,90年12月までに各共和国で行われた自由選挙においても,セルビア,モンテネグロ両共和国では共産主義政党が議会・大統領を制したため,非共産主義政党政府が成立していたスロベニア,クロアチア両共和国との亀裂は一層拡がった。こうした対立は経済改革の進行にも悪影響を及ぼしている。

(2)生産・雇用

89年の鉱工業生産ば前年比0.5%増とほぼ横ばいであったが,90年に入ると緊縮政策の影響が企業の資金調達等に現れ,1~3月期は前年同期比6.5%減(前期比2.2%減)となった。財別では(第7-3図)資本財,建設の落ち込みに比べ消費財の落ち込みは小幅に止まった。こうした傾向は4~6月期も続き,同期は同14.7%減(前期比7.6%減)と減少幅が拡大した。財別にみると,資本財(前年同期比25.0%減)の落ち込みが特に大きい。

7月から緊縮政策が緩和されると生産も回復し始め,7月は前月比4.4%増加し,特に資本財の回復が大きかった(前月比17.1%増)。8月は資本財の反動減の影響で前月比横這いとなった。

雇用者数をみると,1~3月期前期比0.1%減少,4~6月期同1.2%減少,7月0.6%減少と小幅ながら減少が続いている。失業者数は,1~3月期前期比2.4%増加し,3月末128万人,4~6月期は同0.6%増加,6月末128万人と横這いであったが,7月は前月比で1.3%増加し129万人に達した。緊縮政策が緩和された7月にも雇用減・失業増が続いているのは,構造調整の進展によるものと考えられよう。

(3)賃金・物価

生産者物価は,89年10~12月期前期比187.3%上昇した後,90年1~3月期には同97.1%,4~6月期同3.3%と上昇は急速に鈍化した。7~9月期も同2.6%となお小幅な上昇に止まっている。

消費者物価でも,89年10~12月期前期比225.5%上昇した後,1~3月期前期比II8.8%,4~6月期同12.3%,7~9月期同5.6%と,上昇率には急速な鈍化がみられた。

89年8月以降の消費関連指標の動きをみると(第7-4図),賃金凍結によって実質賃金が90年2月にかけて急速に減少し,その影響で小売売上が15%近く減少,消費財の生産も徐々に低下し始めた。しかし5月を底にして実質賃金は上昇に転じ,歩調を合わせた形で小売売上も上昇し始めているが,消費財生産の伸びは小幅に止まっている。

(4)対外貿易

対外貿易では(第7-5図),90年1~3月期には輸出数量が前期比23.2%減(前年同期比2.8%増),輸入数量が同20.6%減(同6.2%減)となった。4~6月期になると,輸出数量が大きく伸び同50.6%増(同29.3%増)となったが,輸入数量は同10.2%増(同1.0%減)にとどまった。しかし7月には輸出数量が前月比21.4%減少(同36.3%増)し,輸入数量が同21.6%増加(同44.3%増)した。

1~10月期の統計(金額ベース)では,輸出額は前年同期比8.4%の伸びに止まり,輸入額は同27.2%と消費財を中心に大きく拡大している。

この結果,貿易収支は7月に一時的に黒字になったが,1~10月累積では31億の大幅な赤字(前年同期9億ドルの赤字)となった。

(5)経済政策

89年12月,マルコビッチ首相によって導入された経済改革計画は,インフレ鎮静化を企図した安定化政策と,市場経済への急速な移行を目指した改革政策の2つの部分に分けることができる。

まず安定化政策としては,90年1月1日から,①1/10000のデノミ実施,新ディナールへの通貨切り換え,②新通貨の内外交換性回復(1ドイツマルク=7新ディナール),固定レート化による通貨への信任回復,③賃金凍結(89年12月15日のレベルで90年6月まで),④企業補助金のための通貨増発の抑制,⑤公共料金と,鉄,非鉄金属,医薬品等工業製品の25%の価格の1年間凍結(他の品目については自由価格を維持),の5つの政策が導入された。

③は,89年インフレの直接の原因である賃金一価格スパイラルを断ち切るための施策である。

また,88年末時点でユーゴスラビア国内貯蓄の62%が外貨預金(主にドイツマルク)であり,インフレ進行による通貨ディナールの下落は,この外貨預金の時価総額を膨張させ,多大な過剰流動性を発生させており,マネーサプライ増大の主要因となっていた。①,②はこの問題への対処であり,デイナールを安定通貨であるドイツマルクにペッグさせて外貨預金の膨張を防ぎ,通貨への信用を回復しようとするものであった。

改革政策としては,①完全な市場経済を導入する,②所有形態の多様化を容認し,法的に平等な地位を与える,③社会有部門の所有権を明確にする,④国内経済を国際経済にリンクさせる,⑤各経済主体の独立化,⑥市場経済に適した経済政策手段を創設する,の6つの原則が導入された。

財政では,1月から導入された経済改革計画では,赤字企業への補助金削減等の歳出削減が行われたが,6月29日に発表された第2段階でも,各共和国の公共支出を約18%削減することが提案されており,歳出抑制は堅持されているといえよう。

金融では,金利の推移をみてみると,89年10~12月期には公定歩合8187.0%,貸出金利12082.7%,預金金利14650.0%となっていた。そして90年1月1日に1万分の1のデノミが行われた後,1~3月期は公定歩合23.4%,貸出金利49.3%,預金金利16.7%どなった。4~6月期も公定歩合は23.4%で維持されたが,6月末発表の第2段階では貸出金利を20%に引き下げることが提案され,公定歩合も7月から14.0%に引き下げられており,金利面でも緊縮緩和を確認することができる。

通貨供給量(Ml)は,3月末746億ディナール,前年同期比2365.9%増(前期比45.6%増),6月末1135億ディナール,同1994.5%増(同52.2%増),7月末1126億ディナール,前年同月比1302.0%増(前月比0.7%減)と前年比増加幅は徐々に縮小している。

通貨ディナールは,1月1日,マルクに対して切り下げられ,1ドルー9デイナールとなった。


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