平成2年
年次世界経済報告 各国編
経済企画庁
I 1989~90年の主要国経済
第4章 ドイツ:西の景気拡大,東の生産縮小
ドイツ統合効果の一つとして,西独地域では当初,西独製品に対する東独市民の急激な需要の増加がディマンド・プル・インフレを惹起する可能性があると予想されていたが,失業の増大にみられる雇用不安等を背景に東独市民の消費の伸びが抑制されたことから比較的安定的に推移した。しかし90年8月以降の石油価格の上昇により,物価はこのところやや高まりがみられる。また賃金上昇率はモデレートな伸びとなっている。一方東独地域では,西独製品の流入と価格の自由化が従来の価格体系の歪みを調整した。また通貨同盟の発効と同時に各産業で賃上げが行われ,企業経営を圧迫している。
物価動向をみると,89年後半以降,上昇率は総じて落ち着いている。ベルリンの壁崩壊後のマルク高は輸入物価の上昇を抑制する方向に働き,物価の安定要因となったが,90年8月以降の石油価格等の上昇により物価は7~9月期にやや高まった(第4-9図)。
輸入物価についてみると,88年の前年比1.3%上昇の後,89年は年初からマルクが弱含み,石油価格が高めに推移したことにより,前年比4.5%と大きく上昇した。その後,90年に入るとマルク高により前年同月比でマイナスの伸びが続き,1~3月期前年同期比2.1%の低下の後,4~6月期同5.0%低下,7~9月期同2.5%低下となった。
工業品生産者価格は,88年の前年比1.3%上昇の後,89年には年初の個別消費税の引き上げ・導入(ガソリン,ガス,タバコ等)の影響で前年比3.1%の上昇となった。90年に入ると,個別消費税引き上げ・導入効果の剥落等により落ち着いた動きとなり,1~3月期前年同期比1.7%上昇の後,4~6月期同1.6%上昇,7~9月期同1.8%上昇となった。
消費者物価は,88年には石油価格の低下等により前年比1.3%の上昇となった後,89年にはマルク安,個別消費税の引き上げ・導入,石油価格の上昇等から同2.8%の上昇と伸びが高まった。90年に入ると,個別消費税引き上げ効果の剥落やマルク高,年初のモデレートな賃上げ等により落ち着いた動きとなり,1~3月期前年同期比2.7%上昇の後,4~6月期同2.3%上昇,7~9月期同2.7%上昇となった。8月以降は石油価格の上昇等により,8月前年同月比2.8%上昇,9月同3.0%上昇,10月同3.3%上昇と上昇率は高まりをみせたが,石油製品を除いたベースでは,8月,9月,10月のいずれも前年同月比2.5%上昇と落ち着いている。
また建築価格は,89年秋以降の住宅をはじめとする建設受注の増加を反映して高まり,90年4~6月期には前年同期比で6.1%上昇した。
労働組合は,賃上げとともに毎働時間の短縮による雇用拡大を重視するスタンスをとっている。西ドイツ最大の労働組合,IG-MetalI(金属労組)の協約によれば,89年4月~90年3月に2.5%の賃上げと週当たり労働時間37時間を達成した後,90年春の賃上げ交渉で,①週当たり労働時間を93年4月から36時間,95年10月から35時間に短縮する,②90年6月~91年3月に6%の賃上げを実施し,90年4月~5月については200~220マルクの補足金を支給する,③各労働者に240マルクの一時金を支給する,等で合意した。しかし90年11月末には,8.5%の賃上げと週当たり労働時間35時間を要求するストライキも発生した。
時間当たり賃金上昇率は89年前年比3.7%の後,90年には1~3月期前年同期比5.2%,4~6月期同5.6%,7~9月期同5.8%とやや高まりがみられる。
統一前,東ドイツの物価は公共料金や基礎食料品の価格が補助金の支給により安価に抑えられる一方,主として輸入によって賄われ供給不足となっていた嗜好品や技術を要する電気製品等の価格は高価となっていた。需給を反映して価格が決定されるというメカニズムが存在せず,価格体系が歪んでいたため,西独経済との一体化は自ずと価格体系の調整を促すことになった。
通貨同盟発効直後の7月の消費者物価は,前月比で公共料金,基礎食料品が補助金の廃止によって顕著に値上がりした一方,嗜好品,電気製品は供給不足が緩和されることで値下がりし,総合で前月比7.5%と大きく上昇した。しかし8月には前月比で燃料,教養・娯楽費が上昇する一方で食料品が値下がりし,総合で前月比0.4%の上昇と,物価上昇は急速に鎮静化した。その後も9月前月比1.8%上昇,10月同1.7%上昇と落ち着いた動きとなり,当初懸念されていたインフレは顕在化しなかった。
通貨同盟では,賃金が90年5月1日時点の額で1東独マルク対1西独マルクの等価交換とされたが,西独地域との賃金格差の縮小と生活水準の向上を望む東独市民の声を反映して各産業で生産性に見合わない賃上げが行われた。この結果,労働コスト上昇により東独産業の競争力が一層低下することが懸念される。
保険産業では90年7月1日から50%の賃上げが実施された。また東独IG-Metall(金属労組)の賃金交渉でも,①90年7由1日から250マルク,さらに10月1日から300マルク賃金を引き上げる,②90年10月1日から,週当たり労働時間を40時間に短縮する,③91年6月30日までは一方的解雇はしない,等を定めた協約が締結された。
また90年11月末,人員整理反対と賃上げを要求して旧東独国鉄労働組合がストライキを行った。従業員26万人を抱える旧東独国鉄は,ドイツ統一後,ドイツ運輸省の管理下に置かれたが,関連事業の民営化に際して大幅な人員削減を迫られていた。組合側はこれに反発し,旧西独連邦鉄道の3分の1にとどまっている賃金を西独側の50~60%の水準に引き上げるよう要求した。