平成2年
年次世界経済報告 各国編
経済企画庁
I 1989~90年の主要国経済
第1章 アメリカ:景気の基調弱まる
89年の経常収支赤字は1,100億ドルと前年比189億ドル縮小したが,88年の縮小幅(325億ドル)に比べて縮小幅が小幅化した。これは,貿易外収支の黒字が大幅拡大しているものの,貿易収支赤字の縮小傾向が鈍化したことによるものである。90年に入っても,貿易外収支の黒字は引き続き高水準であるものの,年初から縮小傾向にあった貿易収支赤字が年後半に拡大したことから,経常収支は1~9月期年率換算で前年比169億ドル減の931億ドルと縮小幅がさらに小幅化している(第1-4表)。
輸出は,①89年にはドルは堅調に推移したものの,85年初来のドル安が依然価格競争力を支えたこと,②ECなど主要先進国の経済成長率がアメリカに比べ堅調に推移したことにより資本財を中心とした輸出が増えたこと等から,89年には名目で前年比12.5%増と,前年(同28.0%増)に比べて伸びが半減したものの引き続き高い伸びとなった。内訳をみると資本財(自動車を除く)及び消費財の輸出の寄与が大きく,資本財の中では航空機,コンピュター等が堅調な伸びを示している。90年1~9月期の動きをみると,非農業品輸出の伸びが急速に低下しているほか,農業品の輸出が他の生産国による供給増とソ連に対する輸出減により減少していることから前年比7.0%(年率換算)の伸びに止まっている(第1-5表)。
輸入は増加しているものの,89年には国内の景気拡大の鈍化傾向を反映して輸出に比べて伸びが低く名目で前年比6.3%増となった。中でも自動車,消費財及び資本財は88年にくらべ低い伸びで推移している。自動車については,日本の自動車メーカーの子会社がアメリカで生産量を伸ばしていることやプラザ合意以降の為替レートの調整によりヨーロッパ産業に対して価格競争力をもつようにたったため,日本及びECからの輸入が減少している。一方,石油製品については,86年以降アメリカの石油生産量が減少しているのに加え,世界的に需給がタイトになり価格が上昇したことにより前年比名目28.5%増,同実質7.9%増となった。90年1~9月期の動きをみると,石油製品の輸入が消費量の増加に加え,8月初のイラクのクウェイト侵攻の影響により価格の上昇,在庫の積み増しが行われていることから14%伸びている他,資本財,消費財の輸入増により前年比3.3%(年率換算)の伸びとなっている(第1-5表)。
この結果,貿易収支赤字は89年に1149億ドルの赤字と前年比121億ドルの縮小に小幅化した。さらに,90年入り後は1~3月期263億ドル,4~6月期同231億ドルと縮小傾向にあったが,7~9月期同298億ドルと拡大した。先に述べた輸出,輸入の動向を反映して,89年の品目別の収支は,資本財及び消費財の収支が黒字化しており,88年の赤字縮小が,食料・飼料・飲料や工業用原材料の寄与によってもたらされていたのと対象的である。次に89年の地域別の収支をみると,89年には対ECの貿易収支が赤字から黒字に転じており,14.7億ドルの黒字となった。また,対日本及び対アジアNIEsの貿易収支赤字も徐々にではあるが縮小している。
一方,貿易外収支をみると,89年には196億ドルと88年の131億ドルから65億ドル増加しており,87年の118億ドルから黒字額が大幅に拡大している。貿易外収支は,直接投資及び証券投資等の対外受取,利払いの収支である投資収益収支と旅行・運輸等その他の収支から構成されている。投資収益収支については,それまで,米国の現地通貨建資産をドル建資産に評価替えした際の評価額の増減も投資収益に計上していたため,ドル安の時には海外現地資産のドル建評価額が高まり過大評価となっていた。しかし,本年より同評価替えの要因を投資収益へ計上しないこととしたため,投資収益収支は下方改訂され,89年の収支は黒字から赤字となった。投資収益収支の内訳をみると,直接投資による投資収益収支は黒字となっているのに対し,証券保有等の間接投資による収支の赤字額が急速に増加している。一方,その他のサービス収支は,旅行収支,特許収支での黒字の拡大を背景に受取が増加しており,投資収益黒字の減少を相殺し,貿易外収支全体の黒字額の増加に寄与している。90年1~9月期では,投資収益収支,その他の収支とも黒字が拡大し,年率換算で284億ドルの黒字となっている(第1-4表)。
また,移転収支赤字は88年150億ドル,89年147億ドル,90年1~9月期159億ドル(年率換算)とおおむね横ばいで推移している(第1-4表)。
89年の資本収支は公的資本収支が赤字になる一方,民間資本収支の黒字は拡大した。これは88年に民間資本の流入(ネット)が経常収支赤字の大宗をファイナンスした姿と似たものとなった(第1-6表)。ネットの公的資本の流出が増加したのは,ドル相場の堅調を映じて外国通貨当局,アメリカ通貨当局双方によるドル売りが大量に行われたためである。ちなみにニューヨーク連銀によるドル売りの介入額は,約220億ドルにのぼった。他方,ネットの民間資本収支黒字は89年には1029億ドルと,前年の987億ドルからやや増加し,流入増となった。グロスの流入と流出の動向をみると,証券投資では,89年に入リドルが強含んだこと,またFRBが2月に公定歩合を引き上げるなど金融引締めを行ったこと等から,米国債券に対する需要が高まり,イギリス,日本による債券購入が増大した。その結果,アメリカの投資家によるイギリス,西ドイツを中心とするヨーロッパに対する債券投資が活発化したにも関わらず,ネットでは88年の387億ドルから89年の476億ドルに増加し,証券投資の黒字は民間資本収支全体の黒字の約半分を占めるに至っている。一方,直接投資は87~88年にかけて急増した後,89年はやや減少したものの依然堅調に推移しており,ネットで400億ドル台の流入超を維持している。
次に,90年1~9月の動向をみると,公的資本収支は前年の153億ドルの赤字から一転して108億ドルの黒字(年率換算)となった一方,民間資本収支は155億ドルの黒字(同)と前年同期の1,029億ドルの黒字に比べ激減している。これは,それまで堅調に推移していた証券投資収支,直接投資収支がそれぞれマイナス167億ドル,マイナス175億ドルと赤字に転じたことが大きく寄与している。特に直接投資では,80年代後半以降急増していた海外からの直接投資受入れが一巡したこと,内外金利差等を映じた投資採算の悪化およびアメリカの不動産市況が低迷していることから海外からの不動産投資が減少していること等によるものと考えられる。
まず,アメリカの対外資産残高の動向をみると,89年末には88年末にくらべ1469億ドル残高が増加し,1兆4125億ドルに達した(第1-7表)。残高増の内訳をみると,銀行部門資産が500億ドル増,直接投資で399億ドル増,証券投資で328億ドル増となっている。これは,①89年にドルが強含みで推移したことやアメリカの金利が低下したことを背景に,海外のインターバンク市場でのドル貸付が増加したことから銀行部門の資産が増加したこと,②イギリスを中心とするヨーロッパ,アジア向けの直接投資が本国の親会社から現地子会社への貸付という形で増加したことによる。証券投資では株式が大きく伸びているが,これは西ドイツを始め西ヨーロッパの株式購入が活発化したことと,株価の上昇による資産の評価増による。
次に,対外負債残高の動向をみると,89年末は88年末にくらべ2795億ドル増加し,2兆763億ドルに達した。残高増の内訳をみると,証券投資で1283億ドル増,直接投資で719億ドル増,銀行部門で610億ドル増となった。証券投資では,特にイギリス,日本による政府後援企業の債券取得が増加し,また株価の上昇も加わり政府証券以外の債券の負債が大きく増加した。直接投資については,イギリス,日本,オランダの順で主に企業買収等を通じて資産を増やしている。一方,銀行部門における負債の増加は,米銀がインターバンク市場での貸付の拡大に対応するために追加的なドルが必要になったことや国内の資金需要が拡大したことから,外銀からのドル資金調達を大量に行ったことを示している。
この結果,アメリカの対外純負債残高は,89年末で6,638億ドルと前年末(5,311億ドル)に比べて1,327億ドル増加した。
なお,これまでは資産,負債額の合計及びネットの資産額の公表を行っていたが,今回の改訂からは公表されないこととなった。これは,資産,負債の評価に時価評価額のものと簿価評価額のものが含まれているためである。第1-7表の残高の欄には,資産毎に評価方法に違いがあるものの,従来どおり単純に足しあげた計数を示した。