平成2年
年次世界経済報告 各国編
経済企画庁
I 1989~90年の主要国経済
第1章 アメリカ:景気の基調弱まる
物価は,89年半ばにかけて上昇率に高まりがみられたが,89年後半には金融引締めの効果があらわれ,製品需給の緩和,賃金上昇の頭打ちがみられたことに加え,89年モデルの自動車の販売促進のための値引き,石油価格の下落等もあって,落ち着きを取り戻した。90年に入ってからは,年初に前年末の寒波によるエネルギー価格の上昇からやや高まりをみせたものの,総じて落ち着いた動きで推移していた。しかし,8月初来の石油価格の急騰は,エネルギー価格の大幅な上昇を通じて,8月以降物価上昇率を高めている。
消費者物価上昇率をみると,89年は,年央にかけて前年同月比5%台に上昇し,5月には同5.4%と最も高まったが,年後半には同4%台に低下し落ち着きを取り戻した。90年に入ると,年初にエネルギー価格の上昇からやや高まりをみせたが,その後は安定した推移を示していた。しかし,消費者物価のうちサービス価格については89年から90年にかけて高い伸びを続けている(第1-10図)。次に,生産者価格(完成財総合)上昇率をみると,89年は年央にかけて前年同月比6%台まで高まり,5月には同6.2%と最も高まったが,消費者物価と同様に年後半には同4%台に低下し落ち着きを取り戻した。90年に入ると,年初にやや高まりをみせたが,その後は低下していた。90年8月以降は石油価格の急騰によるエネルギー価格の大幅な上昇から消費者物価,生産者価格とも伸びが高まり,消費者物価は11月6%台,生産者価格は11月7%台となっている(第1-10図)。
これらの物価動向のうち,不安定な動きを示すエネルギーと食料品を除くコア・インフレ率(前年同月比)をみると,89年後半に落ち着きを取り戻したものの,90年に入ると消費者物価と生産者価格の動きにかい離が生じている。すなわち,消費者物価のコア・インフレ率は,89年後半に4%台前半で落ち着いた動きとなった後,90年にはいると4%台後半に高まり,さらに後半には5%台に上昇している。一方,生産者価格のコア・インフレ率は,88年後半に4%台前半で落ち着いた動きとなった後,90年には3%台とさらに低下している。
このように,90年に入って消費者物価と生産者価格の動きにかい離が生じている要因としては,景気の鈍化にともなう製品需給の緩和から財価格が落ち着いているのに対して,生産者価格には含まれないサービス価格が高い伸びを維持していることが挙げられる。こうした背景には,①サービス産業において労働コストの上昇率が製造業よりも高いこと,②サービス産業は貿易不可能財であることが多く,海外との競争にさらされにくいこと,③サービス産業では人件費のコストに占める割合が高く,中間投入比率が低いことから,最近の中間財の価格低下の効果が表れにくいこと,等があるものと考えられる。
今後の物価の動向については,秋以降景気の鈍化が一層顕著となっていることを背景にサービス産業でも雇用者が減少してきていることから,サービス部門での賃金上昇率の鈍化を通じてサービス価格の上昇による物価上昇圧力は弱まっていくものと予想される。したがって,財価格が落ち着いた動きを継続していること,石油価格の動きが相対的に落ち着いていること等も考慮すれば,当面物価上昇率が高まるリスクは小さくなっているといえよう。しかしながら,①医療費の上昇や社会保障の充実等を背景に賃金給与以外のベネフィット・コストが高まってきており,これが根強い労働コストの上昇要因となっていること,②湾岸情勢の帰趨も未だ不透明であること,等の諸要因もあることから,物価面の動向については依然注視が必要な状況にある。
賃金上昇率(民間非農業,時間当たり,前年同月比)は,89年前半まで労働需給の引締まりから4.3%まで高まったが,89年後半は4%前後で頭打ち気味に推移した。その後,90年前半に製造業での高まりから上昇の兆しがみられたが,サービス産業で落ち着いていたことから4%前後で頭打ちとなっている(第1-11図)。業種別にみると,サービスは非農業全体に比べ高い上昇率となっているものの,89年7月に前年同月比5.1%と最も高まった後,おおむね4%台半ばで頭打ち気味に推移している。製造業は89年半ば以降低下傾向にあったが,90年1月に前年同月比2.0%で底を打った後は上昇傾向にある。この製造業の賃金上昇率の高まりの要因としては,①製造業の生産不振を背景とした雇用者の削減がまず給与の低い若年労働者から行われた結果,平均賃金が上昇した,②90年4月から実施された最低賃金の引き上げ,③1月に伸び率が急落した後の反動,等が考えられる。また,主要労働協約(民間企業)における年平均賃上げ率は,90年1~6月の期間で初年度4.2%,協約期間内平均3.8%と落ち着いたものとなっている。労働コストについてみると,上記のように時間当たり賃金上昇率が頭打ちとなっているものの,89年半ば以降労働生産性上昇率が前年同期比でマイナスで推移していることから同3~4%台の高い伸びで推移している(第1-12図)。
今後の賃金の動向については,景気の一層の鈍化から製造業,サービス業のいずれにおいても賃金上昇圧力が弱まっていること,物価上昇率が高まるリスクが少なくなっていること,労働協約においても賃上げ率が落ち着いていること等から賃金上昇率が高まることはないものと考えられる。