平成2年

年次世界経済報告 本編

拡がる市場経済,深まる相互依存

平成2年11月27日

経済企画庁


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第1章 世界経済の持続的成長と石油価格急騰

第3節 石油価格急騰の影響とその背景

90年7月下旬のOPEC総会において,日量2,249万バーレルの新しい生産上限の実施による生産抑制や最低参考価格の引上げなどが合意され,OPECの市況立て直しへの姿勢が確認された。このOPEC総会に先んじて,イラクが過剰生産を続けていたクウェイト,アラブ首長国連邦を強く非難し,クウエイト国境に軍隊を集結させていたが,総会直後の8月2日にイラクはクウエイトに侵攻した。この結果,急速に湾岸地域の緊張が高まり,国際石油市場では石油価格が急騰した。このため,石油需給の逼迫と価格の高騰が世界経済に与える影響が懸念されている。本節では,今回の石油価格上昇の背景にある需給構造の変化をとらえた後,石油価格の上昇等が実体経済に与える影響の規模と内容,主要国の対応を述べることにする。

1. イラクのクウェイト侵攻と石油市場の動向

石油価格の動向をみると,原油スポット価格(北海ブレント,バーレル当たり)は,90年初,欧米の寒波やOPECの減産見通しなどから上昇し22ドル台をつけた後,OPECの生産枠を超えた増産が続くなか徐々に下落し,6月には月平均15.70ドルまで低下した。しかし,7月に入ると上昇に転じ,7月のOPEC総会前後には19ドル台へと高まった。更に,8月2日のイラクのクウェイト侵攻を機に急騰し,中東情勢の緊迫化を背景におおむね上昇を続け,9月下旬には約10年ぶりの40ドル台をつけた。さらに,10月入り後は中東情勢力動きに対応して大幅に変動しており,10月末から11月上旬にかけてはおおむね30ドル台半ばで推移している(第1-3-1図)。

OPECの生産動向をみると,侵攻前のOPECの原油生産量は90年第1四半期日量2,370万バーレル,第2四半期同2,360万バーレル,7月2,320万バーレルとOPECの1~7月の生産上限日量2,209万バーレルを大きく超えていた。これは,クウェイト,アラブ首長国連邦といった湾岸諸国が各国の生産枠を超えて増産したことが主因であり,このことから春先以降の原油スポット価格は15~18ドル/バーレルで低迷していた。しかし,侵攻後の8月の生産量はイラク・クウェイトの石油が経済制裁の発動で禁輸されたことなどから日量1,990万バーレルと大幅に減少した。このため,中東情勢の緊迫化が長期化の様相を呈するにつれて,石油需給の逼迫が懸念されることとなった。これに対応して,OPECは8月下旬の閣僚監視委員会で,市場の安定と消費者に対する継続的な供給を図るため必要に応じて自主的に増産することを表明した。この結果,OPECの生産量は9月日量2,250万バーレル,10月同2,260万バーレルとかなり回復している。

2. 石油価格急騰の背景にある需給構造の変化

今回の石油価格の急騰はイラクのクウェイト侵攻という突発的な事件を直接の原因としている。しかしながら,今回の事件の発生以前から,中長期的には石油需給は引き締まる方向にあり,それにつれて石油価格も緩やかに上昇していくものとみられていた。このため,戦争や内乱,油田事故といった突発的な事件の発生で価格が急騰する危険性も指摘されていた。そうした指摘の背景には,①石油消費量が既に79年の水準を回復している,②供給面でOPECの市場支配力が回復してきている,といった石油需給面での構造変化がある。以下では,そのような石油需給の構造変化についてみることにする。

(1)消費面

70年代以降の長期的な石油消費と原油価格の推移をみると(第1-3-2図),ソ連・東欧・中国等の旧共産圏(以下では旧共産圏と呼ぶ)を除く世界の石油消費量は,73年の第1次石油危機による価格上昇後,74年,75年と減少したが,76年以降価格が安定するなかで増加を続け,79年には日量約5,120万バーレルでピークをつけた。その後第2次石油危機の発生により減少に転じたが,82年半ばに底を打った後,世界的な景気の拡大とともに増加し,特に86年の原油価格急落以後,世界的な同時好況もあってその伸びが高まっている。こうしたことから,石油の低価格時代が続くと,石油消費が伸びて石油需給を逼迫させ,価格を押しあげる方向に働き,反対に価格の高い時代が続くと,石油消費を減少させ需給を緩和し価格を引き下げる方向に働くことがみてとれる。これらに照らし合わせて現在の状況を考えると,80年代半ば以降,相対的に価格の低い時代が続いたことが消費の上昇,需給の逼迫を招き,それが価格を押し上げる局面にあったことがわかる。

89年の世界の石油消費量は日量6,474万バーレルとピーク時の79年の同6,451万バーレルを若干上回る水準まで回復した。しかしながら,地域別の消費構成には大きな変化がみられる。すなわち,OECD諸国の消費量は79年と比較して10.2%減少した結果,世界全体に占めるシェアが63.1%から56.5%に低下しているのに対して,非OECD途上国は79年に比較して36.2%増,シェア・も16.9%から23.O%に上昇している。特にアジア・中東での伸びが著しいものとなっている。また,旧共産圏も79年対比3.4%増で20.O%から20.6%とわずかに上昇している(第1-3-1表)。

こうした地域別の消費構成が変化した背景には,省石油面での進展の相違がある(第1-3-3図)。第2次石油危機以降,OECD諸国では省エネルギーの推進と省資源型の産業構造への調整が進んだ結果,石油消費のGNP原単位が低下した。これに対して,非OECD諸国では都市化,モータリゼーション,工業化の進展により,省石油化はほとんど進展せず,大幅に石油消費が伸びている。他方,旧共産圏では73年の第1次石油危機発生以後,GNP原単位はいったんはむしろ上昇をみせ,その後低下傾向にあるものの,依然70年の水準を上回っている。これは,過去の石油先機時において,コメコン内ではソ連産原油が国際価格より割安で供給されたことによるものと考えられる。特に,第2次石油危機時には,ソ連産原油の価格設定に過去5年間の国際価格の平均が採用されていたことから,コメコン内輸出価格の上昇が比較的マイルドとなったため,省石油は余り進まなかったものとみられる。1988年の石油消費のGNP原単位の水準をみると,アジアは日本・西欧の2倍程度,中南米は同3~4倍,アフリカは同2~3倍となっている。同様に,ソ連・東欧は日本・西欧の2倍程度,中国は同3倍程度の高さとなっている( 第1-3-2表 )。

しかし,近年,OECD諸国においてもGNP原単位の低下傾向に鈍化がみられる。これは,①石油価格の低迷にともない省エネ活動が停滞したこと,②省エネの余地の減少,③長期の景気拡大によるエネルギー多消費型産業の生産回復,が原因と考えられる。

また,世界最大の消費国であるアメリカの輸入依存度は85年に27.3%まで低下した後,需要が堅調に推移した一方,長期の石油価格の低迷により採掘コストの高い国内油田の閉鎖が続いたことなどから生産量が低下した結果,89年には41,6%と急速に高まっている。

(2)供給面

長期的な原油生産量の推移をみると,70年代から一貫して増加してきた非OPEC諸国の生産量が85年以降頭打ちとなっている一方,OPECの生産は85年を底に増加している。その結果,OPECへの依存度も86年以降増加に転じ,約37%と82年の水準に戻っている(第1-3-4図)。また,今後についても,非OPECでは油田の老朽化,新規油田開発の不足から生産量の停滞ないしは低下が見込まれており,生産余力(生産能力と実際の生産量との差)の大きいOPECの石油市場への影響力が相対的に高まっていくものとみられていた。

OPECの生産能力の推移をみると(第1-3-5図),近年OPECの生産余力(生産能力と実際の生産量との差)が急速に縮小していることがわかる。89年末時点でOPECの生産余力は日量約400万バーレルであるから,現在の消費の伸び(日量約100万バーレル)が今後も続くと仮定すれば,90年半ばにはOPECへの石油需要が日量2,700万バーレル~2,900万バーレルに増加し,OPECからの供給制約が顕在化することが予想・される。これに対処するためには,1995年から2000年にかけて,OPECで約600万~700万バーレルの能力増強が必要であり,そのためには約600億ドルの設備投資資金が必要であるとの見方もある。

また,OPEC内部でも生産余力のある国とそうでない国が顕在化しつつある。生産余力はサウディ・アラビア,クウェイト,アラブ首長国連邦,イラク,イランといった中東の湾岸諸国に集中しており,今後はこれらの湾岸諸国がOPECの中心的な役割を果たしながら,石油市場への影響力を強めていくものとみられていた。

埋蔵量の面でもOPECが圧倒的なシェアを占めている。OPECの確認埋蔵量は73年の4,209億バーレルから89年には7,671億バーレルに増加し,埋蔵量全体に占めるシェアも72.5%から75.8%に拡大している。一方,非OPECは73年の943億バーレルから89年には1,606億バーレルに増加し,共産圏も65億バーレルから84億バーレルに増加しているものの,全体に占めるシェアはそれぞれ,16.2%から15.9%,11.3%から8.3%に低下している。今後この圧倒的な埋蔵量の面からもOPECの石油市場への影響力が強まっていくものと考えられていた。

以上みたように,中長期的には世界の石油需給が引き締まる方向にあるなかで,今回の石油価格の急騰が生じた。したがって,今回の価格急騰を一過性のものとしてとらえず,省石油,代替エネルギー開発等の努力を怠りなく行う必要があろう。

3. 石油価格上昇の経済への影響

経済制裁に伴うイラク・クウェイトからの石油禁輸がいつまで続くか,急騰した石油価格がどの程度の水準で推移するかなどいずれも流動的であるので,現在のところはっきりした影響は見定めがたい。しかし,今後,石油価格の高値推移が継続すれば,石油輸入国については,輸入石油価格の上昇を通じて実体経済に影響すると考えられる。ただし,実体経済への影響の程度は,第1次,第2次石油危機時と比べ,今回は,原油価格の上昇率が相対的に低く,また省石油,代替エネルギー推進等により各国経済の石油依存度も低下していることから,先進国では比較的小さなものとなろう。しかし,途上国では,先進国ほど経済のエネルギー効率の改善は進んでおらず,工業化が急速に進んでいる国では逆に石油依存度が高まっていること,途上国の大半が対外債務国であり金利の上昇によっても経済にマイナスの影響を受けることから,その影響は相当程度深刻であるとみられる。

(1)今回の石油価格上昇の影響の大きさ

今回の石油価格の上昇が,世界経済に及ぼす影響の大きさをG5(米,日,英,仏,独)について,価格上昇による輸入代金の増加額のGNP比率でみると(第1-3-3表),バーレル当たり30ドルの場合でGNPの0.6%と第1次石油危機時の2.O%,第2次石油危機時の1.6%に比較してはるかに小さい。これは,①原油価格が86年の急落以降低迷を続けた結果,急騰前の価格水準は実質価格で第2次石油危機以前の水準を下回っており,この水準からの上昇であること,②原油価格の上昇率についても,今回は1.7倍(バーレル当たり30ドルの場合)と,第1次石油危機時の4.0倍,第2次石油危機時の2.4倍と比べて低いこと,③省エネルギーの進展,天然ガス,原子力といった代替エネルギーへの転換,省資源型の産業構造調整の進展により,各国経済の石油依存度が大きく低下したこと,などによる。また,GNP比率でみた影響の大きさが過去2回の石油危機時と比べて最も大きく低下したのは日本であるが,これは他国に比べて経済の脱石油化への構造調整がより進んだことや円高によるものと考えられる。

(2)深刻化する途上国への影響

世界の石油消費に占める非OECD諸国及び旧共産圏のシェアをみると(第1-3-4表),73年に30.4%だったものが,79年36.9%,89年43.5%と大きく高まっている。この間,同地域の実質GNPのシェアは73年32.6%,79年35.2%,88年34.6%とほぼ変わっていないことから,途上国経済の石油消費依存度は相当高まっていることがわかる。また,石油消費の増加とともに石油輸入も増加しており,世界に占める非OECD諸国及び旧共産圏の輸入シェアも73年の23.0%から88年には28.6%へと高まっている。したがって,今回の石油価格の上昇は,過去の石油危機時に比べ,先進国よりも途上国にとってより厳しいものとなると考えられる。

さらに,石油価格の上昇は,先進国を中心にインフレ期待を招き,長期金利の上昇につながっているが,これは多額の債務を抱える途上国に対して利払い金額の増加という新たな負担を課すものとなる。長期金利が1%上昇した場合に利払い費がどれくらい増加するかを経済規模と比較してみると(第1-3-5表),債務国全体で70年にはGNP比0.1%であったのに対して,89年には同0.4%に上昇する。特に重債務国に限った場合,70年のGNP比0.2%が89年には同0.5%と上昇することとなる。このように,債務を通じた影響は第1次,第2次石油危機の時に比べて,今回はかなり大きくなっていることに注意する必要がある。

(3)主要各国,地域別の影響

世界各国・地域について,今回の石油価格の上昇によって産油国への所得移転がどれだけの規模で起きるかを石油輸入額増加の対GNP比でみたのが第1-3-6表である(原油価格がバーレル当たり30ドルに上昇した場合で試算)。結果的には,先進国ではGNP比0.7~0.9%の所得流出が起こる。これは,景気の鈍化が一層鮮明となっているアメリカにとってはかなりの打撃となるが,景気の好調が続く日本,減速しつつも堅調な景気拡大を続ける西ヨーロッパ諸国にとっては,第1次,第2次石油危機ほど深刻な影響ではない。しかし,途上国では,フィリピン,韓国,タイ等アジアの石油輸入国でGNP比2%前後の所得流出が起こるほか,東欧でもGNP比1.5%程度のマイナスの影響を受ける。中南米では,メキシコ,ベネズエラ等産油国ではプラスの影響があるが,ブラジルではGNP比0.7%程度のマイナスの影響がある。

なお,以上では石油価格上昇の直接的な影響及び金利上昇にともなう対外利払い費の増加効果を中心にみたが,この他にも,①イラク,クウェイト向け輸出が禁輸措置により停止することに伴う影響,②イラク,クウェイトに出稼ぎに出ていた労働者からの海外送金の減少に伴う影響,③サウディ・アラビア等への派兵に伴う軍事費増加といった影響が考えられる。これらの影響は特定の国,地域に集中的に生じるものであることから,以下先進国,途上国について各国,地域別にみるなかで触れることにする。

(先進国への影響)

① アメリカ

アメリカ経済は89年4~6月以降減速局面にあり,90年に入って内需の停滞が一層鮮明となるなど,成長は大幅に鈍化してきている。他方,物価面ではサービス価格を中心にインフレ圧力が持続している。そうしたなか,石油価格の上昇は家計,企業に先行きに対する不安感をもたらし,景気後退懸念が急速に高まりつつある。事実,各経済機関による90年,91年の経済成長率見通しはいずれも下方改訂されている。また,エネルギー価格の大幅な上昇から生産者価格,消費者物価には高まりがみられ,アメリカの経済運営は極めて難しくなってきている。9月末に財政赤字に関して政府と議会の間で多年度にわたる削減策で合意がなされた結果,金融面での景気のテコ入れを求める声が強まっているが,金融緩和によりかえってインフレ懸念を高めることにならないよう,金融当局は慎重な対応をせざるを得ない。なお,アメリカの石油輸入量は年間30億バーレルに上ることから,バーレル当たり1ドルの価格上昇は年間約30億ドルの貿易収支悪化要因になると考えられる。

② 西ヨーロッパ

西ヨーロッパでは,景気は総じて堅調であるが,西ドイツを除きこのところ減速気味であり,物価面では8月以降各国でやや高まりがみられる。石油価格上昇への直接的な対応として,フランスでは政令により一時的に石油製品のマージンの上限が固定されたほか,イタリアでは石油製品の価格凍結が実施された(2週間で解除)。石油純輸出国であるイギリスは,外国からの所得流入により成長へはプラスの効果が期待され,また石油会社の利益増加は財政収入を増加させるとみられるが,反面高まりをみせている物価の上昇にさらに拍車がかかることが懸念される。

③ 日本

日本は,個人消費,設備投資等の内需を中心とした腰の強い景気拡大基調を持続しており,戦後2番目に長い景気上昇局面にある。物価も安定した動きとなっている。今後の経済成長への影響については,株価の下落や実質金利の高まり等不透明な面がみられるものの,先進国で最も省石油を進めた結果,産油国への所得移転のGNP比が過去の石油危機時に比べてかなり小さいものとなると見込まれていること,現在の設備投資は合理化・省力化等の企業の長期的な戦略に基づくもののウェイトが高いこと,個人消費が堅調であること等より,日本経済への影響は比較的小さなもあになると考えられる。

(途上国への影響)

① 東アジア

アジアNIEsは石油純輸入国であり,国・地域によって一様ではないものの,工業化の進展,モータリゼーションの普及等によって石油依存度も高まっているとみられる。したがって,石油価格の上昇はこのところ高まりつつある物価上昇率を加速させ,貿易収支の悪化や経済成長率の鈍化などの悪影響をもたらすことが予想される。特に,韓国,台湾,香港は景気の調整局面にあり,景気の回復が先送りされる可能性もある。また,韓国,台湾は中東地域との経済的結びつきが深く,イラク,クウェイトへの輸出機会の喪失,現地事業の停止は国際収支にも大きな影響を及ぼすものとみられる。さらに,アメリカの景気鈍化は,対米輸出依存度が約30%と高いアジアNIEsにとってかなりの悪影響があるものと考えられる。

アセアンでは,石油輸出国のインドネシア,マレーシアは相当程度大きな所得流入が期待される。石油輸入国のタイ,フィリピンでは逆にかなりの所得流失が起こり,その影響はフィリピンで特に大きい。フイリピンでは,イラク,クウェイトへの出稼ぎ労働者が約6万5千人,こうした外国労働者からの送金は1989年で3,300万ドル(GDPの約0,7%)に達するとみられ,今後,外国からの送金の減少に加えて,帰国した労働者の失業問題も懸念されている。タイは,出稼ぎ労働者が約7千人いることから外国からの送金が減少するほか,輸出品目であるコメの主要仕向地が中東であることから,米の輸出にも一定の影響が及ぶ可能性がある。

② 南西アジア

インド,パキスタン,スリランカ,バングラデシュは石油純輸入国であることから,石油価格上昇による所得流出に加えて,イラク,クウェイトへの出稼ぎ労働者(インド17万~20万人,パキスタン10~14万人,スリランカ,バングラデシュ各々10万人以上)の本国送金額の大幅減少が懸念される。スリランカは最大輸出商品である紅茶の最大の仕向先が中東(特にイラクとクウェイトは紅茶輸出の13%を占める)であることから,かなりの影響があるものと考えられる。また,他の国も禁輸措置により輸出が大幅に減少する見通しであることから,国際収支赤字の増大は,例えばインドは年間27.6億ドル,パキスタンは同10億ドル以上と見込まれている。

③ 中東・北アフリカ

この地域は,中東への出稼ぎ労働者が多く,88年の本国への送金額の名目GDP比は,ヨルダン21%,エジプト10%,スーダン2.5%,トルコ2.5%と高いものとなっているため,送金の減少が各国経済に大きな影響を及ぼすこととなる。加えて,ヨルダン,エジプト及びトルコでは,イラク,クウェート向けの輸出,観光収入,通行料及び原油パイプライン収入の減少などから,合計で年間約10億ドルの追加的な損失が生じるとみられる。

④ 中南米

石油輸出国のメキシコ,ベネズエラは輸出所得増のメリットを享受するが,他のブラジル等非石油輸出国は,輸入代金の増加,貿易収支の悪化に悩まされることとなる。また,石油価格上昇によるアメリカの景気鈍化は対米輸出依存度が約40%と高い中南米の輸出企業にとってかなりの悪影響を受けることになるものとみられる。また,インフレ圧力を抑えるために世界的に金利が上がれば,その大半が変動金利となっている中南米諸国の債務の利払い負担が増加することとなる。例えば,89年末の中南米の対外純債務残高は約4,341億ドルと推定されることから,1%の金利上昇は利払い負担を43億ドル(88年の中南米全体の名目GNPの0.6%)増加させることとなる。

⑤ ソ連・東欧

ソ連の石油輸出は輸出全体の約3割を占め,うち西側向けが6割を占めており,主要な外貨獲得手段となっていることに加えて,東欧向けも91年から国際価格によるハード・カレンシー決済に移行する予定であることから,石油価格の上昇は貿易収支の改善,外貨獲得にプラスに働く。

東ヨーロッパ諸国は,ソ連からの石油輸入依存度が高く,かつ国際価格よりも安い価格で供給されていたことから,これまで年間約40億ドルの節減につながっていた。しかし,91年に予定されるハード・カレンシー決済への移行でこうした補助金的な性格の石油供給がなくなることから,かねてより大きな経済的損失が見込まれていた。加えて,ソ連からの石油供給量が90年に入って約15%から30%削減されており,このため代替輸入先として中東諸国からの輸入を増やそうとしていた矢先であっただけに,今回の石油価格急騰の影響は大きい。また,チェコを除いて各国とも石油購入を対イラク債権の精算手段として用いることにより外貨の節約が可能であったことから,外貨繰りがさらに苦しくなっており,各国とも成長率低下,物価上昇は避けられないものとみられる。

(4)オイル・マネーの発生による影響の可能性

今回の石油価格上昇により,原油価格が今後1年間30ドルで推移した場合,OPEC諸国の石油収入は90年前半の石油収入1,100億ドル(年率換算)に比べて990億ドル増加し約2,000億ドル(同)に達するものと試算される。この水準はピーグ時である80年の2,787億ドルの72%にあたる。だが,この石油収入の増加分の900億ドルがオイル・マネーとして,国際金融市場を通じ世界経済に及ぼす影響は過去2度の石油危機時に比べ相対的に小さいものと考えられる。その理由として以下の2つのことが考えられる。

第一に,オイル・マネーの国際金融市場に占める相対的な規模が過去の2度の石油危機時に比較して小さいことが挙げられる。今回の900億ドルは,先進国の輸出価格でデフレートした実質ベースで655億ドルとなり,これは74年の815億ドル,80年の747ドルとほぼ同規模であるものの,国際市場における信用額のネット・フローに占める割合では20%と74年の63%,80年の48%に比べてかなり小さいものとなっている。

第二に,オイル・マネーの主たる供給元であるOPECの対外資産ポジションが変化したことが挙げられる。OPEC全体の経常収支が83年以降おおむね赤字基調で推移した結果,OPECのうちサウディ・アラビア,アラブ首長国連邦,クウェイト等一部の湾岸諸国を除く国々は対外純債務国になっていると推定される。また,最大の債権国であるサウディ・アラビアについても石油収入の減少から83年以降財政収支が赤字化しており,対外資産の取り崩しに加えて88年以降は国債発行で財政赤字を補っている状況である(90年度末発行上限214億ドル)。したがって,一部の国を除いて,増加した石油収入はまず自国の対外債務等の返済に充てられ,更には財政赤字によってこれまで抑制されていた国内投資計画等の支出に充てられる可能性が高い。

4. 主要国の対応

今回の石油価格急騰後の主要消費国の対応として,目下のところ金融面や財政面での本格的な引き締めといったマクロ政策をとるに到っていない(注フランスでは,原油価格上昇による景気,物価への影響を緩和するため,9月に,歳出の伸び率の抑制スタンスを強め,財政赤字の削減を継続する一方で,法人税及び付加価値税(割増税率)の減税を行うことを盛り込んだ91年度予算案を閣議決定し,付加価値税減税については9月中に実施した)。こうした政策が採られていない理由として,①過去の2度の石油危機時には景気が世界的に過熱気昧となっており,既に物価も高い伸びを示していたのに対し,今回は,88年半ば以降金融引き締めが続けられた結果,先進国経済はおおむね成長率が鈍化し,物価も総じて安定して推移するなど経済環境が異なっている,②仮に石油価格の高値推移による影響が出たとしても,過去の石油危機時ほど深刻な状況にはならないとの見方が支配的,などがあげられる。

むしろ現在のところ,各国は,石油価格上昇の国内物価への波及に対応するため,①石油製品価格の規制を実施する,②石油製品価格の規制は行わず,物価面への監視を強化する,のいずれかの政策をとっている。①のケースには韓国が含まれる。韓国では,第2次石油危機後に設立した石油事業基金を活用することで,年内の石油製品価格の値上げは行わないこととしている(イタリアでも9月から石油製品価格の凍結を実施したが,その後2週間で解除された)。

それ以外の主要先進国では②の政策をとっている。これらの国については,便乗的な値上げの動きを牽制する゛ことに主眼を置いている。フランスでー時的に国際市況の上昇に応じて上限価格の設定を行う内容の政令が実施されていたほかは,基本的に各国とも便乗値上げ自粛の要請と価格監視を強化することで対応している。

こうした主要国の対応に対する評価として,9月下旬に開かれたIMF暫定委員会では,コミュニケの中で「補助金や価格統制により国内エネルギー価格の上昇を防ごうとする試みや,石油価格の上昇を名目賃金の引上げにより補償しようとする試みは,インフレ期待をあおるだけであり,将来的には,より緊縮的な財政・金融政策を招くこととなるであろう」と述べており,石油価格上昇分の国内への価格転嫁の抑制については否定的な見解を示している。

5. 今後の課題

80年代に世界経済が長期拡大を持続できた要因の1つに,石油価格が低下して落ち着いた動きを示したことが挙げられる。なぜなら,低コストの原材料が調達可能であったことに加えてエネルギー・コストの上昇によるインフレのリスクを回避できたからである。しかし,こうした低価格の石油の恩恵は一方で世界の石油依存度を再び過去の石油危機以前に戻してしまったといえる。もちろん,この間先進国は石油依存度を大きく低め,途上国の石油依存度か拡大するという構造変化が起こってはいた。しかし,近年先進国においても,省エネルギー活動の停滞など石油依存度の低減に向けての動きにはかげりが出ていた。

一方,石油価格の低下は非OPEC産油国の生産活動を停滞させ,OPECへの依存度を再び高めることと存った。さら番に,OPEC内でも今後の供給の中心となるのは中東の産油国である。今回のイラクのクウエイト侵攻からもわかるように,この地域は国際政治問題もからんで石油の安定供給および価格の面で問題が残っていることが再認識されたといえよう。

しかしながら,現在の石油の中東産油国への依存体制を短期間のうちに転換することは困難である。したがって,消費国では,石油の安定供給を確保するために様々な方策を考える必要がある。そのために,各国においては,例えば省エネルギー活動の徹底と代替エネルギーの開発という努力を今一度強化することが必要であろう。特に,アメリカ,ソ連・東欧,中国のように相対的に石油依存度体質の改善の遅れている国においては,一層の努力が望まれる。こうした努力に加えて,消費国は産油国との関係強化に努めることもまた重要であると考えられる。80年代を通じて,産油国は販路の確保による収入の安定を目的として消費国の下流部門への進出を進めてきた(付表1-10)。他方で,産油国では石油需要に対応するための能力増強や油田開発,脱石油を目的とした産業開発等に資金需要が生じている。したがって,先進国が産油国のそういった分野に投資することも石油の安定供給を確保する上で検討に値しよう。そうすることで,消費国と産油国の相互依存関係が深まり,石油の安定供給が実現し,エネルギー安全保障上もプラスになると考えられる。

また,石油価格上昇等から深刻な影響を受ける途上国に対しては,9月の7か国蔵相・中央銀行総裁会議の声明にもあるように,IMFや世銀が途上国の改革努力を支援するうえで柔軟に対応するよう迅速かつ適切な措置をとることが有益であると考えられる。