平成元年
年次世界経済報告 各国編
経済企画庁
I 1988~89年の主要国経済
第1章 アメリカ:軟着陸に向かう
88年の貿易収支赤字は1,272億ドルと前年比323億ドル縮小したが,経常収支赤字は1,265億ドルと前年比172億ドルの縮小となった(第1-5表)。これは移転収支赤字はほぼ横ばいであったものの,後で述べるように貿易外収支黒字がおよそ半減したためである。
輸出は,①85年初来のドル安による価格競争力の強化,②日本や西ヨーロッパ諸国等の力強い内需の拡大等から,88年に名目で前年比27.6%の増加を示した。財別では農産物以外の輸出が数量ベースで87年を上回る25.8%の高い伸びを示したことに加え,農産物輸出が価格上昇により大幅な増加となった(第1-6表)。一方,名目輸入額は87年11.2%増のあと88年は9.0%増にやや鈍化した。非石油輸入は名目,数量とも88年は前年よりも伸びを高めたのに対し,石油輸入は数量では10.2%の伸びに高まったものの,価格下落により名目では前年より減少したため,輸入額全体としては伸びが鈍化したのである。非石油輸入の内訳をみると,資本財で数量の増加率が高水準を維持した。これに対し,自動車,食・飲料で数量の伸びが減少し,消費財,工業原材料で数量がマイルドな増加にとどまった。
88年には外国の対米直接投資残高の急テンポの増加,アメリカの対外直接投資収益のドル高による評価減を主因に直接投資収益が微減となったことや,間接投資収益の赤字幅が拡大したことから,投資収益収支黒字が22億ドルと前年の223億ドルから大幅減となり,貿易外収支黒字全体では153億ドルと前年の300億ドルの約半分となった。
移転収支赤字は,軍需品購入にともなう補助金が増加したものの,開発援助等に関する贈与が減少したため,前年の142億ドルとほぼ同額の147億ドルとなった。
89年1~9月の動きをみると,経常収支赤字は1~9月累計で年率換算すると1,135億ドルとなり,前年比130億ドルの縮小となったが,縮小ペースはやや鈍化した。これは,貿易収支赤字が輸出の伸びを映じて顕著に減少したが,貿易外収支黒字が投資収益収支の赤字化にともなって小幅減となったためである。
89年の貿易収支をみると,輸入は石油輸入が数量,名目ともに大きく増加したが,非石油輸入の伸びが鈍化し,名目でほぼ横ばいとなったことから,全体では88年のペースよりも鈍化した(89年1~9月期の年率換算,5.9%増)。これに対し輸出は,大宗を占めている非農産物輸出が,民間航空機,半導体等の資本財及び燃料,潤滑油,化学製品等の工業原材料を中心に着実な伸びを示したことから,全体の伸びは13.1%増と2桁で推移した。このため,貿易収支赤字は緩やかに縮小しており,国際収支ベースではl~9月累計で年率156億ドルの縮小となった。通関ベースで地域別収支をみると,対日本,EC,アジアN IEs,カナダでいずれも赤字幅は縮小し,特に対ECは1~9月累計で黒字に転じたが,対OPECで赤字幅が拡大した。貿易外収支は,旅行・運輸等その他収支の黒字が拡大しているが,投資収益収支の黒字の減少,赤字化により4~6月期は赤字となり,7~9月期には黒字となったものの,1~9月累計では年率113億ドルと黒字幅が縮小した。
ここで,アメリカの貿易収支の動向を実質値と名目値で比較し,それらが87年以降ドルの実質実効レートの動きとどのように関連しているのかをみてみよう(第1-12図)。87年7~9月期から88年4~6月期にかけてのドル安期と,88年10~12月期から89年4~6月期にがけてドル高期について貿易収支赤字の縮小ペースをみると,ドル安期では名目値の縮小ペースが実質値のそれに比べて遅いのに対し,ドル高期では名目値の方が速く縮小することがわかる。これを,輸出,輸入に分けてみてみると,輸出については主にドル建てで取引されているために為替レートの影響がないことから,収支の実質値と名目値の乖離は主に輸入の動きを反映したものであることが読みとれる。輸入については輸入価格が為替レートの影響を受けて動くため,ドル安の場合には実質で伸びが鈍化しても名目では拡大し,ドル高の場合には実質で伸びても名目ではあまり伸びないこととなる(Jカーブ効果の初期局面)。さらに,Jカーブ効果が発現した後の為替の輸出入数量への影響については,88年以降はおおむね緩やかなドル高となっているものの,85年以降の大幅なドル安と比べればマイルドであり,輸出数量の伸びを抑え,輸入を再拡大させるものではないと考えられる。
(2) 資本収支
88年の資本収支は,ドルが安定的に推移するなかで公的資本収支黒字が大幅に縮小する一方,民間資本収支黒字は拡大した(第1-5表,第1-7表)。これは,87年に外国政府の公的資金の流入(ネット)が経常収支赤字の4割近くを結果としてファイナンスした姿とは対照的なものとなった。民間資本のネットの流入は銀行部門が著しい減少となったのに対し,民間証券投資が87年の減少から増加に転じ,直接投資は87年の27億ドルがら409億ドルの著増となった。ネットの民間証券投資のうち,株式は87年の株価大幅下落の影響が88年にも残ったために5億ドルの売り越しとなったが,アメリカ国債や社債等への投資は,為替相場の安定的な推移と米ドル金利の相対的な高さを背景に,底固い動きを示した。ネットの直接投資が大幅増となったのは,対米M&Aブーム等を背景とした出資資本の増加及び再投資収益の拡大により,グロスの対米直接投資が前年比115億ドルの増加となったのに対し,グロスのアメリカの対外直接投資が前年比267億ドルの減少となったためである。
89年1~9月の資本収支動向は,88年のそれとほぼ同様な姿となった。公的資本は,ドルの堅調を映じて外国通貨当局,アメリカ通貨当局双方によるドル売りが大量に行われたことから,4~9月にはネットで流出超となった。これに対しネットの民間資本は着実に流入が続いている。直接投資は不動産投資,企業買収等の分野で対米直接投資が引き続き増加した一方,アメリカの対外直接投資が縮小したことから,ネットでの流入超幅は拡大した。民間証券投資は外国への株式投資が著しい増加を示しているが,ドルの堅調推移,縮小傾向ながらも相対的な高金利等が評価されて,アメリカ国債や社債への投資が依然伸長していることから,ネットの流入超が継続した。
88年末のアメリカの対外資産(グロス)は,87年末に比べ840億ドル増加して1兆2,537億ドルとなったのに対し,対外負債(同)は経常収支赤字の持続を反映して2,382億ドルも増加して1兆7,862億ドルとなった(第1-8表)。この結果,88年末のネットの負債は1,542億ドル増加して5,325億ドルとなった。グロスの対外資産の内訳をみると,銀行部門資産が5割近くを占める構成比に大きな変化はないが,その中で88年には公的資産残高のシェアが低下し,銀行部門資産のシェアがさらに増加した。アメリカの対外資産総額における日本のシェアは銀行部門資産の拡大を中心として,9.7%から12.5%に拡大した。一方,グロスの対外負債の内訳も,銀行部門資産34%程度,証券投資27%程度,直接投資,公的負債各々18%程度と構成比に大きな変化はないが,この中で88年には直接投資残高のシェアがやや拡大している。地域別では日本のシェアが12.8%から15.9%へと高まっていることがわかる。