平成元年

年次世界経済報告 各国編

経済企画庁


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I 1988~89年の主要国経済

第1章 アメリカ:軟着陸に向かう

4. 物価・賃金

(1) 落ち着きを取り戻した物価

長期の経済拡大が続く中で,製品需給のひっ迫,労働需給の引締まりに加え,干ばつの影響による食料品価格の上昇や88年末からの石油価格の上昇のため,88年央から89年前半にかけて物価上昇率の高まりがみられた。その後,自動車の生産調整による景気の減速のメカニズムを通じて金融引締めの効果があらわれ,製品需給の緩和,賃金上昇の頭打ち,89年モデルの自動車の販売促進のための値引き,89年央からの石油価格の下落等から,物価は落ち着きを取り戻した。また,安価な輸入品の流入や規制緩和等による競争の激化,旺盛な設備投資による労働の資本装備率の上昇に伴う労働生産性向上等も物価が落ち着きを取り戻したことに寄与しているものと考えられる。このように,物価上昇が加速するリスクは89年央以降後退している。

消費者物価の前年同月比をみると,88年は,年初から年央までおおむね4%前後で推移した後,88年12月には4.4%となり,89年に入ってからさらに加速して5%台まで高まり,5月には5.4%と最も高まったが,年後半には4%台に低下し,落ち着きを取り戻した(第1-9図)。卸売物価(完成財生産者価格)の前年同月比をみると,88年前半の2%前後から年央以降上昇率が加速し,88年12月には4.0%となり,89年に入ってからは6%台まで高まり,5月には6.2%と最も高まったが,消費者物価上昇率と同様に年後半には4%台に低下し,落ち着きを取り戻した。

これらの物価動向のうち,不安定な動きを示すエネルギーと干ばつの影響の大きい食料品を除くコア・インフレ率(前年同月比)をみると,消費者物価のコア・インフレ率は,88年前半はおおむね4%台前半で推移した後,12月には4.7%となり,89年2月には4.8%と最も高まったが,年後半には4%台前半となっている。さらに,卸売物価のコア・インフレ率は,88年前半はおおむね2%台後半で推移し,その後,88年央には3%台となり,88年12月には4.3%となった後,89年6月には4.9%と最も高まったが,年後半には4%台前半となっている。

このように,今回の物価上昇率の加速の特徴は,第1に,エネルギーと食料品を除いたコア・インフレ部分は,製品需給のひっ迫や労働需給の引締まり等から,特に卸売物価では加速したものの,エネルギーと食料品を含む総合よりは加速の度合いが小さかったことである。ただし,第2に,消費者物価のコア・インフレ部分では医療や教育等のサービスは7%を越える高い上昇率を続けており,物価上昇の一層の減速を困難にしている。第3に,消費者物価の上昇率が卸売物価の上昇率より低かったことである。これは,生産者から消費者への流通段階で物価上昇が吸収されたことを表している。今後の物価の動向については,経済拡大のテンポが減速する中で,製品需給の緩和,賃金上昇の頭打ち,国際商品市況の落ち着き等から緩やかな上昇にとどまるものと考えられる。

(2) 頭打ちとなっている賃金上昇

賃金上昇率(民間非農業,時間当たり,前年同月比)は,88年中は失業率の低下等に示される労働需給の引締まりからやや高まりをみせ,年初の3%前後から,下半期は3%台後半から4%台に高まり,89年に入って4月と7月に4.2%と最も高い上昇率となった後,4%前後で頭打ちとなりつつある(第1-10図)。業種別にみても,サービスは非農業全体に比べ高い上昇率となっているものの,89年4月に前年同月比5.0%と最も高まった後,4%台半ばで推移している。製造業でも89年3月の前年同月比3.4%をピークに,その後2%台後半で推移している。また,主要労働協約(民間企業)における年平均賃上げ率は,89年1~9月の期間で初年度3.7%,協約期間内平均3.1%と落ち着いたものとなっている。労働コストについてみると,88年以降労働生産性上昇率が前年同期比で2~3%台で推移していることから,労働コストも同1~2%台の低い伸びとなっている(第1-11図)。

今後の賃金の動向については,物価が落ち着きを取り戻したこと,生産の増加傾向の鈍化とともに賃金水準の高い製造業雇用者が減少していること等から賃金上昇率が一層高まることはないものと考えられる。


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