昭和63年
年次世界経済報告 各国編
経済企画庁
I 1987~88年の主要国経済
第1章 アメリカ:6年を超える長期拡大
ここでは実質ベースでの各需要項目別の動向について述べることとする。
個人消費は87年1~3月期前期比年率0.6%増と86年税制改革による乗用車等の駆け込み需要の反動から低迷した後,4~6月期,7~9月期には販売促進策がとられた乗用車等の耐久財消費を中心に再び増加した。10~12月期には10月の株価大幅下落による耐久財消費の減少を主因として前期比年率2.1%の減少となり,87年全体では86年の前年比4.3%増から伸びが鈍化し同2.7%増となった。所得面からみると,雇用の着実な増加に伴い,87年の実質可処分所得が前年比1.7%増となる中で,87年の貯蓄率は,4~6月期,7~9月期にキャピタル・ゲインに対する所得税納税の一時的な増加もあって3%以下と歴史的にみても低い水準となったことから,86年の4.0%から更に低下し3.2%となった(第1-2,3図)。
88年に入ってからの個人消費をみると,1~3月期前期比年率4.5%増,4~6月期同3.0%増と耐久財消費を中心に増加し,7~9月期には耐久財消費が微減となったものの,非耐久財消費,サービス消費が増加したことから同3.9%増となり,根強い増加が続いている。こうした背景としては,以下で述べるように株価大幅下落の影響が小幅であったことに加え,雇用が着実に増加し所得が増えていることがあげられる。88年に入ると貯蓄率は87年の3.2%から回復し,1~3月期4.4%,4~6月期3.7%,7~9月期4.2%と安定的に推移している。
株価大幅下落は個人消費に大きな影響を与えるものと懸念されていたが,その影響は小幅にとどまった。こうした背景としては,個人部門のキャピタル・ロスがちょうど87年に入ってから上昇した分に相当しており,この分については資産効果も逆資産効果も働かなかった可能性があること,さらに,こうした株式の保有が高所得層に集中していたこと等から逆資産効果が小さなものとなったことが考えられる。また,民間研究機関,エコノミストとも株価下落直後には個人消費の減少とその波及効果をも考えあわせて88年の実質経済成長率の見通しを約1%下方修正しており,OECDでは個人部門のキャピタル・ロスを7,500億ドルと考え,個人消費は350億ドル減少し,個人消費の減少額はG NPの0.74%に達するものと考えていた(ECONOMIC OUTLOOK42)。アメリカ政府も88年当初見通しを2.9%と,0.5%ポイント程度前年より低下するものと見込んでいた。しかし,88年央にかけてこうした見通しは上方修正されており,こうした修正の背景としては当初の逆資産効果が過大評価であったことに加え,株価大幅下落後の金利低下や輸出,設備投資の伸び等から経済活動が下支えされたことが大きいと考えられる(「昭和63年度世界経済白書(本論)」参照)。
今後の個人消費の動向については,成長の持続に伴う可処分所得の増加が見込まれるものの,耐久消費財需要の一巡等から個人消費の伸びはやや鈍化するものと考えられる。
民間設備投資は,86年には企業収益の悪化や税制改革による影響(投資税額控除の廃止等),原油価格の下落による石油掘削関連部門の低迷等から前年比4.5%のマイナスとなり低迷した。しかし,87年4~6月期以降は85年からのドル安局面になって初めて設備投資が大幅に増加してきており,87年には同2.8%増と回復した後,88年に入ると機械設備を中心に堅調となって推移している。この要因としては,86年後半以降の輸出の好調な伸びを背景とて,輸出関連部門を中心に生産が伸び,製造業稼働率が86年の79.7%から87年には81.0%となりその後も上昇が続いていること,企業収益も87年には前年比10%増となるなど好調が持続していることがあげられる。こうした輸出に引っ張られる形の民間設備投資の拡大は,非耐久財と耐久財の間でラグがみられた。まず87年前半から紙・パ等の非耐久財の輸出が拡大し,次いで87年後半から一般機械等の耐久財の輸出が拡大した。これに引っ張られる形で民間設備投資も87年後半からまず非耐久財が拡大し,88年に入り耐久財が拡大している。民間設備投資の内訳をみると,全体の70%強を占める機械設備は87年7~9月期以降高い伸びが続いているのに対して,工場等の構築物は87年後半には伸びを高めたものの88年に入ると伸びを低下させてきている(第1-4図)。また,株価大幅8下落の民間設備投資に対する影響については,アメリカ企業にとって増資による資金調達の重要性が比較的小さいことに加え,設備投資需要の増加や金利水準の低下がありあまり問題ではなかったといえよう。なお,商務省設備投資計画調査(10,11月実施)によると,89年の設備投資計画は製造業が実質ベースで前年比3.5%増,非製造業が同7.4%増となっており,全産業では同5.9%増と88年同10.8%増から伸びは低下するものの引き続き堅調に推移するものと見込まれている(第1-2表)。
今後については,金利がやや高い水準となっているが,輸出になお高めの伸びが期待できること,先行指標となる非軍需資本財受注が依然として高水準にあること(第1-5図),稼働率も高い水準にあること,等から88年の高い伸びからは鈍化するものの,比較的堅調に推移すると考えられよう。
住宅投資は86年に金利低下等から好調な伸び(11.8%増)となった後,87年には空屋率・金利の上昇等から0.1%増と低迷した。前年同期比でみると87年7~9月期以降マイナスが続いており,このところ低下傾向にやや歯止めがかかってきたとみられるものの依然として低い水準が続いている。住宅着工件数でみるとこの減少傾向は86年初から始まっており,87年初に一時的な増加がみられたものの基調としては減少傾向を続け,87年全体では9.8%の減少(163.4万戸)となった。88年に入ってからは全体としての減少傾向は頭打ちとなっているものの空屋率が依然として高い水準にあること,金利がやや上昇してきていることから低水準で推移している(第1-6図)。こうした動きを集合住宅(二戸建以上)と一戸建住宅に分けてみると,集合住宅は「81年経済再建税法」の投資優遇措置によるタックス・シェルターを利用した建設増に伴う供給過剰から86年以降減少傾向を強め,86年税制改革による投資優遇措置の縮小もあり,87年は24.2%減と大幅に落ち込んだ。一方,一戸建住宅の減少傾向(87年2.2%減)には金利上昇の影響が大きかったものとみられる。
今後については,景気拡大の持続による所得増の効果が期待されるものの,金利の影響等から住宅着工件数はほぽ横ばいとなり,住宅投資も基調としては低い水準が続くものと思われる。
在庫投資は86年1~3月期,87年1~3月期に乗用車の販売促進策の反動による増加9,87年10~12月期には株価大幅下落による個人消費の減少等による増加等の動きはみられたものの,これまでのところ積極的に意図した在庫投資の動きはなく基調として安定しており,88年に入ると個人消費の緩やかな伸びを背景として在庫投資の減少傾向が続いている(第1-7図)。88年の干ばつによる農業生産の減少額は実質で130億ドル程度と見込まれており,GNP統計上は88年4~6月期に23億ドル,7~9月期に37億ドル,残りの70億ドルは収穫期である10~12月期に分割される。農業在庫投資はGNP作成上生産と売上げの差額として計算されることから,売上げが通常のベースであればこの生産の減少額がほぼ干ばつの影響による農業在庫投資の減少額となる。このため,干ばつの影響による前期比年率の寄与度は,88年4~6月期マイナス0.9%,7~9月期マイナス0.6%,10~12月期マイナス1.3%・となり,89年1~3月期にはその反動により,2.8%の寄与度の増加となる。また,製造業の在庫率は85年以降緩やかな低下傾向を続けている。87年以降在庫が緩やかな増加を続けているが,景気の拡大から出荷がそれ以上に増加しているため在庫率は88年に入っても引き続き低下している(第1-8図)。
今後については,88年の干ばつの影響がなくなるとともに,経済の緩やかな拡大が続くものと見込まれていることから全体としては緩やかな在庫投資が続くものと考えられる。
なお,政府支出の伸びは86年の前年比4.0%増から87年には同2.6%増に低下している。連邦政府支出の伸びは財政赤字の削減等から87年に前年比1.7%増に低下した後,88年に入ると前年同期比でマイナスの伸びが続いており,7~9月期には6.4%の減少となった。一方,州・地方政府の支出は,87年に前年比3.3%増とやや低下した後,88年1~3月期以降は前年同期比で2%台の安定した伸びが続いている(名目ベースの政府支出については6.経済政策(1)連邦財政参照)。
純輸出は86年末以降改善傾向にあり,実質GNP成長率への寄与度をみると86年のマイナス0.9%から87年には0.2%のプラスに転じた。この傾向は88年に入ってから更に確かなものとなっており,88年1~3月期は1.7%,4~6月期も1.7%と成長率の5割以上の寄与-となった後,7~9月期には僅かにマイナスとなった(マイナス0.1%)。輸出は,ドル安の効果,世界経済の好調等から86年7~9月期以降伸びを高め,87年4~6月期以降は前年同期比で10%以上の高い伸びを続けている。商品・サービス別の輸出の動きをみると,87年に商品輸出の伸びが14.9%,サービス輸出の伸びが9.7%となった後,商品輸出の伸びがやや鈍化してきているものの,商品・サービスとも高い伸びが続いている。一方,輸入は,アメリカの内需の好調,為替調整が遅れていたアジアNIEsからの輸入増等により87年は大幅に増加したものの,88年に入って,伸びは鈍化してきている。商品・サービス別の輸入の動きは,87年に商品輸入の伸びが6.5%,サービス輸入の伸びが13.5%となった後,投資収益支払を中心にサービス輸入が高い伸びを続ける中で,商品輸入の伸びが鈍化してきている(品目別等の動きについては5.国際収支の動向を参照)。